フルーツポンチと秋の空
「泣くんじゃねぇよ、ガキがピーピーと。やがましいったりゃありゃしねぇ」
「泣いてるのは貴方の娘さんですよ、カストルディさん」
ツヴェーの旅立ちの朝。
早朝、俺は荷物を纏めたエアバイクを脇に、渓谷の出入り口でお世話になった人々と最後の挨拶を交わしていた。
「ルゥェェぇぇぇクァぁぁ、くぅぅぅんんん……」
「ほら、涙を拭いて。どぅどぅ」
「馬かよ」
泣きじゃくるマキさんをあやすも、到底泣き止みそうにもない。
この人ほんとに結婚を控えているのだろうか。
「弟になってぇぇ、うちの子になろうよぉぉぉ」
「その、お気持ちは嬉しいのですが……」
本当に嬉しいのだ。ここは俺の第二の、じゃなくて第三の故郷と感じている。
「ほれ、迷惑かけんじゃねぇよ」
カストルディさんがマキさんを掴み上げ米俵のように肩に担ぐ。
「レーカ君、私のこと忘れないでねぇええぇぇ……」
「忘れませんよ、今生の別れじゃないんですし」
ちなみにカストルディさんは俺から見て向こう側に頭が向かう体勢でマキさんを担いだ。
最後のお別れにケツを向けられているのもどうなんだろうか。
俺はマキさんを回想する度、この可愛いお尻を思い出すのだろう。なんかやだ。
「レーカさん、本当に行ってしまうのですか?」
ウェイトレス姿のキョウコが悲しげに顔を伏せる。
むしろその迷走を続ける服装のチョイスが気になって仕方がない。最強最古はどこへ向かうのか。
「そう落ち込むな、人生短いようで長いさ。いくらでも再開の機会はある」
「―――そうですね、貴方が独り立ちすれば自ずと顔を合わせるでしょう。なんら問題はありません」
そう言い笑顔を作るキョウコ。四〇〇年生きていようと、どうも不器用な女性だ。
「じゃあな坊主、機体の火力を強化するからまた戦おうぜ」
「あれ以上強化してどうするガチターン」
なんでお前まで居るの? さして面識はないのに。
「冷てぇな、俺とお前の仲じゃねぇか。俺のケツにいいものぶっ込んどいてそりゃねーだろ?」
通りかかった筋肉隆々な冒険者がウホッと反応した。
ガチターン機の下部格納ハッチに爆雷を投げ込んだ記憶しかないが、嬉しかったのか?
彼とは少し距離を置こう。
「そろそろ行くよ? あんまり町の出入り口を塞ぐのもマナー違反だ」
バイクに跨がりエンジンを回す。
「―――ん?」
遠方より、船団がこちらへ飛行していた。
「なんだありゃ? 戦争か?」
「んー? おお、来たな」
カストルディさんが髭面を綻ばせる。
「やっとここまで来たんだ」
「そういえばこの町は最後のセクションでしたね」
マキさんもキョウコも理解している様子。
セクション? どこかで聞いた言葉だが。
中型級を主とした飛宙船団は、だがそれぞれに統一性はない。
色鮮やかに塗装された船や、見るからにオンボロ船。船名も船体に描かれたファンネルマークもバラバラだ。
「なんなんだあれ?」
「大陸横断レースの参加チームだ。一機に一つのチーム、一隻の船が着いて回って世界中を移動するんだよ」
自慢気な顔でカストルディさんが話す。
「大陸横断レース……一月かけて世界を股に掛ける、あの大規模レース? ツヴェー渓谷が開催地の一つだったとは」
通りで最近観光客が多いと思っていたのだ。気付かない俺も俺だが。
「実はフィアット工房からも出場しているんだぜ!」
「あ、それは知ってる」
「知ってんのかよ」
さすがに何週間も働いていれば耳に入る。
「戦況はどうなんですか?」
「……今年は本腰じゃなかったからな、あれだ、来年こそ本番だ、全然気合い入れてなかったしな」
負け越しているらしい。
「ケッ、若い奴らがやりたいっつーから任せたのによ。あいつらトラブル続きで全然機体スペックを生かしきれずにダラダラと情けないザマを晒しやがった」
「お父さんの設計はピーキー過ぎるんだよ」
「ばろ、今年はあいつ等にゼロから設計させたんだ、俺の責任じゃねぇ」
送り出したということはその技師達も優秀なのだろうし、本当に複雑な設計だったと推測出来る。見てみたかった。
「見れるんじゃねぇか? 飛宙船は渓谷の近くに降りて、そこで整備を行う。敵情視察を警戒して外部の人間は整備中の機体を覗けないけどよ、お前のヘンテコ覗き魔法なら見れるだろ」
その手があったか。
「そんじゃ、さよなら!」
「ちょ、おい! ……行きやがった」
颯爽とエアバイクを飛翔させる俺。少し薄情だったかと反省するも、好奇心のままに飛宙船を追いかける。
そして、俺は彼等を目撃する。
世界最速を争い大空を駆ける、最強のパイロット達と、その搭乗機を。
シールドナイトを撃破する、実に数時間前の出来事である。
「ゆ……め?」
知らない、とは言い難い見慣れた天井。
ゼェーレスト村外れの屋敷、その倉庫にて俺は目を醒ました。
「またか。またあの夢か」
最近こんな目覚めばかりだ。いや、決して悪夢の類ではないのだけど。
今日も変わらぬゼェーレストの朝。ツヴェーより帰還して一月経ち、風もめっきり涼しくなった。
「過ごしやすいと油断していたら、すぐに寒い季節がきちゃうんだぞ、っと」
井戸で顔を洗っていると、例の如くマリアと鉢合わせ。
「おはよう」
「おはよー」
いつにも増して顔をごしごししていると、マリアに顔を両手で鷲掴みされた。
「あんまり強く擦ると肌に悪いわよ」
「だからってスイカみたいに持つな」
止めるなら頭ではなく手を掴むべきではなかろうか。
「そういえばスイカが余っているのよね。魔法で保管しておいたからまだ悪くなっていないし、あとで食べる?」
フルーツポンチ食べたいです。
「貴方最近、毎朝変よね」
「そうか?」
「そうでもないか。変なのは常日頃からね」
常日頃から変となると、むしろ何を基準に奇妙と断じるべきなのか。
「なにかあったの? お姉さんに言ってご覧なさい」
「結婚して下さい」
「ふえぇ!?」
後ずさり屋敷の壁まで後退するマリア。顔は真っ赤である。
まだまだだな。アナスタシア様なら「再婚する時は考えてあげるわ」と即座にいなすし、キャサリンさんなら蹴るか、キックするか、足蹴にする。
年上ぶったところでまだまだ子供だ。相談事が出来る相手ではない。
「ま、あと三年、いや二年後をお楽しみにだな。マリア……いや、マリアちゃん」
肩を優しく叩く。
大外刈りされた。
「よう、スイカ人間」
「ムゴゴ! (うっせーよガイル、これが今のトレンドなんだ)」
マリアに中身をくり抜いたスイカを被せられ早数分。
ただの被り物と侮るなかれ。一度真っ二つに割ったスイカをくり抜いて、再び針金で固定し作った力作だ。
つまり、再び割らないと頭から取れない。
視界もなくふらふらと廊下を移動していた際に、ガイルと遭遇したのは僥倖だろう。
「解析魔法で確認しつつ針金切ればどうだ?」
「ムゴ! (自分に向けて刃物向けるとか怖いだろ)」
「空気穴は見受けられないが、呼吸は出来るのか」
「ム! (そろそろ息苦しくなってきた)」
冗談抜きにマズい。洒落じゃ済まない。
「! (取って、ガイル取って! スイカ取ってぇ!)」
「じっとしてろ、あまり暴れるな。苦しむスイカとかシュール過ぎる」
楽しんでるだろこいつ。
「こら暴れるな! 取ろうにも取れ―――ええい、面倒くさい!」
頭を殴られた。
スイカが木っ端微塵に砕ける。
赤い汁の滴るいい男な俺。
バールのような物を握るガイル。
「……もう少しマシな手段はなかったのか」
「その『マシな手段』ってのを即座に提示出来るなら謝ってやる」
これなら自力で割った方がマシだった気がする。
しかも通りかかったソフィーに悲鳴を上げて逃げられた。
頭をスイカの果汁で真っ赤に染める俺。
バールのような物、というかバールそのものを握るガイル。
殺人現場である。
仕事を終えた午後、俺はアナスタシア様と娘ソフィーのお茶の時間に誘われた。
美女美少女と時間を共に出来るとあってほいほいと着いて行き、早速といわんばかりに唐突にスイカ事件について訊ねられる。
「子供扱いしたらスイカ被せられた」
「子供扱い?」
「マリアちゃんって呼びました」
指を顎に当てて眉を顰め、首を傾げるアナスタシア様。
「あの子がその程度で怒るかしら?」
「いえ、彼女の親切心を無碍にするのとセクハラ発言のコンボがあります」
「なんだ、やっぱりレーカ君が悪いのね」
「やっぱり」使用の上で納得された。
「あれは怒っていたというより、照れ隠しでは?」
「照れるようなことをしたの?」
そりゃ、セクハラじゃ照れないしな。
「求婚した」
「ふぷぅ!?」
ソフィーが飲んでいた紅茶に咽せた。
すかさずアナスタシア様が口元を拭いてあげる。鼻水が飛び出していたのは見て見ぬフリをしよう。
「レーカ、マリアのことが好きなの!?」
「そうじゃなくて、『大人ぶるのはプロポーズを聞き流せてからにしろ』って意味合いだよ」
「……最低」
「レーカ君、最低ね」
母娘からの評価が下落した。
「まあ、大外刈りとスイカ人間事件に関しては解ったわ。それともう一つ訊きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「? 構いませんが」
お茶会に誘われたのもそれが本題だろうか?
「私からの質問ではなくて、ソフィーが気になってしょうがないみたいね」
「お、お母さん」
慌てた様子のソフィー。なんだろ、俺に質問って。
「ツヴェー渓谷から帰って来て以来、レーカ君の様子がおかしい気がするのよ」
…………。
「そうですか?」
「ええ、様子が変なことは私も気が付いていたのだけれど、てっきりツヴェーを懐かしがっているのかと思っていたわ。でもソフィー曰く違うって」
よく見ているものだ。ひょっとして洞察力は母より娘の方が高いのだろうか。
「誰に対しても同等に発揮される洞察力かは疑問ね。それで、なにか悩み事でもあるのかしら?」
「いえ、特にそういうことではありませんよ」
「そうよね。レーカ君だと大人が聞いてもそう答えちゃうわよね」
アナスタシア様は立ち上がり、ソフィーの肩に手を置いた。
「それじゃあ、私は中庭の方にでも行っているわ。あとは若い人同士で楽しんで頂戴」
お見合いですか?
「…………。」
「…………!」
絶妙な緊張感を孕むお茶会会場。強ばっているのはソフィーだけだが。
「……あっ!」
「どうした?」
ソフィーはテーブルの下でカサコソと紙を広げた。
角度的に見えないけど、音と仕草で紙と判る。
「れ、れーか、わたししんぱいなのぉ」
棒読みだった。
「教えてほしいな、なにをなやん、でいるの?」
ちらちら下を見ていた。
「わたし、おに、おにいちゃ、んの力になりたいの!」
どうやら彼女の膝の上にはアナスタシア様特製のカンペが載っている模様。
ソフィーと許嫁にされて以来、時折アナスタシア様がアンポンタンな行動に走るのはなんなのだろう。
いや、それより今、ソフィーはなんと言った?
「……もう一度」
「えっ?」
真摯な目でソフィーの手を両手で包む。
「もう一度頼む」
「……お兄ちゃんの力になりたいの?」
さ、さすがアナスタシア様! 俺のツボを突いてきやがる!
「前半! 前半をもう一度!」
「お兄ちゃん?」
幸せだった。
「よーし、俺はお兄ちゃんだぞー!」
ソフィーの両脇に手を入れて持ち上げ、ぐるぐる回す。同い年の設定は忘却の彼方。
「れ、レーカ降ろして!」
「お兄ちゃんと呼びなさい!」
「やめてレーカお兄ちゃん!」
「ふはははははははははははははは」
「ぐるぐるが加速したよぉ!?」
「なにやっているのよ貴方達は……」
マリアがジト目で見ていた。
お茶会の雰囲気は一転し、さながら裁判所の体を成していた。
無論、被告人は俺こと真山 零夏。
正面には裁判長のマリア様。なにやら気合いの入り方が違います。
左手の検事はソフィー。控え目ながらも、決して俺への追及は緩めないご様子。
(そして右側、弁護士席には……)
皆大好きフルーツポンチ。
色とりどりの果物に、甘くて冷ややかなシロップ。季節に関わらず舌を楽しませる贅沢の極み。
少し赤色、即ちスイカの割合が多いのはご愛敬。ガラスの大きな器が粋な清涼感の演出だ。
マリア手作りの一品である。
(どうしろと……)
皆で楽しくフルーツポンチ食おうぜ。
「リクエストに応えてくれたのか。マリア、ありがとう」
「え、あ、うん。さっきはごめんなさい。冷静になってみれば、頭にスイカって危ないわ」
事実窒息しかけたしな。ギャグ補正で助かるけど。
「それで、レーカはなにを思い悩んでいるの?」
「思い悩む、って」
苦笑が漏れる。
「皆、ちょっと考え過ぎだよ。俺が一々悩みを溜め込むタイプに見えるか?」
「むしろゴミを溜め込んで片付けられないタイプね」
それはアナスタシア様だ。
「まあ、真面目な話さ。これは俺の趣味の問題なんだよ」
『趣味?』
少女達の声が重なる。
「そう、そしてその趣味を始めるには、ちと歳が早い。だからモンモンとしてたってわけ。むしろ楽しい部類の悩みだろ?」
「その割には、自分を抑え込んでいるように見えるわ」
と、ソフィー。鋭いこった。
饒舌になって知ったが、彼女はよく人を見ている。
「教えない。気遣いは嬉しいけれど、よく考えて決めたことなんだ」
彼女の碧い瞳ではなくガラスの器と向き合いつつ、俺は言い切った。
「シリアスするならフルーツポンチから目を離しなさい」
食べちゃダメ?
「欲しければ白状しなさい」という外道な脅迫に、俺は泣く泣く部屋を後にした。
これは俺の意地だ。甘えるわけにはいかない。
ああくちおしやフルーツポンチ。俺の要望でこの世に生を受け、なぜか俺の胃袋にやってこない捻くれっ子。
「はいアナタ、あーん」
「あーん」
バカップルが中庭のテーブルでいちゃついていた。
見た目若いので恋人同士にしか見えないが、無論屋敷外の部外者ではなくガイルとアナスタシア様夫妻である。
互いにフルーツポンチを食べさせあっこしている。ケッ。
「あらレーカ君、話は終わったの?」
見つかった。
「いえ、逃げてきました。村に行ってきます」
「貴方も強情ねぇ。それじゃあフルーツポンチは?」
「食い損ねました」
マリア、俺の分とっていてくれるだろうか。
いや、人質は生きているからこそ人質として有効なのだ。俺が口を割らない限りは保管してくれるだろう。
「そう、じゃあ……はい」
器から果物を一掬い。匙を俺へと差し出すアナスタシア様。
ま、まさか……!?
彼女の色っぽい唇から声が発せられる。
「レーカ君、あーん」
うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
うううおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
うううううううおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
解るだろうか、いや解るまい! この単調でアホっぽい叫びでしか表現しきれぬ歓喜!
そう、それは恋! 春! 秋だけど!
清廉とした春風の如く涅槃に至りし境地の心持ちにして、新たなる領域の開闢記念日おめでとう!
ちょっと難しく表現してみた! 意味不明だけど!
「食べないの?」
「いただきまっす!」
パクリ、と口に含む。
シロップの繊細な甘さ、酸味がアクセントのフルーツ達。
それぞれの内包する塩基配列は違えど、その心は同じ。
『俺、甘くて美味いよ! 種入っているけど! つか食べていいから種運んで!』である。
天然の甘さのフルコース。しかし味が喧嘩しないのは、シロップなるまとめ役がいるから。
果実の詰め合わせなどではない、これは一つの料理なのだ。
そして、アナスタシア様の「あーん」。
あーん。あーん。あーん。
つつ、と涙が頬を伝った。
こんな感動は初めてだ。この世界は素晴らしい。光で満ちている。
中庭に光芒が射す。天使の梯子ともいう。
つまり、雲の隙間から光が降り注ぐアレである。
そう、ここは楽園。アナスタシア様は天より舞い降りた天使様。
(ああ、俺、今この瞬間死んでしまって構わないよ―――)
「そのスプーン、俺がくわえてた奴だけどな」
ガイルが言った。
「…………。」
あー、俺、今この瞬間死んでしまって構わないよ。
俺が世界に絶望し村へ向かうと、背後に気配を感じた。
解析魔法で確認。ソフィーとマリアである。
尾行されている。俺になにか用だろうか。
「この状況で俺に対する用事など一つしかないな。どれだけお節介なんだ」
ご両人はまだ諦めていないらしい。
とりあえず気付かぬフリをして、目的地である村正面出入り口へ。
「はは、お前は最高に美人だぜ」
ゼェーレスト村所有の人型機、鉄兄貴に語りかける。カストルディさん曰く、兵器は女性の如く扱え。
以前俺が提唱した「浪漫兵器=可愛い女の子」学説に通ずるところがある。
「お主も飽きんのう。もう鉄兄貴は整備され尽くしておるじゃろう?」
「レオさん、こんにちは」
レオナルドさんがやってきた。
「今日は整備ではなく相談です」
「人型機相手にか? 寂しい奴じゃ」
ほっとけ。機械は愛情注ぐ限り裏切らない。
「時に人の絆は愛情が失われようと導きあうものじゃ」
「そんなの片思いじゃないですか」
「ははは、結構結構。恋など悲恋が一番面白いもんじゃよ、第三者視点であれば」
最低だ。
「まあこれは冗談だが。片思いというのも、存外馬鹿に出来んぞ? お主もいつか信じる誰かに裏切られたら、とことん信じてみるといい。あるいは、その絆は再び繋がるかもしれん。繋がらんかもしれん」
どっちだよ。
「こんな老いぼれじゃが、相談くらい乗るぞ? 明日には村中の話のネタとなっておるが」
「その口説き文句で心を開く馬鹿がいるのか」
「マイケルとか」
またあいつか。ご近所の皆さんに話題の提供ご苦労様です。
「おねしょをその場凌ぎで隠したそうでな。どう誤魔化すか相談されたのじゃ」
誤魔化すどころか村人全員が証人に!?
「……んー、レオさん?」
「うむ?」
「好きな対象が複数なのは、不誠実ですかね?」
レオさんの瞳が空前絶後に輝いた。
「いやいやそんなことはないぞ! むしろ目移りするのは雄の本能じゃ!」
「そうですか?」
「そうじゃ! お主は若い、どちらか選ぶのではなく両方自分のものにしてしまうことをお勧めするぞ! その方が面白い!」
両方自分のものにしてしまう、か。傲慢だが、確かにそれが一番幸福なのかもしれない。
「解りました。俺、もう迷いません!」
「そうかそうか! ところで複数というのは、つまりソフィー様とマリアちゃんのことじゃな?」
なに言ってんだこの人?
「人型機と戦闘機、どっちメインのメカニックになるかってことですが」
「なにそれこわい」
物影からソフィーとマリアがずっこけて現れた。
「ど、どうしようマリア? 見つかってしまったわ」
「ソフィー、大丈夫よ。お母さんに男の人に口を割らせる方法を教えてもらったから」
キャサリンさん直伝の尋問術とか、嫌な予感しかしない。
マリアは大股で俺に歩み寄る。
俺は後ずさろうとするも、背後に駐機された鉄兄貴で後退出来ない。
数十センチまで接近する俺達。
「ち、近過ぎないか?」
マリアは一度深呼吸、そして目を見開き空を指差す。
「あっ! あれは帝国軍の戦闘機、初音シリーズね!」
「なんだと!?」
初音。帝国の現行機であり、民間にはまだあまり出回っていない割と新型の機体。少なくともフィアット工房には運ばれて来なかった。
「どこ? どこどこ? ハツネさんどこです―――」
呼吸が止まった。
空に向けていた視線を下ろせば、羞恥に染まるマリアの顔。
彼女の手は、俺の股の間にぶらさがるお稲荷さんを鷲掴みにしていた。
「……話して」
ぐぐっと若干指に力が籠もる。
「……ヨロコンデ」
つ、潰される。
「発端は、ツヴェー渓谷から旅立つ朝のことなんだ」
鉄兄貴の装甲に腰掛けて語る。
マリアは先程の行為で茹でダコ状態であり、ソフィーはいまいちマリアの行為の意味が判っていないらしく俺の下半身を見つめて首を傾げている。聞けよお前ら。
「大陸横断レースのチームを盗み見たんだが。緊張した天士や、忙しそうに機体をセッティングするメカニック。作戦を練る人や雑用をこなし後方からのサポートに徹する人なんかもいた」
飛宙船内の小さな格納庫で、必死に作業する人々。
「大変そうだなって思ったんだけれど、それでも皆楽しそうだった。世界最強の称号を目指して本当に活き活きしていたんだ」
そして、俺は彼らを羨ましいと思った。
「俺も参加したいと感じた。自分の思い描く機体を作って、試行錯誤して、勝利を目指せたら楽しいだろうなって」
「大陸横断レースに参加したい、っていうのが悩みなのね」
ソフィーの確認に頷き答える。
「難しいだろ? 俺には仲間も飛行機も資金も……いや資金はエアバイクの報酬が結構あるけど……とにかく、ガキの夢としては無茶が過ぎる」
参加する天士達は軍人だったり名の知れた自由天士だったり、とにかく実力と実績を得た者達ばかりだ。
対して俺は? 子供だし、飛行機の操縦は未だ未経験だし、実績なんてシールドナイト撃破程度しかない。
「仮に目指すとしても、まずは天士となるところからだ。今この場でモンモンとしたところで、どうこうなる問題じゃないんだ」
「…………そうね。ごめんなさい。私じゃ力になれそうもないわ」
マリアがうなだれる。そんな顔はしてほしくなかったのに。
「でもレーカ、お父さんとお母さんに頼めば……」
「ソフィー、それは絶対にしちゃ駄目だ」
確かに、得体の知れないコネを持っていそうな二人に頼めば何とかなるかもしれない。
だが俺は居候だ。アナスタシア様に拾ってもらい、倉庫を部屋として貸して頂き、技師としての技術を教授してくれたことは忘れはしない。
絶対だ。絶対、甘えてはいけない。
それが当然だと思い込んではいけない。俺は彼らに恵んでもらうばかりで、何一つ返せていないのだ。
「それにさ。夢って、自分の力で叶えるものだろ?」
「……ちょっと、違うと思う。レーカもお父さんとお母さんを頼っていいよ」
だから、駄目なの。
「レーカ。その夢、手伝っていい?」
ずい、とソフィーが顔を寄せる。
「手伝うって?」
「約束、覚えている?」
約束……
「いつか私に、飛行機を作ってって」
「ああ、ツヴェーに旅立つ前にそんな約束したな」
いつかその内な、とか応えたんだ。
「飛行機に乗れないレーカには、航空機天士が必要よね?」
「そりゃあ、そうだけど、まさか」
ソフィーは頷く。
「私を、レーカの天士にして」
「……それは、俺の夢を手助けしたいから?」
俺が甘えるのは無理としても、ソフィーが親に甘える分には問題ないと、そういう意味かと問う。
ソフィーはツインテールを横に振る。
「レーカの話を聞いて、私もその世界を知りたいと思ったわ。それと―――」
少しだけ言葉に迷い、
「レーカが作り上げる機体に、乗ってみたい」
「……くくく、ははははは」
思わず笑いが込み上げた。
「なんで笑うの、もう」
「いやいや、ソフィーは自分に正直だな」
頭をぐりぐり撫でてみる。
「痛いよ」
「はは、すまん」
なんというか、話してしまうとすっきりした。
行動するか否かはともかく、一人で悩んでいないでさっさと話すべきだったかな。
「わ、私も!」
置いてきぼりをくらっていたマリアが声を上げる。
「私もサポートする! チームには雑用専門の後方支援の人もいるのよね、私も参加したい!」
「おお、頼もしいぞマリア」
働き者の彼女がいれば百人力だ。
「それじゃあ、いつ、どんな形になるかは判らないけど……」
俺達は手を重ねる。
「目指そう、世界最速を!」
『おー!』
元気のいい掛け声が、ゼェーレスト村に響き渡った。
「大陸横断レース、あれに参加したいのか」
「ああ、ガイルも昔参戦したんだろ? いつになるかは判らないが、いつかは俺達で参加しようと思う」
俺達子供組は、ガイル、アナスタシア様、キャサリンさんの大人組に全てを話した。
キャサリンさんはお仕事モードの鉄仮面。アナスタシア様は楽しげに微笑み、ガイルは仏頂面を崩さない。
「お父さんは、反対なの?」
「そんなことはないぞソフィー!」
叫ぶな。
「ただなぁ、奴等がな」
奴等?
「大丈夫よ、今もこうして平穏に暮らしていられるのだし、今更私達を問題にする組織なんていないわ」
「……ま、それもそうだな。いいぜ、色々支援してやる」
おお、許可が降りた。でも……
「自力でチャレンジするから支援はいいよ。言ったろ、『いつになるかは判らない』って」
「自力って、成人するまで待つのか?」
「ボーッと待ち続けるわけじゃないさ。目の前の壁に挑んでいれば、いつかは必ず辿り着くだろ?」
「違いない。でもよ、なんだ、そのよ」
なんだよ気持ち悪い。
「レーカ君、勘違いしちゃ駄目よ?」
アナスタシア様に抱きしめられた。
「ソフィーもマリアちゃんも、そしてレーカ君も家族、私達の子供よ。困ったことがあれば、存分に甘えなさい」
その温かな体からはどこか懐かしい匂いがして、なぜか目頭が熱くなる。
「―――はい。アナスタシア、様」
母さん、と呼びそうになりギリギリ自重する。抵抗があるわけではなく、ただ気恥ずかしいだけだ。きっとアナスタシア様は許してくれる。
マリアもまた、自分の母に訪ねた。
「お母さんは、賛成してくれる?」
「私は主の意向に従うだけさ」
「そう、そうだよね……」
寂しげに俯くマリア。
娘の頭を、どこか不器用に撫でる。
「自分でやるって決めたんだからね。裏方は大変だよ、気張りな」
男らしい母の激励に、娘はぽかんと見上げた後、大きく返事をする。
「うんっ!」
全員の理解を得られたことで緊張が抜ける。つか、緊張していることにも気付かなかった。
「でもレーカ君、いきなり世界最大の大会に出場することもないんじゃないかしら?」
「え? ええ、だから実績を積んで……」
「そうじゃなくて、えっと、この辺にパンフレットがあったはず……」
引き出しを漁るアナスタシア様。パンフレットとやらが見つからず苦戦している様子。
「きゃあ!」
引き出しを出し過ぎてひっくり返して中身をぶちまけた。ドジっ子(子?)可愛い。
「まったく、捜し物があるなら私がやります。何を探してたんだい」
「ごめんなさいキャサ……あっ、あったわ!」
床にバラまいたことで結果的に目的の物を発見出来たようだ。
「あらら、六年前の資料ね。でも大まかなルールは変わっていないはずだし、参考にはなるわ」
差し出された大きな紙を読む。何かの大会案内のようだ。
一番大きな上の見出しを声に出して読み上げる。
「大陸横断レース―――未成年の部?」
それは、未来の天士達が幼い才能を競い伸ばし合う為の舞台。
大陸横断レース本編の前哨戦として行われる、もう一つの世界大会であった。
主人公機=人型機と予想していた方も多いでしょうが、実は飛行機です。しかも戦闘機ではなくレース機。
それと、レーカ君はフルーツポンチあとで食べました。
本編では割り込める場面がなかったので。
それとそれと、今回はイラストなしです。というか3章は村の中で話が進むのでイラストの題材がない…
なので、最初の一話目に挿絵を入れてみました。大した絵でもありませんが興味があれば。




