開会式とお姫様 1
空を埋め尽くす飛宙船。
果てしなく広がる街並み。
眩暈がするほどの人々の雑踏。
多くの海上船が行き来する海。
降下する中型級飛宙船のブリッジからそれを見下ろした俺は、あまりの情報量にポカンと口を開けるしかなかった。
「村の何倍かしら……」
ブロンド髪のソフィーの呟き。
「考えるだけ無駄な数字になると思うぞ」
ソフィーとアナスタシア様は例の如く、髪の色を魔法で偽装していた。
そんなに珍しいのかな、純白髪って。確かに見ないけれど。
「ゼェーレストは勿論、ツヴェー渓谷とだって比較にならないな」
「当然だ、ここは世界最大の都市の一つだぞ」
舵を握るガイルが答える。ここはレンタルした中型級飛宙船の艦橋である。
中型級ともなれば部屋数もそれなりなのだが、一人一部屋では寂しいので自然と全員ここに集まって時間を過ごしていた。
戦闘艦ならばともかく、運搬船のこいつは基本ワンマン運転が可能。アナスタシア様が補佐を行いガイルが操舵してきたわけだ。
これはセルファークの飛宙船に限った話ではなく、地球のタンカーなども基本一人、あるいは少人数で操舵が可能と聞いたことがある。帆船では舵を切るだけで大人数の船員が走り回る大事なのに、いやはや便利な時代となったものだ。
「あんまりボーッとするんじゃないよ。楽しいことだけじゃなく、悪い奴だって大都市には多いんだ」
私服姿のキャサリンさんに注意される。おのぼりさん丸出しでは犯罪のカモ、というのは世界共通らしい。
「しっかし凄い数の飛宙船だな。エアバイクから大型級まで所狭しと飛んでるぞ、さすが首都……えっと、なんて名前だっけ?」
「ドリット。一〇年前に滅び、生まれ変わった都市だ」
まあそっくりそのまま共和国になったんだけどな、と肩をすくめる。
「革命でもあったの?」
「王が頂点に立つなんて、もうそんな時代じゃなかったのさ。きっかけは戦争だが、事前に当時の人々が準備してあったんだ」
海の上には巨塔が聳える。そう、月まで突き刺さった軌道エレベーターモドキだ。世界に何本もあるうちの一本。
あれが予選会場か。白鋼のお披露目、なんだか緊張する。
海を見つめていると、海中に人工物の影が見えた。
なんだろう。水没した都市、といった風情だ。
「ガイル、あれなに?」
「ん、大型級よりでかい飛宙船の残骸だな」
大型級より大型の飛宙船?
「そんなの聞いたこともないが」
全長三〇〇メートルの大型級より大きいって、運用出来るのかそれ。
「現存しているのは共和国軍と帝国軍のを合わせてもたった七隻だ」
少ねー。
「動かすだけで莫大な金がかかるからそうそう動き回らないんだ。自分で見に行こうと思えば、その巨体故に見放題だが」
「で、海の中に沈んでいるアレは?」
「大戦で墜とされた一隻だ。あの頃はもっと沢山あったからな」
水中に朽ちる超巨大飛宙船、その大きさのほどはよく判らない。
「あんなの、見えている部分は上の方だけだ。ま、そのうち見る機会もあるだろ」
ふむふむと頷き、今度はブリッジの反対側に駆ける。こっちはなにが見えるのだろう。
「おっ、城だ! 城だぞ!」
「大きいわね、掃除が大変そう」
隣にいたやはり私服のマリアが見習いメイドらしい感想を述べた。
西洋風のメルヘンかつ実用的な城だ。かなり古臭い。古城ってやつか。
「見学とか、お土産屋とかあるのかな」
「どっからそんな発想が出てきたんだ?」
だって王制廃止したんだし、一般公開してたっておかしくない。
「残念ながら今でも城は政治の中枢だ」
「なんだ、そのまま施設を使っているのか……その中枢目掛けて降りてないか?」
降下する飛宙船はどう考えても城に向かっている。
「いいんだよ、白鋼を預けなきゃいけないからな」
ああ、数日前から預けて検査されるんだっけ。
「ちゃんとエンジンは外したな?」
「おう、今の白鋼はただのグライダーだ」
ところで、この場にはキョウコはいない。
彼女はゼェーレストを発つ前に「用事があるので別行動です」と飛宙船に乗り込まなかった。
言いつつ楽しげに様々な職種の制服を蛇剣姫に積み込んでいたのは、なんというかくだらない予感しかいない。
なのでこの艦橋にいるのは俺、ソフィー、マリア、アナスタシア様、キャサリンさん、そして操舵席のガイルである。
約一名、ずっと黙っているのはやはり気になった。
「…………。」
思いつめた表情で城を見下ろすアナスタシア様。
「あの……」
「……あ、えっと、なにかしら?」
上の空だったらしい反応に、思わずガイルにアイコンタクト。
しかしガイルは難しい顔をして視線をちょっと逸らした。ヘタレめ。
「明日一緒にデートに行きましょう、って俺と約束したところです」
「そ、そうだったわね。……って騙されないわよ」
惜しい。
「ソフィーと行ってらっしゃい。マリアちゃんもね」
「スリーマンセルとか難易度高いのですが」
キョウコがいなくて良かった。一対三はさすがにエスコートしきれない。
「で、アナスタシア様はどうしてぼうっとしていたんですか?」
「直球ね、レーカ君」
回りくどく訊いてもはぐらかせられるだけなので。
「でもノーコメントよ」
「やめとけ、レーカ。俺が訊いても黙っているんだ、お前じゃ聞き出せん」
ふてくされたように頬杖を突くガイル。夫に無理なものを俺に出来るわけがない、か。
「着陸するぞ。俺は飛宙船には慣れていないからな、ショックに備」
ズカンと船が地面に衝突した。その拍子に転びそうになったマリアを抱き止め、ガイルを一睨み。
おせーよ、対ショック指示。
着地したのは城の城壁内、だだっ広い広場だ。大型級でも着地可能なことを想定しているのだろう。
飛宙船後部のスロープを降りると、見覚えのある男が駆けてきた。
「お久しぶりです、ガイル先輩」
「久々だ、ギイ。妹も一緒か」
男の一歩引いた場所で少女が会釈する。つーかなんだこのイケメン。
「……あ、一年前の軍人!」
「ちょっと大きくなったね、レーカ君」
指差して叫ぶと、頭をグリグリと撫でられた。
「痛い痛い、皆さーん軍人が一般人に手を上げてまーす」
「ちょ、おま、それはやめてくれ!」
というかよく覚えていたな、俺の名前。
「手紙で君達がレースに参加するのは知っていたよ。書類を色々手続きしたのも俺だしね」
「あ、それはどうも、お世話になりました。先程はごめんなさい」
知らずのうちに助けてもらっていたと知り、姿勢を正して頭を下げる。
「あー、うん。なんというか……相変わらず大人と子供の部分を併せ持った子だね」
頭脳は大人、体は子供!
「アナスタシア様、それにキャサリンさんとソフィーちゃんとマリアちゃん、久しぶり」
「はい……」
軽く頭を下げた後、俺の背後に隠れてしまう。
ふはははは、今となっては紳士なギイハルト氏より、相棒の俺に懐いているぜ。
……こうして久しく見ると、ソフィーって本当に人見知りだったんだよな。
最初の頃は意志疎通すら辿々しかったし。
「ほら、イリアも挨拶しなさい」
「―――はい」
ギイハルトの隣の少女が一歩進む。
「久しぶり、ガイルとアナスタシアとキャサリン。始めまして、子供達」
なんとも無機質な声色だった。
「私はイリア。イリア・ハーツ。ギイハルト・ハーツの妹」
ぺこりと頭を下げて、挨拶終了。
さらりと髪が肩に流れる。
少し紫がかった銀色の髪。瞳もまたアメジストのように美しく、そして光を写していない。
全体を見れば紛れもなく美少女。しかし、どこか人形を思わせる気配。
年の頃は判断が付きにくい。大人になりかけた少女、一五~一七くらいかな。
「では俺はこれで」
「何だ、もう行くのか?」
「レースでは有事に備えて軍も忙しいですから。俺もレース期間中はテストパイロットではなくスクランブル要員です」
スクランブルエッグ? と小首を傾げるソフィーの為に説明すると、スクランブル要員とは緊急事態に備えて基地で待機しているパイロット、天士のことである。
ちなみにソフィーは一人でスクランブルエッグを作ったことがある。
最初は目玉焼きを作るはずだったのは内緒である。
「適当な宿を予約しておきました。道案内にイリアを残しておきます」
「悪いな」
こんな一家なので予約を取ったのは当然最高級の宿だが、なんと最高級でも当日では部屋がない可能性があるらしい。
勿論選り好みしなければ宿は当日でも確保出来るだろうが、家族を適当な場所で寝かせるのはガイルの矜持に反するとか。知るか。
「よろしくね、イリアちゃん」
コクリ、とアナスタシア様に肯定を示す。それを確認して、ギイハルトはその場を去った。
「この船は私が業者に返しておく。宿への案内の前に飛行機を出して」
あ、俺か。
エアバイクで白鋼を引っ張り出すと、周囲にいた兵士達がどよめいた。
「立派」
「ありがと」
前進翼を隠すため、若干斜め後方へ主翼を下げた巡航飛行形態で運んできた。
別に始まればすぐバレるけどさ、観客を驚かせたいというお茶目だ。
「これ、本当に未成年が作ったのか?」
「小さいけど完成度高いじゃねーか、誰が制作者だ?」「エンテ翼とは思い切ったな、嫌いじゃないぜその冒険心」
集まってきた兵士達。サボるなよ。「俺だよ制作者。どや」
視線が集まり、大半の兵士が眉を顰めた。
「こんな子供が?」
「むっ」
未成年部門は参加最低年齢は一〇歳だが、実質大人になる直前の奴らが参加する大会だ。
日本でいえば鳥人間コンテスト。その中に小学生が混ざっていれば奇妙なのは解るが、腕を疑われるのは癪である。
「こいつが間違いなく制作者だ。さっさと受け取りをしてくれ」
ガイルが兵士達に告げると、疑問を抱きつつも彼らは動き出した。
その中で一人、動かずガイルを凝視する壮年の男性兵士。
「ガ、ガ、ガイル隊長!? けっ敬礼ー! 総員敬礼ー!!」
緩んだ空気でもやはり軍人。彼らは跳ねるように姿勢を正し右手を翳した。
その様子を煩わしそうに目を逸らし、手をしっし、と振るガイル。
「やめろ、俺はもう軍を辞めたんだぞ」
「いえ、しかし……」
「やめろ」
「……ハッ。失礼しました」
一礼する男性。
「だからそれをやめろと……いいから持ってってくれ」
「はい、確かにお預かりします」
飛宙船に牽引される白鋼を見送る。
「ガイルって偉かったの?」
「それなりだ」
それなり、ねぇ。
「来て」 端的に発し歩き出すイリア。
急過ぎて、道案内を開始したのだと気付くのに数瞬要いた。
「レーカ君、荷物お願いね」
「ちょ、ま、しばしお待ちをっ」
俺は纏めておいた各自の衣服や荷物をエアバイクに積み込み、若干遅れつつも彼らに追従するのであった。
「イリアちゃん、こんにちわであります!」
「こんにちは」
「イリアちゃーん、今度デートしようぜ!」
「拒否」
「イリア、俺だ! 結婚してくれー!」
「否」
「イリアさん、お菓子を焼いたのでお裾分けです」
「感謝」
歩いていると頻繁に兵士や騎士、文官らしき男達から声をかけられる。最後はメイドさんだが。
「人気者だな」
「兄の影響。兄は有名人」
いや、君本人の人気だろ。
カラクリ人形のように一定の歩幅で歩くイリア嬢。非現実的にミステリアスな美しさは、やはり人々の目を引く。
「……笑えばすっごく可愛いだろうに、目の保養的な意味で」
イリア本人に聞こえない程度の小声で呟く。
あれは無表情ではない。無感情に近い。
無表情は属性としてアリだが、無感情は頂けないな。
「そこは勿体無いとか言っとけよ、それじゃあお前の損得の問題だろ」
独り言だったのにガイルから返事があった。
「損得かどうかを判断するのは本人だし」
幾ら異性にちやほやされる優れた容姿を持っていても、本人がそれを良しとするかは別だ。
俺としては美人が笑顔なのはバッチコイだが。
「正直、面倒」
背中を見せたままイリアは愚痴る。
「歩いていると男に声をかけられる。騎士達は冗談として行うので構わないが、町中でのあれは最早進路妨害」
聞かれていた。
つまり、ナンパされておちおち町も歩けないらしい。
「しかし身嗜みを整えなければ兄に注意される。それは嫌」
おや、あるじゃん感情。
ブラコンか? 一言だけで判断するのは性急だが。
「お兄さん以外で気になる人とかいないのかしら?」
アナスタシア様の問いにイリアは首を横に振るだけで否定を示す。
「恋に興味がないの?」
やはり否定。
……あれ、否定?
「興味がないとは言い切れない。私も既に思春期」
自分で言うな。
「しかし焦るほど必要性も感じない。私には人より多くの時間がある」
「人間じゃないのか?」
耳尖っていないけれど、エルフとかなのか?
「私は天師」
「天士? ああ、ギイハルトもテストパイロットだしな」
……なにか食い違っている気がしなくもない。
「ほれ、初対面の女性にねぼりはぼり訊くのはマナー違反だぞ」
ガイルに怒られた。まあしょうがないこれは。
「ごめん」
「いい。貴方は興味深い」
「惚れたか」
「否」
街中は既にお祭り状態だった。
着実に増加する観光客を狙い屋台が幾つも出店される。
横断レースは開会式もまだだというのに、至る所でどこが勝つかを肴に盛り上がっている。
そんな喧噪を尻目に、俺達は裏路地を歩く。
「近道。それに人がいない」
「でも危なくない?」
裏路地の治安が悪いのは世界共通のはずだ。
まさか普段から一人でこういう道を利用してないよな、この子。
「私強い」
「えー……」
見るからに細い腕、華奢な体格。あまりに姿勢は素晴らしいので武術を嗜んでいる可能性もあるが、筋力に自信がありそうには見えない。
あ、魔法が得意系? アナスタシア様も魔法ありなら強いらしいし。
「ぱわーふぁいたー系」
「……とりあえず表通りを歩くようにしなさい」
「なぜ」
「お願い」
「非、効率的」
「安全と効率は大抵の場合反比例するものだ」
「心配しているの?」
「それ以外なにがある」
「……了解」
なんとか納得してもらえた。
宿は高級ホテルの相を成していた。
広いロビー、煌びやかなシャンデリア、一分の隙もない従業員の接客。
贅沢の限りを尽くした内装は、きっと間違えて壊したら弁償ものだろう。
……バレないように直せばいいか。
「普通だね」
「まあまあかな」
メイド母娘は調度品に関して目が肥えていた。
毒舌のキャサリンさんはともかく、マリアからしても「まあまあ」止まりなのか。
「部屋の内装を注意深く見てみな。一年屋敷で過ごしたお前なら、違いが判るさ」
割とどうでもいい。
「さよなら」
それだけ言い帰ろうとするイリア。皆でお礼を述べ、俺達はそれぞれ割り振られた部屋へと荷物を運んだ。
ところで、このメンバーだと部屋の振り分けはどうなるのか。
アナスタシア様に訊ねたところ、こんな答えが戻ってきた。
ガイルとアナスタシア様夫妻で一部屋。
メイド母娘で一部屋。
そして俺とその婚約者で一部屋。
「……マジ?」
いや、ガイル一家とマリア母娘+俺の三対三でいいんじゃないか?
「お前、ソフィーになにかしたら八つ裂きにするからな」
「ガイルこそ久々にソフィーが間にいないからって、アナスタシア様と変なことするなよ」
「いや俺達夫婦だし」
「なら俺達婚約者だし」
バチバチと俺とガイルの間に火花が散る。
「お母さんと別に寝るの?」
「何事も経験よ、ソフィー」
なんの経験をさせろと。
そしてソフィーにカウントされないガイル。
しかしソフィーと同衾か、むしろ俺の方が落ち着けない気がする。
「なにを考えているんだ俺は」
俺だって気にしないし。しないし。
「レーカ君なら安心でしょ?」
「うん」
うおぉ、ソフィーから凄く信頼されてるぞ。
「男ならガタガタ言うな、レーカ」
キャサリンさんにチョップされた。
「キャサリンさん的にこの展開はオーケーなのですか?」
「私の見立てでは、ソフィー様が生まれて以来あの二人はプライベートな夜を過ごしていないんだよ」
「ははぁ、まさか一度も?」
「一度だ」
「キャサリン、なんでそんなことを把握しているのよ!?」
涙目のアナスタシア様。
「俺が一人部屋、キャサリンさんマリアとソフィーで三人部屋にすれば?」
「寝るときまで私に恭しくされたらソフィー様も落ち着かないだろ」
ここにきてキャサリンさんのプロ意識が障害となるのか。
「ならソフィーが一人部屋、残り三人で一部屋ってのは?」
「この子は一人で寝られないわ……」
お子様である。
ならば仕方がないかと溜め息を吐いていると、マリアが挙手した。
「私もそっちに泊まる!」
マリアのDA☆I☆TA☆N(死語)発言から一夜明け。
女性の話し声によって、俺の意識は覚醒していく。
「ふー! ふがー! ふーふー!!」
「黙りなさい、レーカさんが目を醒ましてしまうでしょう。いいからここで、じっとしていて下さい」
「むー! むぅぅぅぅぅ!?」
「こら、暴れるなっ。こうなったら足も縛ってしまいますか」
「んー!? んーんんー!! ん―――……」
「ふう、これでよし、っと」
なんだろう、この物騒な会話。
目を開くのが怖いのだが。
「ふふっ、お休み中のレーカさん……如何様に愛しましょうか? 口で? 足で? それとも……げへへ」
思わず刮目したね。
目と鼻の先にまで迫っていたキョウコの端麗な顔。
パチクリと瞬き一つし、彼女は直立して咳払い。
この宿の従業員の制服だ。シンプルだが安っぽさはなく、美人が着るとよく似合っている。
「奇遇ですね」
「何がだ」
別行動をしていたはずのキョウコがなぜここにいる。
そしてなぜホテル従業員の制服を着ている。
「仕事です。路銀稼ぎに立ち寄りました」
「……臨時の仕事場がたまたまこの町の、たまたま俺達と同じ宿の、たまたま俺と同じ部屋だったと?」
「はい」
しれっと言うな。
「今さっき、俺になにをしようとした」
「おはようのキ……モーニングコールを」
頼んでいない。
とりあえず、二人が起きる前になんとかしよう。
そっとキョウコを抱き寄せる。
「ああ、いけませんレーカさん、初めてなので優しくして下さい……」
そしてお姫様だっこの要領で持ち上げ……
「ま、まさか外で? そんな、初めてがそんな高度なプレイだなんて」
……窓から彼女を放り投げた。
地上五階。まあ、最強最古であれば傷一つ付かないだろう。たぶん。
「……おかしな光景を見たわ」
「起きた、というか見ていたのかマリア」
上体を起き上がらせ眠たげに目をこするマリア。可愛らしい寝間着が少し乱れて色っぽい。
「先にシャワー浴びてこいよ」
「朝にお風呂に入る習慣なんてないけれど」
男なら言ってみたい台詞なのだ。
「まあ、せっかくだし使ってくるわ」
緩慢な動きで立ち上がり部屋に備え付けの洗面所兼風呂場へと歩む。
何気なくマリアの使用していたベッドを見れば、ソフィーが潜り込んで寝息をたてていた。
いや、そっちじゃないだろ。お約束的には女の子二人が俺のベッドに潜り込むべきだろ。いや合っているんだが。マリアのベッドを選ぶのが正解なんだが。
ふふん、と勝ち誇った表情のマリア。
畜生。今晩は俺がマリアのベッドに忍び込んでやろう。
ちなみに、本物の従業員はクローゼットで涙目になっているところを発見された。
キョウコに追い剥ぎされたらしい。残念ながら中年女性である。
「ゆうべは おたのしみでしたね」
「う、うるせぇ」
顔を赤らめるガイルとアナスタシア様。もげればいいのに。
借りたフロアの共有スペースで出くわした夫妻を、俺は早速からかってみるのだった。
「ソフィーとマリアちゃんは?」
「マリアがソフィーを着替えさせています。すぐ来るかと」
テーブルに座ると、キャサリンさんが全員分のお茶を煎れてくれる。
「ガイル様、アナスタシア様、おはようございます。お母さん、おはよう」
「おは……ふぁ」
きっちり挨拶するマリアと、彼女に手を引かれた寝ぼけ眼のソフィーもやってきた。
「ん? マリア、あんた……」
キャサリンさんが娘の髪に触れて愕然とする。どした。
「レーカに勧められてシャワーを浴びたのだけれど、どうかしたの?」
「……それはなんだい、体を洗わなければならないようなことをした、と解釈していいのか?」
キャサリンさんの手が俺の頭をバスケットボールのように鷲掴んだ。
「そ、それは早計というものであります。誤解です。提案に他意はありません」
「神に誓えるんだろうなア゛ァ゛!?」
チンピラかこの人は。
「それより、今日は俺の実家に顔を見せに行くからな。俺とナスチヤとソフィー、それに興味があるなら連れて行くが誰か来るか?」
「娘の貞操がかかっている時に『それより』ったぁどういう了見だご主人様アァアア!?」
キャサリンさん怖い。
「大丈夫よキャサリン」
アナスタシア様がキャサリンさんを窘める。
「レーカ君は一線は越えない人間だし、もし越えていれば責任をとってもらえばいいのよ」
「……まあ、それもそうか」
握った頭がミシミシと鳴る。放して頭がスイカみたいに割れちゃう。
「もしいい加減な行為に及べば、三本目の足をねじ切るからね」
責任を取るって物理的にねじ切り取るの!?
「で、なんだ、行くか?」
「……ガイルの実家? 興味ない」
「だろうな。まあつまらない場所だ、家族三人でさっさと行って帰ってくるさ」
白鋼の審査結果は今日中にも戻ってくるはずだが、俺が直接受け取らねばならない規則もない。つまり、今日はお出かけ日和だ。
「私は昔の職場にでも挨拶に行こうかね」
キャサリンさんも用事があるのか。
「あまり組の俺達で観光でもするか?」
「そうね。独り歩きならちょっと怖いけれど、レーカはこれでも腕が立つんでしょ?」
ボディーガードよろしくね、とウインクするマリア。
「デートだな」
「ボディーガードよろしくね」
二度言われた。
長いので半分こ。




