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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
集まる仲間たち編
58/85

妹キャラと温泉旅行 2

 彼女の母の名を与えられた船、その廊下を進むソフィーは小さく溜め息を吐いた。

 レーカに風呂を覗かれ、静かに激昂したマリアは(少なくとも幼馴染みのソフィーにはそう見えた)レーカを引き摺りどこかへ行ってしまった。いつものようにレーカをどこかに吊るすつもりだろうと彼女は推測している。

 裸体を見られた気恥ずかしさに悶えつつ、表向き平静を保ち一人自室へと戻る。


「お、こんなところにおったのじゃな」


「リデア、どうしたの?」


 曲がり角でリデアに出会す。


「お主こそどうしたのじゃ、顔が真っ赤じゃぞ?」


「な、んでもない、わ」


 ソフィーの挙動不審な様を訝しむリデアだが、深く追求することはしなかった。


「用件はこれじゃ」


 リデアが懐から取り出すのは、一枚の封筒。


「―――なにそれ?手紙?」


 彼女達は友人だが、厳密には別陣営に属しており、共闘は有りうるが馴れ合いはあり得ない。

 手紙を見た瞬間政治に関わる話だと察し、ソフィーは無知な少女を演じた。

 生まれた時から人の上に立つことを前提に教育された彼女達だからこそ、可能な芸当である。


「惚けるではない、ソフィーにも届いておるのじゃろう、招待状じゃ」


 駆け引きをする理由もなかったリデアは単刀直入に本題へと切り込む。

 秘密裏に届けられた蝋で封じられた封筒。それは、統一国家からの円卓会談の招待であった。


「……ええ、届いているわ」


 溜め息を一つ吐き、ソフィーは芝居をやめた。


「豪胆よね、統一国家の新総統も」


「まったくじゃ。わしはともかく、ソフィーまで呼ぼうとはな」


 大国の姫であるリデアを打ち合わせもなしに呼び出す自体が大概無礼な行為だが、表舞台に出ていないソフィーまで招集するなど異例が過ぎる。

 ソフィーの潜在的な世界への影響力はリデアの比ではない。それを正しく理解している者はほとんどいないが。

 新総統は少なくとも理解している。力任せで大雑把な作戦の多いラスプーチンより、よほど厄介な相手だと彼女達は感じていた。


「それで、どうする?」


「退く理由はないわ」


「お、珍しく好戦的じゃの」


 その理由を理解しつつも茶化すリデア。


「非公式とはいえ、教国の大神殿を使った首脳会談……慣例に乗っ取った正規の申し出よ。私達に手を出せば多くを敵に回すわ、それをよしとする新党首じゃない、はず」


 新総統の性格に関しては憶測なので、若干自信のなさげな言い様になる。

 それでも危険は少ないと判断したのは、ひとえに教国という中立国家を介しているから。

 国土面積こそ大国に劣るが、世界中の信仰の中心地・教国。敵に回すにはあまりにも厄介だ。

 だからこそ、古来より首脳会談の地として利用されてきたのだ。

 もっとも、彼女達も油断などしていない。神の宝杖で共和国を乗っ取るような組織だ、なにをするかなど予想も出来ない。

 その神の宝杖の制御装置とて、教国から奪取されたのだ。統一国家の人員がどれだけ忍び込んでいるか、判ったものではない。


「じゃが危険が薄い以上は相手の顔を拝んでやらねば勿体無い、そういうことじゃな」


 首肯するソフィー。


「ここは、踏み込む時よ」


「同意件じゃ。逃げ回っていては事態は好転なぞしない、殴り込みじゃ」


 統一国家の誘いに乗ることに同意し、彼女達は頷き合った。


「さて、じゃが懸案事項はまだあるぞ」


「レーカ?」


「うむ、あれは戦術的に考える人間じゃからのう。戦闘には勝つが戦争には勝てないタイプじゃ、この件は噛ませない方がいいかもしれん」


「……そうね、余計なことをしそうだし、事後報告でいいかしら」


 除け者にされるリーダーであった。


「それに、戦術で戦略を覆す可能性も捨てきれんしなアレは」


「……うん、やっぱり事後報告でいいわ。でもどうやって教国まで移動する?私達だけじゃ、レーカも許可しないわ」


「大神殿の近くには温泉街のズィーベンがあったじゃろ、ソフィーが『温泉に行きたい』とおねだりすれば、レーカも落ちる、ではなく頷くはず」


 レーカだってそこまで能天気ではないはず、と内心思いつつも、同時にまあ何とかなるだろうと説得に関しては楽観するソフィーであった。

 実際言いくるめた。ちょろい。








「合流場所はここで宜しいのですか?」


「……マリア、その話し方やめて」


「滅相もございません。私めに、お嬢様に不敬を働けと?」


 慇懃無礼とは今のマリアのことを呼ぶのだろう、とソフィーは辟易した。

 首脳会談ともなれば、正装である以外にも様々な暗黙のルールがある。その一つが専属メイドを連れていくことだ。

 国外での、それも今回のような非公開な会談で暗殺毒殺などされれば堪ったものではない。だからこそ、その辺を監視するメイドが求められた。その名残、慣例的な見栄である。

 リデアは船にいる息のかかったメイドを連れ出したが、ソフィーには気の置けないメイドはマリアしかいない。いい顔はされないだろうと予想しつつもズィーベンに降りる前に声をかけ、案の定ぐちぐちと小言を言われているのであった。


「やはり、レーカには伝えておくべきでは?」


 もう何度目か判らないマリアの進言。


「何かがあってからでは遅いのです。責任者には話を通しておくべきでしょう」


「大丈夫よ、私達が戻ってこなければキョウコが伝えるように頼んであるのだし」


 ドレスに着替える際にキョウコを呼び出して非常時の伝言を依頼したのだ。まさか部屋に零夏が訪ねてくるなど想定外だったが。


「それに、レーカに教えたらどうなると思う?」


 問われ、マリアはレーカの行動パターンを予想する。


「……遠距離から護衛するのでしょうか」


 でしょうね、とソフィーは頷く。解析魔法を持つ零夏は視認さえしていれば詳細に状況を把握出来る。対峙する相手が暗器を持ってたなら一発で露見可能だ。


「問題はそれが統一国家側に、そして世間に露見した時よ。今の世界の均衡は極めて不安定な天秤の上に乗っかっている、レーカのようにシーソーの上でコサックダンスを踊るような人は遠ざけておきたいの。戦争再開のリスクを犯してまで私達を守る必要はないわ」


 身内にまでイレギュラー扱いされるレーカである。


「……では、貴女の身が危険に晒されたら?」


 さりげなくリデアのことは省くマリアであった。


「教国もその辺は弁えているわ。レーカなしでも護衛は付くでしょう、それも腕利きの」


「その通りです、可愛らしい姫君達」


 突然割り込んできたのは、美しいブロンドの青年だった。


「なんと美しい。可憐な花を雨風から守る任、必ずしや成し遂げてみせましょう」


「突然現れてなんじゃお主は」


「失礼しました。この度護衛を勤めさせていただきます、アルーネ・ユーティライネンです」


 優雅に最敬礼をするアルーネ。その後ろにはアルーネとよく似た少女が隠れている。


「ほら、お前も挨拶しなさい」


「エイノ・ユーティライネンよ。数時間の付き合いだもの、覚えなくていいわ」


「こら、エイノ!」


「だってお兄様っ」


 護衛として現れた兄妹に、若干の不安を覚える面々。


「……ソフィー、やっぱりレーカに連絡する?」


「い、いらないわ。教国が用意した護衛だもの、きっと腕はいいのよ」


 二人は彼らを知らなかったが、リデアは違う。


「ユーティライネン兄妹か、自由天士のシルバーウイングスじゃな。護衛としては妥当じゃろう」


 ユーティライネン兄妹は国家団体に属さないフリーランスの天士だ。教国のお抱えではなく金で雇われただけの関係だが、依頼した教国は、そしてリデアは彼らが契約書は守る実績ある天士であると知っていた。


「銀翼、この若さで?」


「ふふん、優秀なのよ」


 驚くソフィーに自慢げな顔をするエイノ。生憎彼女はソフィーもまた銀翼だと知らず、またソフィーも特に理由もないので明かす気もなかった。


「どうぞこちらに、大神殿までは船で移動します」


 アルーネの案内で連れてこられた場所にはグラスシップと呼ばれる小型級高速飛宙船が用意されていた。飛宙船の速度限界を維持しつつ、豪華な客室を備えた船だ。

 乗り込み離陸すると、飛宙船と戦闘機が随伴する。飛宙船の荷台には人型機が固定されておりアルーネが、戦闘機にはエイノが乗り込んでいる。


「人型機と戦闘機のコンビ、古典的な組み合わせね」


 最低限でも地上と空に戦力があれば戦術が大きく広がることから、この組み合わせでエレメントを組む天士は多い。

 しかしソフィーは違和感を覚えた。エイノの愛機も大概奇妙なデザインであったが、それ以上に操縦技術についてである。


「……普通」


 飛行機の操縦に精通した彼女だからこそ、一目で見抜ける。エイノ・ユーティライネンはパイロットとして飛びきり優れているわけではない。

 ならば彼らを銀翼たらしめているのは何なのだろう。そう思っていると、アルーネからクリスタル共振通信が入った。


『ところで、あの重戦艦は貴女方の母艦なのですよね』


 真下では丁度、スピリットオブアナスタシア号が停泊していた。


『外見に見会わぬ高速船と聞いていますが、どんな秘密があるのですか?』


「知らないわ。設計した人に聞いて」


 一通りの説明こそ受けたが、ソフィーには技術的なことなど判らない。

 スピリットオブアナスタシア号は真っ白な船体に大量の対空砲、そして後部には潜水艦のように大きなプロペラが二重反転で取り付けられたレイアウトだ。

 普通の中型、大型級飛宙船は全体にレシプロエンジンが分散して装着されている。これは動力源であるクリスタル一つにつき魔力式ジェットエンジン一つという構造上の制限から大型化が難しいこと、レシプロによる制御のしやすさ、複数のエンジンを備えることでの故障時の保守のしやすさ等々が理由だ。

 対して、アナスタシア号には大型のタービンを船内に一つ内蔵している。原理としてはターボプロップ、ジェットエンジンの回転軸をプロペラに機械的に接続しているのだ。

 問題は何を燃焼させているか。化石燃料の調達も難しいセルファークでは化学式エンジンの実用は困難だ。かといって、魔力式ジェットエンジンの大型化は不可能。

 零夏はこともあろうか核融合炉の安定稼働を成功させ、空気を熱膨張させタービンを回す術を開発したのだ。

 一般常識なので核分裂と核融合の違いが判らない人はいないと思うが、一応説明。

 端的に言えば、アインシュタインの思い付いた有名な公式、E = mc2である。原子に気合いを注入すると、質量がエネルギーに変化する。質量保存の法則に喧嘩を売った数式だ。

 ウランやプロトニウムを分裂させてエネルギーを得るのが核分裂。

 重水素などを融合させてエネルギーを得るのが核融合。

 やっていることは似ているが、核分裂は極めて不安定なのに対して核融合は極めて安定性が高い。

 むしろ、安定性が高過ぎて成立しない。なかなか恒常的に核融合していかないのだ。

 これこそ核融合発電が現在地球においても実用化されない理由である。地球に魔法があればサクッと色々難点をクリア出来るのだが、その恩恵に与れているのは現状零夏だけだ。


『あの船は特注で、その金額は船と同重量の黄金に匹敵する……巷ではそう噂されていますが』


「さすがにそれは間違い」


 否定しつつも、ソフィーは金額に関しては明言を避けた。彼女にとって船の調達費は頭の痛い話なのだ。

 なにせ、ソフィーが「経済バランスが崩れる」とまで称したエアバイクの利益をほとんど注ぎ込んだのだ。お嬢様の癖に貧乏臭い彼女にとってはとんでもない暴挙であった。

 そもそもなぜこれだけ特殊な船を用意したか、それは対ガイル戦を想定したものだ。

 零夏の最終目的はガイルをぶん殴ること。そうなると彼らの母艦、バルキリーをどうしても意識せざるを得ない。

 超音速で飛べるバルキリーと渡り合える母艦を作るのは不可能、零夏はそう判断する。母艦として運用可能な大きさの航空機を音速飛行させるには多くの実験と時間が必要なのだ。

 そこで、零夏はあえて重装甲の母艦を作ることにした。スピードで敵わないなら別方面で対抗すればいい、という発想から360度が複合装甲並みという鉄の塊のような船となったのだ。

 だが重ければ当然鈍重な船が出来上がる。浮遊装置の出力は大きく、浮上こそ可能だが通常のエンジンでは進めない事態が発生するのだ。

 しかし零夏としては、最低でも飛宙船としての最大船速を実現したかった。兵は神速を尊ぶ、有利なポジションに母艦をいち早く配置するのは極めて大きなアドバンテージとなる。

 故に、冬季の間に無理をしてまで大出力エンジンとして核融合炉を搭載するに至ったのだ。

 放射能のシールドには魔力も用いて複合的に行っているので漏れる心配はない、そもそも核融合は放射線をほとんど出さない。

 こうして出来上がったのが、重装甲にハリネズミのような対空砲、戦闘機や人型機を飲み込む格納庫に発進用蒸気カタパルト、おまけに船を前後に貫く固定式多薬室砲……ムカデ砲・衝撃波特化核弾頭まで搭載した、単独で生き残り勝利することを目指した船なのだ。

 勿論戦闘のみを考慮した船でもない。根無し草な零夏達は家が必要であり、居住性も気を遣っている。真水の大浴場があるのもその一環であり、戦艦としてはかなり珍しい設備だ。海上や空では、真水は貴重な物資だから。

 もっとも、設備を詰め込み過ぎたからこそ計画段階では中型級だった船が大型級になったりもしている。

 零夏の要望や必要な器材を詰め込んだ結果、300メートルの大型級飛宙船として完成した同艦。しかし大型級飛宙船とは本来、旅客機や輸送機としてガンガン回転率を上げてようやく利益を得られる船種なのである。

 母艦としては大き過ぎて、自由天士の所有艦には不向き。故に天士の保有する母艦は100メートルほどの中型級飛宙船が普通である。それで充分だ。

 よって、アナスタシア号の維持には高ランクの依頼を受け続けなければならない。それでも自転車操業なのが、最近のソフィーの悩みである。

 結果論として、難易度の高い依頼を優秀な天士達が次々と成功させる彼らは大きな名声を得ている。アルーネがスピリットオブアナスタシア号を知っていたのも世間に流れる風評からだった。

 余談だが、地球の大型原子力潜水艦には一艦種にだけプールが存在する船がある。前代未聞だ。


「レーカの住んでいたチキュウって世界では、カクユウゴウの船が沢山浮いているのよね」


「かもしれんのー」


 ※浮いていません。








 忘れ去られた制式名称はさておいて、教国は通称通りこの世界の唯一神セルファークを崇拝する者達の国家だ。

 度々会話する機会のある零夏やキョウコは神に対して幻想など抱いていないのだが、一般人からすればあくまで真っ当な神様。それを崇める教国もまた国土面積の割に世界への影響力は大きく、大戦時の混乱や近年の動乱にも関わらず一切の戦火を被らなかった。

 国家間の調停や同盟などもこの地で結ばれる、古来より中立であり続けた土地なのだ。


「つまりは世の中言ったもの勝ち、ということじゃな」


「口を慎みなさい、リデア」


 教国の総本山たる大神殿の門を潜りつつ、リデアの暴論にソフィーは眉を潜め注意する。


『だってこいつら、神と関係ないんじゃぞ?遠い先祖が名乗っているだけじゃぞ?』


(この人、脳に直接……)


 リデアの無駄に洗練された無駄のない無駄な魔法に、ソフィーは返事をする気にもなれない。


『セルフ・アークの真の使徒たるのはハイエルフだけじゃ。教国など勝手に神を崇める人間達が上下関係を決めて組織化しただけの存在じゃからな』


 虚無の上であろうと、巨大な思想組織は成立する。宗教など、妄想に隠し味の思想誘導を溶かし込んだ不出来なスープだ。


「信じる者は救われる、じゃ」


「都合のいい言葉よね」


「先程から、一体何のお話をされているのですか……?」


 断片的な会話をする二人に、怪訝そうな顔をするマリア。


「でも、ハイエルフって実際はどんな存在なの?」


 神殿内の廊下を歩きつつ、周囲に人影がないのをいいことにソフィーは訊ねる。


「キョウコは普段気楽に生活しているようにしか見えないわ」


「あの能天気っぷりは確かに見習いたいのう」


 聖女を扱き下ろす二人、神官がいないのをいいことに好き勝手だ。


「あの、こういう場所で滅多なことは言わない方がよろしいのでは……?」


 護衛で随伴と案内をするアルーネも苦笑いである。


「あれで苦悩しておると思うぞ、こんな土壇場で人間に恋してしまったのじゃからな」


「土壇場?そういえば……」


 ソフィーはキョウコの言葉を思い出す。


『……いえ、私にだって余裕も時間なんてありませんよ』


 それは、ハイエルフたる彼女には似合わない言葉であった。


「キョウコにとって近々なにか変化があるっていう意味?」


「ハイエルフは神の半身であり、目と耳じゃ。神といえど全知全能ではない、自我を持った部下が必要じゃったんだろうな」


「話を変えたわ」


 廊下の先から見えてきた大きな扉に、自然と気を引き締める。


「話はこれくらいにしようか」


「なら、最後に貴女の意見を訊いていい?」


 振り返り後ろ歩きをしつつソフィーは問う。


「キョウコは、信用出来ると思う?」


 それは即ち、有事の際に彼女は零夏とセルフどちらを取るか、ということ。


「さての、それはそれこそキョウコの覚悟次第じゃろ。ほれ、前を向け」


 扉の前に立ち、着衣を整え頷き会う。

 アルーネとエイノが扉を押すと、その先の部屋には大きな円卓があった。

 数々の王達が座り、多くの歴史が代わった円卓。その最奥、上座にその男はいた。

 男は笑みを浮かべ彼女達を招き入れる。


「よく来たな、姫達よ」


 男の顔を確認し、ソフィーは目を細める。


「……貴方だと思ったわ」


「ほう?なぜだね?」


「ラスプーチン死後の混乱、その最中でトップの座を掠めとるなんてよほど立ち回りが上手い人でなければ不可能だもの」


 歩み、堂々と少女達は男と対峙する。


「統一国家新総統―――ヨーゼフ」


「久しぶりだ、ソフィー嬢」


 ここに、ゼェーレスト村より始まった因縁は再び交わった。






 神の涙。世界最大の巨大クリスタルが飾られた大きな部屋にて、ヨーゼフは来客を歓迎する。


「さて、あと二人招待しているのだが……彼らが来る保証もないのでな、始めさせてもらおう」


「まずはお招きいただき感謝する。しとらんがな、よっこらせっと」


 断りもなく着席するリデアとソフィーに、ヨーゼフは眉を潜める。

 王達の円卓会談には多くのしきたりがある。着席一つでも動作や応酬は決まっており、ソフィーとリデアの両名がそれを知らないはずがない。

 ようは、「お前など王として扱う存在ではない」と言外に主張しているのだ。それをヨーゼフも理解しているし、そんなことが堪える男ではないとも彼女達は理解している。

 ヨーゼフとしてはせっかく今日の為に覚えた礼儀作法が無駄になった、という程度にしか思っていない。


「ここに円卓会談を開会する。各々方、杖を取って頂きたい」


「そういうのはいらないわ」


 開会の儀を行おうとしたヨーゼフをソフィーは切り捨てる。


「早くズィーベンに戻って、町を観光したいの。話があるならさっさと終わらせて」


「……ほう、芯の強さを得たな。結構だ」


 以前は怯え零夏の影に隠れるだけだったソフィーの変化に、喜色を浮かべるヨーゼフ。


「貴女は、やはり王女に相応しい。以前より、ずっと」


「……まだ私を王女に据えるつもりなの?その算段は破綻していると、いい加減気付いて欲しいものね」


 髪を弄りつつ冷淡に断じる。


「生まれ持った私の権限は私の意思でなければ執行出来ないわ、統一国家といえどお母様から受け継いだ人脈や各方面への交渉材料は把握していないでしょう?」


 世界最高峰のお姫様とはいえ、血を受け継いだだけの娘にはその能力は完全には発揮出来ない。

 ソフィーの立ち位置を完全に利用するには、アナスタシアに教わった様々な予備知識が必要なのだ。


「私を捕らえてお飾りしたところで、私自身の協力の意思がなければデメリットの方が多いわ」


「心を奪う魔法など、何百年前に発明されたものだろうな」


 力ずくで従わせる方法などいくらでもある。そう主張するヨーゼフだが、ソフィーはそれすら否定した。


「それでも尚、よ。損得勘定の出来る人間でしょ、貴方は。それこそそう、貴方自身がトップに立てばいいじゃない」


 ソフィーからすればその方がよほど効率的だった。だがヨーゼフの見解は異なる。


「確かに、権限という視点からだけであれば問題点の方が多い。だが、はたして民衆とは政治力だけで王を決めるものかな?」


「……人が信じるのは衣食住を満足させてくれる指導者よ。血で選ぶなんて時代錯誤だわ」


 思想は時に飢えを忘れさせ、飢えは時に思想を忘れさせる。

 どちらが間違っているわけでもない。どちらも正解なのだ。


「普段はなりを潜めていようと、人々は求めているのだよ。王の血を、そのカリスマを」


「貴方―――貴方の目的は、何?」


 ヨーゼフの最終目標は思想の定着などではない。そう看破したソフィーは、思わずそう問うた。


「統一国家はただの手段、その先に何を求めているの?」


「愚問だな」


 解りきっていることを訊くな、とヨーゼフは真っ直ぐソフィーを睨む。


「人類の幸福―――正しき世界の解放を」


「世界―――解放?」


 怪訝そうな彼女に、おや、と思うヨーゼフ。


「間に合わなければ多くの人民が死ぬ。来るべき世界の寿命に対し、人はあまりに無力だ」


 だがならば教えてやるのも一興。全てはそこに集約する、ソフィーはどの道運命から逃れられないのだから。


「最早痛みのない選択肢などないところまで来てしまった。私には自信がある、誰よりも正しい形で世界を解放することが出来ると」


 ソフィーはといえば、一年前に出会った魔王の言葉を思い出していた。世界が滅ぶと予言し、無責任に消え失せた小動物を。


「どういうことなの、世界の解放とは何?」


「貴女の父は娘に教えてはいなかったのだな」


「お父さん?」


 意外な名前が出てきたことで、ソフィーは更に混乱する。


「ガイルもまた、世界の寿命に挑む者だ。この世界を管理する唯一神セルフ・アークは……」


「はいたんまー、それ以上は言っちゃめーだし」


 能天気な幼子の声が部屋に響く。


「誰だっ!?」


 周囲を警戒するアルーネとエイノ、静かに攻撃呪文を唱えるリデア、口角を吊り上げるヨーゼフと呆れ顔のソフィー。

 彼女だけは声に覚えがあった。


「他に呼んでいた客人って、まさか……」


 この能天気で掴み所のない言葉遣いは、間違いない。


「どこにいるの、曲者!」


 叫ぶエイノ。


「ここだぜぃ、ここ、ゴッ!?」


 ガタンと円卓が揺れた。


「あー、頭ぶつけたー……たんこぶになったら統一国家に慰謝料払ってもらうんだからっ」


 もぞもぞと円卓のテーブルクロスの中から現れたのは、着物の黒髪少女。

 少女はいけぞんざいな態度で空席であった椅子に座る。これで空席はあと一つとなった。


「来ていただけるとは、光栄です。セルフ・アーク様」


 その場にいるソフィーとヨーゼフ以外の全員が絶句した。


「セルファーク、え、本物?神様?」


「ものほんだし。初めましての人はこんにちは!私はセルフ・アーク、この世界を統べる神様的な存在よ」


 クルリと回って優雅に礼。


「ちなみにサインは断ることにしているの。ごめんね」


「世界の寿命ってどういうこと?死ぬの、貴女?御愁傷様、さようなら」


「あ、あれ?ソフィーちゃんが冷たい?おこなの?ソフィーちゃんおこなの?」


「……知っているのよ、貴女がお母さんを見殺しにしたこと」


 未だかつてないほど鋭い眼光にてセルフを睨むソフィー。


「ちょっと、あれは仕方がなかったの。アナスタシアが死ななければガイルは狂わない、狂わなければガイルは世界解放の為に動かない。家族さえ守っていれば満足なパパで終わってた」


「それが、それがいけないことなの!?」


「なら、ソフィーならどうしていたの?一つの家庭を崩壊させることで世界に希望が生まれるなら、その結果がどうであれ―――」


 やれやれ、セルフは肩を竦める。


「―――とりあえず、やっとくでしょ?」


「…………!」


 声にならない叫び。ソフィーの小さな体は今にも円卓を乗り越えセルフに殴りかからんとしかねないレベルで怒りに震えていた。


「待て!」


 リデアは咄嗟にソフィーの手首を掴み制止するが、予想に反しソフィーはすぐに力なく項垂れた。


「ソフィー……?」


「……そうね、私でもそうする」


 自身の手を拘束するリデアの指を、そっとほどく。


「すべての可能性を考慮して手を打っておくのが指導者の役割なら、貴女のやったことは間違いじゃない。でも、それを正当化しないで」


「してないよ、だって、仕方がないでしょ」


「……いいわ、もう。この件はお預けよ」


 忘れるのではなくお預けなだけ。ソフィーはこの恨みを忘れるつもりはなかった。


「それよりどういうこと。世界は今、なにがおころうとしているの?」


「その問題に挑むことはそうそう許可出来ないの。だからハイエルフ達、キョウコにも口止めして情報を封鎖しているんだから」


 実をいえば、秘密に至った者は今まで多くいる。国家レベルで知れ渡ったこともあった。

 その結果は録なものではなかった。絶望する人々、解決の為に狂気に走る者達、それでも避け得ぬ滅亡。

 だからこそ、セルフはいつしかルールを決めていた。世界がこのような状況であるならば、むしろ現状の問題は秘匿した方がいい。その方が、解決の為に動く者達は行動しやすい。


「ならどうすれば許可が?それはヨーゼフにも降りているの?」


「ん、この世界の秘密に自力で気付いて。この世界がどうやって生まれたか、レーカならきっと気付く。それくらいじゃなきゃ、関わらないで」


 ちらりとソフィーがヨーゼフを見やれば、彼は両手の平を上に肩を竦めた。


「貴方は知っているのね、世界の秘密とやらを」


「どうやら教えるわけにはいかないようだがな。そもそも、自力で気付くとはどのような定義だ?私は部下に調査させた結果気付いたぞ、個人ではない」


「それは、えーと、知るかー!」


 逆ギレである。


「適当よ適当、そんなのなんとなくでいいの!大体アンタなに、私を呼び出すなんていい度胸ね!」


「申し訳ございません、セルフ・アーク様」


「ふんっ」


 鼻を鳴らすも、セルフはヨーゼフを高く評価している。神の本名を知っている者は多くはいない。


「ですが私なら、より完璧に世界の解放を成し遂げてみせましょう」


「ラスプーチンみたいな小物とは違うってわけ」


 逆に、ラスプーチンの評価は低い。利用価値はあるものとして放置していたものの、人間は殺すし世界の秘密にも気付かず自らの王国を築くことに夢中であるし、まさしく論外であった。


「でも、こんな早い段階でのラスプーチンの脱落は予想外だったね。貴方にとってもそうであったろうし、ガイルにとっても、私にすら」


「まったくです。仮にも前時代、世界を裏から操った男を正面から打ち破るとは」


 唐突に発生したゼクストでの戦闘、その結末は誰にとっても予想外だった。零夏は死亡こそ回避すると践んでいたものの、ラスプーチンから逃走する以上は不可能と予測していたのである。


「貴方に期待する気にはなれないわ。本命ガイル、対抗レーカ。単穴リデアで、ヨーゼフはせーぜー大穴」


「未だ秘密に達していない彼に大きな期待をしているのですな」


「マイブームなの」


「奇遇ですね、私もです。彼は何時だって予想を覆す」


 くつくつと嫌らしく笑う二人を……否、ヨーゼフをリデアは畏怖の目で見た。

 ソフィーはそんな彼女にちらりと視線を向ける。


「面白くないわ」


「む、なんのことかさっぱりじゃ」


 リデアも世界の秘密とやらを知っている。ソフィーとしては、実に面白くなかった。


「貴女は貴女で何を企んでいるの?」


「企むなど人聞きの悪い。わしはか弱い乙女なのでな、ガイルのような化け物に対抗する力がない。慎重な行動は必須なのじゃ」


「本当に?」


 虚言など許さない、ソフィーの目はそう言っていた。

 思わず息を飲むリデア。目の前にいるのは常日頃の内向的な少女ではなく、歴代帝国を統べてきた正当な王家の血筋の女王だった。


(……やはり、わしのようなお飾りとは違うということか)


 リデアは分家の血筋、真の王家が断絶したが故に玉座に収まったに過ぎない。

 そのことに思うところなどない、自身や父は王族として及第点だと自己評価している。だがそれでも、白き髪の一族にはどうも逆らい難いものを感じるのだ。


「どうだ、リデア姫?貴女は今本能で理解したはずだ、彼女こそ王に相応しいと」


「……うるさいわい。ソフィーや、レーカはわしを信じて一任してくれると確約したぞ。いざという時はわしの指示に従うことを含めてな」


 ゼクストでの滞在中、レジスタンスのアジトにてその件は確認済み。零夏も納得している話なのだ。


「私はレーカほど能天気でもお人好しでもないの。そんな約束をした覚えもないし、する気もない」


 臆病者ほど案外他者に積極的なのかもしれない、リデアはそう思えた。


「この件は後じゃ。少なくとも、ヨーゼフに聞かせる話ではあるまい?」


「逃げないでね」


「逃げ場などないわい」


「っていうか、さ」


 セルフが口を挟んだ。


「なんだか話が脇道に逸れて爆走しているけど、そもそも何の集会なの?」


 視線が円卓会談主催のヨーゼフに集まる。


「世界解放に触れない案件となれば、あとは国家間のことについてです」


「なにそれ、キョーミナイ」


 セルフは躊躇いなくぶったぎった。


「私、先にあがりまーす」


 足元に魔法陣が浮かび、大神殿の断絶結界を容易に突破しセルフは消える。侵入も同様の手口だったのだろう。


「やれやれ、自由なお方だ。とはいえセルフ様は世界の全てを見渡す能力がある、この場も引き続き傍聴しているのだろうな」


 全てを見渡す能力を持ちつつセルフがハイエルフという目と耳を必要とするのは矛盾に聞こえるが、そうではない。

 セルフの意識は一つだけ。人間より広い感覚を持つも、全てを認識・処理出来るわけではない。

 いわばモニタールームに複数人で詰めるようなもの、より広く世界を観察する為に多くの人員を必要としたのである。


「つまらん世間話は付き合わないぞ。帝国に何の用じゃ、休戦ではなく終戦する気になったのか?」


「終戦?その内再開するつもりなのだ、ここは休戦に留めておうではないか」


「っ、いけしゃあしゃあと……」


流石に面食らうリデアだが、すぐに持ち直す。


「させると思うのか?こちらは既にカクダントウの量産を開始している、神の宝杖など時代遅れの戦略兵器はもう通じんぞ」


 ハッタリである。零夏は核弾頭の技術を帝国に提供していない。

 零夏は結局、核技術を他者に渡さないことにした。知識を与えた結果綺麗な原爆(純粋核融合爆弾)ではなく汚い原爆(核分裂爆弾)が製造、使用されては堪ったものではない。


「ふむ。確かにあれは凄まじい。だが実を言えば、私はそもそも正面切っての戦いは不得手でな」


「何が実を言えば、じゃ」


 ヨーゼフに代替わりしたことで図られた統一国家の態度の柔和化は、必ずしも帝国の利とはならなかった。

 狂気の思想を抱く解りやすすぎる悪役は、表向きただの侵略者となった。

 その上大義名分は「大国同士を一つの姿に戻し、恒久的な平和を実現する」という、10年前に大戦を経験したこの世界の住人にとっては夢にも見た未来。

 勿論、だからといって侵略されることを是とする者は帝国においても極少数派だが、徹底抗戦を望む者達もまた帝国王に苛立っている。

 散々侵攻され、幾つも国境を破られ砦を奪われ、その上での休戦。帝国からすれば奪われた物は多く、得たものは一切存在しない。だというのに、ハダカーノ王はダンマリである。

 カクダントウと神の宝杖、戦略兵器を互いに向け合った冷戦下では迂闊な軍事行動は行えず慎重な行動を求められる。そんな帝国軍は、一般人には弱腰にしか見えないのだ。

 結果、帝国の世論は右も左も現国王ハダカーノを糾弾するようになった。

 王政国家といえど国民の支持なしに国は成り立ちはしない。帝国内は徐々にきな臭くなり、遂にはハダカーノは玉座を退くべき、という声まで出る始末であった。

 何を隠そう、世間をそう誘導したのはヨーゼフなのである。


「故に、もう少し臆病にやらせてもらう」


 武力による統一から搦め手による統一。これ程までの大きな方針変更を行えたのは、ヨーゼフが権限を掌握してすぐにあることを行ったからだ

 ―――大粛清。ラスプーチン派の騎士団員を、殺して殺して殺し尽くした。

 ヨーゼフの意思力、目的意識は半端ではない。これなら狂人のほうがまだ御しやすいだろう、それはソフィーとリデアの共通認識である。


「少し時期が開いたが、この件はやはりうやむやにすべきではないと思ってな」


 ヨーゼフが指を鳴らすと、一人のメイドがリデアに歩み寄り盆を差し出す。

 銀のお盆の上には封書。それを引ったくり開封するリデア。

 開いた紙によって、ヨーゼフからは彼女の顔は判らない。ただ、その紙を持つ手は震えていた。


「ご覧の通り、我々統一国家は帝国に抗議させて頂く。我が国に巣くう『不穏分子』に助力した件、どう落とし前を付けるのだ?」


 正義は人それぞれに存在する。そう言えばそれらしいものの、統一国家、ヨーゼフは自身を正義などと思っているはずがない。彼の立場からしてもレジスタンスを不穏分子呼ばわりするのは割と言い掛かりだ。

 だが、他国が地下組織をバックアップするのはあまりに非常識であった。それでも水面下で行うか統一国家に勝利するかならばともかく、結果は痛み分け、新型機の配備妨害に成功したのみ。

 帝国からすれば、この介入は割に合わない行為であった。

 こんな結末が解りきっているならば最初からやらない。ヨーゼフであればそう判断するし、この件は彼のリデアに対する評価を下げる一因にすらなっていた。

 外部からの情報工作とハダカーノ王の煮えたぎらない態度に混迷する帝国。

 ヨーゼフという優秀な指導者を得て力を増す統一国家。

 帝国の落日は、誰の目から見ても明らかだった。


「く、くっ」


 だからこそ、リデアが抗議文の下で壮絶に笑っていたのは彼にとって予想外であった。


「抗議したな?出してしまったな?そちらから、統一国家から」


「何を?」


「ならば以下の内容を以て帝国の謝罪としよう」


 あまりに早い返答。ヨーゼフは、自分の工作が誘導されたものだと察する。

 リデアにとってはこの抗議、いやレジスタンスとの繋がりが露見することまでもが全て計算内だったのだ。

 そして、彼女の言葉はヨーゼフを更に驚愕させる。


「わしは、王女としての身分を返上する」


「なっ!王族の名を捨てるというのか……!?それにどのような意味が、まさかっ!」


 ヨーゼフの中でバラバラだったピースが合わさり、その意図に気付く。


「そういうことか。レジスタンスを援助し、白鋼すら配下として従わせる……身分を捨てて巨悪と戦うことを選んだ姫君。民衆受けしそうな偶像、いやアイドルだな」


「まぁ、歌姫なのでな。人気を集めるのは得意なのじゃ」


 全ては世界全てを味方に抱き込む為の采配。巨悪に挑む可憐な姫を、彼女は自らプロデュースしたのだ。


「だがそれだけでは足りない、支持は集まるが権力を引き換えに失うこととなる。……いや、それも違う」


 ヨーゼフは、ハダカーノ王とリデアが親子だということを今更ながら思い出した。


 これが予定調和であれば、リデアはなにも失っていない。王と民間運動家という両面にそれぞれを配置するだけであり、表向き決別し裏で繋がりを保てばいいのだ。


「とんだ娘を持ったな、ハダカーノ王は。帝国政府へのバッシングを全て父親に受け持たせる気か」


「なにを言っておるのじゃ?わしはただのリデア、父親などおらん。だが我が名を呼びたいのならば、こう呼ぶとよい」


 してやったり、とこの場の勝利を確信した者特有の自信をたぎらせ、リデアはヨーゼフに名乗りを上げる。


「―――革命家リデア、と!」






 出家することで責任回避と行動範囲の向上を同時に成し遂げたリデア。国家に所属していてはしがらみに捕らわれ行いにくいことであっても、個人だと言い張れば言い逃れが出来る。そしてその為の拠点と兵力(零夏達)すら手にしている彼女は、ヨーゼフにとって間違いなく厄介であった。


「……判らない」


 ヨーゼフは唸る。


「貴女の目的はどこにあるのだ、リデア姫」


「もう姫ではないと言っておろう」


 目的を問われ、数瞬逡巡したリデアは答える。


「国を守ること、そしてそれ以上に―――この世界のくだらない延命を終えること、かの」


「なるほど」


「もっとも、わしは理想的な形であろうとなかろうと大差ないがの。例え最悪の結末であろうと、世界の解放を成し遂げる。この生きているのだか死んでいるのだかはっきりしないぬるま湯は健全とは言えぬ」


「世の中、健全なだけでは動かなかろう」


「ならば言い換えるか?今の状態は『気色悪い』と」


 あまりに自分本意な感想に苦笑しつつも、同じ感情を抱いてもいたヨーゼフは頷く。


「狙いは結局、ガイルということか。だが術式は我々の物だ、君のやり方では『足りない』」


 ヨーゼフの目的は、自身とはまた異なる。リデアはそれを察した。


「ならば、その時が来るまで当面の目的ははっきりしておる」


 じっと見つめ合う両名は、同時に口にした。


『―――戦争だ』








 喧嘩別れの形でお開きの流れとなった円卓会談、立ち去ろうとしたソフィーにヨーゼフは最後の用件を伝えた。


「ああそうだ、忘れていた。姫にならないかね、ソフィー嬢」


「……駄目元で誘うにしてもお粗末じゃないかしら?」


「しらばっくれる必要はないぞ、聡明な君なら気付いているだろう。自身の運命に」


「…………。」


「二つ国があればいつかは争う、大国となれば大戦となる。当然のことだ」


「関係、ない。私は―――」


「君は必ず、いつか姫となる。そういう星の下に生まれたのだ」


 言いたいことを言い満足げなヨーゼフに対し、ソフィーの顔色は優れない。

 彼女がいつの頃からか気付いてしまった、それをヨーゼフは看破してしまったのだ。

 それはソフィーにとって不愉快なものであった。彼女の望みは家族と共にあることだけ、それは望みとは反するもの。

 だが、その望みを託したのも―――


「……リデア」


「ん?」


 帰りの船内。頬杖をつくソフィーは窓の外を眺めるままにリデアに問う。


「つまりは、私達になにをさせたいのよ」


「―――強くなれ。ガイルを倒さねば、何も始まらん」


「嫌な人ね」


 零夏に対する「嫌な人ね」はあまり意地悪しないで、といじらしい甘えたニュアンスを含むが、リデアに対する「嫌な人ね」は文面通りのマジである。

 ズィーベンに入港し、アルーネのエスコートを受け地面に降り立つ。


「我々の任務はここまでです。ご要望とあらば宿までお送りしますが、如何しますか?」


「いらないわ、ここまで来れば危険は少ないし」


「では、失礼します」


 アルーネが一礼すると、エイノも戦闘機のコックピットから降りる。


「報酬は後で教国から振り込まれる手筈よね、せっかくだし温泉に行きましょうお兄様」


「そうだね、今日はもう休もうか」


 5人は同じ方向へ歩く。


「……護衛はいらない、と言ったはずよ?」


「いえ、私達兄妹のとった宿もこちらなので」


 同じ宿であった。若干脱力する面々。

 そこに、人々の間を駆け抜ける少女が現れた。


「あーっ、遅刻遅刻ーっ!」


 何を急いでいるのだろうか、と彼らは少し気になったものの、そのまま足を進め―――


「急がないと、円卓会談に遅れちゃうのダワー!」


 ―――揃って、ずっこけた。








「どうしてこうなったのじゃ」


「私に訊かないで」


 ぐったりとしたソフィーとリデア、彼女らは現在茶屋にいる。

 慌ててドレスから私服に着替えて走ってきたというのに、待ち合わせしていたはずの少女は不在。脱力するというものである。

 円卓会談に遅刻すると慌てていた少女。そもそも遅刻どころか無断欠席完遂済なのだが、それはいいとして。


「貴女、何者?」


 警戒しつつ誰何するソフィーに、少女はこう返す。


「お姉ちゃん、お腹すいた!」


「えっ」


 予想外であった。


「お主まさか……」


「リデア、お腹すいた!」


「えっ」


 いきなり呼び捨てであった。


「……場所を移して話さないかしら?」


「お腹すいた!ぜんざい食べたい!」


「……そこの茶屋で待ってなさい、私達は着替えてくるから」


 要約だが、だいたいこんな展開である。

 しかも時間がなく、護衛を用意出来ていない。ユーティライネン兄妹にその場で依頼したものの、白兵戦能力に乏しいことを理由に断られた。

 護衛なしでのぶっつけ会食など、完全に下策。

 彼女達にとって、実に敗北感溢れる相手のペースに流されるがままの交渉であった。


「で、肝心のあの子がいないし」


 先に茶屋に向かったはずなのに、どこにも少女の姿はない。


「そういえば、マリアはどうしたのじゃ?」


「宿に置いてきたわよ」


 戦闘能力のないメイドを連れてきても危険が増すだけと判断、宿で解散したのだ。

 それに難色を示すマリアではない。自分が戦力外だとは理解している。

 二人が茶屋に向かうこと自体は盛大に反対したが。せめてレーカを見付けてから、と進言するもいないものはいないのだ。


「時間がなかったとはいえ、戦力がリデアだけなんて」


「あの小娘、無邪気なようでペースを掴むタイプじゃ。さすがに厄介じゃぞ」


「今って監視の目は?」


「……ないのう」


 解析魔法なしでも、リデアならば周囲空間に潜む密偵のチェックは出来る。中級魔法だ。


「なら今のうちにお話しましょう。貴女の企みについて」


『貴女は貴女で何を企んでいるの?』というソフィーの質問に、リデアは『ガイルのような化け物に対抗する力がない。慎重な行動は必須なのじゃ』と茶を濁す返答をした。


 ソフィーはそんな取って付けた理由では納得出来ない。せめて、言わないなら言わない理由を教えてほしいのだ。


「む、いや……やはり、明かす気にはなれんな」


「何故?」


「……最初はレーカのことを信用出来なかったから、じゃ」


 躊躇いつつも、はっきりと告白する。

 それはソフィーにも覚えがあった。帝国の城で初めて会った頃、リデアはレーカに強い警戒心を抱いていたのだ。

 しかしそれも、時間の経過と共に緩和されていった。ソフィーの見ていた限り、零夏とリデアはそれなりに良好な友人関係だ。

 零夏の裏を持てない性格にほだされた、ともいう。


「最近は、レーカが恐ろしくなった」


「恐ろしく……?」


 ソフィーには、零夏のことが恐ろしい、という感覚が解らない。彼は彼女にとって絶対的な味方であり、それが覆ることはありえない。

 仮に零夏が統一国家に与することを選択するなら、ソフィーもそれに倣う。軽く依存に達した信頼関係なのだ。


「この会談に連れてこなかった理由と同じじゃよ、あの男はなにをしでかすか判らん」


「あー」


 それでも、つい共感してしまうソフィーである。


「それをはっきりと理解したのが、あのカクダントウという兵器じゃ。必要じゃった、実に都合が良かった。じゃがなんだあの威力は、まともに着弾すれば首都が滅ぶだと?馬鹿げているッ!」


 戦略兵器、魔法なら神術級の威力を持つ攻撃など人間が容易く生み出せる物ではない。だからこそ神の宝杖は古より世界を左右した兵器であったのだし、勿論多くの学者がそれを再現しようとして失敗してきたのだ。

 それを、たった一冬。地球の知識があったとはいえ、零夏は極短期間で世界の常識を超越してしまったのだ。


「勘弁してくれ。わしだって恐ろしいのじゃ。この命は一つしかない、それをチップにして笑っていられるほどわしは強くはない」


 だからこそ、リデアにとってヨーゼフは脅威であり恐怖だった。その危うさを知りつつも零夏の存在を面白がることの出来る彼を。


「レーカはたぶん、わしにとっての希望じゃ。じゃがわしはそこまでレーカを信じることが出来ん。レーカが世界の秘密を知って何を思い何をするのか、その変化が恐ろしいのじゃ」


 それが、リデアの偽らざる本音だった。

 ソフィーも一応の納得を示す。


「理解はしたわ。でも、黙っていたせいで知らない間に世界の解放とやらが終わっちゃうような事態は勘弁してね」


「解っているさ。なに、レーカは遅かれ早かれ気付く。明日かもしれんし、十年後かもしれんがな」


 もっとも、リデアは世界があと10年も保てないと予想しているが。


「それに、仮にそうだったとしても。レーカがわしの希望であったとしても、『どうやって』という疑問が残る」


「どういう意味?」


「……駄目元で訊いておくが、お主の母が残した魔法を知らんか?」


「魔法って?」


 キョトンとした顔に、やはりかと落胆するリデア。


「この世界のどこかに、アナスタシアが残した巨大な魔法陣があるはずなのじゃ。わしはそれを探している」


「……ごめんなさい、心当たりはないわ」


「そうじゃろうな、判っておる。この件は忘れよう。ずっと探しているのに見つからないのだ、よほど巧妙に隠されているに違いない」


 話を切り上げ、リデアは立ち上がる。


「リデア?」


 ソフィーが不思議そうに名を呼べば、彼女は真摯な眼差しで一言。


「―――トイレ行ってくる」


「……お花を摘みに、って言いなさい。そんなのだからオッサンくさいって言われるのよ」


「落ち着いたらなんだか尿意がのう、って、そんな無礼なことを言うのはレーカくらいじゃ」


「私も行くわ」


 連れションは世界を越えた女子の文化である。

 たまたま廊下に近かったソフィーが襖を引く。

 零夏がキョウコの頬にキスしていた。


「えっ……」


 ソフィーの呟きに、零夏が気付き目が合う。


「えー」


「えー」


「えー」


 とりあえず混乱し逃走を図ったソフィーだが、瞬発力で零夏に敵うはずもなくあっという間に捕まった。





 本来は謎の少女―――ファルネに探りを入れるために用意された場であったが、ソフィーと零夏が修羅場になってしまったが為にリデアだけで挑むこととなった。

 実を言えば、リデアはファルネの正体を知っている。


「ファルネ・マグダネル―――相も変わらずミーハーだの、面白そうなイベントに食い付いたか?」


「久しぶりだわネ、リデア。元気だっタ?」


 痴話喧嘩をする二人を尻目に、彼女達は睨み合う。


「文通はまだ続けているの?頑張るねーホント」


「そろそろやめにしたいのだがな。お主からガイルに伝えてくれんか?『いい加減にしろ』っての」


「ムリムリ、あれはもう狂っているノ。人の話なんて聞かないカシラ」


 笑って手を横に振るファルネ。


「で?統一国家の新総統が開催した円卓会談、何を話したの?ってかあんな男いたんダネ」


「自分で確認しろ、遅刻したのはお主の自己責任じゃ。むざむざ敵対組織の人間に情報を与えるものか」


「そもそも、私達に招待状送り付けられるって時点でドウナッテンノ?自力でカリバーン見付けたってこと?」


「知るか」


 有能な男が紅蓮のような巨大組織を得ればどうなるか、その一例だとリデアは考える。なまじガイルのように予備知識がないからこそ、次の行動が予想出来ず厄介なのだ。


「ま、それで私を寄越すあたり、ガイルもやる気ないっぽいケドネー」


「やれやれ、なんでわしの代でこんなことに」


「貴女は甘いんじゃないカシラ?」


 ふと、ファルネの目に軽蔑の色が混ざった。


「一国の姫程度の影響力では世界は変わらない、迫るこの世の終わりに大して有効な対処法もない。そもそもあなたはひたすら情報を収集するだけ。やる気ないんじゃない?」


「わしは人間やめる気はないのじゃ。人として世界を変えてみせる」


「どんな顔をしているのかしらね?世界の最期の瞬間に、貴女は」


 つい、とファルネはリデアに迫る。


「恐いんでしょう、孤独が。だから次の代に丸投げする。無責任じゃナイ?」


「生憎、わしは孤独ではない。どこぞの餓鬼とは違ってな」


 リデアの切り返しは、ファルネに間違いなく苛立ちを覚えさせた。


「元よりお主らのやり方は破綻しておる。諦めろ、いい加減」


「私に言わないでチョウダイ。なんなら取り次ぎするワ、ガイルを説得する自信アル?」


「……ない、の」


 そもそも今まで、言葉での説得を試みたことが皆無ないわけではないのだ。その結果が現状である。


「私もいい加減、変化を望んでいるのよネ。イレギュラーは興味深イワ」


「……ふん、いいじゃろう。監視したければするがよい」


 投げやりな返事だが、零夏に興味を持っているという点では共通認識であった。少なくとも現状この二人が敵対する必要はない。

 ふと見れば、零夏がファルネを見ていた。

 警戒されていると察したファルネは、とりあえず自身がここにいる理由をはっきりとさせておく。


「悪の組織にだって休日はあるワ」


 会談をすっぽかした以上、これ以上はあくまで余暇。温泉に入りたいだけだ。


「悪の組織?」


 首を傾げるソフィー。


「悪の組織に休日とか労災保証ってあるの?」


 ずれたソフィーの言葉に、リデアは思わず脱力した。








「のう、レーカよ」


「ん?」


 夕食を終え温泉へ向かう一同。和気藹々と進む女性陣から離れて、リデアは零夏に話し掛ける。


「……統一国家も、実のところは感付いておる。帝国にカクダントウとやらがないことをな」


 リデアはじっと零夏を見る。


「なあ、本当にあの核という兵器の技術を我々に渡す気はないのか?正直言って、たった一人が技術を独占しているというのもまったくもって健全とは言い難い状況じゃぞ」


「駄目だ。絶対だ」


 この世界にはアインシュタイン博士はおらず、質量をエネルギーに変換する公式もない。

 いつかは気付くかもしれない。だがしかし、現状この世界の人々が自力で核技術に行き着く様子はない。

 衝撃波特化型核弾頭はただの強力な爆弾だが、ウランから手軽に核爆弾を作ろうと思えばそれだけではすまない。それをリデアは知らない。

 故に、到底技術提供する気にはなれなかった。


「互いに一撃必殺を持っているのに、それでも戦おうとする勢力がいるのはやっぱり……実体験として知らないからなんだろうな」


 神の宝杖は古来より存在を隠され、核弾頭も公にはされていない。

 この世界の住人は知らない。この世には世界を殺す猛毒の塗られたナイフが存在することを。

 リデアは溜め息を吐く。


「胃が痛いのー、せっかくの温泉なのに」


「すまない」


「いや、いい。温泉に入ればマシになるじゃろ。……効能とかはあるのかのう?」


 離れていったリデアに、申し訳なさを覚える零夏であった。


「せめて美しい女性を見て目の保養でもするか」


 他の少女逹にひけをとらない幼い容姿のマキさんだが、人妻はやはり一味違うと頷く零夏。


「うむ、これはいいものだ」


「何をさっきから頷いているんだね、君は」






 カポーン。


「そういえば、レーカに報告しとらんかったのー」


「そうねー」


「まー、明日でもいいかのー」


「そうねー」


 間延びした声で会話しているのは、女湯に浸かり絶妙な湯加減に蕩けているソフィーとリデアである。

 まさかまさかの展開。零夏とファルネが馴れ合い出してしまい、彼女達は色々とどうでもよくなってしまった。

 どうせファルネはガイルの現在位置について口を割らず、リデアもソフィーに教える気はない。それに彼女も納得している以上は、この話は終いである。

 面倒事は全て過去、後は日頃の疲れを癒すだけ。

 そもそも移動生活から船旅生活に変化したことで、旅は随分と楽になっているのだが。


「疲れたー」


「じゃのー」


 度重なるイベントに、垂れぎみの二人であった。


「温泉のせいじゃー。温泉のせいでやる気が出んのじゃー」


「そうね、温泉が悪いのよー」


 ぱしっ、ぱしっ、と水面を叩くソフィー。眠たげな彼女達は少し沈んでいる。


「溺れるわよ。蕩けるのはいいけれど、温泉に溶け出す勢いだわ」


 呆れるマリアが忠告するも、声が届いている様子はない。


「解毒されていきますねぇ」


 しみじみと訳の判らない台詞を口にするキョウコ。温泉、ないし硫黄には解毒効果があるという説があるものの迷信の域は脱していない。毒に侵された場合は素直に解毒剤を飲もう。


「見てください、お肌もつるつるです」


「気のせいよ」


 キョウコの喜びをぶった切るマリア。


「そう簡単に体質に影響があるわけないじゃない」


「それはそうなのですが、ほら、プラシーボ効果って言葉もありますし」


 プラシーボ効果とは一言で説明すれば、思い込みによる治癒効果のことだ。案外馬鹿に出来ないほどの効力を秘めており、人間の体が如何にいい加減かを表している。


「そもそも貴女は歳をとらないじゃない。400年前からツルツルだったんでしょ」


「ちょ、触らないでっ」


 同性とはいえ体をぺたぺたを触らては堪ったものではない。広くもない浴槽を二人は追いかけっこする。


「やっぱり貴女、余裕綽々じゃない!」


「何の話ですか!?」


「私やソフィーが歳をとっても、貴女だけはレーカを誘惑するチャンスが何十年もあるわ!ずるい!」


「十代前半から焦ることではないでしょう!」


 キザ男とは違い四肢に石鹸コーティングをしていなかったマリアは、あっさりキョウコに手首を掴まれ押さえ付けられる。


「くっ、マリアの肌だって艶々ではないですか。若いって素晴らしい」


 手の平に感じる、水を弾く決め細やかな肌。キョウコとて劣っているわけではないが、生命力が違うように彼女には思えた。


「……気に食わないのよ。その『私には幾らでも時間がある』って余裕は」


「だったら私だって気に食わないことがあります。私の前でレーカといちゃいちゃしないで下さい」


「キョウコだって、平気でレーカに甘えているじゃない」


「それでも、私は『恋人』ではありません」


 キョウコは目の前の自分より豊満な肉体を恨ましげに睨む。


「15歳、産まれてたった15歳でこれ、ううっ……」


「な、なんで泣くのよ!?話、露骨に替わったわよ!?」


 キョウコとしては子供の駄々に付き合っていただけ。むしろ、眼前に晒された肉体があまりに目に毒だった。


「成長の可能性がある人間はだまらっしゃい!」


 惨めな嫉妬である。ハイエルフのキョウコに、これ以上の変化は望めない。


「レーカさんはかつて仰いました。『大きな胸には夢が詰まっている。小さな胸には未来への希望と明日が詰まっている』と」


 この発言の場にはマリアもいたが、くだらな過ぎて覚えていなかった。

 ですが、とキョウコは自分の胸に触れる。


「未来なんて詰まってねーよ、ちくしょー」


 やさぐれキョウコであった。

 ポロポロと溢れる涙。零夏に見せた脆く儚い涙ではなく、バカ丸出しの悔し涙だ。


「老いることも変化なのですよ、羨ましい!私は、このまま死ぬんです!どうですか、それでも羨ましいですかっ」


 支離滅裂なキョウコの主張、だがマリアは彼女が不憫だと感じてしまった。

 キョウコにとっては、誰かと共に老いることは権利なのだ。どう足掻いても手に入らない、得難い夢。


「……悪かったわよ」


「いえ、こちらこそ」


「ちょっと、暴れないでよね。貸し切りではないのよ」


 エイノがやってきて、マリアとキョウコは頭を下げた。


「あら、さっきのメイドじゃない。それにお姫様達も、案外無防備なのね」


「意外と警戒しているみたいよ、これで」


 気の抜けきった様子で半分沈んでいるソフィーとリデアは、とても周囲に気を払っているようには見えない。

 エイノは祈るように両手の指を組み、握ることで水を飛ばしリデアに放った。

 着弾直前、空中で弾かれる水鉄砲。


「常時展開障壁魔法?魔導姫といえど、24時間使い続けるのは無理なはず」


「常時展開しているのは探知魔法だけじゃ、感知してからピンポイントで展開しているに過ぎん……ぶはっ、ちょっとお湯飲んでしもうたわっ」


 いよいよ本格的に水没していたリデアは、ほぼ寝言で返事をして結果噎せた。


「詳しいのね、私達に」


「天士だもの、情報収集は基本。それに航空事務所ホワイトスティールは有名よ」


 統一国家に真っ向から喧嘩を売る天士集団。そしてそれを成し得るだけの実力。高性能な機体と銀翼の天士を幾人も抱え、奇妙な高性能戦艦を駈り世界中を縦横無尽に巡る。それが零夏達の一般人による見解だ。

 やろうと思えば統一国家をいつでも殲滅出来るのでは、とすら噂されている。だからこそ統一国家も容易に手出し出来ないのでは、と。

 案外間違っていない。犠牲を考慮せず短期決戦に持ち込めば、事実彼らは一つの国を滅ぼせる。


「もっとも、あっちの子は知らないけどね」


 エイノがちらりと見やる先には、会話に混ざろうかどうかとチラチラ窺う少女がいた。


「……お、おっす、カシラ」


 ファルネである。ソフィーと話す機会を窺い、温泉にて待機していたのだ。

 だがそのソフィーは完全にOFFモード。なんとも話しかけにくかった。

 そのソフィーもまた、ファルネの視線に気付く。


「なーに?」


「え、えーと、初めまして?」


「……いまさら?」


 小首を傾げるソフィー。


「こんな時じゃないと、ゆっくり話す機会はないと思うノ」


 敵対組織である以上は簡単には会えない。故に、ファルネは一同に接触したのだ。


「何を話すの?」


 それなりに話術の心得もあるソフィーだが、面倒くさいので流れはファルネに丸投げ。思考回路はお豆腐状態である。


「色々あるジャナイ、好きなもの、嫌いなもの、えとくえとく……」


「会得?」


 , etc. の意である。正しくはエトセトラと読む。


「さあドウゾッ!」


「好きなものはヒミツ。嫌いなものはムカデ。以上」


 適当だった。


「お姉ちゃんつれない!じゃあ、じゃあ、シリトリ!」


「燐」


「…………。」


 原子番号15番。原子記号はP。何気に人体の中で二番目に多い元素である。


「私、そろそろ上が……」


「じゃじゃじゃーん、次の質問、どーン!」


 ソフィーは逃げ出した。しかし回り込まれてしまった。


「えーと、えーと、昔のガイルってどんなの?」


 これが本命だったのだな、とソフィーのノンレム睡眠に片足突っ込んだ頭でも理解した。


「お父さん……どんな人だったかな」


「覚えてないノ?」


「覚えているわ。はっきりと」


 ソフィーはファルネに向き直る。


「私がどんな人か、訊かれて答えられる?」


「好きなものはお兄ちゃん、嫌いなものはムカデな女のコ」


 好き嫌いが若干補完修正されていた。あながち質問された際に思い浮かんだ回答と差がなかった為、ソフィーはスルーを選ぶ。


「よく見知っている人でも、よく知っている人だからこそ、お父さんやお母さんをこんな性格だと区分しカテゴライズしたことはないわ」


「……ソッカー。でもね、それじゃ解らないから実演してみせてヨ」


「実演?」


 ファルネは両手を挙げて受け入れ体勢に。


「私をい、い、妹として扱ってミテ!」


「よーしよーし、あっちで遊んでなさーい」


「確かに妹をあしらう姉っぽいケド!そうじゃなくて!」


 お姉ちゃんお兄ちゃんに似てきたのネ!と喚くファルネ。

 二人の頭上より大量のお湯が降ってきた。


「焦れったいわね!なにがしたいのよ!」


 エイノが桶でお湯をぶちまけたのだ。


「そこのちびっこ、言いたいことははっきり主張する!お姫様、貴女も適当にあしらわない!」


 それだけ叫び、満足げに定位置に戻るエイノ。

 ポカーンと目を見開き放心するソフィーとファルネ。


「う、うるさいカシラ、私だって色々曖昧な立場で世知辛いノヨー!」


「……はぁ」


 溜め息を一つ。おおよそエイノの要望を把握したソフィーは提案する。


「船に部屋を持ってみる?」


「エッ?」


「裏切れなんて簡単には言えないけれど、それくらいなら」


 スピリットオブアナスタシア号には空部屋など幾らでもある。敵の一人を住まわせるなど事情が拗れるばかりだが、現状でも充分拗れているのでガイル陣営へのアクセスが確保出来るという利点の方が大きいと判断した。


「レーカは私が納得させておくわ」


 説得ではなく納得なのは、どんな条件であっても説得出来る自信があるからだ。


「…………。」


「ファルネ、さん?」


「……お姉ちゃん、大好きー!」


「ふぎゅっ」


 ソフィーに飛び掛かるファルネ、二人は盛大な水柱を上げ水中に沈む。


「騒がしいわねぇ」


「こんなソフィーさんは珍しいです」


「あー、流されるのじゃー」


「近所迷惑だわ」


 迷惑そうに、どこか微笑ましげに目を細める仲間達。

 なんてことはない、零夏には否定しつつもファルネはソフィーとの繋がりが欲しかっただけである。






 顔を真っ赤に茹で上げた零夏とアルーネが男湯から出てきたのは、女性陣より随分と後だった。

 エイノが兄に突撃したり、零夏が自分こそ世界一の美少女だと主張したり、突然のピンポン対決が幕を開けたりなど若干の騒ぎがあったものの旅行一日目は終わる。

 そして翌日、昼食後に事件は起こった。

 キョウコの失踪である。








「どういうことじゃ、レーカ、心当たりはないか?」


「……さてな」


 仲間達が集まったアナスタシア号のブリッジ。なぜかユーティライネン兄妹もいる。

 零夏は昨日のキョウコについて明言を避けた。プライベートな部分が多く、口にするのが躊躇われたのだ。

 ことの始まりは零夏の「キョウコを避けていた」という言葉。唐突に泣き出したキョウコをレーカはなんとか宥めすかし、事なきを得たように見えた。

 キョウコを特別扱いせず、対等な部下として扱うという誓い。そして、キョウコを手放さないという決意。

 しかしそれで終わりではないことは、零夏も感付いていた。キョウコとの夜中の会話である。

 彼女は酒の力を借りてか、こう訊いていた。


「二度と会えなくなるのは寂しいか」、と。


「当然だ。逃がさないぞ、キョウコ」


 大きく腕を横に回し、一同に命じる。


「まだ数時間、蛇剣姫の巡航速度ではさほど距離は開いていない!航空機戦力は全機出撃、適齢期から遅れに遅れた反抗期娘を確保する!」


「地上船に乗っていたらどうするのだ?あれは時速数百キロで他の町へ走るぞ」


 線路を走る航空機と呼ぶべき地上船は、人型機の最速輸送手段だ。利用されていては追い付くのは難しい。


「俺達だけでは、な」


「人手を借りるのか、誰に?」


「教国にだ。聞いた話、ハイエルフは聖女扱いなんだろ?聖騎士にでも囁いてこい、『友達の聖女様がいないんです』って」


「それは、まあ捜索隊を組むだろうが……わしが行くのか?」


 割と民衆に顔の知られているリデアにはこの役割はやりにくい。そう主張すると、零夏は彼女の肩に手を置き真っ直ぐに見つめ返した。


「俺はお前を信じている……口ばかりが上手い、お前の三枚舌をな」


 リデアは零夏の頭を思いきり叩いた。








『こちらB52地区、森林部につき地上を視認出来ません。焼き払う許可を』


『アホか!下に聖女様がいたらどうする、降下部隊を派遣する!』


『こちらAC130地区、岩場で死角が多く捜索は困難。105ミリ砲の使用を進言する』


『お前、左に回ってスタンバイしているだろ!やめろ、捜索で攻撃は一切禁じる!』


 大事となってしまった事態に、どうやって収めようかと戦々恐々としつつも白鋼は飛行する。

 クリスタル共振通信に周波数などない。よって会話は多いに入り乱れている。

 その喧騒の大きさから、どれだけの戦闘機が捜索に参加しているのかが窺えた。


「捜索費用、請求されたりしないかしら?」


「考えるな」


 教国周囲の人海戦術的捜索だけではなく、戦闘機にて音速を越えての地上船に対する先回りも平行して行われている。騒動は周囲の町にまで広がっているのだ。


「これだけの大規模捜索、見つからないはずは―――」


『いたぞっ!こちらA10地区、蛇剣姫と……なんだ、浮遊する人型機を発見!』


 浮遊する人型機。その珍しい報告に、零夏も耳を傾ける。


『あれは、羽の生えた人型機―――うわぁ!?』


 クリアだった音声が雑音に変わる。天士生活で聞き慣れてしまった、発信源が破壊された音だ。


「っ、急ぐぞソフィー!」


「ん」


 頷きスロットルを踏み込むソフィー。白鋼は猛然と加速した。








 教国の麓に広がる大森林。捜索を困難にしていた広大な土地を覆う緑の合間に、静かに歩く人型機が一体存在した。

 油圧アシストが存在しないが故の、静かな駆動音。流れるような動きで地面を伝う根を飛び越えるのは、まさしく蛇剣姫である。


「これでいいのです、どうせ叶わぬ思いなら忘れた方がいい」


 一人、思い詰めた瞳で操縦幹を握るキョウコ。言葉とは裏腹に迷っているのは明白だった。


「ホントにいいの?」


 振り返れば、そこにセルフがいた。

 いつ乗り込んだか、など意味のないことなど訊かない。ハイエルフのキョウコは四六時中セルファークに監視されているようなものなのだ。プライベートを求める方が間違っている。

 だが、それでも。


「セルフ、私を解放してください」


 言わずにはいられなかった。


「今更私一人失ったところで、影響は少ないでしょう。私は、彼と生きたい」


 厄介な相手であれど、気心の知れた相手だからこその本心の吐露。


「無理だよ」


 即答であった。


「いじわるじゃない、って解っているよね?ハイエルフという種族は神と半分溶け合った生物、簡単に鋏で切り離せるものじゃないって」


「……はい」


 理解している、だからこそキョウコは零夏の元を去ったのだ。


「ごめんね」


「なんですか、急に気持ち悪い」


 セルファークはキョウコの頭を撫でる。


「気持ち悪いとは失礼な、私にだって親心みたいなものはあるよ」


「そんなこと、言わないで下さい。怨みにくくなってしまいます」


「うん、でもいいよ。怨みでもなんでも、私を認識してくれるなら」


 セルフがハイエルフを作った理由。世界の監視の手が足りないのも問題だったが、なにより彼女が孤独だったのだ。

 彼女の『父』が眠りについて幾星霜。ずっと孤独であったセルファークが他者を求めたのは、ある意味当然の流れであった。

 故にセルフにとってキョウコは娘。反抗期もあろうというものである。


「ごめんね、私の運命に付き合わせて」


「―――すいません、半端者で」


 俯くキョウコ。

 しかし、彼女の自責に反応したのはセルフではなかった。


『そうヨネ、それはちょっと無責任なんじゃナイ?』


 視線を上げれば、目の前には巨体の人型機。

 背中には折り重なった羽。下半身は鋼鉄のスカートで覆われた、見るからに重量級の人型機だ。


『お兄ちゃんは貴女を欲しているノ、いいから船に戻って股開きなサイ』


 幼い声に不釣り合いな下品な言葉。その声に、キョウコは聞き覚えがある。


「そこを退きなさい、ファルネ。幼い貴女に止められるほど、銀翼の名は軽くはない」


『キャハハ、―――勘違いもここまで来ると不愉快ネ』


 上昇するファルネの愛機、堕天使。


『私を、銀翼程度がどうにか出来るとは思わないコトよ』








 白鋼が到着した時、そこは惨劇が広がっていた。

 否、惨劇は正しくない。なにせそこに死者は一人もいないのだから。

 存在するのは多くの戦闘機、人型機の骸。

 完全な形を保っているのは、白鋼と堕天使のみだ。


「ファルネ、か?」


『はいはーい、お兄ちゃん!キョウコを捕まえておいたヨー!』


 空中に静止する人型機。白鋼も人型に変形し空中浮遊する。

 点在するスクラップのコックピットを解析すれば、天士達が気絶しているのが零夏にも判る。


「全員、生命反応はある、が……派手に暴れたな」


『ふふん、私の堕天使は最強カシラ!』


 それなりの距離を置いて対峙する両者。零夏はあまり近付く気にはなれなかった。

 草木は焼き払われ、大樹は抉れ、多くの残骸―――ファルネが撃墜したのであろう機体が散乱しているのだから当然だ。


『私をキョウコを害する賊と勘違いして襲ってきたの。正当防衛だからネ、これ』


「勘違いもなにもあるか、実際キョウコをぼこぼこにしているだろ」


 堕天使の真下には中破した蛇剣姫。誰が見たってファルネの仕業であり、それは事実だ。

 そしてそれを成した張本人はといえば。


「浮遊装置なしで浮かぶ人型機なんて、そうそういるもんじゃないんだがな」


 数十機の機械を周囲に待機させ、空中停止する堕天使。

 そう、ファルネの機体は多くの『子機』を従えていた。

 子機は数種類存在するが、どれもが翼を備えた円柱形の飛行体だ。

 均等な距離を保ち堕天使を守る子機。独立浮遊しているのが全てではなく、半数は未だ堕天使の背中にマウントされている。

 折り重なった円柱。通信にて教国の聖騎士が翼と称したのは、これのことだった。

 堕天使は浮遊装置ではなく、背中にマウントされている子機のエンジンにて浮遊している。見るからに重装甲な堕天使を持ち上げていることを考えれば、よほど高性能なエンジンだ。


「実に興味深い機体だ、だが今は置いといて―――キョウコ、生きているか?」


『……死にたいです。子供に負けました』


 声が聞けて、とりあえず安心する零夏。


『これで、私を置いておく理由が一つ消えました。弱い天士など無駄飯食らいです』


「いじけんな、面倒くさい奴だ」


『所詮私は時代遅れな天士なのです。中距離長距離攻撃も出来ない、空も飛べない、剣を振るうことしか出来ない駄目天士です。銀翼なんてお笑いです』


「おいファルネ、お前がやったんだからなんとかしろ」


『知らないワヨ』


 知らないなんてことはあるか、とガリガリと頭を掻く。


「やり過ぎだ。もうちょっとやり方はあるだろう」


『ふーんだ、いじけ虫はキライっ』


 白鋼は森に着地し、零夏が地面に飛び降りる。


「それはそれ、これはこれ、だ。……くそっ、上手く壊しやがって。修理しやすいぞコラ」


 堕天使の子機に備え付けられた火器は機関砲だ。それを数十門、見事にコントロールして重要箇所を避け撃ち抜いている。

 ファルネが後々修理することを考慮して撃ったのと、キョウコが押されながらも急所を避ける努力をした結果だ。


『便利な言葉ね、それそれこれこれ、って』


「違いない」


 ベルトを外し、コックピットから上半身を乗り出してソフィーは地上の零夏に問う。


「レーカ、やらないの?」


 つまり、ファルネと敵対しないのか、という意味だ。


「いや、俺達は手を出さない。やり方はともかくキョウコを足止めしてくれたんだしな」


「でもこれ、感謝すべき状況かしら?」


「うーん……教国にまで被害出しているのがなぁ、面倒だぞ」


 零夏のファルネに対する怒りは薄い。やり方は無茶苦茶だが、銀翼などそんなものなのだ。

 むしろ、彼が気に食わないのはキョウコだった。


「キョウコ、こんなガキに惨敗したままでいのか?」


 蛇剣姫の装甲板を軽く叩く。


「―――なぁ、最強最古」


 コックピットにて項垂れていたキョウコの指が、ピクリと動いた。


「お前は矜持を持った奴だ、こんなものであるはずがない」


『…………。』


「初めてツヴェー渓谷の闘技場で出会った時、俺は絶対お前に勝てないと思った」


 零夏の戦歴において、あれほど感覚が研ぎ澄まされたことは多くない。それこそヨーゼフのマウスやラスプーチンと死闘を繰り広げた時程度だ。

 解析魔法の暴走。未来予知と同意義の物理演算予測。他者の思考すらトレースして先手を打つ、その領域。

 それでも尚、零夏はキョウコに勝てなかった。


「それがなんだ。その様は、お前の400年はこんなものか」


 ―――憧れたんだ、責任取れ。

 零夏の目は、そう訴えていた。


『……坊やが、好き勝手言ってくれます』


 四肢を軋ませ、蛇剣姫は立ち上がる。

 応急処置の修理をされたとはいえ、フレームは歪み、装甲は歪だ。ベアリングのボールが幾つか転がり落ち、機体内でカラカラと鳴る。さすがに零夏といえど、即興でベアリングの修復は不可能だった。


(戦闘中、間接が耐えきれるだろうか?)


『でもいいです、好きですから』


 零夏の心配を余所に、蛇剣姫は駆け出した。


『さあ、第二ラウンドです!』


『お兄ちゃんの裏切り者ー!』


 再び戦闘を開始する蛇剣姫と堕天使。


『もー怒った!コックピット以外バラバラにしてヤル!』


 子機―――空中砲台が堕天使を囲む。

 それらは一斉に火を吹くわけではない。必要な瞬間に、必要なだけ撃つだけだ。機関砲の弾は有限なのだから。

 だがそれで充分。的確に放たれる弾丸は、キョウコにとって対処しにくい角度から襲い掛かる。

 時に挟み込むように、また時に追い詰めるように。

 その戦術に、キョウコは覚えがあった。


(やはり、あれは単純な円陣ではない―――星型要塞だ)


 星型要塞。地上戦に限定されていた場合における防衛戦の効率を求め死角を埋めた結果、星の形となった要塞のことだ。

 最も外側に浮かぶ空中砲台は、さながら突出した稜堡。迂闊に入り込めばすれば挟撃されるのがオチだ。


「二次元の戦場でこそ真価を発揮する戦術、航空機の発達で廃れてしまったと思っていました」


 上下の概念あってこそ、移動の出来ない要塞だからこそ有用な建築方式だ。

 空での戦いは戦闘機の出現によって高速化・立体化した。大戦以前は見かける機会もあった星型要塞も、今や複雑で建造を困難にするだけの無駄が多い旧式となったのである。

 それを空中にて三次元的に再現するなど誰が考えようか。ファルネの戦闘法は単純に数で押し切るのではなく、複雑な計算と先読みによって成り立っているのである。


『妙なところに後継者がいたものです』


 歩法にて距離感を狂わせ、跳躍した蛇剣姫は一番近くに浮かんでいた砲台に飛び乗る。

 砲台から砲台に飛び移り、堕天使に迫る。一歩間違えれば落下死する状況、際どいバランスであろうとキョウコの操縦は僅かにもブレない。

 天に駆け登る蛇剣姫だが、その後の展開は何度も経験していた。


『届かないワ』


『でしょう、ね』


 砲台の幾つかが堕天使の背中に戻り、炎を吹いた。

 加速する堕天使。機体は時速数百キロで飛行し、彼我の距離は一気に開いた。


『決して近付けさせず、近付こうと離脱する。それが堕天使の戦いヨ』


 空中砲台は浮遊装置ではなくエンジンで飛行している、小型とはいえ自重を支えきるほどのエンジンだ。集まれば、鈍重な堕天使をも急加速させられるのだ。

 足場を失った蛇剣姫はそのまま自由落下。200メートルを落ちてゆく。


「キョウコ!」


『ご心配なく』


 衝突と同時に転がり衝撃を逃す―――五点接地にて軟着地する蛇剣姫。これほどの高さから落下して無傷でいられる天士など彼女くらいだ。

 そもそも、零夏が訪れる以前にもこの流れは何度もあったのだ。

 接近しては逃げられ落下する。いい加減、キョウコも認ざるを得なかった。

 真っ向から一息の距離まで近付くのは不可能だと。

 無謀な戦いだと理解しつつも蛇剣の由来であるフランベルジェは構える。雨の如く降り注ぐ弾丸を切ってきた為に、剣も歯こぼればかりである。

 複数の方向から狙われた結果、無茶な角度で弾を防いだ結果だ。真芯を捉えた太刀ならば何千発と耐える蛇剣も、側面からのダメージには弱い。


『そもそも、相性が悪過ぎるッ!』


 近付いて斬る、それが全ての蛇剣姫。

 敵の接近を許さず、囲み全方位から機銃で蜂の巣にする堕天使。

 全く対照的なコンセプトの双方。本来であればそれでも蛇剣姫は接近し切り捨ててみせるのだが、相手はフィオの製作したオーバースペック機なのだ。

 心神の技術をフィードバックした堕天使は、単純に、骨董品の蛇剣姫よりはるかに強かった。

 機銃のスコールから逃げるキョウコに、零夏の通信が入る。


「キョウコ、時間を稼げ」


『稼いだら事態が好転するのですか?』


「かもな」


 曖昧な物言いに不安しか覚えないキョウコであったが、どうせ対抗策など考え付かない。故に彼女は彼の提案を採用することにした。

 その刹那であった。森の地中より生えてきた巨大な腕が、堕天使を掴んだのは。


『なっ、ナンナノ、コレ!?』


 空中砲台が腕に弾き飛ばされ墜落する。生き延びた砲台が腕を攻撃するも、鉄塊と大差ない豪腕は機関砲弾など相手にしない。

 人型機が体長10メートルならば、『腕』はその五倍、50メートルはあろう。大量の無機収縮体を繋ぎ合わせ


『お兄ちゃんのシワザ!?』


『尋常に勝負しているのです、手を出さないで下さい!』


「ちげぇよ、第三勢力だ!」


 第三者の介入。そう判断した零夏は白鋼を発進させる。


「ソフィー、離陸するぞ!」


「うんっ!」


 地中に埋まっている『何か』は地面を持ち上げ、地響きとともに姿を現す。

 土をぱらぱらと落とし浮上したそれは―――


「飛宙船?」


 ―――全長100メートルクラス、中型級飛宙船であった。

 しかし船体の上には巨大な建造物が据えられている。どう見ても『上半身』でしかない物が。

 ビルティングのように巨大な上半身、堕天使を捕獲したのはその右腕であった。


「なんだこいつは、誰だこんな馬鹿げたモノを拵えたのは!」


『我々だよ、レーカ君』


 割り込んだ通信。その声の正体を零夏はすぐには思い出せなかった。


「ヨーゼフ……」


 故に気付いたのは、昨日ヨーゼフと会っていたソフィーだ。はっと零夏も納得し、巨大人型機を睨む。

 クリスタル共振通信は秘匿回線も暗号化もない、秘密の話をするならば物理的に近付いて出力を下げた上で通信する必要がある。

 ヨーゼフは近くにいる、零夏はそう考えたのだ。

 ならば一番怪しいのは目の前の巨大人型機であろう。なにせ、ヨーゼフは超重戦車マウスに上半身を拵えて乗り込むような男なのだから。


「なぜここにいる、ヨーゼフ!」


『おや、ソフィー嬢に聞いていないのか?彼女は昨日、私と会ったのだが』


「なんだと?」


 しまったと言わんばかりに、びくりとソフィーは小さく跳ねた。


「ソフィーさーん、どういうことですかー」


 後ろからソフィーの頬を突っつくと、彼女は舌をペロッと出して見せる。


「言い忘れてた☆」


「お仕置き決定」


「……教国も教国だわ、あんな巨大兵器をむざむざと持ち込まれるなんて!」


「誤魔化すな。まあいい、お仕置きの内容は後で考えよう」


 お仕置き執行自体は決定事項であった、


『教国には地下空間、俗にダンジョンと呼ばれる場所が多いのだよ。いや、厳密には世界のどこにも地下空間はあり、教国は発掘が進んでいるというだけだがね』


 未だ全体の数パーセントも解明されていない地下空間は、町や土地ごとに個別に存在すると思われているが実は全てが繋がった蟻の巣のような構造だ。


『そも、統一国家の最新鋭人形機を我が物顔で運用する輩とどっちがマシなのだろうな?』


 無論、散赤花のことである。


「うぐ、あれは鹵獲品よ。所有権はこちらにあるわ」


 ちなみに、ソフィーは散赤花のことがあまり好きではない。彼女の美的感覚からして『美しくない』上に、座席が一つしかない―――単座なのだ。

 つまり、作戦行動中ソフィーはアナスタシア号に置いてきぼりを食らうのである。

 しかしコストパフォーマンスが白鋼より優れているのもまた事実。事務所の財布を預かる彼女としては、なんとも悩ましい存在なのだ。


「ヨーゼフ、ファルネをどうする気だ」


『なに、お茶会に来ていただけなかったのでね。迷子にでもなっているのではないかと探しにきたのだ』


「さては貴様、ロリコンだな?ソフィーといいファルネといい子供ばかり狙いやがって」


『真性の君に言われたくはないな』


「俺は青田買いしているだけだ!」


 挑発したつもりが逆に怒鳴る羽目になる零夏。少し図星な気がしたのが余計苛立たしかった。


『くっ、レディー扱いを知らないヨウネ!』


 一通りもがき足掻いたファルネだが、本体だけでは逃れられないと判断し子機の機銃で巨碗を撃つ。

 むなしく弾かれる弾丸。判りきった結果であった、20ミリ機関砲といえど建築物の鉄骨に等しい巨腕の骨格に歪みすら与えられるはずがない。

 そもそもが空中砲台の機銃は軽量であることを優先され威力は二の次なので、通常の戦闘用人型機の装甲すら場所によっては貫けないのだ。

 装甲の薄い背面に砲台を回り込ませればいいので、普段はさして問題にはならないのだが―――巨大人型機に対しては、大問題であった。


『機銃だけではなく、大口径の火器も備えるべきだったな、ファルネ嬢』


『あるわよ、飛びっきりのが!ばかにしないデ!』


 零夏はそれらしいものがないか堕天使を探るも、奇妙な機構があるだけで大口径の大砲は見付からなかった。


『さあ、お嬢さんを連れてこい』


『了解です』


 応答したのは今度こそ本当に知らない声。巨大人型機の天士である。


(あのデカブツにヨーゼフが乗っているわけではないのか)


『お、お兄ちゃん!助けて!』


「大口径砲とやらは使わないのか?見てみたいんだが」


『堕天使ごと消し飛びかねないワヨ!っていうかこんな体勢じゃムリー!』


 あの重装甲人型機が消し飛ぶ攻撃法などそう多くは思い浮かばなかったが、なにせガイルの仲間の機体である。白鋼の半分を吹き飛ばした心神のレールガンのようなトンデモ兵器を搭載していたって不思議ではない。


「……いや、助けない」


『お、お兄ちゃん!?』


 さすがにショックを受けるファルネ。僅か一泊二日の関係だが、彼女なりに零夏達に親近感を抱いていたからこそ反動は存外大きかった。


「やっと好転したな、流れが」


 森を這うように飛行する何かが、巨大人型機へと突撃していく。

 それは巨大人型機の上半身を掠め、行き過ぎて大きく旋回。

 ただ通過しただけに見える、その一瞬に結果は存在した。

 脆く落ちる左腕。生憎堕天使を掴む方の腕ではなかったが、『それ』は擦れ違いの刹那にて鉄骨の腕を切断していた。


『レーカさん、これ扱いにくいです!』


「頑張れー!」


 飛行するのはまさしく蛇剣姫。地上専用の機体は、今や空にいた。






 時間は僅かに遡る。

 堕天使に視線が集まる中、高速で戦場に乱入した存在があった。

 知らぬ者が見れば、その異常に目を疑うであろう。その飛行機は、色々な物が欠落していた。

 尾翼も、胴体も。ただ主翼にエンジンとコックピットだけが据えられた飛行機。

 全翼機。空飛ぶエイとも思える機体は、エイノ・ユーティライネンの愛機・彫天である。


『こんにちは、お届け物よ』


「わっ、あわわっ」


 エイノは蛇剣姫の上空で機体下部のペイロードを躊躇いなく落とす。銀翼のキョウコであれば時速800キロで投下してもキャッチ出来ると踏んでいたのであり、本人曰く、さっさと帰りたかったという理由などでは決してない。


「急に落とさないで下さい!なんですか、これは」


『ホワイトスティールからの依頼よ、追加武装だって。受け取りのサインはいらないからお届け完了ってことで、じゃあね』


 アナスタシア号の格納庫にて開発されていた新装備。至急これを届けるべきと考えたリデアは、エイノに緊急依頼をしたのである。

 船に搭載した飛行機は白鋼と赤矢のみ、そして赤矢も捜索に出ている以上は外部に依頼するしかなかったのだ。

 彫天は大戦中に開発された機体だが、エンジンを強化された結果、戦闘機という登録ながら小型機としては大きな積載量を誇る優秀な地上攻撃機となった。空力的にも全翼機は無駄がなく、緊急輸送には都合のいい機体なのである。全翼機としての特性上、音速は出ないのだが。

 キョウコは蛇剣姫を操作し、器用に受け取った『布』を広げてみる。


「外套?」


 それは所謂マントであった。幾らか機械がくっついているが、おおよそ柔らかな布である。


「そして剣、って直剣ではないですか」


 蛇剣がナマクラとなった現状ではありがたい支援だが、これでは蛇剣姫ではなく直剣姫だと溢すキョウコ。


「剣はともかく、外套なんてどうしろと……とりあえず羽織ってみますか」


 蛇剣姫の首もとに回すと、外套の機械が蛇剣姫にロックされる。


『外部パーツの接続を認識しました。自己診断開始……異常はありません。フライトユニット制御システム起動します』


「……なんですかこれは」


 突如表れた表示に続き、コックピット内に幾つかのスイッチやレバーがせり出てくる。

 機体を動かす為の最低限の操縦幹とペダルしかなかったシンプルな操縦系は、瞬く間に複雑なシステムとなる。

 400年の付き合いであるキョウコの愛機は、いつの間にやら好き勝手改造されていた。


「フライトユニット?飛行用の装備だというのですか、どうやって?」


 あてずっぽでスイッチを押してみる。残念ながらそれは当たりのスイッチであり、新装備は説明書もなく起動してしまう。

 外套が分離。折り畳まれていた骨組みが外套の内部を走り、薄く、広く展開していく。

 瞬く間に長さ20メートルほどの、巨大な楕円形の板となった。

 一見は巨大なサーフボードだ。しかしただの帆ではなく、フラップや翼端スリット、果てはエンジン排気を翼に噴射し気流の剥離を防ぐ境界層制御システムまで組み込んでいる。重い人型機を浮かび上がらせる為の技術を惜し気もなく採用した、外見より遥かに複雑な装置だ。


「エンジン付きのボード、まさかこれで飛べと!?」


 それでも、普通の布であれば翼面荷重が重過ぎて破断してしまう。これを可能にしたのは、零夏が開発したケブラーモドキがあってこそ。

 特殊な分子構造を持つ、魔法技術を取り入れた布。下手な紙より薄いそれは、だが鋼鉄より堅い。

 そして推進力を生み出すのは、白鋼と同型のハイブリッドターボファンエンジン。

 水素ロケットとラムジェットエンジンを重ね合わせたハイブリッドエンジンは、サーフボードの揚力もあり遂には蛇剣姫を空へと持ち上げる。

 炎の柱を残し、浮上する蛇剣姫。慌ててキョウコはボードに立ち上がる。


「ちょ、ちょ、浮いたあああぁぁぁ!?」


 初めての感覚に戸惑うも、銀翼の名に恥じない操作勘でボードの上での姿勢を保つ。

 加速する蛇剣姫。重量も空気抵抗も凄まじいので最高速度は乏しいが間違いなくそれは飛行であった。






 碌に制御出来ていないフライトユニットは、蛇剣姫を一直線に巨大人型機へと向かわせる。


『こな、くそっ!』


 直剣を横に構え、過る巨碗を切断する。

 しかし初めての操縦、機体と巨腕は離れていた。


『駄目だ、届かな―――は?』


 キョウコは目を疑った。剣が伸びたのだ。

 フィクションにおいては剣が伸びる技術は多々存在する。物理的に可変してカッターナイフのように延長される物や、架空の粒子を放出して刃を形作る物もある。

 前者はともかく後者は技術的に困難だった。しかしたかだか刀身が二倍になった程度では空中戦闘ではリーチ不足。

 無難かつ堅牢な構造で直剣を長く伸ばす必要に迫られた零夏と職人逹は、ある意味暴挙とも言える解決法を編み出した。

 チェーンソーである。

 刀身に仕込まれたワイヤーカッター。輪となったそれを、剣が振るわれ遠心力がかかった瞬間に剣先から発射するのだ。

 内部機構により高速回転する輪は、それ自体の遠心力で楕円を保ったまま100メートル単位で伸びる。そして剣先方向への遠心力が弱まったのを察知すれば掃除機のコードが如く短縮し収納されるのだ。

 高速で走るワイヤーは刃物となんら変わりない。結果切り落とされる巨大人型機の腕。

 更に、その先の森まで何百メートルも切り裂かれたのを見て流石のキョウコも肝を冷やした。


『レーカさん、これ扱いにくいです!』


「頑張れー!」


(気軽に言ってくれます、でも好き)


「剣の柄にトリガーがあるだろ、それで伸びる距離を制御しろ!」


「ところで直剣では蛇を名乗れないのですが!」


「なに言ってんだ!びよーんって伸びるんだ、見紛いようもなく蛇だろ!蛇剣姫・改とでも名乗っとけ!」


 体勢を建て直し蛇剣姫は巨大人型機の正面へと回り込む。

 巨大人型機の全身に備え付けられた対空砲が蛇剣姫を狙うも、そこにはフライトユニットの姿しかない。

 跳躍した蛇剣姫。一回転し、上下逆さまの状態で真芯に一閃降り下ろす。

 ただ一撃。ワイヤーカッターとキョウコの剣技が融合した一撃は、全長100メートルの船体と巨大な上半身を左右に二分した。

 墜落してゆく巨大人型機を足場に再びジャンプ、蛇剣姫はフライトユニットへと戻る。


「ふん、これがキョウコの力だ」


「なんでレーカが勝ち誇っているの……」


 呆れるソフィーであった。

 轟音を掻き鳴らし巨大人型機は森へと沈む。拘束が緩んだことで堕天使もぎりぎり脱出出来た。


『ふむ、未完成だったとはいえ、やはりそれぞれの動きが同調しているとは言えんな』


 巨大人型機の動きは終始ぎこちなかった。

 零夏はその理由も見抜いている。人型機は普通一機につき一つのクリスタルで稼働している。全身を同調させ連動させるにはそれが最適なのだ。

 故に、複数のクリスタルを搭載した巨大人型機を作ろうなどとは誰も考えたことがなかった。そもそも無理があるのだから。

 巨大人型機は魔力を捻出するために、クリスタルを大量に内蔵していた。それでは機敏な動きは成し得ないのだ。


『やはり必要だな。ただ一つで新型を動かせるような、強力なクリスタルが―――しかれば、もう少し巨大化するか』


「しかればの意味がちょっと解らない」


 ヨーゼフは自機に大鑑巨砲を求める主義であった。


『ではまた会おう、レーカ君』


「くたばれ、どっかで一人くたばれ!」


『ははは、失礼する』


 以降、途絶える通信。どこかへ潜んでしまったのだ。

 フライトユニットを外套に戻し羽織った蛇剣姫が、堕天使と対峙する。


『……続き、ヤル?』


『いえ、弱いもの苛めは趣味ではないので』


 ボロボロの堕天使と強化装備を得た蛇剣姫、例え双方万全な状態であっても今度はどうなるか如何は判らない。


『ハッ』


 散々翻弄された腹いせに、キョウコは思い切り鼻で笑った。


『キー!これが私の本気だとは思わないことよ!』


『でしょうね。私が倒すまで、死んだら許しません』


『言ってナサーイ!またあしらってアゲルワ!』


 生き延びた翼を全て背中に戻し、堕天使は再び浮上する。

 幾つもエンジンを失っているにも関わらず、堕天使は並の天士ではGに耐えきれないほどの加速を披露し空域を離脱した。

 零夏がぽつりと呟く。


「丸くおさまったのか、な」


「教国の騎士団になんて説明するの?元を正せば痴話喧嘩でした、なんていえば大目玉よ」


「大丈夫、いい考えがある」


 彼らの視線の先には墜落した巨大人型機。


「だいたいあいつのせい」


「責任を統一国家に擦り付けた……彼らの責任ゼロとは言わないけれど」


 こうして、彼らの慰安旅行における騒動は終わりを告げた。








 まーなんだ、派手な戦闘の後には帳尻合わせがあるわけで。


「どうして逃げ出したのか、掃除機に白状しろ」


「では掃除機と二人っきりにして下さい」


「かみかみた、正直に白状しろ」


 蛇剣姫のクリスタルを外して逃走防止を図った上で、俺はキョウコと向き合っていた。


「それじゃあ、私はアナスタシア号に戻っているわねー……」


「ソフィーも待ってなさい、後で昨日の話とやらを聞かせてもらおうか」


「うぐ、覚えてた」


 忘れねぇよ。

 最早誰が切り落としたか判らない丸太に座って家族会議。


「なんでいなくなろうとしたんだ。……不満でもあったのか」


「私は、もう長くありません」


その告白は、最初全く頭に入ってこなかった。


「……なんだと?」


「どういうことなの、キョウコ?」


「私はもう、長く生きられないのです」


 どうやら、聞き間違いではないようだった。


「病気、なのか?」


「違います」


 首を横に振る。


「私、ハイエルフは世界と共にある存在。私の一部はセルファークなのです。世界が解放されれば役割を終えた私は死ぬ。その時は、きっと遠くない」


 世界の解放、ってなんだそれ。

 ソフィーはなにやら知っている顔だ、後でじっくり聞き出してやる。


「レーカさんを悲しませたくないのです」


「そういうのは大抵嘘だ、自分が悲しみたくないだけだ」


 問題は、それはそれで問題ってことだが。

 キョウコが悲しむのも俺にとっては大問題である。


「何がなんやらさっぱりだが、俺はお前といたい」


「私の意見は無視ですか」


「お前みたいな受動的なタイプは、ちょっと強引にリードしてやらないと無意味にどんどん落ち込んでいくだろ。俺と別れてなんてみろ、残りの人生とやらは真っ暗だぞ」


「……レーカさんは平気なんですね、死にゆく私を看取っても」


「アホか」


 キョウコの手首を握る。キョウコは自身の手首を握る俺の手を、もう片方の手の平で包んだ。


「震えています」


「びびってるからな、お前がいなくなるなんて辛いからな。どーよ、この平気っぷり」


 そりゃ悲しい。悲しいのはいやだ。家族がいなくなるのは、本当にキツい。

 そんなの、一年半前の夏に思い知っている。


「でも嫌だ。この手を離したらもっと後悔する」


 一緒にいれば問題が解決する未来もある。一緒にいないと、解決するものも解決しない。

 それで全て済めば、世界は今頃楽園だけどな。


「後悔も悲しみも一緒に背負ってやる。俺の側にいろ」


 俺の言葉の終わらないうちに、キョウコはぽろぽろと泣いていた。


「う、わああぁぁぁ、レーカさああああぁぁぁぁぁ……」


 キョウコが俺の胸に飛び込んでくるキョウコを、しっかりと受け止める。


「本当に泣き虫な最強最古だな、お前は」


「レーカさああぁぁん、げっこんじて下さいいいいぃぃ」


「本妻が怖いから、それは無理」


「愛人にじてくだざいいいぃぃ」


 服を涙を鼻水で汚す彼女を、よしよしと宥める。

 後ろで見ていたソフィーが、優しい声で一人ごちた。


「もうっ、これじゃあ認めないわけにもいかないじゃない。私がマリアを説得するとしますか」








 こうして俺逹は旅の日常へと戻る。

 冬の間は船員逹を故郷に帰しアジトに隠れ住むわけだが、俺とソフィー、マリア、そしてキョウコ―――みんな揃って年越しである。


「これこれ、今年からはわしもいるぞ?」


「そうだったな、リデア」


 加え、家名を捨てたリデアも含め無人島での5人での生活である。

 無人島に住むという言葉の矛盾については脇に置いておく。


「あれ、誰か忘れているような?」


 どこからともなく聞こえてくる「ここにいるぞ!」という男の声はどうでもいいが、最近の出来事といえばやっぱり一つだ。


「お兄ちゃーん!お年玉チョーダイ!」


「神が遊びにきたよー!金寄越せー!」


 なぜか、ロリ二人が時折遊びにくるようになったのだ。


「お前ら、餅焼くけど食うかー?」

誤字報告ありがとうございます

>ヨーソロー

私は飛行機と戦車に知識が片寄っているので、こんな初歩的なミスをしました。

>セルフのお株が上がりつつある今日この頃

そして今回下がるのですね、解ります。



ファルネの機体の装備については昔から決まっていました。名前そのものが伏線ですね。

次回はいよいよあの人が再登場。時間が一気に飛びます。

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