例の彼女と休日でぇと
三機の人型機が立ち並ぶ姿は、中々に壮観である。
「終わったぁぁ……」
朝から始めた風船花・ヨーゼフ機・蛇剣姫の改修がようやく全て完了したのだ。
「ほ、骨がばきばきする」
身体強化していたとはいえ重労働には違いない。せっかく俺を指定してくれたのだから期待に応えようと丁寧な仕事を心掛けたせいもあって、少し時間がかかってしまった。それでも破格のスピード作業だと自負するが。
「終わったのか、片付けたら今日はあがっていいぞ」
「うーっす」
テキパキと工具を片付けて井戸で顔を洗う。仕事は遅々として進まず、されと帰宅の準備はテキパキテキパキ。それが社会の真理。
まだ働いている職人達に挨拶しつつ、工房のゲートを押して外へ出る。
「あー、もう外は少し薄暗くなってるな」
夏至を過ぎ町が闇に包まれる時間も最近は心なしか早くなっている。暑さもじきに和らぐだろう。
門から一歩踏み出せば音が消えた。
違う、小さくなったのだ。都会の喧噪も工房の喧しさには適わない。なので静寂であると錯覚してしまったのだ。
町のざわめきも、すっかり日常となってしまっている。ゼェーレスト村に戻れば更にもう一段階静かなことに驚くことになりそうだ。
ふらりとストリートに出てきたものの、予定は特にない。仕事を要領よくこなした結果で降って沸いた余暇なので、まったく使い方を考えていなかったのだ。
真新しいフィアット工房の看板の下で暫し悩む。
老舗なのになぜ真新しいかといえば、一〇年前に移転してきたから……ではなくカストルディさんが暇を見つけては作り直すからである。
なんだろうあれ、看板作りが趣味なのだろうか。
昨日作られたばかりの看板を眺めていると、ふと答えを得た。
「そうだ、他の技術屋を見学してみよう」
フィアット工房は人型機、戦闘機を中心に扱う工房だ。
しかし世の中の技術はそれだけではない。人間用の武具を作る鍛冶士、飛宙船を製造する造船所など様々な技術者がいる。
前者も興味深いが、男は基本的に巨大が正義なので造船所へ行くことにしよう。
俺専用のエアバイクをガレージから引っ張り出す。オリジナルモデルを職人達が面白半分に改造しまくった、魔力馬鹿食いの欠陥機である。
「なんで男は兵器に欠陥を求めるの、っと!」
スターターロープを引く。
可愛い女の子と強力な兵器は似ているかもしれない。ちょっとくらい欠点(欠陥)があった方が可愛い(格好いい)のだ。
バイクに跨がり各パラメータに目を通す。問題がないことを確認し、アクセルを捻る。
造船所はツヴェー渓谷の地下にある。元々は軍事施設だったこともあり、上空から見下ろしてもどこにあるか判らない。
谷の岩壁に巨大な横穴があり、基本的にここから船は出入りする。内部には広大なドックが存在し、大型級飛宙船ですら多数収容出来るそうだ。
まるで秘密基地といった趣だ。実に楽しみである。
「というか、実際に秘密基地か。ツヴェーそのものが帝国軍の最前線の秘密補給基地だったんだし」
首にかけておいたゴーグルを装備。造船所の近くまでは路面を走行する。
エアバイク制作当初は物珍しさと技術的好奇心の籠もった視線になんとも落ち着かないツーリングであったが、今ではほとんど俺を気にとめる人はいない。時々余所から来た冒険者がガン見してくる程度だ。
工業の町だけあって、エアバイクはフィアット工房の正規品から粗悪な類似品まで多くがあっという間に出回った。この町だけではなく、少しずつ他の土地でも使用され始めているらしい。
市場に出回っているのはほぼフィアット工房製、あるいはライセンス生産された同型機だ。
ライセンス生産とは他の工房が許可料を払い、開発元の製品と全く同規格の製品を作ることだ。パクリ、盗用ではないので法的にも問題なく、優秀な製品であれば許可料を上回る収益を得られると利点も多い。問題もあるっちゃあるが。
能力を認められたエアバイクは需要が急拡大、需要に供給を応えさせる為に早々とライセンス生産許可へと踏み切った次第である。
ぶっちゃけ枯れた技術の水平思考なので、漏れて困るノウハウも大してないし。
というわけで、俺のお小遣い帳は夏時期の蛾かGの如く絶賛数字が増殖しているわけだが、ちょっと怖い領域まで〇が増えだしたので俺はなにもミテイナーイ。
セコい工房は安かろう悪かろうな類似品を売り出したが、この渓谷でアイディアをパクるのは御法度であり周囲から相当叩かれたとのこと。技術者だけあってやはり矜持を持っている。
作る側の者達は驚きこそすれ新たな技術に貪欲な変態共なのでどうでもいいのだが、使う側では少し混乱があった。
特に大変だったのが、人々の治安と安全を守る騎士団の方々だ。エアバイクに関する諸々の整備に突如として追われる羽目になったのである。
新たな航空機の出現に、騎士達の兵舎は規律の制作や安全管理でてんやわんやだったらしい。すまん。
あんまり忙しそうで少しだけ申し訳なかったので、自腹で何台かエアバイクを寄贈した。懐には余裕があるので大盤振る舞いである。
治安を守るバイクに跨がった騎士。白バイならぬ騎士バイの誕生である。
いや、誰もそう呼んでいないけど。
まあ小回りが効いて便利そうだと好評なのでよしとしよう。
そろそろ造船所付近だ。浮遊装置を作動、前輪を浮かべる。
駆動をギア比が極度の高速回転、低トルクとなるジャイロモードへ切り替えてハンドルを手前に引く。
プロペラを始動すると、エアバイクは昔の宇宙人映画の如く上昇した。
「飛宙挺用のロープに引っ掛からないように気を付けないと」
何度か谷を横切る飛宙挺のロープに引っ掛かる事例が報告されている。機体が小さいことでかえって変な隙間を通り抜けようとする奴がいるらしい。
あれか、水溜まりを見ると飛び込みたくなるようなモンか。
「まったく、ガキじゃあるまいし安全第一で乗れよな」
ロープの間をスラローム飛行しつつ唇を尖らせる。
後ろから「真っ直ぐ飛べバカヤロー!」という怒声。またどこかのアホが危険飛行したらしい。やれやれだ。
ドッグ出入り口の横穴の高さまで上昇した。
「でけー」
大型級がすっぽり入れるのだ、小さいはずはないのは解っていたが……実際目の当たりにすると存在感が凄まじい。まるで魔物が大口を開けているかのよう。
キューンと加速しトンネルを抜ける。すぐに大空洞へと飛び出した。
「すっげーでけー」
ここはあれか。アリの巣か。
さながら俺は巣に迷い込んだノミだ。
様々な飛宙船が鎮座する巨大空間。一隻一隻のサイズは一〇〇~三〇〇メートル、中型級と大型級を造っているのか。
闘技場もべらぼうに大きな施設だったが、こちらはそれ以上だ。四方それぞれ一キロメートルは下らないだろう。
地下の割に結構明るい。魔法の明かりもあるが、しっかり日の光も取り込める工夫がされている。
天井は鉄骨を格子状に組んだ作りだ。そこに植物を生やして覆っている。
下から見ればそれなりに光が降り注ぎ、上空からは植物が生い茂っているだけに見える。なにも戦後までカモフラージュを維持しなくたっていいだろうに。
「雨の日とかどうするんだろ」
「あそこを見な、あそこ」
独り言に返事があった。
小型級飛宙船に乗ったオッサンが天井を指さしている。
巨大な一枚布が天井の端でトイレットペーパー的に巻き納められている。
「天気が悪くなればあれで上を覆うんだ」
「大変だなぁ」
「流石に人型機に乗ってでかいクランクを回すからそうでもないさ。お前さんは何かここに用事か?」
「あー、見学とかって出来ますか?」
危険な場所なので駄目ならすっぱり諦めよう。
「いいぜ」
「いいの?」
「事務所で確認してからな。着いて来い」
「こちらが大型級用のレシプロエンジンです。このサイズのエンジンを一つのクリスタルで稼働させるのは不可能なので、多数のクリスタルから供給される不安定な魔力で安定して動くように工夫されています」
「工夫、ですか?」
「その通りです。ご存知の通り、一つの機械に一つのクリスタルが魔法機械の基本。ですが、小さなエンジンを船に何百も積んでいては整備性がとても悪くなります。そこで開発されたのが、中型・大型級飛宙船の動力用大型レシプロエンジンなのです」
レシプロエンジンとはシリンダーの並んだ、自動車などに採用されているエンジンだ。地球ではジェットエンジンよりよほど見かける機会が多い。
「シリンダー一つにクリスタル一つ。この方式を採用することで、整備性・耐久性は格段に向上しました」
「なるほど、中型級以上の飛宙船がプロペラで動くのは、このエンジンに合わせた結果なのですか」
小型級飛宙船が大抵ネ20エンジン、つまりジェットエンジンだったので不思議ではあったのだ。
「そういうことです。また、飛宙船は理論限界上時速一〇〇キロ以上出せません。なので低速における粘りの強いプロペラの方が、ジェットエンジンより適していたという理由もあります」
「それでもそれなりの数のエンジンを積んでいるんですよね。極端な大型化は難しいのですか?」
「そうですね、しかし大型級のエンジンをオーバーホールするのは容易なことではないので、業界では異常が発生してから整備を行うオンコンデイション・メンテナンス方式を採用しています。なのでエンジンが一つや二つ停止したところで問題なく運行出来るように、リスクを減らすという思想なのです」
「なるほどなるほど」
巨大なレシプロエンジンを前に事務員の女性に説明を受ける。
どれくらい巨大かというと、どう見てもプロペラ径が人型機の身長より大きい。まるで海上船のスクリューだ。
「なにか質問はございますか?」
「えっと、結構しっかり見せてもらってますが、いいんですか?」
「と、いいますと?」
首を傾げる事務員さん。
「アポイントもなしに来たのに丁寧に案内してもらって、申し訳ないというか」
事務所に通された俺は見学を快諾され、事務員さんの案内までしてもらうという好待遇だった。俺なんかにおべっか使ったって意味はないし、純粋に厚意なのだろう。
「お気になさらず。見学者のご案内も我々の業務です」
仕事っすか。
「実を言えば、ここに見学を申し込んでくる方は多いのです。さすがに個人は珍しいですが」
「そうなんですか?」
「ええ、これほど大規模な造船所は珍しいですからね。皆さんスケールの大きさに驚かれていきますよ」
その顔を見るのが我々の密かな楽しみなんです、とちょっと失礼なことを宣う女性。俺を和ませる冗談かもしれないが。
「これで一通りのご案内を終えましたが、他に気になる場所はございますか?」
「いえ、ありがとうございます。とても勉強になりました」
予想していた以上に詳しく見れたので、俺としては大満足である。
「これはお土産のツヴェー造船饅頭です」
「ど、どうも」
なぜ饅頭。
「お忙しいところをありがとうございました」
「業務なので仕方がありません」
にっこり笑顔で言わないで! どこまで本気か解らない!
俺は造船所を後にしてバイクで空へと昇った。
渓谷の町明かりは上から見るとまるで天の川だ。天の川といえば恋人同士の織姫彦星だが、この天の川には代わりに飛宙船のライトが瞬いている。
「天の川に寄り添う蛍の光、ってな」
エアバイクに横乗りし、エンジンをカットして浮遊装置だけでフワフワ浮かぶ。
静寂と風音の中、この景色をつまみに饅頭を食うのは中々にオツだ。
宿舎に戻るには少し惜しい。知らなかったツヴェーの一面を見れて、少し興奮気味。
「もっと早く見学しとくべきだったか。いや、下積みがあったからこそ造船所の技術もより理解出来たわけだし、うーん」
船を造るのも楽しいかもしれない。でも最近は飛行機成分が足りない。人型機、格好いい。
うーん、と唸っていると景色が流れていることに気付いた。
「そりゃ風で流れるよな」
饅頭の箱をエアバイクの保管スペースに放り込む。
場所を変えて一杯やり直そうか。饅頭で。
「―――ん?」
……歌?
歌声が聞こえる。
どこからか風で運ばれてきているのだろうか。
耳を澄ますと解析魔法が発動した。大気中の振動から位置を特定。あっちか。
森の中、一際大きな木の枝の上に誰かが立っている。
ちょうど風はそっちに流れている。エアバイクの上で暫し漂流していると次第にその人物の顔がはっきり見えてきた。
「あれは……」
俺の呟きに反応したかは定かではないが、彼女の閉じられていた瞼が開く。
艶やかな足首まで届く黒髪。
黒水晶の如く澄んだ、あるいは無機質ともとれる瞳。
女性らしい起伏は乏しいながらも、一〇人いれば一〇人が美しいと答えるであろうプロポーション。
どこか妖精を連想させる独特のミニスカ浴衣を着た、尖ったお耳のスレンダー美女。
「キョウコ……?」
「貴方ですか。こんばんは」
試合の後で顔を合わせることとなった、最強最古の蛇剣姫を駆る天士だった。
「こんばんは。歌ってたみたいだが邪魔だったか?」
「いいえ、大丈夫です。むしろ、貴方とはゆっくりと話してみたいと思っていたのでいい機会でしょう」
そう言い枝に腰を下ろし、隣をポンポンと叩く。座れということか。
幹の近くにエアバイクを着地させる。枝だけで太さが一メートルはあるので、浮遊装置を解除してもそうそう折れないだろう。
念の為バイクをチェーンで固定してから座る。なるほど、ここはツヴェーの夜景が先程とはまた別の角度から覗けるのか。
「饅頭食べる?」
「戴きましょう」
二人の間に箱を置く。
「あれ、白餡だ」
「こちらはうぐいす餡です」
肩を並べて饅頭を頬張る。
隣は俺よりはお上品にはむはむと少しずつ。
そうしてお菓子を食べていると、彼女も普通の人なんだと思えてくるから不思議だ。
「……なんですか?」
「お、おお、すまん」
ジロジロ見てしまっていたらしい。
「解っています。訊きたいことがあるのでしょう?」
なにか勘違いされた。訊きたいこと、ねぇ。
確かにある。それも色々と。
俺達は互いをあまり知らない。闘技場の控え室でいきなり修理の依頼をされ、打ち合わせが終わったら即退室である。これで人となりを把握出来るはずもない。
知り合いレベル。質問どころか、自己紹介から始めねばならない域だ。
いきなり本題に入るのは性急というものだろう。ここは気の利いた質問を選ばねば。
「えっと、その……」
「はい」
ドンと来い、と言わんばかりに無い胸を張るキョウコ。
な、なにを訊けばいいんだ?
「その長い髪、どうやって洗っているんだ?」
「……なんですか、その質問?」
しくじった。
「髪を全部前に垂らして洗います。あとは頭の上にタオルで纏めておくんです。むしろ洗うより乾かす方が大変ですね。完全に乾かすとなると面倒なので適当に切り上げますが」
しかも事細かに教えてくれた。
「なんでそんな質問を?」
「単純に気になっていたのと、相互理解の為に必要かなって」
「相互……理解? 私とですか?」
「この場には俺とあんた以外にいないだろ」
さっきから最古最強とタメ口だけど、いいのかな。
基本美人には丁寧語の俺だが、なぜかキョウコには慇懃な言葉使いをする気にはなれなかった。ガイルと同じでなんか寂しそうだもの。こいつ友達いない。
それに立場的には対等なはずだし、これでいっか。
「変な人ですね。私を理解したいなどと言う人は初めてです」
「そうなのか? そんだけ美人で男に言い寄られたりしないの?」
「びっ、美人!?」
そこ?
「美人だなんて、なにを! いいですか君、女性にそういうことを軽はずみに言ってはいけません!」
顔を真っ赤に染めるキョウコ。この人容姿を褒められたことないの?
「それに殿方に言い寄られるなんて……ありえません、こんな色気のない女に」
沈痛な面持ちで自分の体を見つめる。スレンダーだがゼロでもないだろうに。
「色気だってあると思うが」
服が体のラインに密着したデザインなので、しなやかな曲線が中々に色香を放っている。個人的な趣味だがソックスとスカートの間の白い太股も結構エロい。
「あまりからかうなら怒りますよ」
「からかってない。俺は美人には美人と言える男を目指しているんだ」
「……はぁ、もういいです。次の質問は?」
「その前に、あんたは俺に訊くことはないの?」
「なんのことですか?」
きょとんと目を瞬くキョウコ。本気で解っていないようだ。
「俺はレーカ。真山 零夏だ。ゼェーレスト村に住んでいてツヴェーに修行に来ている」
次はあんただと指さす。
「あ、あぁ、なるほど。名前ですね? でも私のことは知っているのでは?」
「大して知らないし、本人からされるものだろ自己紹介は」
「……道理です。私を知らない相手に会うことは滅多にないので、そんなことも忘れていました」
襟元を正し、俺と向き合う。
「自由天士のキョウコです。以後、お見知り置きを」
「はい宜しく」
握手。細くて柔らかい手だ。
「キョウコって、なんだか日本人みたいな名前だよな」
顔立ちは欧米系だが、麗しい黒髪はやはり故郷を連想させる。
「日本人ではなくハイエルフです。博識ですね、日本を知っているとは」
「え、日本判るの?」
「それなりに長生きをしているので」
答えになっていない。それと、やはりエルフは長寿なのか。
「アナ……こっちの物知りな人も異世界に関しては判らなかったのに」
「……ふむ。あまり現状がよく判っていないようですね」
「どういう意味だ?」
「この話は終わりにしませんか?」
そんな殺生な。気になるじゃないか。
「私達ハイエルフには秘密にしなければならないことがあるのです。次の質問をどうぞ」
「……じゃあ、解析魔法を知っているのか? 戦闘中に気付いていたみたいだが」
「秘密です」
「…………俺の魔力量に関してもなにか言ってなかったか? 『まさか、貴方は!?』とか」
「秘密です」
なにも答える気ねぇよこの人。
「なら……神は?」
あの試合以来、どうもロリ神が気になる。
てっきり俺に宿ったのは神様パワーなチートと思い込んでいたが、この力にキョウコは心当たりがあるらしい。
ロリ神に悪意があった、とは思いたくはない。あの時俺は彼女を信じると決めたのだ。今更反故にするのは自分自身が許さない。
でも、あるいは何かしらの目的があったのではないか、とも考えてしまうのだ。
あの時、神は言った。異世界へ俺を送るのは自分の都合だと。
適当に聞き流すべきではなかったかな。いや、あれ以上追求しても困らせるだけか。
彼女からは本当に申し訳なさそうな感情が伝わってきていた。俺はそれが演技ではないと信じる。
「神ですか?」
「ああ。俺をセルファークに送り込んだ張本人だ。なんというか、目的とか知らないか?」
「大それた質問ですね。神の意志を知りたいなどと」
「あいにくほぼ無宗教な国で育ったんでな。で、どうなんだ?」
「どうなんだ、と言われましても」
困ったように眉を八の字にする。
「この世界の神の目的は、究極的に人々の生存です」
生存、か。
「一〇年前の戦争は? 神なら止められなかったのか?」
「超越者があまり人に介入していたら、そのうち人類は怠けて壊死しますよ」
ありがたいやらスパルタやら判らんな。
「神が介入するのは人という種が滅びかねないような事態のみです。戦争とて、昔から幾度となく繰り返された人の在り方の一面でしかありません。人は、争い成長する種族です」
「良くも悪しくも神様だな。なんとも客観的だ」
種の保存。最終的に人類滅亡さえしなければ殺し合ってもOK。そんな基準である。
ロリ神からは人間らしさを感じたが、イメージが食い違うのはなんなのだろう?
「貴方は神と会ったのですか? どんな姿でした?」
「たぶん、小さな女の子」
光の輪郭だったが、背格好や声からはそう判断出来る。
「なら本物かもしれません。唯一神セルファークは、確かに女の子の姿です」
「ふぅん」
まあいい。神に関しては一旦置いておこう。
「最後の質問だが、ハイエルフってどんな種族だ?」
セルファークには多種多様な種族が存在する。俺が出会っただけでも、人間、獣人、ドワーフ、エルフ、そしてハイエルフ。他にも色々いるらしい。
「ハイエルフとは他の種族とは一線を画する存在です。人々は両親を持ちますが、ハイエルフは自然発生します」
「……人間が自然発生?」
思わずキョウコをじろじろ見る。
「そうです。我々は人という枠組みより世界に近い存在、人の形を持つ自然現象です」
水の精霊とか火の精霊とか、そういうのだろうか?
「またなんでそんなものが生まれるんだ?」
「我々は世界の『目』です。そして『口』であり、『手』である。それでいて、確固たる『個』を有しています」
……ごめん。全然わかんなーい。
「ハイエルフは滅多に発生しないことから、世界的に珍しい種です。精々一〇人程度しかいないでしょうね」
確かにハイエルフはキョウコしか出会っていない。
外見上の違いは耳の形だ。エルフよりハイエルフの方が長く尖ってる。
「えっと、そういうのもいいが……エルフらしく弓が得意とか、ベジタリアンですとか、寿命は何年とか、もっと身近なことが知りたいな」
「……相互理解ですか?」
なぜその言葉を蒸し返す。
「どちらもハイエルフという種ではなく私個人に関する質問だったので……なるほど、人に興味を持たれるとはこういう感覚ですか。どこかこそばゆいですね」
高揚した頬を照れ気味に掻く。俺の中のこの人の評価がどんどん変人カテゴリーに近付いていく気がする。
「得意な武器はご存知、長剣です。食事の好き嫌いはほぼありません。寿命は半永久ですが、私は……大体四〇〇歳になります」
「四〇〇年!?」
まさに桁違い。日本では織田信長が「猿が裏切るとかないわー。ひくわー。でも猿呼ばわりはちょっと酷かったかなー?」とかやってた時代だ。
『大体』の部分で鯖を読んだようだし、実際は更に長いのだろう。
「えっ、じゃあエルフもそれくらい生きるの?」
「いいえ。エルフはハイエルフと人間のハーフ、或いは更にその子孫であり、人間より少し寿命が長い程度です」
それでも一〇〇年は平均して越えますが、と付け加える。やっぱ長寿だ。
ハイエルフの血を引くのがエルフか。ならば定番のハーフエルフなる種族は存在しないのだな。
「一応説明すると、人間も獣人もドワーフもほぼ同じ程度の寿命です。あと長寿の種族といえば吸血鬼でしょうか」
バンパイアとな。魔物ではなく人型種族の一つなのか。
「これで質問は終了ですか? なんだか奇妙な質疑応答でした。あまり自分の置かれた状況に興味がないのですね」
「まあ、現状に不満があるわけでもないしな」
訊くべきことはまだあるのかもしれないが、別に急を要する状態でもない。必要な時に訊けばいいさ。
「そういえばあんた……いつまでもあんたは失礼だな。キョウコって呼んでいいか?」
「構いません。な、なら私もレーカと呼んでいいですか?」
「いいよ。キョウコはいつまでここにいるんだ?」
「ツヴェーにですか?」
頷く。連絡先くらいは交換したいものだ。
「まだ暫く滞在するつもりですが。蛇剣姫の修理も終わってないですし」
「いや終わったけどね」
「そうなのですか? どちらにしろ休暇を取るつもりだったので、一週間はいますよ」
一週間か。どうせ友達はいないだろうし、ぐーたらしているだけだろう。
「ならまた……明日も会わないか? キョウコとももっと話したいし、よければだが人型機の戦闘を教えてほしい」
「ま、待ち合わせですか。友人みたいです」
「友人だろ」
こういう友達いないタイプって友達の定義に無駄に悩んだりするよな。
「そうですね、そうしましょう! 時間は? 待ち合わせ場所は? どこに行きますか? なにをします?」
「落ち着け」
矢継ぎ早に顔を近付けるキョウコ。困った顔をしておくが、内心美人に迫られるのは嬉しい。
友人と遊ぶことに慣れていなそうだし、まずは俺がリードするか。
「とりあえず明日はデートしようか。親睦を深める為に演劇でも見に行こう」
「デデデ、デート!?」
ボフンと頭から湯気を吹いた。
「駄目ですよいいですか男女には然るべき順序がありそれを飛び越えるということは風紀の乱れにも直結する由々しき事態であるのですそもそも私と貴方は知り合ったばかりでいや別に嫌ではなくむしろ世間の評判に捕らわれず私に対等な目線で接してくれる貴方はとても好ましくいやいやなにを言っているのですか私はうわあああぁぁぁぁぁ……」
まくし立てた挙げ句、頭を抱えて突っ伏した。
いかん。マキさんに連れ回される度に「レーカ君、私とデート行こう!」と誘われたので、この単語に抵抗や羞恥が薄くなっている。
しかもこの人面白い。あるいは面倒くさい。
どうしよ、「なに勘違いしてんの、そういう意味じゃないし」とか返したら傷付くだろうし。いっそ、口説く方向でからかうか?
でも男女の機微に関しては無知なようだ。純情を弄ぶわけにもいかない。男だったら遠慮なくからかって弄り倒すのだが。
結論。仕方がないので真摯に接しよう。
「デートといってもあれだ、友情的デートだ」
「なんですかそれ」
ふざけてんのかぶっ飛ばすぞオーラを纏いだした。こわいです。
「キョウコみたいな綺麗な人には初めて会ったからさ。恋人とはいかなくとも、一緒に過ごせれば楽しいだろうなって思ったのだけれど……ごめん、不愉快になったなら謝るよ」
「美人……し、仕方がないですね、どうしてもというなら初デートの相手に選んであげましょう」
よし、これでデートという名の友達付き合いだ。ちょろい。
つかマジで異性とお付き合いしたことがないのか。四〇〇歳なのに。
むしろ四〇〇歳だから? 若い時期を過ぎてしまえば積極的に男を漁る気もなくなり、男性側も最強の名に尻込みして口説かなかったとか。それが四〇〇年間。
「じゃあ明日は休みだし、昼に広場で待ち合わせよう。昼ご飯はどこかで一緒に食べるか」
「そうですね。天士御用達の酒場があるのですが、そこに行きませんか? 料理も美味しいですし、開店直後の昼間であれば荒くれ者も少ない。貴方が自由天士となるなら場所や雰囲気を知っておいて損はありません」
「うんおっけー」
予算も天士御用達ならば心配なさそうだ。キョウコはどこか高貴な雰囲気があるから、ぶっつけで高い店に入られたらどうしようかと思った。
「あ、あの、それでですが」
赤面かつ上目使いで両手の指先を弄り、太股を摺り合わせるキョウコ。
「やはり、デートなら可愛い服を着てきた方がいいのでしょうか?」
「―――ッ!?」
俺の灰色の脳味噌が高速回転を開始した。
考えろ。デートでは女性は着飾るべきか、あまりに重要な難題だ。
当然着飾るべき、そう答えるのは尚早だ。キョウコの浴衣っぽい服はスレンダーな彼女によく似合っているし、細やかな刺繍が施されているので決して安物ではない。むしろ着慣れない服装を強要してはデートを楽しんでもらえない可能性だってある。
本当の美人には華美な装飾など必要ない。ボロ布を纏うだけであろうと、美女美少女でありさえすればそれはトゥニカと化すのだ。
キョウコの容姿からすれば「そのままの君が一番さ!」、そう囁くことも出来る。
しかし、しかしだ。ここは本人のチャレンジング精神を尊重すべきではないだろうか。
美人系のキョウコが可愛い服に臨む。そこには他者には決して踏み入れぬ彼女だけの葛藤があるはずだ。
「あの服可愛いな、でも私じゃ似合わないだろうな」……とか、可愛いじゃないか。
そう、そうだ。女は前に進もうとするとき一番美しいのだ!
あと俺は目の保養が大好きだ!(本音)
「―――俺のために、可愛い服を着てくれ!」
本音がダダ漏れた。
今までの高速思考はなんだったの、ってレベルでダダ漏れた。
「あ、はい、ご期待に添えるように最前を尽くさせて頂きます!」
「うむ」
最強最古の天士が頭を下げる。
静かに頷く俺。
「ではそろそろ帰ろうか。夏の夜は以外と冷え込む、体を壊してはいけない」
「はい」
バイクの後ろにキョウコを乗せ宿まで送る。
「それじゃ、また明日」
「はい、おやすみなさいレーカさん」
ドアが閉まるまで見送り一息吐く。
なんかもう、どうにでもな~れ、である。
改めて思えば、このやりとりこそキョウコの新たな伝説が始まった瞬間だったのだろう。
これから俺は何度も、この問答に賞賛と後悔を覚えることとなる。
当時の俺なぜ言った、当時の俺よく言った、と。
そんな遠くない未来の悩みなどつゆ知らず、帰宅した俺は「うひょひょ美人とデートだぜぇ」と興奮気味に就寝したのだった。
この小説の悪い部分などを教えて頂けるととても助かります。自分ではわかりにくいので。