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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
帝国に逃げ込もう編
46/85

ひもぱんと既視感

「こいつは、ひどいな」


 城の格納庫に運び込まれていた白鋼(しろがね)は、検分するまでもなく大破認定であった。

 ただ一発の弾丸で白鋼の障壁を貫いた心神(しんしん)の機銃。

 いや、あれは機銃ではなく主砲か。威力は馬鹿げているの一言だ。


「第三世代戦車の複合装甲級に堅い障壁だ、小細工抜きの運動エネルギーでそうそう貫けるもんじゃない」


 複合装甲は最近の戦車に採用される、複数の材質を重ねた装甲だ。

 様々な対戦車砲に対して高い耐性を持ち、現行最も強固な装甲といっていい。

 事前の実験にて、白鋼の障壁がそれに匹敵することは確認済み。航空機の装備では、爆撃だろうと貫けない。

 貫けない、はずだった。

 戦闘で解析する間もなかったが、あれってレールガンだったよな……?

 ローレンツ力(電磁誘導)で弾丸を加速させるのがレールガンだ。火薬による膨張速度の限界を越えられない通常弾と異なり、原理上速度限界が存在しない(ような気がする)。

 ちなみに勘違いされがちだが、レールガンは電磁石の力で弾丸を飛ばしているわけではない。そりゃコイルガンだ。

 どっから電力を供給しているんだろう。エンジン? 吸気口がなかったからロケット推進?

 なんにせよ、心神の詳細なスペックが判らないと対策しようがない。


「おう、坊主。お前がこいつの専属整備士か?」


 ドワーフに話しかけられた。


「俺はバルティーニっつーモンだ、上からの指示でソイツの修理を手伝うぜ」


 先頭の若いドワーフに加え、背後に控える作業服の職人達。その人数はざっと二桁に達する。


「いや、いい」


「んだよ、俺の腕に文句でもあんのか!」


 喧嘩っぱやい人だ。


「別にあんたがどうこうじゃなくて、自分でこいつと向き合いたい気分なんだ」


「はん、問題を先送りにする言い訳にする気だな?」


 ギクッ。


「しかもその問題は女と見た」


「……うるせぇよ」


「あ? 本当に女なのか? マセガキだなオイ」


 鬱陶しい、ほっといてくれ。


「とにかく手伝うからな。こっちだって命令なんだ、サボればとっちめられちまう」


 ああ、そりゃそうか。


「なら仕方がない。正直作業が多くて困っていたのは事実だ」


 以前から考えていた半人型戦闘機(ソードストライカー)専門機への転換改造に加え、心神対策の強化も行わなければならない。ひと月で終わるか若干疑問だったのだ。


「じゃあ集合、ざっと改造箇所を説明するぞ」


 わらわらと集合した職人に箇条書きの紙を見せる。


「これと、これと、あそこも……こんなもんだな。あと外付けのこれらも皆に頼む」


「おい、こいつぁ……正気かよ。まともなコンセプトじゃないぜ、半人型戦闘機ってことを差し引いてもよぉ。化け物でも造る気かよ」


 若干引きつっているバルティーニに、俺は憮然と返した。


「そりゃそうだ―――まともな機体でアイツに勝てるなんて、思っていない」






 修復は俺にしか手を着けられない箇所も多く、それ以外の部分は全て彼らに押し付け……任せることにした。

 あまりの作業量に涙目の彼らを置き去り、俺は部屋に戻る。強化に際してミスリルを大量に調達しなければ。

 自室に戻ると、キザ男が優雅にお茶を飲んでいた。


「やぁ、用事は済んだのかね?」


 とりあえず持っていたレンチを投げつけた。


「ぬわっ!? あ、危ないな! なにをする!」


 チッ、避けたか。


「人の部屋でなにやってんだ」


「見て判らないかね? 君の護衛だよ、君の」


 どの辺に俺を守ろうって意志があるんだ、くつろぎやがって。

 そう、護衛である。よくわからんが重要人物らしい俺にも護衛があてがわれたのだ。

 そして白羽の矢が立ったのが、赤矢の天士・キザ男。名前は忘れた。


「そもそも君の方が強いじゃないか、お飾りの護衛はお飾りらしく蝶を愛でているさ」


 蝶?


「蛾の親戚がどうしたって?」


「蝶はガじゃないだろう?」


 似たようなもんだ。学術的には明確な区分はない。


「美しいのが蝶さ」


「鮮やかな蛾だっているし、地味な蝶もいる」


 いやいや、なんの話をしているんだ俺達は。


「僕は今、可憐な蝶に恋をしているのだよ!」


「獣姦ならぬ蟲姦か、キメェ」


「あれは君達と再会した日のことだった……」


 急に回想モードに突入したので、俺の方で纏めることにする。




 キザ男、ソフィーに着任の挨拶に行く。

 ソフィーが泣いてキザ男の手を掴み、生存を喜ぶ。

 以上。




「まさしく愛の告白だった」


「ちゃうとおもうで」


 あの惨劇で救われた人がいると知り、純粋に喜んだのだろう。そんな子だ。


「いや、男女の駆け引きにおいて百戦錬磨の僕にミスジャッジはない。あれは騎士に恋した乙女の瞳だ」


 ケッ、ガキがいろづきやがって。


「ソフィーの身分については聞いているか?」


「無論だ、だからこそリヒトフォーフェン家の鬼才たる僕が姫君の護衛を勤めているのだからな」


 お前はソフィーの護衛じゃなくて俺の護衛だろ。

 護衛の騎士は、間違いがおこらないように同性を選ぶそうだ。ソフィーの護衛はキョウコが行っている。アイツ部外者だろ。


「そのお姫様相手に『田舎娘』呼ばわりしていたよな、お前」


「ななな、なんの、ことかな?」


 レース前に、確かにソフィーを馬鹿にしていた。俺は忘れない。


「ソフィーに指一本でも触れたらチクってやるからな」


「横暴だ!」


「婚約者だ!」


「ふん、お前のような卑怯な男は姫君の相手として相応しくない!」


 俺が卑怯?


「捕らえた蝶に餌もやらず、かといって逃がす気もない。これを卑怯と呼ばずになんと呼ぶ!」


 い、痛いところを。キザ男のくせに。


「一生面倒みてやる、くらい言えないのかね」


「言えるかっ、そんな軽々しく扱っていい問題じゃあるまい」


「依存も愛の形だと思うがね、ハッピーエンドであればいいじゃないか」


 こいつほど気楽に生きれたら、人生悩むこともないんだろうな。


「ま、いいさ。僕も弱っている女性に付け込む趣味はない」


 そりゃ高潔なことで。








 キザ男が妙なことを言い出すものだから、急にソフィーが心配になってしまった。


「ちょっと、ちょっとだけ、先っちょだけ見るだけだからっ」


 中庭の壁を登り、ソフィーの部屋を目指す。


「おい、そこの変態蜘蛛男、そこでなにをしておる」


 話しかけられ、慌てた拍子に壁から落下してしまった。

 ドシン、という重い音が響く。


「―――ぃってぇ、腰打ったあぁ」


「あそこはソフィーの部屋じゃな? 姫の私生活を覗こうなど、死刑は免れんぞ」


 頭上から年寄りくさい口調の女声が聞こえた。

 腰に手を当てて仁王立ちする、上下逆さまのリデア。

 とりあえずスカートを覗こうと虫のように地面を這って近付く。


「なにをしておるんじゃ?」


 俺の意図に気付かずきょとんとするリデア。

 本当に覗いてはただの変態なので、自重する。


「ここは虫けらのように踏む場面だろ」


 ボケ殺しとか、この子意外と強敵である。


「ん、おお、下着を見ようとしたのか。こんなのただの布じゃろ」


 だからどうしたと言わんばかりにスカートを摘み上げる。ちょ、やめなさい、太ももまで見えたぞ。


「前に押し倒しちゃった時も反応薄かったな」


「いやあれはさすがにイラッときたが」


 まずい、やぶ蛇だった。


「王族やっていると羞恥心が薄れるのじゃ。飼育小屋の動物と変わらんわ」


「歌や踊りも客寄せ、じゃなかった、情宣活動の一環なのか?」


「あれは趣味じゃ。立場を利用して見せつけているだけじゃな」


 需要のある職権乱用とは珍しい。


「こんなところではなんじゃ、わしの部屋へ行こう」


「えっと、俺には重要任務が」


「ソフィーの私生活を覗くことがか?」


「ち、違うぞ。白鋼を作らないと。心神の詳細なスペックとか判らないか? あぁ忙しい忙しい」


「一ヶ月の制限の中、呑気に覗きしとる奴がなにを。睡眠時間でも削っとれ」


 既に削り気味です。


「ゆっくり語り合おうではないか。異世界とやら、実に興味がある」


 本人にとっては決定事項らしい。撤回は困難そうだ。


「女の子の部屋は初めてだぞ」


 ソフィーもマリアも私室はなかったし。


「女子の部屋を家探しなどするなよ」


「わかってるって」






 ひもぱん を てにいれた!


「お主は脳がないのか? それとも腐っておるのか?」


 魔法の鞭で打たれる俺。ヤメテクダサイ、メザメチャウ!

 ただの布なら、ちょっとくらい大目に見てほしい。


「しかし黒とは、どきどきするな」


「いいかげん返さんか……色々聞かせてもらうからの、長丁場は覚悟しとけ」


 俺にベッドに座るように勧め、リデアはコップを二つ棚から取り出す。


「あ、お構いなく。って、お姫様直々に配膳するのか? なんなら俺がやるけど」


「プライベートスペースでは給仕などおらん、いつものことだから気にするな。それにお主は世界最高位の姫君の婚約者じゃろ、王族といえどけっして軽んじていい身分ではない」


 そういやソフィーと結婚すれば、俺は婿殿だな。

 ソフィーの実家はもうないし、深く考えることでもないが。


「なんか重いのう、この瓶」


「それは30ミリ機関砲(あべんじゃー)の砲弾だぞ」


「おお、本当じゃ。ルーデルが間違えて置いてったんじゃな」


「ははは」


「ははは」


 …………。


「ところで部屋、紙だらけだな」


「ああ、手紙じゃ。気にするな」


 無茶言うな。気になるわい。

 室内は所狭しと積み上げられた紙の山で埋まっていた。せっかくの広い洋室が、足の踏み場もない。

 唯一のゴロゴロ出来る空間が天蓋付きのベッドの上なのである。


「手紙……ファンレター?」


 一枚取ってみると、それはむしろ資料に近い物であった。


「これ、見るな!」


 彼女が立てかけてあった杖を振るうと、数千枚はあるであろう紙は乱舞し棚に収まる。


「おー、さすが魔導姫」


 風の噂で魔法が得意とは聞いていたが、こりゃ便利だ。


「アナスタシア様には及ばんがの、さてそれでは聞かせてもらおうか。異世界とはどんな場所なのだ? 物理法則は? 政治形態は? 技術は? 文化は?」


 ……若干、彼女のお誘いに応じたことを後悔することになりそうだ。








「ほう、ミサイルか。自ら標的に向かっていくロケット弾とは、面白い物を作るものだ」


「こっちじゃ電子機械が発達してないからな、物理法則が違って使えないってことはないだろうし」


 心神がちゃんと動いていたのだ、その辺は問題ないのだろう。


「魔法で事足りるからの、今のところ」


「今のところ?」


「あー、……あんまり複雑な処理は出来んからのう、魔導術式は」


「真空管レベルなら電卓くらいは可能そうだけどな」


 彼女がなぜ言いよどんだかは、四年後ほど先に明らかになる。


「隣の国まで自立して飛んでいくミサイル、しかも町が吹き飛ぶほどの破壊力? お主の世界はどんだけ物騒なのじゃ」


 まったくだ。銃口を互いの額に突きつけあって、「仲良シダネ!」「ソウダネ!」とかニコニコしている気分である。


「どちらかが打てばもう片方も打つ、結果世界が滅ぶ。だから大戦はもう発生しない……なんて言う奴もいるけど」


「なるほど、つまり神の宝杖がもう一つあればセルファークも平和になるのじゃな……ってアホか」


「だな、神の杖の発展型がそうそう落ちてたら大変だ」


「いやそうじゃなく―――待て、神の杖の発展型とはどういう意味じゃ?」


「名前からしてそうだろ? 神の杖の強化発展型だと思っていたんだが」


 ※国が計画していた次世代兵器、その一つが神の杖と記憶している。


「照準の移動がそれだけ遅いということは、本体ごと姿勢制御する砲台みたいなモンなのかな」


「まさか、神の宝杖について知っておるのか!?」


 食いついてきた。祖国の危機なのだから、当然だけど。


「神の宝杖って、異文化の工芸品だろ?」


「うむ、しかし発見されているのは制御ユニットだけだ。本体の場所は不明のまま使用されてきた」


「俺のいた世界に、神の杖って兵器がある」


「なんじゃと! 教えろ、神の宝杖とはなんなのだ! 何処にある、どういう兵器なのだ!?」


 詰め寄るリデア。形相がやばい。怖い。


「あー、えっと、神の杖ってのは宇宙から杭を落として爆撃する自由落下質量弾だ。単純に鉄杭を落とすだけだが、なんせ宇宙からだからな。加速し続けた杭の威力は局地的にながら核爆発にすら匹敵するそうだ」


 正しくいえば構想があるだけだが、一〇〇年後の戦闘機がある以上神の杖やその発展型が迷い込んでいたって不思議ではない。


「落とす……高い場所から、か」


「この世界じゃ無理だぞ、たかだか三〇〇〇やら六〇〇〇メートルから落としたって意味がない、一〇〇〇キロ上空から落とすから高威力なんだ」


 落ちてくるのがただの鉄棒なので、放射能や化学汚染もまったくないクリーンな兵器らしい。

 クリーンな兵器(笑)。超大国的なウケ狙いだろうか。


「……ふふふ、そうか、そうだったのか!」


 興奮気味に高笑いを上げる姫。対して俺はドン引きである。


「宝杖は、神の領域にあったのだ!」


 神の領域?


「世界の外にある、広大な魔法使用が不可能な空間だ。魔法が使えない以上は飛宙船(エアシップ)も飛べず、探索も進んでいない謎の多い場所なのだ!」


「世界の外、ね」


 この世界ってどういう形をしているのだろう。地上と月面が向かい合っているのだから、どら焼きみたいな平めったい形状か?

 興奮気味にベッドの上で跳ね回るリデア。まるでお子様である。


「対策でも立ったのか?」


「まったく思い付かん!」


 えー。


「だが糸口は見えた、未来に新たな可能性が生まれたのじゃ!」


 ひったくるように紙を引き寄せ、頭を寄せて羽ペンを走らせる。

 四つん這いで尻を突き出す姿勢。姫にあるまじき姿だ。


「…………。」


 男だったら「カンチョー!」とかやるところだが、女性だしなぁ。

 彼女の両足首を掴む。


「む?」


「そぉい!」


 引っ張った。


「うぶぅ!?」


 ぼふん、とベッドにうつ伏せに落ちるリデア。


「ふははは、俺の前で油断したからだ」


 悪戯大成功。羽ペンだから怪我の危険もない、完璧なプランである。


「……お主、覚悟は出来ておるか?」


「ははは、は?」


 振り返ったリデアのドレスは真っ黒に染まっていた。

 側には倒れたインク壷。あー。


「ごめん」


「お気に入りのドレスじゃ、許さん」


 やばい、しょーもないことで不敬罪になる。

 むーっ、と怒るリデア姫。ちょっと可愛らしい。

 じりじりと寄ってくるリデア、後退する俺。


「いい残すことはあるか?」


 ひもぱんを両手で摘んで広げる。


「これお土産に持って帰っていい?」


 リデアは天井から垂れた紐を引いた。

 床が開いた。


「I can't fly!?」


 咄嗟に縁にしがみつくも、指だけでぶら下がっている姿勢となる。

 ひもぱんは口でキャッチして死守した。


「なんでだろ、初めてじゃない気がするぞ、この穴に落ちるの」


(少女が紐を引くと落とし穴、こんなシチュエーションが前にもあったような……)


 姫が俺を見下してくる。


「落とし穴は王家の寝室の嗜みじゃ」


 そんな嗜みあってたまるか。あとスカート中身見えているぞ。


「黒もそうだが、赤はちょっと早いとお父さん思うんだ」


「安心せい、別に底が剣山なわけでもない。この穴の内側には転移術式が刻まれておってな、牢屋に直行じゃ」


 臭い飯は勘弁である。


「おゆるしをー!」


 リデアはしゃがみ、縁にかかった指を一本一本外していく。


「じゃが術式をいじることで転移先を変えることも出来ての……一生さまよっておれ」


 遂に指が全て開き、俺は奈落の底へと落ちていった。






 俺はフワフワと浮いていた。

 ぱんつもフワフワと浮いていた。


「……トンネル?」


 直径五メートルはありそうな円柱の内部。大型トラックだって走れそうだ。


「牢屋、じゃないよな。出口が見えるし」


 どこに飛ばされたんだ? 危険はさすがにない、と思いたいけど。

 壁を蹴りトンネルの先、光射す出口へと浮遊して向かう。

 長いトンネルの先は、広大な空間だった。


「嘘だろ……」


 そこには無数の機械が浮かんでいた。

 自動車、飛行機、用途不明な物まで様々。

 しかし唯一の共通点がある。


「これ、全部地球の機械だ」


 異文化の工芸品。

 セルファークにて時折発見される、基本的に貴重なはずのそれが大量に宙に浮いている。

 おおっF-2まであるぞ。


「持って帰っちゃ駄目かな。いいよね?」


「こらこら、ここにあるものは持ち出し禁止だよ」


「何奴!?」


 振り返ると、そこには飛行機の主翼に腰掛けたポニーテールのお姉さんがいた。


「なんだこの巨大飛行機!」


「私を無視しないでくれたまえ」


 彼女が座っていたのは主翼幅一〇〇メートル近い、巨大な飛行機であった。


「正確には約八九メートルだね。件の異文化は凄まじい物を作るものだ」


 飛宙船としては中型級クラスだが、飛行機でここまで大きいものはない。大半が小型機なのだ。


「俺がさっき入っていたトンネルは、こいつの格納庫だったのか」


 機首が上に持ち上がり胴体内のスペースへと直接貨物を出し入れ可能となっている。輸送機か。


「なんて飛行機なんだ、これ」


「さてな、未知の言語で書かれているから判らないんだ」


 お姉さんが指さした先には「Мр?я」の文字。


「ムリーヤ? ……またイロモノが異世界に迷い込んだな」


 そもそもここはなんなんだ。異文化の工芸品のコレクターか、このお姉さんは。


「あながち間違いでもないね。私はここの司書さ」


「本なんてないけど」


「資料室は別にある。ここは現物を保管する空間だからね」


 そもそもここって何処?


「帝国の施設だよ。巨塔内部の」


「巨塔?」


 地上から月面までを貫く巨大ダンジョン。確かフュンフにもあった。


「ひょっとしてここは……」


「そう、巨塔の重力境界部分だ」


 だから無重力なんだな。


「ここは重力がないが故に、物が朽ちにくい。資料の長期保存には最適なんだ」


 つーことはなんだ、共和国の貴重な資料はあの瞬間ぶっとんだのか。


「そういう君は、異世界人君だね」


「……なぜそれを?」


 いせかいじんくん、って噛みそうだ。


「この文字を読めるんだ、普通ではないさ」


 勘違いされても困るが俺はウクライナ語なんて読めない。


「ナスチヤから手紙で聞いていたからね、奇妙な子供を保護したって」


 髪をかきあげるお姉さん。あ、この人耳が長い。ハイエルフだ。


「アナスタシア様のお知り合い?」


「その通りだ。また一人、友が逝ってしまった。彼女との離別はあと数十年先だと予想していたのだが」


 資料の司書、そしてナスチヤの友人。

 二つに該当する人物に、心当たりがあった。


「もしかして、異世界について調べてくれたのは……」


「この私、だよ」


 ナスチヤが話していた帝国の知り合いか。


「その節はどうも、参考になりました」


「いや、気にしないでくれ。歳を取るとやたらお節介を焼きたくなるものだ」


 そういえば心神は巨塔からこぼれ落ちてきたけど……ここに保管されていたのか?


「うむ。賊が乗り込んできてな、貴重な物品を強奪されてしまったよ」


 ガイルに備え、心神については調べておきたかったが。


「資料だけなら残っているぞ?」


「マジっすか? じゃあ是非教えて下さい、これあげますから」


 ひもぱんを差し出す。


「……誰のだい?」


「リデア姫のです」


 これはネットで高く売れそうだ、ネットないけど。


「王族の衣類をくすねて大丈夫なのか? 窃盗犯に情報を渡すわけにはいかないのだが」


「目の前で盗ったから罪には問われないでしょう。別件で怒りを買って落とし穴に落とされましたが」


「取った? ……脱ぎたてなのか、これ」


 字が違います。


「リデア姫の下着を脱がすような関係であれば、情報開示もやぶさかではないかな」


 ひもぱんが血路を開いた。まさか伏線だったとは。


「着いて来たまえ」


 別室に移動し、鍵を幾つか経過して俺は数枚の紙を受け取った。


「これが心神の資料だ。以前送った物は機密の観点から簡略版だったが、これは正規の保存用だからな。折り曲げたり汚したりしないように」


「はい、写したらすぐ返しにきます」


「いや、全て暗記しているから返さなくていいよ。用が済んだら燃やしてくれ」


 なら丁寧に扱う必要ないじゃん。


「あとなにか質問はあるかな?」


 なにか尋ねることがあるかと思案し、ふと思い立った。


「……質問って何回まで?」


「何度でもどうぞ?」


 制限なしか、なら欲張ってみよう。


「全部」


「は?」


「世界に関して、全部教えてくれ」


 ぽかんと口を開けた後、彼女はこみ上げる笑いを堪えることに終始した。


「くく、知識欲の化身だな君は。なるほど、ナスチヤの勉強熱心の事は事実らしい」


 アナスタシア様がそんなことを? なんだか嬉しい。


「しかし歴史の全てを語るには人の寿命は短すぎる、もう少し割り込んでくれ」


「なら、地球とセルファークの関係だけでも」


「機密事項だ」


 えー。

 キョウコも地球と異世界の関係を教えてくれなかった。ハイエルフの掟なのだろうか。


「方針でな、我々ハイエルフは上位存在たる神には逆らえない」


 世知辛い存在である。


「教えることはできないが、ふむ。月面人を知っているか?」


 ぎくっ。月面に住まうというアレか。

 白鋼が月に突っ込んだ際に遭遇した巨人生物。彼らの肉体が無機収縮帯であり、この事実は世間には公開されていない。


「シ、シラナイヨ!」


「知っているんだね」


「シラナイノ! ホントナノ!」


「別に罪には問わないさ。再確認だが、月面人は無機収縮帯の原料だ。そして存在は極秘である」


 自分からバラしたよこの人。


「無機収縮帯は消耗品だ、一定の周期で収穫しなければならない、だが月面では飛宙船は使えない。そこでここ巨塔の大型エレベーターを使うわけだ」


 飛行機で運搬するのは……採算が合わないか。積める量などたかが知れている。


「許可が降りるのは五年に一度だ。限りある資源だし、乱獲されては経済に大打撃だしね」


 無制限で乱獲すればツケが後々回ってきそうなのは同意だ。


「残念ながら一年前がその年でね。四年後の収穫には同行させてもらうといい、君なら判るはずだ」


「はあ」


 これが、地球とセルファークの関係に関する問いの答え?

 四年後に先送りとは、なんとも歯がゆい。

 どごぉん、と爆発音が巨塔を揺らした。


「……強襲か!?」


「いや、君のお迎えが来たのだろう」


 しばし待つとルーデルが現れる。


「迎えに来たぞ、少年!」


 無駄に大声である。爆発音が轟く着地ってなんだよ。

 最後にお姉さんに頭を下げる。


「色々お世話になりました」


「なに、君と私の仲だ。またいつか会おう友よ」


 友達の敷居低くね?


「じゃあね、お姉さん」


「私は男だけどな」


 なん、だと?








「ただいま戻りましたぞ、姫様!」


「ああ、お帰り……どうしたのじゃソレ」


 グロッキー状態の俺を肩に担ぎ、城に帰還したルーデル。


「やれやれですな、少し荒っぽく運転しただけでこれとは」


「『少し』の意味をググってこいオッサン」


 巨塔からの帰りは散々であった。




 塔より発進離陸したルーデルの愛機・雷神(らいしん)。俺は後部座席に収まったのだが。

 重力境界には岩が多く浮かんでいる。だからこそ、俺もそれを慎重に避けて飛行すると考え油断していたのだ。

 だがそこは銀翼。変人揃いの称号は伊達ではなく。

 こともあろうか、地上まで急降下帰宅を敢行しやがった。


「いやーやめてー!」


「情けないぞ少年! そんなことで天士になれるか!」


 聞く耳を持たないルーデル。雷神は急降下爆撃するような飛行機ではない、が、まあそれはいい。


「音速! 音速越えてる! 直線翼がモロに衝撃波受けてるぅ!」


 そう、問題はノンブレーキであることだ。

 亜音速機、しかも改造の末に突起の多いルーデル機が音速に耐えきれるはずがない。

 しかしそれで躊躇う男ではなかった。


「わははは、私の雷神はこの程度で壊れん!」


「メカニックの俺が駄目って言ってるんじゃー!」


「大丈夫大丈夫!」


 政治家の選挙公約並に信用できねー!


「そぉれ引き起こしー!」


「ぎゃー!」


 こんな感じ。




「それはいいとして」


 え、ひどい。


「目的は果たせたか?」


「目的?」


「心神について調べたいと言っておったろう」


「その為に送り飛ばしたんだな、ありがと」


 せめて事前説明くらいしてほしかったが。


「あとわしの下着はどうした?」


「心神の資料の対価として、司書さんにあげた」


 殴られた。






 この日から、巨塔の無重力地帯にて一枚のぱんつが浮遊しているという噂が流れ始める。

 気まぐれに姿を表し、探そうと思えば見つからない謎のぱんつ。

 それが姫君の物だということは、割と国家機密である。


>地球vsセルファーク

 実は考えてはいました。わくわくしますよね、そういう展開。

 地球に飛ばされた白鋼、スクランブル発進したF-35! 白鋼には地球式無線機を搭載しておらず、望まぬままに自衛隊との戦闘に突入する! 目の前で人型ロボットに変形した白鋼に、困惑する自衛隊! 


 パイロット1「ロボットだ、小型機が人に変形した!」

 パイロット2「アニメかよ畜生ッ!?」

 司令室「どういうことだ、状況を正しく伝えろ!」


 みたいな。設定的にボツにせざるをえなかったのが惜しい。

 ちなみに白鋼がF-35にバックトゥバックを強行し、レーカのモールス信号で状況を納める、というところまで考えていました。

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