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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
浪漫に突っ走ろう編
18/85

例の彼女と休日でぇと 2


「マキといちゃついてると思えば、今度は最強の女か。お前も好きだな」


「なに言ってるかさっぱりです、カストルディさん」


 朝っぱらからカストルディさんの寝言をスルーして、渓谷広場で待ち合わせ。

 ベンチに腰掛け足をぶらぶらと揺らしてボーっとしていると、やがて待ち人がやってきた。


「おや、早いですね」


「おはよ、キョウ……コ?」


 顔を上げて、彼女の恰好に困惑。


「昼なのでこんにちは。ですよ」


 しれっと言い放つキョウコ。

 服装もそうだが、彼女が昼であると主張する現時刻も困惑の一要因である。

 昼に待ち合わせ。その予定であった。

 現在時刻は地球換算で一〇時頃。昼? いや、朝?

 大前提として女性より先に来るのは当然として、俺が憂慮したのはキョウコが遠足前の子供のようにはしゃいだ挙げ句フライングする可能性である。

 きっと時間より早く来る。それも、一般的なレベルを超越して。

 その読みは見事的中し、俺達は予定の二時間前に顔を合わせることとなった。


「えっと、あの、どうでしょうか?」


 頬を赤らめもじもじと照れるキョウコ。時間に関してはスルーか。

 どうでしょう、とは服装の感想を期待しているのだろうが……


(……どう返事をすればいいんだ、これ!?)


 あまりに異世界とは別次元の衣服に、俺は若干混乱気味だった。

 ポロシャツに蝶ネクタイ、チェックのミニスカート。カーディガンは腰に巻いてある。


「ブレザー制服?」


「教国立魔法学園の制服です」


 この世界に学校があるのか。いや当然か。国民全員が通えるかはともかく、教育機関は必要だ。


「キョウコは学園の卒業生だとか?」


「いえ、そこら辺のお店で買いました」


 それ純正品か?


「着てみたかったのです。か、可愛いなって……」


 前々から興味があったのか。まあ、今日は制服デート気分ということにしよう。


「似合っているよ?」


「そうですか? いい歳して変だとか思ってません?」


「思ってるけど、外見は若いんだし」


「思っているんですか……」


 落ち込んだ。今更年齢を気にしていたのか。


「大人の妖艶さと制服のあどけなさが調和して最高だぜ」


「今の誉め言葉は若干の適当さが垣間見えました……」


 そんなことはないと否定しつつ、俺達は昼飯までの過ごし方を話し合った。






 腹ごなしにキョウコと剣の鍛錬をしたのち、俺達は酒場へと向かった。


「汗臭くないか、俺?」


「気にしませんよ」


 気になりませんよ、じゃないあたり臭いことは否定しないのか。


「や、やっぱ体を拭いてくる!」


「だから、気にしませんよ。天士や冒険者ならばもっと酷い人だって多いのですし」


 首元でスンと匂いを嗅がれる。ウブな癖に、彼女が俺を異性と意識していない時はこちらが動揺させられてしまう。顔が近いって。

 キョウコはといえば、汗一つかいていない。更にいえば巧みな足裁きにより一度もスカートの中を垣間見ることは適わなかった。


「さあ、入りましょうか」


 手を引かれて酒場へと踏み入る。子供か俺は。

 薄暗い店内には客は数えるほどしかいない。こういう時は窓際の一番奥に限る。


「カウンターに座りましょう」


「団体客なのにカウンター席?」


「マスターに面白い話を聞けるかもしれません」


 なるほど、それも酒場の醍醐味か。


「というわけで、面白い話はありませんか?」


「むしろキョウコ様の方が面白い話題の宝庫に見えますがね。なんですかその服、その子は一体?」


 渋いオッサンマスターの珍獣を見る目が痛かった。


「残念ですが、面白い話はないようです」


 手を引かれて窓際のテーブル席に移動。


「まったく、なにが面白いですか。せっかく可愛い服に挑戦したというのに」


「…………!」


 その時、俺に天啓が降りた!

 足早に外へと歩く。


「どこにいくのですか!?」


 慌てて立ち上がるキョウコ。


「待て!」


 手の平で制止すると大人しく腰を下ろした。君は犬か。

 とにかく、外へ出る。






 再び入店。

 室内を見渡し、キョウコの姿を見つけて駆け寄る。


「キョウコ、わりぃ! 教室の掃除でさ、お詫びにパフェ奢るよ!」


「は、はぁ?」


「で、大事な話ってなんだ?」


 どっかと対面の椅子に座る。


「大事な話? なんの―――」


「大学の進路か、そうだな……俺はロボット工学を学べればと思ってる。キョウコは剣道で推薦行くんだろ?」


「ちょっと、一体なにを」


「悩んでる? そっか、やっぱり不安だよな……でもさ、俺はキョウコならやってみせるって信じてる。俺はキョウコの幼なじみでファン一号だからな!」


「黙れ」


 拳骨された。






「なんですか、先の猿芝居は」


「放課後デートってヤツを少々……」


 設定は「剣道をこの先続けていくか悩む幼なじみキョウコ、彼女に憧れつつも一歩踏み出せないで友達止まりの少年レーカ」である。


「個人的には『あーん』までしたかったんだけどな」


「そ、そういうことならパフェをやはり奢って下さい。学生デートなのですから『あーん』くらい当然でしょうしね、はい」


 なにやら自分を強引に納得させている。

 マスターを呼び注文を告げる。暇であろうこの時間帯、店員は彼以外いない。


「そういえばね、ありましたよ面白い話」


「ほう、なんですか?」


「シールドロックです」


 ぴくりとキョウコの眉が動いた。


「夏から目撃例があったことはご存知ですよね?」


「ええ、ギルドでも注意が張り出されていましたね」


 あー、見たような見てないような。

 ギルドに初めて入った時、そんな張り紙を読んだ……ような?


「シールドロックってなに?」


 解らないことは質問するべし。机の上に身を乗り出して訊ねる。


「ゴーレム系モンスターですよ」


「ゴーレム?」


「非生物人型モンスターの総称です。魔法としてのゴーレムとは別に、独立したクリスタルを有する一種類です」


「サイズは様々で、小人サイズから人型機よりでかいのもいるぜ。シールドロックの場合は人型機(ストライカー)とほぼ同サイズだな」


 続けてマスターも説明してくれた。


「ですが同サイズといえど、普通の人型機がシールドロックに単独で向かうのは危険です」


「どうして? 腕力が人型機より強いとか?」


「むしろ、その名の由来である盾が問題なのです。シールドロックの持つ盾はこの世のほぼ全ての攻撃を防ぐ。その為、盾を貫くような神術クラスの魔法をぶつけるか、側面から本体にダメージを与えるしかありません」


「なら回り込めばいいだろ、ってそれが出来ない理由があるのか?」


 その通りです、とキョウコは息を吐く。


「素早いのですよ。シールドロックは巨体にも関わらずダンスのように盾を振り回すのです。どんな不意打ちも瞬時にガードされてしまう、厄介な防御です」


 キョウコに厄介とまで言わせるとは。


「いいえ、私なら盾ごと斬り伏せられますが」


 訂正、最強最古は伊達じゃない。


「でもさ、十字砲火すれば?」


 複数箇所から同時砲撃を放てば、盾で防ぎ切れず着弾するだろう。


「その通り、シールドロックの弱点は複数を相手に出来ないこと。囲んでしまえばあっさりと落とせます」


 単独で向かうのは危険とはそういう意味なのだな。


「それで、そのシールドロックがどうかしたのですか?」


「なんでも挑んでいった冒険者が皆帰ってこないようです」


 ……食事前にする話ではないぞ。


「どうしてです? 真っ向から挑むには危険な相手ですが、事前情報があれば攻略は容易いでしょう」


「さてな、証言する奴がこの世にいないからなんとも。そもそも戦闘能力は高いが人里を襲うような面倒厄介な魔物でもないし、挑もうって冒険者や自由天士自体が少ないんです」


 かといって野放しも不安だが。あと接客業員が丁寧語に不慣れってどうなんだ?


「それが面白い話ですか?」


「ええ、キョウコ様からすれば斬り応えのあるいい獲物でしょう?」


「試し斬りに目の前の男を切り捨てましょうか?」


 怒気を孕んだ瞳にマスターは肩をすくめてカウンターへ戻る。最強最古をからかうとかいい度胸だ。いや案外マジでお勧めしていたかもしれないが。


「まったく、失礼な店員です。レーカさん、こんなお店には二度と来てはいけませんよ?」


 お勧め店じゃないのかよ。

 魔法で冷えたお冷やをちびちび飲む。


「キョウコはジュースに氷が入っているのどう思う? 溶けたら薄くなるよな、許せるタイプ?」


「万死に値します」


「そこまで!?」


 くだらない会話を交わしつつ、ふと、後回しにされていた疑問を訪ねてみた。


「キョウコ。あんたの二つ名の『最強最古』、その『最古』ってどういう意味なんだ?」


「そのままの意味ですよ。私は世界で最初の人型機天士です」


「最初って……そのままの意味で、世界最初?」


「はい。巨大人体模倣兵器概念実証機、機体通称(コードネーム)『姫』。それにフランベルジェを装備したのが今の蛇剣姫(じゃけんひめ)です。私は姫のテストパイロットを勤めました」


「概念実証機……」


 新たな技術の実用性を実証する。それが概念実証機だ。

 機体開発の順序はおおよそ実験機、概念実証機、試作機、先行量産機、量産機となる。




 実験機で様々な方向性のデータを得る。




 概念実証機はデータをまとめて新技術として形にし、技術を完成させる。




 試作機はそれまでの集大成として様々な状況を想定した量産機の雛型を完成させる。




 先行量産機ではそれなりの数を制作し、実戦投入して現場の意見を収集する。




 量産機において現場の声を反映した小改良を加え、大量生産する。




 こんな流れである。

 実験機や概念実証機の段階であれば兵器として最低限の稼働すらしないことも多いので、実用に耐えうるのは試作機からだ。ロボットアニメでも試作機が主役メカだったりするし。

 もっとも、新兵器開発がこの通り行われるとは限らない。ありふれた技術の結晶であれば実験機や概念実証機の段階をこなすほど慎重にならなくとも良い場合もあるし、実験機と概念実証機の区分はそもそも曖昧だ。

 あるいは、戦局が逼迫している場合は先行量産機をすっ飛ばして量産機を大量生産してしまうこともある。ドイツは昔、それで初期不良が多発し酷い目に遭った。試験はしっかりやりましょう。


「その、全ての人型機のご先祖様が蛇剣姫?」


「そういえますね」


 セルファークに存在する全ての祖、か。

 なんてことだ。工房に戻ったら五時間は崇めよう。


「試作機じゃなくて概念実証機なのは何故? 蛇剣姫の後に試作機や量産機も作られたんだろう?」


 完成度は概念実証機より試作機の方が遙かに上だ。比べものにならないほどに。


「その答えは、昨日の試合で気付いているはずですよ」


 キョウコの愛機が概念実証機でなくてはならない理由?

 なんの技術を実証をしたか。キョウコは蛇剣姫を巨大人体模倣兵器と称した。

 つまり、巨大ロボットという兵器群そのものの有用性を検証したのだ。

 蛇剣姫とその後の量産機の違い。それは……


「人体模倣か、兵器か、だな」


「その通りです。兵器として設計された試作機以降の人型機では、武術を改善再現出来なかった。それが私が蛇剣姫に乗り続ける理由です」


「だからって少しは近代改修したっていいだろうに。あれって完全オリジナル設計のままだろ?」


 装甲や無機収縮帯などの消耗品は交換しているが、根本的な部分は一切弄られていない。


「一度イメージリンクを装備したのですけれど、動きにズレがあるので外しました」


「極端だな」


 熟練者にとってイメージリンクは枷となるが、だからって外しはしない。普段の移動を行う分には便利だからだ。


「ま、いいけどね」


 イメージリンクは操縦席からオンオフ切り替え可能だ。違和感があるなら戦闘中は切ってしまえばいいのだが、無理強いすることもあるまい。


「乗り慣れた愛着のある機体です。必要以上に手を加えたくはないのですよ」


「テストパイロットってことは、開発の現場に居合わせたんだよな。最初に人型機を作ったのってどんな奴だったんだ?」


 飛宙船(エアシップ)などと比べ、人型機の複雑さは際立っている。人間が乗り込み動かす巨人、そんな発想を最初に抱いたのはどんな人だったのだろう?


「そうですね……ふふっ」


 不意に思い出し笑いをするキョウコ。


「すいません。開発の現場にふらりと現れた彼を思い出してしまって」


 彼?


「なんというか、変な人でした。思えばレーカさんに似ていたかもしれません」


 遠回りに失礼だ。


「ですが優秀な技術者でした。滞っていた開発を一気に進めた、天才という奴ですね」


「そりゃあな。時代を超えて現在でも通用する設計なんて、よほどの天才でなければ作れまい。えっと、蛇剣姫が作れたのって何時?」


「四〇〇年前です」


「キョウコがまだ若い頃?」


 無言で頬をひねり上げられた。まさかまだ若いつもりなのだろうか。


「とにかく、機動兵器が飛宙挺(エアボート)しか存在しなかったあの時代、人型機は戦闘能力も汎用性も桁違いの新兵器でした」


「機動兵器が飛宙挺だけって……どうやって戦うの?」


 ウインドサーフィンで併走して魔法を打ち合う騎士を想像する。これも天を舞う騎士、天士と呼称すべきか?


「現在の主流は魔力式エンジン搭載の飛宙船ですが、昔は大きな帆船もありました。大砲を載っけて撃ち合ったり小型飛宙挺で敵船に乗り込んだり」


 海賊みたいだ。空賊?

 そんな原始的な時代に人型機が発明されたのだから、ほとんどオーバーテクノロジー扱いだったろう。

 前人未踏の新技術に挑む男達。想像するだけで咽せかえりそうなほど熱い。


「オーバーテクノロジーですか、言い得て妙ですね。あと空賊はいますよ現在でも」


「マジか」


 布張りのボロ船で天空の城を目指したりするのだろうか。


「……じゃあ、空に浮かぶ城は?」


「幾つかあります」


「マジかマジか」


 一つじゃないのかよ。


「お待ち」


 マスターがお盆に料理を乗せてやってきた。


「特盛りストロベリーパフェとペペロンチーノ、こちらは和風ハンバーグセットになります」


「まとめて来たな……」


 パフェはあとで持って来いよ。そしてキョウコ、チョイスが可愛すぎるだろ。


 更に異世界で和風ハンバーグとかふざけてるのか。注文したの俺だが。


「あああ、ツッコミが追い付かない」


「話は終わりにしてお昼ご飯にしましょう」


 俺達は店内の少ない客達が向ける珍景色を見る視線に晒されつつ、事前情報通り結構イケる食事に舌鼓を打ったのだった。

 ギャラリー達が俺達をどのような目で眺めていたかは、後々判明することとなる。






 演劇とは、セルファークにおいて大きなウェイトを占める娯楽である。

 テレビもないこの世界では文化的な娯楽が少ない。スポーツ系の娯楽は闘技場や現在開催中の大陸横断レース、若者の間で流行りだしたエアバイクレースなど様々あるが、勿論全ての人がそういうことに熱中出来るわけではない。

 そんな人々を夢中にさせるのが舞台であり、華々しい女優男優である。

 あとは読書か。本当に物語という娯楽そのものが少ないのだ。

 故に、俺達が入ったホールには既に多くの客、年若い娘やカップルなどが瞳を輝かせステージをみつめていた。


「演目は……『父を訪ねて三千里』か」


「どんなお話なのです?」


「さあ? 俺もこういうの詳しくないし……でも国境を越えセルファークを席巻! 今世紀最大の感動! って表に書いてあったし、期待は出来るんじゃないか?」


 指定された席に腰掛ける。長時間座っても疲れない、適度な柔らかさの椅子だ。人型機のコックピットを学ぶ課程で人体工学も判るようになった。

 緩く傾斜となった階段状の座席は、ここが演劇専用に設えられた建築物だと示している。

 スタッフ達が窓にカーテンをかけ、舞台がライトアップされる。

 楽しげな音楽と港町を描いた背景から物語は始まった。






 物語はとある国の王都、活気溢れる港町からスタートする。

 主人公は魔族の青年。新たな勇者を暗殺するために送り込まれた手練れだ。

 しかし彼は、とある酒場で働く可憐な少女に恋をしてしまう。


(なるほど、種族を超えた禁断の恋の話か。ちょっと恥ずかしいがデートらしいといえばらしいな)


 更に悲劇は続く。

 その少女こそ、青年が殺さねばならぬ勇者だったのだ。

 ショックのあまりうちひがれる魔族。自分は同族と愛、どちらを取ればいいのだ!?


(おお、面白くなってきたぞ)


『あの子は俺が嫁にする! 魔族なんて滅んでしまえ!』


 魔族が叫ぶ。


(いや、もう少し葛藤しろよ。速攻で裏切ったぞ、盛り上がりが台無しだよ)


『黙りなさい魔族! あの子は私の嫁です!』


 王国の姫が負けじと叫ぶ。


(レズかよ)


 展開がカオスになってきた。


『貴方にはこれがお似合いです。魔族……いえ、犬!』


 呪いの首輪を嵌められる主人公。


『ワンと吠えなさい、犬!』


『わんっ!』


『もっと! 駄犬のように狂ったように!』


『キサマ……あまり調子に乗っていると』


『その首輪には力を封じる力があるのですわ』


『……わん』


『ふはははは、無様ですわね!』


 ~第一部 完~






「ちょっと待て」


 終わりなのか? これで終わったのか!?


「流石は世界中で大ブームの物語ですね、強いメッセージ性を感じました」


「トチ狂ったか最強最古」


 最後は主人公が従属して終わった。この物語を書いた奴はビョーキに違いない。


「やれやれ。今日は第二部もやるそうですし、そちらも見てから判断されてはどうです? 安易な批判は器の小ささを露呈しますよ」


 俺が変なのか?


「まあいい、批評はこれからにしようか」


 釈然としない気分を助長するかのように、休憩時間を終えたホールは暗くなっていった。






 世界征服を目論むお姫様。

 最強最大の戦艦を指揮し、祖国を仲間二人(勇者の少女と魔族の青年)と共に旅立つ。


『私達には足りないものがあります』


『足りないものだらけだ。絆とか、チームワークとか』


(魔族が友情を重んじるなよ、主人公だからいいけど)


『そんなことはどうだっていいのです』


(言い切った!?)


『私達には、魔法使いが足りない!』


 仲間達は皆、武闘派だった。

 姫はさっそく船の舳先を優秀な神官達の住まう、神殿島へと向ける。


『仲間は四人までと決まっているのです! いいですか犬、攻撃魔法だけでも回復魔法だけでもなく、どちらも扱える逸材を探し出すのです!』


 姫の無理難題。しかし、天は悪魔に微笑んだ。


『賢者ゲットですわ!』


『はわわっ!?』


 まだ幼い賢者の卵。純粋無垢な彼女の悲劇はこの日はじまった。


『聞いて下さいな大神官様。この子ったら、法を破ることに協力していましたわ。神官にあるまじきことだと思いません?』


『ふえぇ……』


 騙し、弱みを握り、人々の彼女に対する評価を下げたところで交渉する。

 賢者少女涙目である。


『気にするな。一緒に頑張っていこうぜ、賢者少女』


『優しいのですね、魔族さん……』


 そして生まれる聖と魔の絆、禁忌の愛。

 年齢差二〇〇歳以上の恋愛物語が、今始まった。


 ~第二部 完~






「ちょっと待て」


 勇者はどこいった。しかも主人公ロリコンかよ。


「ううっ、ぐす、いいお話でした……」


 感涙するキョウコ。

 会場はスタンディングオベーションである。

 ドン引きである。

 超ドン引きである。

 なにこの空気。俺が変なの? 俺が例外なの?

 これが大ブームとか、セルファークちょっと変だろ。ビョーキだろ。

 人々は先程までの演劇を楽しげに語り合いつつ会場から出て行く。


「私達もどこかで『父に訪ねて三千里』について話しませんか?」


「話し合いません」


 にべもなくキョウコの提案をあしらうと、聞き慣れた女の子の声が聞こえた。


「あっれー、レーカ君! 君もこれを見てたの?」


 マキさんが駆け寄ってきた。


「マキさん、こんにちは。もしかして会場にいたんですか?」


「いたよ、すっごく感動しちゃった! あ、キョウコ様もいたんだ」


「いましたよ、失礼ですね」


 あれ、知り合い?


「蛇剣姫の修理はいつもフィアット工房ですからね」


「私が小さい頃から来てたよ。おばさんって呼んで泣かせちゃったなぁ」


 やめてあげて、心はつい制服着ちゃうようなヤングだよ!

 と、そこにエアバイクがやってきた。俺の愛機はアメリカンタイプだが、このエアバイクはハーレータイプだ。

 エアバイクから大男が降り立つ。


「待たせたなマキ……って、坊主、とキョウコ様!?」


 マキさんに片手をあげて歩み寄った男は俺に気付き、そしてキョウコを見て、文字通り飛び上がった。

 ご存知、ガチターンである。


「お初にお目にかかります、私はガチターンと申します! この度はお会い出来てとても光栄っつーかサイン下さいファンなんで!」


「別にいいよ、この人にそういうの」


「いいぜガチターン、この人にそういうの」


「いいのですが、なぜ貴方達がそれを断るのです……」


 憮然としてしまったキョウコを宥めていると、ガチターンはどこからともかく色紙とペンを持ち出した。本当にサインを貰うつもりのようだ。


「あまり上手くはないのですが……どうぞ」


「ありがとうございます! 家宝に、いえコックピットに飾っておきます!」


 家族や恋人の写真ならよく聞くが、憧れの同業者のサインって。


「マキさんの写真飾ってやれよ」


「もうやってらぁ」


 さよか。


「ガチターン達はなにしてんの?」


「見て判らんか。デートだよデート」


 こいつも『デート』という単語に羞恥がなくなってやがる。マキさんと付き合っていると色々と感性がズレるのだ。


「傍目から見ると若い女の子といけないことをする変態犯罪者だな」


「るせーよ。人がなんと言おうが俺達はラブラブだ」


 髭面おっさんがラブラブ言うな。ズレが致命的な域に達している。


「そういう二人はなにやってるの? 君達もデート?」


「その……はい」


 頬を高揚させ頷くキョウコ。

 初々しく可愛らしいが、その返答はミスチョイス。


「へぇえぇぇ、そうなんだぁ、だいじょうぶぜったいヒミツにしとくからぁ」


 にまにまと擬音が聞こえそうなほど目を輝かせてるマキさん。

 なんてことだ。宿舎に帰ったら全員に知れ渡っているぞ。


「どっか行け、ほら行けさっさと行け」


 二人の背中をエアバイクに向けて押す。婚約者達は気色悪い笑みのままバイクに搭乗。


「あばよ」


「じゃーねー」


 飛び去る彼らを見送る。

 あれでまあ、お似合いの組み合わせなのかもしれない。いつ挙式をあげるかは知らないが、祝福することにしよう。


「じゃあ俺達も……キョウコ?」


「あ、はい、すいません」


 演劇の看板を見つめてぼうっとしていたキョウコ。まだ心が完全に正気に戻っていなかったか。


「……演劇作家?」


 どうやらスタッフ名の羅列を読んでいたらしい。


「どうしたんだ?」


「……いえ。それより、レーカさん」


「ん?」


「この後の予定は組んでいますか?」


「いや、適当にウィンドウショッピングでもしようかな、って程度だけれど」


「ならお願いがあるのですが」


「お金がかからないことならいいよ」


 ケチくさいと言うこと無かれ。持て余していようとお金は大事なのである。


「かかりませんよ。貴方のエアバイクを貸してほしいのです」


 なんでまた?


「私に適正があるなら、一台くらい所有したいと考えているので。少し貸してほしいのと、レクチャーをしてほしいのです」


「そりゃ、構わないけど」


 まさか俺が最強の天士に指導することとなろうとは。


「じゃあ、一度フィアット工房に戻ろうか」


「はい」






「そういえばさ、なんでツヴェーって共和国領なんだろ?」


 工房への道中。

 広場を通過した際、騎士団の詰め所に掲げられた共和国の国旗を見かけて疑問を抱く。


「ここって帝国の基地だったろ?」


「それは当然、戦争で奪われたからですよ」


「あらら」


 重要拠点を奪われるとは、とんだ失態だな。


「とはいえ、どうやら共和国は銀翼を投入したとのことです。幾ら防衛を固めていようと相手が悪かったのでしょう」


「銀翼一人で基地一つを落とせるのか?」


 そんな無茶な道理が通るのだろうか?


「例えば、私が単独でツヴェー要塞を陥落させることは可能だと思いますか?」


「うーん……」


 キョウコが万全な状態で、一切の油断なく、事前の基地情報を揃えた上で、後方の補給も確保した環境だとしたら?

 ここが基地だったとして、人型機が単独で攻め込むのに想定されるルートは開けた真っ正面か、あとは崖を駆け降りるかだろう。どちらにしろ困難な作戦だ。

 だとしても、それでも尚キョウコだとしたら―――


「一〇〇機くらいは切り捨てそうだな」


 群がる敵機や砲弾の全てを切り捨てる、そんなビジョンが浮かんだ。


「はい、作戦次第では可能です。銀翼、シルバーウイングスは戦略すら覆しかねない戦力であり、国家の切り札としての側面すら有しているのですよ」


 歩く戦略兵器か、おっかねぇ。


「私にあれだけ食い下がった貴方がそれを言いますか。レーカさんとてシルバーウイングスの一つ下、トップウイングス以上の操縦技術は持っています」


 確か以前ゼェーレストにやってきたギイハルトがトップウイングスだったっけ。

 前回彼に勝てたのはギイハルトが戦闘機天士であり、人型機の操縦は専門外だったからだ。

 本当に今の俺に、トップウイングス級の力があるのだろうか。


「貴方は銀翼の名の重みをよく理解していないように思えます。私としてはそれは嬉しいことなのですが、人々が銀翼に抱く感情の影響力を軽視してはなりませんよ」


「……覚えとく」


「実感出来ないのであれば、今はそれでいいです」


 ちなみに、とキョウコは人差し指を立てる。


「なんでもツヴェー渓谷を陥落させたのは、赤い翼の飛行機だったそうですよ」


「ふぅん……赤い翼?」


「ええ、紅翼(せきよく)の名で知られる伝説の天士。その名も―――」


「さあ行こうかキョウコ、エアバイクが待ってるぜ!」


 彼女の手を引き駆け出す。


「ちょ、ちょっと!? まだ話の途中「ハハハ、聞こえない聞こえなーい」」






 エアバイクを工房対面の倉庫から持ち出し、後ろにキョウコを乗せて移動する。

 彼女の長い髪はプロペラに巻き込まれたら一大事なので、三つ編みにして先端を腰の辺りに固定した。


「長い髪のまま乗れるバイクは作れませんか?」


「魔力量に自信があるなら魔力式ジェットエンジンに換装するのもありだ。いや、お金があるならクリスタル内蔵すればいいか」


「技術的に可能なら何故やらないのです?」


「値段が高騰する。お手軽がコンセプトのエアバイクには合わないし、それをやると小型級飛宙船と変わらない。あとは小回りが利かなくなるな。ジェットエンジンでは出力調節にタイムラグが発生する」


「なるほど、欠点ばかりですね。多少面倒でも性能重視で考えましょうか」


「その辺は使用用途次第だな。クリスタルと高性能のエンジンを装備すればある程度の融通は利く。……クリスタルといえば」


 まだキョウコに訊いていないことがあったな。


「あのクリスタルはなんなんだ?」


「どのクリスタルですか?」


「蛇剣姫に搭載されている、あれだよ」


 蛇剣姫の修理を行った際、俺はクリスタルを目視で確認していた。

 通常機の三倍の出力を発揮してみせた蛇剣姫のクリスタル。それがどのような物か気になったのだ。

 胸部ハッチから機内に潜り込んだ俺は、『それ』の小ささに拍子抜けしてしまった。

 とても小さなクリスタル。

 今まで見てきた人型機搭載用のクリスタルとは根本的に異なる、小石のような結晶。

 あんな小さなクリスタルが、あれほどの高魔力を発現するとは俄には信じがたい。


「あれは神の涙、その欠片ですよ」


「神の涙?」


「教国で保管されている、超高出力クリスタルです。あの国の国宝ですね」


「教国?」


「……教国を知らないのですか?」


「む、不勉強なもので」


 知らないと恥ずかしいレベルの常識なのだろうか?

 でも仕方がないだろ。俺、地球出身だし。


「それを差し引いても常識です」


「うへー」


「教国とは共和国と帝国の間にある小さな国ですよ」


「間? 昔戦争したのって共和国と帝国だろ? 教国を跨いで戦ったのか?」


「言い方が悪かったですね。三つの国家はどれも、他の二つの国と接しています。ですが教国は世界地図でも端に位置しているので、実質二つの大国は隣り合っています」


 戦争してても知らんぷり出来る位置か。とはいえ戦争中は流石にピリピリしていただろうな。


「教国は世界最古の国家と呼ばれ、唯一神セルファークを敬神する宗教国です」


「崇めたらリターンあるの?」


「あると思いますか?」


 神が介入するのは人類の危機にのみ、だったな。

 個人に肩入れしないよなぁ、そりゃ。


「信じる者は救われる、です」


「人はそれを詐欺という」


 救われない=信じる心が足りない、だし。


「でもよくもまあ、秘宝の欠片なんて入手出来たな」


「長く生きていれば機会もあるものですよ。と、エアバイクの練習はこの辺がいいのでは?」


 昨日キョウコと出会った森に着地。


「それじゃ、頑張って。まずは地面を走れるようになることだ」


「はい」


 キョウコを一人で乗せ、俺は岩に腰を降ろす。

 よく考えたら自転車をすっ飛ばしてバイクって意外と難しいな。エアバイクは巨大で重量も半端ないし。


「と、っと、っと、これって、浮遊装置なしで直進出来るのですよね!?」


「慣れないうちは装置に引っ張ってもらって練習するのもいいと思うよ。重心より上に浮遊装置は配置しているから起動させとけば勝手に立つ」


 四苦八苦しつつもなんとか真っ直ぐ走れるようになる。


「次は飛んでみようか。といっても飛宙船と変わらないから、そう難しくはないよ」


「……あの、後ろに乗ってもらえませんか?」


 なんで?


「判らないことがある度に地上に降りるのも非効率的でしょう」


「ま、確かに。それじゃあ失礼します」


 後部に跨がる。

 ……彼女のお腹に手を回さなければならないわけだが、ここで悪戯心が芽生えてしまうのが俺が俺である所以である。


(つい間違えたと言う定で、胸を鷲掴みにすべきだろうか?)


 実行したところでキョウコはさほど怒るまい。それに俺は子供だ。つい悪戯しちゃったって仕方がないんだもん☆


(だ、駄目だ! 俺は紳士なんだ! それに前回、似た状況でソフィーに手を出そうとして酷い目に遭ったじゃないか!)


 俺は学習する男なのだ。

 そうだ、ふふ、こんな脂肪の塊に惑わされる俺ではない!


「…………。」


「どうしました? 早く掴まって下さい」


 鷲掴んでみた。


「きゃああぁ!?」


 揉んでみた。


「おおお、柔らかい―――ノーブラ?」


「やっ、やめなさいっ!」


「ぐは」


 肘鉄砲を額に入れられた。


「なにをするのですか!」


「いや、ついうっかり」


「そんなうっかりがありますか!」


「子供だし」


「中身はどう見ても大人でしょうが!」


「生き別れた母を思い出して、つい……」


「なんですかその適当な言い訳!? ……はぁ、もういいです」


「触っていいの?」


 怒気が陽炎のように揺らめいた。これ以上はまずい。

 黙って腰に手を回す。これはこれで温かくていい匂いだ。

 さっきあんなことを言ったからか、地球の親を思い出しそうになった。

 不意に沸き上がりそうになった涙を堪える。


「訂正します。貴方は子供です」


「大人だし」


 それ以上の会話もなく、俺達はツヴェーの空へと駆け昇った。






「キョウコってさ。エロいこととか経験ないの?」


「な、な、な」


 ふらふらとエアバイクの機動が乱れる。


「……いい加減にしなさい。私をからかって楽しいですか?」


 うん楽しい。……じゃなくて。


「ふざけた意味ではなく、さ。一度もそういう深い仲になった人は四〇〇年間いなかったの?」


「……随分と遠慮なく踏み込みましたね。でもいいです。ここなら誰も聞いていませんから」


 ツヴェー渓谷上空、約一〇〇メートル。

 四方を空虚に包まれた、解放された密室での秘密のお話。


「踏み出せなかった、というのが正しいです。誰か大切な人を得てしまって、死に別れる勇気は私にはない」


「四〇〇年間なにやってたの?」


「なにをしていたか、ですか」


 人を究極的に子孫を残すことを目的とした動物であるとすれば、その目的を放棄したキョウコは何を目指して生きてきたのだろう。


「正直解りません。ただ、堕落に耽り立ち止まることだけはしなかった。足を止めてしまえば、それこそ心が死に絶える気がしたから」


 キョウコの背中が微かに揺れる。


「大丈夫ですよ。私はこうして、人との出会いを喜び笑うことが出来る。なら、もうしばらくは大丈夫です」


 それは、あるいは俺を安心させる為の悲しい嘘なのかもしれない。

 ただ、俺には確かに彼女が笑っている気配を感じ取った。


「私はハイエルフとして生まれた。だから、心構えをする猶予はあったんです」


「ん?」


「ですが、もし常人が大切な人を得た後に永遠の命となったならば、その時に魂がどうなるかは判りません」


「……なんの話だ?」


「すいません、忘れて下さい」


 言葉を返そうとして、急に体に掛かる重圧が増した。

 体が重くなり、呼吸に詰まる。キョウコが前触れもなくループを開始したのだ。

 遠心力によってバイクとキョウコの背中に押し付けられる。アクロバット飛行に慣れていない俺は現状把握で精一杯。

 上下逆さまなツヴェーの景色。ループの頂点?

 (重力)で苦しいというより突然の状況に混乱した側面が大きいが、ともかく俺はキョウコに先の話を問い詰めるタイミングを失った。

 周囲の情景が正しい角度に戻り、エアバイクはゆるやかに着地する。


「なにすんだ!?」


「貴方は昨日私に訊きましたよね。なんでハイエルフなんて存在が生まれるんだ、って」


 キョウコはバイクを飛び降り、数歩離れる。

 その小さな背中からは、特に感情は読み取れない。


「四〇〇年間で学んだことなど、そう多くはないのです」


 そう呟く少女は、どれだけの時間を一人で過ごしたのだろうか。


「ハイエルフがなぜ生まれたのか。それを一番知りたいと思っているのは、私なのかもしれません」


 固定していた髪の毛、その先端を外す。

 しなやかな黒髪は、自らの弾力で自然と解け扇のように広がった。


「今日はこの辺でお開きにしましょう」


「お、おう」


 なにか怒らせてしまっただろうか?

 こちらに振り返るキョウコ。その表情は予想に反し穏やかだった。


「怒っていませんよ。むしろ、今日はとても有意義な一日でした。明日もまた会って下さるのですよね?」


「ああ、キョウコさえよければだし、仕事があるから今日ほど時間は確保出来ないけれど。あと、人型機の訓練とかしてほしかったり」


「そうでしたね。若輩者ですが勤めさせていただきます」


 イヤミレベルの謙遜である。


「明日は私が迎えに上がらせていただきます。エアバイクの注文をしたいので、工房の方がなにかと都合がいいでしょう」


「そうだな。じゃあ六回目の鐘が鳴る頃に来てくれ。一段落着く時間帯だから」


「解りました。では、……その、また明日」


「おうまたな、って送るよ」


 女性を一人で帰しては男の名折れだ。


「いえ、髪を解いてしまいましたし。少し散歩して帰ります」


「そうか? 気をつけてな、あまり遅くなるなよ」


「ふふっ。はい、そうします」


 踵を返し姿勢正しく歩み去る彼女を最後まで見送り、俺もバイクに跨がった。

 これにて、俺の休日でぇとは閉幕である。








 次の日も俺達は時間を共にした。

 その次の日も、その次の次の日も。

 意味もなくブラブラと食べ歩きをしてみたり、人型機で試合をしたり。

 彼女の案内で穴場の観光名所を巡ったり、生身での戦闘訓練をしてみたり。

 訓練とデートを相互に繰り返し、奇妙な親睦を深めていく。

 キョウコの服は日替わりで、チャイナドレスの時もあればリクルートスーツの場合もあったりと、お前その服どこで調達したんだと問い詰めたくなるほど統一性がなかった。

 彼女の中で日本的なサブカルチャー精神が芽生えているのではないかと若干危惧している。

 ある時キョウコがショタコンではないかと噂が立ったが、俺は彼女の弟子だと誤魔化した。完全な嘘でもない。

 後のキョウコの調査によれば、噂の発端は休日デートで寄った酒場の客の目撃情報だったそうだ。あいつら禄なこと話していなかったな。

 彼女以外の出来事といえばヨーゼフ氏の冒険者コンビが旅立ったことくらいか。シールドロックに挑むとのことで、危なくなったらすぐ退くよう強く念を押しておいた。

 そして、ある日。

 俺はカストルディさんにこう言われた。


「おめぇよ、いつまでこの工房にいる気だ?」


「……え? 俺、もしかして厄介者?」


 実は邪魔な存在で、空気読まずに疎まれていた?

 ショックのあまり眩暈がする。俺ってそんな立場だったの?

 マキさんがカストルディさんに跳び蹴りを放った。


「なにしやがるんだ!」


「お父さん! レーカ君に謝ってよ!」


「ん? ああ、いやそういう意味じゃねぇんだ! スマンスマン!」


 誤解らしい。心臓に悪いからやめてほしい、そういうの。


「お父さんはガサツというか、ちょっと無神経過ぎるんだよ! そういう人は最終巻あたりで見ず知らずの人に刺されて死ぬんだから」


 解るような解らないような?


「そ、そこまで言うかぁ?」


「レーカ君のさっきの顔、見た!? 見た上でそんなこと言ってるの!?」


「気にしてないので親子喧嘩しないで下さい」


 むしろ周囲に騒音被害だ。


「決めた! 私、まだお嫁に行かない! お父さん一人だと生活していけない!」


「ちょ、お前せっかくお前みたいなチンチクリン貰ってくれる奇特な人間が居たっていうのに、人生最後のチャンスを棒に振るんじゃねぇ!」


「ニャンだとーっ!」


 いいから本題入れ。

 俺の苛立ちを察したのか、ようやく話題が本来の路線へと回帰する。


「ナスチヤがゼェーレストに帰る時に言ってたじゃねーか。『収穫祭までに戻ってこい』って」


「ああ、そんなことも言っていましたね」


「ゼェーレストの収穫祭って、明後日じゃなかったか?」


「…………リアリー(マジっすか)?」


「―――イエー(マジっすよ)








 翌日、俺は多くの仲間や友人に見送られエアバイクでツヴェーを発つ。

 突然の旅立ちにお別れ会を開いてくれた技師達。

 妙に動揺しつつも悲しんでくれたキョウコ。

 それと、旅立ちの朝に偶然見た、メカニックとして鮮烈に印象に残ったある光景。

 様々なものを学び、俺は帰路に就く。

 一路、目的地は原点の地ゼェーレストである。



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