異界の故郷と収穫祭
青々とした草木。穏やかな風。自然音以外の混ざらない、無音ならざる静寂。
エアバイクを草原に軟着陸させ、村を、そして丘の上の屋敷を一望する。
変わっていない。木々の色は季節によって変化しつつも、この心地よい緩やかな空気は俺の記憶と寸分違いない。
バイクから降りて、目を閉じ深呼吸。
両手を左右に伸ばしたまま、風を全身で受けつつ瞼を上げる。
「懐かしきかなゼェーレスト村!」
修行の末、俺はようやくここへ帰ってきた。
村の広場、その上空から俯瞰する。
いつもは閑散とした村の中心地だが、今日ばかりは大人も子供も総出で収穫祭の準備をしていた。
食材を運ぶ冒険者志望三人組を発見し、エアバイクを垂直降下。
「うおおぉぉぉ、なんかきたー!」
「うるさいわよマイケル、黙って運び……エドウィン、本当に何か来た!」
「ニール、飛宙船なんて珍しくないでしょ―――って未確認飛行物体が来たあぁ!」
おバカのマイケルとリーダー格のニール、ツッコミのエドウィンだ。
今は仲良く三人揃って間抜け顔でこちらを見つめているが。
「ただいまー」
「レーカか! 久々だな! お土産くれ!」
黙れマイケル。
「ああ、レーカじゃない。ちゃんと収穫祭までに戻ってきたのね。向こうはどうだった?」
「見事に都会だったな。刺激には困らない町だ」
「お土産!」
うっさい。
鞄から饅頭の入った箱を取り出し、遠方に放り投げる。
「ほーらとってこーい」
「ひゃっはぁ! お菓子だぜぇ!」
駆け出すマイケルが視界から消えるのを確認し、二人にも饅頭を贈る。食い意地張った奴のことだ、同時に配れば他の饅頭まで欲しがりかねない。
「お菓子ね、ありがとう」
「しかし、当日ギリギリまで粘ったね。皆、君が帰る期限を忘れているのかと思ってたよ」
「おいおい、俺は約束を守る男だぜ」
忘れていたのは黙っておこう。
「ところでそれ、何?」
「超小型級飛宙船。今向こうで流行っているんだ」
「あとで乗せて」
「また今度な」
エアバイクは今や世界中で爆発的に普及している。冒険者を目指すなら操縦は習得しておくべきだろう。
勿論暇な大人、主にガイルとかガイルとかガイルあたりに監督役を頼むが。
「今日は収穫祭を楽しむことに専念しよう」
と、そこに聞き慣れたエンジン音。
ネ20式エンジンのパパパパパ、という独特の音が鳴り響く。
空を大きく旋回する赤い翼に、ああ帰ってきたのだな、と強く印象付けられた。
「ちょっと行ってくるわ」
「うん、また夜にね」
「じゃあねー」
バイクを再始動。空へ昇り、ガイルの愛機・紅翼を追いかける。
速度差は歴然としているが、紅翼のはすぐに俺に気付きコブラを併用した捻り込みで俺の後ろに着いた。
「……なに今の」
突然紅翼が大仰角で後ろに立ち上がったかと思えば、進行方向に機体の腹を向けた姿勢で急減速、更にバネのように溜め込んだ揚力を解き放ち木の葉のように一回転。
気が付けば後ろを取られていた。
「相変わらずガイルの操縦技術は変態だな」
今も機首を斜め上に保ち、失速寸前の速度で俺と平行飛行をしている。
俺のエアバイクはカスタムされているとはいえ、飛宙船の最高速度一〇〇キロメートル毎時しか出ない。
飛行機にとって時速一〇〇キロとは相当遅い。機種によっては離陸すら不可能なほどだ。
紅翼とて、いくら低速度機の古い設計とはいえ低速域での安定性は悪いはずなのだが。
コックピットを覗く。
白い髪が見えた。
「……えっ? もしかしてソフィー?」
間違いない。白髪をポニーテールに纏め、こちらをゴーグル越しに蒼の瞳で見つめるのは、ガイルとアナスタシア様の一人娘のソフィーに相違ない。
そういや彼女は単独飛行を許されているんだっけ。ガイル曰く、『俺には及ばないが天才』だったな。
紅翼の翼が揺れる。飛行気乗りの挨拶、ロックウィングだ。
俺も片手を振る。
紅翼が少しエアバイクから離れ、安全な距離を確保した後に急旋回。
進路からして、屋敷に戻ろうという意味か。
俺も彼女に追従し、屋敷の中庭に着陸した。
紅翼、エアバイクの順でタッチダウンする。
双方のジェネレータが完全停止したことを確認し、地面に降り立つ。
「ただいま、ソフィー」
……ソフィーが機体から降りてこない。
下からはコックピットに隠れた彼女の頭頂部だけがはみでている。俺が着陸する前にとっとと降りてどこか行っていた、なんてオチではない。
「おーい?」
引っ込んだ。
あれ、嫌われている?
「……おかえりなさい」
「お、おお、ただいま。他の皆は?」
「しゅうかく祭の準備をしているわ。お父さんもお母さんも、キャサリンさんもマリアも村に降りている」
「ソフィーは? 参加しないのか?」
この屋敷の人間は妙にスパルタだから、ソフィーにもなにかしら仕事を与えそうなものだが。
「私はレーカを探していたの」
「俺を? 空から?」
「そう、空から。祭りの当日になっても帰って来ないから、道中で迷子になっているんじゃないかってお母さんが」
母の要請により娘が出動したらしい。
「そうか、遅くなってすまなかった。いや、別に迷子になんてなってないぞ?」
「嘘はどろぼうのはじまりよ」
なぜバレる。
「とにかく降りてきたらどうだ?」
「……うん」
そろそろと慎重に地面に降り立つソフィー。小さいから若干危なっかしい。
機体をロープで固定し、大きな麻布で覆う。メンテナンスはまた今度。
その間もソフィーはひたすら俺を避け続けた。
「ソフィー、なにか怒ってる?」
「えっ? 違うよ、そんなつもりではないわ!」
彼女は両手を振って否定する。
確かに警戒心は感じない。というか……
「ソフィーって素はそんな話し方なのか? もっと子供っぽいのイメージしてた」
今まで片言に単語単位でしか発声しなかったので、文章として会話した機会が驚くほど少ないのだ。
しかしながら、それは当然なのかもしれない。ソフィーに一番身近な女性はアナスタシア様だ、話し方も自然と似通ってくるだろう。
「変?」
「女の子らしくていいんじゃないか」
顔を赤く染めてモンキーレンチを投げつけられた。父娘そろって同じ武器使いやがる。
「おや、帰ってきたのかい」
大股歩きで中庭に現れたのは屋敷のメイド長、キャサリンさん。
村にいるとのことだったが、フライト中に戻ってきたのだろう。
「ただいま帰りました、お久しぶりです」
「あいよ。汗水垂らして働いて、少しは男らしい顔付きになったんじゃないかい?」
「キャサリンさんは相も変わらず凛々しくそして美しい。貴女の美貌の前には唯一神のロリ神すら恥じらうことでしょう」
「……訂正だ。町で覚えたのは軟派の語録だけか」
「心外な、デートのエスコートテクニックも精進しました」
「へー」
半目のマリアがキャサリンさんの後ろから現れた。
「そう、随分と楽しんできたみたいね。そのままあっちに居着けば良かったんじゃない?」
「それは流石に勘弁してくれ。俺の故郷はこっちなんだ」
「でも都会の方が可愛い女の子は多いでしょう?」
「ははは、マリアもなんだかんだで身嗜みが気になる年頃か」
ビンタされた。
「なんでぶたれたか解る?」
「ごめんなさいデリカシーが欠如していました」
往復ビンタされた。
「そういう問題じゃないの」
「どういう問題だよ」
「真っ向から訊くな」
アッパーされた。
「ほんと、可愛い女の子を探す旅にでも行けば?」
「俺をなんだと思っているんだ。それにゼェーレストにも可愛い女の子はいるだろう」
俺は目を逸らさず、彼女の手を引き寄せる。
「ほら見ろ、小動物みたいな可愛らしさだろ?」
「あ、あの、レーカ……」
ソフィーの肩を抱いてサムズアップ。
戸惑うソフィーもラブリーである。
マリアの必殺ドロップキックが炸裂した。
女の子の心はまっこと、ラビリンスの如く迷宮である。
「アンタ、遊んでないで村に行って祭りの準備を手伝ってきな。マリアとソフィー様は着替えだよ、飛びっきりおめかししなくちゃね」
わざわざ着替えるんだ?
「未婚の若者は大抵着飾るもんさ。まぁアンタはどうでもいいだろ?」
ひどい。実際、服装にさほど興味はないけど。
「えっと、家主夫妻にも挨拶したいのですが」
「挨拶なんざ仕事の前に五秒で済ませられるだろ。ほれ駆け足!」
「は、はいっ。あ、これお土産のツヴェー饅頭です!」
中庭から追い立てられ、自室の倉庫に荷物を放り込み村へ向かう。
レオナルドさんが時計台の調節をしていた。
「レオさーん、ただいまー」
「む、おお。お前さんか」
時計台の天辺で受信機の調節をしていた彼は、すぐ俺に気付き手招きをしてきた。
「ツヴェーで修行しておったのだろう、手伝ってくれんか?」
いきなりか。いいけど。
身体強化にて屋根まで飛び上がり、魔力共振ラジオを解析。
「音量が安定しないんですよね、受信装置ではなく増幅器の不調ですよ」
「む、そうなのか? よく説明もなしに判るもんじゃ」
「ふっふっふ、修行の成果です」
増幅器に干渉していたノイズの原因を取り払うと、音量は安定状態に戻る。
「大したものだ。アナスタシア様を呼ぼうかと思っておったが、こんなことであの方にご足労願うのは気が引けての」
「確かにアナスタシア様でもすぐ直せたでしょうね。アナスタシア様といえば、今はどこに?」
「ああ、あそこじゃよ」
レオさんの指先には料理を運ぶ女性達が集まっていた。
大鍋を棒で吊し、焚き火でスープを煮込んでいる。
大半が恰幅の良い婦人であるのに対し、一人だけすらりと細身でありながら出るとこ出てる女性がスープと睨み合っていた。
光を反射する白髪が美しい、ご存知アナスタシア様である。
「……美人だよなぁ」
本人を見て確信した。俺の中でトップの異性はやはり彼女だ。
「人妻じゃぞ?」
「報われぬのもまた恋」
「アホか」
時計台から飛び降り女性達の元へ駆け寄る。
「アナスタシア様! 好きです不倫して下さい!」
「おかえり、また今度ね」
あっさり流された。
「久しぶりね。いつ帰ってくるのかとハラハラしたわ」
「ははは、いやぁ俺が……ははは」
誤魔化し損ねた。
びしっと姿勢を正し、改めてご挨拶。
「真山 零夏ただいま戻りました。この度はわがままを聞き入れて頂きありがとうございました。また屋敷で厄介になります」
「ええ、よろしくね。ソフィーとはもう会ったわよね? あの子落ち着いて話せていた?」
「言葉遣いは落ち着いていましたが、目を合わせてもらえませんでした。なにかしたんですか?」
「レーカ君がいない間に色々と心を整理させただけよ。貴方に対してはもう人見知りはしないと思うわ」
なら目を合わせないのはまた別の要因か。
「ふふふっ、大丈夫よ。万事お母さんに任せて頂戴!」
いかん、不安だ。
「ちゃんとご挨拶を終えたかしら? もうそろそろ収穫祭が始まるわよ」
「あとはガイルだけですね。どこにいますか?」
「あの人は男衆に混じって動物を捌いているわ」
動物?
この村には家畜はいない。肉は全て狩りによって賄われる。
アナスタシア様の視線の先に、数体の大型動物を囲む野郎共がいた。
「ガイル、ただいま」
「ん、おう」
再会挨拶終了。
ガサツなガイルに慇懃かつ形式美な挨拶など時間の無駄だ。伝えるべきことは態度と行動で示す、そんな男である。
「手伝うことはあるか?」
「いや、いい。あとは焼くだけだ」
鹿とクマらしき動物の肉塊が鉄棒に貫かれ、宙に浮いている。
これをクルクル回しながら焼くのか。ワイルドだな。
鹿と目が合った。
「そ、そんな目で俺を見るな」
魔物の時は平気だったのに、鹿のような可愛い動物だと抵抗が湧く。
なんたって、こいつは殺された挙げ句こんな間抜けポーズをさせられているんだろうな。
「死んでいるんだからいいじゃねーか。生きたまま串刺しにってんなら躊躇するが」
「襲ってくる魔物は殺して平気でも、食べる為に殺したコイツには罪悪感を覚えるらしい」
「そりゃそうだろ。例えばさ、襲ってくる男と怯えてる女、助けるとすればどっちだ?」
「女」
「だろ?」
悔しいが、どこか納得してしまった。
「人間って傲慢だな」
「完全公平な奴を人間とは呼ばねーよ」
ガイルは鹿の頭をぺちぺちと叩く。
「感謝しろとは言わん」
「しなくていいの?」
「誰かに言われて頭を下げるのは感謝ではない。謝罪も感謝も上辺だけなら誰にも出来るさ」
うーむ。
ガイルは感謝しろとは言わなかった。
だが、感謝してはならないとも言わなかった。
鹿と見つめ合う。
「……いただきます!」
なにはなくとも、肉は美味そうだ。
「皆の者。本日はお日柄もよく、村の美しいお嬢さん方の料理も男達の調達した肉もたっぷりと用意出来た。更に大陸横断レースはまさに佳境であり、楽しみには飢えぬ夜となるであろう。さあ、ゼェーレスト収穫祭の始まりじゃ!」
レオさんの宣言により、村人達の掲げたコップが宙を舞う。
既に日は暮れかけているが、広場中央のキャンプファイアーにより村全体が煌々と照らされていて明かりに不自由はしない。
歓声と共に人々は歌を歌ったりラジオに耳を傾けたり肉に殺到したり。思い思いの形で収穫祭へと挑んでいった。
当然、俺は肉である。
「意外だね。レーカ君は大陸横断レースが気になると思っていたけれど」
「貴方はツヴェーで散々美味しい物を食べたでしょうし、こっちでは控えていなさいよ」
エドウィンとニールに鉢合わせた。
「レースは気になるけど、音声だけじゃね。どこのチームがどうとかも詳しくないし」
スポーツもラジオ中継では楽しめないタイプだ。携帯電話にすらテレビが内蔵されているこの時代、音だけで試合の情景を想像出来るのは映像すら見飽きた玄人だけだと思う。
「それとニール、実は飯はゼェーレストの方が美味いぜ」
「そうなの?」
「ああ、ツヴェーは食物の大半を外部からの入荷に頼っているからな。鮮度が全体的に低かったよ」
それにゼェーレストでの食事はレイチェルさんお手製だった。まずいはずがない。
香ばしい肉の香りが漂う。
見た目はグロテスクだが、ジューシーな香りがこの死体が食べ物であると強烈に訴える。
「く、悔しいが美味そうだ!」
「なにが悔しいの?」
担当の男がOKサインを出すと、人々は嬉々と肉をナイフで削り始めた。
マイケルが皿にてんこ盛りの肉を頬張る。
「どうだ、大盛りだぜ!」
「ふふん、これは負けられないな」
俺も負けじと肉を削る。
「脳は珍味よ」
「ニール、食えるの?」
「やめとく」
だよなー。
フォークで肉を口に運ぶ。アッサリパリパリこれは……味がない。
「レーカ君、これこれ。塩で食べるんだよ」
「ああ、そうなのか。そりゃそうだな」
胡椒もあったのでふんだんに振りかける。うむむ、これは米が欲しい。
「うむ、いいタイミングで村に来たな。まさか祭りの日に出くわすとは」
「だな。とりあえず食えるだけ食っておこう」
ん?
村人ではない二人が肉をつついていた。
「あれ、ヨーゼフとハインツじゃないか。生きてたの?」
シールドロックに挑んだ自由天士だった。ヨーゼフは闘技場の第二試合の相手である。
「失礼だな。命からがら逃げてきたとも」
「おお、前にヨーゼフの愛機を改修した坊主か。なんでこの村に?」
「なんでって、俺はこっちの出身だし」
むしろ俺としては二人がなぜゼェーレストでちゃっかり祭りに参加しているのかを聞きたい。
「シールドロックに負けたの?」
「む、むぅ。端的に言えばそうだ。村の外れに機体は駐機しているが、修理は依頼出来るかね?」
いいけど、二人の懐事情は大丈夫なのだろうか?
よほど苦しいようなら無期限無利子ローンも認めることにしよう。
「しかもよ、アイツはシールドロックじゃなかったぜ」
じゃあなに?
「あれはシールドナイトというシールドロックの上位種だ。鱗の鎧を着込んでおり、長距離攻撃手段すら有する危険な魔物だ」
「ああ、道理であんなに強かったのか」
納得である。
「私の人型機は後回しでいいので、先にハインツの戦闘機を修復してほしい。早くギルドに魔物の正体を伝えなければ」
「そうだな。また誰かが無策で挑んで犠牲になっちまう」
真剣に話し合い始めた二人に、少し気まずい心境で割り込む。
「これはもう騎士団に申請して……」
「いや、トップウイングスをどこかから呼んで……」
「あ、あのー?」
コンビは同時に俺を見る。
「なにかね?」
「なんだ?」
「いや、その?」
逸らした視線を戻し、一呼吸。
「俺、ゼェーレストに戻る道中で倒しちゃいました」
「……なにを?」
「シールドロック、じゃなくてナイト」
途方もなく微妙な空気が場を支配した。
真山 零夏はツヴェーから出発してすぐ、異変に気付いた。
「ここ、どこだ?」
エアバイクを一旦停止。跨がったまま、困ったように頭を掻いた。
断っておけば彼は記憶力の良い方だ。異世界に渡って以来は特に、後天的な付加能力か金髪碧眼の肉体が有する基礎能力か、頭の回転も早くなっている。
そんな零夏が道に迷った理由はただ一つ。
「左右逆だったもんなぁ」
ツヴェー行きの道中を逆さ吊りにされていた為、道順を間違えて覚えていたのである。
「そこまで致命的にルートを逸脱しているとも思えないが……」
保存食は充分バイクに詰め込まれている。制限時間的な焦りはない。
しかし、向かう指針がないのは零夏の精神力を気付かぬ間に削いでいた。
方位磁石の通用しないこの世界、迷子になった時に最も確実にルート復帰する方法は上空からの俯瞰である。
だがそれは飛行系の魔物に狙われかねない賭。
実際のところさほど大きなギャンブルではないのだが、今の今まで『魔物との戦闘経験がない』という事実が必要以上に彼を臆病にしていた。
「大丈夫、俺にはこれがある。アナスタシア様だって認めてくれたじゃないか」
エアバイクのフックを引くと、ガンブレードの柄が飛び出す。
身体強化を行った状態であればガンブレードのショットガン機能を片手で扱うことも容易い。防御の脆弱な飛行系魔物は一撃で終わる。
不安が残るとすれば、ツヴェー渓谷でもあまり訓練は行わず、終盤でキョウコと多少訓練をした程度なことくらいだ。
エアバイクのエンジンを吹かし、クラッチを繋ぐ。
二重反転プロペラが始動し風がエアバイクを空中へと押しやった。
用心を重ね、遠見魔法を併用しながら周辺を見渡す零夏。
すぐ、その表情に喜色が広がった。
「あの岩場は!」
ゼェーレストからツヴェーへ移動する際、一晩野宿した見晴らしの良い台地である。
彼の読み通り、街道から極端な逸脱はしていなかった。
……最も、遠見の魔法なしでは視認出来ない数キロ単位の距離であったが。
浮ついた気分で地上に降りもせず岩場に急行する零夏。
彼の前に、巨大な壁がせり上がった。
「へっ?」
無骨な鉄の板。否、それは既に板のレベルを超越していた。
上下の高さは約八メートル。厚さも一メートルを越える。
それは鉄盾ではない。鉄塊である。
途方もない重量を誇るその『盾』を保持するのは、身長一〇メートルの巨人だった。
「―――人型機ァ!?」
ハンドルを切るも、到底間に合わない。
バイクのタイヤを盾にぶつけ、壁走りによってようやく回避する。
「自由天士か!? 危ないだろいきなり起きあがるな!」
頭部付近まで上昇し叫ぶ。パイロットに直接抗議しようとしたのだ。
そこで、零夏はやっと気付く。
その巨人の頭部が人間を収めるコックピットではなく、有機的な眼球を備えた生物であると。
一瞬現実逃避し人型機の新型装置かと疑うも、同時に行った解析の結果、認めざるおえなくなる。
全身を駆動させるのは無機収縮帯ではなく、グロテスクな有機組織。
外部からの解体を考慮しない、神懸かった複雑怪奇な構造。
これは人の作った物ではない。
「こいつは―――魔物だ」
そして思い出す。ツヴェーにて密かに話題となっていた、危険性は低くとも戦闘能力は高いとされるAランクモンスター。
「シールド、ロック……!」
ギロリ、とシールドロックは零夏を睨んだ。
零夏はシールドロックと判断するも、この魔物の本当の名はシールドナイトである。
両者は大元を同じとする魔物だ。ただ、意志の強さがそれぞれを分かつ。
シールドロックもシールドナイトも同等に巨大な盾を持つゴーレムである。しかしロックは表面が脆い岩なのに対し、ナイトは鱗のように隙間なく硬質化した鎧で覆われている。
変質し死して再生しながら、それでも護人としての誇りを失わなかった英霊の成れの果て。
だがそんな誇りを解する者はいない。魔物と分類される彼は、理性もなくただ目の前の外敵を払うのみ。
しかしそれでも人里を襲わぬのは、彼の矜持故だろうか。
彼は人間を能動的に襲わない。殺すのは敵意を以て武器を構える敵全てである。
彼は苦悩していた。なぜ自身は存在するのか。自身はなにを求めているのか。
誰がそう呼んだのか、彼はその在り方より名を与えられる。
『シールドナイト』。護ることに特化しつつも、護るべき対象を見失った哀れな騎士。
その盾は、その鎧は。
全てを手放しながらも最後まで見失わなかった、その尊い誇りの具現なのだ。
それを知る由もない人間達は、シールドロック及びシールドナイトを『危険性は低くも戦闘能力の高い魔物』とだけ位置付ける。
その強固な盾がどのような願いで形を得たのか、そんなことは誰もが思慮の外であった。
それこそ、当の本人でさえ。
「――――――」
しかし、だ。
「――――――ッ」
しかしながら、彼は遂に見つけた。
「――――――ッツァ 」
空飛ぶ大型バイクに跨がる少年。
「――――――アアアアッ」
零夏を見た瞬間に理解したのだ。自身が生まれた意味、自身の最期を。
「――――――ッッッッッ!」
だからこそ彼は、その姿となって初めて自分の意志で武器を構える。
「 ァァ!!」
鱗状となった鎧を数枚剥がし指の間に固定。
「アアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!」
全身全霊を以てして、彼に撃ち放ったのだ。
「うおおぉ!?」
超音速で飛来した鱗。
到底エアバイクの加速では避けきれないと判断し、飛び降りて回避。
ガンブレードは咄嗟に引き抜いている。それが生命線、命綱だと直感していた。
地面を転がり着地。身体強化を継続していたので怪我はない。
鱗はバイクのプロペラを掠め、数百メートル先で着弾、爆発。
爆薬が仕込まれていたはずもない。運動エネルギーだけで爆発したのだ。
「っつーか、俺のエアバイクがああぁ!」
錐揉み状態で墜落するバイク。
所詮高度一〇メートルからの落下だが、徹底的に軽量化されたエアバイクは最低限の強度しか有していない。フレームがへし折れ内部機構が空転するジェットエンジンにて粉砕された。
メカニックとして習熟した解析能力が、修理に最低数時間を要すると算出する。それでも異常に早いタイムであり、並の技師であれば全損扱いか部品取りが精々の大破レベルだ。
ともかく、これにて零夏には逃走という選択肢がほぼ消滅した。
「シールドロックって、積極的に攻撃してこないんじゃないのかよ!? それとも怒らせた?」
かもなぁ、と頭痛を堪える。先程はっきりと怒鳴り散らしたことから、その可能性をどうも捨てきれない……気がするような。
無論、気のせいであるがそれを教えるものはいない。
「アアアアアアアアアアアアア!!!」
どこか悲痛な響きの咆哮を発し、盾を保持していない片手を振り回すシールドナイト。
「にゃろう、これでも食らえや!」
ポンプアクションを駆動、ガンブレードのショットガンをぶっ放す。
盾の脇からシールドナイトへ迫る、マッハ1に達するショットガンの粒弾。
当たる、と確信したそれは。
音速を超えて割り込んだ鉄盾にすべからく防がれた。
「はぁ?」
対人用の弾なのでダメージがないのは予想していた。だがしかし、あの角度あの速度で防御されるなど有り得ない。
出鱈目だ。こいつの反射神経は、とにかく攻撃を防ぐことに特化している。
零夏はようやく気付く。その盾を持つ左腕が、尋常ではない太さだということに。
「盾を音速で振り回すのか、戦車砲だって防げるんじゃないか?」
脳裏に、逃げるという選択肢が再浮上する。
バイクがないので危険な賭となるが、それでもシールドナイトを撃破するよりは現実的な方向性だ。
(こいつはMBTだ。最強の装甲、最強の砲撃、高い機動性を有している。更に恐るべきことに、MBTの弱点である上面側面背面からの攻撃が効かないときた)
馬鹿げている。相手にするだけ馬鹿らしい。馬鹿だ馬鹿。
逃げてしまえ、と感情が叫ぶ。
「……びびんなよ、俺!」
実戦の恐怖に駆られて判断力が鈍っている。
戦車から逃げる? 出来るはずねぇじゃねえか。
自分を叱咤し、シールドナイトを睨み付ける。
「いいぜ、やってやるよ」
ニールだって初めての戦闘で戦い抜いたんだ。なら俺だって。
「光栄に思えシールドロック、初体験のお相手は―――お前だ!」
覚悟を決めた零夏がすべきこと。
それは現状可能な最強攻撃を叩き込むことだけ。
ガンブレードの銃身を後方へスライド。刀身が展開し内部よりドリルが出現する。
コンプレッサー始動。錬金魔法にて水素と酸素の混合物が銃身であった圧力タンクに注入される。
(チャージ終了まで一分、徹底的に逃げ切る!)
火花を散らすコンプレッサー。火の粉の光帯を残し小さな影は縦横無尽に走り続ける。
時に飛翔し、時に木を蹴り飛ばし。
そして、盾の真っ正面に飛びかかる。
当然盾を構えるシールドナイト。
その鉄盾にドリルの先端を突き付ける。
「悪いが、この距離こそ俺のレンジだ」
トリガーを引く。
森に巨大な火柱が上がった。
目撃者がいたならドラゴンのブレスであると確実に勘違いするような、まさしく炎の柱。
高速回転するドリルが盾を削り、付加された魔刃の魔法が森の木々を切り裂く。
円錐状に細切りにされる森。凶悪に過ぎる杭を、ロケットエンジンが更に押し込む。
「防がれるなら、防御ごと貫いてしまえばいい」
一〇メートルに及ぶ爆炎の一〇秒間の推進。一度ゼェーレスト村にて実験し、アナスタシアに使用禁止を命じられた禁忌の一撃。
その威力をして、彼女は呆れ気味にこう呼んだ。
全てを貫く10×10の金管楽器。即ち―――
「―――ストーカチューシャ!!!」
かつて硬い大岩すら粉砕したそれは、森の一角を砂塵へと変えた。
最上級魔法に迫る一撃。
しかし、それでも尚。
「届かない、だと……?」
燃料が尽きて、ガンブレードは零夏共々地面に落ちる。
真っ赤に熱せられたガンブレード。
周辺は甚大な被害を受けつつも、シールドナイトの盾は健在であった。
「ふざけてやがる」
零夏の体は身に余る一撃の土台となったことで、全身ボロボロである。
シールドナイトは零夏に対して盾を突きつける。
なんとなく新聞紙で潰される虫を連想し、顔を歪めた。
「俺はゴキじゃねぇぞ……!」
横に飛ぶと、シールドナイトの盾と地面との間の空気が潰される風圧で数回転吹き飛ばされた。
後頭部が硬い物に衝突。
「いてぇ!? ……って、これは」
『硬い物』の正体に気付き思わず笑みが浮かぶ。どうやら運は尽きていないらしい。
それは、エアバイクの残骸。
側面の外装を開くと、お目当ての物は幸い無事だった。
「ゼェーレスト村を出発した時のガンブレードじゃゲームオーバーだったな」
『カードリッジ』を交換し、圧力を確認。
「しっかり改良しといたぜ、最後の問題点!」
引き金を引く。
有り得ざる二度目のストーカチューシャが、シールドナイトの盾に突き刺さった。
ガンブレードの弱点であるチャージ時間とコンプレッサーの負荷。
その対策が「予めカードリッジに圧縮燃料を込めておく」というものだった。
水素と酸素を保存する危険性から、実用化の遅れたガンブレードの最後の機能。
火柱は地面に叩き付けられることで、地面効果により更に推進力を増す。
高温によりガラス状に溶け始める地面。
近くに転がっているエアバイクも危険であったが、今は忘れることにする。
一〇秒後、更に再装填。
計三発のストーカチューシャは、遂に鉄盾を砕き割った。
「 !!!」
声ならぬ絶叫を上げるシールドナイト。
その間に四発目を用意する。
後ろに倒れるシールドナイトは、そのままバランスを取り戻すこともなく大地を揺らし仰向けに崩れる。
「……倒したのか?」
そんなはずはない、と勘が否定した。
ストーカチューシャの切っ先は決してシールドナイト本体に突き刺さっていなかった。
慎重に接近し、内部のクリスタルにガンブレードの照準を合わせいつでも貫ける状態のままシールドナイトに飛び乗った。
盾を保持した左腕は砕けている。ならば、右腕は?
視線を向けた途端、唐突に右腕が持ち上がる。
「やっぱ生きて―――え?」
零夏は、腕は自分を掴むか払うかすると予想した。
しかしシールドナイトのとった行動は想定外だった。
自分の胸部装甲である鱗を剥ぎ始めたのだ。
「な、なにやっているんだ? 痛くないのか?」
敵対している相手にも、痛みを覚えてしまうのは難点か美点か。
みるみる剥がれ落ちる鱗。
そして胸に腕を突っ込んだかと思えば、なにかを掴み零夏に差し出した。
開いた手のひらに乗っているのは、人型機の動力源としては充分なサイズのクリスタル。
シールドナイトは、こともあろうか自害し心臓を人間に差し出したのだ。
「くれる……のか?」
シールドナイトの瞳から光が失われる。魔力の絶たれた肉体が動くはずもない。
盾を砕かれ、胸に穴が開いた大型魔物。
その上で呆然と亡骸を見つめる零夏。
彼の初実戦は、こうして奇妙な閉幕と相成った。
「というわけだ」
「いや、なんというか……無茶をするな」
冒険者二人と冒険者志望三人組の視線が痛い。
「なぁ、結局どう違うんだ、シールドロックとシールドナイトって」
「真正面から近距離で挑んだ君には大差なかっただろうな。むしろ、あの盾を貫こうなど発想からして狂っているぞ」
「ははは、それほどでも」
『褒めてない』
ハモった。
「ロックとナイトの違いは鎧と遠距離攻撃手段の有無だな。なぁ、ヨーゼフ」
「その通りだ。だが、その違いが戦術に大きな差を与える。ロックは十字砲火で仕留められる、というのは知っているか?」
「うん。キョウコに聞いた」
「最強最古、そういえば弟子だったな……」
そういう設定です。
「我々もセオリーに則りそれを試した。そして、返り討ちにあった」
ヨーゼフ氏の人型機には57ミリ砲が装備してあったはずだ。あれなら鱗の鎧は貫通しそうなものだけど。
「奴の判断能力は想像以上だった。確かに私の人型機には大砲が積まれているが僚機であるハインツの戦闘機には30ミリ機銃しか積まれていない。57ミリ砲を側面から本体に当てようと思えば、事前に別の方向から機銃で盾の方向を釘付けにする必要がある。だが、奴は30ミリ機銃を徹底的に無視し鎧で受け止め続けたのだ」
ダメージコントロールってやつか。人型機には自分の鎧を貫ける装備があると理解し、盾を温存したんだな。
「おまけに長距離攻撃のせいで対空攻撃まで可能ときた。俺はあれでやられたな」
逃げ切ることも許されない、生還者が少なかった理由はこの辺だろう。
「なんなのだろうな、シールドナイトとは。私はあの魔物から物悲しさを覚えた」
「だよなぁ、ああいう魔物はやりずらいわな」
最期の自害。あそこには、いったいどんな思いがあったのだろう。
「……あれ、冒険者志望三人組は?」
どこか行ってしまった。
「子供達かね? あそこだ、あそこ」
ヨーゼフの指先には赤いスープをガバ飲みする少年少女。
「てめぇ、アナスタシア様の手料理を食い尽くすんじゃねぇぇぇぇ!!」
話を切り上げて駆ける。
そんな後ろ姿を微笑ましげに冒険者達は見ていた。
「やれやれ、Aランクモンスターの武勇伝より食い気ときたか」
「がはは、いいじゃないか。俺達も食おうぜ、金もないしな!」
食い意地張った相棒に溜め息を吐きつつ、ヨーゼフは一人違和感を覚えていた。
「アナスタシア……? まさか、あのお方が……?」
宴もたけなわ、皆が腹を満たし騒ぎ疲れた頃合い。
「うぎゃああぁぁぁ、酒だ酒だぁぁ!」
酒に溺れたり、
「やっちまえぇ! ヒャッハー!?」
喧嘩したり、
「首都で話題の流行歌、三四曲目歌いまーす!」
歌ったり、
「おめーら、ここにガイル様がいるぜ、なんつってー!」
自己紹介したり、
「ぶっちぎれー! ここでお前が負けたら罰ゲームなんじゃー!!」
大陸横断レースでつまらない賭をしたりとなかなか混沌としている。
訂正、こいつら全然疲れてない。
一人知り合いがいたが忘れよう。
「もう食えん」
肉も料理も、三日分は腹に収めた。
「ごちそうさ……いやいや。甘いものは別腹別腹」
お菓子の並んだテーブルを発見し食事再開。
女の子理論ということなかれ。男だって甘味は好きなのだ。
「シートケーキは浪漫ロマン」
板状に大量生産されたお手軽ケーキ。量優先なので見た目は簡素だが、味は良質だ。
中世的世界観では砂糖が貴重なはずだが、セルファークでは現代日本と変わらぬ食文化が成熟している。ちょっと不自然なほどに。
「もしかしてロリ神のテコ入れかもな。食は人類の生存に直結するし」
地上と月面が向かい合っていたりと、とことん歪な世界である。
皿にケーキをてんこ盛り。言わばスイートピラミッド!
「太古の浪漫と甘味の浪漫の融合! ……ん?」
服の裾をくいと引かれる。
「誰?」
振り返れど誰もいない。悪戯か?
「……こっち」
「あ、ごめん」
ソフィーが側に立っていた。
小さくて気が付けなかった。
「なんかごめん」
「ケーキ取って」
「……怒ってる?」
「ちょっと」
おお、ソフィーが甘えてきた。
他人行儀な距離がない。甘えるのは信頼の裏返しだ。
ハグしたい衝動を抑え、彼女の皿にケーキをよそう。
「こんなもんでいいか?」
「うん、ありがとう」
適当な丸太に腰を降ろすと、隣にソフィーが座ろうとした。
「ちょっと待った、その服汚すと怒られるんじゃないか?」
「あ」
ソフィーの服装はシンプルながらも美しいドレスだ。田舎の祭りで浮かない程度に、かつ見栄えのいい品を選んだのだろう。
ここはスマートに丸太にハンカチでも敷ければいいのだが、生憎そんなこじゃれた物は携帯していない。さて困ったものだ。
「そうだ、広場の方には加工した製材のベンチがあったはずだし、あっちに―――」
ぽすん、と俺の膝の上にソフィーが収まった。
え? 俺、ベンチかハンカチ代わり?
年の割にも小さな彼女は俺の腕にもすっぽり収まってしまう。
これはあれだ。ガイルとかと同じ感覚で座られている?
細く繊細な白髪やつむじを眺めていると、頭頂をつついてみたい衝動に駆られる。
なんのツボかは勝手に各自調べてほしい。
「……美味いな、ケーキ」
「そうだね」
二人羽織りの状態で、互いに自分の皿からケーキを食す。
せっかくこんな体勢なので、アレをやってみる。
小さく切ったケーキを持ち上げる。
「あーん」
「あむ」
フォークを差し出すと素直に応じて食べてくれた。可愛いじゃないか。
和んでいると遠くから着飾ったマリアが殺す目で睨んできたが、ふふん、この子は渡さん!
そこに、どこかチグハグな素人音楽が流れてきた。
先程の流行歌(ほんとかよ?)を歌っていたオッサンではなく、ある程度年齢を重ねた者達の楽器による穏やかな演奏。
どこか上品で、どこか軽快で。楽しげなリズムに若者達は広場の中心のキャンプファイアー元へと集まった。
クリスタル共振ラジオも停止している。
「なにが始まるんだ?」
「…………祭りの最後の、ダンスなの」
あ、盆踊りをするって言ってたっけ。
むしろ社交ダンスだろうか。男女がペアとなり、思い思いに体を揺らしている。
「簡単な踊りだな」
「ダンスの奥深さは底知れないわ」
普段からその手の訓練を積んでいるソフィーの口調はちょっと固かった。
「ソフィーはダンス嫌いなのか?」
「うんん。でも、知らない人と近付くのは嫌。普段は家族がパートナーをしてくれているけれど」
人見知りだとダンスが苦手で当然か。
ソフィーは立ち上がり、俺と向き合う。
「どうした?」
「う、ん……」
視線を泳がせ、深呼吸。
それでも落ち着かない様子。俺は立ち上がり、片膝を着いて彼女より視線を低くした。
子供は自分より高い視線には緊張するものである。
急かすことはせず。真摯な目でただ待つ。
「レーカ」
「なんだい?」
ソフィーはそっと白磁のような華奢な手を俺に差し出し、かつて返事を待って貰えなかったお誘いを再び告げた。
「私と踊って下さい、レーカ」
前回の女王の如く気を纏うそれではなく、等身大の女の子らしい精一杯の一言。
顔を紅葉のように紅潮させたそれは、どこか危うく、今にも崩れてしまいそうで。
「ダンスなんて初めてだからな」
なら俺がすべきことは、王子様の飾った言葉ではない。
「お手柔らかに頼む、ソフィー先生」
彼女と同じ視線で接すること。ただ、それだけだ。
「さあ、曲が終わる前に行こっか」
「―――うんっ」
俺に手を引かれる少女の笑顔は、王族の大衆向けなんて陳腐なものではない。
俺一人に向けられた笑顔は、きっとそんなものより何万倍も価値がある。
ならば守るだけだ。他でもない今この瞬間の平穏を。
幻想のように回る光景、目の前の白き少女に俺はそんなことを思っていた。
2章 完
真っ暗な室内。
蝋燭の灯り一つない密室にて、それは行われていた。
「報告によれば、シールドナイトが撃破されたらしい」
男の指が微かに動く。
「ふん。あれは失敗作、未完成故に破棄された物だ。倒されたところでなんら問題はあるまい」
男は口の端を吊り上げ、気味の悪い笑みを漏らす。
「やれやれ、貴様はそれだから小物なのだ」
「なんだと!?」
「やめんか!!」
男の一喝により、室内には静寂が戻った。
「撃破したのは誰だ? 自由天士か?」
「いえ―――レーカ、という少年です」
「少年? 馬鹿な、子供に倒せるような魔物ではないぞ」
男は紙を何枚かめくり、内容を見る動作をする。
「ある日ふらりとゼェーレストに現れた少年か」
「怪しいな。なにより齢一〇歳にしてこの才気、異常過ぎる」
「うむ……しかもかなりの美形らしい」
室内にざわめきが起こった。
「天才、そして美形、更に凄腕メカニックでありイケメン……完璧ではないか」
「妨げになるかもしれんな。我らが最終計画『アルティメット・オペレー……』」
ギィィ、とドアが軋みつつ開いた。
室内に光が射し込み、人間が入ってくる。
ガイルであった。
「…………なにやってんだ、お前?」
「あ、いや、その、黒幕ごっこ」
ここは屋敷の一室。
一人遊びをしていた零夏は慌てふためいた。
見られた! 恥ずかしいところを見られた!?
これにてツヴェー修行編終了です。次こそ主人公機製作編。