キザ男と眼鏡女性
予選終了後、本来なら予選突破選手にインタビューを行ったりするそうだが、俺自身そういうのは苦手だしソフィーは以ての外。
大会側が用意した格納庫にさっさと着陸し、堅く扉を閉じていた。
格納庫の屋上に登り、そぉっと下を覗く。
俺達を出待ちする記者達が、扉の前に陣取っていた。
「出れねぇ……」
「むぅぅ」
一度海に落ちた白鋼の海水洗浄作業で随分時間を食ったはずだが、しつこい連中だ。
風で飛んできた紙をキャッチすると、それは号外新聞だった。
『姿無き謎の天士! 可変翼機『白鋼』を操るのは、美しい兄妹!?』
兄妹じゃねーよ。美形なのは事実だが。キリッ。
どうやら奇妙な噂が流れているらしい。
ゴシップじみた号外新聞を投げ捨て、さてどうしようかと思案する。
「早くお母さんとお父さんのところに戻ろ?」
「そうしたいのは山々だが、そのまま無策で歩いたら見つかるしなぁ」
明日の本戦前となれば名前は明かされるが、いち早く情報を掲載したいのはメディアの性。
彼らとて成果なしで帰れないのだろう。あのゴシップは苦肉の策か。
建物の扉の反対側に飛び降りようにも、人は裏手まで回り込んでいる。
まさしく陸の孤島だ。
「いっそ隣の建物に飛び移るか?」
あれ、いい考えかもしれない。
格納庫は何棟も真っ直ぐ並んでいる。同じ設計であれば、ここに登ってこれたように屋上階段があるだろう。
空に監視はない。飛び移って、降りて、何気ない顔で扉から出る。
よし名案。そうしよう。
「明日はエアバイクを持ってこないとな、脱出用に」
ソフィーに目隠しして抱き上げる。
「わっ、なんで隠すの?」
「暴れられても困る」
隣の建物までの距離は二〇メートルほど。飛宙船や人型機の通行も考慮して、かなり余裕をもって開いている。
身体強化の上で助走を付ければ飛べるはず。人間はそもそも一〇メートルは飛べるのだ。
ソフィーが困惑しているうちにジャンプ、ジャンプ、ジャンプ。
彼女が衝撃をモロに受けないように、膝を屈伸させソフトにランディング。
何棟か隣の格納庫に飛び移り、ソフィーの目隠しを解く。
「うううっ、レーカ嫌いよ」
泣いていた。
「君に涙は似合わないぜ」
「レーカのせいでしょ!」
屋上の扉をピッキングして一階へ降りる。
そこには多くの整備員が働いていた。
……ちょっと多過ぎないか? それに連携も練度も低い。
「なんだこれ、ここも予選突破した選手の格納庫だよな?」
「レーカ、あそこ」
ソフィーが指差す方向には、赤い飛行機が鎮座していた。
赤矢。未成年部門において、一応初の音速突破した機体。
「おー、見てみたかったんだよな」
空気の層を作る技術、なかなか興味深い。
機首と最後部に装備された、三枚ずつの回転式魔導術式。
どうやらこいつが前後で気流を繋ぎ、機体を包み込んでいるっぽい。
「……思ったより強引な術式だな」
魔力消費も大きく、モーターというデッドウェイトを抱えてまで回転させ続けなければならない。後付けだからか機構も無駄だらけ。
「なんていうか、概念実証機?」
動けばいい、みたいなコンセプトが透けて見える。
まったく新しい技術であれば新規設計の方がいいのだ。プロペラ機にジェットエンジンを積んだところで性能を生かしきれないように。
なにより問題は……
「使い捨てなのか、あのブレード」
見合わない魔力を魔導術式に注ぎ込んでいる為に、短時間で焼き切れてしまうのだ。
この設計では完全な解決は難しい。基本設計からやり直しなければなるまい、そう例えば―――
「やれやれ、敵情視察とは品がないな、平民」
背後からの声に思わずスルーする。
「そこは思わず振り返りたまえよ、君」
「なあ、あれってすげー金食い虫じゃないか?」
背後にいたのは口元をひくつかえせ俺を睨む、金髪美形少年だった。
真っ赤な軍服もどきにカールした髪。年齢は俺達よりちょっと上。
あからさまに煌びやかなオーラを纏う、お近付きになりたくないタイプである。
「……ほう、判るか。メカニックとしての腕は悪くないようだ、僕の専属メカニックになりたまえ」
「ノーセンキュー」
いきなり勧誘してくるとは。
「君達は白鋼とかいう飛行機の天士だったね。まったく、あれだけ世間を騒がせておいて偵察ごっことは、民衆が知れば恰好のバッシング対象だぞ」
意外と親切だった。
「ご忠告どうも」
「べ、別に忠告などではない! 勘違いするな!」
男のツンデレとかどうしよう。
「それより先程の話だ。腕に覚えのある職人が足りていない。金なら出そう」
ああ、なるほど。この格納庫にいる少年少女は質より量で手当たり次第に雇ったのだな。
工房の子供であれば簡単な整備くらいは可能が……短期アルバイトでは連携も上手くいくまい。
「でも、むしろ量より質が問題になる飛行機だろ、これ。魔導術式を刻むのは職人技だぜ」
「う、ううむ、そうなのだが、如何せんなぁ。僕はこの飛行機に一目惚れしてしまったのだよ」
飛ぶ度にオーバーホールが必要なレベルで繊細な機体、実用機としては落第点だろう。
それこそ、愛がなければ運用出来まい。
「確かに綺麗な機体だな」
「そうだろう、そうだろう! スクラップになっているのを偶然見つけてね、評判の工房でレストアしてもらい、帝国の最新鋭技術を組み込んだのだよ! おかげでお小遣いはスッカラカンだが……いいさ、僕はコイツとこれからも、ハッ!?」
熱弁途中で我に返った。
「いいから早く出て行きたまえ! ……ふむ?」
美形少年の視線がソフィーに向く。
しばし見つめ、そして呟く。
「……Beautiful……」
もう、黙れあんた。
「失礼しましたお嬢様。私の名はマンフレート・リヒトフォーフェン。帝国貴族リヒトフォーフェン家の長男で御座います」
片膝をつきソフィーの手を取るマンフロ……言えん、キザ男でいいや。
ソフィーは怯えつつも問い返す。
「リヒトフォーフェン家……優秀な軍人を多く輩出した、あの?」
「おお、ご存じですか」
なんで知っているんだソフィー。
「これから私と共にお茶でも如何でしょう? 決して退屈はさせません」
歯の浮くような台詞にソフィーは怯みつつも、勇気を振り絞りこう答えた。
「お誘い頂けて光栄ですわ。しかし、私共はこれから家の者と予選突破を祝う予定ですの」
おお、お嬢様モードの猫被りソフィーだ。久々に見た。
「君は貴族の子なのかい?」
その切り替えになにかを感じ取ったのか、キザ男は視線鋭くそう訊ねた。
「ふえぇ」
あ、お嬢様モード破綻した。
慣れないことをしていっぱいいっぱいだったのが、一瞬で限界を迎え俺の後ろに隠れた。
アナスタシア様の教育はあんまり実を結んでいないっぽい。
まあ頼られた以上、助け船を出すか。
「俺の女に手を出すな!」
「なぁ!?」
ふっふっふ、この一言に怯まぬ奴はいまい。
「き、君達は、そういう関係なのか!?」
「そうだ! あ、いやそうじゃない!」
「どっちかね」
「清いお付き合いだ!」
うぐぐ、と歯を噛みしめた後、キザ男は踵を返す。
「ふ、ふん! 所詮田舎娘、僕の目に留まるのが間違いだった!」
「あ゛あ゛あ゛? 今ソフィーを貶した? なあ今ソフィーを貶した?」
微妙に互いに引けない状況へともつれ込む。
そこに割り込んだのは、他ならぬ張本人だった。
「レーカ。貴族と喧嘩しちゃ、駄目」
「……ふん」
ソフィーの瞳には真剣な色しか写っていない。
「……すいませんでした」
頭を下げる。
「クックック、それが貴族に対する謝罪かね?」
「図に乗るな」
思わずぶん殴った。後悔はしない。
床でピクピクと痙攣するキザ男を踏み越え、格納庫を後にする。
下から「見え」とか聞こえたので、もう一度蹴り飛ばしておいた。
「お、覚えておけよ平民! 君達のせいで赤矢のデビューが台無しになったのだ、絶対にギャフンと言わせてやる!」
「ぎゃふん」
平民は貴族に楯突いてはならない。
子供のソフィーだって知っている、この世界の法則。
やはりここは日本と違うのだな、と今更ながら思った。
「おおおっ!」
「おー」
ソフィーと一緒に空を見上げて感嘆する。
共和国軍の戦闘機による航空ショーだ。
さすが空と密着した世界、一〇〇機以上で編隊飛行とか狂ってる。爆撃でもされるのかここは。
「あれは亡霊か、共和国主力戦闘機だな」
「安定性が良さそうな機体ね」
「直線ならな」
大戦後の新世代機開発における混乱を象徴するような機体だ。
戦闘がドックファイト主体のセルファークにおいて、なぜか運動性が軽視された機体。
操縦次第ではかなりの運動性を発揮するのだが、コンセプトが迷走した設計のせいでとても扱いが難しい。
しかし既に大量生産した後であり、今更設計し直すより天士の練度を上げた方が安上がりという結論に達した。おかげで共和国軍の天士は亡霊というじゃじゃ馬を乗りこなさなければならなくなったのだ。
共和国が荒鷹の開発を急ぐ理由の一つである。
「いい戦闘機なんだけれどね」
性能が悪ければ普及しない。総合的に見れば上出来だ。
空に描かれる共和国の国旗に、人々は歓声を上げる。
「すげー規模だな、大き過ぎて見えない」
魚眼レンズとか通さないと、カメラにも収まるまい。
「上手いなぁ、やっぱり」
「……そう?」
訊く相手を間違えた。
「俺の世界だと曲芸飛行を任されるのは凄腕中の凄腕だけど、彼らも銀翼だったりするのかな」
「違うと思うわ。シルバーウイングスって世界で五〇人程度しかいないって聞くし、操縦もお父さんほど上手くないもの」
「その通りだ。彼らはトップウイングス、凄腕には違いないが銀翼ほどではない」
「レーカ?」
ソフィーが声質の変化に首を傾げる。いや俺じゃないから。
筋肉質な男が俺達の前に立ちふさがった。雰囲気からして自由天士?
「久々だな、レーカ君」
「誰?」
がくり、とずっこける男。お約束を理解するとは……こいつ、出来るっ!
「一年前に君に人型機を改修され、壊され、修理された者だ」
さて、皆も一緒に考えよう!
「…………。」
「…………。」
「…………。」
誰?
「ヨーゼフだ。まあ短い付き合いだ、忘れてしまっても不思議ではないが」
「あっ、闘技場の!」
俺が初めて受け持ったお客さんだ。どうしてこんなところに。
「おかしいことでもあるまい、自由天士は世界を渡り歩くものだ。大陸横断レースは我々にとってもいい暇つぶしだしな」
「お久しぶりです。相方の戦闘機乗りの人は?」
「アイツといつも行動を共にしているわけではないさ」
子供じゃないし、出会ったり別れたりすることもあるか。
「それより予選レースのスタートで君を見てな、素晴らしいフライトだったぞ」
「いえ、それほどでもありますが」
「謙遜することは……していなかったな。ともかく、本戦も頑張りたまえ」
「はい。頑張るのは主にこの子ですが」
「ふ、可愛らしい天士だ」
しゃがんでソフィーの頭を撫でようとするも、ソフィーは素早く逃げてしまった。
「やれやれ、嫌われているらしい」
「女の子の頭を気安く撫でるのはどうかと。本人も極度の人見知りですし」
ヨーゼフは肩を竦める。
「どうやら私はデートの邪魔のようだ。これにて失礼する、レーカ君、ソフィー嬢」
「応援宜しく~」
後ろ手に振るヨーゼフを見送り、俺達は宿への道を再び歩き始めた。
「……?」
『カンパーイ!』
男達が杯をぶつけ合い、ガイル一家が貸し切ったフロアは笑い声に包まれた。
「いやー見たか親父、俺の娘の勇姿をよぉ!」
「それよりワシの孫娘じゃ、なんとも素晴らしい操縦じゃったぞ!」
娘バカと孫バカが酒を呷り語り合う。
それ同一人物だから。あと俺も後ろにいたから。
「まったく、馬鹿共はこんな時間から酒盛りを始めやがって」
キャサリンさんがつまみの料理を運びつつ小言を漏らす。
「そうねぇ。浮かれるのは解るけれど、予選突破しただけで祝賀会はないわ」
そう、祝賀会である。
宿に戻ってみれば、既にガイルとイソロクは酒瓶を開けていた。
「ソフィー、こっちに来い! だっこしたる!」
「嫌」
酒臭い父から逃げ、母の元へ逃げ込むソフィー。
「おうソフィー、知らないうちに大きくなったな! あはははは!」
「残念ながらアンタが抱っこしているのは零夏君であります。離せ馬鹿ガイル」
なにが悲しくて男に抱きかかえられなきゃならんのだ。
外から「ホモォ、ホモォ、ホモォ」と帝国最新鋭獣型機の独特の駆動音が聞こえる。黙れ。
身体強化を使って腕を振り解き、アナスタシア様に抱き付く。
「あぁ癒される、荒んだ心が解けてゆく……」
「大袈裟ね、もう」
ソフィーと俺に纏われて少し困り顔のアナスタシア様。
「はい、あーん」
「あーん」
アナスタシア様はソフィーに料理を食べさせる。相変わらず仲のいい母娘だ。
親子喧嘩なんてしたことないんだろうな。
「そんなことないわよ。一度だけ喧嘩したことがあるわ」
へー、意外だ。
「お母さん、喧嘩なんてしたっけ?」
「ふふっ。ソフィーは知らないわよ」
「覚えていない」ではなく「知らない」?
変な言い回しだ、と思っているとドアがノックされた。
「あら、なにかしら」
「……ギイハルトとイリアさん、それに後ろに眼鏡の女性ですね」
解析魔法の結果を伝える。防犯には極めて便利だ。
ギイハルト兄妹だけならばともかく、後ろの見知らぬ人物の存在にアナスタシア様は怪訝な表情になる。
「軍人?」
「うーん、どうでしょう? 癖に軍人っぽさはあるんですけれど、むしろ……整備員?」
整備員と判断したのはただの勘だ。
「整備員の眼鏡の女性、まさか」
アナスタシア様の表情がなんとも複雑な感情を表していた。
「……そう、なら開けてきてもらえる?」
「了解です」
ドアを少しだけ開く。
「合い言葉を言え!」
「合い言葉?」
隙間から覗く、困り顔のギイハルト。だが俺は容赦しない。
「山!」
「どかーん」
イリアが間髪入れず返答した。
「……よしっ、入れ!」
彼女の中では山=活火山なのだろうか?
「う、うんありがとう。あと予選突破おめでとうレーカ君」
「おめでとう」
兄に続き祝辞を述べるイリア。
そして気になるのは、やはり二人の背後の女性だ。
「君が白鋼の制作者のレーカ君?」
ポカンと眼鏡の女性が俺を見つめる。
「うううっ、こんな小さな子があんな機体を作ったなんて」
涙目で壁に突っ伏す女性。誰だこの人。
「とにかく入って入って」
廊下で騒がれては変な噂が立ちかねない。
「こんにちはガイル先輩……イソロク様もご一緒でしたか」
「おう、ギイか」
「新米銀翼の小僧じゃな」
酒盛りする二人を呆れた目で見つめるギイハルト。
「って親父、今なんつった?」
「新米銀翼、じゃが」
おお! ギイハルト銀翼に昇格したんだ!
「てめー教えろよ水くせーなおい!」
「すいません、伝え忘れていて……臭いです先輩、酒臭い」
ギイハルトにまで逃げられるガイルだった。
「祝杯だ。飲め」
「いえ、すぐお暇しますので」
「俺の酒が飲めないってかぁー」
駄目だ、すっかり近付いたら面倒臭い人に成り下がっている。
ギイハルトがガイルとイソロクに完全に捕まったので、イリアに用件を伺う。
「それで、どうしたの?」
「遊びに来た」
腰掛け、料理を摘むイリア。
マイペースな人だ。仕方がない、本人に訊くか。
本日やってきた理由であろう、眼鏡の女性を探す。
「…………。」
「あ、あの……」
アナスタシア様と睨み合っていた。
いや、正しくはアナスタシア様が一方的に睨み、女性は竦んでいた。
いやいや、もっと正しく言えばアナスタシア様は睨んでいない。ただ無言無表情で女性を見つめているだけだ。
いやいやいや、無言無表情って無感情を表すわけでもないんだな。今のアナスタシア様はちょっと怖いわ。
「久しぶりね、フィオ」
「はい、お久しぶりですアナスタシア様」
「なにをしにきたの?」
「白鋼を作った人とお話してみたいと、ギイハルトさんに頼んだのです」
「それだけ?」
「そっ、それだけです!」
「ゆっくりしていって頂戴。別に気にしないから」
「はい……」
女同士の静かな戦争が始まっていた。
戦争と呼ぶにはあまりに一方的にアナスタシア様が攻め込んでいるが。
あんな剣呑としたアナスタシア様は珍しい。かつて何かあったのか?
「白鋼、凄いですよ、ね?」
「そうね。貴女は『それなりに』腕のいいメカニックだし、あの機体の異常性も解るのね」
「機体審査をしたの、私達のプロジェクトチームなんです」
この人が白鋼をバラして、そして組み立てられなかったのか。
女性が俺の元までやってきた。
「初めまして、フィオ・マクダネルと申します。白鋼の件はごめんなさい」
「レーカです、初めまして。気に病まなくてもいいですよフィオさん」
美人なのでオッケーである。何もかも水に流した。
「それにしても出鱈目、いえ、素晴らしい飛行機でした」
「一度失格にしたのによく言うわね」
「ううっ」
アナスタシア様、たとえ貴女であっても美人を虐めないで下さい。
「正直なぜあれで飛べるのか、今でも信じられません。非常識です」
ひでぇ。
「私達は大会中こそ審査委員に駆り出されていますが、普段はある企業で最新鋭戦闘機の開発を行っているのです。その私達が白鋼には手も足も出ませんでした」
彼女曰わく、白鋼の検査を行った面々の反応は概ねこんな具合だったらしい。
『ミスリルモノコックフレームなんて採算度外視にも程がある! しかもレイアウトが複雑過ぎて、まるでパズルだ!』
『無機収縮帯を人体構造とまったく無関係な箇所に使うだと!?』
『あのエンジンはどういう構造なんだ、意味が判らない! そもそもラムジェットエンジンは国家機密のはず……!』
『アフターバーナーの規模が出鱈目だ、魔力不足に決まっている……搭乗者の魔力まで食らうのか、化け物め!』
『主機最大出力150kN、こんな小さなエンジンで荒鷹のそれに匹敵するだと……』
『ロケットのコントロールはどうやって……マニュアルだと! 狂っている!』
『浮遊装置を廃するなど、墜落が恐ろしくないのかこの天士は!?』
『離着陸は車輪で!? そこまでして軽量化したいのか!?』
『操縦が複雑過ぎる! 天士にはピアニスト以上の精度を求められるぞ、人間に扱える機体ではない!』
『仕様通りの機動性を発揮すれば、搭乗天士はミンチになる! リミッター無しなんて狂気の沙汰だ!』
『こんな機体をレースに出せるかっ! 失格だ失格!』
『あのー、ガイル様が「合格にしろ」とお達しですが……』
『ギャー! あの悪ガキがー!』
「はっきり言って、あの飛行機は異常です。浮かぶどころかいつ墜ちるかと、レース中はハラハラしっぱなしでした。蓋を開けてみれば前代未聞の好成績で、またびっくりです」
失礼な。
「その、それで、実はお話があるのですが」
「なんですか?」
「当社に技術者として来ませんか?」
スカウトか。
「民間であれだけの機体を作れる貴方であれば、企業に属したところでさして利はないかもしれませんが……同志と共に一つの機体を作り上げるのは、やりがいのある仕事ですよ」
むむ、うまい口説き文句だ。
「それって企業側から勧誘してこいって命令されて来たんですか?」
「いえ私の、私達の独断です。プロジェクトチームは皆貴方に興味があります」
プロジェクト、というとさっきの最新鋭戦闘機ってやつか。
「……いえ、せっかくですがお断りします」
レース後は再びゼェーレストに引きこもって、あの村で機械いじりをしつつ、のんびり暮らす予定なのだ。
「そうですか、残念です」
そう言いつつも安堵した様子のフィオさん。大人ってフクザツだ。
「ところで最新鋭戦闘機ってどんなの?」
「荒鷹です。名前だけなら一般にも公開されているはずですが」
「おおおっ! 荒鷹の中の人か!」
手を握り上下にブンブン振る。
「謙遜しちゃってもう、あんな戦闘機作れる貴女も凄いじゃないか!」
「い、いえ、私の設計なんてまだまだ無駄だらけで……」
「しかも設計者!? サインくれサイン!」
「サイン!?」
俺の勢いに押されつつも、技術者だけあって会話はマニアックに終始する。
最初はおどおどしていた彼女も、次第に緊張が解れていく。共通の話題があれば人は盛り上がれるものだ。
外界の技術者に触れ合う機会の少ない俺にとって、この時間はなかなか有意義。
若干寂しそうにしているアナスタシア様を気にしつつも、俺達は様々な機体について語り合うのであった。
「ギイ、ここにいるのは判っているのよ!」
扉が吹っ飛んだ。
酒の力か、あるいはガイルの悪酒の前では女の争いなど些細なことなのか、その後宴会は酒臭いながらも和やかな空気で時間が過ぎていく。
依然としてフィオさんとアナスタシア様は視線すら合わせなかったが。
男二人は既にへべれけ、アナスタシア様とキャサリンさんもちびちび飲んでいる。キョウコは飲んでいないが、酒の匂いだけで酔ってしまっているようだ。
ソフィーとマリアの子供組はジュース。
俺? 子供じゃないし。
というか、いつからキョウコが参加していたんだろう。気付かぬうちにいたぞ。
そんな時、突然扉が吹っ飛んだ。
「ギイ、ここにいるのは判っているのよ!」
何事かと騒然となる室内、そこに堂々と一人の女性が入ってくる。
「エカテリーナ!?」
ギイハルトが叫ぶ。知り合いか。
胸元が開いた真っ赤なドレス。美人しか身に纏うことを許されないそれは、だが彼女本人の輝きを曇らすには至らなかった。
コルセットで絞られたウエストから上、つまり胸部に視線が集まる。
『でけぇ!』
俺とガイル、イソロクの声が重なる。
端的に言えば、ボイン。
違う。ボインじゃない。
バイーン! だ。
胸元にメロンを隠しているのだろうか。否そうに違いない。
「片手に収まらんぞ、あれは!」
「その癖体のラインは細いと来たか!」
「ふが! ふがふが!」
よくよく観察すれば耳が尖っている。エルフか。
エルフは細身。そんな固定概念を覆す、衝撃的なプロポーション。
けれどそれは革命。否定されようと弾圧されようと、決して折れぬ心。
地球に存在したことわざを思い返す。
「昔、誰かが言った―――大きなおっは○いには夢が詰まっていると」
「至言だな」
「真理じゃ」
頷き合うギイハルトを除く男性陣。
ソフィーがジト目でこちらに来たので、慌ててフォローする。
「けれど、俺はこうも思うんだよ」
「なぁに?」
「小さなお⊃ぱいには、未来への希望と明日が……」
ソフィーは無言でコップのジュースを俺の顔にぶちまけた。
「てめぇ、ソフィーに欲情するとは変態やろーめ。おっぱ∠)は大きい方がいいに決まっているだろ!」
「ふん、その程度で孫娘の婚約者を名乗るとはな。片腹痛いわ」
無駄に尊大なイソロク。
「それは、自分の妻を否定しているのかしら?」
アナスタシア様の魔法の炎にガイルとイソロクは包まれた。
アナスタシア様だって大きい。が、エルフの女性よりは小さい。
「つーかさガイル、あれって本物かな?」
燃える服を叩いて消火しつつ、ガイルは叫ぶ。
「知るか、っていうか俺が知りたいわボケ! こういう時こそ解析魔法だろ!」
「馬鹿やろう、人体解析はグロいんだぞ! ここは、実際に触らせてもらうしかあるまい!」
「天才だなお前! よしレーカ一等兵、行ってこい!」
「ブ、ラジャー! うはははは!」
「あはははは、『ブ』を付けるな『ブ』を!」
『せーの』
ソフィーとマリアが酒の入った樽を放り投げる。
酒のシャワーを浴びる男衆。
アナスタシア様の杖先に炎が宿る。
酔いなどすぐ冷めた。
「ちょ、ナスチヤ、それはまずい!」
「洒落にならん、やばいです!」
「待つのじゃ、話せば解る!」
ただただ無表情で火球を放つアナスタシア様。
「酔い覚ましよ」
最期に目に焼き付けるのは、謎のエルフの女性の胸の谷間であった。
『でけぇ!』
断末魔であった。
キョウコが知らぬ間に胸元を強調する邪道メイド服に着替え、恥じらう。
「レーカさん、女性の胸が気になるなら私のを……きゃっ、いけませんよ!」
一人悶えるキョウコに胡乱な視線を向けた巨乳エルフは、それが何者であるかに気付き素っ頓狂な声を出した。
「げぇ、最強最古!? なにやってんのよ!?」
「なにか?」
「え、いやその」
「黙れエルフ如きが。ハイエルフの私に馴れ馴れしい」
「ス、スイマセン」
女は幾つもの顔を持つのだな、と若干焦げつつレーカは思うのであった。
キョウコの視線が謎エルフの胸に固定されていたのは、気付かぬフリしてやるのが優しさだろう。
「っていうか、なによ、この馬鹿達」
焦げ気味の俺達をヒールでぐりぐり踏みにじるエルフ。
「エカテリーナ、止めろ! この方は銀翼においても尚最強の天使だぞ!」
制止するギイハルト。
「げ、それじゃあコレが紅翼の天使? うっそぉ、なんでこんなところにいるのよ」
「それは俺の台詞だ! エカテリーナはどうしてここに!」
「そんなの決まっているじゃない、ギイに会いに来たのよ!」
溢れんばかりの想いを隠しもせず、ギイハルトを抱擁するエル……エカテリーナ
「多忙な貴方に自由天士の私、愛し合う二人なのに、なかなか会う機会がないじゃない!」
「君を愛しているなど言った覚えはない!」
「なに、ギイって不能なの?」
エカテリーナは自らの胸の谷間にギイハルトの手を突っ込んでみる。
「やっ、やめてくれ!」
赤面し振り払う、というか抜き取るギイハルト。反動で胸が大きくバウンドする。
「あーら、可愛い。いいから粘膜のタッチアンドゴーをしましょうよ」
どんな比喩表現だ!?
「つまり」
床に寝そべったまま会話に加わる。
「エカテリーナさんはギイハルトのことが好きで、でも会う機会はなかなかなくて、どうやってかここにギイハルトがいると調べてやってきたってこと?」
仰向けに少しずつ移動し、エカテリーナのスカートの下に頭を突っ込みつつ問う。
「そういうことよ、ギイは返してもらうわよ」
「どうぞどうぞ、ああイリアは置いてって下さい」
くそ、スカートの中は暗くて見えん。
「ギイ貴様、いつの間にこんなネーチャン引っ掛けた!」
憤慨するガイル。復活したのか。
「あら、よく見ると意外といい男ね」
と思いきや、エカテリーナは今度はガイルに興味を示す。
「紅翼さん、今晩私と火遊びでもしない?」
妖艶に舌なめずりし、上目遣いでガイルに迫るエカテリーナ。
「私、太くて熱いもので貫かれるのも貫くのも好きなの」
え、えろい人だ。さっきからスゲーえろっちぃ人だ!
「だ、だめですよ!」
フィオが割って入る。
「ガイル隊長は、隊長は……」
「なんで貴方が割り込むのよ、あんた何」
打って変わり冷めた目でフィオを見やる。
「え、えっと、私と隊長は」
酒のせいか赤らんだ顔でガイルを見つめ、言葉に迷うフィオ。
ゾッ、と背筋に寒気が走った。
殺気。それを探れば、こちらを呪わんがばかりに睨むアナスタシア様。
あそこまで人に敵意を向けるアナスタシア様など、いままであっただろうか。
「彼女は軍人だったころの仲間で友人だ」
不毛になりかけた争いをストップしたのは、ガイル本人だった。
「それと、わりぃ」
後頭部をガリガリと掻いて、ばつが悪そうに謝罪する。
「さっきはあんな騒いでいたけれど、俺はナスチヤ以外の女性を愛するつもりはないんだ。―――下品な言葉で騒いですまなかった」
真摯な瞳には、演技も欺瞞も感じられない。
総ポカーンである。
「なにマジになってんの、キモ」
エカテリーナが自分の体を抱いて、軽く身震いしつつ引いた。
コイツ……いい性格していやがる。
「あほくさ、さあ部外者は退散するわよー」
「ちょ、エカテリーナ!?」
「あ、えっと! 失礼しましたぁ!」
ギイとフィオの腕を掴み、引っ張って出て行くエカテリーナ。
あれ、意外と空気読んだ?
先程とは打って変わり、安心した様子のアナスタシア様に、エカテリーナの心遣いを垣間見る。
「それじゃあわしも帰ろうかの」
「ん」
イソロクとイリアも立ち上がり、出入り口へと歩む。
そのまま帰るのかと思いきや、最後尾のイリアは振り返り、胸に丸いパンを二つ当てて得意げにこう言った。
「おっぱい」
「いままでせっかく伏せ字にしていたのに!?」
台無しである。
宴会の後片付けをするキャサリンさんとマリア。
俺も手伝おうとしたが、明日が本戦ということで寝室に放り込まれた。
「ふぃー、冷たいベッドが気持ちいぃー」
寝台に倒れ込み、酔いに任せて意識を手放さんとする。
隣のベッドでは既に眠っているソフィー。端正な容姿はまるでお人形だ。
「……?」
すっかり日の落ちた外、そこに人影を見た。
「幽霊? ……アナスタシア様?」
真っ白なので白装束と見間違えるも、それは屋敷で時折見る寝間着姿のアナスタシア様だ。
あのネグリジェ、そういった目的・デザインでもない癖にエロいんだよな。最初の頃は目のやり場に困ったものだ。
窓の外はバルコニー。酔い醒ましに夜風に当たっているのだろう。
そのまま寝入ってしまおうかとも思ったが、気になったので起きあがる。
そっと、開口から外を覗く。
「あ」
「あ」
キョウコが俺達の寝室を監視していた。
「……俺のベッド使っていいよ」
「本当ですか!?」
キャッホーイとベッドインするキョウコ。上でごろごろ転がり、毛布の匂いを嗅ぐ。
「うふふふ、レーカさんの汗の匂い、うえっへっへっへっへ」
ベッドを変態に占拠されてしまったので、今晩もマリアのベッドに潜り込むか。
いや自分のベッドに俺が寝ていたら、マリアはソフィーと添い寝することを選ぶだろう。
ここはマリアが寝静まるのを待ってから侵入すべきだ。そうしよう。
アナスタシア様を探し視線を走らせる。
このバルコニーはかなり広い。流石最高級スイートである。
バルコニーの端、星と街の光を受ける彼女。
「アナス、タシア、さ……ま」
その美しさ儚さに、俺は声を失った。
風で靡く金砂の髪。揺らめく明かりを映す碧い瞳。
黄金比を描く肢体は、妖艶であり清廉。
「レーカ君?」
「はっ、はい!」
俺に気付き、アナスタシア様は首を傾げた。
「どうしたの?」
「えっと、なんだか気になって」
「気になる?」
動揺のまま、取り繕うこともせず内心を漏らしてしまう。
「さっき。宴会の時、アナスタシア様なんだか変だった、かなぁ、って、その……ごめんなさい」
話すにつれアナスタシア様の表情が曇っていくのを見て取り、失言だったと思い至る。
「私の方こそごめんなさい。子供みたいに拗ねちゃって、心配させて馬鹿みたいね」
拗ねてたんだ、そんな可愛いものにも見えなかったけれど。
……聞くべきだろうか。なぜ、と。
他人事。俺は部外者だ。アナスタシア様とフィオさんになにがあったか、など関係ない。
そんな俺が知りたいとすれば、それは単なる好奇心、まったく褒められた感情ではない。
さっさと部屋に戻ろう。出てくるべきではなかった。
頭を下げて踵を返すと、後ろから抱き締められた。
「ふぇ!?」
「つーかまーえた、っと」
捕まった。
「このままじゃ私も気持ちが悪いわ。愚痴に付き合ってくれないかしら?」
「はあ、そういうことなら単刀直入に聞きますが……アナスタシア様はなぜフィオさんを目の敵にしているんですか?」
「人聞きが悪いわね、平常心で接しようとは努めているわ」
感情ダダ漏れだったけれど。
「そうは見えませんが、なにか理由でもあるのですか?」
「そうね、愚痴だけで済まそうと考えていたのだけれど……」
溜め息混じりに指先で自らの髪をくるくると弄ぶ。
「……私以外にも知っている人が居たほうがいいかしら」
ちょっと嫌な話になるわよ、とアナスタシア様は備え付けられたベンチに腰掛け、俺にも座るように促した。
「フィオには、娘がいるのよ」
「へぇ、意外です」
腰を降ろしつつ返事をする。あの人って親だったのか。
「ガイルの子供なの」
「は?」
…………まじで?
あまりに衝撃的な言葉に、思考が凍り付く。
「それは、ガイルの過去に不誠実な出来事があったということですか?」
「フィオは戦争中、ガイルが隊長をしていた部隊の整備員だったわ」
それは、一〇年前の大戦の話だった。
「その頃には私は既にソフィーを孕んでいた。けれどお腹はさほど大きくなかったから、その、夜の営みはあったのよ」
「はぁ」
憧れの女性のそういう話とか、恥ずかしい。
「フィオは幻覚魔法で私に化けて、あの人の寝室にいったの」
「うわぁ」
それは怒る。
気弱そうな女性だったけれど、大胆……というより、考えが足りないタイプ?
しかも、子供がいるってことはつまり……
「ガイルは事実に気が付いた後、責任をとると言ったわ。でも私はあの人の一晩の記憶を魔法で消した」
そりゃあアナスタシア様からすれば、非のない恋人が自責の念を背負うのは嫌だろう。
つまりガイルは子供は認知していない、我が子と認識すらしていないのか。
慰謝料は……ってガイルは被害者側なんだよな。それに荒鷹の設計者なら収入だって少なくはないだろう。
更に言えば、「その後」をしっかりと把握しているってことはアナスタシア様も多少は気にしているはず。
「その娘さんは?」
「フィオと暮らしているはずよ」
母子家庭か。
「いつか私がいないときにフィオの娘と出会っても、仲良くしてあげてね」
「ガイルの娘だから?」
「それ以前の問題よ。母は母、娘は娘。親の問題で子供が割を食うなんて嫌よ」
んーっ、と大きく腕を上げ伸びをするアナスタシア様。
「ねえ、こんな気持ちのいい夜なんだから、もっと楽しい話をしましょう?」
「楽しい話?」
「例えばそうね。私達と、君の話とか」
「一年前、森で遭難したソフィーとマリアちゃんをレーカ君が守ってくれたのよね」
「はい、そこで『俺を貴女の騎士にして下さい』って頼んだんですよね」
「美化しているわよ、レーカ君」
違ったっけ?
「初めはちょっと疑っていたのよ? レーカ君は何かの目的があって私達に近付いたんじゃないかって」
そういうことを疑わなければならない立場だろうしな。具体的には知らないけれど。
「なら何故信じてくれたんですか?」
「異世界から来た、なんて言うんだもの。それも大真面目に」
そんな設定で潜り込もうとする間謀はいないわよ、とコロコロ笑う。
「私達のことを気にする様子もなく、機械に夢中になったりガイルと友達になったり。レーカ君が来てから、屋敷の雰囲気が明るくなったわ」
「恐縮です」
照れ隠しに敬礼。
「私はメカニックとして弟子を取ることはないと思っていたから、それもいい経験になったわね。すぐ卒業しちゃって寂しかったんだから」
アナスタシア様に機械の修行を受けていたのは、ツヴェー渓谷に修行に行くまでだった。時折相談には行くも、ツヴェー以降はソフィーの隣で技術書を読むことはなかったっけ。
「そういえば、結局なんで俺とソフィーを婚約者にしたんですか?」
あの時は誤魔化されたけれど、今なら教えてくれるかもしれない。
「ソフィーじゃ嫌?」
「嫌じゃないですけれど……」
「あげるから、守ってね」
あげるって、物みたいに。
「信頼してくれるのは嬉しいですが、ソフィーの気持ちはどうなるんですか」
「大丈夫。このままの流れであれば、ソフィーは貴方を必要とするわ」
「流れが変わったら?」
「分岐点は既に通過しているわ。確定事項よ」
いつだよ分岐点って。
アナスタシア様には、ソフィーが俺に惚れるフラグが立った瞬間が見えていたらしい。
いつの間に個別ルートに突入したんだ、俺の人生。
「決めるのは俺とソフィーですよ。彼女にその気がなければ、貴女がなんと言おうと俺から婚約を破棄します」
「いいわよ。ソフィーの幸せは私の望むところだもの」
その程度の決定であるなら、いいんだけれど。
俺達は、その後も日常の思い出を語り合う。
夏の出来事。秋の出来事。冬の出来事。春の出来事。
そして、最近の出来事。
一通り話し終えた後、アナスタシア様は俺に提案した。
「私もあの人みたいに接してくれないかしら」
「ガイルみたいにって?」
「ナスチヤって呼んで」
それは、限られた人にしか許されない特別な愛称だった。
「え、でもキャサリンさんもマリアもその呼び方はしていませんし」
「キャサリンは頭が固いもの、マリアちゃんはお母さんの手前呼べないんでしょうね、私としてはいいのだけれど」
厳しいからな、キャサリンさん。
深呼吸、意を決して呼ぶ。
「ナ、ナスチヤ様」
「駄目」
駄目か。
「ナスチヤさん」
「だーめ」
ちょ、可愛い。
「ナスチヤ……」
「もっとはっきりと!」
ビシッと人差し指を指すアナスタシア様。
「ナスチヤ!」
「お腹から声を出して!」
なにかの練習かこれは。
「ナスチヤー!!」
なにやってんだ俺。
何事かと目を醒ました家人を尻目に、「ナスチヤ」と呼ぶ練習を続ける俺。
「よく解らんが負けてられん! ナスチヤー!!!」
「はいはい」
参加した夫に、やれやれと困りつつ嬉しげな彼女。
「お母さーん!」
「アナスタシア様、なんなんだいこの儀式?」
「とりあえず、アナスタシア様ー!」
「アナスタシア様、レーカ君を下さいっ」
はいドサクサー!
「もうっ。皆、ご近所迷惑になるわよ」
血の繋がりがあろうとなかろうと、家族に囲まれてアナスタシア様は幸せそうに笑っていた。
そして翌日。
俺の約一年の集大成となる、大陸横断レース本戦の日がやってきた。
火傷しても笑い話で済んでいるのは、伏線でもなんでもなくただのギャグ補正です。
「帰還」+「宴会」、プロットではこれだけなので短く済むだろうと思いきや、意外と長かった。
最近ジェイロゼッターを見ています。 プリちゃんはハイブリッドの意味をゼツボー的に間違えている。 そしてあれはゼツボー的に変形じゃない。変身。




