白き美女とメイド美女
ゼェーレスト村。
そう呼ばれるここは、人口一〇〇人以下の小さな村だ。
この異世界セルファークには大国が二つ存在し、このゼェーレスト村は丁度その中間に位置する。
戦争が起こるたびに両国を行き来するも、村に戦略的価値が皆無な為、行き来する『だけ』。
かつてなにかのきっかけで興り、発展することもなく消滅することもなく漫然と存在し続けた村。
もはや、住人ですら今現在どちらの領土だったかを把握していない、そんな土地である。
主産業は麦と芋。その他、育てやすい野菜を中心に農業主体。
肉は猟師が狩ってくるが、全体から見ればやはり草食主体な食生活。
そんな村近くの丘の上に、不釣り合いに巨大な屋敷があり。
俺はその屋敷の倉庫を貸し与えられ、異世界での不慣れな生活を始めたのだった。
屋敷で働く運びとなった俺だが、それはあくまでアナスタシア様の独断。
説明兼改めて自己紹介は必要とのことで、腹拵えの後に住人は屋敷のリビングへと集結していた。
煌びやかな調度品が並ぶ室内はどこの貴族だと問いたいほど絢爛であり、それでいて嫌味さはない。
いや、あるいはただの金持ちではなく、本当に貴族か?
「どうしたの?」
「いえ、文化の違いは大きいなとつくづく感じまして」
日本の現代文明で生きてきた俺がヨーロッパ的な中世文明の一般人として振る舞うのは、ハードルがあまりに高過ぎた。
「ピンとこないのだけれど、貴方は別の世界の人間なのね?」
そう俺に改めて確認してくるのは、真っ白な婦人、アナスタシア様。
その傍らでは母親のドレスにしがみ付く、婦人の娘のソフィー嬢。
ツインテールが愛らしい、将来が楽しみな少女である。
あと家主で夫人の夫のガイル。
「俺だけ適当じゃないか?」
「気のせいだろう」
仕方がないのでもう少し解説すると、この男はガイル。婦人の夫でソフィー嬢の父親である。
ソフィー嬢が一〇歳なので夫妻は三〇前後? 見えねぇ、ハタチで通じる。
夫人に下僕宣言した俺は、とりあえず丘の上の屋敷まで連れられて事情聴取された。
そして色々と疑われた次第である。
「当然、だろうなー」
再び溜め息が漏れる。俺だって異世界から来ました、なんて言葉を発する奴はまず信じない。
「残念だが、違和感は凄いぞ」
ガイルが駄目出ししてきやがった。
「黒アリの中に白アリがいるくらい経ち振る舞いが奇妙だ」
変な比喩だった。
「それで、結局俺は下僕にして頂けるのですか、アナスタシア様?」
若干下僕という単語に興奮を覚え始めた感がある。
「下僕というのはやめろ、娘に悪い影響がある」
まあ、確かにそうかも。美少女は健やかに成長してほしい。
「ならば犬とお呼び下さいソフィー嬢」
恭しく頭を垂れる。
「伏せだ、犬」
ガイルに脳天踵落としされた。
「ぐはっ」
この男、大人げねぇ!
「おとーさん、怖い」
「ぐはっ」
ガイルは娘から痛恨の一撃を受けていた。
「くけけ、ざまーないなオッサン」
人に割と容赦なく踵落としした報いだ。
「誰がオッサンだガキ」
耳を引っ張り上げられる。
「痛てぇよ」
オッサンの頬を引っ張ってやる。
「痛い痛い!」
涙目のオッサンとか誰得。
「なにが痛いだ畜生! 俺だって男の顔なんて触りたくないっ!」
「ガキッ! ガキ!」
「オッサン! オッサンッ!」
言い合いをしていると頭上に影が。
「空飛ぶ円盤?」
円盤もとい、タライが落ちてきた。
「あぎゃ」
「のぅお」
視線を上げると、そこにはメイド服の女性。
「ほれ旦那様、お客様、まずは座れ」
やたら貫録のあるメイドだった。
「いや、こういう生意気な餓鬼はな……」
「いやいや、こういうリア充に情けなど……」
タライ再び。
「あべし」
「のヮの」
あ、頭がグラグラする。馬鹿になったらどうする気だ。
「いいから座りな、馬鹿共様」
この人『様』を付ければメイドとしてOKとか思ってないだろうか。
「アンタは仕事と住み家が欲しいんだろう? なら殊勝な態度をポーズだけでもとっときな」
「ポーズだけでいいのですか?」
心から仕えろ、というのがメイドの嗜みだと思っていたが。
ちなみに、メイドさんは気が強そうだが美人なので丁寧な対応となる。
「生意気な餓鬼っていう旦那様の見立ては間違ってなさそうだからねぇ」
「こんな素直な子供もそういないぜ」
親指を立てて歯を光らしてみる。
「うさんくさい」
ソフィーにジト目で見られた!
俺は所詮、中身はいい大人だ。正真正銘一〇歳児の無垢な瞳は、正直キツイ。
年齢が逆行していることも話して問題ないといえばないのだが……それにロリ神に関しても話していない。さすがに残念な人扱いはされたくはない。
そして、俺の評価だが。
「上辺だけの誠意なんて生ゴミほどの価値もないよ。そういう意味ではアンタのこと、嫌いじゃないね」
ツンデレかっ!?
「女にだけ紳士的なその態度、ある意味男らしい」
「惚れるなよ」
「で、どうすんだい旦那様? 娘の命の恩人らしいし、私としても雑には扱いたくないんだけれど」
このメイド実はガイルより偉いだろ。って、娘?
「そうだな、放り出すのもなんだし……お前、なにが出来る?」
「それは―――貴様が決めることだ」
眼光を光らせ、鋭く、カッコよく言ってみた。
殴られた。
「お前、なにが出来る?」
「なんでもやらせて頂きます」
暴力反対。
「あなた?」
底冷えするようなアナスタシアの声であった。
「元はといえばあなたの整備がいい加減だったせいで、子供達が危険に晒されたのよ? 助けてくれたレーカ君に暴力を振るうのはいかがかしら?」
「お、おう、すまない」
そうだそうだ、とまくし立てる気も起きないような怒気。多くの夫婦の例に漏れず、この家も女性が強いらしい。
「……ならとりあえずマリアの手伝いでもさせようかね。ああ、勿論高い品物の手入れや、入っちゃいけない部屋の掃除なんかはやらせないから」
「ええ、お願いねキャサリン」
メイド様はキャサリンというらしい。マリアってことは、やっぱり彼女の母親なのかこの人。
「しかし異世界、か……帝国の書庫ならなにか判るか?」
ガイルが顎に手を当て思案する。
「調べましょうか? 帝国にはまだ知り合いがいますし」
「いえいえ、別に帰ろうとも考えてませんし!」
慌てて手を横に振る。
「えっ? 帰りたくないの?」
「ええ、あー、そうですね。なんだか不思議と思い出さないんですよね。日本に帰りたい、って」
新しい肉体が既にある程度成長しているのは、転生なのかトリップなのか。
そもそも向こうではどのようになっているのだろう。死体が残っているのか? 忽然と消えたのか?
「故郷には家族や友達がいるのよね?」
「ええ、そうなんですけれど……」
「そう……」
なんとも言い難い沈黙。
本当に、寂しくないのだ。―――きっと、目まぐるしく変化する状況に戸惑いの方が大きいのだろうけど。
けどそれはそれでありがたい。男は人前で涙を見せたくない生き物だ、たぶん年齢に関係なく。
昨日女の子二人にさっそく見られた気もするが。
「今日は屋敷の案内だけしとくよ。明日からはキリキリ働きな」
「承知しました、キャサリン様」
「アタシに様はいらないよ」
「解ったよ、キャサリン」
踏まれた。
やっと回想終了、人型機のコックピットで目を覚ましたところからである。
そんなこんなで始まった異世界生活。顔を洗う為に井戸へ近付くと、そこには先客がいた。
「おはよ」
「あら、おはよう」
振り返る茶色い髪のメイド少女。
「どう、この屋敷での生活はやっていけそう?」
「ぼちぼちでんがな」
「でんがな……?」
「故郷の言葉だ」
嘘ではない。
「ふ~ん、そういえばレーカはどんな国の生まれなの?」
「周辺国からは黄金の国と呼ばれていたな」
「黄金!?」
「ああ、そしてニンジャと呼ばれる暗殺集団が闊歩し、サムライという剣豪達が戦っている」
「ぶ、物騒な国なのね」
「その通りだ。ちなみにニンジャもサムライも鉄を砕き切り裂いて見せるから、俺の国では鎧が発達していない。無意味だからな」
「黄金でニンジャでサムライ……」
適当にからかいつつ井戸の汲み上げポンプに体重をかける。
「私が先に使っていたんだけれど」
横入りするなと抗議するマリア。
「女性に力仕事を任せるわけにはいくまい」
ポンプが水を吐き出し、マリアが用意した桶に水が注がれる。
「代わりにやってくれるの?」
俺は女性を大切にする主義だ。なぜなら―――
「紳士だからな」
「……まあ、感謝はしとくけど。ほどほどにお願いね、『自分の役割は自分で果たせ』ってお母さんに怒られそうだから」
このマリアという少女が、キャサリンさんの娘なんだよなぁ。
言われれば面影があるような気もしなくもないが、性格はずっと穏やかだ。新入りの俺にも優しいし、ソフィーも姉のように慕っている。
今年で一三歳、身長でいえば見上げるくらいだがやっぱりところどころで子供だと感じる。
日常業務の先輩であり、この屋敷の見習いメイド。
可愛いよね、メイド服。
「自分の部屋の掃除が終わったら朝食で会いましょう。ありがとね、汲んでくれて」
「おう」
マリアの後姿を見送り俺も水を汲む。キャサリンさんは抜き打ちで部屋を片付けているか検査してくるらしいから油断出来ない。
自室の倉庫を手早く掃除して、身支度を整える。
掃除するのは部屋の半分。もう半分は元々あった荷物やガラクタで壁となっている。これでも一方へ押し退けてようやく生活スペースを確保したのだ。
「寝てるときに崩れてきたら、助かんないだろうなぁ」
木箱の壁を見上げつつ呟く。異世界トリップしてガラクタで圧死! とかつまらな過ぎる。
俺に与えられた雑用を幾つかこなし、頃合いに屋敷を調理場入口から入ると丁度使用人達の朝食準備が終わったところだった。
食器を並べていた女性、キャサリンさんに頭を下げる。
「おはようございます」
「あいよ、おはよ」
なんというか……
「今日も麗しく男らしいですね」
「飯いらんのかい?」
褒めたのに!
ガビンと口を開けていると、先に到着していたマリアが料理を運びつつ肩を竦めていた。器用だ。
ちなみに使用人はキャサリンさん、マリア、俺の、ここにいる三人だけ。
新人である俺は当然として、見習いメイドのマリアも労働力としては半人前。実質キャサリンさん一人で屋敷を切り盛りしているとかパネェっす。
屋敷の住人の食事準備もこなすキャサリンさんだが、この人が一番早起きだ。
次にアナスタシア様とガイルが目を醒ます。ついでに一緒に寝ているソフィーも目覚める。
しかしソフィー嬢は朝が弱く、しばらくベッドの上から動けないらしい。見てみたい。
そして俺とマリアが起床する。目を醒ますのはソフィーの方が先だが、活動を開始するのはほぼ同時刻。
キャサリンさんが朝食の準備を終えた頃に夫妻は身支度を終え、ソフィーも婦人の手を借りて着替える。
そして皆で朝食、という流れだ。
「おはよう、レーカ君」
「ほら、あんたも座りな」
「あ、はい」
全員が席に付き、口上を唱和する。
『母なる蒼月の祈りよ。娘たるセルファークの意志よ。今日もまた、我らが旅路をお見守り下さい』
いわゆるお祈りってやつだ。宗教的なものかと思ったが、訊けば慣習的なものらしい。
「セルファークってのは世界の名前なんですよね?」
スープを啜りつつ訊ねる。使用人達の食事は家主一家と同じメニューだ。
なんでもランクダウンしたものを作り直すよりまとめて仕上げた方が楽だそうだ。そりゃ、俺が来る前は三人分を五人分にするだけだしな。
「そうよ、あとは神様の名前でもあるわ」
口を拭きつつ答えるアナスタシア様。
「宗教的なものではないんじゃ? そう聞きましたが」
「神様と宗教は別でしょう?」
マリアが首を傾げる。
「神様と宗教は別?」
文面をそのまま繰り返すと、キャサリンさんが娘の後を引き継いだ。
「そりゃ神様は信仰とは無関係に存在するんだし、別物だろ?」
「……実在するのか、神様」
そりゃロリ神と話したけどさ。この世界ではそんなに人と神が密に接しているのか?
「お前の世界には神様いなかったのか?」
ガイルがフォークに刺さったソーセージを揺らし、夫人にぺしっと手を叩かれた。
「み、見たことはないが」
いなかったよな? いないよな? キリストとか。
キリストって神様だっけ?
そもそもロリ神は地球とセルファークどっちの神様なのだろう。
「宗教はあるんだよな」
「あるね、神やら精霊やらを崇めてるよ」
キャサリンさんは信仰に無頓着のようだ。
「崇めて見返りがあるの?」
「さてねぇ、あいつらは排他的だし。あやしい魔術やら神術を使うって聞いたこともあるけど。知りたきゃアナスタシア様に訊きな」
アナスタシア様万能説。
「あまり深いことは知らないのよ、私も。表面的なことは本を貸すことも出来るけれど、あまり込み入ったことは国家機密に該当するから話しにくいしね」
なんで国家機密とか知っているんですかアナスタシア様。
朝食の後はまた掃除だ。掃除、掃除、掃除……
掃除以外の仕事をさせてもらっていない。そりゃ料理なんて出来ないけどさ。
洗濯くらいならと申し出たのだが、洗濯機なんて存在しない。飛行機があるのに納得出来ん。
そうでなくとも家主親子の衣類は高級品なので、この先も洗濯を任せてもらう機会はないとか。
別にアナスタシア様やソフィー嬢の洋服を……なんて思ってないぜ。本当だぜ!
「なにニヤニヤ笑ってるのよ」
不審気な目でマリアに見られた。
ただいまマリアと一緒に廊下の掃除中である。
「…………ふっ」
「答えなさいよ」
ハタキで叩かれた。
「仕事に関わる考え事だよ、もっと別の仕事も出来るようになれればなって」
どうだこの爽やかな切り返し!
「どうせソフィーの服の洗濯とかしたいなぁ、とか考えてたんでしょ」
「なぜばれた?」
「…………。」
「…………。」
「へんたい」
少女に変態呼ばわりとか。
「ありがとうございます」
頬を引き攣らせて後退していった。なにか気に障ることを言っただろうか。
マリアが沈黙のまま仕事に戻ったので、俺もそれに習う。
精神年齢はこちらが上なのだ。仕事で劣り続けるのもささやかなプライドが傷付く。
見ろ、この神速の掃除技術―――!
「仕事が雑になってるわよ」
「すいません」
「はぁ、年上の面目がなぁ」
中庭で飛行機の紅翼を眺めつつ溜め息を吐く。
昼食後の遊び時間。子供は自由時間の多さでも、大人より優遇されている。
マリアは麓の村まで遊びに出ているそうだが、俺は大抵ここで紅翼を眺めていた。
人型機は村の正面に停めてあるので、ちょっと遠いい。昨晩は我慢しきれずコックピットで寝てしまったが。
「仕事って奥深いな、メイド舐めてた」
時間的に大して働いてもいないのに、体はくたびれてしまっている。
肉体が子供に戻ったのも、自身の体力に釈然としない理由の一つだと思うけど。
体を解そうと思い立ち、おぼろげな記憶に従いラジオ体操の真似事をする。
「ん?」
中庭を取り囲む半開放式の回廊、その柱の一本に白い影が横切った……気がする。
注視していると、柱の背後から白い髪が覗いていた。
高さは一メートルほど。アナスタシア様がしゃがみ込んでいる可能性もあるが、まあ普通に考えれば……
「ソフィー嬢か?」
片方だけはみ出ているツインテールが跳ねた。俺に用事だろうか?
ソフィーは午前は自室でお勉強の時間、午後は自由な遊び時間となっている。教師は母親だ。
貴族って、娘の世話を自分で行うイメージないけど。教育係とかお世話係とかさ、娘専属でいるもんじゃないか?
使用人は実質一人だし、そもそもこの人達が貴族なのかも断定出来ていないのだがな。
回り込んで捕まえようかと思ったが、遭難以来ソフィー嬢はひたすらに俺を避け続けた。本気で逃げられたらショックなので腰を据えて待つ。
こうなったら持久戦だ。土の上に正座してソフィー嬢の隠れた柱を睨む。
ソフィー嬢が少し頭を出して、正座した俺を見てビクリと震えた。
さあ、こっちは文字通り待ちの姿勢だ! 来い! 来い!!
そろそろと近付いて来るソフィー嬢。最初より怯えた様子なのはきっと気のせい。
「あたま」
頭?
そんな、体の部位を単語一つで言い表されても。名詞オンリーとか難易度高い。
とりあえずソフィー嬢の頭を撫でてみる。
「……むぅ」
顔を赤く染め上目使いで睨まれた。ハズレか。
ソフィー嬢が俺の眼前に手の平を翳す。
ちっちゃな手だ。自分のそれと重ね合わせてみる。
子供となった俺の手は、彼女のそれより少し大きいだけ。
「……むぅぅ」
これもハズレのようだ。この小さなお嬢様はなにがしたいのだろう?
「あたま」
手の平にあたま。
「頭」じゃなくて「あたま」なのがポイントだ。
というか、もしかして。
少し屈んで頭を差し出す。
―――撫でられた。
あまり気持ち良くない。
ソフィー嬢は撫でるより撫でられる機会の方がずっと多いだろうしな。
しかし羞恥を堪えてひたすら手を動かし続ける少女を至近距離で眺められるのは何者にも代え難い特権ではなかろうか。
それに頭を撫でるのって、それ自体はさして心地よいものでもないんじゃないか?
こう、なんていうかさ、無防備に頭を差し出す信頼感?
うん、なんかいい。物理的じゃなくて精神的に気持ちいい。
「あー。ソフィー嬢?」
「ソフィー」
ガシガシと頭を撫で続けるソフィー嬢。髪が引っ張られて痛い。髪質悪くてごめんなさい。
「私、ソフィー。ソフィージョーなんて名前じゃない」
嫌だったのか。まあ慣れない呼ばれ方って気になるよな。
「ソフィー様はいいのか?」
キャサリンさんはそう呼んでたが。
「貴方はキャサリンさんじゃない」
……そうじゃない。
ピンときた。これは愛称呼ばれ方云々の話じゃない。
ただの口実だ。
「俺と仲良くしたいのか?」
「~~~~!」
横に往復していた手が上下運動に変わった。
「いてっ、やめ、叩かないで」
正座して美少女に頭を叩かれる俺。
なにこれご褒美?
しばしのご満悦タイムの後、疲れて腕を下ろしたソフィー嬢……ソフィーに問う。
「それで、なんで俺の頭を撫でてくれたんだ?」
「落ち込んでた」
誰が? 俺がか?
「落ち込んだ時、おかーさんが撫でてくれるから」
「……確かに仕事がうまくいかなくて意気消沈してたかもしれないけど、君に心配されるほどだったか?」
「ソフィー」
意地でも名前を呼ばせたいらしい。
「最初から落ち込んでた」
「最初?」
「会った時」
そういえば、あの晩も背中を撫でられたっけ。
でもあれとは別だろう。もっと、根本的な……
「間違いだった?」
「間違い……じゃ、ないかも」
異世界に来て悲しいと思ったことはない。
ただ、寂しいとは感じ出していた。
きっとこの心に空いた穴は、これからどんどん大きくなっていくんだろうな。
「や、ごめん、間違いだ。全然平気だし。男だし」
でもやっぱ、こんな小さな少女に弱いところは見せられない。
「そうなの?」
「そうなの」
ただ、だから、今はこの言葉だけを送ろうと思う。
「ありがとう」
急に現れた得体の知れない男を慰めてくれた、優しい少女に感謝したい。
「ありがとう、ソフィー」
数瞬の間が流れた。
……変なこと言ったか?
硬直したソフィーの前で手を左右に振る。
「あう」
茹でタコのように真っ赤に染め上がり、挙動不審に周囲に視線を巡らせる。
「ち、ちがうの、そうじゃないの、あれなの、ああいうの」
どういうの?
「きゃうぅ」
一目散に逃げてった。
あれか、急に自分がやっていることに気付き、我に返ったのか。
「気が向いたら」
去りゆく小さな背中に声をかける。
最初以降、彼女に名を呼ばれたことがないことを不意に思い出したのだ。
「気が向いたら―――」
だが聞こえなかったのか無視されたのか、ソフィーは足を止めることもなく屋内へのドアへ消えていった。
届かぬと知りつつも、言葉を続ける。
「―――俺の名前も呼んでくれ」
と、思ったらドアの隙間からひょっこりと顔を出して小さく呟いた。
「……レーカ」
モグラ叩きのように機敏に頭を引っ込めて、タタタタタと走り去っていくソフィー。
俺は開きっぱなしのドアのスリッドから、揺れる白髪を見続けていた。
「なにあれかわえぇ」
今日はこの屋敷のお嬢様と少しだけ仲良くなれた。
真山 零夏、異世界3日目の昼の出来事である。
NGシーン
何がしたかったのか作者自身解らないボツ。
「グズと呼んで下さい」
今日も今日とて仕事を完遂出来なかった俺は、廊下でたまたま出会ったソフィーの前で正座していた。
「ぐ、ぐず?」
困惑するソフィー。
だがしかし、俺は更なる罰を所望する。
「もっと」
「ぐずっ」
戸惑いつつも、振り絞る感じがラブリー。
「もっと! MOTTO!」
「ぐずっ、ぐずっ!」
つい調子に乗ってオカワリを催促する俺に、ソフィーも自棄になってきた。
「イイ! イイヨ! モット、モットオネガイ!」
「愚図!!」
なんで私こんなことしているの、と彼女の顔にはありありと浮かんでいる。
「フヒヒィ! アリガトーウ!」
THE☆開眼
「いやあぁぁ、おかあさーん!」
泣いて逃げられた。
ガイルに殴られた。
キャサリンさんに踏み躙られた。
アナスタシア様に困った顔で注意された。
アナスタシア様の説教が一番堪えた。