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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
動き出す世界編
67/85

惜別とこれから 2

 美少女4人と過ごす時間は、穏やかに、時折笑い声を交えなから流れてゆく。

 かしましくお菓子をぱくつく少女達。森の妖精のお茶会、と解説されれば信じてしまうだろう。


「あ、このクッキー美味しいわ」


「うむ。王宮料理人のパティシエ顔負けじゃな、マリアは」


「このまろやかさ、そして素朴な甘さ―――豆が使われているノネ!」


「正解。しっとり感の秘訣は、煮豆を潰して混ぜてあるの」


「なんと。豆をお菓子に使うとは、意外な組み合わせです」


 ってあれ、一人増えてる。






「ファルネ、いつからいた?」


「お菓子あるところに私アリよ」


 甘いものにつられるあたり、蟻だな。


「ちょっと疲れちゃったワ。お兄ちゃん、帰りはおんぶシテー」


「しょうがないな。荷物で片手が塞がっているから足を掴んで引き摺ることになるが、いいか?」


「それじゃあスカートの中がマルミエじゃなイ!」


 もっと他に問題提起する部分があるんじゃないか。


「ずるいワ。ワタシに秘密でピクニックなんテ!」


「ピクニックじゃなくてデートだからな。もしくは家族サービス」


 大黒柱は大変なのだ。


「家族。カゾク……ソッか、血が繋がってなくても家族なんダ」


「ファルネ?」


「私は結局、テンガイコドクなのヨ」


 いじけてる。


「また喧嘩でもしたのか、しょうがない奴だ」


 ファルネとフィオは不仲だ。そのくせ、ファルネはフィオに固執している。本人は認めないだろうけど。


「あんなの親でも子でもナイわ」


「はいはい」


 頭をぽんぽんと叩き、クッキーを差し出す。

 それを直接口で食べるファルネ。不貞腐れて頬を膨らませている姿はリスっぽい。


「そうだ、ファルネもいることだしそろそろ聞きたいんだけど」


「スリーサイズ?」


「いや体重」


「それは特定機密なのヨ」


「そんなこと言うなよ70キロ」


「人の体を解析しちゃダメー!」


 彼女が背格好の割に重いのは、体内を色々と機械化しているから。ファルネが太っているわけではない。

 長年行動を共にしていれば、嫌が応にも気付くというものだ。

 俺だってラスプーチンとの戦いをきっかけに体を半機械化しているが、ファルネが天師となっているのは少し複雑な気分だったりする。


「そうじゃなくて、この世界の成り立ちだ。なぜ地球がセルファークになった?魔法とは何だ?」


 リデア、キョウコ、ファルネ……一物ありそうな面子が揃っている。今訊かずしていつ訊く。


「レーカ、それはデート中に訊くことではなかろう?」


 なぜか避難がましい目をするリデア。


「後じゃ後。帰るまでがデートじゃ」


 立ち上がりスカートを叩くリデア。つられて他の面々も腰を上げる。


「お兄ちゃんのミギテもーらいっ」


 ファルネに右手を握られた。


「荷物が持てないんだが」


「左手があるデショ」


「やれやれ。皆、忘れ物はないな?」


 空の重箱を包んだ風呂敷を左手に持つ。

 と思ったら、マリアに奪われた。


「私が持つわ」


「俺が持つって」


「私に持たせてよ」


「俺が持つの!」


「じゃあ私が……」


 どうぞどうぞどうぞ!ってわけにはいかないだろ。


「それじゃあ、転ばないように手を繋いでくれる?」


 彼女は自身と俺の指先を絡める。


「これが目的じゃったなマリア……恐ろしい子っ」


 劇画調でおののいているリデアはともかく、これで俺は両手をそれぞれ繋いでいる状態となった。


「ずるいです、私もレーカさんと手を繋ぎたいです」


「ならばこうせんか?わしは右足を握る、キョウコは左足を握れ」


 両手両足を持たれる。お神輿の如く、仰向けで横になる俺。


「おい、これ前にもあったぞ」


 出遅れてしまったソフィーが、所在なさげにしているし。


「仕方がありません。ソフィー、三本目の足は貴女に譲ります」


「下ネタはやめなさいヘッポコハイエルフ」


「わ、私は一人で帰るから……」


「レーカの上に腰を下ろせばいいじゃろう」


 余計な提案するな、タヌキ姫。


「……お邪魔します?」


 ソフィーが腹の上に座ってきた。うげっ。






「最近、お母さんがヨーゼフと接触しているノ」


「ほう、サンマが大漁なのか。せっかくだし食べておこうかな」


「ねえ、私イマ大事な話しているんダヨ?」


 デートの帰りにとんでもない重要をタレコミされても困る。

 丘の上の屋敷への道中。青々とした草を踏み締め、俺達は帰路を進む。


「この意味がワカル?お母さんは、ガイルを裏切っているノよ」


「ガイルのボッチが加速するな」


「もう、ワカラナイ。私は何を信じていいのカ」


 なるほど、ファルネも参っているらしい。

 だが、フィオさんとヨーゼフが結託?悪い冗談だ、技術屋と政治屋が結託するなんて。


「なぜ俺に教えてくれたんだ?」


「独り言ヨ。疲れちゃったから、船で休んでいくワ」


「ご自由に」


「マリア、夕食はお肉な気分カシラ」


「知らないわよ」


 食堂の食事は前日から仕込んでいるから、そもそも当日の変更は難しい。


「皆、後でミーティングルームに集合だからな。リデアとキョウコを締め上げて世界の秘密とやらを聞くぞ」


「締め上げられるより締め付けたいです」


「以前解体した豚をこれからベーコンにするから、その時存分に紐で締め付けなさい」


 仕事の合間に呼び出してごめん、マリア。


「来る」


 ソフィーが後ろに振り返る。


「どうしたんだ?」


 彼女の前には村を一望する景色が広がっているだけで、変なものなどない。

 ソフィーは自身のスカートを抑える。

 瞬間―――突風で女性達のスカートが捲れ上がった。


「地形性上昇気流―――だと」


 風が熱の上昇や坂道を駆け登ったことによって、上昇気流となったのだ。

 かなり強力な突風、対策していたソフィー以外のスカートは大きく持ち上がる。


『きゃああああっ!』


 重なる黄色い悲鳴。


「よしっ」


「何が『よし』なのかしら、レーカ?」


 普段のメイドスカートでは重くてここまで持ち上がらなかっただろう。


「メイド服の夏服として、ワンピース採用を提案する!」


「却下」


 俺の発案は無下に切り捨てられた。ソフィーに。


「予算の無駄よ」


「船内は温度調節されているから、必要性は感じないわね」


 くそっ!核動力による無尽蔵な電力供給が確保されているからといって、全室エアコン完備にするんじゃなかった!

 いや今からでも遅くない。レールガンを船に搭載しよう。あれは莫大な電力を消費するから、それを理由にエアコンを廃止する!


「もういっそ、換気の出口を廊下の地面に埋め込んだらどうです?」


「天才か、キョウコ」


 これを『新モンロー効果』と名付けたい。


「でもソフィー、風に気付いていたなら教えてほしかったワ」


 ぶうたれるファルネ。確かにソフィー一人が難を逃れていた。


「……?ファルネ、気付かなかったの?」


「私はガイルやアナタみたいに、風を読むことは出来ないシ」


「王国の血を引いているのに?」


 ガイルの娘であるソフィーとファルネは、共和国の前身であった王国、その王家の血を引いている。


「王家の者は風の祝福を持っているから、多かれ少なかれ風が読めるはずなのだけれど」


「なにその設定」


 初めて聞いた。


「聞かれなかったもの」


 裏設定にも程がある。


「昔は使えたノ。デモ昔、大怪我をして以来使えなくなったワ」


「大怪我?」


「なんで生きているのかスッゴく不思議なくらいの大怪我だったから、風読みが出来なくなったことくらいは『まあそんなモノかな?』って納得したケド」


「ふぅん……そんなこともあるのかしら?」


 ソフィーは首を傾げる。


「リデア、風の祝福というのは魔法的にはどういう解釈なんだ?」


「あれは魔法とは一線を画した、純粋な当人達の才能じゃ。科学では説明不可能じゃよ」


 この魔導姫、魔法を科学と称したぞ。


「じゃが、だからこそ不可解じゃな。その手の才能は天師化では失われぬ、基本的にはな」


「何がいいたいノ?」


「いやいや、事故の際にどんな蘇生術を駆使したんじゃろうな、と思ってのー」


 作り笑顔でファルネの顔を下から覗き混むリデア。そんなタヌキ姫をペシリと叩き、ファルネの手を引っ張ったのはソフィーだった。


「いじめはみっともないわ」


 いやはや、5年前のソフィーからは考えられない台詞だ。


「ただのスキンシップじゃよ」


「えへへ」


 にへらにへらと笑い出すファルネ。ソフィーもさすがに訝しげに眉を寄せる。


「どうしたのよ」


「並んで立ってみると、私の方が大きいのネ」


「何が?」


「イロイロ……痛てて、手首捻っちゃダメっ」


 先を歩くソフィーとファルネ。二人を背後から見ると姉妹に見える……なんて口にしたら、ソフィーにどつかれるので黙っておこう。


「ったく」


 やれやれ、とどこか優しげな目で苦笑するソフィー。繋がった手をファルネは縄跳びのようにぶんぶN振るう。


「初めてお姉ちゃんから手を繋いでくれた気がするワ」


「そうだったかしら?」


「苦節数百年ネ」


「いやお前何歳だよ」


 思わず背後からつっこんでしまった。

 脈絡もなくファルネはソフィーの手を振りほどき、少しだけ駆けて振り返る。


「私、用事があるから。サヨナラ!」


「あ、おい……行っちゃった」


 あっという間に遠くまで走っていったファルネ。なんなんだ、急に。


「さよならなんて言うほど、ファルネって律儀だったか?」


 最後の太陽のような笑顔が、妙に脳裏に残った。








 そしていよいよ、世界の秘密について明かされる時がきた。

 真剣な面持ちで黒板の前に立つキョウコ。船の主要メンバー、その中でも好奇心の強い面々がブリーフィングルームには集まっていた。

 ニール、マイケル、エドウィン、そしてガチターン、ついでにマリア……このあたりは主要メンバーかは微妙だが、知りたいというならやぶさかではない。


「キョウコ、初めてくれ」


「はい。ではお話しさせて頂きます、かつて世界で何があったのかを」


 いよいよ世界の全景が明らかになる。そう思うと、鳥肌が立つ思いだ。

 キョウコはチョークを手に取り、黒板に先端を当てる。

 ―――爆音が船を揺さぶった。

 バリバリと船の装甲を震わせる振動。かなりの近距離を

 飛行機(ソードシップ)がフライバイしたのだ。


「ジェットエンジン?うちの船の飛行機じゃないぞ!」


 このやたらやがましい轟音は……YJIOIエンジン?


「このエンジンが搭載された戦闘機といったら……ああ」


 窓に張り付いて船上空の飛行機を観察する。直線に近い後退翼、二枚の斜めに装着された垂直尾翼。

 エンジンは双発。なにより、機体下部の巨大な鉄塊がその正体を露にしていた。


「―――微熱の蜜蜂、エカテリーナ?」


 見間違いようがない。あの戦闘機、雀蜂(すずめばち)を扱うのは世界で彼女だけなのだ。

 エカテリーナ・ブダノワ。戦闘機に人型機(ストライカー)用の超近接武器パイルバンカーを装備し戦う、狂気の天士だ。

 当たり前過ぎることだが、飛行機は本来近接戦闘などしない。機銃やロケットのみが武器だ。

 だがエカテリーナは違う。重く大きい鉄塊とでも呼ぶべき釘付ち機を戦闘機の腹部に追加し、全ての敵を一撃の元に葬る。低速での運動性と揚力に優れた雀蜂といえど、まったくもって非論理的なタイプの天士である。

 銀翼にはこういう特化型が多々いる。地上攻撃に優れたルーデルの雷神改もそうだし、超長距離砲狙撃を得意とするシモヘイヘも同類だろう。

 むしろ、ガイルやギイハルトのように万能型な銀翼こそ少数派だ。

 部屋の壁に備え付けられている受話器を取って電話番号を押す。船内電話なので三桁だけ。

 トゥ、ガチャ。

 早っ。

 呼び出し音が一度も鳴りきらなかった。


『お待たせしましたご主人様!元気系メイドのミミでーす!みみりゃんって呼んでねっ!』


 この船のブリッジクルーはなぜかメイドさんである。艦橋内はメイドヘヴンである。


「俺だ」


『はわわ、ご主人様ー?どうなすったですか?』


「外に戦闘機が飛んでいるが、誰だ」


 本当はエカテリーナだと確信しているが。


『『微熱』様から先程共振無線を頂きました!なんでも義妹様のことで何やらご相談があるとかっ!』


 にこやかに事後報告を行うみみりゃん。


「着艦要請があったのか?」


『ご主人様がシュチニクリンってる間に連絡が来たのですっ。エカテリーナ様には着艦許可も降りていましたので、後程報告する予定でしたっ。きゃーん、ご主人様のえっちー!」


「いや、それならいいんだ」


 エカテリーナが来ていることは外を見れば判る。問題は、小型機の飛来にこの船のレーダーとスタッフが反応出来ていたかどうかだ。

 把握してあったなら問題なんてない。この距離まで接近を許したのかと焦っただけ。


「っていうか、俺はメイド達にどう思われてるんだ……いっとくが、酒池肉林してねーよ」


『はっ』


 鼻で笑われた。








 一部、浮遊装置を装備しない航空機が出現してきたとはいえ……セルファークの飛行機は基本、垂直離着陸が出来る。

 よって航空母艦には加速用に蒸気カタパルトこそ設置されているが、着艦用のフックは存在しない。甲板に直接降りるのだ。


『そっとよ、そっと……あぁんっ』


 ゆっくりと雀蜂が垂直降下する。

 焦らすような、しかし迷いのない降下。機体の表面を保護するハードポイントのソリが甲板に接地し、その瞬間、急速拘束装置(ベア・トラップ)が飛行機を固定した。


『あっ……そんなとこ、摘まんじゃだめぇ』


 急速拘束装置とは航空機を揺れる甲板に固定する為の機械だ。見た目はガラスのない金属の窓枠、だろうか?

 ここにソリを入れると、内側のシリンダーが脚を挟んでガッチリとホールドしてしまうのである。

 更に、急速拘束装置は甲板を走り飛行機を牽引する。巨大な航空機を安全に格納庫へと運ぶことが可能なのだ。


『引っ張っちゃだめ、そこは敏感なのぉ、ああっあ』


 エンジンをストップし、甲板を自動で移動する雀蜂。

 そして無線から聞こえる嬌声。

 うるさい。毎度のことだが、彼女との共振通信はうるさい。

 格納庫に入るとエンジンの甲高い風切り音が反響する。惰性で回るコンプレッサーはまだまだ止まらないだろうが、魔力を燃やしていないので会話すら出来ないわけではない。

 雀蜂、その側面に立ちコックピットを見上げる。キャノピーが開き、金髪の女性が降りてきた。

 飛行機の外装はとても薄く柔らかい。下手に体重をかければ凹み修理モノなので、乗り降りで足を置く場所、手をかける場所まで厳密に決まっているのだ。

 飛行機の乗り降りを見れば、その天士の慣熟度合いが判る。当然彼女の降り方は鮮やかだった。


「お邪魔するわ、レーカ君」


 頬を(なぜか)紅潮させつつ、スカートの端を摘まみ頭を下げる美女。


「ようこそエカテリーナ。当艦は貴女を歓迎します」


 今日の彼女の服装は胸元の大きく開いた紫のドレスだ。実にえろい。そしてパイロットスーツとして相応しくない。


「別に歓迎しなくてもいいわよ」


「は?どういうことです?―――ああ、持ってってくれ」


 ドワーフの職人がエアバイクで雀蜂を牽引し、所定の場所へと移す。

 このエアバイクは接地圧を下げる為のキャタピラ仕様(ケッテンクラート)だ。ゴム履帯なので格納庫の床を傷付けないし、レシプロエンジンで静音性にも気を使った逸品。フィアット工房で絶賛発売中。


「お邪魔させてほしいの。匿ってくれない?」


 何やったんだこの人。


「誰から匿えと?」


 統一国家だろうか。それともどこかの小国?


「きょ・う・こ・く」


 ウインクしつつ人指し指を揺らすエカテリーナ。


「教国?」


「ええ、そうなの」


 ……追い出そうかな、この人?








 結局ミーティングルームに戻ってきた。今度はエカテリーナも加わっているが。

 世界の秘密に関しては一旦脇に置き、俺達はエカテリーナの話を聞くことにする。


「ご存じの通り、私はギイの行方を探しているわ。まあ、場所自体は判っているのだけれどね」


 そう、ガイルの本拠地は判っている。リデアに以前教えられたのだ。


『ノイン』。とある場所にある、小さな国だ。


 ノインは入国出来ない国として知られる。一切の外交を途絶し、強行侵入してきた船や飛行機を無差別に撃墜しているのだ。

 しかし内部で独裁政治が行われえいるのかといえば、案外そうでもない。日本の鎖国時代のように諸外国から引きこもってるだけで、内部では普通に人々が生活しているらしい。

 そんな奇妙な国がノインだ。

 俺達がガイルの本拠地を知っていることは、ファルネには知らせていない。というより話題に上がらない、というべきか。

 リデア曰く、ファルネやガイル達も俺達が本拠地の場所を知っていることは把握しているそうだ。

 あくまで、その上で手を出せない。その理由があるのである。


「……まあ、単純にガイルの操る心神に勝つ見込みが薄いって理由もあるんだけどな」


 4年前に戦った時も、全ての手を尽くして辛うじて渡り合った。今度は勝てる、なんて自信はない。


「そうよねぇ、『アレ』さえなければ乗り込むんだけれど」


「『アレ』ですよねぇ」


 リデアに指示されてノイン防衛用超兵器の対策は用意しているが、積極的に使いたいとは思えない。


「それより匿ってほしいって話よ。ギイを追っているうちに、奇妙なことに気付いたの」


「というと?」


「ギイの妹のイリアちゃん……あの子、何者?」


 俺に訊かれても。


「ギイの過去はある程度追えたのよ。けれど、イリアちゃんの過去は存在しなかった。あの子、どこからともなく沸いて現れたの」


 虫じゃあるまいし。


「詳しくは知りませんけど、ギイハルトだって戦争孤児でしょう?イリアもそうなんじゃないですか?」


 ギイハルトとイリアは血は繋がっていなかったはずだ。似てないし。


「戦争孤児だからって、戦後も戸籍を用意しないのはおかしいわ」


「戸籍って、共和国の?」


 確かにそれは妙な話だ。


「ギイハルトはテストパイロットだったんですし、身辺調査は行われているはずですよ?」


 国家機密を扱うテストパイロットという職業は、守るべき秘密が多い。近親者に不審人物がいないかは当然調査されるし、その上で仕事内容を家族に話すことだって出来ない。

 戸籍を持たない怪しい人物を妹に持つ男が、テストパイロットになれるはずがないのだ。


「共和国の重鎮が関わっているんでしょう。イソロク様とか」


「元王子のガイルが関わっているとすれば、それくらいのごり押しは可能か」


 イリアは何者か?天師であることは又聞きしているが、それ以上の情報はない。


「気になっちゃうでしょ?それで調べてたわけよ。そして行き着いた先が教国、ってわけ」


「それでどうして追われる身に?」


「教国近郊の巨塔に忍び込んでみたの。教国は歴史だけは古いから、資料もものすっごい量だったわ」


 国家の機密に忍び込んだら、そりゃ追われるわな。エルフって教国じゃ敬われるはずなのに。


「その隙を突いたのよ」


「ひどい」


「そして、宝物庫でこれを見付けたの」


 エカテリーナは丸めて筒にしてあった紙を広げる。


「これは―――!」


 俺は目を見開きその文面を読んだ。






『( ^ω^)私とギイの将来設計(●´ω`●)




 エカテリーナ・ハーツ

 私。可愛い奥さん(*ノω<*)

 近所でも評判の美人人妻。でも私はギイのものだから、恋しちゃダメだぞっ(゜∇^*)ノ⌒☆




 ギイハルト・ハーツ

 旦那様φ(〃∇〃 ))キャ

 とっても素敵でかっこいい王子さま( ・`ω・´)

 でも守るのは、国ではなくたった一人のお姫様なの(^з^)(^ε^)




 子供

 私としては二人くらいほしいかな(;・・)ゞ

 でもギイが望むなら、何人でも作っちゃう o(・ω・´o)

 あと、子供達にも飛行機の操縦を教えて一緒に変態飛行―――』






「間違えたわ」


「待てなんだ今の」


「見てほしいのはこっちの絵画よ」


「いやそれよりなんだ今の」


 別の紙が広げられる。

 その絵は、女性の全体像を描いた絵画だった。

 幾重にも折り重なった着物のような面影を残す、純白のドレス。

 その人物の顔は見覚えがある。


「イリア、か?」


「私にはそう見えるわ」


 絵画の下部に書かれた文字には、こう書かれている。


「『初代法王画』?」


 それってつまり、教国最初の王様の絵、ってことだよな。


「どういうことですか?」


「さぁ?これしか持ち出せなかったし。キョウコ様、何かご存じじゃありません?」


 キョウコは目を細める。


「ほう?それは私が教国以前から生きている年寄りである、と言いたいのか?」


「あ、いえ、そんなわけでは」


「エカテリーナさんを威嚇するな」


 なんたってキョウコはエカテリーナを目の敵にしているのだろう。主な理由は胸だろうけど。


「それで、どうなんだキョウコ?」


「そうですね。イリアに関しては不可侵なのが基本なのですが……そもそも紅翼(せきよく)がイリアを確保している時点で不文律は破られているようなもの。明かしてしまった方がいいおかもしれません」


 そこまで重要な扱いなのか、あの表情に乏しい小柄な少女が。


「イリアは―――」


 ―――前触れなど、なかった。

 突き上げるような衝撃。轟音と大地震の如き振動が、船を大きく揺さぶった。

 あまりに突然のことに、誰もが立っていることすらままならない。ガンガンと船の装甲板に何かが衝突する音が響き、床はゆっくりと傾斜してゆく。


『第一種警戒態勢発令。繰り返します、第一種警戒態勢発令。総員、戦闘位置に着いて下さい』


 非常事態を知らせる艦内アナウンス。

 リデアが先程の電話機に飛び付き、ブリッジに連絡する。


「状況報告じゃ!」


『船の被害は軽微、ですがこの揺れは二次的なものです!屋敷が攻撃を受けました!』


 みみにゃんの切羽詰まった声色。さすがリデアの御付きメイド、突発的状況でこそ優秀だ。

 船のチェックは艦長のリデアに任せるとして、俺が把握すべきは船外の被害。


「マリア!屋敷にいる人間は!?」


「えっ、えっと。今は誰も誰もいないわ。シフトの上では」


 ならば被害はない、か。


「リデア、村への被害確認と救援、避難誘導を手配しておいて!俺はブリッジに登る、皆は自分の機体に!」








 俺とソフィー、そしてリデアは外を一望出来る艦橋に辿り着き、俺達は被害現場を直視する。


「屋敷が―――ない」


 顔を真っ青にするソフィー。屋敷が攻撃されたとは聞いたが、消し飛んでいるとは。

 屋敷の構造は堅牢の一言だ。特別な魔術的強化こそされていないが、基本構造は小規模な城。要塞として利用可能なほどの固さといっていい。

 普通の攻撃ではない。何か、特殊な類の攻撃だ。

 多くの時間を過ごし、沢山の思い出を作った屋敷。その消滅に心が痛むも、考えることを止めるわけにはいかない。


「―――っ、魔法陣は!」


 時間制御魔法陣、あれは戦いの要だ。屋敷のついでに破壊されていいものではない。


「あれはそう簡単には壊せん、魔法陣自体が不変な上に障壁で守られておる」


「屋敷の瓦礫は数百トンに達するはずだ、耐えきれるのか?」


「そこらの魔法使いならばともかく、アナスタシアの設置型障壁じゃ。心配はない。仮に魔法陣を覆う障壁が割れても、あの魔法陣は浮世とは『ずれた』場所に存在する。物理的な破壊はあり得ない」


 重ねて否定するリデア。


「ならいいが」


 そこまで頑丈なのか。


「船体ダメージは?」


『問題ありません!衝撃波で傾きましたが、立て直しました、ご主人様!』


 スピーカー越しにはきはきと答えるCIC(戦闘指揮所)担当のメイド。


「村への被害は」


「状況不明!エアバイク部隊の連絡待ちです、ご主人様!」


 俺とリデアで状況を把握すべく指示を飛ばす。


「レーダーに反応はないんだな?」


 あればその時点で連絡が届くはずだ。


『はい、不審な影はありませんでした』


 つまり、半径300キロメートル以内に攻撃を行った存在はいない。


「神の宝杖か?」


 世界全てを射程に納める超兵器・神の宝杖。現在の所有権は統一国家にあり、首都にいながらにしてゼェーレストを狙うことも充分可能だ。

 しかし様子がおかしい。神の宝杖は地下から上空に撃ち上げる兵器だ、着弾の噴煙は独特の吹き上げ方がある。


「ならば工作員による内部からの爆破―――いや」


 周囲を見渡せば、森の一画が円柱形に抉れている。あれ、何かが『かすった』痕か?


「ほぼ水平方向からの砲撃?まさか!」


 300キロメートル以上の距離を狙撃する兵器、一つだけ覚えがあった。


「超大型レールガン『カリバーン』……ガイルの奴、どうしてこんなことを」


『な、なによカリバーンって?』


 有線通信越しに待機室のニールに訊ねられる。新参の三人組には教えていなかったか。

 こんな時に通信してまで訊いてくるなと思うも、状況把握に不備のあるまま作戦行動をする危険性を鑑みて教えることにする。

 周囲を睨みつつ、すぐに事態が動くことはないと判断。


「ざっと説明するぞ。ノインって国は知っているよな?」


『出入り出来ない小さな国だろ?噂じゃ国土の中心にデカイ大砲があるって話だぜ』


 珍しく正しい知識を披露するマイケル。明日はパンツが降ってくるな。


「その通りだ。ノインの中心には、全長6キロのレールガンが配備されている」


『え?ごめん、もう一回お願い』


 聞き間違いじゃないぞエドウィン。全長6000メートル、だ。


「一次産業の盛んなノインは、外国からの干渉を封じることで脅威から身を守ることを選んだそうだ」


 そして軍費の大半を注ぎ込んで製造されたのが、超大型レールガン『カリバーン』。小国を守る唯一にして最強の剣。


「とはいえ、そんな無茶な兵器だ。一度は失敗して頓挫したらしいが―――『とある集団』が自分達を匿うことを引き換えに完成の為の技術提供をしたそうだ」


『ガイルさん達?』


「そういうこと」


 図体こそ馬鹿げたデカさだが、威力は神の宝杖や衝撃波特化核弾頭と並ぶ神術級。

 数少ない『戦略兵器』。その傘の下に、ガイル達の本拠地は構えられている。


『ノインってどれくらいの大きさだ?』


「歪だがほぼ円形の国土で、中心のカリバーンから国境までは平均100キロメートル。レールガンの弾速は極めて速く、更に散弾だから視認からの回避は極めて困難」


 概略だがこんな感じだ。


『そんなデカブツ、小回り効かなそうだし……撃たれる前に接近すればいいじゃない』


「まあ、ニールの言う通り、そう思うよな」


 そんな簡単にもいかないんだ、これが。


「誰も試さなかったわけじゃないさ。その結果、失敗した」


 帝国の調査によれば、領空侵犯から発射までの時間は約1分。観測、指揮、蓄電、砲塔回転、照準、発射までのシークエンスがどのようなシステムで行われているかは正直謎が多いが―――


「速度でごり押しは、ほぼ不可能と断じていい」


 一言でいえば、あまりに早過ぎた。


『何それ、正面突破は不可能じゃない』


「だな、困った困った。世界ほぼ全域が射程範囲内だからなぁ」


『なんでそんなに冷静なのよ』


 指揮官が焦るわけにもいくまいて。


「キューバ危機みたいなもんだ」


『何処それ』


「アメリカの下」


 冷戦の頃、アメリカと目と鼻の先にある島国キューバにロシアのミサイルが持ち込まれた。結果、大国間に大きな緊張が走った出来事である。

 世界終末時計なる悪趣味な滅亡への指数が、世界はあと二分と称したほどの未曾有の危機。この砲撃は更に悪質かもしれない、実際に撃たれたのだから。


「パフォーマンス……核実験みたいなもんだろうな。実家吹き飛ばして試すなっつーの」


 ガイルはソフィーを狙わない。少なくとも、あまり狙いたくはないはず。

 奴は屋敷が無人なのを確認してからカリバーンにて間接射撃したと考えられる。

 間接射撃。友軍が観測班として現場の位置や状況を報告することで、砲兵から見えない位置関係の目標を狙う技術だ。


(となれば、誰が観測班だ―――なんて、考えるまでもないか)


 つい先程別れた少女。あの子が着弾地点を確認しているはず。


『ちょっと、急に黙らないでよ』


「……そうだ、これは冷戦だ、戦争はずっと終わってない」


 俺もキザ男に指摘されるまでちょっと忘れてたけどな。


『レーセン?』


「この世界は、互いに詠唱を終えた魔法の杖を突き付け合っているってことさ」


 ―――いた。


「観測班だ」


 空中に浮かぶ重装甲の人型機。その機体は空に在ることを常とする為、下半身はスカートを模した装甲のみで歩行機能はない。

 背中には複雑に折り重なった鋼鉄の翼。一枚一枚が本機の子機であり、暗号化された粒子テレポーテーションによるハッキング不可能な通信を行っていることが解ったのはつい最近だ。

 数十の子機、そのエンジンで高度100メートルほどでホバリングする、かの機体。


「堕天使―――ファルネの搭乗機だな」


 改修前とはいえキョウコの蛇剣姫を圧倒した、オーバースペック機だ。


「だが多勢に無勢。一気にかかれば無力化も出来る」


 あの娘を空から引きずり下ろすか?

 カリバーンを撃たれておいて何だが、ファルネを拘束することはガイルに対する宣戦布告になるかもしれない。慎重に行動する必要がある。


「……ねぇ、レーカ。あそこ、光っていない?」


 光?

 屋敷跡地、そろそろ止んできた埃や煙が晴れて瓦礫が日下に露となる。

 確かに光っていた―――ぼんやりとした障壁と、その内部の魔法陣が。

 ようやく理解する。


「違う、砲撃はパフォーマンスが目的じゃない!」


 空で静止する堕天使が見詰めるのは、見紛いようもなくその魔法陣であった。


「魔法陣を隠す物全てを、力付くで撤去しやがったんだ!」


 だからって、自分の家を吹き飛ばすことはないだろう、ガイル……!


「いかん……あれをファルネに見られた」


 呆然と床に崩れ落ちかけるリデアを、操舵席にいたルーデルが咄嗟に支える。

 リデアの顔は真っ青だ。あれほどガイル達に魔法陣の存在が露呈することを警戒していたのに、こんなふざけた方法で確認するなんて!

 目的を果たしたのだろう、翼を後方に向け加速する堕天使。


「緊急離陸―――は間に合わないか」


 ファルネを捕らえればガイルが魔法陣の所在を確定することを、少しだけ遅らせられるかもしれない。

 堕天使の飛行速度は亜音速。この船に積載した多数の超音速機なら、充分に追い付ける。

 だが、どれだけ急いでも離陸まで5分、接触に更に5分といったところか。

 10分もあれば、何処かに隠れられる。ファルネが作戦にあたって逃走経路を準備していないはずがない。


「『れーだー』を使って追跡するのは?」


 ソフィーが提案する。


「あれは大まかなことしか判らない。この世界に亜音速で飛ぶ小型機がどれだけある、見分けなんてつくはずがない」


 俺の特等席にどっかりと腰を降ろし、クリスタル共振通信機を起動させる。


「……おい、ファルネ」


『……ウン』


 通信に応える気はあるのか。


「元々俺達はこういう関係なんだ、抗議するのもおかしいよな」


『ウン』


 はっきりとした、でもどことなく生気のない返答。

 ファルネは平静な声色のまま、俺に別れを告げた。


『サヨナラ、お兄ちゃん』


「またな」


『っ、バカッ!』


 通信はそれっきり切れてしまう。

 ファルネは惜別であろうと縁を切る心積もりだったのだろうが、生憎俺はこれからもファルネと付き合っていくつもりだ。

 溜め息を吐き、手の平で額を押さえる。


「ま、意趣返し出来たから良しとするか」


「……小さな勝利じゃ」


 椅子から立ち上がり、手を叩いて視線を集める。


「マイクの音声を船全体に流してくれ」


「承知しました、ご主人様!」


 ブリッジクルーメイドや天師達がこちらを向いたことを確かめ、単語に迷いつつも言葉にする。


「……俺だ、レーカだ。総員にありがたーいお知らせを行う。戦いが、遂に始まっちまうらしい」


 大したことではないように、出来るだけ気軽に報告する。


「俺達は、スピリットオブアナスタシア号はこの戦いの為の船だ。高度な装備も優秀な天士もそれらを支えるスタッフも、全ては最強の銀翼の天使―――紅翼を打倒する為の準備だ」


 この船一つで統一国家と戦えるはずがない。経済規模で争う必要がある国家という敵に対峙するのは帝国であり、この船はあくまでガイル陣営との戦いを想定している。


「元を正せば、実に個人的な戦いだ。だがこれはもうただの親子喧嘩じゃない、自分の意思を示す為の戦いだ。荒れ狂い絡み合う世界情勢の中、ぼんやりと空戦の空を見上げているだけなんて俺はゴメンだ」


 ガイルやヨーゼフの企みは未だに不明だ。だが、一つ断言出来ることがある。


「あいつら、俺等の都合なんて考えちゃいねぇ。自分の進む道は自分で決める、その為に真実を見に行くぞ」


 ―――戦闘開始だ、世界を巡る戦いに殴り込んでやる。




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