夏の熱風と異世界の風
なぜか一週間更新再び成功!?
サブタイトル付けたりフリーパイロット→自由天士にしたりと、色々変更してみました。
やっぱりメカニックシーンは書くのが早いです。
「レーカ! 左腕装甲持ってこい!」
「はい!」
「レーカ、こっちの仕様書知らないか!?」
「知りませんよ! あ、さっき山羊の獣人がそれっぽい紙を食ってました!」
「マジか!?」
「レーカ君、お腹空いたー」
「さっき奥さんがお菓子差し入れて来まし……マキさんそれ俺の管轄?」
フィアット工房は今日も忙しい。
夏真っ盛り。灼熱地獄と化した工房だが、だからといって仕事が無くなるわけもなく。
ひっきりなしに門を叩くフリーパイロット達はとどまることを知らず、お前ら少し夏休みでも取れよと言ったら「だから機体預けたんだろ」と返された。
歴戦のフリーパイロットも暑い季節に仕事などしたくはないのだろう。働け。
「その点飛行機乗りはいいよな。防風開ければ冷え冷えだ」
「お前飛行機乗り馬鹿にしてるだろ?」
ただの愚痴である。
「昼休みだよーご飯だよー!」
マキさんが鍋の底をお玉でガンガン叩きながら作業場へやってきた。
「うし飯だ! 行くぞレーカ!」
「うっす!」
ゾロゾロと男達が移動する。
暑苦しいことこの上ない。食わんとやってられないのである。
あっさりした食事では腹が満たないので、取り敢えず肉。
長いテーブルを囲み、大皿に盛られた肉料理を全員で奪い合う。
そんな日常だ。
「どうだレーカ、少しは慣れたか?」
カストルディさんが隣に座る。新入りの俺をなにかと気にしてくれるあたり、見かけによらず面倒見がいい。
「体力面では問題ないです。暑いですけど」
「そりゃ、常時身体強化魔法使ってりゃな……なんで一日中保つんだよ、ずりぃな」
最近では珍しくチートを有効活用している。この体は魔力が使った側から回復するので身体強化に制限時間がない。
クレーンよりも手持ちの方が早く、最近では大荷物を運ぶのにパシられることも多い。
新人だから、当然といえば当然だが。
「人型機の頭部モジュールを頭に載っけて歩いてるの見た時はなんの冗談かと思ったぜ」
人型機の頭部、脱出モジュールを兼ねている球体型のコックピットである。
なんでも、頭が超デカい奴が歩いているように見えたとか。
「よーし、レーカ! 午後からは楽しい楽しい資材の搬入を任せるぞ! 力仕事で誰もやりたがらねぇが、お前なら問題ないだろ」
「えー」
抗議の声を上げる。本気ではないので棒読みだが。
「なんだよ、嫌なのか?」
「作業が出来ません」
機体をいじるのが楽しくてここにいるのだ。荷物運びなんてつまらない。
「人型機に乗って良いぜ」
「じっくりやってきます!」
久々に人型機に搭乗する機会を得た。ゼェーレストに来たギイハルトと模擬戦をして以来だ。
「ちゃっちゃとやってこい」
「じっくりコトコトやってきます!」
そこは曲げない。
「……ま、いいだろ。お前だけじゃよく判らんだろうから、マキを付けるぜ」
「複座機?」
「別々の機体だっての。二人居る意味ねーじゃねぇか。別にマキが人型機乗ってお前がちょこまか足元走り回ったっていいんだぜ」
「単座サイコー!」
飯を食い終わり、しばしの休憩の後事務所へ向かう。
「マキさん、いますか?」
「いるよ、どの子に乗るか決めた?」
フィアット工房には幾つか機体を所有している。
工房所有となれば若干の趣味改造は施されており、流石に個性的なのばかりだ。
しかも残念ながら唯一まともな機体はマキさん専用機と化している。
「風船花は渡さないからね」
「解ってますよ。……コイツにします。ずっと乗りたかったので」
事務所の壁に設置されたキーロッカーから鍵を摘み取る。
鍵のタグには『多脚獣型機』の文字。
名前すら与えられていない、以前ゼェーレストにやってきた機体だ。
「別にいいけれど、それ足場の悪い場所用だよ?」
「獣型機、扱ったことないんです」
青空教室では戦闘用人型機の適正すらないと判断され、獣型機には乗せてもらえなかった。
仮に乗っていたとしても動かせなかっただろう。獣型機の操縦システムを習った今ならば確信を持って言える。俺には合わない。
しかし、それはそれ。これはこれ。
乗ってみたいことは変わりないのだ。
格納庫へ移動しそれぞれの機体へ乗り込む。
マキさんは風船花へ。俺は獣型機へ。
|改造済土木建築用人型機《漢字の羅列ってカッコイイ》である風船花は仰向けに寝た姿勢を駐機姿勢としているが、八本の足を持つ獣型機はケツを地面に降ろし上半身を直立させた状態が基本だ。
足の一本から背中によじ登り、ハッチを開いてコックピットに潜り込む。
沢山のレバーとスイッチ、正面に据えられたフロントガラス。基本は人型機と変わらない。
シートに尻を落とし、据え付けられた小さな箱を開鍵する。
内部には起動レバー。
それを操作すると電気回路が繋がり各部のモーターが作動する。
魔力が機体全身に満ち、発電機とコンプレッサーが稼働を始める。
回転部品による甲高い作動音。油圧シリンダーに力が籠もり、機体が微かに震えた。
各部システムが立ち上がる。当然、イメージリンクもだ。
前回は魔法が使えずイメージリンクを確立出来なかったが、今は可能。むしろ、獣型機はイメージリンクなしでは満足に動かせない。
イメージリンクについておさらいしよう。
例えば目の前のコップを手に取ろうとした時、『腕を五〇センチ前方へ伸ばし、指を七センチ開き、筋力を三〇パーセントの握力で締めて掴む』などと考える人は当然いない。
そしてそれを実際に行えば、大抵失敗する。所詮は目算、人間の感覚なんていい加減だ。
人間は体をイメージで操作する。そのイメージを操縦桿と肢体の動作に挟むさせることで、齟齬を解消するわけだ。
一見精密制御が可能となりそうなイメージリンクシステムだが、実は逆である。
最初に述べたように人間の感覚なんていい加減。そのいい加減な情報を読み取った人型機の動作もまた、不完全なものとなる。
すなわち、操縦桿と実際の動きに誤差が生じるのだ。
高度な戦闘となればこの誤差こそ障害となる。機体制御を簡易とするはずのイメージリンクが、逆に足を引っ張る。
その為イメージリンクは搭乗者の案配でリンク強度を変えられる仕様となっている。
素人のマリアであればイメージリンクが強くほとんど直感的に。
軍人のギイハルトであればイメージリンクを手放しほぼマニュアルで。
そして俺の場合となれば、解析魔法を併用することでイメージリンクなしのフルマニュアル操作が可能となるのだ。
これが俺の強みであり、俺のみに許された技術。
アナスタシア様曰く、理論上俺より精密に人型機を制御可能な者はいない。
そんな俺だが、獣型機をフルマニュアルで操作するのは物理的に不可能だ。人型機の操縦はそれぞれの手足がおおよそ対応しているが、生憎人間には足が八本もない。
存在しない手足を動かすのにどうするかといえば、イメージリンクで操作するのだ。フットペダルは前後進の操作程度に終始することとなる。
これでは俺の長所であるフルマニュアル操作は不可能。故に『俺には合わない』わけである。
「とはいえ、ただの作業だしな」
高速精密作業を求められるわけではないので、イメージリンク制御の割合が多かろうと問題ない。むしろ、ただ歩いたりなどといった単純な操縦は熟練者であってもイメージリンク全開にする。楽だし。
機体の全体像をイメージしつつ、脚部に力を込める。
八本の脚が地面を踏みしめる。
ゆっくりと持ち上がる上半身。
それはさながら、獲物を捕らえる地獄の檻。
そう、コイツは鬼だ。決して獲物を逃がさない、地獄の門番だ。
故に名付けよう。お前の名は―――
「いくぞ、鬼檻脚!」
『勝手に変な名前付けてるし……』
ペダルを踏み込むと、のしのしと二機は格納庫から発進した。
ツヴェー渓谷の上は台地となっており、中型、大型級飛宙船の船着き場が設けられている。
何十機もの人型機が飛宙船のスロープを上り下りして、せっせと荷物を積んだり降ろしたり
しているのはどこかシュールさすら漂う光景だ。
遠目では甲冑を着た人間が働いているように見える。写真を撮って地球人に見せれば「脱げよ暑苦しい」といわれること請け合いかも。
この町に来て人型機や飛宙船が想像以上に生活に溶け込んでいることにも驚いたが、やはり一番はアレかもしれない。
中型級に混ざり、途方もなく巨大な船が停泊している。
全長三〇〇メートル。高さも場所によっては五〇メートルに至る。人型機の五倍だ。
沢山のプロペラを備えた空飛ぶ巨大船。大型級飛宙船である。
絶大な積載量を誇る大型級は、あまりに大き過ぎて並の組織では運用出来ない。
その大きなキャパシティを生かしきれる需要があってこそ、真価が発揮されるのだ。
扱いにくさは断トツだが、効率も断トツ。同じ量の荷物を中型級で往復して運ぶよりはずっと安上がりに済む。
「いやほんと、でかいよなぁ」
『こっちこっち。あんなデカブツに配達依頼してないから』
長い坂を登り終えた俺達は一直線に工房馴染みの中型級飛宙船へ向かう。
『こんちわー』
受領の手続きや打ち合わせはマキさん任せだ。俺はその間、獣型機に慣れるべく色々動作を試しておく。
超接地旋回、跳ね上がり、カニ歩き。
細かな動きはややこしくて困難だが、「こっちに行きたい」「あっちに跳びたい」等の大雑把な動きはかえって楽だ。イメージリンクすげ。
『アルミニウム、超々ジェラルミン、銀、……よし、ちゃんとあるわね』
ツヴェー渓谷は鉱山しても優秀で、仕入れるのはここでは掘れないレアメタルや部品だったりする。
せっせと貨物を運ぶ。
「ククク……やはり、凄まじい安定性だぞ鬼檻脚ッ」
『多脚なんだからあたりまえでしょ』
小さな箱や人型機の大きな手では取りにくい荷物は、俺が降りてマキさん機の手の平に積んでいく。
そして用意した飛宙船まで移動し、また俺が手作業で荷台に運ぶのだ。
結局走り回る羽目になっている件に関して、俺はカストルディさんに騙されたと判断してもいいと思う。
いかん、熱で頭がぼーっとしてきた。
「あ、あと何回往復ですか……?」
『……がんばれー!』
答えて下さい。
炎天下で走るのはツラい。人型機乗れないし、ほんと、これが嫌で俺に押し付けたんじゃなかろうか。
当然ながらマキさんにこれをやらせる気はない。俺は紳士である。
以前のように手の平に乗ればいいと思うかもしれないが、あれって本当に揺れるのだ。落ちたら怪我する。
周囲を見渡すと、同じような作業に取り組む人がいる。
ほとんどがゼェゼェ息を切らしながら走っているが、中には飛宙艇で移動する猛者もいた。
「なにあれずるい」
『あれが本来の使い方なんだから、楽したいなら覚えれば?』
簡単に言ってくれる。
飛宙艇。浮遊装置を内蔵したボードとセイルのみで構成された、世界最初の簡易航空機。
しかし如何せん、現代ではその扱いにくさと事故の危険性から骨董品と化している。
ボードは浮遊装置のせいで重く、風や重心を読み取るのも楽ではない。
いかにも体重が軽そうなソフィーは、重心を取るためにほとんど真横にまで体を倒していた。
これほど扱いにくいと敬遠されるのも当然である。飛宙艇は運転の容易な飛宙船の登場によって廃れ、そもそも乗れる人間もほとんどいなくなった。
それでも完全になくならないのは、飛宙艇故の利点もあるからだろう。
例えば、クリスタルを使用しないこと。
乗り手の魔力を注ぐ飛宙艇はクリスタルを装備していない。技術の発達と共にクリスタルの単価も値下がりしたそうだが、それでも高価であることには変わりない。つまり安上がり。
また、小回りの良さや扱いの気軽さも魅力だろう。
逆に難点は操舵の困難さ、安全面の未成熟さ、そして重量制限の厳しさ。
まあ結局、一番の問題は操縦の難しさだろうな。これを解決できれば素晴らしく便利な乗り物だ。
『どうしたのレーカ君?』
「いえ、すいません。……あの、飛宙艇を改良しよう、という試みは今までなかったのですか?」
『うーん、言いたいことは判るけれど、飛宙艇って完成してるでしょ?』
そう、飛宙艇はどこまでもシンプル軽量を追い求めた、一種の機能美があの姿なのだ。
『パーツを極限まで減らし軽くして、自然の風を推力とすることで魔力なしで前進する。浮遊装置もこれ以上重くなれば大型化せざるおえない、そうなると魔力消費が跳ね上がる。結局このサイズが理想なんだよ』
「そうなんですが……ほら、飛宙艇ってひっくり返り易いでしょ? せめて重心の調節とか出来ないもんなんですかね」
例えば、自転車やバイクのように跨がる形式にしたり。
股の間に浮遊装置を配置すれば、浮力発生箇所が上に移動してひっくり返りにくくなるはずだ。
「…………。」
『どしたの?』
「……これ、ありかも?」
重量も素材技術の発達で幾らか余裕があるはずだ。
仮に万人向けとならなかったとしても、俺の魔力量なら、ぶっちゃけ普通の飛宙船だって動かせる。自分用として作るのもいい。
「よしっ、帰りましょう!」
『搬入し終わったらね』
ヤカンに直接口を付け、魔法で冷えた水を胃に流し込む。
呼吸すら忘れ、暑く火照った体が急速冷却される快感に酔う。
あまり急に飲むと腹を壊しかねないとは理解しているが、それでも止まらない。
「―――っぷ、っはああああぁぁぁ!」
結局ヤカンの水を全部飲みきってしまった。
「……と、いうわけですよ!」
「どういうわけだよ」
荷物を運び終えた俺とマキさんは、灼熱の工房へと戻ってきた。
外は風があるが日の光もある。屋内は風がないが日もない。
どっちにしろ灼熱だ。
「仕事後の工房を貸してほしい、だぁ?」
「はい!」
カストルディさんに直談判を決行中である。
「なにすんだ、なんか作りたいのか?」
「飛宙艇です! 今こそ飛宙艇の時代なんです!」
飛宙船を自動車や電車に当て填めるなら、飛宙艇は自転車だ。
この世界では一人一台で飛宙船を所有していたりはしない。町中の離れた場所へ移動するならバスのように定期運行する飛宙船を利用する。
それはそれでいいのだが、やはり個人所有の移動手段だって必要だと思う。ゼェーレストのような田舎に住んでいると尚更だ。
「この世界には、一人~二人乗りの簡易な乗り物……エアバイクが足りない!」
拳を握り締め力説する。
「えあばいく? つーか今時飛宙艇?」
「飛宙船の発達により飛宙艇は忘れられた遺物となりました! でも、飛宙艇にはまだまだ可能性が眠っている、そう思うんです!」
「……ま、たかが飛宙艇だしな。構わんぜ、好きにやりな」
「ありがとうございます!」
話の分かる上司がいると嬉しい。
「とはいえ一人で残すわけにもいかんしな。いや、お前さんを信頼してないってわけじゃないぞ?」
弁明するカストルディさんだが、別に当然なので怒りはない。
ここには金目の物が意外とある。夜にこっそり運び出して転売すれば、それなりの金にはるはずだ。
信頼の有無に関わらず、後々のトラブルを防ぐ為に配慮は必要である。
あと安全面でも問題か。俺が機材に潰されて身動きが取れなくなれば、一人だと終わりだ。
「マキ、お前が付き合え!」
「え、やだ」
露骨に嫌そうな顔をされた。猫耳がへにょんと縮む。
そりゃ、いつ終わるか判らない作業を手伝えといわれれば誰だって嫌だろう。暑いし。
「今日やれば明日休んでいいぞ」
「ホントッ!? やるやる!」
これには俺が驚いた。マキさんは女性だが、裏方としてはベテランの大きな戦力だ。なにせ生まれた時から鍛冶場を見ていたのだし。
マキさんが欠ければ相応に仕事がキツくなりそうなものだが、なぜそこまでして俺の趣味を後押ししてくれるのか。
「なんせナスチヤが呆れるような奴だからな。なにを作るのか、楽しみにしているぜ」
「お、おう」
プレッシャーかけられた。俺だって念密な計画の上でやっているわけじゃないので、あまり過度な期待はしないでほしい。
「お前らー! レーカが明日すっげぇ作品を見せてくれるってよぉ!」
「おー!」
「マジで、超期待だぜ!」
「頑張れよ~」
ハードルガンガン上げにかかってやがる。
「ふんっ、その髭が全部抜けるくらいびっくりな物作ってやります!」
「ガハハ、そりゃあ楽しみだ!」
職人達がはけた工房は、普段とのギャップに戸惑うほど静かだった。
高い天井に響くのは俺の足音と、マキさんの寝息だけ。
……なんで寝てるんだろう。完全にさぼっている。
まあ事故が起きれば叫んで起こせばいい。早速作業を始めよう。
自転車を元に、各機関を納める空間を考慮しつつパイプを溶接する。
倉庫から飛宙艇用の小さな浮遊装置を持ち出す。小さなといってもやはり重い。
とりあえず座席と浮遊装置を組んだ。理屈ではこれで、もう飛ぶ。
自転車といいつつ、乗車姿勢はアメリカンバイク方式を選んだ。重心を低くかつ、浮遊装置を上部に配置出来る。しかも空気抵抗も少ない。浮遊装置を抱えるような体勢だな。
「さて、あとは推力だが」
エンジンかモーターか。エンジンだとしてもどのような方式か。
「あるいは化学式エンジンってのもありか?」
いやいや待て待て、この機体に求められている能力を考えようか。
用途は基本、町中での使用が前提だ。速いに越したことはないが、飛宙船の現代技術における最高速度、時速一〇〇キロは必要ない。
普段から使用するということで整備性の悪いのもアウト。
「残念、化学式エンジンは却下か」
燃料補給が必要なのでセルファークでは化学式エンジンは普及していない。クリスタルは一日で魔力回復するのでリーズナブル。そしてエコ。
でもあることはあるのだ、化学式エンジン。一回使い切りであればこっちの方が安上がりだ。クリスタルは高価だし使い捨てなんて論外。
「整備性のいいエンジン……ピストンは却下だな。往復部品のないジェットエンジンか?」
自動車のエンジンはピストンを使用しているので、機械的負担が大きかったりする。
対して飛行機等のジェットエンジンはタービンが一方方向に回るのみなので消耗は少ない。熱による劣化は問題だが。
ようは出力を落として使えばいいのだ。それはピストンでも同じだけど。
「こんな時こそネ20エンジンの出番かも」
パルスジェットエンジンはタービンすらない。ぶっちゃけ筒だ。
メンテナンスフリーは凄まじいが、エネルギーの変換効率は悪い。
とはいえクリスタルでの運用前提だからネ20エンジンは存在を許される。
長持ち、ほどほど高出力。
よくよく考えるとニーズに合った、よく出来たエンジンだ。
「燃費がよくて低速度域に適したエンジン。ジェットは低速に適してないし、プロペラはピストンが……」
いや、プロペラ=ピストンエンジンだというのが間違いだ。
あるじゃないか。ジェットエンジンでプロペラを回す方法!
「ターボプロップエンジン!」
ターボプロップとはジェットエンジンにプロペラを付けた、小型・高効率を特徴とするエンジンである。
ジェットエンジンのシャフトは高速回転する。その回転を減速機を経過させプロペラを回すのだ。
ジェットエンジンとしての推力はほとんどが失われるが、そのパワーで回されるプロペラは粘り強いパワーのある推進力となる。
地球でプロペラの旅客機や輸送機を見かければ、よほど古い機体でなければ大抵このエンジンだ。
バイク程度の重量を、そこまで速度を求めず動かすとなればかなり小型のエンジンで充分なはず。
倉庫を漁り、ペットボトルサイズのエンジンを見つける。
減速機と適当に作った扇風機の羽みたいなプロペラを搭載。
プロペラはプッシャー式、機体後部つまり座席の後ろにした。
「ふふふ、俺の最速伝説が始まるぜ」
意気揚々と座席に跨がる。
浮遊装置+エンジン、これで一応進むはずなのだ。
「さあ発進だ! エアバイク初号機、行けぇ!」
エンジンから伸びた紐を引っ張り、魔力を注ぐ。
ジェットエンジン特有の甲高い音と共にプロペラが数回転し―――停止した。
「あれ?」
何度か試すが、始動する様子はない。
この感覚はまさか……エンスト?
エンジンストップ。マニュアル自動車でクラッチをミスした時などにエンジンパワーが駆動部の抵抗負担に負けてしまい停止する、あれ。
「あー、そっか。プロペラが重いのか」
ターボプロップの利点を生かす為にプロペラを幅広三枚にしたのだが、始動からアイドリングにまで持っていく加速の負荷が予想以上に大きかったのだ。
プロペラを軽くするかエンジンを大きくする?
「うーん、いや。動くはずなんだパワー的には。それにプロペラを軽くしてもエンジンを大きくしても効率が悪くなる。自前の魔力で飛ぶコイツにとっては致命的だ」
ならば自動車の技術をそのまま応用しよう。
さっそく部品を追加する。
「クラッチを備えたエアバイクに死角はない」
クラッチとは動力を機械的に切ったり繋いだりする装置だ。
もう一度エンジン点火を試みる。
クラッチを切った状態で紐をぐいっと引く。チェーンソーのあれに近い。
空転するエンジンに魔力を込める。
筒に火が灯った。
連続的な燃焼は回転となり、やがてジェット特有のキーンという音が響く。
「やった! ちゃんと回った!」
ここからが問題だ。
少しだけ回転数を上げ、ゆっくりとクラッチを繋ぐ。
初めはゆっくりと、徐々に回り始めたプロペラ。
微風はあっという間に強風となる。プロペラは座席の後ろだが、もっと大きな背もたれを用意しないと吸い込まれそうで危ないな。
クラッチを繋ぎきり、出力を下げる。
アイドリング状態に達する。しかし、プロペラが止まる様子はない。
「成功、だよな。後はこのまま浮かべば」
浮遊装置を起動する。
さすがにドキドキする。胸の鼓動が治まらない。
新世代飛宙艇、その初飛行だ!
エアバイクは工房の床から浮かび上がり、数メートル前進し―――
―――凄まじい速度でローリングしだした。
「な、なんじゃこりゃーっ!?」
捻るように横にクルクル回る飛宙艇。必死にしがみつくも、遠心力に放り出され五メートルほど放り出された。
「ぐえっ」
背中から落ちて呼吸困難に陥る。そこに陰が差した。
エアバイクが跳ね回りながら、俺に向かってきていた。
「う、わあああぁぁ!」
「危ないっ!」
飛び出してきた人物が俺を拾い上げ、安全圏まで退避する。
壁に突っ込むエアバイクが工房を揺らす。
「だいじょうぶ?」
「マ……キ、さん?」
俺をお姫様抱っこしていたのは、先程まで寝ていたはずの猫少女だった。
「起きたの?」
「『なんじゃこりゃーっ!?』でね」
エンジン音がそれなりにうるさかったはずだが……って、そんなの聞き慣れているのか。
「稼働実験をする時は安全を徹底して、非常停止の手順も把握しておくこと」
「ごめんなさい」
非常停止を用意していなかった時点で、明らかに俺のミスだった。
「また随分と吹っ飛んだね。どしたの?」
「機体に回転する力が働いて……あ、そっか」
プロペラのトルクだ。
レジプロ機ではどうしてもプロペラの反動が発生する。
軽量なエアバイク、それも主翼などが存在せず回転の際空気抵抗も発生しないとなれば当然回りやすい。
「どうするの?」
「ご心配なく、解決法はずっと昔に完成しています」
歪んだフレームを戻し、プロペラを改造する。
「じゃん! 二重反転プロペラです!」
「二重反転って高難易度なはずなのに、あっさり作るね……」
工作精度はカストルディさんにも誉められている。
説明しとくと二重反転プロペラの長所はトルクの左右相殺と、羽が増えることによる推力増大である。
欠点が色々有りすぎてあまり採用されていないけど。
早速試運転すると、今度は真っ直ぐ飛んだ。
「あっさり行き過ぎて肩透かしだな」
「楽しいねこれ!」
マキさんが未完成のエアバイクを乗り回す。舵もないので方向転換は重心移動だ。
「なんか、舵要らないですか? 普通に飛んでますけれど」
「いるって。レーカ君乗ってみて」
言われるがままに試乗。
「お、お、おおおおおおおお?」
傾く。真っ直ぐ飛ばない。なにこれ。
重心だけでは安定しないということか?
「舵、ってゆうかエルロンを付ければ安定はさせられるね」
エルロンは飛行機の主翼端に位置する、ロールを制御する方向舵である。
確かに幾ら傾こうが、その都度制御してしまえば真っ直ぐとなる。が……
「駄目です。真っ直ぐ進まない乗り物なんて欠陥でしょう」
「ま、そだね」
ここに来て難題だ。
空中で空力なしで姿勢制御する方法なんてあるか?
いや、いっそフライバイワイヤ的な、逐次自動姿勢制御機構を組み込む?
「難しいな。セルファークでは電子制御なんてこれっぽっちも発達していないし」
この世界のコンピューター技術は真空管レベルだ。
厳密に言えば魔導術式によるちょっとした電子工作レベル。なのでミサイルなども存在しない。
一から作る? 俺だってそっち方面は詳しくないのだ。
ジャイロで傾き検知センサーを用意して、傾けば即座にカウンターを当てるとか。
「頑張れば出来なくもなさそうだが……ん、ジャイロ?」
待て待て。そもそも地球のバイクはどうやって姿勢を安定させている?
バイクは二輪だ。にも関わらず、人が乗っていなくとも真っ直ぐ走る。
重心移動もあるだろう。しかし、その足掛かりとなるのは……
「タイヤのジャイロ効果か」
つまり玩具の駒だ。回っていれば倒れない力が働く。
ならばタイヤを実装するか? でもなぁ……
「相当なデットウェイトだぞ。駆動系にサスペンション、いや空を飛ぶならサスは要らないか」
タイヤを回すには変速機が必要だ。プロペラを適当に回すのとはわけが違う。
「どういうこと?」
「車輪を付ければ安定するけど、重くなっちゃうってことです」
「そういうものなの?」
「そーいうもんです。でも大半が空中移動のエアバイクにそんな凝った走行装置は必要ありません」
そうだ! 浮遊装置をくるくる回すっていうのはどうだろ?
「さっきの問題再燃するし」
浮遊装置も二つ用意して、反動を相殺する?
「いいとおもうけど。タイヤ付けても」
マキさんが耳をパタパタさせつつ提案した。
「どうしてです? 日常生活で地上を移動することなんて……」
「大半でしょ」
……確かにそうか。
飛宙船に乗っていた時も地を這って飛んでいた。飛宙艇だって地上スレスレを滑走する航空機だ。
高度を上げるのは中型~大型級飛宙船か、飛行機と相場が決まっている。
「水陸両用ならぬ、空陸両用?」
必要な時だけ飛び、普段は地面を走ると。
「確かに考えてみると、常時飛ぶ必要ってあんまりないよな」
舗装された場所が少ないので空を飛べないと困るが、常に浮いている必要もない。
空中では前後のタイヤを反転させトルクを相殺。低パワー高スピードでジャイロ効果を狙う。
地上では高パワー低スピードで同方向にタイヤを駆動。プロペラをクラッチ解除で空転状態にし、浮遊装置もカットすることで魔力消費を節約。
そうなると設計を根本からやり直す必要があるな。
浮遊装置の位置を低くして、地上時での重心を安定させる。
クラッチ、変速機など色々詰め込んで大型化してしまった駆動部を真面目に設計し直し、小型軽量化。
これが一番大変だった。空と陸で動きが変わるので複雑化しやすいのだ。
舵とハンドルも装備。ハンドルバーの上に各部の操作スイッチを並べる。
「すっげぇややこしい」
アクセル、ブレーキ、クラッチ、ギアチェンジ、浮遊装置のオンオフ、前後タイヤの正転反転切り替え。あと非常停止ボタン。
操作系統を練り直すのは後からでも出来るので、今はこれでいいや。
「こんなもんか?」
恐る恐る跨がり、テスト飛行を開始する。
「レーカ君」
「あ、はい」
マキさんに渡されたヘルメットを被り、ガイルに貰ったゴーグルも装着。
異世界にノーヘル違反なんてない。テスト飛行だから今回だけだ。
エンジン始動。二重反転プロペラは回さず、地上走行モードからテストする。
そういえばプロペラも地上では空気抵抗だな。回ってない時はたたんでおいて、遠心力で展開するようにあとで変更するか。
低速からクラッチを繋ぎ加速する。
「ちょっと重いが、バイクとして乗れるな」
サスペンションはやっぱり必要か。高い段差は浮いて乗り越えるとしても、振動を吸収する程度の簡単なものは付けないと、ハンドルを握る手とケツが痛い。
今度は空中飛行モード。
軽くエンジンを吹かし、クラッチ切り替え。トルクをプロペラへ配分。浮遊装置起動。
前輪が浮いた時点で反転を開始。
後輪が浮き上がる。抵抗を失ったタイヤは高速空転へと移行。
軽くハンドルを引く。
車頭が持ち上がり、エアバイクは工房の中を飛行してみせた。
「よしっ。安定しているぞ」
壁が迫ってきたので重心移動とエルロン操作で機体を傾ける。
エレベーターを操作、エアバイクは見事に旋回飛行を成す。
「成功、かな」
思った以上に操縦が楽だ。ジャイロいい仕事してる。
「レーカ君乗せてー!」
「マキさんバランス感覚良すぎてテストにならないので駄目です」
猫の獣人は伊達じゃない。ソフィーほどの出鱈目ではないが、一般的な平均として考えるのは不適切だろう。
しばし様々な機動を試していると、下から野太い声が聞こえた。
「ほーっ。面白いもん作ったじゃねぇか!」
「カストルディさん?」
工房の門にカストルディさんを初めとした職人達が、俺を見上げていた。
門の外から光が覗いている。
「えっ? 朝?」
「朝だぜ」
知らず知らずの内に徹夜してしまっていたか。
「それ、普通の奴の魔力量でも動くのか?」
「まあ、計算上たぶん?」
「ふん。全員で一旦乗ってみようぜ、勿論外でな」
新しい玩具を見つけたオッサン集団は、子供のような笑顔でにかっと笑った。
「ひゃっほー!」
マキさんの乗ったエアバイクが爆走する。
地面を走り、飛び上がり、建物の上に飛び乗ったと思えば飛び降りて。
時には壁を走ったり、タイヤの反転を一瞬停止してその場でターンしたり。その発想はなかった。
「使いこなせば相当小回りが利くみてーだな」
「まだまだ作りが甘いですけどね。一晩で作ったとは思えません」
「髭が抜け落ちはせんが、結構びっくりだ」
職人達のお眼鏡にも叶ったらしい。
「あとサスペンションやプロペラはこんな感じに……ふぁあ」
説明していると欠伸が漏れた。山場を越えて眠気が戻ってきたか。
「……よし、マキ、それとレーカも今日は休みでいいぞ」
「はーいっ!」
「うっす……」
寝よ。工房の宿舎に帰って死ぬまで寝てよ。
細かな改造はボチボチやってけばいいや。
「なにいってんの! せっかくの休みなんだから遊びにいくよっ!」
「ちょ、やめ、引っ張らないでぇぇ」
マキさんに手を引っ張られて連行される。
結局その日は闘技場にマキさんとデートに行ったりと、見事に休みを潰されたのだった。
寝てたいけど、目の前で人型機が戦っていては眠れもしない。なんてことだ。
お転婆マキさんの相手も疲れ、フラフラとした足取りで俺達は工房へと戻る。
「……なにやってるんですか、カストルディさん」
「おう、いい出来だろ!」
エアバイクが強化されていた。
俺の考え通りのサスペンションとプロペラに加え、操作系統も洗練されている。
発電機とライトを実装、ミラーなどバイクに必要なパーツも追加。
地球の大型バイクと変わりない、洗練された形状。違いは後部にプロペラとラダー(舵)があるくらい。
美しい流線形の外装を備え、見事な完成品となっていた。
「他にも各部の調節もしといたぜ」
「お見事ですが、なにやってんのアンタ等」
死屍累々と燃え尽きる職人達。今日は仕事を放り出してエアバイクをいじっていたらしい。
「いやぁ、よく出来てるぜ。空陸両用にすることで魔力消費を抑えているのがすげぇよ。これなら飛宙艇より少し多いくらいで済むな」
空陸両用は結果論だけど、低燃費第一で設計したし。
「自前の魔力で動く小型級飛宙船か……クリスタルを積んでいないからだいぶ安上がりに済むな。売れるんじゃね、これ?」
「えっ?」
製品化とか、考えてなかった。
後日、更なる洗練を遂げた新たな航空機がフィアット工房の目玉商品として発表されることとなる。
小回りが利きパワーと速度を備え、なにより扱いやすい新型機。
町から町への冒険者の使用も考慮しクリスタル別売りで装備可能となった新たな船は、全く新しい人々の足として世界中で大ヒットすることとなる。
通勤に。レースに。買い物に。
超小型級飛宙船―――この技術がセルファークの文化に組み込まれるまでに、そう時間は掛からなかった。
「うわ、どうしよ」
趣味に走ったら大事になった。
「……まぁ、いいか」
さて次はなにを作ろうかな。
面倒ごとは御免なので全部押し付ける。フィアット工房ガンバ。超ガンバ。
「発注が増えた分お前のシフトも増えたからな。なに、発案料も給料もたっぷりやるよ」
「やるよー!」
「いやあああぁぁぁ…………」
闘技場メインの話を書いていたつもりが、なぜかバイクを作っていた。
な、なにを言っているのか(ry




