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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
村に馴染もう編
7/85

小説的主人公と映画的主人公


「…………。」


 ほっとけよ、もう。


「…………ぐすぐす」


 薄暗い自室の倉庫にて、膝を抱えてうずくまる。

 今頃あいつ、ギイハルトは一家と楽しい夕食を取っているのだろう。

 ぎゅるると腹の虫が「ハラヘッタ」と抗議する。黙れ。

 暗い室内に扉のスリッドの光が射した。

 闇に慣れた目は、逆光ながらも誰何(すいか)するまでもなく人影が誰かを判別する。


「まだふてくされ……泣いてた?」


 マリアだ。


「泣いていない」


 彼女もまた、今日俺を打ち負かせた一人。

 互いに人型機(ストライカー)の操縦は初めて。しかし俺は対人戦技能を有し且つ、地球生まれ故に機械操作に慣れている。

 だというのに、戦いのたの字も知らず機械らしい機械に禄に触ったこともない女の子に負けたのだ。落ち込むなという方が無茶だろう。


「……そう。ええ、私は何も見てないわ。きっと明日になればいつもみたいに変な顔で笑いかけてくるでしょうし、気にしないことにするわ」


 少しわざとらしいが、マリアらしい気遣いがありがたい。変な顔は余計だが。

 俺がショックで倉庫に籠もり、マリア受け持ちの仕事が増えてしまっているだろうに。それをおくびにも出さない彼女は実にいい女だと思う。


「ご飯、ここに置いて行くわよ」


 彼女はトレイを床に起き、踵を返す。


「……ありがとう」


 これだけは伝えねば後悔すると、咄嗟にマリアの背に言葉を投げかけた。

 聞こえていたのかいまいのか、パタンと扉が閉まる。残ったのは、まだ湯気の立つ食事だけ。

 スープを皿から直接飲む。


「……しょっぱい」


 これは、きっとマリアの手作りだな。








 外に出る。この世界には星はあれど月はない。

 地球より少し寂しい夜空を見上げ、大きく深呼吸した。


「……アホらしい」


 なにをくよくよしているのだ。そんなの、時間の無駄以外の何物でもない。

 倉庫から屋敷を確認。明かりはリビングに点いている。

 アナスタシア様とソフィー、そしてゲストのギイハルトはあそこにいる。ガイルは先程、共和国の新型・荒鷹(あらだか)で飛び立つのを確認した。どこか騒音被害の発生しない場所でフライトを楽しむ算段だと推測。


「悩むな、いや、悩んでもいいが歩みは止めるな。時間が勿体無い」


 自身に言い聞かせ、言葉通りに足を進める。

 時間の浪費など愚の骨頂。俺はギイハルトを倒すと決めたのだ、ならばやることはただ一つ。


「特訓だ!」


 ギイハルト帰宅のタイムリミットは明日の昼。今日は徹夜してでも、人型機を自在に操れるまでになってやる。

 目的地はゼェーレスト村正面。

 人型機・鉄兄貴(てつあにき)だ。






 闇夜に眠る体長一〇メートルの巨人は、日の下で見るのとはまた異質な迫力があった。

 見慣れた仰向けに固定される彼の首筋に潜り込む。

 首の装甲の隙間。人型機のハッチは基本この位置だ。

 誤作動が起きないように複雑な手順で開く小さな扉。その先を抜けると、辿り着くのは人型機の頭部。

 セルファークに来るまでは、ロボットの操縦席といえば胸部にあるものと思い込んでいたが、人型機の操縦席が頭部に存在するのは幾つか理由があるそうな。

 座席に腰を下ろす。子供のこの体であればスペースにも余裕があるが、大人が乗ると余分な隙間もなくそれなりに窮屈な思いをする羽目になる。頭部全体がコックピットモジュールであるにも関わらず人の為に用意された空間は微々たるものだ。

 これは下手に空間があれば動いた時に中で跳ね回る羽目になるとか、頭部の全方位に搭載されたセンサーやそれらの制御装置が空間を抑圧しているからというのもあるが、なにより頭部の基礎フレームである球体の装甲が分厚いからに他ならない。

 頭部は人型機の中で一番装甲が厚い。

 中に人がいるのだから当然なのだが、少し考えてみてほしい。

 人間やはり危険が迫ると咄嗟に頭を守ってしまう。頭にカメラを設置して胴体にコックピットを入れると、カメラ位置とはかけ離れた場所を攻撃されたと思ったら実は自分のいるコックピットでした、なんて話になる。それはぞっとしない。

 また、コックピット『モジュール』というだけあって、頭部は非常時にはパージ出来る。いわゆる脱出ポッドだ。

 分離した頭部はただの鉄の球体だ。球体というのは構造体として根本的に衝撃に強く、大型の魔物に分離した頭部を踏みつけられてもそうそう潰れない。

 また長時間の待機や救援待ちを想定して、戦闘用人型機のコックピット内には保存食、メディカルパック、サバイバルキット、果ては簡易トイレまで設置されている。まるでロシアの戦闘機だ。

 これら生存性の向上が人型機のコックピットが頭部にある理由の一つ。

 もう一つは、俺の目の前にある強化ガラスのはめ込まれた窓だ。

 この世界にカメラやモニターはない。もしかしたらあるかもしれないが、人型機の内部には採用されていない。

 視覚は戦場で最も重きを置かれる。だから、故障の心配のないこの方式が一般的なのだろう。

 モニターを介さず外を直接見る。原始的だが機械的信頼性も高く、なにより早い。

 一切のタイムラグもなく、見たままの情報が飛び込んでくる。人間の目より優れたカメラは存在しないとはよく言ったもので、格闘戦闘すら行う人型機にはこれが一番重要なのだ。

 外から見れば小さな隙間だが、中から見れば自動車のフロントガラス並だ。視界の狭さも感じない。

 戦闘用人型機では金網がガラスに重ねられ、装甲重視の考えから視界が若干狭くなっている。それでも昼間乗った時に視界が小さいとは感じなかった。

 作業用と戦闘用では視界範囲を初め様々な違いがあるが、基本的な操作は変わらない。

 深呼吸を一つ。胴体をベルトで固定して、小さな箱に手を伸ばす。

 鍵穴に針金を突っ込み、解析魔法を併用してピッキング。簡単な鍵だったのですぐ開いた。

 箱の中の起動用レバーを掴む。


「あー、怒られるだろうな。子供が勝手に動かしていいものじゃないよな」


 しかしそれも覚悟の上。

 罰を受ければなにをしてもいいなどという道理にはならないが、今は明確な意志を持って規則を破らせてもらおう。

 レバーを操作する。

 各部を制御するためのバッテリー回路が繋がれる。金属の擦れ合うような音。電動モーターが魔導術式を組み替え、クリスタルの魔力が人型機全身の無機収縮帯に供給される。

 星形エンジンみたいな無機収縮帯を利用した発電器が動き出し、充分な電力源を得たことで各種センサーが目覚める。

 今の俺では理解不可能なシステムが幾つも立ち上がり、発電機の低い唸りがフレームを震わせる。

 視線を走らせ計器を確認。


「クリスタル魔力供給量正常、無機収縮帯テンションOK、―――よし、いくぞ」


 両手両足のペダルとレバーを押し込む。鉄兄貴が仰向けの状態からクルリと反転、うつ伏せに。

 座席の角度を一八〇度回転。

 人型機の手足が伸び、動物のように四つん這いで立ち上がった。

 ……これが、俺の限界だった。

 二足で立ち上がれないのだ。

 訓練ではどうやってもバランスを保てず、転倒を繰り返した。

 情けなさのあまり涙がこぼれそうになるが、それをぐっと堪えて移動を始める。

 見るに耐えない不安定な挙動の不気味なハイハイ。それを巨大ロボットが行う様は実にシュールなのだろう。






 やってきた先は村外れの畑道。人型機が歩くことを元より想定しているので、動き回るに足りる広さがある。

 なによりあくまで村の中なので魔物も現れず、かつ近くに民家もない。少々うるさくしても問題なかろう。

 早速といわんばかりにフットペダルに力を入れる。

 腕を押し出すように伸ばし、その反動で立ち上がる!


「わ、うわあっ」


 勢い余って後方に傾いてしまった。片足を後ろに下げ体重を支えようとして、片足立ちとなったことで横に傾き豪快な騒音を撒き散らしながら崩れ落ちる。


「なんのぉ、おぉ!」


 勢い余って畑に突っ込みそうになり、咄嗟に踏ん張って方向転換。

 鉄兄貴は体を中途半端に捻った姿勢で倒れた。


「……ふむ」


 ここは一つ、考え方を変えてみよう。

 ガイルやギイハルトの指導ではなく、俺が初めから持っていた地球知識。

 日本は人型ロボットに並々ならぬ情熱を注ぐ民族だった。故に、二足歩行の困難さも認識している。

 そうだ、いきなり歩こうするのが間違いなのだ。物事には順序がある。

 まずは立とう。直立が最初の目標だ。


「目標低けぇ……」


 ようは人型機の重心が足の裏にあれば立てるのだ。重心が接地部分から外れれば転倒する。簡単な理屈だ。

 静かに、ゆっくりと立ち上がる。手を地面から放し、慎重に具合を見ながら力を込める。

 半腰の体勢で一旦ストップ。ハンドルを回して座席の角度を九〇度回転させる。

 待機状態と起動状態では座席の向きが異なる為に用意された装置だが、くそ、戦闘用では電動だったのになんで作業用では手動なんだ、面倒くさい。

 気を取り直して中腰の状態から更に上を目指す。ここで転倒すれば衝撃は馬鹿にならない。

 五メートル、六メートルと上昇していく視線。そして遂に―――


「立った」


 直立。


「立った、立ったぞ……!」


 何度繰り返そうと至れなかった体勢を、やっと成し遂げたのだ。


「……といっても、立つのだけで手間取ってたの俺だけだけどな」


 浮かれてどうする。ギイハルトはこんな基本よりずっと先にいるのだ。

 四つん這いでハイハイして頭突きで試合するなんて、もう二度とごめんだ。


「しかし、これは……高いな」


 搭乗型ロボットとして身長一〇メートルはありふれたサイズだが、実際乗ってみると相当高い。そりゃ三階に匹敵するわけだから当然だけど。


「次は、歩く、か」


 二足歩行には静歩行と動歩行が存在する。

 静歩行は重心が足から外れない歩行。つまり、動作を中断しても倒れない。

 しかし動歩行は重心が足から外れる、あえてバランスを崩す歩行だ。人間が普段行っている歩行であり、高い制御技術を必要とする。人間パネェ。

 これができなきゃ戦えない。重心移動は武術における基本にして奥義。

 とはいえ人型機のセンサーは感覚まで完全にフィードバックしてくれない。

 地道に、動作パターンを模索するしかないか……






 意外な解決法があった。解析魔法だ。

 常に解析魔法を使用し、機体の状況を網羅し続ける。

 それこそ、足の裏の接地圧まで。

 重い足音を轟かせ鉄兄貴が前進する。それっぽく歩けるようになった。

 こうなってくるとやはり楽しいもので、色々な動作を試行錯誤してみたくなる。

 カーブ歩行、横飛び、ムーンウォーク等々。一度確立してしまえば寸分の誤差もなく制御出来るのが快感だ。

 人型機の操縦はピーキー過ぎて制御が難しいが、逆にいえば人間以上の精度で動けるということに他ならない。


「完全把握出来るなら、こっちのもんだ」


 クラウチングスタートの構えから、一気に加速。畑道を駆け抜ける。


「うおお、動く動く! もしかしてこっちの世界では解析魔法みんな使えてたのか?」


 だとしたら俺以外の奴が軽々と人型機を乗りこなしていたのにも納得だ。こんな扱いにくい乗り物、なにかのインチキなしで動かせるもんじゃない。

 とにかく、この調子で動きの幅を広げるぞ!

 俺はギイハルト打倒に燃え、時間を忘れて練習を続けた。






 どれほど時間が経っただろうか。


『レーカ君?』


 夢中で操縦していた俺は、聞き慣れた声に我に返った。


『こっちよ、こっち』


 これは、集音機から聞こえるのか。

 外にいるであろう人影を探す。

 操縦席で首を振ると、連動して人型機の頭部も回転する。

 座席は常に正面を向いているので、頭部を移動するとフロントガラスも移動する。つまり頭は向けている方向の視界が開けている。

 闇夜に佇む、小さな人影を発見。シルエットで女性だと判る。

 真っ白なショールを羽織っていたので、白装束かと思って焦った。


「……アナスタシア様?」


 いかん、見つかった。怒られる。


『ガイルに聞いたよりずっと動けるようになったみたいね』


「う、うす」


『降りてこない? 話したいことがあるの』


 怒られる! アナスタシア様はきっと普段は優しいが怒ると鬼になるタイプの人だ!

 ビクビクしつつ鉄兄貴を降着姿勢に固定し、ハッチから這い出る。


「到着しました。うす」


「その口調はなに?」


「すいません! ふざけてないです! 勝手に人型機動かしてごめんなさい! うす!」


 土下座を敢行。アナスタシア様の溜め息が上から聞こえた。


「私は貴方を叱るつもりはないわよ?」


「ごめんな……え? なんで? こういう時はビシッと言わなきゃ」


 予想外の展開に意味不明な言葉が漏れる。


「なぜ人型機に乗ってはいけないか、それは判るわね?」


「えっと、危ないから。人様に迷惑をかけかねないから。村の共有財産だから。これくらいでしょうか?」


 思い付いたまま並べると、肯定が返ってきた。


「そうよ。貴方はそれを承知した上で法を破った。こういう相手は叱る必要もないわ、責任を忘却しているか責任から目を反らしているかのどちらかだもの」


 辛辣だなこの人。


「前者、忘却しているなら性根矯正しなおせばいいし、ね」


「アナスタシア様、怖いです」


 年甲斐もないウインク。愛嬌があって可愛いとすら思うが、内容は物騒だ。

 俺の勘は間違っていない。普段優しい人は怒ると怖い。


「まあ、あの人も『男の子じゃなくて(おとこ)だから』とか言ってたし、女の身としては一歩引いていることにするわ。『漢』というよりまだ『男』だと思うのだけれども」


「えっと……『おとこ』『おとこ』連呼されてもよく解りません」


 きっとそれぞれニュアンスが違うのだろうが、口頭じゃみんな一緒だ。

 アナスタシア様は答えることはぜず、笑って誤魔化した。


「それに、貴方は責任感の強い人よ。自分で自分を戒めてたでしょう?」


「…………。」


「そこで黙るあたり、頑固者でもあるわね」


 さて、知らないな。


「俺を叱るつもりがないなら、なぜここまで来たのですか? 他の人は?」


「ソフィーは寝かしつけたわ。ギイももう休んでいるし、あの人は荒鷹でどこか行っちゃった」


 奥さん大事にしろよガイル……


「それで暇になった貴女は俺の様子を見に来たと? というか俺がここにいるのバレてたんですか?」


「バレバレよ。ソフィーとマリア以外はすぐ気が付いたわ」


 自分なりにこっそりと行動したはずなんだけれどな、やっぱり軍人の目は誤魔化せないか。


「どうも目が冴えちゃって。寂しかったんですもの、ガイルは最近貴方と遊んでばかりだし。倦怠期ってやつかしら」


 よよよ、と裾で涙を拭う芝居をするアナスタシア様。相変わらず余裕を纏った、つかみどころのない人である。


「寒いし、屋敷に戻らない? もう深夜を過ぎているわよ」


「そんな時間ですか、むぅ」


 まだ体力に余裕はあるし、もっと動きを詰めたいのだが。


「見た感じ必要ないかもしれないけれど、人型機を動かすのに必要な技術を教えてあげるわ」


「人型機を動かすのに必要な技術?」


 どういうことだろう。操縦方法は昼にレクチャーを受けたし、今もそれで動かしていたのだけれど。

 俺の返事を待たずアナスタシア様は飛宙艇(エアボート)の準備を始める。帰る気マンマンっすね。


飛宙艇(エアボート)、乗れるんですね」


「練習すれば誰にだって乗れるわよ?」


「俺はそもそも魔力を扱えなくて乗れませんでしたが」


「なら練習すればいいじゃない」


 ソフィーのスパルタは貴女の遺伝ですか。


「ガイルほど上手くないから、風上には行けないけれどね」


「え?」


 指を舐めて風向きを確認してみる。


「屋敷の方向が風上ですが」


「平気よ。ほら、乗って」


 まあ大きくジグザグに進めばいいか。


「その前に鉄兄、人型機を片付けてきます。先に行ってて下さい」


「私が動かしておくわよ」


「いやいや、そこまでお手数を……」


「―――『与えるは偽りの魂、我が命の印を以て骸に仮初めの意志を』」


 ん?


「立ち上がりなさい―――『ワーク・ゴーレム』!」


 声を張り上げたと思ったら、なんと鉄兄貴が自立した。


「な、え、えぇええ!?」


「ゴーレム魔法の応用よ。あまり複雑なことは出来ないけれど、外から動かすくらい訳ないわ」


 足音を響かせつつ去っていく鉄兄貴。俺は魔法の自立制御にすら負けていたのか……

 再び落ち込みつつも、促されるままに飛宙艇にアナスタシア様と二人乗りする。俺はセイルに掴まっているだけ。アナスタシア様が俺の後ろからハグする形で操るのだ。

 むにゅん、と柔らかい感触。

 硬直する俺。頭の後ろに大きな弾力が。ががががが。


「どうしたの?」


「イイエ! ナンデモ ナイ デスヨ!?」


 落ち着け俺! 相手は人妻で恩人だ! 雑念を捨て去れ!

 動揺する俺になにかを得心したのか、にまにまと笑みを浮かべるアナスタシア様。


「おませさん」


「ぐ」


 セイルにしがみつきアナスタシア様と隙間を作る。


「あら酷いわ、私嫌われてるの?」


 だというのに、アナスタシア様は更に密着してくる。

 アナスタシア様は、大きい。たわわというか、大きいのだ。

 女性としての魅力を十二分にアピールするそれはしかし、彼女持ち前の気品の前には下品にはなりえない。

 ゆったりした服を着ることが多いので失念しがちだが、肉感的ながらも引っ込むとこ引っ込んでいるプロポーションはまさしく女神のそれ。

 ソフィーも将来はきっとこんな、と、待て、なに考えているんだ。頭を振って雑念を振り払う。


「俺を誘惑してどーするんですか」


「そんな姿勢じゃ危ないの。別に気にしないから、自然に私に背中を預けて頂戴」


 しかし、いや、でも。


「はっきりしないわね。こういう時は役得くらいに思っておけばいいのよ。行くわよ、レーカ君?」


 魔力が注がれボードが浮上する。


「『風よ。集い、纏い、覆い、大気の流動となれ』」


 風向きが変わった。魔法で無理矢理真っ直ぐ進むのか。さすがは青空教室で魔法講師をするだけあって、魔法は得意らしい。








 通されたのはアナスタシア様の私室。掃除も禁じられているので、初めて入る。

 豪華な家具が並ぶもあまり派手さはなく、しっかりした机も設置されていることから執務室も兼ねている様子。

 失礼と思いつつもついキョロキョロ見てしまう。女性の部屋なんて慣れていないのだ。


「魔法を教えるわ」


「魔法ですか?」


 それが人型機を動かすのに必要な技術?


「ええ、貴方は魔法に慣れていない。だから人型機とのイメージリンクが行われていないの。訓練で立ち上がれなかったのはきっとそのせいよ」


「なんですかそのイメージリンクって」


「人というのは、厳密に体を動かしているわけではないわ。心が「前に進みたい」と思えば、心とは別の部分が筋肉を動かして前進する。それらを心だけで動かそうと思えば、緻密な制御が必要となってくる」


 なんとなく判る。フルマニュアルで人型機を動かしていたので、歩行というシンプルな動作にどれほど工程が積み重ねられているか改めて思い知らされた。


「操縦桿で大雑把な動きを入力し、イメージリンクがその動きを修正する。そうやって人型機は立ったり走ったりするの」


 ……起動させた時の不明なシステムってこれか?


「イメージって、搭乗者のイメージですよね? そんなのどうやって読み取ってるんです?」


「元々あった感覚共有魔法の応用ね。使い魔の目を通して景色を見たり、人同士で感覚をリンクさせる用途に使われるわ」


「簡単ですか?」


 勝負のチャンスは明日だから、あまり難しいと困る。


「中級魔法だから簡単な部類ではないわ。でも魔導術式は人型機に刻まれているから、魔力を操る感覚に慣れたらあとは人型機が勝手にやってくれるの」


「他の子供が人型機を乗りこなしていたのは……」


「イメージリンクが正しく確立していたからね」


 なんてこった、やっぱあったよインチキ。


「そもそもイメージ補正なしでどうやって手とかを操作していると思ったの?」


「えっと、パターン化とかしてるのかなと……」


 練習ではずっとグーだった。操縦席に指を操作する部分がなかったから不思議ではあったんだ。


「それでよく動けていたわね。普通立ち上がることすらできないはずよ」


「それは解析魔法を使ったからですね」


「解析魔法?」


「って、勝手に名付けただけですが。本来の名前はなんていうんでしょう?」


 アナスタシア様に解析魔法について説明する。


「目視出来る物体を解析する魔法。呪文詠唱は不要、ね……」


 顎に指を当てやや考え込み、


「ないわよ、そんな魔法」


「え?」


 予想外の返答を発した。


「いい? 魔法を発動する方法は二つ。口頭による呪文詠唱か、金属に魔導術式を刻むかだけなの。例外もあるけどそれもどちらかの変則・応用でしかない。魔導術式も用意せず意識だけで発動する魔法なんて聞いたことがないわ」


「で、でも、使えてますよ? なんならなにか透視しましょうか?」


「いいわ、信じるから。ところでそれ、覗きとかに使ってないでしょうね」


「無理でした。人体の中身まで解析してしまって」


「…………。」


 奇妙な沈黙が流れた。あれ、俺の無罪潔癖を証明したはずなのに。


「……まあ、ともかく興味深いわね。異世界の次は謎の魔法。詳しく調べてみようかしら」


 人体実験とかはノーセンキューです。


「それで、その解析魔法を使ってどう人型機を操ったの?」


「人型機ってセンサーは付いてても、感覚はないですよね。だから重心やフレームの負担を読み取って最適な動きをさせたんですよ」


「……ふぅん」


 なんですか、その意味深な声。 


「それにしても詳しいですね、人型機について」


 ゴーレムや使い魔魔法の応用で片付けるには、少し博識過ぎると思う。


「あら、私はメカニックよ?」


「……マジっすか?」


「マジっすよ」


 いたよ、人型機に詳しい人。


「でも紅翼(せきよく)整備してるところなんて見たことありませんよ?」


「飛行機乗りは最低限自分の機体は自分で世話するものよ。あの人の手に負えないトラブルが発生したら私の出番ということね」


 なるほどと頷き、姿勢を正して頭を下げる。


「アナスタシア様」


「はい」


「俺に魔法を、それに人型機の技術を教えて下さい。今夜だけではなく、これから長期間に渡って。お礼は必ずします」


「お礼なんていらないわ。子供を導くのは大人の役割だもの」


「いえ、そういうわけには」


「私だってそうやって知識や技術を学んだのよ。そして貴方が大人になった時、誰かに私の技術を伝えて。そういうものよ」


「―――はい」


 アナスタシア様は嬉しそうに機材などの準備を始める。


「ふふっ、ソフィーは機械は苦手だし、メカニックの技術伝承に関してはもう諦めてたの。弟子が見つかってよかったわ」


「ソフィーが将来自分の飛行機を持ったらどうするんです? 自分で整備するものなんでしょ?」


「その時はお願いね」


 俺任せですか。


「さて、まずは魔力を操ることから始めましょう。貴方は出鱈目なほど魔力があるから、きっと凄い魔法使いになれるわ」


 出鱈目? ……あ、チートで魔力強化されてるの忘れてた。


「それともいっそ強力な魔法一つ覚える? 貴方の魔力量なら力任せに放っても人型機を撃破するくらい可能よ?」


「生身の人間が人型機に勝てるんですか?」


「攻撃力だけで語れば上級魔法で装甲を貫けるわね。生身だと一撃で墜ちる危険もあるけれど、逆に言えば的が小さく当てにくいわけだし」


 確かにファンタジーに登場する竜殺しの英雄など、超人的な人種なら人型機も倒せそうなイメージはある。


「いえ。訓練はあくまで人型機の操縦中心にお願いします。巨大ロボットを生身で倒すなんて邪道です。それもまた浪漫だけど、邪道です」


「よく解らないけど、判ったわ。今夜は寝かせないわよ」


 別の場面で聞きたかったっす。








 なぜここまでギイハルトとの勝負に拘るのかと問われれば、零夏(れいか)自身はっきりとした回答を提示出来ない。

 解らないから、が半分。もう半分は認めたくないから。

 零夏から見たギイハルトは、イケメンであり人気者でありガイルやアナスタシアからの信頼も厚い。人見知りのソフィーに対しても上手く接して見せた。そんななんでも超人だ。

 零夏はギイハルトに嫉妬した。少年ながらに兵士だったという悲劇的な過去も含めて、そのかっこいいプロフィールに。

 こんなことを考える自分に自己嫌悪しながらも、彼は不安だった。

 まるで物語の主人公のようなギイハルトが、彼がこの世界で運良く手に入れた家族をかっさらうのではないか。

 そんな焦燥が零夏を突き動かした。表向きは悔しさという健全な感情で覆い隠し、本心ではこう思っていた。


「俺の居場所を奪うな」と。


 しかし相手は経験豊かな大人であり、社会的な地位も実力もある。到底零夏という存在では太刀打ち出来ない。

 だから、せめて。せめて、ギイハルトになにか一つだけでも勝ちたかった。


「馬鹿らしい」


 そんな取り留めのない『仮説』に自嘲しつつレバーを捻る。

 人造の巨人の心臓が脈動を始める。

 眼前の敵ならぬ敵を見据え、操縦桿を強く握り締め。

 まさに今、真の主人公の初陣が始まろうとしている。






 ギイハルトにとって、その試合は優しさで付き合うだけのものだった。

 レーカというあの少年は昨日全く人型機を操れなかった。人型機は戦闘機と並ぶ子供の憧れだ。その才能がないというのは子供ながらショックのはず。

 だから、少年がリベンジを申し込んできた時も面倒だとは一蹴出来なかったし、共和国の騎士として正々堂々受けて立った。

 昨晩ガイルとアナスタシアが出掛けていたのは彼も気が付いている。おそらくは夜通し特訓を行っていたのだろし、両名がこの試合を許可したことからレーカ少年は一通り人型機を操れるようになったのだろうと推測する。

 その心意気や良し。そう思えるほどには、彼は大人だ。

 無論、負ける気などさらさらない。

 結局のところ、それが男同士の戦い故に。






 朝一で零夏の申し込みにより行われることとなった試合。

 形式的には前日の訓練とまったく同じであり、草原を舞台としたほぼ平地における得物なし格闘戦。

 朝食後すぐに準備されたその舞台には、当然ながらガイルとアナスタシアも同席している。

 村の子供達も騒ぎを聞いて集まり、キャサリンとマリアもまた仕事を中断し屋敷に住み着いた少年を見守っていた。


「ナスチヤ」


「はい」


 対面して降着姿勢を保つ二機の人型機を見据えたまま、ガイルは隣に立つ妻に問う。


「結局、あいつの仕上がりはどうなんだ?」


「想像以上ね」


 学ぶことには厳しい妻の、珍しい称賛にガイルは意外そうに視線を彼女へ向けた。


「一晩で魔法に関してはソフィーを越えたわ。ソフィーは魔法に関してはあなたに似て凡才だけれど、それにしたって早い」


「それは、魔力量に任せた力業などではなくて、か?」


「魔力も馬鹿げているけれど、それ以上に確かな教養と知識、更に言えば柔軟な発想を持ち合わせているわね。異世界というのはあんな子ばかりなのかしら」


「最初に話し合った可能性に関しては?」


「むしろ可能性が消えたと考えるべき。事前に聞いていたのと違い過ぎるもの」


 ガイルとしては、零夏に魔法の適性があるというのは釈然としない。魔法に長けた者は例外なく頭の回転が速い。いつも馬鹿ばかりしている零夏にそのイメージが合わなかったのだ。

 しかし、アナスタシアはそれすら否定する。


「あの子は聡い子よ」


「随分と高評価だな」


「気付いていた? あの子があなたにだけふざけた態度で接するのは、他ならぬあなたがそれを望んでいるからだって」


「バカ言うな。アイツに構うのも大変なんだぞ」


「構ってやっているようで、構ってもらっていたのよ。レーカ君はあなたがいつも寂しそうな目をしていると気付いていたから、無礼を承知で友人として接していた」


「……人に友達がいないみたいな言い方するな」


「いないじゃない」


 カラカラ笑う妻に、そのうちなにか仕返ししてやろうと考える駄目な夫。

 憮然とふてくされたガイルに可愛らしさを見出しつつ、アナスタシアは思案する。

 人型機の操縦はどうしても誤差が生じる。

 人間が「五〇センチ足を進める」と考えて踏み込んでも、脳が勝手に最適な距離・重心へと修正し、数値とは異なる場所へ足を降ろすことになる。イメージリンクはその無意識の修正を利用し違和感なく操縦を補助する機能だ。

 熟練した乗り手であればイメージリンクの割合が減り動作精度が上がるが、それでもズレは必ずある。

 しかし零夏の動かし方は根本的に違う。解析魔法により正確なデータを得て、それを寸分の狂いなく現実に再投射している。

 故に、その人型機の動きは、無機的であり正しく機械的。

 そもそもが、解析魔法というイカサマの存在は、零夏が操縦の入力を誤差なく行える理由にはならないのだ。

(零夏君の操縦において、注目すべきは解析魔法なんかじゃない。本当に凄まじいのは―――)




 ―――彼自身の持つ、精密制御技能ではないか?




 黙りこくってしまった妻に、なにか機嫌を損ねたかと焦るガイル。


「ど、どうした? もしかしてお前も女友達が欲しかったとかか? すまんな、こんな田舎に住ませて……」


「ここに住んでいるのは私の事情もありますし、このゼェーレスト村は気に入ってますし、私は村の奥様方と仲良くさせて頂いております。あなたと一緒にしないで下さい」


 ぐは、と崩れ落ちるガイル。 


「この際だから言わせて頂きますけれど、昨日はどこに行ってたの? 新型機で夜明けまでほっつき歩いて、いえほっつき飛んでいて、娘の教育に悪いのよ。それに騒音で人様にご迷惑をおかけしたりしていない?」


 思考の海に浸かったアナスタシアは無意識に普段覆い隠した本音を漏らす。あくまで無意識である。

 二人の後ろでソフィーが母に怯えていた。


「だ、大丈夫だ! 昨日は重力境界でドラゴン相手に新型機の性能を試していてな、いやさすが最新型だぜ、エンジン出力が半端なかった」


 だから騒音被害は出していないと弁明するガイルに、アナスタシアはようやく冷めた目を向けた。


「あそこには行かないって約束だったでしょう? 今月のお小遣いは半分カットです」


 声もなくガイルは突っ伏した。






 なにやら意気消沈しているらしい審判に仕事を促し、両名は構えをとる。

 零夏機は片足を半歩引き、ギイハルト機は腰を落とす。

 民間と軍隊という差もあれど、双方格闘技の経験者。

 その違和感のない立ち姿にギイハルトは手心を加えることを止めた。

 人型機に関しては素人でも、白兵戦についてはそうではない。彼の知識と長い軍歴故の勘は、それを正しく見抜いた。

 構えたまま、微動だにせず試合開始の合図を待つ。


「…………。」


「…………。」


 待つ。


「…………。」


「…………。」


 待つ。


「…………先輩まだですか」


「…………はよしろガイル」


「うっせ。こっちは小遣いカットで落ち込んでるんだ。はい開始かいし~」


 投げやりに振られた手に、しかしそれでも切って落とされた火蓋。

 発電機とコンプレッサーを唸らせる鋼の巨人が、勢いよく駆け出した。

 不意打ちで始まった勝負に観客は息を飲む。

 振りかぶり放たれるギイハルト機の拳。識域下で未だ残っていた零夏への侮りが、多少の疑念を押し潰しての一撃として零夏機へと迫る。

 僅かに姿勢を低める零夏機。

 ギイハルト機の拳は零夏機の頭上、コックピットモジュールを掠めた。

 その紙一重の回避に驚愕する間もなく、ギイハルト機のコックピットに零夏機の右肘が突き刺さる。


「ぐっ!? ああぁ!」


 左足から右肘まで真っ直ぐ衝撃を通した一撃。人型機のパワーを存分に込めたそれは、砲撃の跡のように左足が地面を抉り、固定されていないギイハルト機に至っては誇張なしに宙を舞うこととなった。

 スケールの比率からいえば人間以上のパワーを人型機は持つ。一〇メートル以上吹き飛んだギイハルト機は盛大に金属の擦れ合う音をがなり立て地表に落ち、更に地面を数メートル掘削した場所でようやく静止した。

 あまりの展開に言葉を失う一同。

 誰もが、軍人であるギイハルトの圧勝を疑っていなかった。

 しかし現実はどうだ。最初の一撃、それも痛烈なダメージを受けたのは零夏機ではなくギイハルト機。

 ギイハルト機は倒れたまま微動だにせず、零夏機もまた肘打ちを放った姿勢から動かない。

 あまりに予想外の展開だった―――零夏の可能性に至ったアナスタシアを除いて。

 金属が千切れる、人が生理的に受け付けない類の音が響く。

 誰もがギイハルト機に何らかの支障が生じたと考える。その音の正体に気付いたアナスタシア以外は。


「あの子、人型機と人間のフレームが別だって考えてなかったわね」


 零夏機の右肘関節部が火花を散らし垂れ下がる。

 人型機に想定されていない角度からのダメージに、精密な腕関節が耐えきれなかったのだ。

 コックピットの窓から破損した腕を確認し、零夏は呟く。


「っく、こういう使い方は駄目なのか?」


 それは間違いである。人型機には、人型機の肘打ちがあるのだ。

 これは正しく人体と人型機とを同一視した零夏の知識不足からの失敗。

 なんであれ、零夏はこの戦闘において拳以外の打撃技を使用しないことにした。

 ギイハルト機が立ち上がる。

 その緩慢な動作にダメージが残っているのかと人々は予想するが、それはあまり正しくない。

 ギイハルトは戦闘機のエースパイロットであり多少の衝撃でどうこうなるほどヤワな鍛え方などしていない。

 彼の搭乗する人型機にしても、咄嗟に構えることで衝撃を分散し、見た目ほどの損傷はなかった。そもそもが人型機の頭や首は重要箇所であるが故に強固であり、致命傷とはなりにくい。

 しかし、ギイハルト自身は別だった。

 彼自身は大人であろうと男であり、それ相応に負けず嫌いであり。

 早々に傷付けられたプライドに、彼の目は爛々と輝いていた。

 既にギイハルトに油断は欠片もない。

 じりじりと近付く零夏機とギイハルト機。

 脚部の挙動一つ見落とすまいと、座席に座る彼らの眼光は鋭くなる。

 間合いに入った。そう確信したのは双方同時だった。

 ギイハルト機が超重量のハイキックを放ち、零夏機がそれをかわし拳を撃つ。

 しかしギイハルト機は人型機の人間以上のスペックを生かしハイキックを放ち終わる前に跳躍。機体を空中に踊らせる。

 足場のない空中で、もう片方の足をしならせ蹴りを放つ。

 零夏機は予想外の二撃目を攻撃を放つ為に突き出していた左腕で防御。咄嗟に横へ飛び前転して距離を取る。

 体勢を崩した零夏機に、ギイハルト機は容赦なく追撃した。

 最初の大技とは打って変わり拳による小ダメージを狙ったギイハルト機の猛撃。

 連続で放たれるそれを、零夏機は受けとめ、かわし、逸らすしかなかった。

 共に格闘技経験者である彼らだが、場数はギイハルトの方が遥かに多く踏んでいる。

 少しずつ後退する零夏機。経験の差が、確実に力の差として表れている。

 しかしながら、焦りを覚えているのはギイハルトの方だった。


(なぜ―――攻めきれない!?)


 ギイハルト機は万全な状態であり、対する零夏機は片腕のみ。トラブルを恐れてか攻撃方法も限られており、残った左拳を時折放つだけだ。

 だというのに、なぜギイハルト機は決定打を与えられないか。

 それは、零夏の精密過ぎる制御が理由だった。

 紙一重でかわし、いなし、受け止める。

 所謂『見切り』。それをただ、限界まで最小限の労力で行っている。

 しかしながら時間経過と共にキレを増していくそれは、既に距離僅か数センチという巨大ロボットにあるまじき精度にまで達している。

 それは既にセルファークの人型機天士の限界を超えた、超人的なものであった。

 次第に攻防が逆転する。

 人型機の実戦を学習した零夏は、もう一つの体の動きを貪欲なまでに洗練させる。

 やがて限界が訪れ、ギイハルト機は大きく後退した。


「仕切り直しはさせないっ!」


 零夏は踏み込み強引にインファイトに持ち込む。

 ギイハルトは焦り、否、戦慄を覚えていた。


(これが、本当に昨日四つん這いでしか動けなかった少年の操縦なのか!?)


 ここまで来てはギイハルトは認めざるおえなかった。目の前の少年は、尋常の存在ではない。


(そう、か。彼は、そういう人間なんだ)


 かつての上司であるガイルや、その娘でありガイルの才能を受け継いでいるであろうソフィーと同じ部類の人種。




 即ち、生まれながらにして『銀翼の天使エースオブエース』としての素質を持つ者。




 込み上げる悔しさを噛み締め、それでもギイハルトは戦意を失わない。

 戦場では諦めるなどという選択肢はありえない。敗北すれば死しか存在しない世界を知っている彼は、如何なる状況でも動きを止めたりなどはしない。

 意地がある。誇りがある。

 人外的な戦果を上げる上司を持ち、その男の背中を追い続けたギイハルトには自負があった。


「下せるとでも思ったかい?」


 操縦桿を思い切り引き、後ろへ飛び退く。

 当然のように追いかける零夏機。


「これでも軍人でね、そう簡単に墜ちると思わないでほしいっ!」


 迫る零夏機に、右肘を予め構え突き刺す。


「しまっ、引き撃ち!?」


「過信したな、少年!」


 勢い付き回避しきれないタイミングで、ギイハルトのカウンターが零夏機を沈めた。

 意趣返しとばかりに放たれた肘打ちは人型機の設計想定通りの正しいものであり、零夏機の頭部は大きく揺さぶられパイロットに重大なダメージを与えることとなった。

 零夏の意識が一瞬途絶える。鈍重な轟音を伴い地面に落ちる零夏機。

 ギイハルト機はとどめを刺すべく装甲の薄い背部に拳を放つ。

 主要な機関を内包する胴体にダメージを与えれば、確実に人型機は機能を停止する。


「これで、終わりだ!」


 勝利を確信したギイハルト。

 零夏はようやく目の焦点を合わせ、自分の危機に気付く。


「――――――!」


 それは、既に考えての行動ではなかった。

 全身を跳ね上がらせての後方宙返り。

 重量を無視した挙動に、観客は当然ながら、目の前で警戒し尽くしていたはずのギイハルトすら呆気に取られた。

 零夏機は生き残った左腕でギイハルト機の装甲を掴む。

 そして敵に背面を向け、肩で人型機の全重量を持ち上げたあたりで正気に返った。


「しま―――」


「うりゃあああぁぁぁ!!」


 人型機による、人型機の背負い投げ。

 本日最大の音と振動が、ゼェーレスト村を揺さぶった。

 慣性のまま全身のフレームが歪み、無機収縮帯が破断し、魔導術式が致命傷を受ける。

 徐々に駆動音を沈めていく自機に、ギイハルトは天を仰いだまま認めざるをえなかった。


「俺の、負け、か」


「……いぇい」


 息も絶え絶えにそれでも人型機にピースサインをさせる零夏。

 零夏機もまた、無茶な機動により無機収縮帯が損傷し挙動がぎこちない。

 その間の抜けた行動に毒気を抜かれながらも、ギイハルトは一つの決意をする。


(いつか戦闘機で空から一方的な攻撃してやる。地上兵器が戦闘機に適うと思うな)


 こいつもやっぱりガキだった。








「勝ったぞー! 俺は、勝ったぞおおぉぉぉ!」


 バッチから這い出て空に向かって叫ぶ零夏。

 興奮のまま、思いを青空にぶつける。


「ロボォォォオ、ットォォォ!!!」


『なにそれ?』


 聞き慣れない単語に首を傾げる人々。気にせずロボット! ロボット! と連呼する零夏。

 なんだかんだいって、やはり一番の馬鹿はコイツだった。


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