転生者と最強最古
フィアット工房の作業場に並び横たわる三機の人型機。
一つは全身を徹底的に隈無く大破した風船花。
一つは二人組の冒険者の片割れ、ヨーゼフ氏の人型機。
そして最後の一つは、甲冑のような流線の美しいシルエットを持つ、最強最古の人型機。
「蛇剣姫、か」
言われてみると機体のシルエットは女性的なラインを描いているようにも見える。女型の人型機……なんてわけではなかろうが、搭乗天士に合わせてそれっぽい意匠となっているのだろう。
美しい、と思う。
兵器の枠を越え芸術品にすら昇華された機体。
名も知らぬ名工の手掛けた巨大な人形は、しかし今は隻腕となっていた。
「いや俺が奪ったんだけどさ」
風船花を大破させてやっとの戦果がこれだけだ。接近戦には自信がある、などと自惚れていた自分が恥ずかしい。
世界は広い。俺の知るゼェーレストとツヴェーなんて、セルファークのごく一部でしかないのだ。
結論は置いといて、まずは昨日の試合の顛末を語るとしよう。
「マキさん。戦いたいです。俺、最強と戦ってみたい」
闘技場の控え室。
中破した風船花を前に、俺は自分の意志を表明した。
「な、なにいってんのレーカ君!? 最強だよ!? そこらの子供みたいな自称最強じゃなくて、ほんとのほんとに最強なんだよ!?」
両手を羽ばたくように振り叫ぶマキさん。
「判ってますよ。セルファークで一番、あるいはそんな領域の強者なのでしょう?」
「レーカ君は解ってない! 最強なんだから!」
「お願いします。風船花を、あと一度だけ使わせて下さい」
頭を下げる。
闘技場に参加したのは、元を辿ればマキさんの我が儘だ。
実際、次の試合が平凡な相手であれば棄権も受け入れた。風船花はもう限界なのだ、無理をさせたくはない。
けど、最強とあらば。
勝利に興味があるわけではない。知りたいのだ、銀翼の名の意味を。
セルファークの人々が畏敬して止まない、様々な時代に生きる英雄。
その中でも尚最強の天士と戦える機会など、そう訪れはしないだろう。
「お願いします。マキさん」
「……一つだけ、条件があるわ」
「条件?」
マキさんは俺を指さし、その条件とやらを提示する。
「負ける前提なんて許さないんだから! やるんなら、勝ちなさい!」
「え、それは確約出来ませんが」
「そこは『おうっ!』とか『はいっ!』とか言いなさい!」
「……はい」
「気合いが足りないッ! もう一度!」
修理初めてもいいかな。
風船花は中破という名のほぼ全損であり、完全修理は容易ではない。
なので修復は必要最低限の部分に留めることにした。
作業用器具は全て降ろし、油圧関連もオミット。
開いた空間に無機収縮帯を多めに張り直し、外装を錬金で繋ぎ目なく修復。気休め程度だが強度と軽さを兼ね備えていたはず。
油圧をばっさり捨てた風船花は鉄兄貴と変わらない。パワーが落ちた分、瞬発力とスピードを生かしたセッティングを心掛ける。
「こんなものか」
修理の完了した風船花を見上げ汗を拭う。
設計上想定されていない無機収縮帯の張り方をしたので、相当ピーキーな操縦特性になっているだろう。ぶっつけ本番で物にしなければならないとは罰ゲームだ。
「マキさーん、早く棄権の手続きを……ふぇえ!? な、なんで機体が一時間で直ってるの!?」
俺、頑張った。
控え室にやってきたのは口パクを黙認した受付嬢だ。
ふぇえ!? って随分と可愛い驚き方である。
「フィアット工房の職人にかかればこんなもんですよ」
ない胸を張るマキさん。耳も心なし嬉しげにぴくぴくさせている。
「名高きフィアット工房といえど、あれだけの損傷を短時間で直すのは困難かと思いますが……」
本来なら修理に一日掛かる。魔力量に任せパーツをでっち上げ、効率よく組んだ結果だ。
ただ精度面は少し甘い。鋳造魔法の工作精度はカストルティさんにも褒められているが、それでも慎重に作った方が出来がいいのは当然。
「……というか、出場するんですか? 次の相手はキョウコ様ですよ? 負けますよ?」
ちょっとカチンと来た。
「負ける前提だから誰も勝てないんでしょう」
売り言葉に買い言葉。でもそれだけじゃない。
勝つ確約は出来ないが、負ける前提で挑むなんてごめんだ。
「そうです! 勝っちゃいますよ、レーカく……じゃなくて私は!」
「本気で?」
「本気で!」
これはえらいことになった、と慌てて退室する受付嬢。
なんだろう、嫌な予感がする。
『信じられない情報が飛び込んできましたぁぁ! 風船花のマキ選手が最強最古の人型機、蛇剣姫の撃破を宣言したあああぁぁぁ!? どうなっている風船花、なにが起こっているんだ今日のツヴェー闘技場はぁぁぁ!!?』
ほーらやっぱり。
俺としては全力で挑みたいだけであり、名誉名声に興味ないので気負いもない。
冷めた俺と対照的に、会場のボルテージは鰻登りだ。
『改めてご紹介致しましょう! 最古にして最強の人型機、蛇剣姫! そしてそれを駆るは銀翼の天使と名高いキョウコ選手だああぁぁぁぁ!!』
「いよっ、キョウコ様!」「お美しいですキョウコ様ー!」「踏んで罵って下さい! 蛇剣姫で!」と沸き上がる観客席。
『対するはツヴェー渓谷の名物となっていた、究極の噛ませ犬! マキ・フィアット選手の操る土木建築用人型機、風船花ああぁぁあぁ!!』
「負けたら人生ままならないぜー!」「カワイー!」「踏んで嘲笑ってくれ! 風船花で!」と奇妙な方向に沸き上がっている客共。変な奴が多いな。
『勝敗など見えていそうな試合ですが、多くの決闘を見てきた私には解りますっ! 風船花は、強者の気配がするとしか言いようがないっ! むしろ別人の気配すら発するが、そこんとこどーなの!? 我々が目撃するのは伝説の証明か、あるいは新たな伝説の始まりかっ!? さあ張り切っていきましょう、試合、開始いいいいぃぃぃぃっ!!!』
打ち鳴らされる鐘の音に俺はペダルを思い切り踏み込む。
解析の結果、蛇剣姫は極めてシンプルな人型機だ。
否、シンプルどころではない。あれは最早―――
「人体の模倣」
限りなく人に近いフレーム、無駄すらも転写された、人そのものの設計。
クリスタルの魔力を全て機体に供給する為か、余計な物は一切付いていない。
唯一の武装は蛇のように曲がりくねった剣、まさしく蛇剣だ。
「フランベルジェ、だっけ」
刃が波打った剣。
突き刺した敵の肉を内側から抉る、文字通りエグい剣である。
こともあろうか蛇剣姫の全長とほぼ変わらない巨大なフランベルジェには、魔刃の魔法の為だけにクリスタルが埋め込まれていた。
魔刃の魔法を覚えているだろうか。木刀を真剣に変えてしまう、切れ味を強化する魔法だ。
フランベルジェにはその魔導術式が刻み込まれている。それも、過剰ともいえる出力で。
それが先の試合の結果だ。あの刃には触れただけで上から下まで両断される。あのバラバラとなった人型機のように。
そんな玄人向けの武装『のみ』を装備したのが、蛇剣姫である。
頭がおかしいんじゃないだろうか。接近戦の武装のみに特化しているなんて。
接近戦武装『すら』持たず敵に突進しながら、そんなことを考える。
とにかく距離を詰める。互いに近付かなければなにも始まらない。
疾走する俺に対し、蛇剣姫は静かに歩くのみ。
剣をだらりと提げ、切っ先を地に触れるか否かの高さで保ち、一歩一歩静かに前進する。
それはきっと、作戦ですらない。
近付く者は斬り伏せる。投擲であろうと、砲弾であろうと例外はない。
そう、雄弁に語っていた。
(くっ…………!)
プレッシャーに負けて止まりそうになる足を叱咤し地面を蹴る。
論外だ。自分に負ける奴が敵に勝てるものか。
あと五〇メートル!
考えるな! イメージするのは分解された風船花じゃない!
地に伏す蛇剣姫だ!
「うおおおおぉぉぉ!」
二〇メートル地点で片足を大きく後ろに振り上げ―――
『こっ、これは!?』
実況者の驚きの声。それを聞き流し、俺は。
「目眩ましいいぃぃ!」
爪先で土を蹴り飛ばした。
『え、えええぇぇぇぇ……』
不満そうな声出さないでほしい。
舞い上がった土は蛇剣姫のコックピットに降りかかる。
流石に歩みを止め、手で視界を守る蛇剣姫。
「今だ!」
この隙に、更に接近!
『馬鹿にしているのですか、貴女は』
初めて聞く敵天士の声。それを思考から振り切り、風船花を跳躍させる。
「っらあぁ!」
『む?』
一旦停滞した状況からの、瞬時の加速。
独特の歩法によりトルクをほぼ全て前進することに割り振り、同時に敵の認識を錯覚させやすくする。
『なるほど、縮地ですか』
人型機による武術の再現。それが、俺が今持ちうる唯一の手札だった。
だが、最強はそれすら意に介さない。
完璧な間合い、タイミングで横から振るわれるフランベルジェ。
ビビるな。こんなの、『計算内』だ。
敵機を解析する。
前々から考えてはいたのだ。自機を解析し掌握出来るのなら、敵機も同じ可能性があるのではないか、と。
証明と実践が同時なのが些か不安だが、やってみせる!
蛇剣姫を解析開始。駆動系、魔導術式、コンソール、操縦桿……
天士が入力した操作が人型機の挙動に反映されるまでのタイムラグ。
チャンスとすら呼べない僅かな時間。だが、それでも間違いない。
解析を使えば、敵機の動きを先読み出来る。そう確信する。
迫り来る剣先に指先を伸ばす。
防ぐのでも、かわすのでもない。
押す。
ブレードの魔刃の魔法が効力を発していない腹の部分に、指先を当てそっと逸らす。
下に軌道修正されたフランベルジェを、ほんの少しだけ飛び上がることで回避する。
(まだだ、フランベルジェは両刃剣だ。すぐに返しがくるぞ!)
しかし蛇剣姫はそんな常識的な剣技を振るいはしなかった。
片足で爪先立ちとなり、独楽のようにその場で一回転ターン。
剣に制動を掛けるのではなく、運動エネルギーを更に加速させることで想定以下の時間、想像以上の速度で再び俺を切らんとしたのだ。
風船花はジャンプしたことで攻勢に出れないとはいえ、この距離で背中を一瞬でも見せるとはとんだ度胸だ。
地を這う切っ先が蛇剣姫を中心に真円を描き、地面をコンパスのように切り裂く。
ようやく機体は滞空を終え地面に着地。
「間に合えっ……!」
今すべきことは回避ではない。
更に踏み込む。双方の距離、僅かに数メートル。
接近戦ですら分が悪いのであれば、超接近戦を挑むのみ!
長剣の取り回し上、振るいにくいほぼ〇距離―――即ちクロスレンジ。
間髪入れず距離を開けようとする蛇剣姫を迷わず追撃する。
ここまで迫れたのは偶然だ。一度距離が開けば、もうチャンスはない!
剣を持った蛇剣姫の腕を片手で受け止め、開いた片手で拳での応酬を繰り広げる。
フェイントを織り交ぜての打撃技。しかし、それでも攻めきれない。
こいつ、単純に格闘技まで達人クラスなんだ。こちらは挙動予知までしているのに。
蛇剣姫が消えた。
「は?」
刹那、コックピットを大きく揺さぶる衝撃。
一瞬だが見えた。蛇剣姫の爪先が風船花の頭部を蹴り上げたのだ。
(コイツ、バック転ついでに攻撃しやがった……!)
蛇剣姫は限りなく接近していることを逆手に取り、急降下によって視界から喪失してみせたのだ。
最小限の操作による認識の錯覚。この短時間で、俺が何らかの方法で予知を行っていることを見抜いて対策したのか?
まるで後ろを取られた戦闘機が急降下で視界から逃げ去る航空技能、コノハオトシである。
頭部を跳ね上げられて宙を舞う風船花。
転倒したら終わりだ。追撃されて積む。
風船花は頭部から落下すると判断し、両手の指を地面に突き刺し逆立ちで踏ん張る。
全重量を支えることとなった腕部の無機収縮帯が悲鳴を上げる。油圧なしだとやはりパワーが小さい。
しかし落ち着く暇はない。背面に迫る剣。
手は使えない。仕方がないので足の裏で挟み取る。
風船花と蛇剣姫二機分の重量を支えることとなった両腕が、衝撃のあまり手首まで地面に埋まった。
『器用なものですね、足で白刃取りをされたのは初めてです。貴方には背後が、未来が見えているのですか?』
「ああ、はっきりと視えているよ!」
剣を押す蛇剣姫と、剣を足で挟み抑える風船花。
端から見れば冗談じみた光景だったが、俺としては真剣である。
『双方、交戦開始五秒にて凄まじい展開だ! キョウコ選手一ポイント先取、そのまま叩き斬るかと思えばマキ選手神業じみた防御! これはまだ、試合の推移は読めないと判断すべきかっ!?』
五秒、か。あれだけの攻防が一瞬だったなんて。
『ふむ』
敵天士、キョウコが呟く。
剣が光を纏う。
コックピットでも察知出来るほど濃厚な魔力。まさか―――
風船花の足の裏に貼られた保護板が溶け落ちた。
「うわわわわっ!」
慌てて足を離して転がりつつ距離を取る。
蛇剣姫はなぜかそれ以上の追撃を控えた。気まぐれで見逃した?
改めて蛇剣姫を確認すると、フランベルジェが外見から一変している。先程まで魔刃の魔法の効力は刃にのみ発動していた。しかし今は違う。剣全体が光を放ち、若干リーチも長くなっている模様。
さっきまでは剣の横腹は接触可能だったが、今後はアウトだろう。
あの剣は、きっと横にしてぶん殴っても切れる。
とりあえず足裏の保護板を引っ剥がす。人間にとっての靴だ、なくても歩ける。
「それがその剣の本来の使い方?」
『はい。先程までは簡易省エネモードです』
凶悪過ぎるエコモードである。
『訊いてもいいですか?』
「なんだよ」
『さきほど実況者曰く、貴方が私を倒すと宣言したそうですが、それは本当ですか』
「―――ああ、言った」
『そうですか』
切られた。
初動すら見えず、風船花が胴体部から上下に別れていた。
「は―――?」
『忠告しておきます。貴方程度であれば、世界に幾らでもいる。私を倒すなど妄言を吐くのはやめなさい』
地面に崩れ落ちる風船花。辛うじてフレームと外装が皮一枚で繋がっているが、内部機構は完全に断絶された。
(なにが起こった? なにをされた!?)
一瞬蛇剣姫に魔力がたぎるのを感じた。
つまりは簡単なことだ。フランベルジェがそうであるように、蛇剣姫そのものが魔力消費を抑えるエコモードだったのだ。
蛇剣姫は察知すら不可能な速度で踏み込み剣を振るった。ただ、それだけ。
(そういうことか、妙な設計だと思ったが)
兵器にあるまじき無駄の多い蛇剣姫の設計は、人間で言う『火事場の馬鹿力』を再現する為なのだ。
『弱者には囀る権利すら与えられない。それが戦場です』
蛇剣姫は今までこれっぽっちも本気を出していなかった。
踵を返しゲートへ向かう蛇剣姫。
「ま、待て! まだ二撃目……」
上半身なら動く、戦闘不能と判断されるのは癪だ。
せめて致命的なとどめを刺されるまで、と手を伸ばし―――足下から伝わる魔力が収縮していくのを感じた。
風船花をつぶさに解析する。
クリスタルが、両断されていた。
『風船花の魔力反応収縮を確認、クリスタルが破壊された模様! やはり強かったキョウコ選手、貫禄の―――』
解説が熱狂的にまくし立てるのを、俺はどこか他人事のように聞いていた。
いいのか、それで?
まだ出来ることはないか?
まだ可能性はないか?
まだ手段はあるんじゃないか?
まだやれることはあるはずだ。
まだだ。まだ、終わってやるものか。
(いつもと同じだ。ツヴェーに来て散々やったこと。それを、一息でこなすだけだ)
切断された機体の断面。
足りない部品は錬金魔法ででっちあげろ。
断ち切れた無機収縮帯は金具で繋いでしまえ。
クリスタルの変わりは……俺自身だ!
コックピット奥からケーブルを引っ張り出し、顎で噛んで固定。自分の魔力を流し込む。
ピクリと風船花の指先が動く。
足を止める蛇剣姫。
『まさか』
二脚で大地を踏み締め、上半身を持ち上げる。
ざわめく会場。どこか戸惑った様子の蛇剣姫。
それが可笑しく、口の端を少しだけ吊り上げ笑った。
『まだ終わってないぜ、最強最古―――!』
風船花は力強く駆け出す。
『風船花、再起動!? ありえるのでしょうか、そんな人型機が―――?』
困惑するアナウンス。
このまま突っ込んでも先の二の舞だ。
操縦精度はほぼ同等。判断力と機体性能はあちらが上。
真っ向からやれば勝ち目はない。
いや、あと一つだけある。俺にはあって敵にはないものが。
(解析魔法……!)
敵機を併せて解析し、次の挙動を予想しても勝負は五分。反応しきれない小さな不意打ちから崩されるのがオチだ。さっきはそれで形勢逆転された。
だが、解析魔法の限界とはどこまでなのだろう?
目の前の機械? 三〇〇メートル先の敵? 違う。そんな区切り、あくまで主観的なものではないか?
『弱者には囀る権利すら与えられない。それが戦場です』
キョウコはそう言った。いいだろう、ならば。
ならば、この闘技場ごと、環境を、時間を、思考すら。
この場に存在する、ありとあらゆる要素を―――
セカイ ノ スベテ ヲ カイセキ シロ
脳裏に浮かび上がる3Dで再現された会場。
大気も、熱量も、魔力も。
そして、キョウコの思考ルーチンすらも。
(ぐっ―――!?)
他人の脳を覗き見るのは流石に負担が大きい。記憶を読み取るなどではなく、あくまで『なにを見てどう体を動かそうとしているのか』という表層のみだというのに。
「ぐ、おおおおぉぉぉおおおぉぉおおおっ!!」
魔力を更に機体に流し込む。
風船花も蛇剣姫も、既に許容以上の魔力を供給され自壊しながら稼働している。
『速いっ!?』
一気に接近! フランベルジェが振るわれるより早く、蛇剣姫に肉薄する。
剣は間に合わないと判断し、拳を放つ蛇剣姫。
その拳を真っ向から掴み取る。
『な、読まれた? このタイミングで?』
「借りるぞ!」
精錬魔法と鋳造魔法を発動。
蛇剣姫の片腕を溶かし、剣を形成する。
『馬鹿な、敵機に対して技師魔法を? そんなの、反則―――いえ、出来るはずがない!』
技師魔法。機械の製造及び修理に使用されるこの魔法は、落ち着いた状況で対象のことをしっかりと理解し時間をかけて発動するものだ。決して戦場で敵に対して一瞬で行えるものではない。
『その魔力量、そして能力……まさか、貴方は』
悪いが、お喋りするつもりはない。
口頭詠唱で魔刃の魔法を剣にかけ、蛇剣姫に斬り掛かる。
隻腕で迎え撃つフランベルジェ。
魔刃同時が衝突し、拡散した魔力が互いの装甲に傷を刻む。
これほど強力な魔刃同士の衝突など本来は有り得ない。一太刀打ち合えば、それだけで周辺に被害が及ぶ。
あちらは片腕、こちらは両腕。
しかしそんなハンデすらものともせず、キョウコは互角の剣技を振るって見せる。
「どうも決定打に欠けるよな、俺って!」
『というより剣技が未熟です。敵を切るという気迫が足りない』
「気迫で勝てれば苦労はしないさっ」
『そうですね。あるいは、貴方はそれでいいのかもしれません』
数十太刀を交えた頃、蛇剣姫が後方へ飛び退いた。
『ついてきなさい。貴方の可能性、興味があります』
蛇剣姫の魔力が更に解放される。
搭載された信じられないほどの高純度クリスタル、そのキャパシティー限界まで出力が跳ね上がる。
その濃度は、ゆうに通常機の三倍に達するだろう。
「もっと加速するっていうのか」
重量と慣性を振り切った非常識な速度で走る蛇剣姫。その完璧な操縦技術に、少し見惚れた。
常人が操ればすぐに無機収縮帯が焼き切れる、そんなじゃじゃ馬を御しきっている。
俺にも出来るか?
「……やってみせるさ」
蛇剣姫を追う。
魔力を更に注ぎ、キョウコの操縦を模倣する。
体験したことのない速度で流れる景色。転倒すれば衝撃だけで戦闘不能になりかねない。
蛇剣姫はフィールドの中でも一際大きい岩、というより既に山に駆け上る。
この不安定な場所で切り結ぶ気か?
『決定打に欠ける、そう言いましたね?』
「違うのか?」
再び開始されるシナリオ無き殺陣。
『違います。若い者は勘違いしがちですが、決め技、必殺技など二流の証です』
「よくもまあ、悠長に話せるもんだっ」
自機、敵機、敵パイロットに加え傾斜・障害物だらけの周辺環境までシミュレートしなければならない。こっちは頭がパンクしそうだっていうのに。
『その方が刺激があるでしょう。平坦な土地での戦闘などそうありません』
「っ、アンタ何者なんだ、この変な魔法を知っているのか!?」
アナスタシア様ですら判らなかった、この解析の魔法を知っているのか?
『年寄りなので』
声が若々しいのはなんなんだ。
『少年。覚えておきなさい。必殺の技とは未だ至らぬ高みに、一時的に手を伸ばす為の術。その技を成し得る時点で、その者は更なる高みへ至れることを保証される』
心を落ち着かせて使えるなら、鍛錬すれば常時使用可能になるということか?
「一時的に許容以上の力を発揮する技とかもあるだろ、使い続けたら体がぶっ壊れるとか!」
『ならば壊れない体を得ればいい。出来ないというならば、それは現状に満足しているだけです』
会話の最中にも剣戟は続く。集中力が途切れそうだ。
……なるほど、つまりこの解析併用戦術を常に成し得るだけの精神力を得れば、俺はどんな戦いでもこのレベルでの戦闘を行える、という話か。
『そう。その領域に至った剣士は、全ての斬撃を一撃必殺とすることを許される』
フランベルジェを迎え撃つ。
俺の持つ剣を切られた。
同量の魔力による魔刃化、真っ向からの衝突。
だというのに、フランベルジェは原形を留め、俺の剣は断ち切られたのだ。
「それが、あんたの必殺技か」
『いえ、ただの斬撃です』
風船花が袈裟切りにされる。
崩れ落ちる機体。
全身のパーツが崩壊し、山頂の傾斜から転げ落ちていく。
当然、コックピットである頭部も―――
「……?」
振動がこない。
何事かと状況を確認する。
『この高さから転がり落ちれば、流石に怪我は免れません』
蛇剣姫が、風船花の頭部を赤子のように抱き抱えていた。
「負けだよ。これで三撃目、強いな本当に」
『それは私の台詞です。本気を出したのは一体何年ぶりか。貴方なら、きっと至れる。全ての太刀を必殺とする、剣士の極みへと』
静かに大岩から降りて、蛇剣姫は俺と向き合った。
『そうなれば、貴方を止められる者はもういません』
「……そりゃどーも」
ここまではっきりと負ければ、いっそ清々しい。
観客席の人々は皆立ち上がり、拍手をしてくれている。
『風船花、三ポイントにて勝負アリ! ですが、蛇剣姫を隻腕にするという快挙を成し遂げました! 皆さん、勝者のキョウコ選手と敗者のマキ選手に盛大な拍手―――ってもうしてるか、とにかく凄い試合でしたあっ!』
そうして蛇剣姫に連れられて俺は闘技場のフィールドを後にする。
戦歴 二勝一敗。
俺の闘技場デビューは、こうして幕を閉じた。
「で、これをどうするか、なんだよな」
時間軸は冒頭、翌日へと戻る。
俺のわがままで戦闘に挑んだ結果で風船花が大破したのだから、コイツを俺が直すのは当然だ。マキさんも修理に参加したかったそうだが、本職以外に手を出せる状況ではない。
つーか、本職だって匙を投げて買い替えをお勧めするレベルである。
ヨーゼフさんの人型機も俺が修理と改修をすることとなった。俺のセッティングが気に入ってくれたようで本人から指名されたのだが、絶対意匠返しも含んでいると思う。
蛇剣姫。コイツは片腕の復元と無機収縮帯の総張り替え、そして外装の修復である。なぜかご丁寧に彼女も俺を指定しやがった。
「とりあえず身内の風船花は後回しだな。蛇剣姫は最強最古っていうくらいだから金もたんまり持ってるだろ、路銀で困ることはあるまい。となれば、コイツからか」
ヨーゼフ氏の機体から手がけることに決めた。
金稼ぎで出場したというのに、一回しか勝てなかったからな。懐が寒々しくなっているだろう。俺のせいだけど。
「というか外装修復とか誰がやっても同じなんだし、誰か手伝ってくれたっていいだろうに」
「お前の腕を買ってくれたんだ、ちゃんとやり遂げろよ」
愚痴をカストルディさんに聞かれた。
「げ、カストルディさん!」
やばい、怒られる!
勝手に仕事を休んだこと、風船花をボロボロにしたこと。色々小言を受ける心当たりはある。
「や、怒らねぇよ」
「は? なんで?」
「なんでって、お前……別に悪さをしたわけじゃねぇじゃねーか」
……まあ、それもそうか。
「それによ、お前がいい成績を残してくれたおかげでマキも踏ん切りが付いたらしい。もう闘技場通いはやめるってよ」
「そうですか、はあ、おめでとうございます?」
予想外のところに影響が出た。
「彼氏と結婚して腰を落ち着かせるそうだ。ついこの間まで寝小便垂れてたと思っていたのにな……」
「いや何時の話……結婚!? そんな相手いたの!?」
そりゃ見た目に反して成人してるんだし、年齢的にはそういう相手だっていたっておかしくないけど!
びっくりだ。あの人が結婚とか。
「知らなかったのか? 結構長い付き合いだし、相手はちょくちょく工房にも顔出すぞ……って、噂をすれば来たな」
工房の門に視線を向ける。
そこにいたのは、男と腕を絡ませるマキさんの姿があった。
男の方は逆光でよく見えない。
「あ、レーカ君。私、この人と結婚するんだ!」
「えっと、おめでとう?」
「ありがとう!」
近付いて男の顔を確認する。
「…………アンタ、なにやってるんだ?」
「なにって、機体を修理しているから開いた時間でデートしているんだが?」
マキさんの相手は暑苦しい髭面の大男。
「お前かよ、ガチターン……」
「俺で悪かったな」
初戦の相手であり、下半身飛宙船の人型機を駆る天士、ガチターンだった。
確か『噛ません花』って言ったのこいつだよな。
え? なに? それじゃあ俺ってもしかして。
「痴話喧嘩に巻き込まれただけかよよよよぉぉぉぉぉぉ…………」
脱力した俺の叫びは、工房の高い天井に響きわたったのだった。




