表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
動き出す世界編
66/85

惜別とこれから 1

「大敗だな」


 ただ一言、紙面に目を通したヨーゼフは報告書をそう評した。

 旧共和国首都にして現統一国家の中心、ドリット城。その一室での光景。

 華美な装飾とは無縁な、実用性を求めた個室。客人にみすぼらしい印象を与えない為の僅かな調度品があるだけで、それ以外には雑多な書類ばかりが重なっている。

 知らねば誰が信じようか、こここそ統一国家の最高権力者、総統ヨーゼフ・プリラーの事務室であるなど。

 仏頂面にて報告書を読むヨーゼフ、彼にそれを届けた騎士の面持ちは強張る。

 現状ではバランス感覚に優れ善政を敷く彼に、統一国家の一般人には純粋な支持者すら現れている。

 しかし紅蓮の騎士団内部では数年前の記憶が未だ鮮明に残っていた。反逆する者、逆らう可能性が僅かでも残る者を野菜を捌くかのように殺し回った、絶対的な恐怖が。

 狂人ではない。盲信者でもない。ただ、ヨーゼフは損得勘定で不要な部下を虐殺出来る男だった。


「……む?」


 目の前で直立する騎士員が、ガタガタと歯を震わせ鳴らしていることに気付くヨーゼフ。

 彼は小さく笑い、騎士に声をかけた。


「そう怯えるな、八つ当たりなどせんよ」


「い、いえ、そんなことは」


「この程度の犠牲は誤差だ。それに『彼』も現場にいたそうじゃないか、有象無象が募ろうと敵うはずがない」


「―――は、い」


 精鋭の搭乗した最新鋭120機を有象無象・雑魚呼ばわりする眼前の男に、いよいよ騎士の顔色は真っ青になる。

 そんな比較的若い騎士を面白そうに見てから、ヨーゼフはよくやく彼に退室するように促した。


「失礼します」


「うむ」


 節度を保ちつつも逃げるように機敏に出ていった騎士を見送り、ヨーゼフはいよいよ笑いを抑えきれなくなる。


「くくく、はははっ!また君に邪魔されたな、レーカ君!つくづく君は厄介だ!」


 ひとしきり笑ったヨーゼフに、どこからともなく声がかけられる。


「楽しそうね」


 妖艶な艶を含んだ、妙齢の女性の声。ヨーゼフが振り替えれば、闇の切り取られた窓を背に女が立っていた。


「いつからいた?」


「ついさっきよ」


 女性は細いフレームの眼鏡をクイ、と上げる。


「まあいい、これを読め。120機が20機に全滅させられたぞ。実に予想外だ」


「悔しがるとでも思った?」


 彼女は不敵に鼻を鳴らす。


「帝国の新型はあのガキの作品よ、これくらいのスペックは予想は出来ていたわ。あんな戦闘機では勝てないことくらい判りきっている」


「あんな、とはな。荒鷹の性能は間違いなく世界最強だというのに―――」


 女性の統一国家新型に対する酷評に、思わず苦笑するヨーゼフ。

 椅子をくるりと回し、両手の指を組み彼は女性を見据える。


「―――なあ、フィオ・マグダネル」


 ヨーゼフと対面する女性は、荒鷹の設計者にしてファルネの母親―――フィオであった。

 ガイルの部下であるフィオと統一国家総統のヨーゼフは、本来は敵対する関係。しかし彼等の間には共通の認識があった。


「荒鷹なんて、遥か昔に設計した玩具よ」


「ふむ。まあ、私が予想外と称したのは彼があの場にいることなのだがな」


 茶化すようなヨーゼフの物言いにフィオは苛立ちを隠さず、棚の中からブランデーの瓶を取り出す。

 魔法で栓を抜き、直接口を付けて一気に飲み干す。呆れるヨーゼフ。


「それはお気に入りなのだが」


「貰うわよ」


「まったく、図々しい女だ」


 ヨーゼフは立ち上がり、カップにポットの紅茶を煎れる。


「リデア姫は覚悟したようだな。ならば、あるいは見付けたのかもしれない」


「……時間制御魔法陣?」


 微かに目を剥くフィオに、珍しいものを見たとヨーゼフはひっそりと笑う。


「まさか。私達がどれだけ探索したと思ってるの?そう簡単に見付かれば苦労しないわ」


「だがそれ以外に、彼女が勝負に出る理由があるか?あの姫の信条は嫌いではないが、その性質上どうしても後手に回るのだ、確信なしに動きはせんぞ」


 ぐっ、と言葉に詰まるフィオ。


「さて、君はどうする?愛しの男にそれを伝えるかね?」


「いい加減にしなさい、ヨーゼフ坊や。歳上の女性をからかうものじゃないわよ」


 ヨーゼフは小さく鼻で笑う。


(哀れな女だ。永遠を男に捧げたというのに、精々が欲求の捌け口、都合のいい技術者として使われた挙げ句に狂うとは)


 そして、馬鹿な女だと内心嘲笑う。フィオという人間にはもう何も残っていない、亡霊以下の厄介事だ。


「我々は互いに利用し、される関係よ。最強の銀翼が手に入るならそれでいいわ」


「ふむ?君が追い求めて久しいのは、さて。紅翼の天使()か?それとも純白の天使(その娘)か?」


 ぎろりと睨むフィオ。


「おお怖い」


 そのまま退室する彼女に、ヨーゼフは肩を竦める。

 乱暴に閉めされた扉に向かって、ぽつりと呟いた。


「……存外、君はガイル以上にアナスタシアという女性に縛られているのかもな」






 ヨーゼフの事務室、窓の外側に人影が張り付いていた。

 地上数十メートルの足場もない城壁に潜む女性。彼女の背中には天使を彷彿させる白翼が存在した。

 何を隠そう、その翼にて浮力を生み出すことで彼女は重力に逆らっているのだ。

 そんな常人離れした曲芸を行う彼女だが、今は冷や汗を流していた。


「び、びっくりしたワ……お母さん、窓に近付いて来ないデよ」


 監視任務をこなしていたファルネ。フィオが窓に接近したことで、監視が露見したかと焦ったのだ。


「けれど、マサカ。お母さんが統一国家と接触していたナンテ」


 以前から独断で動くことの多かったフィオ、そんな母親の動きをファルネは探っていた。そして今夜、遂に尻尾を掴んだのだ。


「確信は得たワ、これ以上の深入りは危険ネ」


 翼をはためかせ城壁から離れ、夜空に昇っていくファルネ。

 ガイル陣営の人間は、基本的に人体を天師化―――つまりは生体機械化している。

 ファルネの肌は常人と変わらず温かく柔らかだ。成長だってするし新陳代謝も行われる。

 だがその肉体の多くは血肉ではなく、対G機能に特化した機械だ。自ら望んだ体ではないがファルネは特に不満はなかった。

 ふと下を見れば、地上の営みが星の瞬きと変わらぬほどに小さい。1000メートルまで上昇したファルネは宙に『腰掛ける』。

 お尻の下にある何かをコンコンと叩くと、空中にホバリングしていた何かが闇から現れる。

 それは、戦闘機だった。

 その機体を目視すれば多くの者が既視感を覚えたであろう。その姿は荒鷹とよく似ていた。

 白を基調とし、赤と青のラインでカラーリングされたトリコロール。コックピット後方、吸気口の側面にはカナード翼が装備されている。

 更に本来の双発エンジンに一基エンジンを背負い追加することで、高い運動性能と推力を両立。量産型とは次元違いの格闘戦能力を有している。

 荒鷹 高機動試作機 あらだかこうきどうしさくき戦闘用ユニット追加型。かつてそう呼ばれていた戦闘機である。

 シルバーウイングスを有するギイハルト・ハーツの愛機であり、今はガイル陣営の配下として運用されている機体だ。

 ガイルの元で活動する以上は共和国の基準より更に強化されており、それは既に近代改修を越えて魔改造の域に達している。

 最たる改造内容は、左右に並んだエンジンが可動して機体の真下に向けられること。

 これはソードストライカーとして改修しようとした結果だ。エンジンを自在に可動可能にしたことで足として使用出来るようになったはいいが、それ以上の改造―――上半身の変形をギイハルトは拒んだのだ。

 結果、上半身は戦闘機であり下半身が足という、鳥のようなフォルムとなった。


「―――意外だな、彼女が裏切るなんて」


 半人型戦闘機(ソードストライカー)となった荒鷹を操縦するのは、当然ギイハルト本人だ。

 彼は機体を巧みにホバリングさせつつ、キャノピーを開いて双眼鏡を覗く。

 レンズが見つめるのはヨーゼフの事務室。先程までのやり取りは、ギイハルトとファルネには筒抜けだった。


「ま、お兄ちゃんの船に入り浸っている私が言うことじゃないケド」


 後部座席に着席するファルネ。高機動型荒鷹は元より複座機だ。

 ギイハルトとファルネは実働部隊としてコンビを組むことが多い。というより、ガイルが出不精でありフィオは技術者なので、この二人しか動く人間がいない。


「ヨーゼフが漏らしていたワ、リデアが魔法陣を見付けたんじゃないかって」


 話しつつも、リデアもまた母と同じく信じられない気分だった。

 世界の命運を左右する時間制御魔法。その所在を、アナスタシアはそれほど巧妙に隠していたのだ。


「それよりどうする?君の母の裏切り、報告するか?」


「どっちに?」


「……どっち、とは?」


 考え込んでいたファルネははたと我に返り、慌てて弁明した。


「ち、違うノ。ちょっと別のことを考えていたワ」


 失言を誤魔化しつつもファルネは困惑する。報告すべき相手として、彼女はガイルではない人物を咄嗟に思い浮かべてしまったのだ。


(何を考えているのよワタシ、私はガイル陣営なの。彼等と馴れ合おうと敵味方の一線は引いている、そうでショ?)


 そう自分を騙しつつも、ファルネは自覚していた。零夏の母艦であるアナスタシア号は、ガイルの母艦バルキリーよりずっと居心地が良かったのだ。

 それは設備や広さの話ではなく、そこにいる人々。更に言えば―――


「やっぱり、親子なのカシラ?」


 ファルネは自分達母娘の共通項を見出だし、あまりに滑稽で情けない気分となった。

 フィオはアナスタシアという恋人のいるガイルに横恋慕した。

 ファルネはソフィーという婚約者のいるレーカに……


「……ねえギイ、私達の行為をどう思ウ?私達は世間的には『悪』なのカシラ?」


「俺は軍人だ。作戦の是非は問わないことにしている」


「アッソ」


 幼き頃は少年兵として、成人後も軍人であり続けたギイハルトは自己の意思を容易く蔑ろにする。

 裏社会で生きてきたファルネからすれば、軍人という存在は今一理解し難いものだった。

 荒鷹はエンジンを水平に戻し、巡航飛行へと移行する。目的地は彼等の潜伏地だ。






《不明なプログラムが実行中です》


《テレポーターへの干渉を確認。深刻なエラーに繋がる可能性があります》


《ただちに使用を中止し、再起動して下さい》








「きゃうー!?」


 素っ頓狂な声で俺の意識は微睡みより覚醒した。


(なんだよ、朝っぱらから……)


 ぼんやりとした視界の中、動く肌色の物体。

 アナスタシア号の自室で目を醒ました俺は、ベッドから上体を起こして室内で騒ぐ何者かを注視する。

 目の焦点が次第に定まる。それは、透き通るほど白く華奢な裸体だった。

 艶やかな黒髪は小さなお尻の下まで伸びており、ぴんと尖った耳は刺激に耐えるようにピクピクと動いている。

 胸は小ぶりだが均整が取れており、彼女の美を否定する者はセルファークにはいないだろう。


「あっ、あう、ああっん、うぁ、あ……」


 黒髪の美女―――キョウコは部屋の中心に立ち、微かな声を漏らす。

 声を漏らし、彼女は裸のまま―――


「あうっ、ひゃう、いひぃっ、あうあうっ」


 片足でピョンピョンとジャンプを繰り返していた。


「…………。」


 爽やかな早朝に見たのは、喘ぎ声を漏らしながら片足でピョンピョンする美女。

 俺は無言で部屋の窓を開く。

 未だ夏場とはいえ外気は少し寒い。指先を呼気で温め、俺は窓枠に足を掛けた。

 そしてそのまま、部屋の外に身を踊らせる。地面までだいたい30メートル。

 俺はこの瞬間、鳥となっていた。


「風が―――立ってきた!」






「なんで裸の片足ピョンピョンなんだ」


「なんで寝起きにI CAN FLY!なんですか」


 興奮の後に訪れるのは平静。

 俺とキョウコは、鏡面の如く静かな心で向かい合っていた。


「考えてもみろ。朝起きたら、知り合いが裸で片足ピョンピョンだぞ。わけわかんねぇよ」


「それがなぜ飛び降りに繋がったのです?」


 普通は死ぬが、ギャグ補正で俺は無傷だった。


「わけが解らな過ぎて、夢だと思った。夢なら飛べるだろ。……な?」


「な?と同意を求められても困りますけど」


 ちなみにキョウコはナース服、俺はパジャマのままだ。


「それより、キョウコこそなんで俺の部屋で片足ピョンピョンなんだ」


「なにせ、ミニスカナースですからね」


 マイクロミニである。互いに座っていると中身がhelloしている。


「長年の交渉の末、遂に帝都大学病院のナース服を入手しました。正規品です」


 キョウコの趣味はコスプレだ。昔は古風なハイエルフの民俗衣装しか持っていなかったようだが、俺とのデートを切っ掛けにお洒落に目覚めてしまったらしい。明後日の方向に。

 つか、今思うとキョウコの民族衣装って和風だよな。セルフやラブリーも着物だし、日本文化の残滓なのだろう。


「けれど、ミニスカートに改造してるじゃないか。どうせ手を加えるなら偽物でいいだろ」


「正規品を白濁で汚すのが、劣情をそそるんじゃないですか」


 駄目だこのハイエルフ、早くなんとかしてももう手遅れだ。


「それにスカートの丈を弄るのは改造ではありません。誰だってやってます」


 女子高生のセーラー服じゃねーんだぞ。


「…………。」


「…………。」


「で、なんで裸ピョンピョン?」


「あ」


 こいつ、何の話をしていたか忘れてただろ。


「ナース服といえば入院ですよね」


「その連想は穿ち過ぎじゃないか?」


「入院といえば性的なサービスですよね」


「脳みそ腐ってんのか?」


「朝起きたら下半身に違和感が……という展開の春画がありまして」


 よくあるシチュエーションだ。


「夜這いならぬ朝這いしてみました」


 それで朝、俺の部屋に忍び込んで裸になったわけか。


「ですが服を脱いで「いざ」という時、足に激痛が。見れば小さな歯車が落ちているではありませんか」


 俺の部屋はガラクタで足の踏み場もない。尖った物も多く、ぶっちゃけ危ない。

 それを踏んでしまい、朝這いどころじゃなくなったわけか。


「掃除をすることを提案します。しましょう、危ないです本当に。おちおち夜這いも出来ません」


 むしろ地雷原としてこのままでいいんじゃないか、と少し思った。


「工房の現場では整理整頓を心掛けるように指示しているんだがな……自分の部屋となると、まあいいかって思っちゃってさ」


 医者の不養生……ではないが、職人達に示しがつかないので確かによろしくない。


「解ったよ、後で掃除する。とりあえず着替えて来なさい」


 コートをキョウコの肩に掛け、自室に戻るように促す。


「これは?」


「このナース服、階段とかだと見えるだろ。下から」


 キョウコも俺の恋人だ。他の野郎には見せたくない。


「ふふっ、なるほど。ずばり独占欲ですね」


「ああ、そうだ」


「きゃっ!?」


 可愛い尻を一撫ですると、キョウコは赤面して飛び上がる。


「襲おうとした割にウブな反応だな」


「や、やっぱり……」


 潤んだ上目使いで俺に問い確認するキョウコ。


「……一発、やっときます?」


「やらない」


 そういうのは無計画に行わない主義なのだ。


「でも、なんでせっかく用意したナース服を脱いだんだ?」


 その点だけが理解出来ない。


「え?秘め事をするのですから、服は脱ぐものでは?」


「解ってないな。何のためのコスプレだ、着衣状態のままエ……あ」


 扉の隙間から、ソフィーがゴミを見る目で俺を見ていた。








 ソフィーは食堂に現れない俺をを不思議に思い、様子を見に来たそうだ。


「ハハッ。笑えるわね」


「ソフィー、性格変わってる」


 やさぐれてやがる。


「大丈夫ですよソフィー」


 キョウコはソフィーに穏やかな声色で語り掛ける。


「貴女と私、そしてマリアの三人で纏めて襲えばいいのです。シェアリングというやつです」


 人を勝手に共同利用するな。


「だがいい考えかもしれない」


「えっ?」


「えっ?」


 驚きを浮かべるソフィーとキョウコ。


「レ、レーカ、それでいいの?私はちょっと、恥ずかしいというか……」


「何を言っているのですソフィー!英雄色をナントヤラと昔からいうではないですか!ここはやはり三人で負担を分散すべき、それが『効率的』だと思いませんか!?」


「え、ええ、そうかも?」


 怒濤の勢いでソフィーを説得するキョウコ。几帳面なソフィーは効率的という単語に弱いのだ。


「そうです!そうと決まればマリアにも伝えて、今晩は入念に身を清めましょう!あ、大丈夫です道具やハウツー本は私が持っているので!」


 なんだよハウツー本って。


「勘違いするな、そういうことじゃない」


 薄々感じてはいたのだ。キョウコは最近、俺との接触に飢えている。

 こんな生活を送っていれば、すれ違う時はとことんすれ違う。作戦行動でどちらかが船を何日も離れることだってあるし、同じ船の中にいるはずなのに一度も顔を合わせない日もあるのだ。

 大型級飛宙船は全長300メートル、一つの町とすら称される巨体。むしろ、積極的に連絡を取らなければ尋ね人と落ち合うことすら難しい。

 そんな行き違いばかりの帳尻を合わせるのも、男子の甲斐性という奴だ。


「この後、デートしよう。俺とソフィーとキョウコとマリアで」


 三人の女性を纏めてエスコートするのは、なかなか重労働だが―――今こそ二股三股の義務を果たし、ついでに権利としていちゃいちゃすべき時なのだ。


「デート……どこに?」


 もっぱらなソフィーの疑問。ここ、ゼェーレスト村に見て回るような物など一切ない。


「どこでもいい。一緒にいればデートだ」


「あ、うんっ。いいと思うわ」


 笑顔になるソフィーに、俺は誘って正解だったと確信した。






 マリアにもデートの約束を付け、俺は出掛ける前に業務をこなしておく。


「ホントは世界のヒミツとやらを聞きたいんだがな、セルフはまたどっか消えちゃったし」


 近くにいるとは思うが、船は本当に広いのだ。そのうち出くわす時を待つしかない。


「もっとも、別にセルフでなくてはならないってワケじゃないんだよな」


 世界の秘密を知っていそうなのはリデアとキョウコ、あとはファルネだろうか。

 デートを終えてから、じっくり聞き出すとしよう。

 考え事をしつつ歩いているうちに格納庫に到着する。


「皆、おはよー」


『ウィース』


 若干名だけいたドワーフが返事をしてくれた。

 現状職人達に課せられた仕事はない。待機人員もいるが、停泊中は彼等の貴重な休日だ。

 彼等の仕事は船が動いてからだ。船のあらゆる機械が稼働している間、メカニック達は睡眠時間すら分単位で管理して仕事に満身することとなる。休める時に休むのは当然の権利であり、義務なのだ。

 閑散とした格納庫、その奥に黒い飛行機はあった。

 数人の職人が緻密に戦闘機を調べ、理解しようと悩んでいる。


「こんにちは。『コイツ』、どうですか?」


「おう、リーダーか。こいつは大した化け物だぜ、帝国もとんでもない戦闘機を試作してやがったな」


 そう、この黒い戦闘機は帝国から供与された物だ。

 正しくは息子用にと、リヒトホーフェン伯爵が押し付けてきたのだ。


「あの坊主には勿体無いぜ、どうせすぐ壊すんだしよ」


「つーか、なんでこれ採用されなかったんだ?」


「そりゃあよ、第五世代戦闘機がレーカのせいで変な方向に進化したからだろ?」


 セルファークの軍事事情において、第五世代戦闘機―――共和国と帝国が模索していた荒鷹や舞鶴(まいづる)の更に発展型は、大気整流装置による能動的空力制御技術だった。

 白鋼や赤矢が採用している回転式大気整流装置。それを機体全面の外装に刻み高性能化させたのが、ガイルの心神に採用されいてる完成型大気整流装置だ。

 目の前に鎮座しているのは、その完全な形となった大気整流装置の戦闘機。


「本来、こういうのが第五世代になるはずだったんだよな」


「けどレーカ坊主が半人型戦闘機を実用化したことで、第五世代の主流がそっちに奪われちまった、ってわけだ」


 つまり、そんなわけである。


「坊主よ、これ使うのか?あっちで渋っている奴がいるんだけどよ」


 渋っている奴?

 少し離れた場所に視線を向ければ、赤矢に頬擦りする男がいた。

 ちょっと癖のある金髪に、無駄にキザな動言。華美な洋服が実にケバい。


「ああっ!お前が一番だよ、お前が最強だ!なあ赤矢(レッドアロウ)!可愛いよ赤矢可愛いよ!」


「キザ男じゃないか、なにやっているんだ?」


「おおレーカ!君なら解るだろう、この赤矢の美しさが!」


 どうやらこの『新型』に機種更新するのが嫌らしい。


「せっかく親父さんがお前の為に、って融通してくれたんだぞ?間違いなく最強クラスの戦闘機だ、性能面でも赤矢を圧倒している。使うに越したことはないが」


「君までそんなことをっ!」


 とはいえ慣熟訓練だってしなければならないのだ、決断は早い方がいい。


「じゃあなんだ、こいつはスペアだ。赤矢が飛べない時に乗れ。それならいいだろう?」


「まあ、そうだね」


 不服そうながらも肯定するキザ男。


「ならさっさと慣れておけ、飛行許可は出しとくから」


「むむむ」


 それでもこいつは眉を寄せ、唸る。しつこい奴だ。


「戦力が大きい方が、ソフィーの身を守るのは都合がいいだろう」


「確かにその通りだ!姫の騎士として、僕は彼女の盾となり剣とならねばならない!」


 おだてるかソフィーの名前を出せば頷くこいつは、案外扱いやすい。

 とかく、これで黒い新型機については決着だろう。

 22メートルを越える巨体と薄暗い格納庫のせいで、俺の立つ場所からはその全景は窺えない。

 しかし、この機体の高い潜在能力の鼓動に、俺は肌がざわめくのを確かに感じた。






「ところで俺、これからデートなんだ」


「うむ?誰とだね?」


「全員」


 はあ、と溜め息を吐かれた。


「君なあ、そのうち刺されるぞ?」


「だからこそだ。ちゃんとバランス考えて、平等に愛している」


「なるほど」


 キザ男は神妙に頷き、こう続けた。


「帝国にはこんなことわざがある」


「……伺おう」


「二兎追うもの、死ね」


 願望かよ。


「こんなことわざもある」


「……伺おう」


「レーカ、死ね」


 名指しかよ。


「姫様とのデートを報告して、どうしようというんだい?まさか僕の同行を許可するのか?」


 自重してくれ。


「そうじゃなくて、この村で女性を楽しませるにはどうしたらいいか、って相談しようと思ったんだが……」


 思い返してみると、こいつは軟派な性格をしているが女性と一緒にいるところを見たことがない。


「ひょっとして、お前モテないのか?」


「僕の心に住まうのは姫様一人だけなのだよ」


「可愛そうに、一生独身を受け入れているのか」


 見上げた覚悟だ。是非その覚悟を貫き通してほしい。


「僕くらいとなるとね。耳元で永遠の愛を囁けば万事解決なのさ」


「具体的にはどんな言葉を?」


「『ああっ!君への愛は永遠だソフィアージュ姫!』とか」


 語録なさそうだな、こいつ。

 それと人の嫁を勝手に出演させるな。


「キザ男は結婚する気あるのか?」


「そ、そういう君はどうなのだ!三人も囲って、将来設計はあるのか?」


「誤魔化したな」


 しかし将来設計か。無いわけではないけれど。


「全てが終わったら、この村の屋敷に皆で住もうかなって考えている」


 子供をばんばん作って、今度こそ皆で幸せな家族を作るのだ。


「それは何年後のことだね?10年後?100年後?」


「さすがに世紀単位で戦いが続くとは思えないが」


「続くさ。戦いは突然始まるわけではない。その下地はいつだって、遥か過去にある。世界は戦いの連続だ、キリのいいタイミングなんてどこにもない」


 珍しく真面目な眼差しを向けるキザ男。


「軍人を志すにあたって、父上に繰り返し言われていたことがある」


「……伺おう」


「『やりたいことを後回しにするな、戦士は明日の命に保証はない』。思うに、君は少し悠長過ぎだ。つい先日にも月面で死にかけたんだろう?」


 明日の命の保証はない、か。

 少し耳が痛い。旅を始めた頃は、もっと色々なものに怯えていたはずだ。

 ラスプーチンの放つ刺客、不安定な情勢、魔物だって未知の敵であり恐怖の対象だった。

 かつてと比べ、敵は強くなったがあからさまな敵意に晒されることは少なくなった。統一国家は表向きとはいえ停戦状態だし、魔物との戦闘も経験を積んで危なげがない。


「その通りだ。ちょっと油断していた、ありがとう」


「君はシルバーウイングス、銀翼だ。英雄は油断するのが特権なのだから、それは仕方がない」


「そういうものか?」


「そういうものだよ」


 彼女達の仲を急ぐ理由は他にもある。キョウコだ。

 かつて教国での戦いで、キョウコは自身の命に限りがあることを俺に明かした。

 その意味するところは判らない。きっと彼女が望んでいるのは日常であると考え、特別扱いだってしていない。

 けれど、全てが終わった時―――彼女が側にいる保証も、どこにもない。


「……決めた」


 思い立ったが吉日、日本にだってそんなことわざがあるじゃないか。


「俺、彼女達にプロポーズする。今すぐじゃないけど、真剣に考えるよ」


「い、いや急ぐことはないぞ?」


 なぜか慌てるキザ男。知り合いが結婚を決めた時の焦りは察するが、急かしたのお前だろ。








「マイハニー達、そこのこじゃれた椅子で休まないかい?」


「昔からある、ボロボロのベンチじゃない……」


 いざデート本番、村の広場まで三人を連れてやってきたわけだが。


「本当に何もないな、この村」


「意気込んで着飾って来ても、村はいつも通りよね」


 仕事で村に降りることの多いマリアは、特に見飽きているだろうしな。


「女性陣の華やかさが、むしろ浮いている」


 ソフィーとマリアは若い女性らしく、人並みにお洒落な洋服を持っている。

 思うに、彼女達の服の趣味は仕事着の逆なのだろう。

 普段は狭いコックピットに入る為、薄く軽い衣類を好むソフィー。

 現在の彼女は白を基調としたジャケットとプリーツの入ったスカートで、深窓のお嬢様といった風情だ。

 マリアは肩を露出した、落ち着いた色のロングワンピース。女性的なラインを強調し、健康的なエロさがあって愛らしい。いつものポニーテールとは印象の異なる、ハーフアップの髪もチャームポイントだろう。

 普段の重装甲なメイド服の固さがなく、本人も着やすそうである。


「はいはいっ、私も着飾ってますよっ」


 手を振って自己アピールするキョウコ。


「今日はメイドコスプレか?」


 水色のワンピースドレスに白い腰エプロン。ふわふわフリルがアクセント。


「いえ、これはアリスです」


「どちら様ですかそれは」


「不思議の国です」


 それか。もう世界観を無視しているな。

 あれってコスプレの1ジャンルなのか。


「か、可愛いですか?」


 キョウコの容姿は可愛い系ではなく綺麗系なので、正直少女のコスプレはどうかと思ったが……身長はそれほど大きくもないので、意外とサマになっている。


「可愛いよ、アリス」


「キョウコです」


 ととと、しまった。可憐な女性達で目の保養に耽ってしまった。みんなどこか退屈そうにしている。

 早急に、デートプランを再構築しなければ―――あ、そうだ!


「あそこに行こう、あそこ!」


「どこじゃ?」


「ほら、昔みんなで森の湖に紅葉狩りに出掛けたろ?あそこに行かないか?」


「ほう?風流じゃな」


「紅葉には少し早いが、一番暑い時期も過ぎているし調度いい……リデア?」


 いつの間にか、リデアが会話に加わっていた。


「どうしてここに」


「青空教室の帰りじゃ。昼からは暇だし、紅葉狩りに同行してもいいか?」


「デートだから駄目」


 ちなみにリデアのコーディネートも解説しておこう。白いワイシャツとタイトなスカート、シンプルな組み合わせだ。だが白い柄入りのタイツが脚の曲線美を強調しており安っぽさはなく、頭に着けた花の髪飾りがいいアクセントとなっている。

 リデアは数瞬黙考し、大仰に両手を広げた。


「それは違うの。わしが同行したところで、お主は困らん」


「なに丸め込もうとしているんだお前は」


「考えても見よ。同行するのがわしではなくマンフレートだったら、どう思う?」


 マンフレート……ああ、キザ男か。


「邪魔だな」


 即答した。

 視界に美少女しかいないのがいいのだ。野郎、それも無駄に美形な馬鹿など不要。


「ならば、美人が一人増える分にはどうじゃ?」


「そりゃあ嬉しいが……ハッ」


 女性陣から冷たい眼差しが突き刺さった。


「いや待て、それとこれとは―――」


「イエスかノーのどちらかで答えよ。わしは、美人か?」


 なんつー質問だ。それが自意識過剰とは言い難いレベルの容姿なのが、タチが悪い。


「……イエス」


 ノーなんて言えるわけがない。


「うむ、美女が増える分には嬉しいのか。レーカの見解としては、わしの同行には問題ないそうじゃ」


 では行こうぞ、と歩き出したリデアの手を掴む人物が。


「ちょっと、リデア。どういうつもり?」


 食ってかかったのはソフィーだった。


「お呼びじゃないことは解っているでしょう?それとも、レーカに思うところがあるの?」


 思い返すは、夕焼けの中での一幕。


『お主を寄越せ。代わりにわしをやる』


 思わず赤面してしまった俺は、情けなくもヘルプのアイコンタクトをリデアに向ける。


「まさか。ちょっと息抜きしたいだけじゃ。レーカなど、なんとも思っとらんわい。はっはっは」


 あっけからんと笑うリデア。あれ、あの時のリデアは夢だったのかな?


「本当でしょうね?」


「考えてもみるがよい。レーカの肉体はわしの弟のものじゃぞ、弟に恋慕などありえんじゃろ」


 血の繋がった姉なんて、いるわけないじゃないか。


「お主等も一夫多妻状態で、色々と妥協しておるのじゃ。レーカがわしに欲情してやらしい目で見たとしても、それくらい半笑いでスルーするのが妻の甲斐性というものじゃぞ。この場合の問題点はレーカの節操のなさと変態性であり、わしはそういう品性に欠ける視線を殿方に抜けられるのは慣れておるからの」


 俺、ボロクソ言われ過ぎじゃないかな。


「それもそうね。レーカはスケベだし」


 不能じゃない限り男ってそんなもんだぞ、ソフィー。


「リデア様に限らず、美女は目で追っているわよね」


 男の(さが)だ、マリア


「解ってます、解ってますから。レーカさんはそのままでいいのです」


 その得心はなぜか納得出来ないのだが、キョウコ。

 つーか、三人はそれでいいのか。


「いいわ」


「うん」


「構いません」


 いいのか、そうか、よくわからん。








 湖に到着した一行。湖というか泉というか、今見ると意外と小さい。


「子供の頃でも、足が底に届いたからな」


 清廉な水面はきらきらと木漏れ日を反射し、見ているだけでも涼しげな気分になってくる。


「さて、それじゃあ皆―――」


「カバティはやらないわよ?」


 先手を打って釘を刺された。


「……水遊びでもするか」


 靴を脱いで、湖に足を入れる。


「子供ですね、レーカさん」


「はぁー。やっぱり空冷より水冷だな。冷たい」


「ソフィー、シートを敷くのを手伝って」


「はーい」


 後ろを見上げれば、ソフィーとマリアが敷物を敷いていた。


「もうお昼御飯?」


「今すぐじゃなくてもいいわよ。私はここで座ってるわ」


 マリアの側には三段重ねの重箱。


「ごめんな、急にピクニックの準備をさせてしまって」


「本当に。せめて前日には頼んで欲しかったわ。出発一時間前にお弁当の注文なんて」


 マリア自身の身支度もあるから、料理にほとんど時間を取れなかっただろう。


「見ていい?」


「どうぞ」


 蓋を開くと、重箱にはオードブルが詰まっていた。洋食の前菜ではなく、パーティー料理の方。

 中段の箱にはおにぎりがぎっしりと収まっている。具がちょこんと天辺に乗っかっているので中身が一目瞭然で、どれも華やかさで美味そう。

 一番下の箱にはサンドイッチ。ハムサンドに玉子サンド、分厚いカツサンドも。男の子には嬉しい品だ。


「凄い豪勢だけど、メイド達に手伝わせたのか?」


「全部私が作ったわよ」


 マリアを思わずじろじろと見てしまった。

 薄くだが化粧をしているし、身嗜みだってばっちり整えている。この腰まで届く長髪、髪型を変えるのも一苦労だろう。

 時間内で到底収まりそうにないが、それを成し遂げてこそのメイドさんなのだろう。


「レーカさん、レーカさん!」


 挙手して自己アピールするキョウコ。


「実は私もおにぎり、手伝ったのですよ。どれだと思いますか?」


「これ」


 一区画だけ、不自然に不格好だった。


「よく判りましたね。私の込めた愛が伝わったようです!」


「おにぎりに込めるのは愛じゃなくて具にしてくれ」


 愛ってやっぱり甘酸っぱいのだろうか。少なくともおにぎりの具には合わなさそうだ。


「はい、あーん」


 キョウコにおにぎりを差し出されたので、据え膳食わねば恥。ありがたく頂戴する。


「あーん」


 ひとかじりすると、おにぎりは自重で崩れてしまった。


「あっ、ああっ。ごめんなさい、しっかり握れていませんでした」


 慌てて両手で支え、地面への落下を阻止する。しかしおにぎりはキョウコの手の中で完全に形を失ってしまった。


「後は私が食べます。レーカさんは、マリアの握ったおにぎりを召し上がって下さい……」


 落ち込んだ様子のキョウコ。おにぎり一つちゃんと作れないのは、確かに情けなくなるかもしれない。


「何を言っているんだ、それは俺のおにぎりだぞ」


 悪戯心が芽生えてしまい、キョウコの手を引っ張る。


「え?何を―――はわっ」


 キョウコの指に舌を這わせ、米粒を一つ一つ舐めとる。


「美味しいよ、凄く美味しい」


「いけませんっ、ダメです―――ひゃっ、あっそこはっ」


 指先のこそばゆい感触に赤面し悶えるキョウコ。そんな彼女を見るのは楽しく、もう米粒がなくなったにも関わらず色々と舐めてしまう。


「あっ……あうっ、らめっ……」


 キョウコはぼうっと茹で上がった瞳で、頬を朱に染め恍惚とした表情をする。


「いい加減にしなさい」


「痛っ」


 マリアに拳骨を落とされた。


「端から見ると変態でしかないわ」


 失礼な、女の子の指をしゃぶっていただけではないか。


「自分自身でも変態でしかないな」


 数秒前の俺は、ちょっとおかしかった。


「しょうがない、水遊びでもするか」


 ばしゃばしゃと水中でばた足する。


「そうだ、マリア。ちょっと重箱の蓋閉めて」


「え?ええ、はい。閉めたわよ」


 俺はマリアに水をかけた。


「きゃあっ!?何するのよ!」


「かけ返して」


「えっ?」


「かけ返して」


 怪訝そうにしつつも手の平で水をすくい、俺にかけるマリア。


「あははっ、やったなぁー」


 俺も再びマリアに水をかける。


「…………。」


 水をかけられちょっとご立腹のマリア。


「ごめんなさい」


「どうしてこんなことをしたの?」


「恋人同士が浜辺で笑って水をかけあうのは常識だと考えていました」


 思ったより楽しくなかった。


「ここ、湖よね?海じゃないわよね?」


「はい、湖です」


 憮然としたマリアは靴を脱いだ。

 何をするのかと見ていれば、ワンピースの裾を結んで丈を短くしてから湖に足を突っ込んだ。

 そして思いっきり俺に水をかけた。

 ぽかーんと間抜け面をする俺に、マリアは笑いかける。


「あははっ、ちょっと楽しいかも」


 笑顔で何度も俺に水をかけるマリア。どうやらこれで帳消しにしてくれるらしい。


「これが罰というなら、甘んじて受け入れよう―――!」


 マリアを真っ正面から凝視する。


「レ、レーカ?なんだか変じゃない?」


「そんなことはない。さあ、もっと水を!」


「そう言われても」


 困惑し水面に目を向けるマリア。

 そして遂に自分のワンピースが水で透けていることに気付いてしまい、悲鳴をあげてビンタされた。






「何が足りないんだ。水をかけあいきゃっきゃうふふをするのに、一体何が足りないというのだ」


「まだ懲りてないの?」


 マリアの服は俺の魔法で水を飛ばした。もう透けていない。がってむ。


(―――!)


 天恵の如く、そのひらめきは舞い降りた。


(かけっこする水が、どろどろねばねばだったら楽しいんじゃね……?)


 天才じゃね俺?鬼才じゃね?


(水のねばねば度数とは―――硬水?軟水?)


 違う。水の硬度はミネラルの含有度合いだ、水の粘度には関係ない。

 液体の粘性とはつまり、周囲の流体との移動速度が均一になろうとする性質のことだ。

 水の粘性はぎりぎりイメージできる気もするが、勿論空気にもねばねばはある。

 ただし、液体ヘリウムにはねばねばがない。バカにしているんだろうか。


(ねばねばだ。水に何かを入れて、ねばねばにしなければならない。何かないか、ねばねばは―――)


 そうだ!お弁当のおにぎりがあった!

 おにぎり、つまり米はデンプン。デンプンは加熱すれば水に溶ける。


「いい感じにどろどろした、白く濁った液体になると思うんだ。マリアにかけていい?」


「食べ物を無駄にしたら、本当に怒るけれどいい?」


 笑顔で首を傾げるマリア。やばい、目が笑ってない。






「うまー」


 なんやかんやで昼食を平らげ、のんびりと横になる。

 腹が膨れれば眠たくなる。いっそこのまま昼寝したい。


「ほほぅ、わしの膝枕を選ぶとはいい趣味じゃ」


「ん?」


 見上げると、リデアの整った容姿がすぐ側にあった。


「リデア、なんでそこにいるの?」


「お主がわしの膝に頭を乗せているからじゃ」


 適当に頭を放り出したつもりだったが、リデアの太股に着地してしまったようだ。

 リデアは正座ではなく、足を投げ出した格好でシートに座っている。これでも膝枕って呼んでいいのかな。


「どうでもいいけど、これって膝じゃなくて太股だよな。太股枕」


「何を言っておる。膝とは太股の前面を指す単語じゃ。間違いなくここは膝じゃぞ」


 なにそれ、知らなかった。


「まあいいや」


「いいのか?わしは構わんが、マリアやキョウコが面白くなさそうにしておるぞ」


 眠くて動きたくない。


「違います、マリア。逆転の発想です」


「どういう意味よ、キョウコ?」


「レーカさんの足が空いています」


「もしかして、男女逆で?」


「私は右に」


「なら私は左ね」


 二人の頭が俺の太股に乗る。

 両手でそれぞれの頭を撫でてやる。可愛い子達だ、よしよし。


「つーかさ、革命はどうした。なんで暇そうなんだよお前」


「そのうちな、そのうち革命する」


 ダイエット出来ない駄目人間かよ。


「リヒトホーフェン元帥に協力してもらい、根回しを行っている」


「アレ信用出来るのかよー」


「するしかあるまい、帝国軍のほぼ全権を掌握しているのは間違いなく彼じゃ。彼の協力なしに革命など不可能なのだ」


 なんとも他力本願な革命だな。


「個人の限界というやつじゃ。少なくとも、凡人のわしにはそんな芸当は行えん。果報は寝て待て、だぞ」


 リデアは言葉通り、上半身を横たえ寝そべる。


「まあ仕事の話は抜きじゃ、美女4人に囲まれておるんじゃから喜べ」


 喜べ、と言われても。

 視界の端で、ソフィーがぼんやりと湖を見つめていた。


「ソフィー、湖に落ちるなよ」


「水中に牙の生えたカエルの化け物がいるかもしれないものね」


 む、昔のことを。


「ねぇ、レーカ」


 物憂げにソフィーは問う。


「こんなことをしていて、本当にいいのかしら」


 何を言い出すかと思えば。

 こんなこと、とはピクニックやらデートのことだろう。確かに見ようによっては実に呑気かもしれない。


「いいに決まっているだろう。有事でもないのに、生き急ぐ必要はない」


 だが、それでも今は平穏なのだ。僅かな時間であっても、僅かなら尚のこと有意義に過ごすべきだ。

 俺に「悠長過ぎる」と忠告したキザ男だが―――あいつも積極的に戦いに行け、と促しているわけではない。やれることはやっておけ、ってことだろう。

 今やれることとして、このデートは間違えていない。


「私には、まだ出来ることがある気がするの。……そんな気がするだけ、だけど」


 続けて加えた憶測であるという補足。これこそが彼女の願望であるとも気付かず、俺は断言する。


「それは傲慢だ。ソフィー一人になにが出来る、世界はそんなに簡単に変化しない」


「本当に?」


「―――ああ、なにせ」


 ソフィーは小さな女の子なんだから。


「うん、ありがとう」


 結局、ソフィーの返事は上の空だった。



>>ラブリーの方が試作型なのに妹なんですね

スペックや稼働時間からすればセルフの方が格上……というのは後付けで、イメージで適当に決めました。


>>唯一神まで誑かしやがるのかこいつは。

実はセルフがレーカに抱いているのは恋愛感情ではありません。

彼女が自分の感情が何なのかを理解するのはエンディング直前。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ