必然の夢と母の決意 2
一年半前から内容は決めていたので、一週間更新出来ました。
キリのいい所で分けたので、6章ラストは次回に繰り越します。
もう死んだ、いないはずの人間との再会。
「な、ナスチヤ……!?」
思わず呼んだ名前に、アナスタシア様は「うーん」と少しだけ唸り、俺を窘めた。
「レーカ君、その呼び方は許した覚えはないわよ?私の故郷では愛称は大切なものだから、許可なしで呼んじゃ駄目」
「は、いえ、貴女がそう呼んでくれってあの夜に提案したんじゃ……」
ナスチヤと呼ぶように言われたのは大陸横断レース未成年の部の決勝前夜。ホテルのバルコニーで語り合った時だ。
そしてその次の日、彼女は―――
「―――っ!」
無数の魔法に貫かれ骸となるナスチヤを思い出し、胃の中身を吐き出しそうになる。
「う、ううっ」
「レーカ君、私の部屋に行くわよ」
有無を言わさない口調で抱き上げられる。無詠唱身体強化魔法を使っているのか。
「ポーションの在庫は幾つだったかしら。私、治癒魔法は苦手なのよね」
「……魔導姫にも、苦手な魔法があるんですか」
魔導姫の苦手分野なんて不得手のうちに入らない。俺はナスチヤに怪我を治してもらった記憶がある。
「それ、誰に聞いたの?恥ずかしいからあの人にも口止めしているのに」
あの人……ガイルか?
なんだろう、この状況は。なんで俺はナスチヤの温かさを感じているんだ。
「っ!離れろ!」
腕を振りほどき、飛び降りる。
「誰だお前は、紅蓮の手の者か!?」
ナスチヤは死んだ。それは事実だ。
受け入れたはずの事実と目の前の現実の解離。それに耐えきれず、俺は適当な理由をこじつけて眼前のナスチヤを否定する。
突然の拒絶に目を見開くナスチヤだが、俺の口にした名前に目を細める。
「レーカ君、紅蓮の騎士ことをどこで知ったの?」
「その呼び方をするなっ、やめろ!」
視界が揺らぐ。気付けば、俺は目に涙を浮かべていた。
「夢か?そうだ、これは夢だ。ナスチヤは、ナスチヤはもう―――」
ぎゅっ、と抱き締められる。
仄かな香水の香り。柔らかく温かな体。
「落ち着きなさい。だいじょうぶ、だいじょうぶよ」
「……本物、なんですね」
認めるしかなかった。感覚の全てが、これが現実だと示唆していた。
「ごめんなさい、怒鳴ったりして」
「いいの、いいのよ」
ここでようやく、俺は自分の体が縮んでいることに気付いた。
現状に対する解答で、理屈の通るものが一つ浮上する。
……ばかばかしい、でもそれ以外は考えられない。
「ここは、過去の、世界?」
「あらあら。レーカ君はいつの時代から来たの?」
嗚咽を堪えて、一言絞り出す。
「生きて、下さい。ソフィーが泣いちゃいます」
「それは……よくないわねぇ」
脈絡のない言葉に眉を潜めるも、彼女は提案する。
「取り敢えず場所を移しましょう、誰かに見られたら面倒だわ」
手を繋ぎナスチヤに手を引かれる。
「アナスタシア様、って呼んだ方がいいですか?」
「うんん、未来の私が許可したんでしょう?ナスチヤって呼んで」
「はい」
首肯し、ナスチヤの書斎へと向かう。
そこには先客がいた。
「あ……」
書斎の扉の前で呆然と座り込むソフィーは、俺達を見て、逃げようとする。
「ソフィー、待って!」
咄嗟に追いかけ、手首を掴んでしまう。
「痛っ」
「ご、ごめん」
少し強く握ってしまった。
「どうしたの、ソフィー?私に用事?」
しゃがんで娘に問うナスチヤ。
「な、なんでもないで、す。おやすみなさい」
「ソフィー?」
ぎこちない反応。内容もおかしい、この時期のソフィーは両親と共に寝起きしていたはずだ。
故に、簡単に思い至る。
「ソフィー、今、幾つだ?」
「へっ?えと、レーカが家にいるから、たぶん10歳?」
俺が屋敷に住んでいたのは10歳から11歳の一年だけ、そこから推理したのだろう。
「ソフィーだな?俺と旅をして、統一国家と戦って、世界中を回った……16歳の」
「レーカ?レーカなの?レーカ!」
抱き付かれ、泣き出してしまった彼女の頭を撫でる。
ナスチヤの墓を見てしまい、なんだかんだで情緒不安定だったのだろう。それがこんな状況となり決壊したのだ。
「まあ、俺もさっきナスチヤに抱き締められて落ち着いたから、あんまり偉そうに出来ないけどな」
「……ずるい」
おずおずと俺から離れたソフィーは、何かを期待する目でナスチヤを見る。
意図を正確に汲んだ彼女は、思い切り娘を抱き締めた。
「おかあさん……おかあさん、おかあさん!」
号泣するソフィー。人前で泣くことも減った彼女だが、夢の中では誰も見ていまい。
そもそも、これが夢か現実かは判らないが。
書斎に入った俺達は、取り敢えずソファーに座る。
「紅茶を煎れるわ、少し待ってね」
「あ、俺が煎れます」
「私が、私がやるわ!」
なぜか強く立候補したソフィー。
「ソフィー?お茶、煎れられるの?」
意外そうに目を丸くするナスチヤ。
「自分の部屋ではやっている、から平気」
「……そう、ならお願いしようかしら」
ソフィーの奴、母親への口調が安定していないな。
昔のように無条件で甘えられないのだ、きっと。お茶汲みを買って出たのは母親にいいところを見せたかったのか。
どこかぎこちなくお茶の用意をするソフィーを、ナスチヤは優しく見守る。
ふと、カーテンの隙間から外を見る。
この角度からは草原に着地したスピリットオブアナスタシア号が見えるはず。だが、そんなものは影も形もない。
あれほど巨大な船ともなれば、始動にもかなりの時間を必要とする。船員達がドッキリを仕掛けている、なんてわけでもなさそうだ。
いや、判ってたけどさ。それでも時間を越えたと考えるよりは現実的だ。
「未来から来たのは二人だけ?」
「えっと、たぶん。なんでここに来たのか判らないんですけど」
心当たりがあるとすれば……やはり、あの魔法陣だろうか。
「貴女が残した魔法陣を調査していたんです」
あの場にいたリデアも一緒に来ているかもしれないが、俺とソフィーがかつての自分の体に乗り移っていることを考えれば、仮にそうであったとしても今彼女は帝国城で一人慌てふためいているだけだ。
「私が?」
「ええ、地下室の巨大魔法陣ですよ。……ないんですか、まだ?」
頷くナスチヤ。
「どんな魔法陣か判る?」
「とにかくでかいとしか。実際に調査していたのはリデアなので、俺達は詳しくは理解していないのです」
「リデア、リデア姫?お転婆姫とお友だちになったの?」
「ええ、お転婆っていうよりタヌキ姫ですが」
とんだ猫被り女である。
「駄目よ、そんなこと言っちゃ」
「なはは、まあ軽口言えるくらいの間柄ってことです。でも、魔法で時間を越えるなんて可能なんですか?」
「一応理論的には可能なはず、よ」
要は転移魔法と同じらしい。ただし、座標演算が比べ物にならないほど複雑とのこと。
「それにやりとり出来るのは情報だけ。肉体の時間移動は不可能よ」
情報だけ、リデアもそんなことを言っていた。
「きっとその魔法陣によって、レーカ君とソフィーは魂だけが過去の自分に憑依してしまったのよ」
「それって、過去の自分が消えてしまった、ってこと……?」
ソフィーが恐る恐る問いかける。
「いいえ、たぶん今回の転移は一時的なもの。時間が経てば二人は元の時代に戻されるわ。この時代の二人の魂は、単に眠っているだけ」
胸を撫で下ろす。過去の自分を殺すなんて、とんだパラドックスだ。
ほっとしている俺とは違い、ソフィーは落胆の色を浮かべていた。
ソフィーがお茶を3つ用意し終わるのを待ち、ナスチヤは問いかけた。
「……ソフィー、変えたい過去があるの?」
重い沈黙が落ちた。
「ナスチヤは察しているんじゃないですか、貴女は勘のいい女性です」
「まあ、ね。ソフィーがいくら泣き虫でも、過去の私に出会って号泣するなんて尋常ではないわ」
彼女は俺達を真っ直ぐ見据え、確認する。
「死んだのね、私」
頷く。そもそも俺は、さっき「生きてください」と口走ってしまった、誤魔化しようがない。
「……貴女の死を切っ掛けに、全てが狂いました始めた」
ソフィーに話させるのは酷だろう。全て俺が語ってしまえ。
「貴女は、大陸横断レースの最中に大規模テロを起こした紅蓮の騎士団によって、殺害されました。神の宝杖によって共和国の政治機能は麻痺し、その隙に大国が一つ丸ごと乗っ取られて……俺達はゼェーレストに戻ることも出来ず、自由天士として旅をして生活しています」
「あの人……ガイルは?」
「ガイルはあれ以来おかしくなってしまって、現在行方不明です」
「なにをやっているのよ、あの人は……」
頭に手を当てて眉間に皺を寄せるナスチヤ。
「そっか、うーん、とはいえ本来は大戦で無くした命だしね。悔いはないかしら」
「なっ、なんでそんなことを言うの!?」
激昂するソフィー。当然だ、大切な人が消えることを受け入れられるはずがない。
「いやよ!ずっと一緒にいて、お母さんもお父さんも、皆でこの家で暮らせばいいでしょ!?」
ただ、俺はナスチヤの口調に芝居染みたものを感じ取っていた。
死ぬことを受け入れられる人間などいるはずがない。ソフィーを納得させる為の方便で、ただ単に死を回避する方法がない、あるいは回避するわけにはいかないのではないか。
「落ち着きなさい、ソフィー」
「落ち着かないわよ……!」
「貴女達、もう成人したのよね?」
揃って頷く。
「ひょっとして、特別な関係?」
にまにまと笑い訊ねてくるナスチヤ、こんな状況でも娘の事情は親にとって楽しいネタらしい。
「えっと、恋人やってます。……三股してますけど」
「……ふーん」
いかん、ナスチヤの視線が一気に冷たくなった。
そこに割って入るソフィー。
「お母さんがファルネのことでそういうことに敏感なのは知っているけれど、これは皆納得していることなの。だから、レーカを責めないで」
いや、責められるべきことだろ、親としちゃあ責めたくもなるさ。
その上で全員を選んだのだ、俺は。というか……
「ソフィー、フィオのこと知っていたのか?」
俺は一度もファルネが異母姉妹だと話していない。ナスチヤも嫌な名前を聞いた、と顔をしかめていた。
「私だって子供じゃないわ、気付くわよ」
「そうか、黙っていてすまない」
「それは置いといて、二人は結婚していないの?婚約はした?」
ナスチヤさん、そっちの方向に興味津々っすね。
「って、貴女が俺達を婚約者にしたんじゃないですか」
「そうなの?なるほど、この場でそれを聞いた私は貴方達を婚約者にするのね」
なんだそれ、ややこしい。
「ね、もっともっと聞かせて頂戴。貴方達の、旅のお話を」
身を乗り出すナスチヤ。谷間が実にけしからん。
「いや、そんなことよりもっと大事な話が……」
せっかく過去に戻ってきたんだ、未来を都合よく変えられるかもしれない。
だがナスチヤは聞く耳を持たず、結局押し切られて俺達はこの4年のことを断片的に語る流れとなったのであった。
帝国城を成り行きで飛び出した旅立ちは、俺とソフィーの二人っきりだった。
初めての旅生活に四苦八苦しつつも、航空ギルドの依頼を受け各地を文字通り飛び回り。
やがて、冬ので村でキョウコが合流する。それ以前からうろちょろしていたけど。
魔王の残したダンジョンに挑んだな、そういえば。人型機用のダンジョンに見せ掛けて生身向けとか、ただの詐欺だと思う。
冬季はナスチヤが確保していた孤島のアジトにてのんびりとした生活を送る。神ですら簡単には侵入出来ない
ことが証明されたので、かなり無防備にだらけれた。
忘れてた、初めての越冬でキザ男が島に流れ着いたんだ。でもこの話は割愛しよ、キザ男だし。
夏となり、リデアから舞い込んだ突然の依頼。
統一国家主首都に乗り込んでのレジスタンスとの接触などという無理難題を提示され、成し遂げたものの彼等の作戦に参加することとなりピンチに陥る。
ラスプーチンとの死闘。万全とは言い難いコンディションでの戦いは厳しく、リデアとの咄嗟の連携でなんとか撃破出来た。
その後、核弾頭による戦略的抑え込みで戦争は一時休戦。代替わりした統一国家が態度を軟化させたことで、表向きは平穏が訪れた。
その後の3年間は、実を言えば色々と楽しかった。いつ終わるとも知れない安全を享受し、帝国以外にも色々な国へと渡った。
ソフィーとリデアのお姫様コンビが裏で暗躍した温泉旅行。あれ以来、ファルネがよく船に現れるばかりか作戦に参加することさえある。昨日今日はいなかったが。
トレインジャックされた地上船に乗り込んでの室内戦。ゼロ高度背面で船と並走する白鋼から飛び移ったのは若気の至りである。
帝国の半人型戦闘機開発を手伝ったりもした。主翼の構造が複雑で重いことがネックらしかったので、斜め翼を提案したところめでたく変態呼ばわりされた。
面白事件といえば白鋼の偽物が現れたことがあったな。人型機と戦闘機がかわるがわる登場して人々を騙していたのだ、ちょっと関心した。
そういえば白鋼が盗まれたこともあったな。ただし操縦出来ずに、あっさり犯人を捕まえられた。可愛い女の子なので見逃した。
「最後の事件、私知らない……」
「そんなこんなで、大冒険でした!」
いかん、色仕掛けされて怪盗を逃したことはソフィーには秘密だった。
ソフィー、マリア、キョウコの3人の恋人。
キザ男、リデア、ルーデルとガーデルマンに加えてガチターンとマキさん夫婦、そして今や5歳になった社長ちゃん。
交友を持ち続け、時には依頼されたりしたりのエカテリーナさんやユーティライネン兄妹。どちらの所属かよく判らないファルネ。
ツヴェー渓谷のフィアット工房より出稼ぎにきた若い衆の職人・整備士達。
エアバイクに乗りドリットの治安を守り、レジスタンスとしても戦ったヒャッハー達。
元はリデアが用意した人員であったが、マリアに調教されすっかり寝返ったメイド達。
……たぶん彼女達はリデアの命令よりメイド長のマリアの命令を優先する気がするのだ、なんとなく。
ああそうだ、今日仲間になったばかりのニール・マイケル・エドウィン三人組もいた。なんだかんだで結構期待している、彼等には。
総勢100人以上。規模は大手航空事務所と呼んでもなんら差し支えがない、一大組織と化していた。
「ほんと、柄じゃないですよ。銀翼を何人も抱える事務所のリーダーが俺だなんて」
「人徳よ、きっと。……でも本当に凄い面子ね、帝国の悪魔まで部下にするなんて」
ルーデルのことである。確か大戦にて唯一ガイルと渡り合った銀翼の天使なんだっけ。
操舵士の席に収まっているルーデルだが、ちゃんと彼の雷神も船に積み込まれている。秘密兵器というか危険物扱いである。
「ふふっ、ふふふ。素敵な旅だったのね」
「『旅なんて苦労と退屈が九割、喜びが一割。でも、その一割が代え難いものだからこそ冒険者は生まれた』って感じです」
昔のことを事細かに覚えているわけではないが、この言葉ははっきりと思い出せる。
まさしくそうだった。苦労した思い出も多い、辛いこともあった。
それでも、それ以外の一割は確かにあったのだ。
「そうよね、旅ってそういうものよね。私もだから旅は好きよ」
「あれ?この言葉、ナスチヤに聞いたんですよ?」
そうなの?と首を傾げるナスチヤに頷く。
「確か初めて俺がツヴェーに行く時の野宿で」
「あ、それは明日の予定ね」
あれ、ツヴェーにまだ行っていない頃なんだ。
ゼェーレスト在住中も何度もツヴェー渓谷には行ったし、それより前ってことはほとんどセルファークに来たばかりではないか。
「……うん、そうね。やっぱり私は死ぬことにするわ」
「お母さん、話聞いてた?」
先程よりは落ち着いたソフィーは、ジト目で母を見据える。それをくすくすと受け流すナスチヤ。
「聞いたからこそ、よ。今の……二人からすれば昔のソフィーなら、私が強く言えば引き下がったわ」
そうだな、納得しないだろうけどそれ以上は言えなかったかもしれない。
「大きくなったのね、ソフィー。もしかして身長は越されちゃった?」
「私だってさほど長身でもないわけだし、あっという間よね」と背が伸びた娘を想像してにこにこするナスチヤ。
言えない、ちんまいままだなんて言えない。
「歴史を変えることは可能よ、世界の修正力が働いたり、なんてことはない。でも、そうした場合―――二人の、そして二人と同じ時間を過ごした世界中の人々の4年間は、一切なかったことになるわ」
それは、つまり―――俺達は消えてしまう、ということか?
「娘と将来の息子の頑張りを否定なんて出来ないわ。お母さんだもの」
「死ぬのは、貴女ですよ?」
「それでもよ」
ナスチヤの瞳はもう揺らいでなどいない。
本当に、受け入れる気だ。一年後の自分の死を。
「……無責任じゃないですか」
それでも、俺は引き下がれない。
隣に座る顔面蒼白な彼女は、否が応にも思い起こさせるのだ。
ナスチヤが死んで、帝国に逃げ延びる頃の……壊れる一歩手前であったソフィーを。
この肉体の持ち主である過去のソフィーは、一年後にそれを経験する。そうと解っているのに、対策を打てないなど残酷過ぎる。
「親なら娘の幸せを願って下さい、他のなにを犠牲にしてでも。そうでなければ、誰がソフィーを救えるんですか!」
「ずっと一緒にいた男の子なら、きっと大丈夫」
「大丈夫じゃないから言ってんだ、この……おっぱい星人!」
馬鹿親、とか口走りそうになるも、さすがに無理だったので変更した。
俺のセクハラ発言に目を丸くするナスチヤ。そういえばこの人には告白したり口説いたりもしたが、セクシャルなハラスメントをすることはなかったな。
「もうっ。一番興味のある年頃なのかもしれないけれど、ソフィーので我慢しなさいな」
ナスチヤ……それは鬼の所業だ。
さっきからソフィーが妙なところでダメージを受けている。やめたげて。
「確かに、無心に子の幸せを願うなら今から出来ることもあるかもしれないわ。でも、君の言い分には間違いがある」
「そりゃ、他人を犠牲にしてもいいって言っているんだから穴だらけでしょうけど。でも―――」
「私の目の前に今いる16歳のソフィーもレーカ君も、私の子供なのよ」
……他人じゃなかった。
「私には出来ないわ、歴史を改竄して貴方達を消してしまうなんて。絶対いや」
「お母さんの、お母さんのばかっ!」
ナスチヤはソフィーの隣に座り、そっと抱き締める。
「生きてよ、何度も願ったのよ。あの日が夢で、目を醒ませばお母さんがいるって。それが出来るのよ、今。奇跡なのか魔法なのかなんてどうでもいい、これが現実なら、生きる為に努力してよ!」
「……嫌よ。絶対に嫌。ソフィーのお願いでも、こればかりは聞かない」
これが正しい判断かなんて解らない。
けれど、ナスチヤの意思は覆らない。それは理解してしまった。
たぶん、ソフィーも。
「お母さんの、馬鹿っ!」
涙を堪え、といえどほぼ決壊していたが、とかくソフィーは母を突き飛ばして部屋を飛び出していってしまった。
「ソフィーがナスチヤに暴力振るったぞ、信じられん」
「本当に。初めて親子喧嘩しちゃったわ」
「初めてですか、一度もしたことなかったんですね」
……あれ、デジャブを感じた。
以前にも似た会話をしたはずだ。しかし……
「あの、前に一度だけ喧嘩したって言ってませんでしたっけ?」
そうだ、ナスチヤが死ぬ前日のホテルで親子喧嘩の有無について訊ねた。
そしてナスチヤは確かに、一度だけ喧嘩したことがあると答えたのだ。
「それが今でしょう?親子喧嘩」
「これってカウントするんですか」
この場での会話は、確かに俺達の歴史へと影響を及ぼしていたのだな。
現在と過去は地続きなのだ。それが、ナスチヤの意志が覆らない証のような気がして嫌だった。
「都合よく二人だけになれたわね」
「都合よく、って。ソフィーにとっては最初で最後かもしれない会話の機会ですよ、そんなぞんざいな扱いをしなくてもいいでしょう」
ソフィーには聞かせたくない話、いったい何だと言うのか。
「実を言えば、単に余計なリスクを負いたくないだけなの」
「リスク?」
ナスチヤが生きる為に行動する場合に発生する危険性?
というか、この人は俺の話を聞きつつも損得勘定をしていたのか。どうすれば娘の利益になるかを。
「ソフィーを誰も守ってくれない状況に陥るリスクよ」
「それは……ああ、俺もナスチヤも死亡する可能性、ってことですか」
俺やガイルもおらず、更に紅蓮に捕まることもなくその身一つで世間に放り出される可能性。
……ああ、それはよくない。
「娘に対して言うのもなんだけれど、とっても可愛い子じゃない。そんな子供が保護者もなくした状況で、運良く健全に生き延びられることを盲信出来るほど私は世間を信じていない」
可能性は低い、だがあり得ないわけではない。
統一国家の傀儡にされた方がマシ、そんな人生を強いられる可能性だってある。それは絶対に認められない。
「私は魔法には自信があるけれど、今はただの一人の女。紅蓮の騎士団をいつまでも撃退出来るはずもないわ」
ナスチヤが魔導姫であろうと、ラスプーチンよりは弱いはず。殺害目的で狙われれば、苦しい戦いとなる。
「親なら、守りきるって言って下さいよ……」
必死に反論するも、声に力は籠らない。
「レーカ君なら安心なのよ。現に、ソフィーは元気にしている」
俺の額に口付けするナスチヤ。
「小さな騎士様、ソフィーをどうかお守り下さい」
「……なら、死んだふりをして隠れているのは?」
我ながら、本当に往生際が悪い。
だが、それでも引いてはいけない。かつてのソフィーの能面のように生気が失せた顔の記憶が、俺をそうさせた。
「例えば、そうです、4年間どこかに身を潜めていればいい。貴女は一年後に死んだフリをして、俺達が未来に帰れば表舞台に表れる、っていうのは」
これならナスチヤの生存は未知の出来事、歴史を書き換えたことにはならない。
「なるわ」
一言で切り捨てられた。
「世界の反対で蝶が羽ばたけば、やがては台風となることもある。どうやっても何かしらの影響は及ぼすわ。私が死ななければ、二人の人生は別のものになってしまう」
「なら、なら……魂だけ隔離して世界に影響を及ばないようにするのは」
「うーん、レーカ君はちょっと勘違いしているわ。肉体と魂は一心同体なの」
紅茶で口を湿らせつつナスチヤは俺の認識を修正する。
「今、レーカ君は過去の自分に乗り移っているわ。でもあくまで魂は未来のレーカ君の体に収まっているの。未来からケーブルを伸ばして過去の肉体に接続しているようなものなのよ。だからこそ、魔力が途切れれば元の時間に戻るって断言したわけだしね」
「肉体と魂の都合のいい分離は出来ない、ってことですか」
「そういうこと」
反論は、それ以上思い付けなかった。
「と、ととと。ごめんなさい、なんなのかしら」
俯いていた顔を上げると、ナスチヤは作り笑顔を浮かべつつも溢れる涙に困っていた。
「いやね、もう。泣くなら貴方達が帰ってからにしようと思ってたのに」
「あ、いえ……」
俺の内心は罪悪感に覆われる。
自分が死ぬと言われたのだ、ショックを受けないはずがない。俺はその張本人を責め立ててしまった。
謝ろうとして、無言で視線を逸らすに留める。これ以上何かを言うのは彼女を困らせるだけだ。
「無理なのよ。未来が繋がっていて、二人は元気に生きていて。それを目の当たりにしてしまった以上、私はそれを無効にするという選択は出来ない」
促されるがままに未来を話してしまったのが、ナスチヤの決心の材料となったのかもしれない。
「貴方達だってそうでしょう?例え歴史改竄による死に苦痛が伴わないとしても、今までの思いを否定されるるなんて嫌なはずよ」
「―――っ、ああ、俺は馬鹿だ!なにやってんだ、くそっ」
そうだった。旅立ちの日に決意したはずだった!
「ナスチヤの死を軽んじたくはない」と、そう王室専用の小さな劇場ホールで誓ったはずだ。
がばっと頭を下げる。
「すいません!大切な思い出が一杯あるんです!」
幸い、顔はともかく、声は震えなかった。
「死んで、下さい!」
「私はもういいわ」
そう言って、ナスチヤは俺にソフィーを探してくるように促した。
ドア際で振り返り、ナスチヤの姿を目に焼き付ける。
これで最後だ。もう、会えない。
―――女々しいものだ。さっさと立ち去ろう。
「レーカ君、こんなことを言えた義理ではないけれど。娘をよろしくお願いします」
「はい」
退室し後ろ手にドアを閉める。
「―――?」
なんだろう、今の?
小さな違和感。だが俺は、それ以上考えることもなく部屋を後にするのであった。
昔、夜間に出歩いたことでこっぴどく怒られたことから、ソフィーは屋敷の外にいることは容易に想像可能だ。
だが屋敷は広い。ある程度目星を付けたいところ。
「人には会いにくいよなぁ、どんな顔をすればいいか解らん」
「またなにかしたの?」
「ひゃあっ!?」
ちっこいマリアに声をかけられた。
「ま、マリアか。……本当に小さいな」
「君の方が小さいでしょ。さっきからコソコソしているけど、どうしたの?」
そんなに挙動不審だっただろうか。
しかし、ぼっきゅっぼんのマリアに見慣れてしまったからか、妙に子供っぽく感じる。ソフィーは大きかろうと小さかろうと大差ないからな。
「ソフィーを見なかったか?」
「あの子、さっき私の顔見て逃げてったわよ」
ぷんぷんと怒るマリア。指差す方向は一階への階段。
「下だな、ありがとう!」
脇を抜けて先を急ぐ。
ちょっとだけ振り返り、過去のマリアに叫んでおいた。
「美人になれよ、マリアは俺の嫁!」
「はあっ!?」
っと、しまった、この時期のマリアはセクハラ嫌いだった。
まあいいや、お仕置きされるのは過去の俺だ。
苦労は若いうちに買ってでもしろと言うし。頑張れ俺(他人事)。
廊下の角から飛び出そうとして、慌てて引っ込む。
見えたのは白い髪の後ろ姿と―――まだギリギリ青年と呼べる外見の男性。
(ガイル―――!一番顔合わせたくない奴と会っちまった!)
しかもソフィーと対面してやがる。大丈夫だろうか。
そっと覗く。不安そうに父親を見上げるソフィーと、そんな娘を不思議そうに見つめるガイル。
ガイルがなぜ裏切ったのか、俺達は未だに把握出来ていない。別人に入れ替わったような気がするも、ソフィーに対する親愛の情は確かにガイルとしか思えない。
ある日を境に「ズレて」しまった父親に、ソフィーは困惑するしかないのだ。
「え、えいっ!」
唐突にソフィーはガイルを殴った。彼女の筋力では渾身であっても痛くはない。
たぶんあれだ、ガイルに再会したら殴ってでも止める、という表明を実践したのだ。
「……えと、どうしたんだソフィー?」
一歩歩み寄るガイル、それに反応し一歩後退するソフィー。
「え、反抗期?嫌われた?嘘だ、これは夢だ」
そんな娘の様子に愕然と膝を付くガイル。相も変わらず娘馬鹿である。
「なんだ夢か」
納得納得、夢ならこの状況も理解可能だ。ちょっと黙ってろバカガイル。
「お父、さん。訊いて……いい?」
恐る恐る問う彼女に、ガイルは頷く。
「おう、お父さんに答えられることならなんでも答えるぞ」
「お父さんは、私のこと、好き?」
「大好きだ!」
迷い一つない即答をして、がばっとソフィーを抱き締めるガイル。
「世界で一番大好きだぞ!あ、お母さんと同列一位だな!二人は俺の宝物だ!」
最初は困惑していたソフィーも、やがて目を閉じて父の背中に手を回す。
「うん、私もお父さんのことが大好き」
だから、諦めない。
声には出さず、ソフィーは唇の動きだけでそう呟いた。
しばし抱き合う親子だったが、ソフィーからそっと離れる。
ガイルの頬にキスして、はにかんでソフィーはこっちに駆けてきた。ガイルは娘の意外な行動に硬直している。
「あっ」
「よ、よう」
曲がり角で俺に気付き、一旦停止。
「どこか、二人っきりになれる場所に避難しましょう!」
「お、ちょ、どこいくんだ?」
ソフィーに手を引かれ俺は走る。
手を繋ぐことは多々あれど、ソフィーに先行されるのはちょっと珍しい出来事だった。
「ふぎゃ」
転んだ。元々どんくさいソフィーが、慣れない体に憑依しているのだから当然である。
人に会うのは面倒だ。どんな顔をすればいいか解らない。
故に俺達は、昔の俺の自室……屋敷側の倉庫に逃げ込んだ。
「白鋼の格納庫、なかったな」
過去、この時期なら当然だ。
「あれ、ネ20エンジンってもうあったっけ」
まだレストアされていない。久々に見たが、やはり年期の入ったエンジンだ。
「げ、中にでかいクラック入ってやがる。昔の俺では直せないだろうし、ちゃちゃっとやっとくか」
「ぶれないわね、こんな状況でも機械弄りするなんて」
呆れるソフィー。
いやだってこのひび割れは当時の技術じゃ修理出来ないし、途中で壊れたら歴史変わっちゃうし。
「それにしても、こんなに広い建物だったかしら……?」
首を傾げるソフィー、その感想は正しい。
毎日掃除していたとはいえ、俺の部屋は日々増えるガラクタに面積を減らしてゆく。白鋼製作が始まってからは更に狭くなる。
「そのうち未来に帰還するそうだし、もうここで過ごそう」
工具箱を探しつつ提案する。
「……そうね、レーカも動く気ないみたいだし」
事前に心構えをしていたならともかく、唐突に過去に飛ばされても困惑するだけだ。
ナスチヤには言うべきことは言った。ガイルには何を言うべきかも解らない。
……あ、俺も殴っておけば良かった。
「ベッド、借りるわ」
「寝るのか?おやすみ」
後ろでもぞもぞと音がして、やがて静かになった。
「寝た?」
「寝てない。10秒も経ってないじゃない」
ちゃっちいエンジンだな、ばらせばらせ。
「さっき思い出したんだけどさ。俺達が旅に出た日のことを覚えてるか?」
「……私達が、親の決めた婚約者じゃなくて、自分の意思で恋人になった日?」
あったな、そんなイベント。
「あの時ソフィーは言ったよな、『私も現実の方がいい。夢は寂しい』って。あの想いは今は変わってしまったか?」
「変わって、ない。夢は終わるから寂しいわ。でも、たまには夢に溺れたい」
よし出来た、組み立てろ組み立てろ。
「レーカ、今日は寒い夜ね」
この時期は熱帯夜だ、寒くなんてない。
けれど、一人でいるのが寂しいのは同感だった。
工具を片付けてベッドに潜り込む。ソフィーはすぐに俺の胸に顔を埋めた。
「今日だけは。今晩だけは、弱い人間でいさせて……守って」
「ん。元の時代に戻ったら、頑張ろ」
ソフィーは少し身動ぎして、やがて寝息を立て始めた。
おやすみ、昔のソフィー。
どんな夢を見ていたかすら覚えていない。いつもと変わらぬ朝日に頭はゆっくりと覚醒し、俺は自分の部屋を見渡した。
「あれ、ソフィーは?」
一緒に寝たはずの少女がいない。
体も大人のそれに戻っている。しばし呆然と思考停止し、(寝ぼけていただけの可能性も有)とりあえず日課の通りに着替えて顔を洗うことにした。
「うぃーっす、レーカ坊」
「おはー」
「おはようございます、ご主人様」
「ういうい、今日もメイド日和だなー」
「兄貴、ちゅちゅりーっす」
「朝から立派なモヒカンだぜー」
シフトの変わり時だ、洗面所は人が多い。
順序を守って並びつつ、昨日のことを考える。
どうやって船の部屋に戻ってきたか覚えていない。そもそも、昨日の出来事は現実だったのだろうか?
夢、と言われればそちらの方がよほど納得出来る。なんだよ過去に戻るって。
これではファンタジーじゃなくてSFじゃないか。あ、ジャンルはSFだった。
「とにかく、後でリデアをとっちめてやる……ん?」
隣に白い人影がちらついた。
「あ」
「あ」
ソフィーと目が合って、互いに硬直する。
―――ああ、この様子ではやはり、夢ではなかったようだ。
>識字率
そうですよね、私も調べたのですが意外なところが高かったりするんです。
「ほぼ100%は珍しくない」から「90%以上も珍しくない」に変更しました。
ただ、日本の識字率99%、残りの1%はなんだろう……
>伏線が回収されまくり
まだまだ残った伏線はありますし、早々終わりません。とはいえ回収ラッシュなのは確かです。
いい加減、世界の秘密が何なのか明かさないといけませんしね。
>しゃぶれよ
地球軍総司令部のあるジャングルですね?この間見学に行きました。




