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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
浪漫に突っ走ろう編
13/85

髭と男と少年と

前代未聞の一週間更新成功。


もう無理。奇跡。絶対無理。


 俺達はツヴェー渓谷の一角、比較的大きな工房へと足を踏み入れる。

 フィアット工房。アナスタシア様の知人が運営する工房だそうだ。

 人型機(ストライカー)も潜れる巨大な門を抜けると、町中とは一線を画した喧騒に包まれた。

 台座に設置された人型機。天井クレーンに吊り下げられたパーツ。組み立て途中の戦闘機(ソードシップ)

 煩雑ながらも充分な空間を確保された作業場は、大勢の技師達が忙しそうに働いている。

 設備も規模も、屋敷の簡易的なものとは段違いだ。まさしく機械を作り、改造する為の専門の施設。


「これだ、これだよ俺が見たかったのは!」


 思わず鼻血を吹き出しつつ俺は叫んだ。


「興奮して鼻血を吹く人って初めて見たわ……」


 呆れつつもアナスタシア様が鼻に詰め物をしてくれた。女性にやってもらうのは気恥ずかしく、少し頭が冷える。


「初めて見る戦闘機だ! かっけぇ!」


 組み立て中の戦闘機に駆け寄ろうとしたマイケルの首をアナスタシア様は素早く掴む。


「工房内は無闇に動き回らない!」


「えぇー……」


 拗ねるマイケルを彼女は鋭く睨み付ける。


「言い付けが守れないなら宿で待っていてもらうわよ? ここは本当に危ないの」


「でもレーカだって興奮してるじゃん」


「興奮してても一歩も動かなかったでしょう? レーカ君はこういう場所の危険性をよく理解しているのよ」


 照れるぜ。俺だって駆け出したいんだがな。


「でも、色々見学しておきたいです。大丈夫な範囲からでも出来ませんか?」


 理知的に提案するエドウィン。ニールも落ち着かない様子でキョロキョロとその場で回っている。


「解っているわ。まずここの工房長にご挨拶して、それから色々見せてもらいましょう?」


「やれやれ、ここはガキの来る場所じゃねぇんだがな。面倒そうな連れをゾロゾロ連れてきたじゃねぇかナスチヤ」


 野太い声に振り返る。

 筋骨隆々とした背の低めの男が立派な髭を撫でながら俺達を見据えていた。


「……あ! ゼェーレスト村で会ったドワーフの人だ」


 すぐに思い出した。この世界に来た初日に鉄兄貴で魔物を蹴散らした恩人だ。


「ん、おお坊主。村に住み着いたのか」


「あー、はい。お陰様で。アナスタシア様の屋敷に住まわせて貰っています」


 アナスタシア様が一歩進み出る。


「お久しぶりです。みんな、この人がこの工房の責任者のカストルディさんよ」


『はじめましてー』


「お、おう」


 子供達のご挨拶に困惑した様子の……俺もカストルディさんと呼ぶか。


「ナスチヤ、こいつ等は一体なんだ? ただの旅行か?」


「いいえ、私の頼もしい護衛ですよ。冒険者志望なので守って貰ってきたんです」


「護衛って、おま、生身で人型機潰せるお前に護衛なんて……いでぇ!?」


 余計なことを口走りかけたカストルディさんの髭を引っ張り、アナスタシア様は再度繰り返す。


「守って貰ったんです」


「おおそうだな! ナスチヤはか弱いからな、うん!」


 ところでこの人もアナスタシア様の呼び方がナスチヤだな。家族レベルで親しい人以外は使っちゃいけない愛称だと聞いているけれど。


「まあこいつ等が何なのかは判ったが。どうする、直ぐに持ってくエンジンを見るか?」


「そうですね、うぅん……」


 アナスタシア様は人差し指を唇に当てしばし黙考。


「私はみんなを工房に案内しているので、エンジン選びはレーカ君にさせて下さい」


「えっ?」


 カストルディさんと目が合う。

 がっしと分厚い手が俺の頭を鷲掴んだ。


「レーカってぇのはコイツか?」


「はい。私の弟子一号です」


「ほー?」


「頭痛いです。放して下さい」


 カストルディさんが俺ににかっと笑いかける。


「責任重大だぜ、やれるか?」


「自信はありますが保証は出来ません!」


「堂々というな。実践じゃ誰も保証なんてしてくれねぇぜ」


「……はい」


 怒られた。自分の仕事に責任を持てないと断言したのだから、まあ当然か。

 俺も知らず知らずのうちに子供という身分に甘えてしまっていたらしい。


「自信はあるんだな?」


「あります」


 解析魔法を使えば、アナスタシア様以上の精度で内部を検査することも可能だ。

 最も俺の場合、経験不足から解析結果の問題点を見過ごしかねないのが一番の問題なのだが。それも日頃の勉強で大分マシになってきた。

 俺を睨むカストルディさん。勿論睨み返す。

 喧嘩腰云々ではなく、単に男の意地である。

 背中で柔らかく暖かい感触が押し付けられた。


「どうです、生意気そうで可愛いでしょ?」


 アナスタシア様に後ろから抱きしめられ頬を指先で突かれる。多少は俺の理性も気遣ってほしい。


「どうだ、可愛いだろ?」


 親指で自身を指してフフンと鼻を鳴らしてみた。


「すっげぇぶん殴りてぇな」


 そんなご無体な。


「ふん。ナスチヤ、工房の見学なら勝手にやってろ。坊主、こっちに来な」


「うぃうぃ」


 カストルディさんの案内で工房内のドアを潜り、石をくり抜いたような薄暗いトンネルを歩く。


「ここは、崖の内側?」


「そうだ。こんな変な場所に出来た町だからな。表の道以外にも裏から回り込むトンネルは腐るほどある。ほとんど迷路だな」


 それは酷い。

 しばし階段を登っていくと一枚の扉。

 ドアノブを引くと隙間からの光に少し目が眩む。


「外? ……うおっ」


 崖肌だった。

 キャットウォークのようなごく小さな面積の足場。下を覗けば……高さ二〇メートルといったところか。

 柵はあるので落ちる心配はないが、この町は高所恐怖症に優しくないな。

 航空機の発達したセルファークでは根本的に致命的かもしれないが。


「崖の反対側まで飛ぶぞ」


「飛ぶって」


 カストルディさんは手慣れた様子で用意されてあった飛宙艇(エアボート)を準備する。


「その、俺、飛宙艇乗れません」


 浮遊装置が足元にあるのが設計として間違っている。練習で何度すっころんだか判らない。

 以前アナスタシア様と二人乗りをしたが、暑苦しいこの人と二人乗りとか絶対やだ。


「安心しろ。この町の飛宙艇は魔力さえ扱えれば問題ない」


 そう断言し、飛宙艇に追加された滑車を手近なロープに固定した。


「先に行ってるぞ」


 飛宙艇はロープを辿り対壁まで滑走する。


「……ロープウェイ?」


 ロープの道、だからこれもまごうこと無きロープウェイか?

 なるほど、谷に張り巡らされたロープは行き来の度に下に降りる手間を省く為の工夫なのか。

 俺も試してみる。

 高所、それも谷の中だけあって風は申し分ない。セイルを張ればすぐ体が強く引っ張られた。

 意を決して床を蹴り、空中に飛び込んでみる。


「おっおおっ!?」


 ロープがぐわんぐわんと上下に揺れるが、耐えきれないほどではない。

 滑車は滑らかなベアリング音を鳴らす。さすがよく整備されているようだ。

 舟は一気に反対側まで飛ぶ。


「ちょ、これどうやって止まるんだ!?」


 焦るが、それも杞憂。

 ロープは端が金属レールとなっており、下船エリヤではそのレールが登り坂となっている。緩やかに停止したタイミングを見計らい、俺は飛宙艇を飛び降りた。


「来たか。面白いだろ?」


 その自信たっぷりな顔が苛立たしい。


「怖かったですが。落ちたらどーするんですか」


「そりゃ安全フックを使わなかったからな。これを付けときゃ寝てても落ちねぇよ」


 腰のフックを自慢げに示す親方。そんなものがあるなら俺にも貸せよ。

 ふとゼェーレスト村での青空教室を思い出した。

 確か飛宙艇の乗り方を習っている時、「簡易な移動手段として使っているところでは使っている」みたいなことをガイルは言っていた記憶がある。


「ツヴェー渓谷もその一つ、例外ってことか」


「ほれ。こっちだ」


 鍵を開け鉄扉(てっぴ)を開く。

 そこに広がっていたのは、巨大な空間に並べられた数多くの機械やパーツのストックだった。

 人型機や飛行機、戦闘用や民間用の区別なく様々な機械が眠る倉庫。それらパーツは全てが几帳面に整理され、布を巻いて保管してある。

 横方向だけではなく、縦方向にもぎっちりとパーツが詰め込まれた鋼鉄製の棚。それらはまるでスーパーマーケットの品棚のようだった。

 ただ、高さ一〇メートル以上の人型機サイズだというだけで。


「フィアット工房が所有する倉庫だ」


 自慢(ドヤッ)顔のところ悪いが、気になった点を訪ねてみる。


「なんで谷の対面にあるんですか?人間の行き来は飛宙艇で出来ても、パーツの移動は大変な気がしますが」


「……仕方がねぇだろ。この倉庫は後から買った部分で、本来は工房だけだったんだ。そん時にゃ既に両隣は施設が入ってたんだよ」


 聞いちゃいけないことだったらしい。

 足音が室内を揺らした。人間ではなく人型機の足音だ。


「おぉい! マキ、こっちにこぉぉい!」


 カストルディさんが叫ぶ。

 とんでもない大声だ。隣で叫ばれると鼓膜の心配すら必要だった。

 棚の影から人型機がひょっこりと顔を覗かせた。


『んー? お父さん、どうしたのー?』


 拡声器越しの高い声に思わず変な顔になってしまう。

 この人型機に搭乗しているのはカストルディさんの娘のようだが、この暑苦しいドワーフの娘とはいかなるものか。

 やっぱり髭もじゃだろうか。女の子で髭、斬新だ。

 斬新ということにしとこう。

 いや、斬新なんだって。マジマジ。


「ネ20エンジンのストックを並べてくれ!」


『アナスタシアさんの注文の品? 一番良さそうなのにする?』


「いーや、このナスチヤの弟子が選ぶからあるだけ降ろしてこい!」


『うん、了解ー』


 頷くと人型機はせっせと布巻きのエンジンを並べていった。

 頷く程度であれば人型機と搭乗者の首の動きが連動しているので簡単だが、さっきの頭だけ陰から覗かせる動作などはちょっと難しそうだ。よほど長く人型機に乗っているのだろう。


「そういえばあの人型機は戦闘用ですか?」


「あん? いや、あれは土木作業用の改造機だ。なんで戦闘用だと思ったんだ?」


「無機収縮帯と油圧システムのハイブリッドだったので」


「油圧使ってりゃ戦闘用ってわけでもねぇよ。ナスチヤに人型機が油圧使ったり使わなかったりする理由は習ってるだろ?」


「えっと、無機収縮帯の特性をカバーする為ですよね」


「おう、判ってんじゃねーか」


 頭をガシガシと撫でられる。誉められたのだろうか。

 無機収縮帯の特性とは、瞬発力に優れる代わりに粘りに欠けることである。

 無機収縮帯はつまり無機質で構築された筋肉だ。それは縮むというだけではなく、稼働し続ければ疲弊したり、無茶な出力を要求すれば破断したり。あるいは、しばらくほっとけば損傷が治癒したりと「お前本当に無機物かよ?」といいたくなるほど性質が筋肉に酷似している。

 それはあるいは、人型巨大ロボットを作るに際し利点であったりするのだが、機械として見れば難点だったりもするのだ。

 人間と違い長時間高出力で正確な作業を求められるのが機械である。

 しかし、その要求を無機収縮帯のみで叶えることは困難だ。なにせ、長所も短所も人体そのものなのだから。

 だからこそ油圧システムを組み込むのである。

 瞬発力と速度と柔軟性を担う無機収縮帯に、パワーをサポートする油圧。それらをリンクさせて稼働させるのが戦闘用人型機なのだ。

 鉄兄貴―――作業用人型機が油圧なしの無機収縮帯のみなのは、大きな出力を必要とする作業を想定していないからである。元より体長が人間の五~六倍の巨人なのだ、生身と比較すれば力の差は歴然としており、大抵の作業をこなすパワーは無機収縮帯のみでも発揮出来る。

 ……人型機の構造についておさらいしている間に、エンジンが並べ終わった。


「さあ選べ」


 あんまりである。


「全部で五つか、布を取っても?」


「いいぜ」


 取りあえず全ての巻き布を剥ぐ。

 右から左まで全部同型の、ネ20エンジンだ。

 かなり今更感も漂うが、ネ20エンジンについても説明しよう。

 ネ20は低出力の量産型エンジンだ。

 パルスジェットエンジン、間欠燃焼型エンジンと呼ばれる単純な構造のエンジンで、普通の人がジェットエンジンと聞いてイメージするであろうタービンが存在しない。

 吸気口から空気を吸い込み、それを圧縮。吸気口を閉じ、燃焼室で爆発、後方からジェット噴射。再び吸気口を開き、空気を燃焼室に圧縮……これを繰り返すエンジンである。

 推力となるはずのジェット噴射も間欠的だし、吸気口を閉じている間はエンジンそのものが空気抵抗。これらの理由により根本的に性能がいまいちなエンジンなのだ。

 更にネ20エンジンは設計限界より下にリミッターを設けることで製品ごとの差が小さく、かつ安価なエンジンと仕上がっている。

 本来は戦闘機ではなく民間機や飛宙船の動力としての使用を前提としたエンジンだが、ガイルは操縦技術でエンジンパワーの不足をカバー出来る為にコストパフォーマンスのいいネ20エンジンを紅翼に使用しているとのこと。

 紅翼(せきよく)って本来はバリバリ過激なチューンをされた高出力ジェネレータを搭載していたらしい。ただ機械的信頼性や整備性は最悪だったそうだ。


「ってこれ、新品じゃないし」


「注文は『中古でいい』って話だったからな。ネ20エンジンに新旧でさして差はねぇよ、そういうエンジンだ」


 うむむ、これは想像以上に見極めが難しそうだ。

 パルスジェットといえど機械稼働部が存在しないわけではない。解析魔法も併用しつつシャッターの開閉機構を観察する。


「……なるほど、比較してみると意外と違うものだな」


 動作中常に稼働する部分なので少なからず磨耗していた。五機のうち三機はここだけを新品に交換している。


「というわけで、まずはこっちの二つは除外で」


「チッ」


「舌打ち!?」


 気にせず続行する。

 外見だけ見れば、ピカピカ一つにちょい焼け二つだ。

 一見ピカピカに磨き上げられたコイツが当たりに思えるが、それはさすがに判り安すぎる。

 解析魔法で構造体を注視すると、やはりというか問題点が見えてきた。


「ムラがある?」


 手作業でここまで磨き上げるとは大した根気と忍耐だが、作業のキズがあったり歪みがあったりするのだ。


「よく判ったな。ソイツは工房の若い連中に練習としてレストアさせた奴だ」


「そんなもん混ぜるな!?」


 外見だけいい粗悪品とか悪質過ぎるだろ、そのトラップ。


「フィアット工房って悪徳商会なの?」


『お父さんのせいで工房の評判が下がったよ!』


「ナスチヤの弟子っていうならこれくらい判断出来なきゃ論外だ。普通の客だったら予め除外しとくさ」


 売る気ないならその一手間を惜しむなよ。

 さてさて、あと候補は二つである。

 見た目はそんなに変わらない。ただ全体を解析してみると差異に気付いた。


「刻印がない?」


 片方のエンジンには純正を指し示す刻印がなかったのだ。


「なにこれ? 削り出した時点で別の設計だったのか?」


「そいつは俺が作った模造品だな。実物と同じように使えるが純正品じゃない」


 レプリカか、ならやっぱり純正品を選ぶべきか……いや。

 解析魔法の応用テクニック、脳内動作シミュレーションを行ってみる。

 ……やはり、か。レプリカの方が精度が高い。

 大量生産品は品質に一定の妥協が必要だが、レプリカは模造とはいえワンオフだ。制作する人間の技量と趣味次第で幾らでもクオリティは向上する。

 「俺が作った」、つまりカストルディさんという職人の手作り。この手抜きが嫌いそうな男の作品であれば質には期待していいと予想し、そしてその通りであった。


「こっちにします。レプリカのこいつを下さい」


「いいのか? メーカーに修理に出せないぞ?」


「修理出すとしたら近場の個人工房になるでしょうし、そもそもアナスタシア様が自分で直すじゃないですか」


 別に修理保証対象外となろうが大した問題じゃないのだ。


「それでいいのか」


「はい」


「本当に、それでいいのか?」


「お、おう」


「後悔しないか? 断言出来るか? 本当の本当に、それでいいのか?」


「いいよ、これだ! むしろこれしかないって!」


「……やれやれ、一番いいのを持ってかれちまったぜ」


 それが本音か!


「マキ、こいつを工房まで運んどけ。たぶん明日の朝に飛宙船を回して受け取りに来るだろうが、一応工房にいるナスチヤにも確認させるんだ」


『はーい』


 人型機がエンジンを持ち上げようと指をかける。

 巨大な腕。その動きに、微かに奇妙な振動が混ざった?


(なんだ、今の? 操縦ミス?)


 違う。そんな人間の延長上の挙動じゃない。


(機体異常? 無機収縮帯の動作ではない、となると―――)


 油圧ホースとシリンダーの接続部を解析する。


「待ったああぁぁぁ!」


『きゃうぅ!?』


 跳ね上がる人型機。

 ドシンと着地すると、床が豪快に揺れる。


「な、なんだいきなり! っつかマキも跳ね上がるな! 床が抜けたらどうする!」


『ごめんなさいっ、でも君、なにいきなり!? びっくりしたでしょ!』


「すいません、でもでも!」


『でも、なんなの?』


 プンプンと腰に手を当て怒ったポーズのマキ機。こんな表情豊かに人型機を操作する人って始めてみた。


「そっちの、悪徳商品エンジンを持ち上げてみて下さい!」


「悪徳商品エンジンってなんだよ……」


『持てばいいの?』


 よっこいしょ、とピカピカエンジンを担ぎ上げる。

 指が解けてエンジンが床に転がった。


『あれ? 力が抜けた』


 腕から油が漏れる。


「よしっ」


「よしじゃねぇよ。気付いてたなら言えや」


 拳骨が落ちてきた。

 油圧接続部の疲弊が限界だったのだ。あと一度でも重量物を持ち上げれば限界が訪れると目算を付け、俺達が持ち帰るエンジンではなく粗悪品を持ってもらったのである。

 予測は的中し、腕は見事破損。


「よしっ」


「だから、よしじゃねぇよ」


 拳で脳天を真上からグリグリされた。背が縮むっ。


「なんで気付いた?」


「違和感があって。直前からちょっとオイルが抜けてたのか、緩む感じがあったので。確信を得たのは魔法で確認したあとですが」


「……ふぅん。まぁいい」


 人型機が半屈みとなり、故障個所の腕を俺達、カストルディさんに突き出す。

 うなじのハッチが開き、女の子が飛び降りた。


「って、危ないっ!」


 屈んでいるとはいえ、ハッチから地上は高低差七メートルほどはある。気軽に飛んでいい高さではない。

 すたりと身軽に着地する少女。

 ……あれ?


「お父さん、どんな感じ?」


「部品交換とオイル追加で済むな。さっさと直しちまえ」


 二人は何事もなかったかのように腕の外装を外していた。

 結構高い位置から飛び降りたのに、親子揃って気にした様子もない。

 不思議そうにしていた俺に、カストルディさんが説明してくれた。


「マキは猫の獣人だからな。身軽だからあのくらいの高さなんともねぇぞ」


「なんともないよー」


 マキは腕を駆け上り肩へ跳躍、肩の装甲を蹴りバック転。そのまま再び俺達の側に着地してみせる。

 魔法強化なしでこの脚力か。凄いな獣人。


「よくみたら猫耳あるし。触っていい?」


「び、敏感なんだから触っちゃダメッ!」


 敏感なのか。覚えておこう。

 ちなみにドワーフの娘であるマキに髭はなかった。ちょっと小柄な可愛らしい少女だ。小柄といえど当然今の俺よりは大きい。そして猫耳である。


「マキさん、だっけ。工房の職人なの?」


「私は簡単な修理くらいなら出来るけれど、大抵は裏方かここの整理をしているかだよ。ところで君のお名前は?」


「そういや聞いてなかったな」


 おっといかん、名乗りがまだだったな。


「俺は零夏、真山 零夏(まやま れいか)だ」


「レーカ、ね。変な名前」


 うっせ。






 土木建築用人型機のパワーは伊達ではない。

 応急処置の後、片手の脇にネ20エンジンを抱え、油圧の死んだ片手に俺とカストルディさんを乗せて向かいの工房まで歩く。


「ゆっ、ゆっ、ゆれ、揺れるな、けっこー、おぉお」


 一歩歩く度に声が中断される。やはりここは慣れない。


「そりゃ、手の平、乗ってりゃ、な、舌噛む、から黙っぐぎゃ!」


 噛んだ。

 巨大門をくぐり、俺達とエンジンを降ろしてマキ機は工房の奥へ歩く。


『空いてる場所あるー?』


「おーどうしたー?」


『油圧ホース取れたー』


 若い職人に場所を空けてもらい修理を始めたマキを眺めていると、アナスタシア様と子供達が戻ってきた。


「選び終わった?」


「はい、これにしました」


 エンジンを検分すると、アナスタシア様はすぐ制作者に至った。


「カストルディさんのお手製ね。いい仕事よレーカ君」


「ケッ、割に合わない商売だぜ」


「どうせこの『当たり』だけではなく『ハズレ』も並べたのでしょう? 私の弟子を舐めちゃ駄目ですよ」


 なんだかんだで、ある意味よしみの客にオマケしてくれたのだろうか。

 と、マイケルがニマニマ笑って俺に視線を向けていた。


「……なに?」


「色々見せてもらったぜ、いいだろ」


 それが言いたかっただけか。

 ああ羨ましいよ。でもここまできてアナスタシア様が工房見学の予定を入れていないとは思えないし、もう少し様子を見よう。


「そういえばアナスタシア様ってこの工房自体と関係があるんですか?」


 知人とは聞いていたが、職人と顧客、という割には工房の案内をアナスタシア様に任せたりするのは不自然だ。危ない物の多い施設を顔見知りとはいえ勝手に歩き回らせたりしないだろう。

 カストルディさんの呼び方が『ナスチヤ』なのも気になる。


「私は昔、この工房で働いていたのよ」


「……アナスタシア様が?」


 それは……予想外とまではいかないが、なんとも浮いていただろうな。


「ええ、これでもフィアット工房の看板娘だったんだから」


 事実なのだろうが、自分で娘って。

 つなぎ姿のアナスタシア様は整備の度に見ていたが、高貴な婦人としての印象が強すぎて下っ端として工房を駆け回る姿なんてピンと来ない。


「まったくだ、あの坊主がウチ一番の戦力をかっさらって行きやがった」


「坊主?」


「あの赤い翼の飛行機乗りだよ」


 ガイルか。この人と出会った頃はまだガキだったのかな。

 ……アナスタシア様が普通の家庭出身ならば、あの貴族的な生活はガイルの影響?

 うーん、でも夫婦の様子を見る限り、ガイルはガサツ男だしやっぱり逆なんだよなぁ。

 やめよ。邪推は悪趣味だ。


「この後、みんなに見ておいてもらいたいものがあるの」


 アナスタシア様が提案した。


「カストルディさん、私達はこれで」


「おう」


 踵を返しこちらも見ず手を振るカストルディさん。

 手の平を腰の上で重ね、斜め四五度にきっちり礼をするアナスタシア様。

 性格的な差もあれど、二人の奇妙な関係を垣間見た気がした。






 町中を歩く。

 お祭りでもないのに多くの人が、あるいは人型機までもが行き交うストリートに子供達は戸惑い気味だ。

 多いだけではなく、服装や種族も多種多様。

 いかにも冒険者然とした者、身の丈以上の大剣を背負う者、ゆったりしたローブを着込む者。

 尖った耳の持ち主や獣耳の生えた人。思い付く限りの人間に近い種族がそこにはいた。

 それに加えて空には常に飛宙船や飛宙艇、飛行機が飛び交っている。

 ゼェーレストでは一度しか見る機会のなかった中型級飛宙船、一〇〇メートル級の船ですらこの町の空では珍しくもないようだ。

 地球でこのくらいの雑踏は体験済みなはずなのに、俺でも眩暈をおこしそう。

 俺もあの村に馴染んでいたということか。


「おー見ろよ、あの男―――」


「こら」


 マイケルが異種族の人を指さそうとしたので手を叩いた。世界に関わらずそれは失礼だろ。


「あそこよ。みんなに見せたい物は」


 そこは、谷中において特に奥まった場所に存在する広場だった。

 空が開けており他所より明るい。赤煉瓦の床がドーナッツ状に敷かれ、内側には芝生、そして中心には大きな碑が二つ立っていた。

 道路には露天が開かれ、芝生の上では思い思いに人々がくつろいでいる。ただ、誰も中心の碑だけは触れようとせず、まるで視界にすら入っていないかのよう。

 碑の前に進む。


「……慰霊碑」


 陽気な喧騒の中、そこだけが日常から切り離され陰鬱な空気を濁らせていた。


「そう。この谷で死んだ人々の魂を慰める為、生き残った人々が彼等を忘れない為の碑よ」


「どうして二つもあるの?」


 ニールが首を傾げる。


「一つは一〇年前の大戦の兵士に宛てたもの。一つは、帰ってこなかったの冒険者に宛てたもの」


 ―――こんなに、死んでいるのか。

 碑には数え切れないほどの名が刻まれている。フルネームもあれば愛称のみの名前、あるいは空白のみで『そこに誰かがいた』と示している部分もある。

 冷たい風が首筋を抜ける錯覚。

 冒険者とは想像以上に死と隣り合わせの職業らしい。

 それもそうか。人生にゲームオーバーもリセットもないのだ。


「みんなが目指しているのは、こういう職業よ。実力が低ければその日暮らしをよぎなくされ、怪我で再起不能となる人も多い。引退して、戦う以外のことを学んでいなかったが為に路頭に迷う人もいる」


「ガイルは?」


 マイケルは相も変わらず呼び捨てである。


「あの人みたいに実績を積んでいれば別よ。彼はあれでも凄腕だもの」


 屋敷を維持して家族を養えるほどだもんな、実際凄いのだろう。


「私は冒険者になることを反対はしないわ。でも、無茶はしないで。あるいはその日暮らしだって構わない。みんなには、帰る場所があるんだから」


 それだけ告げるとアナスタシア様は一歩進み、片膝を着いた。

 お祈り。

 アナスタシア様も、誰かを亡くしたのだろうか?

 子供達もそれに習う。

 俺も手を合わせる。俺だけ日本式だが、変に真似をするのは返って非礼な気がした。

 しばしの黙祷の後、アナスタシア様が立ち上がる。


「さあみんな、次はギルドへ行きましょう。水犬のクリスタルを換金しないと」






 西部劇の酒場風の、観音開きの扉を押す。

 妙に堅牢な建築物に収まったギルドへ足を踏み入れた俺達は、たちまち好奇の視線に晒された。


「おい女! ここは嬢ちゃんみたいなガキがチビ共連れてくる場所じゃ……げぇ、アナスタシア!?」


 アナスタシア様、昔なにやったんですか。

 つーか、嬢ちゃんって。確かに見た目若いけどそんな歳じゃいえ何でもありませんごめんなさい。

 アナスタシア様は無礼な男ににっこりと笑いかけて黙らせた。恐いです。


「ここがギルドよ。個人や業者、組織が依頼をここに提出し、冒険者や航空事務所との仲買を行う場所。冒険者向けの依頼は個人的なものを除いてここで受けるわ」


「受けてみていい!?」


 ニールが挙手して訴える。


「ダメよ、というかギルドの依頼を受けるには登録が必要よ。年齢制限はないけれど時期尚早ね」


「そこをなんとか」


「なりません」


 ばっさり切り捨てる。まあ当然だ。


「換金する場所にはちゃんと案内板があるから、どこの町でも迷うことはないわ。換金だけなら登録は必要ないから、まずは行ってみなさい」


「えっと、なんて言えばいいんでしょう?」


「いいからいいから」


 なにがいいのか、エドウィンの背中を押すアナスタシア様。


「旅の恥はかき捨てよ。心配しなくても受付の人が教えてくれるわ」


 苦笑するアナスタシア様。あくまで本人達にやらせるスタンスか。


 おっかなびっくり緊張しつつ受付の女性に声をかけるエドウィンに、周囲の視線も微笑ましいものを見るそれだ。


「いらっしゃいませ、小さな冒険者さん」


「あ、えっと、換金したいのですが」


「はい。素材ですか? クリスタルですか?」


「素材? あ、いえいえ素材じゃなくてクリスタルです。これです」


「承知しました。今査定するからちょっと待ってね。すぐ済むからカウンターの前にいて良いわよ」


「はい」


 俺は参加せず貼り紙なんかをのんびり見てる。

 三人組パーティの一員ではないので距離を置いているが、周囲から見れば落ち着きのない奴とか、浮いている奴と思われているかも。

 貼り紙を適当に目を通す。


『冒険者パーティ募集 新人パーティチームを結成します。魔法の使い手さん、私達と冒険しませんか?』


『調達依頼 ガルーダの翼 一〇個~数十個まで買い取ります』


『ギルドよりの注意 近辺でシールドロックが目撃されました。情報及び討伐の報告はギルドまでお願いします』


 掲示板には沢山の貼り紙がひしめき合っている。最初の一枚は仲間募集だし、これって依頼者が勝手に張っていいのかな?


「『零夏 参上』っと」


 職員に怒られた。


「お金を手に入れたわ!」


 ニールが硬貨を包んだ小袋を天に突き付ける。

 「おー!」と拍手するマイケルとエドウィン。

 周囲の冒険者も彼らに乗って拍手。みんなノリいいな。


「村にお土産を買うわよ!」


「なに買うの?」


「甘い物!」


 それ自分が食べたいだけだろ。


「アナスタシア様、買い物しましょう!」


「そうね、用事は済ませたし、少しだけ見て回りましょうか。観光名所もないわけではないしね」


「観光名所?」


「ええ。こんな町だし、あるのよ。ちょっぴり大人向けの遊技場が」


「なっ!?」


 ちょ、ちょっぴり大人向けだと!?


「アナスタシア様、なにを考えているんですか!」


 俺の剣幕にアナスタシア様がちょっと引く。


「な、なにレーカ君? どうしたの?」


「この子達には早いです! 健全な成長を妨げます! 見損ないましたよ!? どうしてそんな発想に至ったんですか!」


「……その発想に至るのは、レーカ君だけよ……」


 後々聞くと、人型機同士の闘技場でした☆

 賭事ありらしい。なるほど、それで大人か。


「あの、アナスタシア様」


 つい先ほど。用事は済んだ、と言っていたが……


「俺の工房見学は、なしですか?」


 今更口に出すのも未練がましいのだが、あまりに頓着していないので一度訊ねることにしたのだ。


「うーん……見たい?」


「そりゃ、まぁ」


 むしろそれがメインイベントでしたし。


「実を言うと、レーカ君って凄く優秀な生徒なのよ」


「はぁ? ありがとうございます?」


「だから、工房で行っていた作業も見新しいのがないと思うの。レーカ君の興味のありそうな変種の作業もなかったし」


 変種の作業ってなんですか。俺は魔改造が好きだと思ってるんですか。好きですよ、ええ。


「勿論そういった未知の技術にも興味はありますが、それより―――つまり、本物の工房を知りたかったんです」


 俺に足りないのは知識ではなく経験。それくらい判っている。


「だから、現場を知れば少しでも糧に出来るかなって。短い滞在なら尚の事、しっかりと目に焼き付けておきたいんです」


「現場を知りたいのなら、実際に働くしかないわよ?」


 ぴしゃりと断じられた言葉は、俺の上辺の奥、無意識に隠した弱さを貫いていた。


「実際に、働く……」


「そう。見学して、見て聞いて、それで経験した気になるのは間違いよ。知識と経験は別だって、レーカ君もよく言っているでしょ?」


「は、い」


 そうだ。経験とは一歩ずつ踏みしめて登る以外にない、急勾配の階段だ。

 二段飛ばしなんて、元より論外だった。

 ならばどうするか。

 悩んで、悩んで、辿り着いた答えに、思わず溜め息が漏れる。


「アナ、スタシア、様」


「なに?」


「…………俺は闘技場はいいので、工房見学、してきてもいいですか?」


「―――ええ、いってらっしゃい」


 ここで送り出してくれる彼女は、やはりいい女なのだろうな。






 望んでここへ来たというのに、目の前で進む飛行機の改修作業はほとんど俺の視界に入っていなかった。


「はぁ」


 作業を見つめつつ、心の焦点(ピント)はあまり合っていない。

 見慣れない景色を眺めていると、胸の奥が締め付けられるような錯覚を覚える。

 驚いたことに、俺はたった二泊でホームシックになってしまったようだ。

 郷愁の念?

 馬鹿な。いつから俺の帰る場所は地球か、あの屋敷か?

 帰りたい、帰りたくない。

 そんな葛藤が心を渦巻く。

 もっとこの町で経験を積みたい。

 ここは宝の町だ。探せば探すだけ好奇心が満たされる。

 けどちらちらと脳裏を過ぎるのは、屋敷の住人とガラクタだらけの倉庫なのだ。

 たかが旅行。明日帰るのならば、こんなことは考えない。

 明日帰るのならば。






 俺には、覚悟が足りない。








 なんだかんだいって工房での見学は楽しくなってきて、長居をしてしまいカストルディさんに追い出された。

 予めとっていた宿に戻り、窓枠に腰掛け星空を見上げる。

 人々は既に寝静まり、冒険者のたむろする酒場のみで光と喧騒が残る時間。

 こうも落差があると、昼間の活気が嘘だったかのように思える。


「……明日、か。明日にはもう、ゼェーレストに帰「ぐがあああぁあぁぁあぁあああああぁ」マイケル、うるせえ!」


 とんでもないイビキだ。シリアスぶっ飛んだ。

 やれやれと嘆息すると、隣の部屋の窓が開いた。


「よぉ」


 ガイルだった。


「お休みなさい」


「待てやコラ」


 宿はアナスタシア様とニールの女部屋、俺とマイケルとエドウィンの男部屋を二つ隣同士でとっている。

 男部屋を挟んで女部屋の反対側が、ガイルがいる部屋だ。


「誰かと思えば孤独なガイルさんチューッス」


「お前、旅の途中で気付いてたよな。案外いい勘してるじゃないか」


 勘の問題なのか?

 ガイルも窓枠に座る。俺は足を室内に残しているが、ガイルは足を外に放り出す。


「落ちるぞ」


「落ちねえよ。地面とキスして死ぬのは天士の恥だ」


 まあ、落ちても死ぬような高さじゃないが。


「この町で色々見たよ」


「そうか」


「アナスタシア様はこの町出身だったんだな」


「ちげーよ。全然ちげーよ」


 二度否定された。


「上空からの護衛、お疲れ様。大変だったろ」


「なっ? 気持ち悪いぞ?」


 素直に労ったら気持ち悪い呼ばわりされた。

 そもそもガイルはなんの為に現れたんだ。裏でこそこそ動くなら、最後まで徹しろ。


「どうしたんだ? 部屋に一人で寝るのが寂しくなったか?」


 べ、別に話し相手くらいにならなってやろうかな、とか考えてないんだからねっ。


「いまいち楽しんでるだけって気もしなくてな。どうした、悩み事か?」


 俺の話か。


「気のせいだろう。楽しいことばっかりだぜ、ツヴェー渓谷サイコー!」


 …………。

 寒々しい沈黙。

 夏場だけど、夜はやっぱり冷え込むな。


「……例えばだけどさ」


「おう?」


「……なんでもない」


「イライラするな、おい。言えよ」


「すまん。自分の女々しさにちょっと泣きたくなった」


 悩んでなんかいないのだ。

 答えは、とうに出ている。

 ただ、臆病故に踏み出せないだけで。


「あー、なんだ」


 困り顔のガイル。


「ガキの決断なんてな、大人になってみれば大したことじゃないぞ?」


「―――なんの話だ?」


「知るか。お前が語らんから、俺は勝手にそれっぽいこと並べるだけだ」


 とんでもない御高説である。 


「子供の時は『あっちを選べばこっちが手に入らない』だの『こっちを選べばあっちを失っちゃう』だのケチくさいこと考えちまうが、大抵のことは後からでも取り戻せる。大抵のことは、な」


 人の悩みをケチ呼ばわりとは、酷い大人だ。


「後悔するなとは言わん。前に進むのをビビるな。そりゃあ、ちょっとカッコ悪過ぎるってモンだぜ」


「―――ハハハ、カッコ良さ優先かよ?」


 暴論に思わず声に出して笑う。


「うっせぇな。空っぽな人生より、後悔塗れの人生の方が万倍マシだ」


 そう悪ガキみたく笑うガイルは、本当に本気でそう考えているように見えて。

 ……なんとなく、決意が出来た。


「ありがとお休み!」


 気恥ずかしさから、お礼と就寝の挨拶を一瞬で終える。

 ベッドに飛び込んで明日に備える。寝不足は良くない。

 隣から微かに物音が聞こえ、やがて静まった。ガイルも寝たのだろう。


「ありがとう。お休みなさい」


 壁に向かって丁寧に言い直し、俺は瞼を下ろした。








 出発の朝。

 アナスタシア様が工房からネ20エンジンを受け取り、飛宙船を宿の前に駐船する。


「みんな、準備は出来ている?」


『はーい』


 三人の声が重なる。

 俺以外の、三人の声が。


「アナスタシア様、お話があります」


 こんな時くらいは真面目ぶってもいいだろう。


「なに? 別にちゃんと船にのっていいわよ」


「いえ、そうではなく……」


 見送りに同席していたカストルディさんを見やる。


「カストルディさん」


「なんでぇ」


「しばらくの間、俺を雇ってもらえませんか?」


 これが俺が出した結論。

 やっぱ、全然ツヴェー渓谷を見たりない。今やらなくてどうする! である。


「レーカ君……」


「俺、この町に残ります」


 自惚れでなければどこか気落ちしているアナスタシア様。

 しっかりと目を合わせ、自分の覚悟を示した。


「……カストルディさん、そちらは大丈夫ですか?」


「構わねぇよ。つーかコイツ、僅かな動作の鈍りで人型機の故障を見抜いたんだ。そっちが言わなきゃ俺から提案してたさ、ウチに預けねぇかって」


 意外と高評価だったんだな。


「レーカ君、ゼェーレストに戻って来る気はあるのよね。むしろ戻ってこないと許さないわ」


「え、えぇ。その、厚かましいですが、俺はあの倉庫を自分の部屋だと……思っています」


 俺の帰る場所。それは、あの屋敷なのだ。

 地球に戻る予定も方法もない。俺は今はもう、セルファークの住人なのだから。


「収穫祭までには戻って来なさい。それが、最低限の、そして絶対遵守の条件。破ったら許さないんだから」


「はい」


 そして飛宙船は出発する。

 小さくなっていく後ろ姿。

 完全に見えなくなると、我慢していたものが溢れ出した。


「ふえ、ぇぇえ、えぇぇ……」


 カストルディさんがガシガシと頭を撫でてくれる。


「ば、馬鹿みてぇ、かっこわりぃ。何で泣くかね、情けねぇ」


 涙が止まらない。これじゃあガキだ。


「まごうことなきガキじゃねぇか」


 カストルディさんの手が、存外暖かい。


「それだけお前があの一家の一員になれてたってことさ。誇れよ、恥じるんじゃなくてよ」


「……おうっ」



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