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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
大陸横断レース未成年の部 編
34/85

将軍とお姫様

階級が割と適当です。作者は兵器は好きでも指揮系統には疎くて……

そもそも共和国に騎士がいるのが無茶設定?

「加速して逃げろ、ソフィー!」


「はいっ!」


 スロットルを解放した白鋼(しろがね)は、舞鶴(まいづる)を振り切るべく猛加速を開始する。

 『Hybrid after-burner』による加速に、舞鶴が追い付けるはずもない。

 白鋼は僅かに先行し、だがすぐに失速した。


「えっ?」


「なんだ、酸素不足!?」


 計器のパラメーターに目を通した零夏(れいか)は、すぐにエンジン不調の原因を看過する。


「吸気口の錬金魔法が働いていない、いや違う」


 ラムジェットエンジンは莫大な酸素を消費するエンジンだ。低速時にも過不足なくエンジンを稼働させる為、白鋼は大気中の酸素濃度を調節する機能を持っている。


「白鋼周辺から、酸素がなくなっている!?」


 しかし、大気にそもそも酸素がなくては濃度を上昇させようがない。容易に無から物質を生み出せるほど、魔法も万能ではないのだ。


「なんたって、これも敵の妨害なのか?」


「レーカ、人が居る!」


「どこに!?」


「飛行機、舞鶴の上!」


 それは、実に不自然な光景だった。

 ローブを纏う髭の大男。それが、舞鶴の上にて直立しているのだ。

 舞鶴の速度は六〇〇キロは出ている。風圧もそれ相応なはずなのに、男は何気ない様子で立っているのだ。

 男の足下には魔法陣が展開している。


「あれは、結界魔法の類か!」


 アナスタシアが似た魔法陣を敷いているのを度々目にしていた為、零夏にも断片的に理解出来た。

 零夏の推測通り、男は魔法にて周囲の酸素を排除している。

 普通の飛行機であればそれだけで飛行不可能。しかし、白鋼は内部タンクの水素と酸素だけでロケットを稼働可能。

 『Rocket』に手動で切り替え、少しでも推力が増すように調節を試みる。


「遮蔽物の多い場所―――あの運河の中を飛べるか?」


「や、やってみる!」


 ラムジェットを封じられ、水素ロケットのみとなると加速性能は舞鶴に分がある。

 上昇しては差を広げられない。そう考えた零夏は、機体を降下させるよう指示した。

 地面スレスレまで降下し高速飛行形態に。重力で高度を速度に変換したのだ。

 速度を無駄にしない為、極力旋回をせず運河を抜けるように低空飛行する。

 幅数十メートルはある大きな河。左右は石造りで舗装されているので、風圧や衝撃波による被害は出ないだろう。

 空気抵抗を減らす為に後退翼化したものの、それでは揚力不足となる。

 それを限界まで低空飛行し地面効果を発生させることで補ったのだ。

 また、旋回性能を下げない為にカナードは短縮せずにそのまま。運動性の下がる高速飛行形態への精一杯の対処だった。

 観戦客が多少川岸にいたものの、この速度域ではまだ危険性は少ない。


「間違っても音速は出すな」


「解っているわよ!」


 蛇行する河、しかも首都なので煉瓦のアーチ橋が頻繁に存在する。そんな中を亜音速で飛行するなど、並の天士では正しく自殺行為だった。

 河の幅を生かして大きく左右に機体を振る白鋼。障害物をかわす度にどこかが掠め、零夏は実速度以上に早い体感速度で追い越していく影に目を回すような思いだった。

 このまま川沿いに飛行すれば城付近まで飛べる。だが、問題は速度より航続距離だと零夏は気付いている。

 白鋼のロケットエンジン燃料は5分間しか保証されていない。タンクは機内の体積を大きく食うので、少なめに設計されているのだ。

 速度は出したいが、そもそも加速で逃げ切れないし目的地にたどり着けなければ話にすらならない。


(超低空飛行する飛行機を追うのは難しい。頻繁に橋という障害物があれば尚更だ、大丈夫いける、ソフィーと俺なら行ける!)


『予選にて水中発進していたことからまさかと思っていたが、無酸素飛行出来るのだな。妙な機体だ』


 ローブの男は呟く。


『仕方がない、あの飛行機を破壊せよ。間違ってもコックピットに当てるな』


 舞鶴達は躊躇いなく、機銃を白鋼に向け放った。


「撃ってきやがった!」


 あのローブは何者かと零夏は思考する。魔法使いは度々見かけるが、飛行機の上に立つ奴など初めてだ。

 あるいは、ナスチヤと同レベルの術者かもしれないと注意を引き締める。

 アーチ橋をくぐる白鋼。対し、舞鶴は橋の上を飛ぶ。

 頻繁に据えられたアーチ橋をくぐっていくのはソフィーの操縦技術があってこそ。機体も巨大でテクニックもソフィーに及ばない舞鶴の天士達が真似出来る芸当ではなかった。

 超低空を左右に旋回しつつ飛ぶ白鋼は、舞鶴にとって極めて狙いにくい標的だ。

 舞鶴は機銃を打ち続け、橋の上にいた人間が流れ弾を浮けた。

 四散した死体は白鋼の上に降り注ぎ、血飛沫が風防を赤く染める。


「ひいっ!?」

「ソフィー見るな!」


 見るなと言われ視線を逸らせる人間は少ない。彼女の人並み外れた視力は、宙を舞う人の首を確かに認識していた。

 ごう、とコックピット側面を火の玉が追い越し、水面がいたるところで水しぶきを上げる。

 恐慌状態に陥りかけながらも、ソフィーは必死にマンフレートの真似をしてシザーズ運動を繰り返した。

 蛇行飛行中に更にシザーズを行うのはむしろ速度が犠牲となる。が、着弾は零夏とて御免被るので止めはしなかった。


「後ろは見るな!」


「ひ、はいぃっ」


 小さく悲鳴を上げるソフィーに零夏は心を痛めつつも、反撃の為の準備をする。


「上昇しようよ、人に当たっちゃうよぉ!」


「知ってるか、真上に撃った銃弾が落ちてきて死ぬ、って事故は結構あるんだぜ」


「それがどうしたの!」


「首都上空で空中戦すれば、どこかしらに弾丸が落ちるってことだ!」


 零夏は嘘を吐いた。民間人への被害を減らしたければ、海に逃げれば良かったのだ。

 それをしなかったのは、一刻も早く城へ逃げ込んで安全を確保する為。

 脱出用の飛宙挺(エアボート)を引っ張り出し、鋳造魔法にて変形させる。

 脱出装置を破壊するのは気が引けるが、黙って直進していればいつか確実に撃墜されるのだ。

 先程ローブの男はコックピットを狙うなと命じた。殺すつもりはない、という意味と解釈してもいいはず。脱出装置は最悪必要ない、ということにしておく。

 なにしろ、徹底的に軽量化された白鋼は削れるパーツがこれくらいしかないのだ。

 脱出用飛宙挺から弓矢を拵え、風防を開ける。白鋼の風防は後ろに後退させるタイプなので飛行中にも開けられる。


「真っ直ぐ飛んだ方がいい!?」


「いや、最低限の回避運動は続けて構わない!」


 弓を引く。狙うべきは……


(ローブ男……は効かないだろうな、矢は達人なら魔法なしでも払えるし。ならっ)


 零夏は周囲を空間ごと解析し、軌道計算を行った上で矢を放つ。

 矢は狙いを違わず、ローブ男の乗る舞鶴の吸気口へと飛び込んだ。

 火を噴くエンジン。しかし、舞鶴は双発機なので飛行不可までは至らない。


「飛び道具も得意なんでな、退場しろ魔法使い!」


 エンジントラブル時は速度を生かして高度を稼ぎ、滞空時間を伸ばしたところで対処を判断するのが基本だ。時間さえあれば不時着するにしても墜落するにしても、時間的余裕が生まれる。

 セオリーにのっとり高度を上げようとする舞鶴、そのもう一つの吸気口に再度矢を撃ち込んだ。


『―――ッツ!?』


 悲鳴を出す間もなく、バランスを崩し機首から運河に突っ込む舞鶴。

 高速で衝突する水面はコンクリートと変わりない。舞鶴はもんどりうって跳ね上がり、橋に衝突、爆散した。

 橋の被害を考えないように努め、零夏は再び矢を構える。


(あのローブ男さえいなければ、結界を保てず酸素供給量が正常値に戻る。そうなれば加速性能で逃げ切るだけ―――)


 そんな甘い思惑も、ローブ男が自力飛行しているのに気付き破綻した。

 男は背中から金属の翼を出現させ、白鋼を低空飛行で追撃する。


「そんなのアリかよ、八〇〇キロ出てるんだぞ!?」


 高速飛行形態となったことで加速したはずの白鋼。しかし、その速度も尻すぼみに落ちていく。


「……っ!? どうしたんだ、ソフィー!」


「ごめんなさい、無駄使いしちゃった……」


 酸素内容量を確認すると、すでに『Empty(ガス欠)』。

 ソフィーがロスの多い飛行をしたのが原因ではない。

 元より城にたどり着くほどの余力は、白鋼には存在しなかったのだ。

 前進翼形態となり少しでも距離を稼ごうと努力するも、やがて推力は尽き着水する。


(機外へ飛び出し、ソフィーを抱えて足で逃げるぞ……!)


 上空待機する舞鶴、ホバリングするローブの男。


「ソフィーベルトを外せ!」


 零夏はソフィーを抱き抱えようとし、そこに男の魔法が零夏を貫いた。


「がぁ……!」


「レーカ!」


 電撃魔法を受けた零夏は失神。

 ローブ男は白鋼に接近し、主翼端を掴んだ。


「私と来てもらうぞ、姫君」


「……ッ!」


 鋭く男を睨むソフィー。

 普段の彼女であれば怯えるだけであったが、家族を傷付けた人間を前にそれだけで納得出来るほども弱くはなかった。

 ローブは気にした様子もなく上昇を開始。白鋼を持ち上げる。

 三トン以上もある飛行機を人間が片手で掴み浮上させる様は、ただただ異質であった。


「レーカぁ!」


 主翼を持っているわけだから、白鋼はコックピットが横倒しの状態で宙吊りとなっている。

 既に身体の固定を外していた零夏がコックピットから落ちそうになり、ソフィーは悲鳴を上げて必死に掴んだ。


「待ちなさい! いったん地面に降ろして! 貴方達の目的は私でしょう!?」


「捨てていけ」


「ふざけるな!」


 怒気を露わにしたソフィーに、男は初めて零夏に興味を示した。


(なるほど、姫君はこの少年をいたく気に入っていると見える。コレを痛めつける様でも見せれば、我々に従順となるかもしれんな)


 零夏に利用価値を見出した男は、ソフィーに提案した。


「ラウンドベースまで手を離さなければ、助命してやらんこともない。救いたい命は自分の努力で救うのだな」


(元はといえば貴方達の襲撃のせいでしょう……!)


 他者に命を左右される屈辱に歯を噛み締めつつも、指に力を込めるソフィー。

 しかし、小柄なソフィーにとって、同い年とはいえ自分より重い少年を支え続けるのは至難の技だった。


(遠い、遠いよ……)


 ラウンドベースは遥かに遠く。

 今まで逃げてきた分を戻るのだ。さきほどまで光のように飛び抜けた距離が、今となっては果てなく思える。


「指が、もう」


「では棄てろ。私とて余計なゴミを持ち込むのは趣味ではない」


 元より色素の薄いソフィーの手は、既に真っ白になり限界が迫っていた。


「いや、やだよ、助けてレーカ」


 解ける指先。


「やだ、一人にしないで」


 しかし、無情にして必然にも。

 ソフィーの手は零夏を支えられるはずもなく、二人は分かたれた。


「あ、ああぁあっ!」


 涙を溢れさせ手を伸ばすソフィーに、男はやれやれと嘆息する。

 余計な時間を消費した、とラウンドベースへの空路を進もうとし、彼は驚愕した。

 ベルトを外すソフィー。


「馬鹿な、何を―――」


「レーカ!」


 彼女は躊躇いもなく、白鋼から飛び降りたのだ。

 気を失い空気抵抗の大きい姿勢で落ちていく零夏に追い付くことなど、ソフィーにとっては容易い。

 急降下にて零夏に接近し、力無く目を閉じる零夏に抱き付く。

 安堵し、そして自分達の命が空前の灯火であるとやっと思い至った。

 迫る地面。

 走馬灯、というべきか。

 ソフィーの脳裏に過ぎるのは、同じ屋敷に住まう家族達だった。


(……ごめんね)


 咄嗟に思い浮かぶは、恐怖ではなく謝意。

 自分が死ねば両親はきっと悲しむ。マリアも悲しむ。キャサリンさんも。


(なんだ、全員じゃない)


 自分は幸せ者なのだろう。こんなにも弱い自分と共にいてくれる人々に囲まれているのだから。

 怖くはない。零夏が、すぐ側にいる。

 目を閉じ、次の瞬間訪れるであろう衝撃を覚悟し―――


「―――ッ!?」


 何者かに零夏ごと抱えられ、急制動した。

 そっと地面に降り立つ。

 恐る恐る目を開けば、まず視界に入ったのは翼だった。

 人間、女性だとは見て取れる。急激な化減速にさすがのソフィーも眩暈を起こしているのか、視界の焦点が定まらない。

 その女性の背には純白の羽。整った顔立ちや降り注ぐ逆光も相まって、ソフィーにはその光景が一枚の絵画のように思えた。


「天使、様?」


「大丈夫?」


 あまりに平然と問うその様子に、彼女にとって今の救出劇が大した労力でもないことが見て取れる。

 目の焦点が定まるにつれ、ソフィーはその人物が誰であるか気付いた。


「え、嘘、どうして? 貴女―――」








「各部隊との通信はどうなっている!?」


「先程から強力な広域通信妨害(ジャミング)が継続中です! 各自対処しているようですが、伝令にはかなりのタイムロスがあるかと!」


「馬鹿な、首都を包むほどのジャミング、並の術者では成し得んぞ! それに基地同士の通信網には二重三重のシステムを使っているんだ、外部からの妨害には限界がある!」


「一部に物理的な破壊の跡が見られます!」


 共和国軍の司令室は、混乱の真っ只中だった。

 レース中の突然の通信妨害、民間人の被害を厭わぬ帝国最新鋭機の凶行。

 零夏達は自分のことで手一杯であり気付いていないが、ラウンドベース級飛宙船からは随時戦闘機が離陸していた。

 明らかなドリットに対する敵対行動。敵戦闘機の役割は半数が母艦護衛だろうが、もう半数は共和国軍戦闘機への攻撃だ。

 地上にいる戦闘機ほど無力なものはない。しかし、無闇に離陸したところで数に押され連携もままならぬまま撃墜されるのがオチだろう。


「帝国軍はなにをやっている! 責任者を呼んでこい!」


「呼んだかの、将軍殿」


 飄々と部屋にやってきたのは、ドレスを纏ったリデア姫であった。

 場違いに華やかな少女に、将軍の血圧が若干上がる。


「……説明して頂けますかな、なぜ帝国軍の最新鋭機がテロ行為を行うのです?」


「おや、あれは未だ非公開のはずじゃがのう。なんで知っておるんじゃ?」


「そういう腹の探り合いをしている場合か!」


 平和な時代といえど、スパイは勿論存在する。

 将軍となれば、相手国の国家機密を知っていたところでおかしいことはない。


「すまんの、舞鶴の所在は調査せねば判らぬ。なぜじゃろうなぁ?」


「すまんって、ああ、もう」


 彼はすぐに理解させられた。この娘はただのアイドルでも、噂のお転婆姫でもない。王族の身の振り方を心得た、厄介な類の人種だと。


「こちらにばかり責任を求めんでほしいの、あんなデカブツが目と鼻の先で修復されていながら、十一年間気付けなかったのは何処の誰じゃ」


「うぐっ」


 共和国軍とて、海中に沈んだラウンドベース級を調査しなかったはずがない。

 それが上層部にまで伝達されなかったということは、つまりそういうことだ。


「互いに、体内に良くない虫を孕んでいるようじゃの。まあ調査は後じゃ」


「報告します!」


 騎士が駆け込んでくる。


「観測班から、ラウンドベース級が移動を開始したとのことです!」


「元より動いておったんじゃろ、あれは加速がやたら遅い」


「進路は!?」


「……ここ、です。ドリット城に向かってきています!」


 その場にいた、全員の血の気が引いた。

 ラウンドベースに上を取られる。これほど絶望的な状況はない。

 その気になれば、機関停止させ着陸するだけで町は壊滅、否殲滅されるのだ。


「エアバイクで伝令しろ! 地上攻撃機は全機爆装した上で緊急離陸、後方にて上空待機! 絶対にラウンドベースには近付くな、戦闘機の任務は敵機から攻撃機を護衛することに限定する!」


 爆弾を満載した地上攻撃機が、身軽な敵戦闘機に適うはずがない。

 ラウンドベースとの戦いの為には、一発とて爆弾を無駄にするわけにはいかない。故に将軍は戦闘機への指令を護衛に限定した。


「銀翼を集めろ、ラウンドベース付近の敵機を壊滅させる! 壊滅完了の後、攻撃機によってラウンドベース左右から回り込んで敵母艦の機関部を破壊するのだ! その後は各自の判断で対応してよし、町への被害は……気にするな! なにがなんでも首都を奪われるな!」


 町を破壊して良し。その指令を下す将軍の表情は、護るべき民を切り捨てねばならない口惜しさを如実に表していた。


「どうする、帝国軍はそちらの指針に従うが」


「では、そちらも同じ指針で。あらゆる被害の責任は問いませんが、そちらの消耗も負担しません」


 リデア姫は僅かに目を見開いた。

 彼女のそれはある種の丸投げだが、下手に指揮系統を複雑にするよりはマシとの判断でもある。それにここは共和国軍のホームグラウンドなのだ。 将軍の指示では帝国軍はいいように使われているように受け取れるが、これは共和国だけの問題ではない。歴史と権威ある大陸横断レース、それを台無しにされていながらただ自己保身だけを優先していたとあっては、帝国の名にも傷が付くのだ。「よし、命じておこう。しかし、なぜほとんどの機体を上空待機させるのじゃ? 銀翼のみでは敵戦闘機の壊滅など難しいじゃろう」


「これはラウンドベース落としのセオリーです。リデア姫はラウンドベースの強固さをご存知ですか?」


「まあ、見るからに頑丈そうじゃ」


 頷く将軍。


「ラウンドベースは厚い装甲と圧倒的な巨体故に、並のダメージでは意味がありません。あれを落とすとすれば、後部の機関部を狙うしかない」


「うむ? 後ろに沢山付いている、馬鹿でかいプロペラのエンジンじゃな?」


「数も多く、弱点とはいえ当然頑丈です。ラウンドベースを落とす、というより止めるには、多くの航空戦力を後部に集中させ爆撃し続けるしかありません」


「それでなぜ銀翼を先行させる?」


「並の天士では、後ろに回り込めないからです。三六〇度をカバーする高射砲がある以上、ラウンドベースの上面と下面に入るのは自殺行為です。そもそも、上には入れません」


「入れない、とな?」


 不思議な言い方に首を傾げるリデア姫。


「ご覧ください。ラウンドベースはひたすら高度を上げ続けているでしょう?」


 窓から覗く要塞は、確かに高度を上げることに全力を注いでいるように見えた。


「このままでは重力境界まで……ああ、そういうことか。重力境界を背に戦うのじゃな、あの要塞は」


「その通りです。無重力空域に無数に浮かぶ岩、それを避けつつ戦闘出来る天士は一握りですから」


「そして高度を取ってしまえば、今度は下が鬼門となるわけか。適当にゴミをばらまくだけでも戦闘機にとっては驚異となるのじゃな」


「はい。故に、上と下は論外。側面から回り込むしかないのですが、なにせ相手は直径一〇〇〇〇メートルの化け物。重い爆弾を抱えて高射砲の並ぶラウンドベース側面を一五キロ以上飛ばねばならないのです。更に、護衛の戦闘機とて今も尚離陸し続けている」


「だからこそ敵戦闘機の壊滅か。死地において尚も敵を滅せる機体、なるほど銀翼以外にないの」


「機関部破壊の為に機体を消耗するわけにはいかない、という理由もあります」


 それでも、高射砲の驚異がなくなるわけではない。爆撃部隊には多くの被害が出るだろう。


「銀翼の導入については解った。しかし、町への被害を度外視するというのは?」


「この事態、言うまでもなく異常です。こともあろうか戦力の集中している大会中の襲撃、あるいはなんらかの陽動かと考えましたが、それにしては大規模過ぎる。奴らの目的が見えません」


「ではなぜ? 民衆の避難を優先させるという選択肢もあるのではないか?」


「勘です。これほどの事態を起こすなら、奴らの目的は国家が転覆しかねないほどの大事でしょう。もしそうなれば今以上の犠牲が出る、なんとしても芽を摘むべきです。……この町に多大な犠牲を払わせることとなったとしても、です」


 なるほどなるほど、と頷く姫。


「辛い立場だの」


「……恐縮です。敵目的が判らない以上こちらが不利ですが、まさか目的もなく襲撃を行っているわけでもないでしょう。我々は奴らの目的である、首都に存在する『何か』を守らなくてはならない。責任は全て私が取ります」


「わしとて王族、責任者じゃ。責任の片棒はわしも担ごう」


 これを英断と歴史が讃えることは、きっと有り得ない。民間人よりも国の安定を優先すると明言したのだ。

 人は痛みを忘れない。イフの歴史よりも、目の前の苦痛に恐怖するものだから。


「結構です。子供に責任を背負わせたとあっては、私の名が廃ります」


「むぅ、ばかちんが」


「報告します! 出撃可能なシルバーウイングス所持者のリストアップが完了しましたが……」


 伝令に出た騎士が戻ってきて、将軍はお喋りを止めた。そもそも今まで長話に律儀に付き合っていたのは、現状確認がてらの時間潰しである。


「どうした、なにか問題でもあったのか」


「現在首都にいる軍属の銀翼がギイハルト・ハーツのみでした。自由天士を含めでも、厄災の双子と微熱の蜜蜂が加わるだけです」


 なんとも、絶望的な報告だった。


「変人ばかりではないか!」


 元より軍に所属する銀翼は少ない。空の英雄達は皆癖が強く、群れることを嫌うのだ。

 ギイハルトなどかなりの例外的に真人間な銀翼もいるが。


「帝国軍には一人おるが、人型機乗りの銀翼じゃしのう。……ああ、もう一人おったか」


 リデア姫の視線が自身の背後へ向かう。


「ふむ、私の出番ですかな?」


 ルーデルが嬉しそうに顔を綻ばせる。


「未だ現役である、そう言ったの、お主。ならばそれを証明してみせよ」


「承知しましたぞ姫様。我が雷神を出すぞ、まわせーっ!(エンジンを始動しろ!)


 腕を回し駆け出すルーデル。

 司令室を退室する彼に、将軍は静かに嘆息した。


(悪魔が出るのか、味方なら頼もしいが……)


 銀翼は国境なく讃えられるものである。が、一人でかつて戦略をも動かした化物となると、なんとも言えぬ複雑な気分となるのであった。

 彼に続き、将軍も指令を飛ばす。


「ギイハルト及び自由天士の銀翼に出撃命令だ! 作戦目標、敵航空戦力壊滅!」


 慌ただしくなり始める司令室。


「ふぅむ、しかし数機の銀翼だけであの羽虫のように群がる戦闘機を本当に壊滅出来るのかの?」


 既に離陸した敵戦闘機は一〇〇〇機に迫っていた。対し、銀翼はたった四機。

 一人につき二五〇機落とさねばならない計算である。


「殲滅ではなく壊滅ですからな、全部落とさねばならないわけではありません」


「じゃが、なぁ」


 納得いかなげな姫に、将軍は問うてみた。


「姫様は銀翼の本気の戦いをご覧になったことは?」


 首を横に振るリデア姫。


「戦闘となれば、ない」


「そうですか、ならば見ておくといいでしょう」


 平時の銀翼は、変人だが気のいい者達でしかない。

 しかし一度空へ上がれば、彼らは隠していた牙を剥く。


「こと戦闘においては、彼らを人として扱ってはなりません」


 将軍は司令室の窓から、首都の先に居座る空中要塞を睨んだ。


「わしは引き続きここにいさせてもっても?」


「ええ、ご自由に」


 将軍は姫を分別ある人間だと判断し、ここに置いても問題ないと結論付ける。


「あ、なんなら歌おうかの?」


「結構です」


「士気高揚じゃ」


「結構です」


「得意じゃぞ?」


「結構です」


「誰だって、争いたくないと祈り続けていたのに~♪」


 歌い始めたリデア姫に将軍は頭を抱える。


 ブレーキ役のルーデルがいない彼女を止める者はいない。


 やっぱり分別ないかもしれない。


(に、しても……) 


 今回の件で、彼らに奇妙に映ったのはやはり舞鶴の行動であった。

 強襲したければ真っ先に重要施設、そうまさに司令室などを攻撃すれば良かった。だが彼らは二段構えの作戦を立てておきながら、こともあろうかレース機を狙ったのだ。

 そう、レース機。

 互いに明かしてはいないが、舞鶴は何が目的だったのか、将軍とリデア姫にはそれぞれ思い当たることがあった。


(白鋼の天士の少女はガイル様の娘、まさか奴らの目的は)


(白鋼に乗っていた少年、もしあれが彼の者であれば、あるいは)


 考えることは違えど、結論は同じ。

 白鋼の……搭乗天士の捕獲。

 だがもしテロリストが白鋼の素性を知らず、彼らを墜としていたら?

 そう考えると暗澹たる気分になる二人であった。








「え、嘘、どうして? 貴女―――」


 自分と零夏を救った人物を、思わず凝視する。

 紫がかった銀髪に、アメジストの瞳。

 背中から生える純白の翼が、微かに揺れる。

 雲の隙間から射す光、天使の梯子によって煌めく羽。


「イリア、さんが、何故ここに?」


「イリアでいい」


 浮遊する少女はソフィーの問いに、常の通り表情なく答える。


「そこで見かけたから」


 まるでお出かけしたら友人と鉢合わせした、というくらい気軽な返答であった。








 テロリストの戦力

 人型機 5000機

 戦闘機 1000機


 多国籍軍の戦力

 人型機 共和国軍 4000機  帝国軍 150機  その他の所属 180機

 獣型機 共和国軍 3000機  帝国軍 150機  その他の所属  80機

 戦闘機 共和国軍 2000機  帝国軍 250機  その他の所属 230機

 民間の自由天士

 人型機 3000機  戦闘機 2500機





 ただし、その多くが先制攻撃により戦闘不能。



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