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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
集まる仲間たち編
59/85

必然の夢と母の決意 1

時間が一気に飛びます。平穏な冒険者編は次で終わりとなる予定。

 ことの始まりは、スピリットオブアナスタシア号の食堂での出来事だった。


「はぁ……」


 物憂げに溜め息を吐くリデア。金砂の髪がさらりと零れ、くっきりとした顔立ちには大人の色香すら覚える。


(食べているのが干物定食じゃなければ絵になるんだけどな)


 出会ってからもう4年、成人となった彼女は見事な美女へと成長した。

 味噌汁を物憂げに啜る金髪美女。シュールである。

 俺ももう16歳。法律上成人扱いだ。

 身長は随分と伸び、ソフィーとの身長差は40センチもある。

 俺が極端に長身というわけではない。ソフィーがちっこいのだ。


「ソフィー、今年で幾つだっけ?」


 マリアの調理した鯖味噌定食をテーブルの対面でパクつくソフィーに訊く。

 白い髪に蒼い瞳。一度は短く切ってしまった髪も長く伸び、誰もが息を飲む美少女へと成長した。

 顔立ちはナスチヤより心なしか幼い。髪に留められた瞳の色と合わせているのであろう青いリボンが、余計に子供っぽく見せている。


「同い年でしょ、レーカと」


 そんな彼女は、どうせ小さいもんといじけてしまった。


「俺は期待していたんだ。ナスチヤみたいなボッキュッボンを、な」


 神の黄金比を体現した肉体、あの出るとこ出て引っ込むとこしっかり引っ込んだ体は実に素晴らしかった。


「お母さんをそういう目で見ないで」


「見てない」


 あの人をえっちぃ目ではどうも見れない。どこまでいってもナスチヤは母親なのだ。


「はぁ……!」


「親子は似るもんだ、そんなのメンデルさんが法則を発見するより昔から常識だった。それがなんだ、ぺったんこじゃないか」


 容姿はナスチヤそっくりなのに、体脂肪率低すぎである。ガイルの遺伝子ちょっと出てけ。


「そ、そんなこと言って、レーカだって私にちゃんと欲情しているじゃない」


「おー、自信満々だな」


「貴方が今まで何度私にハレンチな真似をしたか覚えている?」


 ハレンチとは死語である。


「お風呂を覗かれたのは88回、着替えを覗かれたのは105回、露骨なボディータッチは460回よ」


 一線を越えていないのは快挙だろう。


「ソフィーとえっちなことしたいなぁ!」


「ひゃー!?」


 こういうのは開き直るのがコツである。


「何を、もうっばか!」


 赤面するソフィー。周りの船員も何事かと視線を集める。


「そもそもさー!結婚するまでお預けとか時代錯誤じゃないかなー!俺だってそういう気分の時もあるんだしー!」


「叫ぶのをやめなさい!それだけはだめ!お母さんとの約束なの!」


 悪寒に耐えるかのように腕を抱いて身をよじるソフィー。


「ナスチヤとの約束か、それじゃしょうがないな」


「一瞬で納得した!?」


 あー、ソフィーを弄るのは楽しいなー。


「マリアともえっちなことしたいなぁー!」


 調子に乗ってもう一人の恋人にも叫ぶ。


「あべっ!?」


 キッチンカウンターの方からタライが飛んできた。


「食事中、騒ぐのはやめなさい」


 厨房からやってきたマリアはソフィーの頭をこつんと叩き注意する。

 扱いが違う。そりゃ俺が主犯だし当然だけど。


『ごめんなさい』


 ソフィーと共に謝りつつも、視線はマリアの胸元に向いてしまう。

 でかい。

 彼女は元々年齢の割にスタイルのいい少女だったが、この3年で更なる肉体的成長を遂げてナスチヤに迫る起伏を手に入れていた。

 メイドエプロンを押し上げる双丘、腰紐できゅっと強調された腰のくびれ、メイドの仕事で引き締まった臀部。正統派メイド服なのに、色気がエプロン程度では抑えきれていない。

 最近会ってないけれど、マリアの母親のキャサリンさんも中々のものをお持ちだったっけ。


「……目を見て話しなさい、そこは顔じゃないわ」


「うぐっ、ごめん」


 不躾で下品な視線を向けたのだからこれは俺が全く悪い。


「いいわ、レーカなら恥ずかしいけど不快じゃないし」


 セクシャリティな魅力を振り撒く彼女ともなれば、用事で船を降りた時などはセクハラされそうになることも多いらしい。


「有名航空事務所所長の女って肩書きはこんな時ばかりは便利だわ。からかってきた相手もレーカの名を出せば真っ青になるもの」


「別にいいけど、あまり乱用するなよ?」


「しないわよ。それとも、私が男逹にそういう目でジロジロ見られていてもいい?」


「駄目」


 俺は欲張りで独占欲が強いのだ。


「えっちぃ目で見てもいいのに、えっちぃ行為は駄目ですか」


「ソフィーの手前、ね。二番目だもの」


 マリアは妹分の頭をぽんぽんと撫でる。


「この子も興味がないわけじゃないはずよ?年頃だし」


「私はそんなえっちな子じゃないわ」


 そっぽを向く彼女の耳は真っ赤っかだ。


「でも、ソフィーだって嫌がってないだろ?風呂で背中を流し合ったことだってあるんだし」


 いつもの通り女湯を覗いたら、なぜかそんな流れになったのだ。

 無論、目は決して開けなかった。俺は紳士なのだ、紳士は露骨に女性の裸体を見たりしない。


「あれは、マリアも一緒だったじゃない!」


 食堂にざわめきが広がる。


「男女三人で裸の付き合い、だと……」


「レベル高けぇ、レベル高けぇよ、兄貴……」


「大人の階段、駆け登ってやがる……」


 好き勝手言いやがって、というかソフィーは3人だったら恥ずかしくないのか?


「はああああああぁぁぁぁ!!」


「うるせぇぇぇぇ!」


 リデアの溜め息は既に騒音レベルであった。


「なんだよ、さっきから!」


 もうそれ、溜め息じゃないだろ。

「見付からないのじゃ、探し物が」


 愚痴りたいらしい。


「何か失せ物か?」


 首を横に振るリデア。


「そういえばお主には話したことがなかったか?わしはこの世界のどこかに隠された魔法陣を探しているのじゃ」


 彼女の説明によると、推測される魔法陣のサイズはなんと50メートル。それほどの大きさでありながら見付からないことから、よほど巧妙に隠蔽されていると思われる。


「術者はナスチヤだから、コネで広い空間を確保しやすい帝国内にあると思っているのじゃが……」


 そこまで聞けば、もう判った。


「それ、ゼェーレスト村の屋敷の地下にあるぞ?」


「は?」


 愕然と口を開けっぱなしにするリデア。


「だから、見たことあるって。屋敷の地下に、ばかでかい魔法陣」


「はああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」


 その踏み込みはまさに武人。唇が触れ合いそうな距離に顔を寄せ「言えよ」「教えろよ」と喚くリデア。

 知るか、聞いてこない方が悪い。








 休戦協定が結ばれて2年半。統一国家総統のヨーゼフはいつか戦争を再開する算段のようだが、少なくとも今はまだ協定は有効なままだ。

 故に、アナスタシア号は統一国家の領地にも堂々と入ることが出来る。勿論ゼェーレスト村へも。


「変わらないな、少なくとも空から見る限りは」


 村の上空。音もなく滑空する白鋼(しろがね)からゼェーレストを観察する。

 機体重量が軽い白鋼はある程度エンジンを停止しての飛行が出来る。というか、ソフィーならば風に乗って延々と滞空可能だ。


「あ、鉄兄貴(てつあにき)


 ソフィーが指さす方向にはシンプルな人型機(ストライカー)が寝そべっていた。俺が初めて弄った懐かしの機体だ。


「屋敷を見るのも久々だな、空からじゃよく解らないけど」


 中庭を持つちょっとしたお城。その隣の物置兼自室や白鋼を制作する為の木造格納庫も記憶のままだ。


「あら、自由天士かしら?」


 ソフィーが村の一画を指で示す。

 確かに人型機二機が鎮座している。

 正規軍じゃない、少なくとも見た限りは。


「やっぱり慎重に動く必要があるな。打ち合わせ通りだ、手早く村を制圧するぞ」


 主翼を振って合図すると、村から死角となって見えない丘の向こうで待機していたスピリットオブアナスタシア号が移動を開始した。

 極低空で地面を這うように滑るアナスタシア号。船体後部の巨大な二重反転固定ピッチプロペラの風切り音は相応に騒音を撒き散らしている、やがて村人達が気付いて慌てふためいて外に出てきた。

 村の上空に覆い被さるアナスタシア号。


「な、なんだありゃあ!?共和国の船か!?」


「でけぇ……あんなでかい船があるのか」


「呆けてる場合じゃねぇ、避難するぞ!」


「ど、どこにだよ!森に入れば魔物のテリトリーだぜ!?」


「屋敷だ、ガイルさん家の屋敷なら頑丈そうだ!……たぶん」


 拙い読唇術で読み解く限り、たぶんこんな会話をしている。共和国とは統一国家、という意図だろう。

 村人からすれば強襲以外の何者でもない。後でしっかり謝らなければ。

 とその時、自由天士とおぼしき人型機が起動しアナスタシア号に砲口を向けた。


「ソフィー、急降下!」


「がってん!」


 エンジンを始動した白鋼が反転降下、隕石の如く垂直に落ちてゆく。

 機種によって大きく異なるが、急降下の定義は傾斜角45度から90度とされている。が、ソフィーの急降下はそんな生易しいものではない。

 高度1000メートルから即座に音速を超え、地面に突き刺さらんとばかりにフルスロットルで落ちるのだ。

 急降下での引き起こし高度は最低でも500メートルであることから、どれほど危険な飛行かはお分かりだろう。


「ユーハブコントロール!」


「アイハブコントロール!」


 白鋼の機体を支える竜骨を兼ねたミスリルブレードが、胴体下部から離脱する。

 固定を失った機体の各所は機構を稼働させ、人型へと変形させてゆく。

 エンジンユニットが胴体より分離、隠されていた『背骨』が稼働領域を得てしなる。

 機種より頭部と腕が展開し、主翼が可変し脚部に。

 各部を人型で固定して変形を終え、俺に操縦が移行する。

 取っ手を握れば、義手にコネクターが突き刺さった。

 取っ手はただの棒であり、操縦幹ではない。そもそも白鋼の後部座席には操縦幹などない。

 義手にケーブルを接続し、神経から直接制御するのだ。

 この狭いコックピット、すくすく成長するこの体には小さ過ぎることから、思い切って後部座席の操縦装置を全部取っ払ってしまったのである。

 機械的タイムロスが減ったので、俺的には改善である。職人達にはキチガイ扱いされたが。

 きっと機械的リンゲージ操縦システム(従来の機械的構造で舵を動かすシステム)からフライ・バイ・ワイヤ(電子制御による電線のみで舵を伝達するシステム)に移行するような不安感を覚えたのだと思われる。なにしろ操縦の根本に関わる部分だ、堅実性を求められる箇所に新技術はあまり受け入れられない。

 平行して落下していた二本のミスリルブレードを空中で掴み、地上の機体に投げ付ける。

 矢となって突き刺さったブレードはそれぞれのふくらはぎとふとももを貫き、移動能力を奪った。


「後で直すのよね?」


「自由天士だったらな、世界の為とはいえこれは俺達が悪い」


 脚には内部骨格と無機収縮帯、そして幾らかのケーブルしか収まっていない。修復は比較的楽だ。

 膝など関節部を貫いたなら大事だが、そんなヘマはしない。

 上下逆さまとなっていた白鋼の姿勢を安定させる。逆転した天地を正し、エンジンを命一杯回して落下モーメントを吸収。

 2機前に着陸し、共振通信を入れる。


「手荒な真似をしてすまない。すまないついでに武装解除を求めたいのだが」


『……どうも任意には聞こえないが』


 不服そうな返答であった。

 彼らの機体は見覚えのない人型機であった。似たシルエットを持つ機体だが、大きさが一回り異なる。別の機体をエクステリアだけお揃いにしたのだろうか。

 いや、外見から見ても共通の装甲板が見てとれる。内部部品も幾らか共通だ、整備性を向上させる為の工夫か?

 妙な機体達だ。機体規模が違うのに、パーツが共通化されているなんて。

 柄まで地面に刺さったミスリルブレードを、軽くホバリングして引き抜く。思ったよりしっかりと埋まっていた為、アフターバーナーまで使用する必要があった。


『うおおっ!?』


『ちょ、やめなさい!』


 小型ながら白鋼のハイブリッドエンジンはF-22ラプターのF119エンジンより強力だ。そんなエンジン排気を地面に当てれば、周囲の人型機にも数トンの風圧を受けることとなる。片足となった彼らは、当然バランスを崩し転倒した。


『あんた、白鋼……よね?』


 自由天士の女性は俺を知っているようだ。


『なにしているのよレーカ。どうしてゼェーレストを強襲するの?』


「ん―――誰だ、お前?」


 ミスリルブレードを突き付けて牽制しつつ問う。

 この飛行機(ソードシップ)の名が知られているのは珍しくないが、まるで俺本人を知っているような口ぶりだ。


『教えないよっ、勝てたら教えたげる!』


 右腕の機銃を構える未知の人型機。それを切り捨てスクラップにする。


「あまり抵抗するな、修繕費が増える」


『あたしにも矜持があるんだよ!マイケル!』


『応ッ!』


 刃渡り3メートルほどの汎用短剣を投げるマイケル氏の機体。コックピットモジュールの頭部狙いだったので、首を傾げて回避する。

 その目的が隙を作ることなのは明らかだったが、この状態からどうやって反撃するのか興味深い。


「レーカ、作戦行動中よ。それも時間勝負の」


 若干楽しくなってきた俺を咎めるソフィー。


「解ってる、だが一番危険なのはやっぱここだ。戦闘用人型機を抑えるのは俺達の役割だろ?」


 襲撃の目的はアナスタシア号の襲来を外部に漏らさないこと。外部へのアクセス手段は時計台の長距離通信設備と物理的に脱出することだけだ。包囲を突破される可能性が高いのはやはり目の前の自由天士だろう。

 ただし、敵が新規に通信設備を持ち込んでいる可能性もある。迅速な制圧はやはり必要だ。

 短剣を投げて稼いだ一瞬に何をするかと期待したが、次の行動は予想外だった。

 俺が突き付けていたミスリルブレードを、短刀を投げた大型機は鷲掴みにしたのだ。


「うおっ、やられた」


「レーカ、油断」


「面目無い」


 目の前の武器を握る為に短剣を捨てたのだ、普通だったらそんなことはせずそのまま掴む。

 こちらの技量を把握して出し惜しみをしていない。これは厄介かも。

 大きい方の人型機はミスリルブレードを引っ張り白鋼から奪取する。マニュピュレータが切り裂かれ指の部品がこぼれ落ちるも気にした様子はない。


「なんであっさり奪われているの!?」


「仕方がないだろ、油圧アシストがない分こっちの方がパワーは小さいんだから」


 速度で勝ろうと力勝負に持ち込まれたら負けるのだ。悲しいがそれが現実。

 人型機は奪ったミスリルブレードで横凪ぎに大きく切り払う。


「当たるかよ」


 地面を蹴って後ろに機体を傾け、ロケットを点火し後方へジャンプする。ミスリルブレードは10メートル近い長剣なので、その回避の為に結果として50メートルは離れてしまった。


『離れた!』


『今だよ、エドウィン!』


 ―――伏兵か!

 彼等の指示を待たず飛来したのは、銃撃の嵐だった。

 意図的に分散させつつもよく狙いの定まった弾幕。当たったところでダメージは通らないが、被弾するのも癪な俺は更に後退することを誘導される。


「3機目を森に隠していたか」


 こちらの襲撃を察知していたわけでもないだろうに、慎重な奴等だ。

 彼我の距離は2000メートル。動く獲物を狙うのはかなり難しい距離。


「いい砲撃手だ」


 帝国軍人の顔が火傷で半分崩れたオッサンには及ばないが。


「褒めてないで、どっちから封じるの?」


「森の方」


 俺達としては目の前の人型機か砲撃手、どちちが先でもなんとでもなるが―――ホワイトスティール側の別動隊を狙われたらまずい。彼等は非戦闘員なのだ。

 降りかかる弾頭のスコールを凌ぎ、素早く飛行機形態へと戻る。

 隆起した草原を高度5メートル以下で這うように飛行。白鋼は航空機だが、この動きと戦術はむしろ敵の射線に入らないように稜線を避けて走行する陸上兵器の動きだ。

 それを戦闘機で再現するあたり、ソフィーは完全に変態である。

 数十秒で森に接近、敵を視認する。砲撃特化型の重量機だ。こいつもまた、他の二機と同じ設計思想を感じる武骨なデザインだった。

 長距離からの攻撃を成功させることからも、スナイプタイプと窺える。ガトリングに狙撃もなにもないが。

 90度機体を捻り、ミスリルで強化された主翼にてすれ違い様に重量機を袈裟斬りに両断。大破させる。

 即座に機首を跳ね上げ垂直上昇に移る。推力偏向ノズルによるアクティブな姿勢制御は鋭角な軌道すら描く力任せなものだ。

 ソフィーの好む風を活かした操縦ではないが、森に突っ込むわけにはいかないので仕方がない。

 そのまま緩やかにループして進行方向を逆に向ける。推力偏向ノズルさえあればその座標で一回転して反転することも可能なのだが、慣性を殺して一端停止から再加速するよりも勢いを殺さずループしてしまった方が短時間で切り返しが行えるのだ。


『げ、もう戻ってきたぞ!』


『早いわバカ!』


 若干上がった高度から緩やかに滑り降りつつ再び人型に変形。時速数百キロでホバリングしつつ人型機に肉薄する。

 目標はこちらを仁王立ちで待ち構える小さい方の人型機。


(両足で立っている?双方共に片足を潰したはずなのに、どうやって―――ああ、そういうことか)


 もう一機の機体は片足が失われている。そして付近に転がるもげた片足。

 無事な足を組み合わせ、一機を修理したのだ。ニコイチ(二個一)である。

 プラモデルでもあるまいし同型機であろうと簡単にはパーツの交換など出来ないはずだが、それ専用の改造を施しているのか。

 正眼に構えたミスリルブレードで斬りかかる。敵もまた、俺から奪ったミスリルブレードを手にしている。

 これも正解だ。魔刃の魔法がかかっているとはいえ、鋼鉄の剣ではミスリルブレードに両断されるのがオチだから。

 衝突する切っ先。白鋼の速度の乗ったブレードは、敵機の握るブレードに僅かに食い込む。


「ミ、ミスリルブレードがー!?」


「真面目にやりなさい!」


 怒られた。


「だってミスリルだぞ、修理大変なんだぞ!」


 ミスリルの精製は俺でも微々たる量しか行えない。とても貴重な物質だ。

 なるほど、あちらのミスリルブレードは魔力が供給されておらず魔刃の魔法が発動していない。白鋼と敵機体とでは魔力供給形式が別なのだ。

 速度を落とし、敵機と何度も切り結ぶ。強い、こいつはエース(トップウィングス級)だ。

 銀翼で勝てない相手ではない。後は特記することもなく、再び人型機を戦闘不能に追い込んだのは切り結んでから一分ほど経過してからであった。

 ……意外と粘られた。悔しい。






「なんだお前等か」


「あたし等で悪かったね」


 憮然と唇を尖らせるのは謎の人型機で俺と打ち合ってみせた天士、ニールであった。


「くっそー、また負けた!」


 地団駄を踏むニール。別れてから何も変わっていない。


「よう、久々だな」


 憮然とした様子のマイケルと、


「修繕費はそっち持ちだよね、レーカ」


 しっかりと費用を請求するエドウィン。

 ゼェーレスト村を旅立って4年。それ以来顔を合わせていなかった彼等は、見違えて大人になっていた。

 ニールは髪を後ろに纏め、軽く化粧をして子供っぽさが抜けている。

 元より脳筋のきらいがあったマイケルは、精悍な顔付きとなり三人組で最も歳上に見える。見た目だけは。

 そしてエドウィンはといえば眼鏡の似合う青年となっている。さりげなく暴走気味の二人のブレーキ役に回るあたり、相も変わらず苦労性のようだ。

 草原にて機体を降りて顔を合わせた俺達。しかし今は作戦行動中。

 何を優先すべきか少し考え、結論を出す。


「……とりあえず場所を移そう。ソフィー、リデアと連絡取れるか?」


 頭上のコックピットにいるソフィーに叫ぶ。


「向こうから来たわ。ひゃっはー部隊が目標は達成したって、後は引き継いでもらう?」


「頼む」


「ん、了解」


 顔を引っ込める彼女に、三人は首を傾げた。


「あれ、ソフィー?」


「よく喋るようになったな」


「美人さんになったね」


 再びソフィーが顔を出す。


「伝えたわ。伝言よ、『お主も後で村に来い』って」


「解ってる。コイツ等と話そうぜ、マリアを呼んだら降りてこい」


 マリアは三人組ともそれなりに交流があった、会っておきたいはずだ。


「あ、えっと、私も?」


 ソフィーは頬を赤らめ目元までコックピットに隠れる。


「私、三人とはあまり関わりはあんまりなかったし、お留守番でも……」


「いいから降りてきなさい」


 昔の自分を知る人とは会いにくいってか。


「じゃあ、とりあえず屋敷に入るぞ。中には誰もいないことは確認済みだ」


 屋敷を見上げる。心なしか、記憶のそれより小さい気がした。

 実に、4年ぶりの帰宅だ。






 正面玄関は鍵が破壊されていた。

 大陸横断レースに参加する為の戸締まりだ、厳重ではなかったにしても隙はなかった。力付くぶち破られたのだ。

 共和国が制圧された後、この屋敷は紅蓮の騎士団によって探索されたはず。それは予想していたこと。


「予想していたことだ、が、やっぱりムカつくな」


「そうね、お客様ならもう少し礼儀を弁えてほしいわ」


 船から降りて合流したマリアが同意する。


「……貴方達もね」


 ドアを蹴破ろうとしていたニールとマイケルがおそるおそる振り返っていた。


「ほ、ほら、釘で完全に固定されているみたいでさ」


 侵入者は律儀に出入り口を再び封印したのだ。しかし、開かないからっていきなり蹴るなよ。


「こっちに使用人用の小さな扉があるわ」


 小さいといっても普通のサイズだ。正面玄関と比べれば相対的に小さいに過ぎない。

 中に入ると、埃っぽさに思わず咳き込む。


「こりゃ大掃除が必要だな」


「そうね、メイドの腕が鳴るわ」


 片腕を振り回すマリアにマイケルは思わず呟きを漏らす。


「マリア、メイドになったんだなぁ」


「元からメイドよ。見習いだったけれど」


「マイケルはマリアのことが気になってたんだよね」


「なっ!?テキトーなこと言うなエドウィン!」


 なんだと、聞き捨てならん。


「ごめんなさいね、私は売約済みよ」


 そういって、俺と腕を絡ませるマリア。


「むっ」


 対抗心を燃やしてか、もう片腕もソフィーに捉えられる。

 両手に花。ただし片方のみ柔らか。


「うわー、この三角関係どうやって落ち着くのかと思ってたけど……まさかそのまま大人になるとは」


 呆れた声を上げるエドウィン。ここにはいないが更に黒髪ハイエルフまで加わるのは黙っておこう。

 しばし記憶を辿って廊下を進む。


「小さくなったわね、色々と」


「そうだな、廊下ってこんなに狭かったっけ」


「別に変わって見えないわ」


(……ソフィー、小さいままだから……)


 口には出さないが顔に出ていたのか、腕を締め付けられた。痛くない。


「あ、あ、当ててるのよ」


 声を震わせ真っ赤になりお約束の台詞を口にするソフィー。


 当たっていない。

 当たっていない。

 当たっていない。

 当たっていない。

 当たっていない。


「どこも埃っぽいことには変わりないし、とりあえずここで休みましましょう?」


 そう提案しマリアが開いた扉は、使用人用休憩室だった。

 マリアとキャサリンさんにとっての居間だ。俺もよくここでお茶を飲んだ。

 4年も留守していれば、綺麗好きな親子の部屋もさすがに埃まみれとなっている。


「とりあえず埃だけでも追い出すわ。レーカ、手伝って」


「解った。とりあえずお前等は廊下出てろ」


 俺とマリア以外が退室したことを確認して、俺は叫んだ。


「当たって、ねえええぇぇぇぇよおおぉぉぉぉぉ!!!」


 ガン、と扉を外から殴る音がした。






 窓を二ヶ所開け、俺が人間コンプレッサーとなってに埃が外に放り出される。なんてことはない、ただの風魔法だ。

 はたきでパタパタとしていたマリアは、やがて満足したのかハンカチで作った即興防塵マスクを外す。


「終わったのか?外の4人を呼ぶぞ」


「ちょっと待ってて」


 おもむろにメイド服を脱ぎ始めたマリア。


「な、なにやってるんすか!?」


 慌てふためく俺を無視し、マリアはメイド服を脱ぎ捨てる。

 メイド服の下は、なんとメイド服だった。


「……マトリョーシカかよ」


「埃を被ることは想定済み。これは夏服よ」


 肩を露出したミニスカメイド。可愛い、可愛いが……


「そんな媚びたメイド服など邪道だ」


「ちらっ」


「アリだと思います」


 マリアは廊下にいた4人を招き入れ、粛々とお茶を淹れる。

 ソフィーはといえば、廊下で質問攻めに遭っていたのか若干ぐったりしていた。

 音も発てずに机に置かれるティーカップ。俺とソフィーは慣れた様子で飲むが、三人組はなぜかぎこちなかった。


「どうしたんだ?」


「いや、友達に恭しく紅茶を出されるなんて初めてでさ」


「メイドって実在するのね、こりゃ緊張するわ」


「な、なんか頼んでいいか!?」


 挙手するマイケルに、マリアは見事な作り笑顔で頷く。


「はい、私めに出来ることでしたら」


「しゃぶれよ」


 無言でニールとエドウィンにボコボコにされるマイケルであった。

 トドメのマリアによるお盆ボンバー。ばしーんと頭を叩いただけで、火薬の類は使用していない。


「だってよぉ、メイドさんがいたら言ってみたいだろ!?どうせレーカだって言ったことあるんだろ!?」


「……ないわ、ボケェ!」


「間があったわよ」


「間があったね」


「言われたことあるわ」


 はいはーい、この話題しゅーりょー!

 手を振って本題に強引に移る。しばし生暖かい目で俺を見ていた三人も、諦めたのか話題を変えた。


「で、なんでアンタ等はゼェーレストを襲撃してんのよ」


「俺達の事情、知っているか?」


 首を傾げるニールとマイケル、頷くエドウィン。

 どうせ情報収集はエドウィンに任せきりなのだろう。


「噂で知れる程度なら。リデア様の部下となり正義の騎士として統一国家と日々死闘を繰り広げているんだよね」


「……まあ、その解釈でいいや、もう」


 色々と美化されている。リデアの騎士じゃないし、統一国家としょっちゅう戦ってなどいない。

 リデアの指示で行動することも多々あるし、統一国家に対して嫌がらせをすることもある。だがその程度だ。

 世界情勢が一応の安定を見せる今、そうおいそれと手は出せない。下手をすればこちらが正当性を失い追われる身となるのだ。

 正義の定義を定めるのは、結局多数側の組織ってことだ。


「この村はほぼ間違いなくマークされている。だから今まで帰郷出来なかったが、ちょっと野暮用が出来ちまってな」


「野暮用って何?」


 さて、なんて誤魔化そうか。


「……野暮用は野暮用さ」


 思い付かなかった。

 というか地下の魔法陣を確保することが目的だが、アレがなんなのかまだ俺も聞いていないのだ。


「この村に居座るのに際し、統一国家の攻撃から耐える為の設備を用意する必要がある。船に色々用意して積んできたが、準備したとはいえ一週間は時間が欲しい、そう試算した」


「なるほどね。つまり、なにがなんでも一週間はあの船の存在を統一国家に知られたくなかったわけか」


 エドウィンの推理を首肯する。

 通信設備のある時計台を制圧し、村を囲むように人員を配置して出入りを禁じる。万が一包囲を突破する可能性のある人型機や戦闘機を封じ込める。

 陸の孤島となったゼェーレスト村を、エアバイクヒャッハー部隊がじっくりと調べ紅蓮の騎士がいないかチェックする。それがこの作戦の全景だ。


「お前達三人組が統一国家に与した、あるいは脅され俺達を探りに来た可能性も考慮はしたが……却下した」


「ふむ、なぜだい?」


 面白そうに問うエドウィンには悪いが、そんなに面白いロジカルな理由じゃない。


「お前とニールはともかく、マイケルはスパイ活動なんて器用な真似は無理だろ」


 安心と信頼のバカキャラである。


「マイケルにだけは知らせていないのかもよ?」


「その場合、俺だったらマイケルと離別して行動する。三人組にこだわる理由がない」


「はは、その通りだ。カモフラージュとしてもマイケルは好き勝手動き過ぎる、悪さをするには邪魔だね」


「お前等なに目の前で俺のことをバカにしているんだよ」


 半目のマイケル。


「お前みたいな真っ直ぐな奴といれば、悪さは出来ないって意味だ」


「そ、そうか?ははは、そーかそーか!」


 機嫌を直した。簡単な奴だ。


「……いや、待ってくれ。この屋敷なら隠れる場所はいくらでもあるだろう?」


 慌てた様子で周囲を警戒する三人組。


「大丈夫だ、屋敷は事前にチェックしてある。踏み荒らされた形跡はあったが人も通信装置もない」


 屋敷の中が隠れんぼに最適なことくらい、最初から判っている。だからこそ専門家を雇ってまで事前調査させたのだ。

 その調査報告も併せ、先程から解析魔法を使用してのチェックにもなにも引っ掛からないことから屋敷は本当に無人と考えていいだろう。


「厄介なのはあくまで村だよ、分散している上に脱出ルートの想定も多かったからな」


「だからって、って気もするけど」


 ニールの咎める言葉に『降参だ』とばかりに両手を上げる。乱暴なのは解っているさ。


「俺達の目的はこれくらいだ。今度はそっちのことも聞かせろよ、自由天士になったのか?」


 子供の頃から天士となる為に訓練(?)をしてきた彼等だが、正直そう簡単には人型機天士になれないと思っていた。

 若者が自由天士を志すにあたり、最初にして最大の困難は愛機を手に入れることだ。工学技術の結晶である人型機は中古でも一般人には到底手が届かないほど高価なのだ。

 下手をすれば、人型機を購入する金で一生暮らせる。そんな高価な品を、見たことのない型とはいえしっかりと一人一機ずつとは。


「見ての通りだ!これでもそれなりに名の知れたパーティーなんだぜ!」


「世界規模で有名な人達を前に自慢するのも虚しいけど、ね」


「あんた等が村からいなくなって一年後だよ、私達が旅立ったのは」


 なんと彼等は、その身一つで家出同然にゼェーレスト村を飛び出したそうだ。

 その後一年ほど大手の航空事務所で下働きを勤め経験を積み、ひょんなことから帝国の試作機を譲り受けたそうだ。

 地道に購入資金を蓄えての購入ではないが、それはそれ。きっと縁があったのだろう。

 あの試作機達を使いこなしていることは明白だ、俺としてはそれで充分である。


「そして今回はたまたま里帰りしていた、ってわけか」


「特別追われる身でもないからね、たまには帰ってきていたよ」


 っていうか、俺達よりよほど真っ当な冒険をしている。


「実は、手に入れた人型機は5機あるんだ」


「変わり種とはいえタダで5機か、売れば本当に一生遊んで暮らせるな」


「でもさ、僕達は飛宙船(エアシップ)は持ってない。だから2機はわざわざお金を払って倉庫に預けているんだよ」


「なるほど、そりゃあ勿体無いな」


 エドウィンがなにを言いたいか解ってきた。

 三人は「せーの」でタイミングを合わせ、口調を揃えて言った。


『俺達をホワイトスティール航空事務所で雇ってくれ!』


「無理」


 即答させてもらった。


「な、なんで!?私達、結構強いわよ!?」


 結構、じゃ駄目なんだよニール。


「俺達は危険な作戦や単独行動も多い、故に戦闘員はほぼ銀翼クラスか一芸に秀でた者ばかりだ」


 白鋼や邪険姫(じゃけんひめ)は勿論、生存能力が高く偵察任務で極めて優秀なキザ男の赤矢(レッドアロウ)や圧倒的な火力で防御力で近接防衛火器として頼りになるガチターン機などスピリットオブアナスタシア号のメンバーは死亡する確率が低い化け物が割と揃っている。

 俺は部下を死地に向かわせる度胸なんてない。だからこそ、天士には生き残る能力を求めたいのである。

 司令としては失格なのだろう。未帰還をも一つの情報として割り切って天士を消耗品と認識するのが正しい指揮官の在り方だ。

 やっぱり、俺は責任者など向いていない。

 そう説明するも、ニールは引くどころかにやりと笑った。


「でも人手は欲しいんじゃない?」


 まーね。いつだって人手不足だよ。


「僕達は銀翼級に達していないことは重々承知しているよ。でも、弱くもないつもりだ。3人揃っているなら、銀翼の天使であろうと一分間は抑え込んでみせる」


 どうせ一分間抑え込えこまれたよーだ。


「いいから雇えよ、損はさせねぇぜ!」


「なんでそんなに売り込むんだよ。確かに大型級飛宙船があれば3機だろうが5機だろうが人型機を収容出来る、けどそれだけが理由じゃないだろ」


 5機ならば中型級でも載せられる。彼等なら地道に働けば遅かれ早かれ買えるだろう。


「そんなの決まっているじゃない!」


 勢いよく立ち上がるニール。


「目の前で時代が動いているのよ!傍観なんて、勿体無いわ!」


 野次馬乙。まあ、こいつらは昔からそうだったな。

 大義も欲望もない。ただ、当事者となりたいのだ。

 ある意味どこまでも純粋な冒険者。きっと、それだけ。


「……はあ、二軍でいいなら船に置いてやってもいいぞ」


「いいの?」と目で問うソフィー。仕方がないだろ、人員不足は事実なのだ。


 見張りなど誰でも出来る仕事だってあるにも関わらず、そこに銀翼を割り振っている有り様である。戦闘員は有事に備えて休めておきたいのに。


「二軍といえば聞こえはいいが、ようは使いっぱしりだ。それでもいいなら、こきつかってやる」


「それでもいい!オッケーだ!やったー!」


 はしゃいで跳び跳ねる三人組。コイツ等も成人したんだろうに、子供っぽい連中だ。

 掃除しそこなった埃が入るのも嫌なので、俺は一気に紅茶を飲み干した。








 村の様子を見に行ったニール達と別れ、ソフィーとマリアを連れて軽く屋敷の探索を行う。

 使用人休憩室はさして荒らされていなかった。当然だ、俺ならもっと別の場所を家捜しする。

 ナスチヤの書斎。普段は鍵がかかっていた、俺も呼ばれた時にしか入らなかった部屋。


「まあ、事前調査の報告通りだな」


 扉は不自然に綺麗なままであった。ドアノブを握るも開く様子はない。


「侵入者が入った様子はない、というか入れない……リデア曰く結界の一種、だったか」


 紅蓮の騎士もここには入室出来なかったのだ。ここは魔法に詳しいリデアの調査を待つことにしよう。


「なんとなくほっとしたわ」


「そうだな」


 マリアの言葉に同意する。故人の私物が荒らされているのはいい気がしない。

 報告があったとはいえ、ちょっとだけ覚悟していた。


「……そういえば衣類は?」


「クローゼットはこっちだけれど、どうして?」


 部屋に入ってみると、そこは藻抜けの殻だった。

 服を仕舞うのに一室使っているのは流石に豪邸だが、旅行に持っていかなかった残りの服はどこにいったのか。


「古着として売り飛ばしたのかしら。それなりの金額にはなるはずだし」


 完全に賊だな、紅蓮の騎士団。末端まで規律が行き届いていないのは知ってたけど。


「下着はあるか?」


「……ない」


 タンスを開けたソフィーが愕然とした声を漏らした。

 当然下着は古着として買い取り不可。ならなぜ持っていったのか、俺達は考えないことにした。

 微妙な気分で廊下に戻り何気なく外を見る。


「あっ!」


 ソフィーが窓に駆け寄る。そして、何かを確認した後にどこかへ走っていってしまった。


「なんだ、何か見付けたのか?」


「とにかく追いましょう!」






 ソフィーがやってきたのは中庭だった。

 美しい花が咲き乱れていた花壇も、今や雑草だらけ。朽ちた彫刻やレンガが4年という月日の長さを痛感させる。

 麻布に覆われた大きな物体を日の下に露にする。

 それは、所々に錆が浮いた紅翼(せきよく)だった。


「……あとで、診てやるか」


 今の俺にとっては玩具みたいな飛行機だ、整備は大した手間ではない。

 紅翼のことは一旦忘れ、ソフィーを追って中庭の中心に進む。


「これは―――」


 静かに涙を流すソフィー。

 マリアもこれが何か気付き、息を飲む。

 盛り上がった土に、簡素な石板。表面には一切なにも記されていない。

 だが、名が刻まれていなかろうと判る。


「ナスチヤの……墓だ」


 雑草に侵略された花壇だが、元々植えられていた花やどこからか迷い混んだ草花はそれでも逞しく咲き誇っている。

 風化した中庭に生命力溢れる花々のコントラストは美しく、少し申し訳なかったものの俺は幾らかの花を摘んで束にした。

 そっと墓に花束を置く。その隣には、少し痩せた花が献花されていた。

 墓が作られたのは何年も前のことだろう。だが花は今年中、それも極最近のものだ。


「―――ここに来たのか、ガイル?」








 俺は一人村へと降りた。

 予期せず母親の墓と対面してしまい涙するソフィーは心配だったが、俺も責任ある立場だ。屋敷の捜索と三人組が敵対する存在となっていないかの確認を行ったので、さっさと村に向かい挨拶及び謝罪をしなければならない。

 なんだ、三人組と世間話する為に作戦を放置していたとでも思ったか。単に優先順位がこっちの方が上だったってだけだ。

 というか、俺に仕事を優先するように促したのはソフィー本人だ。ナスチヤを思い出して彼女が泣いてしまうのは、時々ある。


「おらレーカ、こっちの船が調子わりーんだよ!」


「あいあいさー!」


「レーカくーん、お風呂のボイラーから変な音するのー!」


「よろこんでー!」


「きゃあっ!レーカくん、お鍋の底が抜けちゃったー!」


「はいお待ちー!」


「レーカ坊主ー、俺のカアチャンの顔を修理してくれー!」


「大破認定ー!」


 そして俺は、村を騒がせた罰として村中の壊れた道具を一人で修理している。

 一人で、だ。船の職人達は俺が壊した三人組の人型機を修理するのに忙しい。

 俺達が村にいた頃はナスチヤが機械類の修理をしていたのだが、今は誰も機械に詳しい人がいないそうだ。故に村の機械や道具はどれも簡単な手入れしかされておらず、多かれ少なかれ不調を抱えていた。

 そんなわけで、こきつかわれている訳である。


「ま、みんな元気そうでなによりだ」


 一段落して時計台のレオナルドさん家でお茶を戴く。やっと落ち着いたぜ。


「それじゃ、増えた村人は新しく産まれた子供だけですか」


「うむ。一時期は柄の悪い連中が居座っておったが、3年ほど前だったか撤退していったぞ」


 柔和な雰囲気を纏うお髭の老人、通称レオさん。ゼェーレスト村のまとめ役、村長ポジションの人だ。

 レオさんは住人の増減や旅人の出入りをしっかりと記録していた。冊子を捲り一人呟く。


「これがあるなら強襲しなくて良かったかも」


 相手に連絡する隙を与えない速度での村人の名簿との照らし合わせ。人口100人程度の村、しかもたった4年。顔ぶれがそうそう変化しているはずがない。

 記憶を元に似顔絵付きの名簿を制作し、それを照らし合わせて不振人物を探し出し……我ながらよく全員の顔と名前を思い出せたものである。

 アナスタシア号の強行着陸と同時に戦闘の心得があるヒャッハー部隊が村へエアバイクで走り、失礼を承知でチェックしていく。

 それほどに大規模な計画を立てておいて何だが、ぶっちゃけ無駄だったかも。

 いや結果論だけどさ。レオさん以下ゼェーレスト村の住人はナスチヤがここに定住していることを知っていたのだし、確実に紅蓮の騎士団はまぎれこんでいなかった。故にこのリストも信頼出来る。


「横暴な騎士じゃったが、休戦あたりでいなくなったな」


 ヨーゼフが引かせたのかな。なにを考えているんだか。


「そんじゃ、俺はそろそろ失礼します」


「おう、また来なさい」


 レオさんの小さな気遣いを嬉しく思いつつ、俺は時計台を後にした。








 騒動が落ち着いたことを見計らい、俺は村を今一度見て回ることにしたのだが。


「あれ?」


 村に子供がいないことに気付く。昼過ぎは広場で遊んでいるのがいつもの光景だったのに。

 とばいえ心配することでもないだろう。子供の遊び場の流行りなんてコロコロ変わる。

 ぐるりと周囲を見渡すと、草原の一画に人が集まっているのが見えた。子供達だ。

 何をやっているのだろうと目を凝らし、懐かしさに鼻の奥がツンとする。


「そうか。今日は週末だった」


 講師役がいなくなったのに、まだ続いていたんだな。


「青空教室か、誰が教えているんだろ」


 どれ、覗いてみるか。






「このXにπを代入すれば、こちらのYが……」


「リデアさまー、よく聞こえませんでしたー」


「む、そうか?ならもう一度、このXにπを……」


「また聞こえなかったー」


「このXにπを……」


「えっくすに何を?」


「ぱ、πを……」


「もーいっかい!もーいっかい!」


「ぱ、ぱ……何言わせるんじゃー!」


 何やってんだアイドル姫。

 黒板の前で子供達にセクハラされているのは、我等がヒロインリデアちゃんだった。

 生徒の後ろに腰を下ろす。座って黒板を眺める感覚、すごく懐かしい。

 思い出すのはこちらの青空教室ではなく、地球での学生だった頃の記憶。クラスメイトで仲の良かった連中は元気だろうか。


「む、レーカか。挨拶回りは終わったか?」


「おう、ちょっと暇が出来たんでブラブラしてる。ところで先生、円周率を表す記号ってなんでしたっけ」


「そうか。わしはちょっと子供達の面倒を見ておったのだ、辺境の村の学舎というのが珍しくてな」


 セクハラはスルーされた。


「聞けばあの夫婦が始めたらしいな、この青空教室というのは」


「ああ。でも、続いてるとは思わなかったよ」


「有志が教師役を買って出ていたらしい。知識ではなく、勉学そのものを継続的に行う重要性を理解しているとは教養豊かな村じゃな、さすがはあの夫婦だ」


「ははは、ガイルがそんな小難しいことを考えられるわけないだろ?ナスチヤの功績だよ」


「伝説の英雄をナチュラルにバカにするのう」


 黒板に問題を幾つか書き、リデアは俺の隣に座る。


「この村の子供逹はある程度の読み書き計算が出来るのだな。驚いたぞ」


「義務教育レベルだけどな。飛行機の設計には心許ない」


「いや、なんで飛行機設計者が基準なのだ」


 リデア的には数学に詳しい職業といえば商人や学者を指すらしい。変わった規準感覚だ。


「どこもこれくらい知識があればいいのだが」


 どこか遠い目でリデアはぼやく。


「この世界の識字率は五割ほど。都会はともかく辺境では文盲も多い。この分では、全てが片付いたとしてもしばらくは絶対君主制でなくてはならん」


「王族を辞めたいのか?」


「や、もう辞めておるがな」


 そうだった。頻繁にハダカーノ王と連絡をとっているので、リデアが姓を捨てていることをちょっと忘れてた。


「暴君でもない限りは、王など面倒なだけの仕事じゃ。玉座を降りたいと思わぬ王などいないぞ」


「あー、責任ある立場って大変だよなー」


 俺とリデアじゃ全然、責任の重さが違うけど。


「共和国みたいに民主主義に出来ないのか?」


「はは、お主は故郷のニホン、だったか。そこが民主主義だったせいで、選挙制度を盲信しているようじゃな」


 正しくは間接民主制である。


「絶対君主制にも利点はあるぞ」


「ほう、どんな?」


 王様ってのはなぜかいいイメージがない。前時代的というか、原始的な政治形体に思えるのだ。

 その王政の利点とは?


「まず第一に、決断が早い。権力が集中していると誰も逆らわんからの」


 それ、利点かよ。


「でもその決断がミスだったら?」


「それが絶対君主制の危うさじゃな。判断ミスが少ない、というのならば民主主義が圧倒的に有利じゃ。じゃが、民主主義が必ずしも正解に辿り着けるとも限らん」


 未知の事態には皆が皆、揃って間違えるかもしれないしな。


「それもあるが。国の為ではなく、自分の為に敢えて不利益な判断をする可能性もあるということじゃ。そんな輩が過半数を占めてしまった場合、民主主義でも誤った道を進む可能性がある」


「あー」


 日本の政治家もアレが結構いるらしいが。善悪の是非はよく判らないけど、あいつらも決断はやたら遅いよな。


「共和国がああも簡単に乗っ取られてしまったのは、国民が育つ前に民主化してしまったせいでもある」


「そうなのか?」


「そういう見方も出来る、ということじゃ。絶対君王政はその点、真っ当な志を持ち有能な王であれば、素早く正しい対処が行える。これは戦争や災害の時には大きなメリットじゃ」


 判らなくなってきた。結局どっちが優れているんだ?


「だから、どっちが正しい正しくないの話ではないのじゃ。とはいえ国民が平均的に高い教養を持ち国が富んでいるのであれば、民主主義の方が色々と安心じゃな。選挙で無能な議員を選ばなければそいつは議席を降ろされるのだから」


 数人の子供達が問題を解き終え、答え合わせを求める。リデアは「しばし待て」と言い、まだ終わっていない他の子を手伝うように促した。


「必要なのは、その判断が出来る国民の知識教養。だからこそ識字率と民主主義は密接に関わっておるのだ」


 ピンと来ないな、文字の読み書きと政治がそんなに関わっていると言われても。


「ところで、お主の教養はわしも認めておるが、ニホンの識字率はどの程度なのだ?」


「100」


「は?」


「100%読み書き出来る」


「い、いや、それはないじゃろ」


 なぜキョドる。


「まあ、そうだな。子供以外は皆読み書き計算出来る、と訂正しよう」


「いや、識字率は大人だけじゃから。子供は統計に入れんから」


 そうなのか。


「ならやっぱ100。極めてそれに近い」


「なにそれこわい」


「地球じゃ珍しくないんだがな、90%以上って」


「なにそれもこわい」


 識字率を上げるのってそんなに難しいんだろうか。


「学校作ればいいんじゃないか?」


「気軽に知識を向上させてみろ、革命を起こされるぞ」


「え、なんで?」


 思いもよらぬ返答に驚く。


「悪政を行う王に反逆するのであればいいのだがな、まあ国を売り飛ばす為となるじゃろう。他の国民を扇動し、口先だけで権力者となってしまえば国を他国に切り売りするのも自由じゃ」


 売国奴、ってやつか。


「そうなれば、国が破綻する。絶対君主制において国民とは、バカでなくてはならないのだ。……嫌な話だがの」


 忌々しげに自嘲するリデア。

 そんな彼女はやっぱり偉い。陳腐な感想を抱きつつ、思わずにやにやしてしまう。


「き、気持ち悪いぞ?」


 心配げな顔で言われた。








 書類仕事を片付ける為にアナスタシア号に戻ると、格納庫では三人組の人型機が急ピッチで修復されていた。


「無機収縮帯持ってこい、先に腕を付けるぞ!」


「モンキー誰か貸してくれ、暗くてサイズが判らん!」


「梯子通るぞ、頭ぁ気を付けろ!」


 怒号が響く職人達の戦場。それを眺める人影があった。

 木箱に腰掛けたニールである。

 彼女は俺に気付き、手を挙げた。


「マジメだね、この人達。急ぎじゃないって言ってんのに、ガンガン修理していくよ」


「仕事に関しては手を抜かない連中だ。それに急ぎだぞ、明日からは皆忙しいからな」


 今日一日は調査で費やすが、明日からは本格的な工事である。


「ところでこの人型機はなんなんだ?見たことがない、全部で5機あるんだっけ?」


 シンプルで武骨なデザインの人型機。この場にあるのは3機だけだが、どれも似たシルエットを持っている。

 直線を多用した、製造のしやすさを重視したと思われるデザイン。かといって元が同じ機体の派生ってわけでもなさそうだ、基礎フレームからして別物だ。


「これはEシリーズだよ」


「Eシリーズ?」


 聞き覚えがあるような、ないような。


「帝国の技術者って凝り性でしょ?そのせいで、あっちの機体って製造時期によって細かな改良が加えられていて、やたらとバリエーションがあるの」


「あるある、すっげー解る」


 これはあくまでイメージだが、共和国製は最初にきっちりと設計図を練り上げてしまうきらいがある。改良したい場合に備えて遊びが多く確保されており、別の機体でもパーツの互換性がある程度あったりするのだ。

 帝国製は……なんというか、こだわってる。技術者が気に入らなければ基礎であろうと手を加えるのだ、おかげでジャンクパーツ同士の擦り合わせが大変で大変で。


「特に大戦末期の帝国機は酷い。新型が製造されれば逐次投入、試験運転も実践テストも碌にしなかったせいで初期不良だらけ。更にそれを無計画に改善・改良していった結果、同じ機種でも大量のバリエーション機が生まれることとなったんだ」


 もうちょっと計画的に作れよ……終わりの見えない戦争で、色々と混乱していたのだろうけど。


「そうそう、それよ」


 どれよ。急に肯定されても困る。


「そこで当時の帝国は、現場の混乱を纏めて解決する為に人型機を5種類に絞り混んでしおうって計画を立てたんだって」


「それって、それまで使っていた人型機を全部更新してしまうって意味か?」


 随分と思い切った計画だ。


「それがEシリーズ。部品をとにかく共通化させて、互換性を持たせようとしたの。間接部も特殊なベアリングパーツを採用することで、最前線での換装すら可能だわ」


「なるほど、それでか」


 マイケルがニールに機体の片足を譲渡出来たのは、そういうカラクリらしい。ああいう運用は予想外だった。


「もっとも、『余計混乱するだけだ』って判断されて試作5機だけで計画中止したらしいけど」


「だろうな。惜しいが、これは戦争が始まる前にやるべき仕事だった」


 実用性は要検証だが、面白いシステムだ。配備されていたら共和国にとって大きな驚異となったろう。


「あ、思い出した。ポルシェ博士の愚痴に出てきたな、E計画とかなんとかって話が」


 通りで聞き覚えがあると思ったら。


「誰さ、それ」


「帝国のマッドサエンティスト」


 ポルシェ博士。博士と言いつつ、博士号は持っていない叩き上げの技術者である。


「面白い技術を開発しているからちょっと交遊があるんだが、その時にE計画とやらの名前が出た気がする」


 なんでも、大戦時に趣味全開で最強の新型を作ろうとした所、堅実な設計を基本とするE計画をダシに妨害されポシャったらしい。

 あの大変な時期に趣味で兵器作る方が悪い。


「類は友を呼ぶ、だね」


「俺はあそこまで偏屈じゃない。もう行くぞ、明日からは土木仕事だ。しっかり休んどけよ」


「あいよー」という声を背に、俺は格納庫を後にした。








 日も落ち、静寂に包まれている村を尻目にリデアとソフィーを伴って草原を歩く。アナスタシア号から屋敷への道程だ。

 昼間はメイド長のマリア(「仮」は取れた)を筆頭としたメイドお掃除隊に蹂躙されて騒がしかった屋敷だが、今は窓に光なく沈黙している。


「今日は星が綺麗だな」


 田舎だからだろうか。夜空を見上げ、そんな感想を抱いた。


「なんじゃ、愛の告白か?」


「月じゃねえよ」


「月がどうしたの?」


 セルファークには月がない。厳密にいえば月面があるが、空に大きな星が浮かんでいるわけではない。

 そも、星にしたって重力境界の岩石が反射して煌めいているだけだ。


「すまんな、こんな時間に。この時間が一番集中出来るのだ」


 謝ってくるリデア。魔法にもバイオリズムみたいなものがあるらしい。


「別にいいさ、晩飯後の予定は特になかったからな」


 夕食をとっている時、俺はリデアに屋敷への案内を頼まれた。そう、この村に戻ってきた本命の理由、ナスチヤの巨大魔法陣の調査である。


「でもソフィーはどうして着いてきたんだ?魔法のことなんて解らないだろ」


 技師魔法以外は俺も解らないので、地下に案内したらすぐ船に戻るつもりだ。リデアを一人にするのは若干心配だが、仮にも魔導姫。生身勝負なら相当強い。


「……大人になって、お母さんのことをそれまでと違う視点で見るようになったの」


「違う視点?」


「お母さんは……うんん、なんでもない」


 なんだよ気持ち悪い。


「とにかく見ておきたいの。お母さんが残した物なら、必ず意味があるから」


 屋敷に入ると、暗くて判らないも心無しか昼より埃の煙たさがない気がした。

 記憶を辿り廊下を探す。


「ここら辺だけど、カモフラージュされてて見えないんだよな。ちょっと待ってて」


 解析魔法を発動、壁の中を視る。しかし―――


「―――あれ、ない?」


 そこには、カラクリなど存在しなかった。

 ただの壁。どういうことだ、場所を間違えたか?

 僅かな焦りを抱きつつ壁を叩いてみる。


「っ、違う!ここには何がある!」


 魔法には反応しなかろうと、打診の感覚は確かに壁の中の不自然さを捉えていた。

 機械を叩いて音で内部を診断するのは、整備士にとっては基本にして奥義。どれほど高度な兵器であっても職人的な五感を駆使した判断は現在進行形で使用されているのだ。

 解析とて今まで俺を助けてくれた重要な魔法。だが、俺は努力で耳に刻んだ打診の技能をそれと同じくらい信頼している。

 天士の命が掛かっている仕事だ。一度もいい加減な判断をしたことはない、故の確信。

 階段は、ここに確かにある!


「解析魔法対策もされとるじゃろう。それで見つかるならガイルが発見しているはずじゃ」


 ナスチヤはエターナルクリスタルを知っていた?なら、俺がそうであることも気付いていたのだろうか。


「まあ、先代魔導姫だしな」


 実を言えば、ソフィーの言わんとすることも解る。

 ナスチヤには秘密が多い。それも、きっと核心的なものが。


「―――あった」


 手探りで探し、なんとか突起を発見。

 押し込んでみれば、壁が持ち上がり地下への通路が現れた。


「……ホントにあった」


 自分の家の秘密に驚くソフィー。

 リデアがライトの魔法を唱え、一番に階段へ足を踏み入れた。


「お、おい。俺が先行するぞ」


「やめておけ、術式の密度が半端ではない。ここは一種の異界じゃ、魔法のトラップがあってもお主では気付けん」


 なんで実家にトラップが、と思うも秘密の部屋がある時点で異常なので黙っておく。

 というか、そんな場所にかつて入ったのか俺は。

 やがて到着したのは、ひたすらだだっ広い空間だった。

 壁には蝋燭の炎が揺らいでおり、少し心許ないものの灯りは確保されている。

 この炎は最初から燃えていた。魔力がどこからか供給された、魔力の炎なのだ。

 床には魔法陣。微かに光を放つそれは、蟻のように小さく、目を凝らさなければ読めないほど細かな魔導術式。

 それが、直径50メートルの円陣に隙間なく埋め尽くされている。


「すごい、前見た時よりすごい気がする。どうやって書いたんだこれ」


「手作業ではなかろう、イメージした文字を書く魔法もある。……これだけの術式をイメージ出来ることがそもそも凄まじいがな」


 早速地面に這い、魔法陣を調べ始めるリデア。


「もういいぞ、後はわし一人でやる」


「ん……手伝いは、まあ出来ないだろうけど。護衛もいらないか?……いらないな」


「自己完結するな、わしとてか弱い美少女じゃぞ」


 自分で言うな、生身で人型機と戦える魔法使いの癖に。


「ソフィー、もういいか?」


「……うん、帰るわ」


 ソフィーの手を引き階段へ歩く。


「何で手を繋ぐの?」


「この階段、薄暗いし石造りだから転んだら危ない」


「レーカが転んで落ちてきたら?」


「後ろから受け止めて支えてくれ」


「潰されるわよ」


 他愛もない会話をしつつ、船に戻ったら途中だった機械弄りをしつつさっさと寝てしまおうとぼんやり考える。明日も忙しい。

 手を引かれ立ち止まる。振り返ってみれば魔法陣を見つめるソフィー。


「お母さんは、何を考えていたのかしら」


 それは、何度目の疑問あろうか。


「お母さんの行動はおかしい部分がある。今更、確認しようのないことなのかもしれないけれど」


 迷いを振り払うかのように頭を振り、彼女はポツリと呟いた。


「時を越えて、もういない人に会いに行ける魔法があればいいのに」


 彼女の後ろの魔法陣が、強く輝いた気がした。














 微睡みの中、睡魔を振り払い瞼を持ち上げる。


「ん、んんっ……ここは、どこだ?」


 ぼうっとした頭で起き上がり、周囲を確認。

 廊下だ。屋敷の廊下。

 地下室から出てきたところで転んで頭でも打ったか?


「ソフィー?どこいった、ソフィー?」


 なぜか足が上手く動かない。ふらふらと歩き廊下を進むも、道程が妙に長く感じる。


(……あれ、こんなに綺麗だったっけ)


 廊下が先程より清潔になっている気がする。メイド隊が清掃したとはいえ、もう少し煤けていたような記憶があるが。

 足の違和感に慣れて屋敷を進む。やがて、一室から物音が聞こえてきた。


「調理室だな、マリアか?」


 扉を押して中を覗く。


「マリア、どうして屋敷の調理室に……え?」


 そこで作業していたのは、なんとマリアではなく彼女の母親のキャサリンさんだった。


「ん、どうしたんだい。マリアならここにはいないよ」


 自然に返事をするキャサリンさん。

 最後に会ったのはいつだったか。最近はマリアも実に色っぽくなったと思っていたが、やはり対面してみるとキャサリンさんの方がエロい。


「っていや、あ、あれ?なんでここにキャサリンさんが?」


「なんでって、見ての通り明日の仕込みだよ。ほら、用事がないなら出ていきな!」


 しっしっ、と廊下に追い出される。

 どういうことだ、彼女はドリットの雑貨屋にてガイルの父・イソロク氏の世話をして生活しているはずだ。

 人手が足りないとマリアかリデアが呼んだのだろうか?

 加速する違和感。早くソフィーを見付けようと、縺れる足を叱咤し急ぐ。


「くそっ、なんだよこの変な感覚はっ、とおわっ!?」


 遂に転倒してしまった。情けない。


「あら。大丈夫、レーカ君?」


 誰かが駆け寄ってきた。


「どうしたの?足を引き摺っているみたいだけれど」


 心配そうな声。顔を上げその人物を認識し、俺は目を見開いた。


「あ、なんで、なんでっ」


「レーカ君?本当に大丈夫?顔が真っ青よ?」


 そうだろう。俺はきっと、ひどい顔をしている。

 ありえない。なんで、貴女がいるのか。

 立ち上がるも尻餅をつき、壁まで後ずさる。

 白い肌。銀色の髪。蒼い瞳。

 しっかりと娘に受け継がれた身体的特徴を持つ美女。

 きょとんと俺を見る彼女の名を、俺はひきつった声で呼んだ。


「な、ナスチヤ……!?」


 アナスタシア・ニコラエヴナ・マリンドルフ。4年前に亡くなったはずの女性が、目の前にいた。


さすがにこの再登場を予想できた人はいないはず。

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