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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
集まる仲間たち編
57/85

妹キャラと温泉旅行 ~ポロリもあるよ~

 聞き覚えがあるのによく判らない音、というものはないだろうか。

 例えば港でよく聞くギュイギュイギュイーン、という音。

 例えば拳銃を構えた時のチャキ、という音。

 壊れてないかその銃。

 例えば温泉や銭湯で鳴るカポーン、という音。

 割とどうでもいい、だが気になると夜も眠れない。そんな音だ。

 そんな俺は、ただいま湿気の籠った狭いトンネルを匍匐前進していた。


「気になると確かめねば気がすまないタチでな」


 我ながら生真面目な男である。

 換気扇の中に忍び込んだ俺は、その音を待ちわびる。

 やがて、小さな個室に人影が入ってきた。

 湯煙の中、細く白いシルエットは体を洗っているようだ。


「いやあ気になりますなぁ、カポーンの神秘ですなぁ」


 白い髪……あれはソフィーか。なら後ろで彼女の髪を洗ってあげているのはマリアだな。


「マリア、立派に育ちおって」


 輪郭だけでも判る、ぼっきゅっぼんのシルエット。メイド服って着痩せするんだよな、色々着込んで分厚いし。

 キョウコとかは着込もうが薄着であろうがぺったんこだが。


「みえ、みえ、くそっ、なんでこんなに湯煙が多いんだよ」


 俺が換気扇を塞ぐ蓋となっているからである。


「こうなったら……!」


 換気扇の隙間から見るから見にくいのだ、枠を外して直視してやる。

 換気扇の柵をパンチで浴室に落とす。柵の落下音に驚いて、俺に気付くマリアとソフィー。


「レーカッ!?」


「あれー?配電の修理してたら迷い混んじゃったぁ、テヘペロっ」


 迫真の演技をしつつ風呂場に飛び降りる。

 そうか、ここが俺達が目指していた場所なんだね、ソフィー……


「なにしてんのよっ!」


 マリアに桶で殴られた。

 カポーン!と音が響いた。




 今日の結論。銭湯のカポーン音は、配電修理の音。








 ゼクストの戦いより早5ヶ月。雪も降り始め、仕事もしにくくなってきた。

 半年近くも経てば様々な変化がある。大きいことも、小さいことも。

 一番の変化はやはり、統一国家と帝国との戦争が一時休戦となったことだろう。

 衝撃波特化核弾頭。神の宝杖に匹敵する秘密兵器を得た帝国は、ハッタリを交えた巧みな外交(リデア談)を経て戦線を食い止めることに成功したのだ。

 その知らせは瞬く間に世界中に広がり、人々はやっと平穏が訪れたと胸を撫で下ろした。

 それが一時的なものだと割り切る者もいれば、永久平和だと言わんばかりに楽観する者もいる。

 この世界の人間は、冷戦というものをおおよそ理解していない。








「この静かな時間は、後どれくらい続くんだろうな……」


 簀巻きにされて船首に宙吊りとなった俺は、自身で設計した最新鋭艦スピリットオブアナスタシア号を見上げていた。

 全長300メートル以上、最大船速時速100キロメートル。航空事務所ホワイトスティール保有の大型級飛宙船である。

 艦長はリデアだが、事務所の代表、パーティリーダーは俺だ。

 正直面倒臭いのでソフィーを推薦したのだが、なぜか俺とキザ男以外の全員が俺を指名したのだ。

 ソフィーには「こんな時だけ王女扱いしないで」とピシャリと言われてしまった。ごもっとも。

 よって俺達の指揮系統はこのようになっている。


 最高責任者 俺

 名誉顧問   社長ちゃん

 艦長 リデア・ハーティリー・マリンドルフ(割と不在)

 操舵士 ハンス・ウルリッヒ・ルーデル

 船医 エルンスト・ガーデルマン

 機関長 マキ・フィアット

 戦闘機天士 ソフィアージュ・ファレット・マリンドルフ

 人型機天士 キョウコ   ガチターン

 メイド長(仮免) マリア

 斬り込み隊長(威力偵察人員 あるいは捨て駒) キザ男

 その他船員やメカニック、帝国から派遣されたメイドさんが多数。


 注釈   社長ちゃんとは、マキさんとガチターンの娘さんである。

 船員達にちやほやマスコット扱いされているので、社長と呼ばれるようになった。

 将来は折り畳み式のグレネードランチャーをぶっぱなす、立派な天士となるに違いない。

 ちなみに一度、ギルドマスターとの会談で「当航空事務所の社長です」と出してみた。

 小一時間怒られた。


 ちなみにキザ男もソフィーに一票投じたらしい。てっきり自分にいれているかと。


「でも俺がリーダーなんて、器じゃないよなぁ」


 俺はガキの頃は、仕事で出世するというのは色々と楽になっていくものだと思っていた。

 部下をこき使って、美人の秘書でも侍らせて偉そうに腕でも組んでいればいいのだ。

 しかし実際は逆。偉い奴ほど忙しいのが現実らしい。

 部下に気を使って、ギルドとも交渉して、右行って左行って。その癖、政治や大局に関わることは「どうせ判らないでしょ?」と言わんばかりにソフィーやリデアが勝手に処理していたりする。

 ひょっとして俺はお飾りか、あるいは責任取る係?

 まあ、美人3人を侍らせてはいるんだけど。

 愛らしい婚約者と、公私ともに支えてくれるメイドさん。そして、隙あらば色仕掛けをしてくる黒髪エルフ。

 ずばりキョウコである。

 「今日は暑いですねぇ」と言って胸元をちらつかせようと頑張る彼女は、ちょっとした悩みの種だ。

 冬なのに暑いってことはないだろうとか、胸元を指先で引っ張っても谷間なんて元々ないだろうとか、色々言いたいことはあるのだが。


「どうしたものか……」


 ちょっと思い込みは激しいが大切な仲間だし、女性として意識していないと言えば嘘になる。一見冷たい印象を与えるが、彼女も絶世の美女なのだ。


「マリアは3人目は許さない、って言ってたけれど……どう扱えばいいんだよ」


 公私ともに手助けしてくれる彼女達がいるからこそ、事務仕事もほどほどに俺も現場に出られるし、こっそり格納庫の隅で新兵器の開発も行える。その存在のありがたみが解らないわけがない。

 趣味じゃねぇか、仕事しろよ、と言うことなかれ。常に技術の向上を目指すのは大切な仕事なのだ。

 まあ結論なんて決まっている。突っぱねてしまえばいい、「俺のことは諦めてくれ」と。それが筋だ。

 だが俺はソフィーとマリアを選べなかった前科があり、2人も3人も同じだろと言われれば困ってしまう。

 ……いや、俺が本当に恐れているのは彼女がいなくなってしまうことだ。

 彼女を拒否すれば人間関係は必ず変化する。あるいは、俺達の元を去ってしまうかもしれない。

 それは、戦力ダウンとか以前に、悲しいし寂しい。俺は彼女もまた、家族だと思っているのだから。

 それを回避する起死回生の選択肢、それこそ三股。びばはーれむ。


「あー、駄目男だな俺」


 欲張りすぎなんだろうか。でもいいだろ、減るものでもなし。


「本当にね」


「んっ?」


 見上げれば、メイド服の少女が船首から覗きこんでいた。


「マリア?」


「ごめんなさい、ちょっと忘れてたわ」


 そう言って作業用クレーンを操作するマリア。恋人を吊るした挙げ句忘れないでほしい。


「体を冷やしていない?」


「寒いから人肌で暖めてくれ、べはっ」


 変な声は甲板に着地した際のものである。

 さあカモン、と両腕を広げて受け入れ体勢。


「解ったわ、洗濯前の衣類を貴方の部屋に運び込んでおくわね」


「使用済みのマリアのメイド服を!?」


 素晴らしいご褒美だ。


「職人達の作業着を」


「やめて」


 なにが悲しくて男どもの体温の残り香でぬくぬくしなくちゃならん。

 甲板に引き上げられた俺は、固くなって痛む体を解す。


「それで、どの最低に関して自己嫌悪していたの?」


「俺の最低な部分が多数あるような言い方はやめてください」


 えっ?と首を傾げるマリア。おい。


「マリアは、キョウコのことを……いや、なんでもない」


 露骨に顔をしかめたマリアに、話を終わらせる。

 だが彼女は強引に路線修正した。


「別に、なんとも思っていないわ」


 嘘つけ。そんな不満そうな顔してなんとも思っていないはずがあるまい。


「お屋敷からの付き合いだもの、彼女の好意は私達なんかよりずっと明確で、最初からブレなかったわ」


 マリアの俺の扱いは昔は違ったよな、少なくとも異性ではなかった。


「彼女からすれば、むしろ私達が泥棒猫じゃないかしら」


「そんなことは思ってないだろ」


「そうね、だからこそ私はちょっと、いらっとする」


 なにそれ。よくわかんねぇ。


「レーカとしては、キョウコを手放したくないのね。私の言葉を忘れたのかしら?」


「覚えているから悩んでいるんだろ」


 あそこで頷くんじゃなかった。いや頷く以外になかったけど。


「別にキョウコのことは、私やソフィーも嫌いじゃないのよ。屋敷からの連れだものね」


「じゃあ三股を許可すると?」


「それはいや」


 なんだそれ。


「ソフィーとはレーカを共有出来るけれど、キョウコはやっぱり他人なの。部外者なのよ」


 小娘と大人、そりゃ距離感はある。


「ソフィーとマリアの共有してきた時間に比べれは、俺とキョウコなんてどっちもつい最近現れた余所者だろうに」


「そうね、だからこれは論理的な命題じゃなくて、感情的な問題よ」


「男と女の問題を論理で解決したなんて話、聞いたことねぇよ」


「っていうか、私達を並べる時はいっつもソフィーが先よね、レーカって」


 え、そこ?

 じとっとした半目で俺を睨むマリア。ご機嫌斜めっすか。


「ああ寒い、風邪をひきそうだ。この話は終わりにして部屋に戻ろうぜ」


 白々しく言って、マリアと手を繋ぐ。


「なによ、全然冷たくないじゃない」


「そりゃ、手を繋ぐ為の口実だからな」


「……離してよ」


「離さない」


 彼女の手を引き甲板から船内に入る。


「案外時間も取れないしな。……恋人だっていうのに、どこにも連れてってあげれてないし」


 改めて恋人と言葉にすると、気恥ずかしいものだ。

 廊下を二人で歩く。


「デートだよデート、部屋まではこうしていよう。マリアも自室に戻るんだろ?」


 就寝時間は定められていないが、もう船員はほとんどが自室にいる時間帯だ。


 故に、俺達は廊下を二人っきりだった。


「え、ええ。真っ直ぐ戻るわ」


 頷き、軽く手を握り返される。

 小さなデートの承諾に、思わず抱き締めてしまった俺は悪くない。


「は、離しなさいっ」


「そんなに力はいれていないけど」


「ひゃあぁ、捲らないでー!?」


「うーむ、いい布地だ。よく判らないけど」


 メイド服はデザインも凝っているが、やはり仕事着。丈夫な布を使っている。

 スカートの触り心地を確認する間、マリアは赤面しつつもじっと耐えていた。セクハラがセクハラとして扱われない距離感って、なんかいい。


「でも、結構補修した跡もあるな」


「見えないからいいのよっ。そもそも仕事着は消耗品でしょ」


「はは、違いない」


 彼女解放すると、慌てて距離を取られた。

 と思いきや戻ってきた。そっと手を伸ばされたので、もう一度手を繋ぐ。

 肩を並べて歩きつつ提案する。


「そうだ、ケブラー繊維に似た鎖状の分子構造を持つ布を開発したんだけど、メイド服に使ってみるか?」


「なにそれ?」


「軽くて鉄より丈夫な布だ、水や光に弱いんだけどな」


「洗えないじゃない」


 だがこの世界には化学変化を抑制する便利な魔法が存在する。ケブラーモドキの活用の幅は広そうだ。


「いっそ化学変化に弱いままで作って、ある日突然メイド服がバラけるのもまた……」


「ばか」


 大砲はともかく銃弾なら防ぐぜ、まさに冥土服。






「それじゃあ、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 部屋の前でマリアと別れ、ドアを開ける。


「おかえりなさい」


「……ただいま」


 ソフィーがベッドの上で待っていた。

 彼女がベッドに乗っているのに深い意味はない。俺の部屋がガラクタで埋め尽くされているだけである。

 思い付いた物を自室で作っているうちに、こんな有り様になった。マリアは格納庫でやれと注意してくるのだが、大規模な物であればそりゃあ計画立てて計画的にやるさ。

 思い付きの小規模で、その場で形にしてしまいたいからこそ、ここでやるのである。

 というわけで、部屋はガラクタだらけで座れる場所はベッドの上くらいなのだ。


「寝ている時に船が横転したら死ぬわよ」


「ソフィーだってたまに資料室で寝ているじゃないか」


 ガラクタで圧死するのと、本で圧死するのはどちらが尊厳のない死に様だろう。


「どうしたんだ?子供は寝る時間だぞ」


「そうよね、マリアと比べたらお子様よね。直接確認出来て満足?」


 胸元を両腕で隠す仕草をする。


「おう、大満足だ」


 あの理想郷の光景を、俺は生涯忘れはしないだろう。


「開き直ったわね、せめて誤魔化しなさいっ」


「怒っています」と言わんばかりにツーンを顔を反らすソフィー。


「配電の修理だ」


「嘘吐きなレーカは嫌い」


 ご要望通り誤魔化したのに、理不尽だ。


「そ、そういうのに興味を持つのは結婚してから、ってお母さんも言ってたわ!」


 ナスチヤがソフィーを孕んだのは結婚前だけどな。


「それじゃあ結婚するか」


「ふえっ!?」


 奇声を上げるソフィー。


「この世界って何歳から結婚出来るんだ?」


「年齢制限はないけれど……そこまでして見たいの?」


 ソフィーの起伏の乏しい体をじっと観察する。

 彼女の肩にぽんと手を置いて微笑みかける。


「成人の16歳になるまで待とっか?」


「……あのね、レーカ」


 熟れた果実のように顔を真っ赤に染め、「そこに座りなさい」と床を指差すソフィー。

 大人しく指示通りに正座する。


「男の人がそういうことにとても興味があるのは、お母さんに習って知っているわ」


 さすがナスチヤ、そつがない。


「でも、女の子には色々と準備があるの。ああいう不意打ちは駄目なのよ!」


「準備って……心の?」


「心も体も!」


 茹で上がっているのではないかと危惧するほど彼女の顔は赤い。


「だから、ああいうことは私達の許可を得てからやってほしいの!」


「そう言われても」


 お風呂覗きに行っていいですか?

 いいですよ。

 ……なんて展開は有り得ないだろ。


「いや、逆説的に考えろ。わざわざそんなことを言うってことは、申請すれば風呂場も許可してくれるってことですか?混浴オーケーですか!?」


「駄目よ!っていうかなんで丁寧!?」


「じゃあどうすれば覗かせてくれるんだよ!?」


「覗くなーっ!」


 涙目となるソフィーである。


「不潔!ばかっ!そんなにいやらしいことばっかり企んで!」


 遂にソフィーがキレた。


「そんなに見たいなら見ればいいでしょ!」


 パジャマのボタンを外しだした彼女を慌てて止める。


「待て、ソフィー!お前は少し勘違いをしている!」


「なにがよ、変態っ!」


 変態戴きました、ありがとうございます。


「いいか、よく聞いてくれ」


 ソフィーと視線を合わせ、真摯に訴える。


「おっぴろげなんてロマンがない。ポロリ、チラリ、ピーピングトム(nozoki)こそ至高」


 だから、体を安売りするような真似はよしてくれ。そう告げて、パジャマのボタンを戻していく。

 ソフィーはなぜか、終始泣きそうな顔だった。


「どうしよう、男の人って本当に解らないよ、お母さん……」


「頑張れ」


 男心は懐中電灯の回路図より複雑なのだ。

 少々弄りすぎた彼女を落ち着かせ、本題に戻す。


「……それで?どうしてソフィーが俺の部屋にいたんだ?」


「あ、えっとね。お願いがあるの」


 ほう、ソフィーが頼み事とは珍しい。

 少々わざとっぽく上目遣いで手の平を合わせ、ウインクしつつ小首を傾げる。あざとい。


「温泉旅行に行きたいの」


「なんだかんだ言って、誘っているわけじゃないよな?」


 その後安全上の観点から一悶着あったものの、妙に熱心なソフィーに押され俺は社員旅行を承諾したのであった。








 世界の端、帝国と統一国家に挟まれる形でその国は存在する。

 国土面積で比べれば両大国に続き第三位。両国に文字通り板挟みとなったこの国は、通称『教国』と呼ばれている。

 スピリットオブアナスタシア号は現在教国の領内に入国し、目的地である町ズィーベンへと向かっていた。

 ブリッジの中央後方、艦長席より更に後ろの椅子にて俺はぼんやりと進路を眺める。

 ちょっとばかし豪華な作りのこの椅子は俺の特等席だ。一見豪華な外見とは裏腹に、リサイクルショップで買って自分で取り付けた悲しい過去を秘めている。

 この席は見晴らしがいいのは当然として、特殊な機能を追加している。俺一人でのワンマン運用能力だ。

 取っ手を握れば義手の右腕から神経接続され、船の状況を掌握し制御可能なのである。

 かといってしかし、戦艦は各部でスタッフが働いてくれて初めて全力で戦える兵器。俺だけでは移動程度しか出来ないので、あんまり意味のある機能ではない。

 むしろ、同時に装備した水筒ホルダーの方がよっぽど役立っている。

 艦長とはマイ水筒を席に常備させておくものなのだ。たしなみである。

 マリアとしてはメイドらしく給仕したいそうだが、彼女にもメイド長としての仕事がある。なにより俺が落ち着かない。

 そもそもマリアはソフィーのメイドだ。それも専属メイド、なにがあろうとソフィーと共にある立場である。

 そのご主人様と俺とを同列に扱っていいのだろうか。

 後で「俺とソフィー、どっちが大切なのよ!」と女声で訊いてみるか。さぞや氷点下な視線を寄越すに違いない。

 ともかく、マリアにはメイドとしての矜持とか誇りとか枯渇とかがあるらしい。

 なんでも俺達と別行動をしていた一年間、彼女は一人前のメイドとなるために日々鍛練していたそうだ。おかげで今やメイドギルドのメイド検定一級を所得。

 メイドギルドってなんだよ。メイド検定ってなんだよ。三級から一級まであるそうだが、それは凄いのか。

 水筒の蓋を開く。


「あれ、もうほとんど入ってない」


 飲み干すも物足りない。追加を調達しようと腰を浮かせた瞬間、目の前に筒を差し出された。

 マリアであった。


「はい、替えの水筒。そろそろなくなる頃だと思って」


「……ありがとう」


 メイド一級すげぇ。


「ところで、共和国も帝国も統一国家も教国も、通称であり正式名称ではないのですよ」


「マジで!?」


 ブレザー制服を身に纏ったキョウコが衝撃の事実を暴露した。


「ほとんどの人が忘れ去っていますが、カタガナが並んだ長い固有名詞があるのです」


「……して、その名は?」


「ほとんどの人が忘れ去った、と言ったではありませんか」


 キョウコ自身覚えていないらしい。


「リデア、帝国の正式名称ってなんだ?」


 すぐ目の前の艦長席に座る金髪少女、帝国の姫君リデアのつむじを突っつく。

 慌てて頭を両腕で守るリデア。


「や、やめんか!腹を下すツボを押すな!」


「すまんすまん、それで正式名称は?」


「知るかー!」


 知らないのかよ。


「つか、なんで君ここにいるの?」


 昨日まで船にいなかったじゃないか。


「いや、昨晩は船に泊まったぞ」


 気付きすらしなかった。


「ようやく私物を粗方運び終えたのでな、本格的にこちらに移ろうと思う」


 完全に居座る気である。


「姫って案外暇なのか?」


「な訳あるか。なんというか、城には居にくくなっての」


「親子喧嘩でもしたのか?」


 冗談半分で言えば、まさかの首肯。


「そういう設定じゃ」


 設定ばらしちゃだめだろ。


「お主を騙す為の設定ではなく、対外的な設定なのじゃが……まあ、色々はっきりしてから教えてやる」


 謎のサムズアップをするリデア。また何か裏でやっているらしい。


「私も久々の教国です。気合いを入れなければなりませんね」


 蝶ネクタイを微調節するキョウコ。慰安旅行に気合いを入れる要素があるのか?


「そうではありません。我々ハイエルフは、神に近しい種族ですから」


「ああそうか、教国って宗教の国なんだっけ」


 俺としては威厳も畏怖もへったくれもないのだが、この世界の住人はセルフ・アークを有り難がっている。神があんなアンポンタンのチンチクリンだと知れば、人々は世界が生まれて滅ぶまで寝込むだろう。


「ハイエルフは教国では聖人として扱われるからのう」


 マジか。聖女キョウコとかギャグだろ。


「気合いを入れた結果としてお洒落をしてみたのですが、なにかおかしいところはありませんか?」


 くるりとターンするキョウコ。チェック柄のミニスカートがふわりと浮き上がる。

 おかしいといえば何もかもがおかしいが、あえて指摘するとすれば。


「そのスカートはこの季節にはどうなんだ」


 船内は冷暖房完備だが、外は寒いぞ。


「ご心配なく、学園指定のロングコートも用意していますから」


 学園指定?


「そのブレザー制服、教国立魔法学園のじゃろ?」


「あー、あったなそんな設定」


 いつだったかキョウコとデートした時に、学園について聞いた気もする。


「なんじゃ、今更入学したくなったのか?」


「いえ、趣味です」


「……趣味か」


「はい、趣味です」


 きっぱりとリデアに向き合い断言するキョウコ、その横顔には凛々しさすら感じる。

 俺は静かに数歩下がって、彼女を後ろから見た。

 黒髪の彼女が制服を着ると、なんとも郷愁をそそられる。あくまで後ろ姿だけだが。

 正面から見れば尖った耳に西洋人の顔立ち、日本人とは雰囲気が全く異なるのだ。


「……レーカさん?どうかしましたか?」


「ストップ!」


「え、あ、はい」


 振り返ろうとした彼女を止める。


「キョウコは俺に背中を向けて立っていてくれ」


「どんな罰ゲームですかそれ」


「面舵いっぱーい!」


 船が大きく進路を変え、俺はたたらを踏んだ。


「ズィーベンが見えてきましたぞ、艦長」


「うむ、総員下船の準備を整えるのじゃ!」


 見れば、前方には多数の煙を上げる町。

 多くの船が出入りする港に、船は着地した。








 神頼みをする者はいつだっている。祈ったところであるかも解らない、むしろないと神自身が断言していようと、それでも人は願わずにはいられない。

 ロリ神を信仰する人々は総本山たる教国へと集まり、そうすると近場に宿泊施設や娯楽施設が発展する。

 そうして教国近郊の温泉が湧く土地に生まれたのが、温泉街ズィーベンなのだ。


「つまりはお座敷ってやつだな、しおりは持ったか皆の集」


『おーっ!』


 手作りの冊子を片手に先頭にゾロゾロとタラップを降りて下船する。

 機密技術の多いこの船には、地球を参考にした様々なセキュリティが張り巡らされている。外部の人間は当然として、内部の人間ですら無関係な部署には簡単に入れない。というか、メイドさんあたりはリデアの息がかかっているに違いないし。

 旅行中はガチターンと社長ちゃんが船に残ってくれると申し出てくれた。子供が小さいから旅行も難しいとのこと。


「マキさんは出るんですか」


 おしゃれした猫耳人妻はちゃっかり一行に混ざっていた。


「むぅ、ガチターンが『行ってこい』って言ってくれたんだもん。それに夜は戻るよ」


 いや責めているわけじゃないヨ?


「ともかく、まずは宿だ。予約した場所に行って荷物を置いて、自由時間の後に飯だからなー!」








 船員を引率して宿にチェックインを済ませ、仮初めの自室に荷物を置く。

 しばらくは自由時間。まだまだ体力も有り余っている、どうせなら外に出よう。

 マリアとの会話で再確認したが、俺達は恋人の関係にも関わらずプライベートな時間があまりない。この機会を逃す理由はないだろう。

 ソフィーとマリアの相部屋を訪ねると、なぜか黒髪の女性がいた。


「おっ、キョウコ?なんでソフィーとマリアの部屋にいるんだ?」


「呼び出されたのです。まあ、ちょっとした用事があって」


 変に目配せする女性4人。なんだこの連帯感、男は不要か。


「よく見ればリデアもいるし」


「最初っから居たわい」


 失礼な奴じゃ、とそっぽを向くリデア。


「というか、ソフィーとリデアの格好はなんだ?」


 二人は控え目ながらも美しいドレスを纏っていた。男性を魅了する為の道具、というよりは民族衣装のような歴史を感じさせる意匠のドレスだ。


「そういえば、マリアもメイド服に戻っているし」


 さっきまで私服だったのに。


「ちょっと教国に挨拶してくるわ」


 コンビニ行ってくる、という風に気軽に告げるソフィー。


「教国に立ち寄っといて顔も出さないのは非礼なのじゃ。面倒じゃが、すぐに終わらせて戻ってくる」


「んー、俺も行こうか?」


 一応チームの責任者だし。


「いらない。レーカがいるとややこしくなる」


「さいですか……」


そりゃあお偉いさん同士のマナーなんて判らないけどさ。


「そういうことだから、さっきのこと、よろしくねキョウコ」


「はい、承りました」


 なんのこっちゃとキョウコを見るも、教える気はないらしい。


「つまり、ソフィーとリデア、その付き添いのマリアはお出掛けするのな」


「ええ、なにか用事でもあった?」


「デートにでも誘おうかとな。まあいいや、キョウコ。どっかブラブラしようぜ」


「は、はいっ!ラブラブしましょう!」


 キョウコを除く全員にジト目で見られた。


「うわきものー」


 ひどい言い様である。


「まあまあ、若いお二人にはまだまだ時間はありますよ」


 キョウコがフォローするも、マリアはじっと彼女を睨む。


「余裕のつもり?……老いていく私達と違って、貴女は延々に若い姿だものね」


「……いえ、私にだって余裕も時間なんてありませんよ」


 その色々な感情を抑え込んだ表情に、俺達はなにも言えなくなってしまった。








 丁度『父を訪ねて三千里』が公演していたので、キョウコと共に鑑賞して時間を潰した。

 相も変わらずカオスな内容に憔悴しつつ、どこか休める店を探して大通りをゆく。


「最近、レーカさんに避けられているのではないかと心配でした」


 キョウコは不意に、内心を吐露した。


「実際避けていたし」


「えっ」


 固まってしまった彼女の手を強引に引っ張る。立ち止まるな。

 行き交う人々は洋服と浴衣が半々といったところ。あちらこちらには逆さクラゲが掲げられ、火照った体を冷ましている。


「ここって異世界だよな、ここだけ日本にワープしているとかないよな?」


 木造の建物が並ぶ雪化粧の町並み。セルファーク人はなぜか日本語を使っているので「湯」の字も見受けられる。異世界風情もへったくれもない。

 異世界語を脳内変換しているのだ、絶対そうだ。異世界トリップのお決まり、翻訳魔法があるからって設定や世界観が調子に乗っているに違いない。

 昔に読んだ小説の情景は、きっとこんな感じだと思う。駒子かわいいよ駒子。

 ……ごめん嘘。あの女はちょっと面倒臭い。


「あ、はい、ここは地球の文化が色濃いのでしょうね。教国は記録を残すことに懸命ですから」


「そういえばキョウコは地球のこと知っているんだよな。いいかげんその伏線回収しろよ」


 ところで逆さクラゲという単語は卑猥な隠語である場合もある。口頭では無難に温泉マークと呼ぼう。

 クラゲの一種としての逆さクラゲも実在する。マジで上下逆転したクラゲである。

 すげーどうでもいい脱線。


「そ、それより私を避けているというのは、どういう意味なのですか……?」


不安げに俺の顔色を覗き込むキョウコ。若干顔色が悪い気すらする。


「なぜ、ふえぇっ」


「な、泣くなよ」


「誇り高いハイエルフは泣きませんっ」


 現に泣きかけだが。


「急過ぎるだろ、その、ごめん?辛いのか?」


辛くなければ人は泣かない。けれど彼女が精神的に不安定なことに、俺は気付けなかった。


「使命に突き動かされ400年、初めて人を好きになったのに、嫌われちゃった」


 遂にはわんわんと涙を溢す。

 今までの生活を思い返し、彼女の日常を反芻する。

 すると、キョウコの些細な行動発言に隠されたサインがある気がした。


(……こいつなりに必死だったのかもしれない)


 大人びた雰囲気と口調で忘れがちだが、キョウコの内面は存外初心だ。

 積極的なセクシャルアピールは、それ以外に異性の気を引く術を知らなかったから?

 凄い罪悪感が沸き上がってきた。これでは邪険に扱えない。


(最低だ、勝手なイメージを押し付けて、彼女のことを見れていなかったなんて)


 最近心配事が減ったと思いきや、別の場所にしわ寄せがきていたか。


「やだ奥さん見てあれ、聖女様を泣かせていますわよぉ」


「あらホント、これは当局に報告ねぇ」


 オバサン達がこそこそと噂を始める。当局って教国政府?

 なんにせよ、往来の真ん中で女性を泣かせるのはまずい。キョウコとの絆の保全は保留可能だが、社会的地位の落下は待ったなしだ。


「泣くな、ほれほれよーしよし」


 彼女の両脇を持ち上げくるくるとターン。


「……子供扱いしないで下さい」


「身長は追い越したぞ」


「ぐすっ、人間は成長が本当に早いですね、そもそも私もさほど大きくないですけど」


 体の起伏に乏しいキョウコは身長も控えめだ。ずっと見上げていた彼女と視線の高さが変わらなくなったのは、はたしていつ頃だったか。


「ほれ、鼻かめ。鼻水ぶぁーっとしているぞ」


 美女の彼女に対して具体的な表現技法は避けることとする。ぶぁーっ、である。


「ぶへーっ」


「ほれ、ちーん」


「ふへちぇっ」


「ああほら、ぶぁぶぁーっとなっちまった」


「ふぁ」


 なんとも脳みそが溶け腐りそうな会話の応酬だ。


「とにかく人目のないところに移動しよう」


 そう提案すると、キョウコは両手を俺に伸ばす。


「抱っこー」


「幼児退行するな、400歳」


「抱っこー!」


 見れば彼女の瞳は落ち着きを取り戻している。この機会に乗じて甘え倒す心算のようだ。

 キョウコを背負うと、不思議と懐かしい気がした。


「私の背中で泣いても構いませんが?」


 声がドヤッとしていた。


「泣くかっ」


 黒歴史である。








 人の多いズィーベンには女を泣かせた野郎の居場所などない。

 解析魔法と身体強化を駆使しキョウコを背負った俺は疾走する。


「移動速度が仕事モードなのですが」


「生きるか死ぬかのミッションだからな」


 そう、いかにキョウコを連れ込む場所を見つけるかは俺にとって、俺の社会的地位にとって死活問題。

 宿は駄目だ。仲間に見られたら面倒必須。

 数分走った俺は、ようやくいい案配の店を見つけた。


「個室のある茶屋か、ちょうどいい」


「……体が目的ですか!?」


「は?」


 キョウコ曰く、茶屋とは和風の喫茶店という意味以外にも、ラブホ的な役割がある場合があるそうな。

 お座敷。逆さクラゲ。茶屋。温泉街にはエロが溢れている。

 茶屋の一室を借りて、キョウコと正座で向かい合う。


「優しく……いえ、いっそ乱暴に……!」


「落ち着け、話をしよう」


 取り乱したキョウコに拳骨を落とす。


「すいません、少し欲情しました」


 どうしよう、キョウコのこれってハイエルフ特有の習性だったりするんだろうか。

 そういえばエルフのエカテリーナもよく欲情していたではないか。これはやはり、エルフの特性?

 だとすれば、否定するのは失礼にあたるかもしれない。生まれ持ったものを拒絶されれば誰だって嫌だろう。

 まあ、違うんだろうけど。


「キョウコ!!」


「はいっ!?」


 勢い余って名前を叫んでしまった。呼ぶだけのつもりだったのに。

 名を呼ばれ赤面して目を白黒させる彼女。なにを言われるのかと、若干の怯えを孕み潤む瞳。

 改めて向き合えば、そこにいるのはただの一人の女性なのだ。

 熟練の自由天士として頼もしく思っていた背中は、今や華奢で儚い。

 キョウコの両肩を掴む。

 俺も緊張していたのか、そのまま畳に彼女を押し倒す。


「レ、レーカさん……離して下さい」


 言葉では拒絶しつつも、抵抗しないキョウコ。ええい、ままよ!


「ごめん。俺、お前を強い奴だと思ってた。弱さなんて自己解決出来る大人だと思ってた」


 失望などではない。こう言ってはなんだが、安心した。


 400年生きていようと、辛ければ泣くんだって。


「キョウコ。お前を年上だと認識するのは、年上だからって甘えるのは止めにする。キョウコは対等な仲間で、俺の部下だ」


「今までも作戦中はレーカさんの指示に従っていましたが」


「それでも、な。作戦上、先輩の銀翼ってことで別枠扱いしていたことは否定出来ない」


 色々と気を使ったりしていたのだ、これでも。


「戦闘能力も手段を尽くせば上回れる、と思う。天士としての経験だってぼちぼち積んだ。なによりーーー」


 口から漏れだす言葉と衝動のままに、キョウコを抱き締める。


「ひゃっ」


「こんなに、弱くて儚い女性だ」


「あっ……」


 身を固くしたキョウコだが、すぐに体を委ねてくる。


「そう、ですね。上司命令なら仕方がありません。よろしくお願いします」


 人に聞かれたらパワハラの現場だと思われそうだ。


「ああ。これからもよろしくな、キョウコ」


「はい」


 俺は決心していた。キョウコは手放さない。仲間としても、女性としても。


(……どうやって彼女達に許しを貰おう……)


 なにより、ぎゅっと目を閉じて覚悟を決めた表情で俺の行動を待っている彼女を、どうしたものか。

 注文したぜんざい、はよこーい。






 ぜんざいが来ない。


「ちょっと待たせ過ぎだろ、すいませーん?」


「ああレーカさん、そんな何分も焦らすなんていやんばかん」


廊下に頭を出して店員さんを探す。


「うまうま、あまうま」


小さな女の子がぜんざいを貪り食っていた。


「……君、それ誰の?」


「店員から預かったのよネ!はい、お兄ちゃん!」


空になった器を渡される。


「ゴチなのヨ!」


「キョウコ、ちょっと騎士を呼んできてくれ。窃盗の現行犯だ」


「了解です」


慌てふためく少女。


「ななな、子供相手に冗談が通じないとか鬼、鬼がいるゾナ!?」


「いちいち変な語尾を付ける奴だな、子供だからって無銭飲食すんじゃねーよ」


ポカリと痛くない程度に頭を叩く。変な子供だが、妙に憎めない。


「レーカさん、この子供を信用しない方がいい。こういう子供は愛想を振り撒く術に長けている」


年の功からか、キョウコは少女を警戒する。


「判ってるっての。結果がプラスにしか働かない天然ボケは養殖モノだ」


その上で憎めない気にさせされるのが、なんとも腹立たしい。


「親はどこだ、近くにいるのか?」


歳は俺やソフィーと同じくらいか、少し下といったところ。なかなか可愛らしい少女だ。


「その辺にお姉ちゃんがいるはずなの、シラナイ?」


「しらねーよ。その辺って、どのレベルでこの辺だ?」


「んー、この街にいるのは確実ネ!」


 ざっくりしているなぁおい、つまり迷子かよ。


「この街の騎士に預けますか?」


「そうだな、観光地だし迷子探しも慣れているだろうが、とりあえず近くを見て回るくらいはしておこう」


 ぜんざいは残念だが、子供を放置するわけにもいかない。


「ええと、お姉ちゃんがいるって言ってたな」


「肯定なの」


「美人か?」


「それ大事なことですか、レーカさん」


 モチベーション的にとても大事です。


「お姉さんのことを教えてくれ。歳とか胸のサイズとか服装とか髪の色とか、外見のヒントを」


 容姿がある程度判らないことには探しようがない。


「んーそうね、髪は白で……」


「白?銀髪か?」


 セルファークにおいて銀髪は特別な意味を持つ。

 帝国の正統なる血筋にのみ顕現する、王家の象徴。帝国王朝の一族は先の大戦前に根絶やしにされて、唯一の生き残りであったナスチヤも亡くなった今となってはソフィーが正真正銘最後の継承者だ。

 とはいえ、実は他にも表舞台に現れていない生き残りがいるかもしれない。結論を出すには早いだろう。


「帝国と共和国の王族の血を引いているとびーっきりのお姫様で……」


「帝国と共和国?」


 共和国の前身であった王国の血脈、それを継いでいるのはガイルだ。お姉ちゃんとはガイルの娘である可能性が高い。

 とはいえ、ガイルの父、イソロクに隠し子がいる可能性だってゼロではない。結論は早計だ。


「そして貧乳なの」


「はっ、まさかソフィーか!?」


 最後に決定的な絞り混みがきたな、彼女のいうお姉ちゃんとはソフィーに違いない。

 しかし、この少女は秘密を知り過ぎている。


「お前、何者だ?」


「私はファルネよ、お兄ちゃんとは始めましてかしら?」


 ……ああ、思い出した。


「フィオ・マグダネルの娘、そしてソフィーの……」


「腹違いの妹ですの!」


 キャピ、とファルネはウインクとピースサインをした。








 ファルネ・マグダネル。ガイルに恋慕していたフィオが変身魔法にてナスチヤに化けて夜這いを敢行し、結果産まれた子供だ。

 認知こそされていないが(そもそもナスチヤが記憶を消したので、ガイルはファルネを認識すらしていなかった)、つまりはソフィーの異母姉妹である。

 この子と最後に会ったのはガイルとの決闘時。あの場は録に会話もしていないので、顔を会わせ話をしたとなれば更に国境の町フィーアでの偶然の邂逅まで記憶を遡らねばならない。

 それでも、二、三話しただけ。一年以上前なので記憶そのものも曖昧だが、少し気になることがある。


「ん?お兄ちゃん、どうしたかしラ?」


 こんな愉快な性格だっけ、この子って。


「お母さんは一緒じゃないのか?」


 フィオ・マグダネルはガイルと行動を共にしているはず。旅に出て初めてのガイルの手がかりだ、情報は仕入れたい。

 しかし打算で質問をした報いか、俺はどうやら地雷のアホ毛に触れてしまったらしい。


「ふん、あんな女のことはどうでもいいデショ」


「あ、あれ?」


 つーんとそっぽを向くファルネ、随分とお怒りである。以前は身を呈してでも母親を守ろうとするほど彼女を慕っていたのに。


「あ、もしや反抗期か?」


「そういうのは何百年も前に済ましたワ」


「ロリババア乙」


 キョウコが落ち込んだ。エルフはロリじゃないだろ。


「ババアであることは否定しないんですか……」


「体が若ければ問題ない」


「今のが一番の問題発言なのネ!」


 人を好きになるのに、外見は関係ない。……なんて言える奴は、実際そうそういない。

 俺だって例に漏れず、美人が大好きである。悪いか。


「お兄ちゃんはお姉ちゃんの婚約者と聞いているけれど、浮気する気ナノ?」


「そこなんだよ、キョウコを愛人にするか捨てちまうのか、今まさに困っていてな」


「私を捨てるかどうかの相談を、目の前で平然としないで下さい……」


 冗談だよ、キョウコ。

 彼女を抱き寄せ頬にキスする。決めたんだ、キョウコを手放さないって。


「えっ……」


 小さな呟き声。

 見れば、廊下の先にはソフィーがいた。

 客としてきていたらしい。


「えー」


「えー」


「えー」


 三者三様に奇妙な声を漏らす。文面では同じだが発音のニュアンスが違うのだ。

 とりあえず、俺は突発的に逃走を図ったソフィーを捕まえた。






「レーカ、相談があるの」


「ははは、なんだいソフィー?」


「婚約者が他の人にキスしているのを目撃した場合、どうしたらいいかしら?」


「勘違いだ。人工呼吸だよ」


「頬っぺたに?」


 茶屋の一室にて尋問される俺。後ろではリデアとファルネが睨み合っている。


「こっち向きなさい」


「むにぅ」


 頬を引っ張られる。


「ばかレーカ。私達は大変だったのに、呑気にデートしていたなんて。ばかばかばかっ」


 ぽかぽかと叩かれる。


「大変だったって、何かあったのか?」


「教えないっ」


 まあまあ、そう言わずに。


「知らない女の子が増えているし……新しい恋人候補?」


「偶然会ったんだよ、迷子……なのか?」


 ソフィーを探していたなら、その理由とは一体。


 そもそもなぜ、ソフィーがズィーベンにいると知っていたのだ?


(ーーー俺達の中に内通者がいる?)


 少人数で旅をしていた頃と違い、船員を全て把握しているわけではない。リデアの派遣したメイドや船員に調査漏れがいるかもしれないし、フィアット工房の職人達も一メカニックに化けて生活していた紅蓮の構成員である可能性だってある。ここまで疑ってはきりがないのも事実だが。

 ふとこちらを向くファルネ。俺の疑問の回答ではあるまいが、今日ここにいる理由を提示する。


「悪の組織にだって休日はあるワ」


「悪の組織?」


 首を傾げるソフィー。


「悪の組織に休日とか労災保証ってあるの?」


「気になるのはそこかよ」


「おねーちゃーん!」


 ソフィーにタックル、もとい抱擁するファルネ。

 紅蓮ならばともかくガイル陣営の彼女にはソフィーを害する意図はないだろうし、好きにさせる。


「きゃあぁっ」


 ソフィーの筋力ではなすがままである。というか、自分より小さな子よりか弱いのか。


「お姉ちゃん可愛い!丸くなった!」


「なってないわよ!」


 涙目で否定するソフィー。彼女はむしろやせっぽち呼ばわりされても不思議ではないレベルだ。


「幾ら食べたって縦にも横にも大きくならないのよ、この体は!」


 本人も涙ぐましい努力はしているらしい。不要な部分が横に大きくなったら目も当てられないので、腹八分目にしなさい。


「そうじゃなくて、性格が丸くなったカシラ!」


「……何時と対比して、よ」


 ソフィーの性格は引っ込み思案が改善したくらいで、本質的には変わっていないと思うが。


「うーん、前世?」


「人違いよ」


 実はソフィーも転生キャラ説浮上。


「そもそもなぜ、私がお姉ちゃんなの?」


「お姉ちゃんはお姉ちゃんなの!凛々しくて、ポニーテールで、野蛮な男天士達にも毅然と対峙するような勇気溢れる騎士姫なのヨ!」


 共通点が一つもない。


「お姉ちゃんはお姫様でいられたのね、守ってくれる騎士様に感謝しなサイ」


 ちらりと俺を見るファルネ。ソフィーは警戒するように目を細める。


「……そうね。レーカが守ってくれなければ、私は強く変わらなければならなかったかもしれない。私自身もそう思うわ」


 一歩引き下がる。


「でもそれは私の内面の事情、私だってレーカにも悟られたくない部分はあるわ。それを推測することが出来るのはマリアくらいよ、貴女、誰?」


「ファルネ・マグダネルともうしますワ」


「マグダネル、お父さんの部下の……」


「娘デス」


ニコリと首肯するファルネ。






「お兄ちゃん、目の前にスイッチがあったら押したくナラナイ?」


「そりゃあ……なるかもな」


「それと同じで、男っていうのは穴があったら入れたくなるケダモノなの」


 話は戻り、ソフィーの俺浮気疑惑の追及は加速する。

 だがしかし、俺に説教するのはファルネであった。


「わかるデショ?スイッチがあれば押したくなる。水溜まりがあれば飛び越えたくなる。ベルが鳴れば涎が垂れる」


「うん。……うん?」


 条件反射?


「そして、女がいればズッコンバッコンしたくなるの」


「いや、その理屈はおかしい」


「でもその結果出来ちゃった子供はこう思うわけヨ」


 ニコニコ笑っていたファルネは、電源が切れるように無表情となる。


「死ねよ」


「……なんかごめんなさい」


 二股三股を目論んでいる身としては、耳に痛い話であった。


「ねえファルネちゃん、お母さんの場所、知らない?」


 作り笑顔で問うソフィーに、ファルネは「教えない!」と断言する。


「情報を引き出そうとする手口がお兄ちゃんと同レベルだよ、お姉ちゃん!」


「レーカと同レベル……」


 なぜショックな顔をする。


「似た者夫婦だネ!」


「ふへっ!?」


 ボンッ、赤くなるソフィー。

 湯で上がる我が婚約者、フリーズしている間にファルネに耳打ちで訊く。


「なあ、自分の出生については明かさないのか?」


「明かして意味ある?」


 いや、お姉ちゃん呼ばわりするくらいだし、姉が欲しいのかなって。


「ガイル陣営からこっちに鞍替えするか?」


「おおう、食指の動く提案カシラ!」


 動くんだ、食指。

 ピョコピョコと跳ねる鬱陶しい人差し指を握り締め、ファルネは立ち上がる。


「さて、揃ったことだし遊びに行こウ!」


「マジで俺らと馴れ合う気かよ!?」


「私は一人旅行で来たのヨ!宿はどこ?」


「ちょ、おま、一人旅行って」


 ファルネはソフィーより極僅かに歳下だったはず。つーことは12歳か13歳か。


「センチメンタルジャーニーしていい歳じゃないだろ」


「お兄ちゃん、女性一人の旅は全部感傷旅行とか思ってナイ?」


 似たようなもんだろ。いや実際。

 なんだ諸君、その残念なものを見る目は。








 本当に図々しくも押し掛けやがったファルネは、俺達一行の追加一員として集団割引に与るというセコい真似を披露した挙げ句、俺の膝の上で俺の懐石料理を頬張っている。


「ファルネ、なんでここにいるの」


「追加分の料金は払ったワ」


「そうじゃなくて、左右前後から包囲されているんだが」


 右にソフィー、左にマリア、後ろにキョウコで前にファルネ。

 まさに四面楚歌!

 社員旅行では大広間で宴会をやるのが定番だが、この宿は温泉が狭くはないが広くもないので時間をずらして交代で入浴することとなった。俺達の順番はまだ先なので、先に飯である。

 故に、ここは個室でありメンバーも身内だけなのだ。


「懐石料理の語源は、文字通り温めた石を抱いて寒さを凌いだことからだッテ。なら女の子を抱いているお兄ちゃんは?」


「……懐妹料理?」


 なにそれやらしい。


「というわけで、このゼリーをチョーダイ」


「あ、温存していたのに!?」


 豆の入った透明な寒天の菓子を強奪される。


「なら天ぷら寄越せ、抹茶塩も」


「あっ」


 ファルネは小さく声を上げて、上目遣いで見返り、頬を朱に染めた。


「お兄ちゃん……お尻に固いものが、当たってるワ」


「当たってねぇよ、とんだ風評被害だよ」


 なにを言い出すのかこいつは。まさか暗殺(社会的)?


「レーカ、はい、あーん」


 ソフィーがスプーンを差し出す。


「では私も」


「私だって」


 キョウコとマリアも同じように、それを乗せたスプーンを俺に示す。


『あーん』


 にこやかに向けられる三本のスプーン、乗っているのは水色の固形燃料であった。

 一人鍋の下にあるアレである。もちろん着火済みである。


「皆さん、熱いです。近付けないで下さい」


 三者共に俺の前髪を燃やさんという勢いだ。


「でも、本当になにかお尻に当たってるヨ?」


「嘘だ、だってちゃんと股で挟んでるし!確認したし!」


 潰されては堪らないと、ファルネが座ってくる直前に咄嗟に下に押し込んだのだ。


「あ、あれって挟める物なの?」


「本で固いって書いてあったわ」


「は、入ってくるんだもの!きっとミミズみたいに動くのよ!」


「やだ、気持ち悪い!」


 動かねぇよ。動かねぇよ。


「三次元ベクタードノズル搭載ね」


 そんな変態機動出来ねぇよ。


「せいぜいF-104レベルだ」


「そんな飛行機あったっけ?」


「俺の世界の迎撃機だよ」


 ぴゅーっと駆け昇って敵機を迎え撃つ戦闘機である。

 どちらも上に向かうことは得意です、ってか。絶対口に出来ないギャグだな。


「上に向かうのは得意だぜ」


 言うけど。


「…………?」


「…………?」


「…………?」


「お兄ちゃん、それどうなの……」


 ファルネだけに通じた。この世界ってエロ本とかもないし、見たことないんだろうな。


「……なんでファルネは知ってんだ」


「私は子供じゃないのカシラ」


 えっ。


「この体は新品カシラ!……あ、コレ」


 もぞもぞとファルネが取り出したのは、小さな機械だった。


「ゴメンナサイ、固い感触はこの携帯だったワ」


「ガラパゴス!?」


 折り畳み式携帯電話。ファンタジー世界にあっちゃいけない物ベスト10に入るだろう。

 上位に食い込むのはきっと、戦闘機や巨大ロボットとか……あれ、あるんだけど。

 と、その時携帯が鳴った。どうやらこの世界には複数ガラゲーがあるようだ。


「はいモシモシ、ファルネですが。……お母さん?」


 電話の相手はフィオか。ここで携帯を奪い取れば、ガイルの居場所を知れるのだろうか。

 ソフィーが頭を横に振る。そうだな、そういうのはナシだ。


「機体の整備?いつもと同じでいいわ。C整備?まだそんなに乗ってない、ああもういいわ。帰ったらオネガイ」


 ファルネは自分専用機を持っているようだ。

 俺としては気になった時にはマニュアルを無視して、しっかり整備したい気持ちも解る。

 フィオもやはりメカニックなのだな。


「うん、うん、弁えているわよ、いい加減にシテッ!」


 怒鳴り、乱暴に通話を切ってしまう。


「喧嘩?」


「違う、喧嘩は普段仲のいい間柄でするものヨ」


「普段から仲悪いのか、なんでまた」


「あれはいつまでも女でい続けているのヨ。私なんて好きな男に抱かれた証明書としか思ってないワ」








 微妙な空気となってしまった食事を終え、遂にメインイベントがやってきた。


「風呂だー!」


「温泉だー!」


「よく考えたら風呂でなんではしゃいでんだ俺らー!」


 脱衣場を目指す一行。他の連中とは僅かに時間をずらしているから、一行とは身内メンバーとファルネだけである。船生活でこういうのは慣れた。


「効能とかはあるのかのう?ほれ、ミネラルとかタウリンとかのアレじゃ」


「さっき、看板には解毒効果があるって書いてあったわ」


「美肌効果があれば良かったのですが」


「エルフは肌が衰えないじゃない。こっちは水仕事が多くして注意が必要なのに。ねたま、羨ましい」


「風呂だー!」


 和気藹々と話す女性達。最後の叫びはマキさんだ。


「うむ」


 全員美人である。


「うむ」


 しかも一人は人妻である。


「何をさっきから頷いているんだね、君は」


 キザ男が俺に呆れた視線を向ける。


「うーむ?」


後の作戦において仲間として引き込もうかと考えるも、こいつは意外と堅物なところがある。計画は一人で遂行しよう。






 カポーン。


「どこだっ、どこから鳴った!?」


「なにを興奮しているんだね君は」


 温泉は見事な露天風呂だった。というか予約する時に確認して、この宿に選んだのだ。

 教国は世界の端に位置するが故に、最果て山脈が割と近く、見事な原風景が広がっている。それを借景とした露天風呂は解放感抜群だ。


「寒いな、さっさと入ろうではないか」


「先に体を洗えっ」


 ごしごしと片腕で体を洗う。錆びるので義手は脱衣場だ。


「あー洗いにくいっ」


 もういい加減慣れているが、片腕での入浴は大変だ。実は足も両方義足だが、こちらは完全防水である。

 なぜ義手は防水じゃないかって?色々多機能でギミックが多いと、防水もやりにくいじゃん。

 具体的にどんな仕組みがあるかはヒミツだ。明かしたら秘密兵器じゃなくなってしまう。


「はい終わりっと!」


 急いで準備を済ませ、お湯に浸かる。


「ふぅ……」


「ははは、君は温泉が好きだったのだな」


 朗らかに笑うキザ男。やっぱ邪魔だ。

 俺は目の前の壁を睨む。木造の塀、向こうにも似た作りの温泉があるはず。

 違うのは設備ではなく、使用する染色体46本中2本が異なる人々である。

 ぶっちゃけると女湯である。


「……やるか」


 おもむろに立ち上がる。

 いくら女性の風呂が長いからといって、浴槽に浸かってしまっては手遅れだ。一番のタイミングは体を洗っている時間。

 アクションも大きく、お湯で隠れることもない。それでいて泡や湯気、謎のレーザーによって大事なところは見えない、それがむしろイイ!

 急がねば最大のアタックチャンスを失う。

 ひたひたと塀に近付くと、キザ男が俺の肩を掴んで止めた。


「待ちたまえ。なにをする気だ」


 チッ、やはり勘付いていたか。


「止めるな、俺は、俺はやらなくてはならないんだ」


 俺の前に回り込むキザ男。


「姫の裸体を貴様などに見せるものか!」


「俺は婚約者だ!文句あるか!」


「あーもう、色々最低だな君は!」


 温泉に投げ込もうとキザ男の腕を握る。

 つるん。


「なぬっ!?」


 再度掴もうとするも、キザ男の四肢は俺の拘束から抜け出してしまう。


「ふはは、こんなこともあろうかと全身に石鹸を塗っておいたのさ!」


「おま、それで温泉入ったのか!?」


 源泉掛け流しだからそのうち排泄されるだろうが、迷惑な客だ。


「いや覗きをしようとする客の方がよほど迷惑だろう!っていうか犯罪だぞ!」


「ふん、嘗めるなっ!そんなこと計算済みだ!」


 この温泉宿は現在、ほぼ俺達一行で貸し切り状態。残った数部屋に個人客が何人かいる程度だ。

 俺達の仲間にもメイドさんなど女性はそれなりにいるが、現在ローテーションで入浴しているのは先程の5人だけ。頑張って割り振った。


「つまり、女湯にいるのは彼女達だけだ!たぶん!」


「それがなんの解決になっているのかすら解らないが、というかなぜ僕をわざわざ同時間帯に指定した!?」


「うろちょろされても困る!拘束させてもらうぞ!」


 タオルで縛ってしまえばいいと気楽に考えていたが、まさか石鹸で対抗してくるとは。


「このっ、いい加減捕まってしまえ!」


 つるん。

 ぷりん。

 にゅるん。

 ふにゃん。


「き、気持ち悪いっ……!」


「まったくだ、いい加減諦めたまえ……!」


 なんで男ともつれあわなければならないのだ。


「うほっ!?」


 石鹸のヌルヌルで足が滑る。

 咄嗟に俺は目の前の、キザ男の腰のタオルを掴む。

 ーーーぽろり。


(ここでタイトル回収、だと……!)


 絡まったまま転倒した俺達。

 ぺしっ、と顔になにかが当たった。

挿絵(By みてみん)

※画像はイメージです


「あ、死にたい」







 転んだ拍子にキザ男は失神してしまった。打ち所が悪かったらしい。


「ほう、なかなか立派ではないか。まずはシャワーだ!」


「そうですね、こういう場所は久々です」


 ルーデルとガーデルマンが入ってきた。ナイスタイミング。


「ガーデルマンさん、こっちこっち」


「おや、どうしましたか?」


「こいつが石鹸で転んでさ」


 船医を兼ねたガーデルマンはこういう時頼りになる。てきぱきと診察を終え、キザ男の身に危険性はないと判断した。


「彼を運び出しますよ、ルーデル」


「うむ」


 乱雑にキザ男を持ち会えるルーデルとガーデルマン。帝国貴族として立場が一番下なキザ男は、彼らには逆らえないポジションなのだ。


「こういう時、船医がいると頼もしいです」


「まあ、私は獣医ですけれどね」


 えっ。


「冗談です。心臓外科医ですよ」


「そ、そうですよね。あー、心臓止まるかと思った」


「その時は動かしてあげます」


 そりゃどーも。

 キザ男を放り投げに二人が一旦出ていき、風呂場の人口は一気に減る。

 よし、今がチャンス!


「ふっ、ふぬぅ、届け、あとちょっとっ!」


 見知らぬ少年が境界の塀によじ登っていた。


「…………犯罪者だー!?」






「妹の成長を見守るのは兄の役割。そうだろう、君」


「そうだな、婚約者の健康管理は俺の役目。あとメイドとハイエルフ、ついでに人妻も」


 意気投合した彼はアルーネと名乗った。超美形だがどこか残念なタイプだ。

 歳の頃は俺と同じくらいか、中々筋肉質だな……ん?


(手に操縦幹のタコがある。全身の筋肉は強力なGに耐えきる為のものじゃない。激しい振動の中で自由に動く用途の筋肉だ。こいつ、人型機天士か)


 まあ、若い自由天士だっていないわけではない。俺達だって人のことは言えないし。

 それよりも、だ。


「このベルリンの壁、どうやって越えようか」


 身体強化魔法を使えば容易く飛び越えられる高さ、だが政治的理由(というか法律的理由)によって越えられない。まさにベルリンの壁。


「マジノ線だったら楽に越えられるんだけどな」


「なんだそれは?」


「とある国が国境に構築した、長大な要塞だ」


 ぶっちゃけフランスである。

 時は第二次世界大戦前。ナチスドイツに侵攻される危険に晒されたフランスは、莫大な予算を注ぎ込み地下要塞マジノ線を建築した。その守りは過剰と呼ぶに相応しいもので、ドイツ軍の陸軍は容易にこれを突発出来なかったそうだ。

 航空機の発達で空から侵攻されたけど!台無しだよ!

 ……こうして、根拠のない確信が破られることを現代でもマジノ線に例えるようになったのだ。


「まあ、本当はもっと複雑な話なんだけどな」


「それより、あれを見ろ!」


 アルーネが指差す先にあったのは、扉と看板。


『混浴』


 その二文字に、俺達は歓喜した。


「おおおおっっ、つまりあそこにいれば!」


「その通りだ、合法的に妹と温泉に入れる!」


 いざ逝かん、俺達のラストフロンティア!

 蹴破るように扉を潜る。

 混浴ゾーンの中は先程までの露天風呂とほぼ同じ構成だった。ただ、なぜか人はおらず俺達だけだ。

 無人の浴槽に飛び込む。

 あとは女性達が来るのを待つだけ、ぐへへ、辛抱堪らんぜぇぇ。






 50分後。


「……こないなぁ……おかしいなぁ……」


「……エイノ……どうしたというのだ……」


 妹さんの名前はエイノちゃんというのか、この美形の妹となれば、実に楽しみだ。

 暑い。もうのぼせきっているので、俺達の顔は真っ赤だ。


「なぁ、ひょっとして」


「なんだ、アルーネ?」


「若い女性は、混浴には来ないんじゃないか?」


 ……!

 盲点、だったーーー!

 親しい仲ならばともかく、初対面の人の前で裸になれる女性はそういない。

 見知らぬ男に見られる危険性があるのに混浴にのこのことやってくる女はいない。


「こうなったら俺達の方から女湯に飛び込むぞ!」


「承知した、兄弟!」


 ……俺『達』?

 互いに顔を見合わせる。

 頷き合い、俺とアルーネは拳を握りしめた。


「貴様にソフィーの裸を見せるかぁぁぁっ!」


「君にエイノの柔肌は十年早いいぃぃぃっ!」


 こうして、俺達の暑い戦い(誤字にあらず)は始まった。








「ワレワレハ、チキュウジンダー」


 風魔法の魔導術式を組み込んだ扇風機の前で涼む。


「おおっ、我が妹エイノよ!」


 迷わず扇風機の前に飛び込んでいった俺。一緒に脱衣所から出てきたアルーネは妹に駆け寄る。


「あっ、お兄様!」


 喜色を浮かべ椅子から立ち上がる少女。彼女がアルーネの妹か、兄が絶賛するだけあって本当に可愛い。

 丹念に手入れされているのであろう髪の毛は美しく、整った目筋と活発そうな瞳はとても愛らしい。

 あまり着飾らないソフィーや猫被りで実はオッサン臭いリデアなんかより、よっぽど貴族のお嬢様だ。


「エイノーッ!」


「お兄様ーッ!」


 感動の再会を果たす二人は、互いに腕を伸ばしーーー


「なに女湯覗こうとしてたのよアホお兄様ァァ!!」


「うごはぁ!?」


 ーーーからのぉ、ラリアーットッ!






 脱衣場前の共有スペースに出て、俺達は魔法の自動販売機の前に設置された椅子に集まって談笑していた。

 リデアだけはちょっと離れた場所で魔法のマッサージチェアにて「あ゛ー」とオッサン臭い声を出していた。

 「魔法の」という一言がつけばなんでも許される。まさに魔法。


「お兄様、あまり慎みのない行動は控えて下さいね」


 ゴスロリ風の浴衣を持参してきた彼女は、アルーネの妹のエイノと名乗った。

 ゴスロリにしたって浴衣にしたって、日本特有のファッションだろうに。どんだけ邪道の真ん中突き進んでいるんだ。可愛いけど!

 ルーデルは牛乳を飲んで、体操をして、「汗をかいた」と言い脱衣室に戻っていった。なんで風呂の後に運動するんかね。


「ほれ、飲みたまえ」


 キザ男が瓶フルーツ牛乳を俺とアルーネに差し出す。


「お、気が利くな」


「ありがとう、リヒトホーフェン殿」


 誰だそれ。……ああ、キザ男の本名か。

 なんにせよ、瓶牛乳である。温泉と言えばこれ、これと言えば温泉。

 アルーネと並んで腰に手を当て、一気飲み。


「くぅーっ!やっぱこれだねー!」


「火照った体に染みたわたるな!」


「……もうっ」


 エイノ嬢はアルーネに近付く。


「頬にフルーツ牛乳が付いていますわよ」


 ハンカチで兄の頬を拭うエイノ。その手がふと止まり、じっと兄の瞳を見つめる。

 アルーネもまた、妹の瞳を見つめる。至近距離で視線を交差させる美形兄妹。


「……美しい」


「ええ、そうね……」


 まさか、これは。禁断の兄妹愛ーーー


「とても僕に似て、美しい顔だ……」


「そうね……とても私に似た、美しい顔だわ」


 駄目だこの双子、かなり駄目だ。


「ああっ、世界で二番目に美しいよエイノ!一番は僕だが!」


「誰よりも美しいわお兄様、私の次に世界で二番目に!」


 二人の間で火花が散った。


「私が一番美しいわ!」


「いいや、僕だね!」


 喧嘩が始まった。この調子では日常茶飯事なのだろうが、ちょっと聞き逃せないことがあった。


「あいや、待たれよ!」


 思わず割り込む。


「いいか、世界で一番の美少女は……えっと……」


 ソフィー? マリア? キョウコ?


駄目だ、俺には彼女達に順番を付けることなど出来ない!

握り拳で親指にて自身を示し、俺は叫んだ。


「世界一の美少女は、俺だ!」


『えー!?』


なんだお前ら、文句あんのか。






「おい、あれって確か銀翼の……」


 ん? 他の客がこちらを指差している。


「史上最年少で銀翼になったガキどもじゃないか」


「まじか、サイン貰っとく?」


「畏れ多いって、やめとこうぜ」


 やれやれ、気付かれてしまったか。

 そう、俺とソフィーはラスプーチンの撃破を評価され、このたび銀翼となったのである。

 史上最年少とは始めて聞いたが、いやはや有名になってしまったなぁ。


「厄災の双子・ユーティライネン兄妹だぜ」


「え?」


 アルーネとエイノが自慢げな顔をしていた。


「やれやれ、気付かれてしまったか」


「その通り、私達はユーティライネン兄妹。銀翼の天使よ」


 銀翼を証明する天使を象ったペンダント。それが二対並ぶ。

 どやどや顔をする二人には申し訳ないが……


「俺も持ってる」


「その、知っているみたいだけれど、私も」


「それなら私もですね」


『えっ』


 俺、ソフィー、キョウコのペンダントが並ぶ。

 銀翼が5人集まる珍事が発生した。


「こうなったら、誰が一番美しいか決闘しようじゃないか」


 アルーネの提案は唐突で意味不明だったが、本気ではないようなので乗っておく。


「いいだろう、天士らしく腕っぷしで決めようってことだな!」


「銀翼との決闘なんて始めてだわ、くすくすくす」


「駄目よ、町中での天士同士の決闘は禁じられているわ」


 法律に詳しいソフィーが制止する。決闘罪ってやつだな。

 物騒な世界だからか血の気の多い奴が多いのか、腕力で物事をはっきりさせようとする馬鹿はよく見かける。そんな時、「仲良く喧嘩しな」というのが決闘法なのだ。


「ならば罪にならない形で決闘しよう!」


「それならアレしかないな」


「ああ、アレだな!」


「はい、アレですね」


 一同が頷き会う。


「カバティ!」


「ピンポン!」


「テーブルテニス!」


「卓球!」


 仲間外れが一つありました、誰でしょー。


「俺です」


 俺です……


「世界一決定戦と聞いて、戻って来たよー」


「出たな駄女神」


 セルフがどこからともなく湧いて出た。戻って、ってさっきまでここらにいたのか?

 部屋の隅に連行し、小声で会話。


「お前、なんかちょくちょく出てくるよな。もうちょっと威厳とかないのかよ」


「暇なんだもの。いいじゃんいいじゃん、迷惑かけてないんだし」


「馴れ合うんなら知っていること全て吐けよ。どうせガイルの所在も知っているんだろ」


「ネタバレなんて面白くないし。私、あの王子様のスポンサーだし」


 ふぅん、つまりセルフはガイルになにか期待しているのか。


「まあそれはいい。それより自分が神だってばれるなよ。教国でばれたら面倒だからな」


 キョウコだけでもいつ聖女扱いされるのかとハラハラしているのに。


「もうバレているけど?ちょっと用事あったんだし」


「まじか」


「どうしたのかね兄弟?」


「なんでもないぜブラザー。さあ、さっそく始めようか」


 俺達は緑色のテーブルを囲んでラケットを構えた。






 結論から述べれば、銀翼は卓球をしてはいけないようだ。

 世界に50人程度しかいない銀翼、その誰もが超人と呼んで差し支えない。

 そんな超人達がラケットを握ると、卓球の普遍的なルールが通用しなくなるのだ。

 ユーティライネン兄妹の能力は未来予知……級の先読み能力センスらしい。球のコースが完全に予測された、すげー。

 だが俺だって様々な修羅場を潜ってきたのだ、対処法はすぐに思い付いた。

 どんなに予想されたって、物理的に対処不可能な球を打ち込めばいいのだ。

 俺は渾身の義手パワーでサーブし(球が割れてレットになった)、ソフィーは航空力学を駆使した意味不明なドライブしまくり(その割に不器用なので検討違いの方向に飛んでいく)、キョウコは剣の達人らしくラケットで球を切り捨てて満足げだし(ルール上想定されていないので失点にはならない)、キザ男は……まあ、普通だし。そもそもキザ男は銀翼ちゃうし。


「もういいや、みんな同着一位ってことにしよう」


「……そう、だな。エイノもそれでいいかい?」


「どうでもいいですわお兄様、もう一度お風呂に入ってくるわ」


 小学校運動会の100メートル徒競走にてゴール前に並び、手を繋いでゴールするくらい中途半端な結論へと落ち着くのであった。








「ほう、これが、こうなっているのか」


 お土産屋を冷やかしてから自室に戻った俺は、心地よい体の疲労感に誘われるままに布団に飛び込んだ。

 ついでに部屋の棚で偶然見つけた小さなそれを、左右から引っ張ったりして遊ぶ。


「ふむ、実に興味深い」


「レーカしゃーん!」


「うおっ!?」


 部屋には自分一人だと思い込んでいたので、突然の呼び声に跳ね上がってしまった。


「レーカしゃん、ご機嫌いかがー?」


 にへらにへらと笑うキョウコが、いつの間にか俺の側にしゃがんで顔を近付けていた。

 浴衣のスリッドから覗く白い足に、思わず唾を飲む。


「なんでしゅか、それ?」


「酒くさっ、飲んでるのか?」


 話題を逸らしつつ手の中のそれを布団の中に隠す。

 腕を捕まれて布団から引っこ抜かれ、強奪された。


「なにこれー水風船ですかー?」


「あ、ああそうだ。水風船だ」


 使用前である。前の宿泊客の忘れ物だろうか。


「どうして水風船がありゅんですかーもー」


「……夜に遊ぶ為じゃないかな」


 僕判んない、13歳だもん。


「くらくらーするーへへえー」


 だいぶ酔い潰れているようだ。支離滅裂である。

 よく見ると膝や掌が汚れている、この部屋まで来るのにも苦労したらしい。

 タオルを濡らして拭いてやると、きゃっきゃと喜ぶ。可愛いけど面倒臭い。可愛倒臭い。


「部屋まで送るよ」


「いーですよー、ここで待つから、酔いが覚めたら帰るからー!」


 本当に面倒臭い。


「レーカしゃん、私と一緒にいらいんですかー?」


「はいはい、一緒にいたいから今晩はこの部屋に泊まれ。布団使っていいから」


 キョウコを布団に押し込む。


「ぬるいー」


「温めておきました」


「レーカしゃん、私と別れるのはしゃびしいですか?」


 別れるって、付き合ってすらいないだろ。


「ちゃあいます、もっとおっきな別れですぅ。もう二度と会えない、ってなったら悲しい?」


「そりゃあな。当然だろ」


「そうですかー……」


 それっきり、キョウコは黙って寝息を発て始めた。








 巡航飛行していた白鋼だが、その計器ランプは大半が赤く染まっていた。

 コックピットに鳴り響く警報。スピーカーを殴り黙らせるも解決にはならない。


「レーカ、舵が動かない!」


 涙目で叫ぶソフィー。彼女が握る操縦幹はその入力を動翼に伝達していなかった。


「油圧が死んでる、1番2番、3番ももう駄目だ!」


 手動に切り替えるも思うように飛行が安定しない。


「主翼で操れ、無機収縮帯は別系統だ!」


「う、うん!」


 主翼を機敏に反応させる為の無機収縮帯だが、反応速度と引き換えにパワーに劣る。過負荷のかかった無機収縮帯は軋み、徐々に出力が弱っていく。

 バス、と音が機体に伝わった。

 バス、バス、と間欠的に鳴る音。嫌な予感を感じつつ見れば、それは主翼のリベットが次々と弾け外装が剥がれていく光景。


「ソフィー……!」


「ダメ、失速する!」


 主翼から気流が剥離し、揚力が失われる。

 きりもみ状態に陥る白鋼。エンジン出力を上げて復帰を試みるも、それをきっかけに警報ランプが更に赤くなる。


「エンジンの熱が機体に伝播している、構造体が!?」


 様々な材質を使用した戦闘機、中には熱に弱い部分も多い。機体全体が急激に崩壊し、大きな振動がコックピットを揺さぶった。


「っ、ソフィー、脱出するぞ!」


「レー……」


 振り向き様に、悲しげな顔を見せるソフィー。

 瞬間、白鋼は空中分解した。








「……悪夢だ」


 白鋼が墜落する夢を見るとは。なにかの暗示じゃないだろうな。

 時計を見ればまだ深夜。部屋にキョウコはいない、帰ったのか。

 夢での機体分解は部品の劣化が原因だった。つまりは整備不良である。


「俺も白鋼のC整備をしようかな、最近白鋼に乗ってないし」


 タイトな設計の白鋼は高性能だが、脆く壊れやすい。なので困難な作戦でなければ統一国家から盗んだ散血花を使用することも多いのだ。

 国家機密?知るか、なぜ俺が統一国家の都合を配慮せにゃならん。

 散血花は大量生産前提の精度が悪く遊びが多い設計なので、ちゃんと整備してやれば結構タフなのだ。壊したって統一国家から盗めばいいし。


「いや、でも白鋼はちゃんと整備はしていたはずだ」


 と、なんとなくピンと来た。


「……ひょっとして白鋼が拗ねているのか?」


 なんとなく納得出来た。きっとそうだ。

 俺は手早く支度して、船へと向かうのであった。








 真っ白な翼。単発エンジンの細いシルエットに、小柄な機体はとても高性能な機体には見えない。奇抜な前進翼もあって、スポーツ機だと紹介されたら初見なら納得してしまうだろう。

 機関砲もなく外見はシンプルだが、内部はどんな戦闘機よりも複雑。人型変形機構や特殊な操縦システムなど精巧な技術をこれでもかと詰め込まれた戦闘機、それが白鋼だ。


「今日はこいつの下で寝るか」


 格納庫は寒い。毛布を持ってこようと居住区に登ると、更に上の方から魔力を感じた。


「誰かいるんだっけ?あ、ガチターンか」


 スピリットオブアナスタシア号は上から順に……


 観測室

 ブリッジ・士官居住区

 格納庫・機関室・居住区


 ……となっている。これは大型級飛宙船としては基本的で堅実な設計であり、ありふれたレイアウトだ。

 ガチターンが船番をしているのは聞いているが、寂しがっているかもしれないし顔くらい見せておくか。差し入れとして名物料理くらい買っておけばよかった。

 あるいは泥棒かもしれないし。確認はしておこう。


「ガチターンー? 寝てるー?」


 観測室のドアを押しつつ小声で呼ぶ。ここはブリッジより高い場所なので、見張らしが船で一番いい。見張りにはもってこいだろう。


「おっ、おおおっ!? どうしたんだ坊主!?」


「きゃわわっ!?」


「あれ、マキさんいたの?」


 観測室にはガチターンとマキさんがいた。なんか慌てている。

 そういえばマキさん、夜は船に戻るって言ってたっけ。


「どうしたんだ、こんな時間に!」


「白鋼が寂しがっている気がしてな、見に来た」


「そ、そうか、あるよなそういうこと!」


 大声で頷くガチターン。


「ところでなんで半裸なの、二人とも」


「暑くてな、ははは」


 そう彼は笑って誤魔化す。


「ところでなんで臭いの、この部屋」


「熱くてね、ははは」


 マキさんもあくまで笑って誤魔化す。


「なんか、ごめん。頑張って!」


 俺はガッツポーズをして部屋を出た。








 ゆさゆさと体が揺れている。


「起きて。こんなところで寝たら風邪をひくよ」


 マリアの声が聞こえる。

 一定のリズムで体を揺すられると、かえって眠くなってしまう。


「うーん、後5秒……」


「5秒でいいの?」


「スタートって言ってから5秒……」


「永遠の5秒ね」


 毛布を剥がされる。寒い。


「部屋に行ってみたらいないし。なんで皆、ここで寝ているの?」


「みんなー?」


 目を擦りつつ起き上がる。


「ぐわーっ」


「すぴーっ」


「あばばばば」


 職人達が格納庫で寝ていた。


「あ、マリア。おはよ」


「今更ね……おはよ。早く戻らないと宿の朝食の時間、終わっちゃうわよ」


 ブラウスにスカート姿、昨日も私服だったが多少は着飾っており、ここまでラフな格好は珍しい。

 ぎゅーっとマリアを抱き締める。


「な、なに?」


「メイド服ほど厚手じゃないから、温かい」


「寒いの?こんなところで寝るから」


「あと柔らかくてえっちい」


「離れなさい」


 顔を押し退けられた。


「それで、なんでここで寝ていたの?」


「……白鋼が寂しがってた。こいつらは知らん」


「なにそれ」


 意味不明だ、と言わんばかりに眉を潜めるマリア。


「なんだよ、恋人だけじゃなく飛行機まで束縛するのか?やれやれ、嫉妬深い女だぜ」


「飛行機と女性は違うでしょ」


「飛行機はどれも女だよ」


「……頭、打った?」


 ひどい言い様だ。


「んだよ、うるせぇな……」


 俺達の物音で職人達も目を醒まし始めた。


「皆はどうしてここで寝ているんだ?」


「柔らかい布団なんざ落ち着かねぇ。油の臭いがしねぇとな」


 油の臭いがする布団がいいと申すか。工場で消耗品として使用される清掃用布切れ、ウエスでも被っているといい。


「まあいいや。皆、質問。人型機や戦闘機に性的興奮を覚える人ー?」


「はーい」


「はーい」


「はーい」


「ほら、な?」


 それ見たことか、とマリアを見やる。いつの時代だって、飛行機は極上の女なのだ。

 マリアはどこか思い詰めた表情で、俺に提案した。


「レーカ……私達、少し距離をおくべきじゃないかって思うんだ……」


 いきなり修羅場った。








「ちょうど皆集まっているし、ちょっと付き合ってくれ」


「なんだ、お姫様とメイド囲むのも飽きたか?」


「しょうがねぇ、俺達の肉体美に酔いしれな」


 冗談でもこっちに近付くな、ガチムチども。


「蛇剣姫を強化したい件だが、追加装備を造りたくてな」


「キョウコさんの機体か?だがあの人は無改造の人型機にこだわってんだろ?」


「そうそう。体術や歩法を再現する為に、400年前の骨董品に乗っているって聞いたぞ?下手に改造したら扱いにくくなるってレーカも前に言っていたじゃねぇか」


 その通り。この船に所属する機体は思い付きで改造されることも多いが、蛇剣姫だけは俺達メカニックも手を出せないでいた。


「だからこその追加装備だ。内部を性能アップさせられないならば、外部を高性能化すればいい!」


 中身もこっそり弄っているけどな!


「具体的にはどうするんだ?」


「キョウコは確かに地上最強だ。だがこれからの戦いは、地上最強ってだけで勝ち残れるほど単純じゃない」


 視線を向ける先には、統一国家による世界初の量産型ソードストライカー、散血花。


「……なるほど、蛇剣姫に飛行能力を付加しようっていうのか」


「そういうこと。人型機としての接近戦能力を損なわないままに、飛行用装備を追加するんだ」


「難しいんじゃねぇか?何十トンもある機体を持ち上げるには、相応の巨大ユニットが必要だぜ。戦闘に耐えうるほどの運動性となれば尚更だ」


 さすが一流メカニック集団、必要な物が阿吽の呼吸で伝わる。


「だからこそ、さ」


 誰かが聞いているわけでもないのに小声になる。自然と集まる面々。


「私、宿に戻るわね……」

 これ以上相手にしていられない、とマリアは呆れ顔で格納庫を出ていってしまった。








「なんで旅行中に新兵器作っているんだ、俺ら?」


 昼頃、ふと我に返った。


 続いて職人の一人が問う。


「これって給料出るのか?」


「……ソフィーに訊いてくれ」


 お金の一括管理をしているのは彼女だ。財布を握られている、とも。

 金銭に関してはしっかりしているソフィーなら、きっと時間外のサービス残業として処理するだろう。まじブラック。

 まあ実際勝手にやってたんだけどさ。あと金は幾らでもあるんだけどさ。

 仕事と趣味の境界は俺自身には判らない。その辺はマネジメントしている本人に客観的に判断してもらえばいい。


「これ、そもそも急ぎの仕事なのかよ?」


「全然。冬の間は秘密のアジトに隠れているし、製作も調整もゆっくり出来るけど?」


「じゃあ旅行させろや」


「宿を夜中に抜け出して、格納庫で寝ている連中がなに言っんてんだ」


 お上品な観光地より油臭い格納庫が好きなんだろ、ん?


「とはいえ、飯くらいは旅行先っぽい物を食おうぜ。二日目の昼食はもんじゃ焼きの予定だ」


 若干げんなりとした表情となる面々。もんじゃは工業系の作業を連想させる為、その筋の人は苦手意識があるのだ。


「……レーカさん?」


 格納庫にふらりとキョウコがやってきた。


「どこにもいないと思ったら、船にいたのですか」


「おはー」


「いえ、もう昼ですが」


「こんにちー」


「『は』まで言ってください」


 キョウコは普段着ではなく、しっかりと装備を整えた旅装束だ。


「どこか出掛けるのか?」


「ええ、一狩りしようかと」


 肉食系女子である。


「なにやら作業中のようですが、蛇剣姫を出しても?」


「んー、いいよ」


 蛇剣姫に(あまり)手を加えず、追加装備だけで強化するのが今回のコンセプトだ。製作はこっちだけで出来る。


「それでは、失礼します」


 踵を返し蛇剣姫に歩むキョウコ。その背中に声をかける。


「いってらっしゃい」


「……はい、それでは」


 キョウコは振り返りもせず、そう返答した。


「…………?」


 なんだ、今の変な感じ?


 蒸気カタパルトからドシンドシンと自力発進する蛇剣姫を見送り、俺は首を傾げた。






 俺がことを理解したのはそれから数時間後。

 昼食を終え、次の観光場所へと向かおうとした俺達はキョウコの不在に気付く。

 置いてきぼりも可哀想だと船に戻り、蛇剣姫の未帰還を確認。

 どうしたものかと思案していた時、彼女の言葉を思い出す。


『……はい、それでは』


 嫌な予感。アナスタシア号の居住区まで走りキョウコの部屋に飛び込む。

 部屋は一切の物がない、もぬけの殻だった。

 鈍感な俺もようやく理解する。

 キョウコは、俺達とは袂を分かったのだ。



>資産の元手はエアバイク?

その通りです。船を作るためにほぼすべて使用しました。


>技術力のインフレ気味ですが、やっぱり人間やめないと駄目なのかな・・・

ソフィーやガイルは初期から対G能力が人間やめていますね。ガイルがひたすら最強なので、まだまだパワーアップが必要です。


>ムカデ砲、そのうちマスドライバーみたいに白鋼を打ち出したりしそうで怖いです。

ぎくっ。


>読者の数や批評は気にせず、小説を書き続けてくださると嬉しいです。

ありがとうございます。マイペースに続けていけたらと思います。


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