超重量機と標準機
前回書けなかった闘技場でのお話です。
おっと、なんで平日のこんな時間に投稿しているんだ、って疑問は抱くなよ!絶対だぞ!作者との約束だ!
屋敷であろうと、工房の宿舎であろうと朝の日課は変わらない。
寝ぼけた頭で井戸へ向かい、水を汲む。
桶に水を貯め洗顔。冷たさで目が覚めた。
「マリアは元気かな」
井戸といえばマリアだ。朝によく出くわしたのでセットで思い浮かぶ。
「おいおいマリアって誰だよ」
耳敏く、顔を洗いに来てた職人の一人に聞かれた。
「コレかっ? コレなのかっ?」
「餓鬼が色付きやがって、うりうり」
小指を立てたり肘でつついてきたりするオッサン共。朝からなんてウザさ。
「おーそうだよ。ありゃメロメロだな。むしろ抱いて! って感じだ」
「なんだ、ただの知り合いかよ」
その通りだが、断定されるとむかつく。
つーか友達ですらなく知り合いと断言するな。
「そもそもお前『女を抱く』って意味知ってんのかよ」
「ぎゅーっとすることだよね!」
童心に返って愛らしく言ってみた。
「よーし朝飯だー」
「今日も頑張るぞー」
スルーしやがった。
「お前さ、マキちゃんはどう思ってんだよ」
「えっ? 区切っておいて恋バナ続いてたの?」
朝食は流石に昼飯や晩飯などより遥かに静かだ。
汗臭い男達も、一日の始まりたる朝食だけは粛々と食す。
ナフキンを用意し、ナイフとフォークを音も発てず振るい、僅かな糧に感謝しつつ、ひたすら厳かに進行するのだ。
ごめん嘘。朝から騒がしいです。
「仲いいだろ、どう思ってんだ? 秘密にするからお兄さんに打ち明けてみなさい」
最後まで秘密であり通した秘密の話を俺は知らない。
「どうって、別に友達ですよ」
焼きたてのパンが山盛りになった籠に手を伸ばす。
指が届く直前、籠ごと没収された。
「そういうのいいから、なっ? なっ?」
酔ってんのかコイツら。
「実際有りだと思うんだよな、レーカもメカニックとしていい腕だし。親方もお前なら納得安心だろう」
「ただ一つの不幸があるとすれば、本人達に一切その気がないことでしょうね」
皮肉りつつパン籠を強奪する。パサパサした安パンだが焼きたては美味いのだ。
「ほら、そこはよ? 形から始まる恋もあるっつーことで。きゃー恋って言っちゃったー!」
ウゼェ……
きゃーきゃーと姦しく騒ぐオッサン集団。なんでこんな光景に『姦し(かしまし)』なんて単語を使わねばならないのだろう。
付き合ってられんと卵サラダの器を引き寄せる。
背後から伸びた手に皿を強奪された。
まっこと食卓とは戦場である。
「なになに? レーカ君わたしにお熱なのー? もてる女は辛いわっ」
「サラダ……」
卵は栄養豊富なのだ。世界中で朝食として選ばれているのは伊達ではない。
和えたマヨネーズも高カロリーで、働く男の味方である。
背後? ああ、猫娘がいるね。だから?
「でもごめんね、私にとって君は手間のかからない弟なの」
「むしろ俺が手間……なんでもないです」
騒動には巻き込まれるが、仕事の裏方サポートとしてはマキさんは優秀だ。面倒事扱いはあんまりだろうと自重する。
サラダは諦めてチーズハムカツにフォークを突き刺す。
と思いきや、また皿が奥に逃げやがった。
「おう、なんだレーカ。男だっていうのに女に興味ねぇのか?」
「カストルディさん、チーズハムカツ……」
手掴みでカツをむさぼり食う工房長。一気に消費されていく……
「ほれ」
丁寧に衣だけ剥がして与えてくれた。ワーイヤッター。
「いや、勿論可愛い女の子がいれば目を奪われたりもしますけど……あぁ衣は美味しいなぁ」
チーズハムカツ。スライスしたハムにチーズを挟み、からっと揚げた高カロリー料理。
チーズでクドくなりがちだが、ここは気を遣っていい油で揚げたらしく、まあ衣も確かに美味い。
中身があったらもっと美味しいだろうけどな!
「ほう、んじゃあ誰なら可愛いと?」
真っ先に浮かんできた人物は……
「アナスタシア様」
「確かにとびっきりの美人だが、人妻だろ」
それは障害ではなく魅力です。
「ナスチヤの娘っ子はどうだ?」
「あれこそ妹です。可愛いですけどね」
将来的には解らない。もしいつかソフィーが男を俺に紹介してきたら……
イメージする。成人の一五歳ほどとなったソフィー。髪型は今と同じツインテールでいいや。
大人びた色香と子供の無邪気さを併せ持つ年頃。母親似で巨乳。
『レーカお兄ちゃん! あのね、大切な人を紹介したいのっ』
イラッときた。
そもそもソフィーって素ではどんな話し方なのだろう?
長文を話したのが旅立ちの朝だけなので、未だに口調を把握出来ていない。
あの時は深窓の令嬢の如くお淑やかな語り口だった。あれが素?
再びイメージ。今度は落ち着いたストレートヘア。
『お兄様。実は、私……想い人がいるのです』
イライラッときた。
こんなのは認めない。よし、都合良く切り取ってしまおう。
『お兄ちゃん!』
『お兄様』
「勝ったぞ!」
「誰にだよ」
「俺って結婚とかするのかね。今更なんだよね」
当然といえば当然だが、将来のことなんて判らない。
人生設計なんて現時点では『機械いじって屁こいて寝たい』程度しかない。
よく漫画などで「精神は肉体に引っ張られる」と聞くが、まあそれも当然だ。成長ホルモンやらなんやら、ぶっちゃけてしまえば人格など化学物質で左右される。
麻薬など最たる例だろう。ただの粉如きに、人の精神が再起不能となるまで破壊されるのだ。
なにが言いたいかというと、二次成長前から異性のことなど考えたりしない、みたいな?
勿論早熟な子はいるし、俺自身幼き日の淡い恋心の思い出があるような気もしなくもない。しかしそれが将来に直結する事例などほとんどないはずだ。
結論。今は機械が恋人。
中身がとうの昔に二次成長を終えていることをあえて無視しつつ、仕事の準備を進める。
「おーい、レーカ! 来い!」
「恋なんてしてません!」
「あ? なに言ってんだてめぇ?」
いかん、頭の中がピンク色だ。
「すいません。なんですか?」
カストルディさんの傍らには二人の男がいた。服装からして自由天士だ。
「こいつらの注文、お前が受けろ」
「えっ? 俺一人で、ですか?」
「おう」
驚いた。まだメインで任せてはもらえないと考えていたのに。
天士の二人もカストルディさんに食いつく。
「おい親方、こんな子供に俺の愛機を触られては堪らないのだが」
「ああ、コイツの愛馬は凶暴だからな。セッティング一つでも素人には任せられないよ」
「誰が素人だ! アマチュアと言え!」
「同じだろ」
玄人を名乗るのは抵抗がありました。
「大丈夫だ。こいつは技術に貪欲だぜ、そこらの職人よりずっと出来る」
そこまで評価してくれていたとは。ちょっとジーンときた。
「ただ目を離すと暴走するからな。妙な改造されたくなければこまめに監視することだ」
『おい』
俺と冒険者二人の声が見事にハモった。
「闘技場用のセッティング?」
「そうだ。ここらで路銀を稼ごうと思ってな、相棒を決闘仕様に作り替えてほしい」
自由天士の片割れ、人型機乗りのヨーゼフと打ち合わせをする。
彼等は人型機と戦闘機のペアで戦う天士だそうだ。先に帰った彼が戦闘機乗りだろう。
こういったコンビは珍しくはない。空と地上から同時に作戦行動を行えるのはとても大きい利点である。
闘技場。冒険者や人型機同士が富と名声を求めて力を競い合う、割とポピュラーな娯楽だ。
地球生まれの俺としては奴隷の剣闘士などダークなイメージの付き纏う闘技場だが、セルファークでは意外と健全な職業だ。
厳格なルールの下で、審判の判断により勝敗は決する。
「勝利条件は三回撃たれれば負け、でしたよね」
「そうだ、ダメージの大小は関係ない。だから背中の57ミリ砲は降ろしておいてくれ、重いだけだ」
分厚い装甲でコックピットを守られた人型機は、狙った攻撃でもなければ搭乗者が死亡することはない。勿論正面のガラスは人型機の大きな弱点の一つだが、戦争や賊退治以外でコックピットを狙うのは人型機天士にとって御法度であり、闘技場などでやったものなら大顰蹙間違いなしだ。
人同士の試合であっても優秀な治癒魔法使いが控えているので、大抵はなんとかなる。
そもそも刃の付いた武器やHEAT弾等の貫通力の高い兵器は使用自体禁止である。57ミリ砲程度ならどうやっても頭部装甲を破れないので許可されるだろうが。
とかく、安全な競技なので腕試しや小遣い稼ぎで出場する人は多い。
というか健全じゃなかったらアナスタシア様が子供連れて見に行ったりなんかしない。
ただ注意が必要なのは、治癒費や機体修繕費は自腹ということである。負ければ報酬なし、機体はボロボロと踏んだり蹴ったり。
しかし試合はトーナメント方式であり、一回でも勝てば修理費は捻出出来るのだ。ボロいぜ。
つまり収支をプラスにしたけりゃ二回勝て、である。
「あとは無機収縮帯の反応強化と装甲の軽量化、いっそ油圧関係外します? トップスピードは速くなりますよ」
複雑なギミックのないヨーゼフ機であれば、油圧なしでも稼働する。
「加速が悪くなるだろう、狭い闘技場では致命的だ」
うん、言ってみただけ。
「機体は基本的な部分だけで構わんよ。試合が終われば戻すのだし、あんまり弄れば操縦感覚が変わる」
「了解です。ちゃっちゃとやっときますね」
「頼んだぞ」
工房を去るヨーゼフの背中にニヤリと笑みが漏れる。
「基本的な部分だけ? いいぜ、『改造』するのは基本的な部分だけにとどめてやる」
せっかくだ。徹底的に、完膚無きまでにメンテナンスしてやる。
「俺に機体を預けたこと、心から後悔……じゃなくて喜ぶがいい!」
「ほほぉぉう……」
背後に阿修羅がいた。
ドワーフの屈強な腕力でぶん撫でられた頭がヒリヒリする。
ぶん殴られたのではなく、ぶん撫でられた。
整備士として間違ったことはしていないので、叱るべきか誉めるべきか迷ったらしい。
だからって皮手袋で撫でるのは酷い。ちょっとサービスしようと思っただけじゃないか。
とはいえ注文外のことをやろうとしたのは事実だし、強く出れない。
「なんだよ、ちょっと角付けたりするのは誤差の範疇だろーに」
額にVアンテナとかどうだろう。
機体をハイハイポーズで降着状態に維持し、厳重にボルト止めされた57ミリ砲をクレーンで釣り上げる。
「あとは手持ち銃のメンテをやっとくか。唯一の射撃武器がジャムると戦術が狭まる」
安全確認ののち俺よりデカい銃をバラしていると、背中からなにかがぶつかってきた。
「レーカ君聞いてよ!」
「なんだいマキ太くん」
マキさんだった。
「また風船花が壊れちゃった!」
「直せばいいじゃないですか。暑苦しいので離れて下さい」
外装修理くらいならマキさん一人でも出来る。
「直すよ、私の愛機だもん」
所有登録はフィアット工房ですが。
「そうじゃなくて、もう負けたくないの!」
「だから、風船花で闘技場に行くのが間違いなんですって」
そう、マキさんは闘技場の常連だったりする。
ふらりと出撃したと思えば、機体を壊して帰ってくる。初めて見た時は何事かと慌てたものだ。
「私は風船花が最強であることを証明しなくちゃいけないの!」
「土木作業で最強を目指して下さい」
武装もない機体で戦闘を行うのが無茶なのだ。
なんでも、事の発端はマキさんの母親、カストルディさんの奥さんらしい。
母親はお調子者な人物だったらしく、「私は風船花で闘技場を制覇した!」と娘によく話していたそうな。
それを真に受けたマキさんは、言葉だけの事実を実績を伴う事実にしようと奮闘しているのだ。
事実じゃないってそれ。誇張してるって絶対。
「そもそもなんですかいきなり? 今更っていうか、マキさん負け慣れてるでしょ?」
「負け慣れて堪るかーっ!?」
にゃおーっ! と吠える猫耳。
でも実際、上手く修理し易い感じで被弾してるんだよな。だからマキさん一人でいつも修理してる。
「あのねあのね、私は今日も頑張って戦ったの!」
語り出した。
「今思い返しても手に汗握る戦いだった―――逃げ回る敵機、必死に追い掛ける私!」
それって適度に距離を置いて銃撃されてたんじゃね?
「けど惜しくも一歩届かず、私は撃破されちゃったの」
途方もなく遠い一歩だな。
「そしたら相手の天士、クリスタル通信越しになんて言ったと思う!?」
「なんて言ったんですか?」
相槌打ってあげる俺って優しい。
「『風船花っつーより噛ません花? って感じだよな』って!」
「ぷっ、なんですかそれ。酷いセンスですね」
噛ません花って。噛ませ犬+風船花のつもりだろうか。
「笑うなっ! だからレーカ君にお願いしたいのよ」
「風船花の戦闘用への改造ですか? まあ、面白そうですし付き合いますよ」
「改造? そんなことしないよ?」
ならなにを手伝えと。
「レーカ君が風船花に乗って、『噛ません花』とか『テスト先生』とか『腕試し1号』とか言っている人達を、ギッタンギッタンのボッコボッコのグチャグチャにしちゃうの!」
「グチャグチャはちょっと」
色々言われ過ぎだろ。初戦で毎度負ける風船花はちょっとしたツヴェー闘技場の名物だそうだが。
「それに俺が乗れば勝てるとは限らないでしょ」
マキさんだって相当の腕前だ。毎日精密機器を運んでいれば、動作も洗練されるというものである。
「聞いたんだからね、レーカ君が軍人さんに勝ったってこと」
「ちょ、誰に?」
「君達が工房に来た時の、男の子の馬鹿っぽい方」
マイケル……
「いや、それでも。そもそも俺、登録してませんし。出場出来ませんよ」
「大丈夫! いい考えがあるわ!」
あ、禄でもないことだ、と俺は直感した。
「レーカ君が女装して、私のフリをすればいいのよ!」
「疲れてるんですよ、マキさん」
マキさんの話を適当にいなし、ヨーゼフの人型機を調整し終え就寝し。
次の日起きたら、飛宙船の中にいた。
しかも猫耳ヘアバンド付きのカツラを被り、スカートを穿いている。
飛宙船の窓に写るのは、女物の洋服を着た幼女だ。
「……異世界トリップの次はTSか?」
勘弁してくれ。年齢変化だけでも大いに戸惑っているのに、性別まで変わるとか悪い冗談だ。
スカートの中に手を突っ込む。
あった。なにがかは具体的にしないが、あった。
「ただの女装かよ……マキさんか? マキさんか!」
本気で俺を身替わりにして、闘技場に出場させる気なのか?
立ち上がって窓ガラスの鏡にて全体像を確認する。
そりゃあもう、見事な猫耳美幼女だった。
「笑えよ。ほら、笑えよ。俺は笑うよ。ハハッ」
突然立ち上がった俺に、他の乗客からの不審の視線が刺さる。
この飛宙船は乗り合いのバスか? 町から町へ移動する船ではないな、外が暗い岩肌だし。
ここはおそらく、ツヴェー渓谷のどこか、飛宙船用の地下トンネルだ。
そして流れから察して、船がどこに向かっているかは明白である。
「やっぱここかい」
闘技場だった。
平らな土地を抉り抜いて建設させたこの施設は、基本岩盤剥き出しである。
天井は存在しない。船着き場から先は常に空が見えている。
手抜き工事ではなく、こういうデザインなのだ。ツヴェー渓谷の職人達は手間を惜しみはしない。
証拠というには弱いが、床は磨いたかのように平らであり、壁も危険な尖った部分は削られている。
ここは正確にはツヴェー渓谷ではない。渓谷より数百メートル離れた台地である。
闘技場の要領は円形闘技場、つまりローマのコロッセオと同じだが、ツヴェー闘技場は地面を掘って作られた浅く広い縦穴だ。
深さ数十メートル、直径数百メートルに及ぶ縦穴は大型級飛宙船がすっぽり収まるほど広大だ。競技の障害物として岩が転がっているので着陸は無理だけど。
これほど大規模な施設、人型機あってこそだろう。地球でブルトーザー使って行うとすれば―――あれ、なんか出来そう?
地球の巨大建造物を鑑みるに、物量の前に技術差など大して問題ではないのかもしれない。
トンネルを抜けた先の発着場は闘技場を囲む階段状の観客席に繋がっている。
「さて、どこに行けばいいのかな」
「ふっふっふ。道に、否、人生に迷っているようだね少年!」
「余計なお世話だ」
黒フードの女がいた。
小柄な体格。頭のフードを突き上げ二つの突起。
「…………。」
空気を読むべきだろうか。
「なっ、何者!?」
我ながら白々しい。
「私は……えっと……私は、とある女性に君の手助けを頼まれた者。君がレーカ君だね?」
偽名は予め考えとけ。
「質問です」
「なにかね?」
「なんで『とある女性に君の手助けを頼まれた者』さんとは現地合流だったんですか。つかどうやって俺を着替えさせて飛宙船に放り込んだ」
「ふむ、なに簡単なことだ。現地集合なのは風船花を運び込むのに私が動かす必要があったから。君が着替えているのは眠りの魔法を使っただけだ、寝顔はなかなか可愛かったぞー」
「殴っていいですか?」
「ま、待ちたまえ。魔法をかけたのは私ではない」
今、寝顔は可愛かったって言ったやん。
「ならマキさんですね。あとで殴っておきましょう」
「待て待て、彼女はか弱い女性であって、殴るなんて以ての外だ! むしろ愛でろ!」
慌てふためく『とある女性に君の手助けを頼まれた者』さん。そろそろ勘弁してやるか。
「さてマキさん、なにか言いたいことは?」
「何事も経験だよっ」
女装の経験がいつ必要になるんですか。
「私は知ってほしかったんだ。レーカ君はメカニックにしか興味がないみたいだけれど、世界はもっともっと広い。色々な素晴らしいことがあるんだって」
俺を女装趣味に目覚めさせたかったのだろうか。
「……だめ?」
「……まあ、いいですよ」
実を言えば以前から闘技場にも興味があった。この期に及んで帰るのも往生際が悪いか。
「じゃあ受付してきますか」
「うん!」
「ところで俺の今日の仕事はどうなってるんでしょう?」
「大丈夫、お父さんに休みにしてもらったから」
「そっすか」
「その代わり明日が地獄だそうだけど」
「殴らせろ」
一瞬だが、自分が紳士であることを忘れた。
「すいません、出場枠はまだ開いてますか?」
「マキさんですか。いい加減、怪我をする前に手を引いた方が―――」
声をかけられ振り返りつつ忠告をした受付嬢は、俺達を見て固まった。
受付嬢と対面する俺。俺の背後に控えるフードの不審人物。
「こんにちは。出場登録をお願いします」
後ろから聞こえる声に合わせて口を開閉する。
自信をもって断言しよう。絶対ズレてる。
「え、えっと、マキさん? 小さくなったわね?」
「成長期です」
「瞳の色も変わったわね?」
「成長期です」
「別人よね?」
「成長期です」
淀みなく断言するマキさん。すげぇ。あんたすげぇよ。
「……ではこちらの書類にご記入下さい」
「えっ、認めるの?」
「控え室はいつもの部屋となっております。ご武運を」
「お、おぉ」
「今日は勝ちにいくわよー」
「はい、レーカ君」
「なんですか?」
マキさんにロケットを渡された。
打ち上げる方じゃなくて、写真を入れるペンダントだ。
「胸ポケットに家族や恋人の写真を入れておくと、生きて帰ってくるってジンクスがあるんだよ」
「俺がこれから向かうのは生死に関わる戦場ですか」
風船花の座席周りの調節を急ぐ。俺の試合まであと一時間もない。
大規模な改修はマキさんの許可が下りないが、少しでも戦闘に最適化せねば。
「あと俺が着てるのワンピースですが。ポケットありません」
「私のお古だけど、本当に似合ってるよ!」
二枚目だからな。
「三枚目ってゆーんだよ、レーカ君みたいな人は」
失礼な。俺は常に凛々しいのに。
ロケットは首に掛けておく。むしろこれが正しい着用法だ。
「鉄板持ってっていいですか? 盾代わりに」
「固定しなきゃいいよ」
ならハンドガンの使用許可が欲しい。あれだって固定してないのに。
「一回戦目は絶対に勝ってね。試合相手が『噛ません花』って呼んだ男だから」
「へーへー、よしこんなモンか」
座席周りにコンソールを増設する。
戦闘となればイメージリンクに頼っていられない。作業用装備もフルマニュアル制御可能としなくては。
「レーカ君、これ操れるの? 二重鍵盤のピアノ弾くのより難しそうだけど」
「なんとかします」
あと二重鍵盤舐めんな。
コックピットに潜る。
「もうスタンバイ?」
「少しでも機体に慣れないと」
時間はない。クリスタルの魔力が尽きない程度に、慣熟訓練しなければ。
試合時間となるまで俺はラジオ体操を続けることにした。
『さあいよいよ第一試合! 初戦は恒例の余興係、風船花戦となりました!』
そういう口上どうかと思うがねぇ?
格納庫兼控え室から闘技場のフィールドに直通するゲート前。この段階で既に会場の熱気が音と振動となり響いているようだ。
マキさんは観客席へ向かい、俺は一人、初めての人型機による実戦(前回は訓練だし)に集中する。
『対するはガチターン選手、彼の超重装機はあらゆる敵を蜂の巣にします! 昨日に引き続き派手な試合を見せてくれるでしょう!』
ほう、超重装機?
鉄扉を潜り三〇〇メートル先の敵機と対面する。
すかさず解析開始。その設計コンセプトに変な笑みが漏れざるおえない。
「あんな機体を浮かべて喜ぶか、変態共め」
ガチターン機は今まで見た中で最高の重量機だった。
両腕に20ミリガトリング、両肩にも20ミリガトリング、背中にも20ミリガトリング。
計五門のガトリングを装備している。
整備面から武装を統一しているのか。一発当たればダメージに関わらず有効打なのだから、もっと小さな機関砲に付け替えろよ。
「あれは……百花人のカスタム機か」
百花人。大戦時に帝国が量産した傑作機だ。
高い性能に優れたバランス、初期状態から五つの武装を搭載可能な火器管制。ただし、大量生産の為に工作精度は低く乗り心地も悪い。
しかし大量生産故の交換パーツの多さ、汎用性の高さは大きな魅力であり多くの冒険者の愛機として親しまれている。
ガチターン機は武装を交換している。流石にオリジナルは20ミリガトリング×五なんて変態じゃない。
武装も大概だが、脚部は更にぶっ飛んでる。
「小型級飛宙船を下半身として取り付けるとか、人型機じゃなくて獣型機だろ」
積載量に優れる飛宙船の浮力により、重火力重装甲を運用しているのだ。
あれだけの重量であれば、飛宙船といえど機動力の低下は免れない。
まさに正面から耐えきり、正面から叩き潰す機体だ。
『さあ両者とも準備が整ったようです! ではさっさと終わらせましょう!』
解説者ひでぇ。いや、選手より観客のテンポ優先なのだろうけど。
『試合、開始っ!』
合図とともに鉄板を構える。
機体がひっくり返るかと思えるほどの衝撃が、鉄板を介して風船花を揺さぶった。
飛び散る花火と鉄片。補助腕に加え両手の平で支えなければ後退してしまいそうだ。
激しく揺れるコックピット。鉄板の盾がみるみる削れる。
「―――や、っぱ来たなっ!」
三〇〇メートルなど20ミリガトリングの射程に余裕で入っている。射線にいる以上ぶっ放すのは当然だ。
卑怯でもなんでもない。そういう機体なのだから。
長距離攻撃を行う敵に対してこちらには攻撃手段がない。近付かなければ戦いにすらならない。
少しでも距離を詰めようと左右に回避しつつ駆ける。機動性はこっちが上だ円形闘技場のここで逃げ切られることはない。
「昨日は追いかけたってマキさん言ってたけど、あれホントかよ!?」
盾を必死に支えつつ叫ぶ。マキさんが誇張したか、上手く接近したかだ。マキさんがつまらない嘘を吐くとも思えないし、あれで操縦技術も高いので意外と後者である可能性も捨てきれない。
ガチターン機は浮遊し高度を上げる。闘技場から出たら反則だが、たかが数十メートル、されど数十メートル。
上に居座られるのは驚異だ。
「そろそろ盾が保たないか」
言った途端に限界を迎え、盾がへし折れる。
横に飛び、岩陰に隠れる。
あと五〇メートル。いいところまで近付いたか。
『そんな岩で隠れたつもりか、!』
クリスタル通信から敵機の声が届く。
『甘いぜ、俺のガトリングはそんな岩簡単に粉砕するぞ!』
宣言通り、みるみる欠けていく岩。
あまり時間をかけては距離を開けられる。ここはやるしかない。
ウインチのワイヤーを岩に巻き、クレーンに固定。
補助腕を突き刺し、両腕も岩に指を食い込ませる。
『風船花のパワー、舐めんなあああぁぁぁぁぁ!』
操縦桿を全力で引く。
人型機より巨大な岩が持ち上がる。
その異様な光景にどよめく会場。
『な、馬鹿な!?』
「はっ、土木建築用の風船花、リミッター外せばこれくらい屁でもねぇよ!」
『……つかお前誰だよ、別人だろ』
「ぴっちぴちの猫耳美少女だゴラァ!」
岩を盾に更に接近。だがやはり、鉄板の盾より脆い!
『ここまで届かねぇよ!』
「届くさ、こうやってな!」
両足を地面に踏み締める。
ワイヤーを掴み、その場で一回転!
背中を見せた瞬間に短時間掃射を受けるが、耐えきれないほどではない。
ダメージを無視し、スイングさせ大岩をぶん投げる!
『んな馬鹿なぁ!?』
飛来する岩を迎撃するガチターン。投擲した拍子に脆くなったのか、岩は空中で瓦解する。
大小様々な岩石がガチターン機を打つ。しかしその重装甲はダメージを通さない。
『ガ、ガチターン機に有効打! マキ機のダメージ覚悟の一撃が届きました! 今日の風船花は一味違う!?』
だが、ルール上は一発に変わりない。あと二発で勝利だ。
一気に駆け抜ける。
『チッ、どこ行った!?』
「こっちだよ」
俺が走ったのは物陰でも、投擲可能な小さな岩が転がるポイントでもない。
「あんたの機体の、真下だ!」
『なっ!?』
解析した時にすぐ気付いた。ガチターン機は真下が見えないし、銃口を向けられない。
「つまり、完全無欠な大死角!」
『はっは、……甘めぇよ!』
ガチターン機機体底面の装甲が爆破パージされる。
降り注ぐ装甲板、しかしこれは攻撃ではない。
『こちとら現役だ、死角なんざねぇ!』
黒い物体が内側から射出される。
爆雷。投下型の爆弾だ。
そいつは風船花に着弾―――
「するわけないだろ、『視た』からな」
―――せずに、マニュピレータで掴み取った。
解析の結果、コイツは時限式。自機からある程度離れたタイミングで発動しなければ自らダメージを受けかねないからだろう。
なので当然、すかさず投げ返す。
「これ落としましたよ、っと」
『おい馬鹿やめろうわああぁぁ!?』
元々収まっていたウエポンベイに見事はまり爆発した爆雷。ナイスシュー。
浮遊装置が大破しガチターン機は墜落、部品と装甲を撒き散らす。
『こぉの、俺はまだ―――』
「パーンチ!」
頭部コックピットをポカリと叩く。
これで、三撃目。
『トドメのへなちょこパンチがヒットー! ガチターン機、撃沈です! 誰が予想したかとんんだ大穴、つか誰か賭けた奴いるのか!? とにかくマキ機の風船花、連敗記録を破り初勝利を飾ったああぁぁぁ!!』
「おー」とか「へー」とか微妙な声を漏らす観客達。
観客席で飛び跳ねる黒フードの不審人物。
観客の皆さんはそもそも賭けに参加していなかったな。マキさんは勝ったかもしれないが、配当は微々たるものだろう。
片手を上げ僅かに俯きつつゲートに戻る。
ただカッコつけているだけである。
「悲しいものだな、勝利というものは……」
なにこれ楽しい。
軽く自分に酔っていた。
「覚えておけ、ガチターン」
『なんだよ』
「二枚目を敵に回す、それそのものを『死亡フラグ』と呼ぶのだ―――!」
『…………。』
「レーカくぅぅぅん……」
「勝ちましたよ」
風船花の前で涙目のマキさん。
「壊れてる、傷だらけ、ぼーろぼろ、あっはっはー」
風船花初勝利が嬉しすぎて泣いているらしい。いいことした。
「とにかく、これで俺の仕事も終わりですね。『噛ません花』呼ばわりした男も倒しましたし」
「なにいってんの。目指すは優勝よ!」
あんたがなにいってんの。
風船花は無茶な運用のせいで内側からダメージが蓄積している。オーバーホールが必要なレベルだ。
あれ、もしかしてそれも俺の仕事?
「レーカ君は私の見立て通り強かったわ! このままビクトリーを勝ち取るの!」
「別に貴女が見立てたわけじゃないでしょ」
「おーう、邪魔するぜ」
格納庫に髭面男が現れる。
「げっ」
露骨に顔をしかめたマキさんに、溜め息を吐く髭。
「げっ、はないだろ……まあ俺が悪かったけどよ」
「なにしに来たのよ、ガチターン」
あの機体の天士か。
「その……なんだ、あれだ。お前さんに謝ろうと思ってな」
後頭部を掻きつつ視線を逸らし、でもやっぱりマキさんに向かい合い直すガチターン。
「『噛ません花』なんつって悪かった。いい人型機じゃないか、風船花は」
「……そうでしょー! どうよ、どうよー!」
しかめ面から一転喜色満面となるマキさん。単純である。
バシバシとガチターンの背中を手の平で叩きまくる。
「ふふふん、私が本気になればこんなモンよ!」
「いや、試合で風船花に乗ってたのお前じゃねぇだろ?」
「……ワタシダヨ?」
嘘吐け。
「誰が乗ってたかはともかく、二回戦目にも出るのか?」
「機体損傷が激しいから辞退「なんかしないわ! 目指すは最強! 風船花がトップであることを証明するの!」聞けよ」
意地でも勝ちたいらしい。
「だそうだ、頑張れよ……坊主? 坊主だよな?」
「妹よ」
初耳である。
「だが次の試合はキツいと思うぜ、相手はバランス型の正当機だ。かなりいいセッティングなのか、動きのキレが半端じゃない」
「っていうかあれ、昨日レーカ君が弄ってた機体だよね」
「え?」
闘技場を覗ける窓から試合の勝者を確認する。
昨日俺が、闘技場仕様に改造したヨーゼフ氏の機体だった。
「自分が調節した機体を自分で壊すのってどんな気分?」
「あっ、泣きたい」
再び会場に足を踏み入れる。
最初より観客の声援が大きい。負け続けの奴がたまに勝つと応援したくなるよね。
相手ゲートからも人型機が現れる。
武装は長剣とハンドガン。銃は連射不可能だが、しっかり狙えば充分会場全てが射程内だ。
本来57ミリ砲が長距離攻撃を担うが、射程距離は手持ち銃と変わらないので外している。軽くなった分接近戦能力が向上しており、武装のない風船花では分が悪い。
「けど近付かなきゃ話にならないんだよなぁ……うーん、素晴らしいメンテだ。弄ったメカニックは腕がいい」
『なにを自画自賛しているんだ、君は』
うげぇ、こっちの正体がばれてる。
「お久しぶりです」
『今朝機体を受け取りにいったら君は行方不明だと聞いたが、なにがあった?』
「下っ端の辛いところです」
『そうか』
それだけ呟き、通信が切れる。冷めてるぜ。
『さぁーあ、いよいよマキ機の第二試合です! 先の勝利は偶然か、はたまた我々はツヴェーの新たな伝説を目撃しているのか!? 相手なんてどうでもいいので早速始めましょう! 試合開始ッ!』
ヨーゼフ機の扱いが酷いぞ。
観戦客の声援も概ねこちらに向いているようである。あんまりだ。
まずは岩場に隠れる。あの人型機に三〇〇メートルの距離から岩を砕くような火力はない。隠れていれば勝手に近付いてくるはずだ。
今のうちにウインチのワイヤーを編んで、ある『武器』を作る。
最も原始的であり、人力としては割と強力な類の兵器。
「出来たっ」
スリングである。
「敵機との距離は……二〇〇メートル」
急いだつもりだったが時間を取られた。さっさと作戦開始だ。
岩をスリングに込めて周辺環境を解析。
空気圧。温度。湿度。大気の粘度。風量。その他、弾道に影響する全てをシミュレートする。
風船花も同等に解析、支配。
ありとあらゆる要素を計算し尽くし、岩を投擲!
二〇〇メートル先の移動物体を観測班も誘導もなしに曲射で狙うなんて本来は不可能だが、全てを単身で担える俺には可能。
一度空高く舞い上がった岩石は、重力のまま高速で敵機に自由落下する弾頭となる!
想定外の攻撃だったのだろう、直前まで反応しなかったヨーゼフ機は着弾寸前で横に跳躍、回避した。
機体へのダメージは皆無。手持ちの銃が持ってかれてスクラップになっただけだ。
「チッ、もっと致命的なダメージを期待したのに」
前回の試合から、敵は俺が岩を投げることで数十メートルの長距離攻撃が可能と判断していたはず。
なので接近に回避行動を組み込むのは精々一〇〇メートル以内。一〇〇~三〇〇メートル間では直線移動を行うと踏んだのだ。
直線移動ならば予測による曲射が行える。しかし、それももう通じないだろう。
「だがハンドガンを潰せたのは僥倖か。中距離ならジワジワなぶられるのはゴメンだ」
俺が一番恐れていたのはそれだ。接近戦に強制的に持ち込めただけでもよしと……
「って、あの銃、俺が昨日丁寧に整備し直した奴じゃねぇか!」
トラブルが起きないようにと丹誠込めてメンテしたのに。あの様子じゃジャンク直行だ。
「畜生、ちくしょお」
半泣きで目の前の大岩にワイヤースリングを巻き付ける。手慰めである。
『なんというか、怒る気も失せるな。もっと目の前に集中したらどうだ』
「ちょっとほっといてくれ。今落ち込んでいるんだ」
いじけている間に寸前まで接近した敵機に視線を向ける。
『余裕だな!』
「うん接近戦自信あるし」
長剣を振りかぶり、風船花に叩き付けんとするヨーゼフ機。
その切っ先を補助腕で掴んだ。
『なっ、なに!?』
風船花本体はだらりと棒立ち。
補助腕だけが器用に動き、白刃取りをしてみせたのだ。
『馬鹿な。どれだけ精密な制御をすれば、腕を壊さずに白刃取りなど』
「そうでもないさ。補助腕は単純なペンチだが、その分強度が強い。マニュピレータじゃこうも簡単にはいかないよ」
片足を後方に下げ両手の平で掌底を胴に叩き込む。
「吹っ飛べ!」
『ぐうぅ!?』
地面から浮き上がり、五メートル程後退する敵機。
勿論剣は手放したりなんかしない。
「借りるよこれ」
剣を握り軽く振るう。武器ゲットだ。
『強い、強いぞマキ・フィアットォォッ! あっさりと一ポイント先取だ! このまま押し切るのか!?』
ハンドガン破壊はノーカウントか。まあいい。
スペアのナイフを握る敵機。
『やはり卑怯だな、武装が見透かされているのは』
まったくだ。
リーチとは絶対的な差だ。剣が槍に勝るなど迷信であり、結局は遠くから一方的に攻撃出来る方が強い。
ナイフの存在は知っていた。だが、槍が剣に勝るように、剣はナイフに勝る。正しい武術を会得していればそうそう勝敗が逆転することはない。
同じ条件、得意な接近戦、こちらが有利な武器。
これだけの条件に、勝利は必至と慢心してしまったのだ。
剣を横凪ぎに振るう。
ヨーゼフ機はそれを防ぐ素振りすら見せず無視した。
「は?」
片腕を切り落とす長剣。
しかし敵は怯むことなく接近、懐に入り込む。
ナイフがクリスタルの存在する胸部、その外装の隙間に突き刺さる。
「しまった―――」
魔力伝達が途切れるのが判る。風船花の半身が死んだ。
片膝を付く風船花。
敵機はあと一撃で落ちる。こちらはあと二撃、しかし半壊。
まずい。こんな状態では剣はもう使えない。
『戦いの心得えがあるようだが、人間と人型機では勝手が違うぞ。機械は腕が落ちようと痛みを感じないからな』
「そうだったな、師匠に言われてたのに!」
人体と機体は別物であると、散々アナスタシア様に教えられていたはずだ。
更に言えばあんなナイフで貫けるのは非戦闘用の外装のみ。風船花が戦闘用の装甲を備えていれば、刃の方がへし折れていた。
メカニックでありながら、彼我の機体特性を理解し切れていなかった。とんだ失態だ。
『先程の試合もそうだが、君は厄介だ。さっさと終わらせるぞ』
ナイフを動かない側から風船花に突き立てるヨーゼフ。これで二撃目。
一度引き抜き、再び放たれる切っ先。
「こうなりゃ一か八かだ!」
審判にどう判断されるか判らない。同士討ち扱いされるかもしれない。
だが、指一本でも動くのなら諦めない。風船花はまだまだ死んでなんかいない!
岩に巻き付けたワイヤーウインチを少しだけ巻き上げる。
数メートル後退する風船花。ナイフの切っ先から僅かに逃げる。
「こんなこともあろうかと! さあ一緒に逝こうぜ!」
突き出された腕を補助腕で挟む。それこそペンチで握り潰さんとするほどに。
『なにを―――』
「いけええぇぇぇぇ!」
ウインチを全力で収縮! 一気に敵機諸共大岩に突撃する!
『自滅する気か!?』
「ごめんだな、それは!」
生き残った足の裏を敵機の腹に押し当てる。
背を丸め、足で敵機を持ち上げ後方回転!
『まさか』
「巴投げええぇぇぇ!!!」
後ろの岩に敵を投げぶち当てる! ついでに風船花も勢いのまま体当たり!
フレームの歪む軋みの音、内装が砕ける金属音。
それは風船花も同等。重大なダメージを免れない。
沈黙する敵機。静まり返る会場。
『す、凄い一撃が決まりました……ですが両者とも3ポイント目、いえ……』
風船花の脚部に魔力を注ぐ。
油圧は断線し、無機収縮帯も疲労が溜まっている。
それを許容以上の過剰魔力を注ぐことで収縮させる。もう大腿部の収縮帯は交換必須だな。
『た、立ち上がりました! 満身創痍のマキ機、自滅せずに起動! 二ポイントのままとし、この試合風船花の勝利です!』
ほぼ片足立ちの人型機に、多くの人々が歓声を送る。
だが俺の心境は暗澹たるものだった。
『どうした、皆君の勝利を祝っているんだぞ』
自機が大ダメージを与えられたというのに冷静沈着に問うてくる対戦相手。
「……こんなに風船花をボロボロにして、勝利に意味があるんでしょうか?」
『やれやれ。その機体は君に応えたのだ。君が褒めてやらねばどうする』
「誉める? 人型機を?」
『長く天士をやっていると解るのだ、人型機にも意志があると。それに君はメカニックだろう、壊れたなら直せばいいではないか。世界の大半の物は修理可能だ』
「……はい」
そうだ。壊れたなら直せばいい。
世の中に沢山ある『修理不可能なもの』を守る者、それが人型機なのだから。
「ふへへへへ~、ぼっろぼろ~、ふーせんかぼっろぼろ~」
マキさんが壊れた。
「あー……えっと」
さすがに開き直れない。壊し過ぎた。
マキさんじゃなくて、風船花を。
「棄権、します?」
「する」
おや。意外にも肯定された。
これだけ損傷していれば当然なのだが、マキさんはそれでも優勝を目指すと思っていた。
風船花の現状はクリスタル制御用魔導術式が中破、油圧システムが大破、背面作業用アーム類が大破、無機収縮帯……特に下半身が中破である。第一試合でリミッターを外したのが全身に響いている。
フレームや内部機構は比較的無事だが外見は満身創痍、辛うじて人型というレベルだ。
「風船花の損傷もそうだけど、次の相手はやばいの」
「やばい?」
「うん。さっき気付いたけど、あの人には勝てない。どんな天士でも。……銀翼でも」
銀翼でも、って、嘘だろ?
シルバーウイングス。トップクラスの操縦技能を持った天士に送られる、天士資格の最高位。
地球でいえばテストパイロットや宇宙飛行士などの領域に生きる者達。
それが、勝てない?
「……ガイルでも?」
俺が唯一会ったことのある銀翼がガイルだ。ツヴェーに来てから多くの天士と出会ったが、未だシルバーウイングスはおろかトップウイングスにすら遭遇していない。
「それは判らない。ガイルさんも伝説クラスの人だから。そもそも飛行機天士のガイルさんと人型機天士の彼女では戦場が違うもの」
伝説……ガイルが? それと今、彼女って?
「次の試合の相手は女性ですか?」
頷き、窓の側に手招きするマキさん。
控え室から闘技場を観戦する窓を覗いた先には、まるで甲冑のような人型機が立っていた。
足下には試合相手と思われる人型機。……だった物。
四肢を切り刻まれ、装甲をバターのように裂かれた人型機のスクラップ。
『圧倒的だあああぁぁぁぁ!! 何人たりとも寄せ付けない、まさしく最強の伝説!! 彼女が闘技場に現れた以上他の選手は平伏すしかないというのかあぁぁ!?』
興奮気味のアナウンス。だがそれも当然だろう。
一目で理解した。あれは異常だ。解析するまでもない。
違うのだ。あれは兵器ですらない―――魔神だ。
どこか達観した猫の瞳でマキさんは呟く。
「そう、世界最古にして最強の人型機天士、キョウコ。彼女が次の試合相手よ」
最古にして最強。
それが、俺がこの世界で出会った二人目の『銀翼の天使』だった。