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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
浪漫に突っ走ろう編
12/85

旅立ちと妖怪逆さ男 2


 飛宙船はゼェーレストを出発し、草原を突き進んでいた。


「それで、説明して貰えるんでしょうね」


 憮然と睨み付ける。眼前に広がるのは草原だけど。

 いい加減ロープを解いてもらいたいものだが、やっぱり怒っているのだろうか、アナスタシア様。


「事の始まりは、この子達がガイルに対人戦技術の指南を求めたことよ」


 昨日のあれか。

 俺がニールとマイケルを纏めて()してしまい、ニールは自分にない対人技能というジャンルに少なからず興味を示していた。

 その後繰り広げられた追いかけっこの結末が、この旅立ちらしい。

 アナスタシア様の説明を要約するとこうだ。




 ニール「対人戦教えてー」

 ガイル「必要ない」

 マイケル「なら魔物と実戦させてよ(脈絡がないが、マイケルだし)」

 ガイル「まだだめー」

 三人組「ブーブー」

 ガイル「うっせー。んー、でも紅翼(せきよく)のエンジン買いに行くから、道中のナスチヤの護衛をする?」

 三人組「やるー」

 こんな感じだ。




 俺の行動が発端なのだし、これもある意味因果応報か。

 ……つまり、あれがなければ今朝ガイルが部屋にやってくることもなく、俺はソフィーに……


「むふ」


「今、船の下から気色悪い声が聞こえたわ」


 ニールに他人事のように言われた。


「アナスタシア様、どうしてこんなに低く飛んでるんだ? もっと高く飛んだ方がスピード出せるんじゃねぇの?」


 この声はマイケルか。アナスタシア様になんてぞんざいな口調だ。

 飛宙船は高度五メートルほどをふわふわ浮いている。おかげで吊された俺は時折頭を擦りそうでハラハラだ。


「あまり高く飛べば飛行系の魔物が来るわ。みんなには空の敵に攻撃する手段はないでしょう?」


「僕は魔法得意ですよ」


「エドウィン君だけが戦う? この旅は全員の修行なのだから、まずはちゃんと地上の魔物相手に慣れて冷静に対応するのが第一、そして基本で大前提。焦って出鱈目に突進していく冒険者は長生き出来ないわ」


 そういやなんで俺は呼ばれたのだろう。彼らの修行に俺は関係ない。

 ついでに俺にも魔物との戦いを経験させようという案配だろうか。なら簀巻きを解いてほしいものだ。


「それに地上の魔物は縄張りを把握しておけば危険な種類と遭遇する危険は低いけれど、飛行系の魔物ははぐれが意外な場所に迷い込むことが多々あるのよ。勿論地上が確実に安全なわけでも、空で絶対に危険な魔物に遭遇するわけでもないけれど」


 それがこの微妙な高度の理由か。

 初めての冒険がお使いなのはお約束だが、徒歩でない分、意外と暇かもしれない。






「旅ってもっと楽しいものだと思っていたわ」


 暇過ぎた。

 既に空は少し暗く、夕焼けになりかかっている。

 かれこれ出発からかなりの時間が経っているが、代わり映えしない景色に子供達はうんざりしている様子。

 そりゃ、朝から夕方手前まで船の上じゃ当然だ。


「旅なんて苦労と退屈が九割、喜びが一割よ。でも、その一割が代え難いものだからこそ冒険者は生まれたのでしょうね」


 いいこと言ったアナスタシア様だが、子供達は集中を切らしているので生返事を返すだけだった。哀れなり。

 せめて俺は胸に刻みつけておくとしよう。その一割は、本当に輝かしいものだと思えたから。


「ツヴェーまではどれくらいかかるんですか?」


 エドウィンが訊ねた。

 ツヴェー渓谷。村でも時々名前を聞く、工業の町だ。

 一〇年前の大戦にて、帝国軍は当時ただの自然形成された渓谷を砦へと作り替えた。

 秘密裏かつ迅速に形成された砦は最前線秘密基地として帝国の重要拠点となり、その存在が暴かれた後も谷底という攻撃方法の限られた地形は防衛を容易とし、長らく敵の侵入を拒み続けた。

 その後、終戦を経て基地は破棄される。

 戦争で職場や住処を失った人々が住み着き、設備をそのまま利用出来たことから工房が幾つも開かれ、両国の境という立地も幸いし一躍中継地点の街として発展した。

 伝え聞いたところによるツヴェー渓谷のあらましはこんなところだ。


「途中で一晩野宿をして、明日には到着するわ」


 早いんだか遅いんだか。

 飛宙船の最高速度は現行技術で約時速一〇〇キロだが、常に全速力で飛ぶわけもなく、巡航速度は大抵五〇キロ程度だ。

 更にこの旅では低空を地形に沿って飛んでいることもあり、時速三〇キロくらいが平均であるとみている。

 隣の町に行くのに一泊しなければならないのは日本人としての感覚ではあり得ないが、そもそもアナスタシア様は最速の手段を選んでいない気がする。

 魔法に長けたアナスタシア様なら高度を上げて巡航速度で飛宙船を真っ直ぐ飛ばし、魔物は走りつつ遠距離から蹴散らせばいいのだ。それなら宿はツヴェー渓谷でゆっくり休める。

 そうでなくとも、地表近くを飛んで、魔物が現れた時だけ高度を上げるという方法もある。

 それをせずわざわざ戦闘や野宿するのは、やはり経験を子供達に積ませる為なのだろう。

 思考に耽っていると、船がゆっくりと停止した。


「……みんな、出たわよ」


 半分寝ていた冒険者志望三人組だが、徐々にその言葉の意味を理解し表情を強ばらせる。

 そう、この旅の目的の一つ。

 魔物との実戦が、始まったのだ。


「あれ、俺どうすればいいの?」


 高度を下げる飛宙船。

 頭から地面に衝突し、そっと土の上に横たわらせられる俺。

 ガサガサと草陰から物音と動物の気配がする。


「あれ? あれあれ?」






 地面に降りた三人が船を守るようにおっかなびっくりに立つ。

 出来れば無防備な俺を守ってほしい。

 いや、こんなことでは駄目だ。俺だって臨時とはいえパーティの一員なんだ。

 体を動かせないなら、動かせないなりに出来ることを探そう。


「頑張れー! 気張れー! 俺を守れー!」


「うっせぇ!」


「うごぉ!?」


 マイケルに脇腹を蹴られた。痛みで呼吸困難に陥る俺。

 これにて俺は本当に戦闘不能となった。


「……来る!」


 RPGのボス直前みたいな台詞をニールが叫ぶ。

 これも一種のフラグだろうか。

 そして、俺達の前に魔物が飛び出した。

 水色の胴体。

 足が四本の、体長五〇センチほどの獣。

 魔物と呼ぶにはあまりにつぶらな瞳がこちらを捉える。

 俺はソイツを見た瞬間、強烈なデジャヴを感じた。


(まさか、アイツは―――!)


 魔物は口を開き、鳴き声を放った。


「クゥ~ン」


 アナスタシア様が真顔で魔物を見極める。 


「下級モンスターの水犬ね」


「本当にいたのかよっ!」


 水色の柴犬、略して水犬であった。

 ニールとマイケルが木刀に魔刃の魔法をかける。

 戦士系の基本魔法である魔刃の魔法は、例え対象が木刀であろうと鉄をも切り裂くような切り裂かないような凄い切れ味をもたらす魔法だ。

 ……ごめん、やったことないから程度は判らない。

 とにかく、木刀だろうが魔力なしの刃物より鋭くなるのは確かだ。

 敵は下級モンスター一匹だけなので、アナスタシア様も手を貸す気はなさそう。 エドウィンも魔法の準備を終える。

 三人の敵意を察した水犬は不思議そうに首を傾げる。


「クゥ?」


 そしてテトテトと先頭のニールに歩み寄る。


「ニールちゃん、見た目で油断しないで。それもれっきとした魔物、人を襲う存在よ」


 俺達はアナスタシア様の言葉をすぐ理解することとなった。

 水犬の口が大きく開く。

 スライム質を生かし瞬時に自身の倍以上に膨れる、水犬の頭部。

 口内には大小無数の牙が並び、飛び散った唾液は付着した草木を嫌な匂いを発しつつ溶かしてしまった。

 まるで蛇だ。伸び縮みする肉体で巨大な獲物を丸呑みする、アナコンダだ。


「可愛くない! 可愛くないぞ!」


「魔物相手になにを求めているのよ!」


 即座にバックステップ。間合いギリギリまで下がった後、突進してきた水犬の側面に入り込み横薙ぎに両断!

 頭部、目から尻までを切り裂かれた水犬は自身の身体を維持できなくなり、重力のままに崩壊し水溜まりとなった。


「……これで、終わり?」


 あっさりした幕切れに呆然とするニール。


「ええ。お疲れ様、ニールちゃん」


「う、うん」


 生き物を殺したことにショックを受けているのかと思いきや、むしろ簡単に行き過ぎて釈然としてない様子。

 まあ村に住んでいれば動物の解体なんてたまに見るしな。俺も後学の為に手伝わせて貰った。

 結構力いるんだよね、動物の体を刃物で切るのって。

 人はともかく魔物や動物を殺すのは、精神面では問題なさそう。水犬の死骸(?)を見ても冷静でいられる。

 戦闘自体も、あの速度であれば対象出来る。パワーや特殊能力には長けているが小回りを生かせば対処可能なのが魔物全般の共通点なのだそうだ。

 無論例外もあるし、格上の魔物にはどうやっても勝てないが。 アナスタシア様も船を降りる。

 魔物の残骸を適当な木の枝で漁ると、ゲル状の死体に埋もれた小さな石が出てきた。

 見覚えのある、カット済みの宝石にしか見えないそれを彼女は躊躇いなく拾い上げる。


「これがクリスタルよ。町の換金所やギルドへ持ち込めば、お金に変えられるわ」


 説明しつつ、倒した張本人であるニールに戦利品が手渡された。


「クリスタルって、飛宙船や人型機のエネルギー源のクリスタル?」


「そう。冒険者の主な収入源は魔物の核であるクリスタル集めね」 


 クリスタルって魔物から取れるのか。新事実だ。


「常識だろ」


 なんとなく、マイケルに無知を笑われるとむかついた。

 でもちっちゃいクリスタルだな。


紅翼(せきよく)のクリスタルはもっと大きかったですよ」


 整備の時にその辺も覗いたが、大きさも輝きも段違いだった、と記憶している。


「紅翼のエンジンは飛行機(ソードシップ)用の高出力魔力式ジェットだもの、クリスタルも比例して大きくなるわ。小型魔物ならクリスタルもこんなものよ」


「ならこれって価値ないんですか?」


 手の平の上でクリスタルを転がしつつ、ニールが訊ねる。


「いいえ、小さなクリスタルには別に大きな需要があるわ。はい、出席番号六番、レーカ君。クリスタルの用途について詳しく答えて頂戴」


「はーい」


 アナスタシア様の個人授業を思い返す。


「えっと、クリスタルの用途ですが。基本的にはエンジンか浮遊装置、あるいは人型機(ストライカー)の動力源になります」


 つまりクリスタルのほぼ全ては航空機や兵器の部品となる。


「それ以外の用途にも転用可能ですが、常に多くの需要がある航空機関連に品が流れるのは当然であり、そもそも大半の『それ以外の用途』も魔法で代用可能だったりすることから、日常生活でクリスタル動力の装置を見かけることはほとんどありません」


 飛行機や人型ロボットが存在しながら、生活風景が中世的なのはこれが理由だ。

 人型機の発電機のように、魔力を単純な回転に変換することは技術的に容易い。

 しかしそれで洗濯機を作ったり、ポンプを作ったりなどはしない。するとしても、クリスタルは高価なので割に合わない。

 盛んに製造される航空機や人型機、そのクリスタル需要に対し供給が間に合っているとは言い難いのだ。

 商人であろうが冒険者であろうが、売るならより高く買い取ってくれる相手に売るのは当然。


「またクリスタルは出力が大きい代わりに制御が大味で難しいことも、複合的な機械に応用が利かず用途の幅を狭める要因となっています」


 クリスタルに限らず、魔力には人それぞれ、魔物それぞれに質の違いがあるそうだ。

 複数の魔力を束ねようとしてもうまく安定せず、故に一つの機械に対し一つのクリスタルというのはメカニックの基本となっている。

 また、魔力装置はレスポンスにおいても問題を抱える。

 魔力反応の良さで語れば、最も早いのは人型機、というか無機収縮帯。次にエンジン。一番遅いのが浮遊装置である。

 人型機は無機収縮帯との同調を行う為、クリスタルは大型のが一つ。追加武装があれば複数使用の場合もあるそうな。

 ちなみに鉄兄貴の背面クレーンは人型機本体から電力を引っ張っているので、追加クリスタルは存在しない。その代わり本体とクレーンを同時に動かせない。

 魔力式エンジンも魔力の安定性から大型クリスタルが一機につき一つ。ただ人型機ほど機敏なレスポンスを求められていないというだけで、反応速度に関して根本的な解決法があるわけではない。

 浮遊装置。こいつは一番雑だ。

 箱の中に沢山小さなクリスタルを詰め込み、一つ一つに導線を接続。

 その魔力を浮遊装置に送る。以上。

 浮遊装置は浮かび上がらせるだけの装置なので、制御もへったくれもない。ごちゃ混ぜの大雑把な魔力を注ぎ込めばOKなのだ。

 まあつまり、浮遊装置以外の機械では規模に比例したサイズのクリスタルを用意しなければならないわけであり、そうなると大型クリスタルの需要は鰻登りなのである。

 なら小さなクリスタルは安いのかといえば、そんなことはない。

 大きなクリスタルよりは価値が落ちるも、数さえ揃えば飛宙船を浮かばせられる。セルファークでの主要な移動手段は飛宙船であり、小粒なクリスタルだっていくらあっても困らないのだ。

 かなり話が逸れたが、ようは飛行機や船作るほうが優先だから、他の物は技術的に可能だけど次の機会にね、なのだ。


「はい、よろしい。ツヴェーに到着したらギルドで換金してみましょう。代金の割り振りは皆で相談してね」


 アナスタシア様がさらりと爆弾を投下すると、冒険者志望三人組は不毛な争いを始めた。


「私が倒したんだから当然私のお金よね!」


「いーや、あの程度ならこっち来ても迎え打ててたぞ。俺にも何割か貰う権利はあるはずだ」


「僕は割り勘にすべきだと思う。今後毎回こうやって争うよりは、きっちり皆の成果としといた方が諍いは少ないよ」


「うっせ! っていうかマイケルはなにもやってねーじゃないか!」


「そうよ、船から降りてすらいなかったじゃない!」


「ええっ!? 船から降りなかったのは高い場所の方が狙いやすいからだし、魔力を準備してたからなにもやってないわけじゃ……」


 勿論口喧嘩だが、いやまったくお金とは怖いものである。

 アナスタシア様はわざとやったな。きっとお金のトラブルは冒険者にも多いのだろうし、その予行練習といったところか。

 喧嘩をしばし眺めていると、ぐぅぅ、と誰かの腹の虫が鳴った。


「お腹空いた」


「はらへった」


「そろそろ夕食の時間ですよ」


 金より食欲か。


「もうしばらく進めば野宿に適した場所があるわ。今日はそこまで行きましょう」


 子供達が乗り込み飛宙船が再び発進する。

 俺を引きずって。

 数十メートル進んだあたりではたと気付いた。


「アナスタシア様、俺のこと忘れてません?」


「そ、そんなことないわよ?」


 いそいそと高度を上げといて、なにしらを切ってるんすか。








 野宿。

 岩場の上の平らになった広場に陣取った俺達は、揺れる船上で凝り固まった体をようやく解せた。

 俺は凝りっぱなしだが。


「ここが野宿に適した場所ですか?」


「そうよ。見渡しがいいから魔物にも余裕を持って対象出来るし、何もないから飛行系の魔物もやってこない。燃える物がないから火の始末も楽だしね」


 他の冒険者が作ったのだろう、石を積んだ簡単な釜戸がいくつかある。

 その一つに燃料を放り込み、魔法で着火。


「固形燃料ですか」


 変に文明的なものを見た。


「一晩だもの、ちょっと横着しちゃうわ。冒険者であれば薪拾いをしたりもするけど、乾いた木ってなかなか見つからないのよ」


 炎は小さいが、暗闇の中では大きな光源だ。目が慣れればかなり見渡せるようになるだろう。

 旅では暗くなってはもう動けない。移動は基本的に日が昇っている間だけだ。

 食事は固い保存食のパンと干し肉。それにスープが付いた。


「旅先で温かい食事が一つあれば、精神的にはとても楽になるの。野宿でスープを用意するのも大変だから、余裕がある時にしかやらないけれどね」


 簡単な塩味だが、一口飲むと思わずみんな息を吐く。

 犬食いでなければもっと味わえそうなもんだ。

 食事の後は、交代交代で見張りをしつつ体を休めることに専念する。つまり、寝る。

 しかしキャンプではしゃいでしまうのは子供の性であり、俺達は結局しりとりなど道具不要の遊びで時間を潰すことになった。


「私は先に寝るわね、護衛対象だし」


 そんな中、一人早々と毛布にくるまって横になるアナスタシア様。

 あくまで保護者でも監督役でもなく護衛対象、つまりお姫様なので決定権は彼女にある。いや、アナスタシア様に遊びに付き合えなんて言わないが。

 寝静まった、と思いきや立ち上がり、俺に耳打ちをしてくる。


(みんなが寝て誰かが見張りを始めたら、こっそり起こしてね)


(……もしかして、寝てるふりをしてこっそり夜通し起きてようとか思ってません?)


(まあ、ね)


 そりゃあ、子供だけで見張りさせるのは不安だが。夜通しなんて負担が大き過ぎる。


(俺も交代で見張ってますよ)


(魔物を見張るんじゃなくて、子供達を見守るの。これは私の預かった責任なのよ)


(責任?)


(そう。人の子供を預かるという、責任)


 目の前の真摯な瞳に、なにも言えなくなってしまう。


(……解りました。このしりとりは出来るだけ長引かせますから、今のうちにゆっくり休んでいてください)


(ありがとう、レーカ君)






 仮眠を終え、見張りが俺の番となった。

 見晴らしのいい場所に転がり登り、空を見上げる。

 煌めく星々。月のない夜空。

 町並みや文化を再現することは出来るが、この月のない独特の空だけは地球での再現は不可能だろう。

 空を見上げる度に、俺はここが異世界であると強く思い知らされる。


「今日はとんでもない一日だったな」


 ソフィーに始まり野宿に終わる。濃いというか、偏ってる。

 並びの安定しない、星の光の煌めく闇夜。

 見る度に位置が変わるので、この世界では星座は存在しない。

 漠然と見上げていると、空になにかが浮かんでいるのが見えた。

 目を細める。解析魔法を発動。

 アナスタシア様曰く、『魔法より世界に直接的にアクセスしている魔法』。

 専門的なことは判らないが、魔法ではあるそうだ。

 それで、空に浮かんでいる未確認飛行物体だが。


「……ガイル?」


 飛宙艇(エアボート)に乗ったガイルがこちらを見下ろしてパンを食べていた。


「ガイルー、ガイルー」


 ひょんぴょん跳ねてアピール。

 ガイルの顔が引きつった。俺と目が合っていることに気付いたようだ。

 ガイルとソフィーの目の良さは凄まじい。チートである遠見の魔法とタメをはれるのだから、最早異常だ。

 どうやら朝からずっと俺達を上から尾行していたのだろう。変質者である。

 飛宙艇は搭乗者の魔力で浮かぶが、ガイルは魔力に乏しいはずなのでボードを魔改造してクリスタルを装備しているのかもしれない。じゃないと途中で落ちる。

 おそらくは二段構えの体制なのだろう。子供達のお守りにアナスタシア様。もしアナスタシア様の手に余る魔物が現れれば、ガイルの出番。

 あるいは、ずっと接近しようとする飛行系の魔物を駆除していたのかも。だとしたらお疲れさんとしか言いようがない。

 ……ガイル繋がりで、朝の出来事に思考が移った。

 ずっと疑問だったこと。この際だ、アナスタシア様に訊いてしまおう。


「アナスタシア様」


 反応はない。


「アナスタシア様、起きていますか?」


「……なぁに?」


 ちょっと寝てた?

 なんだか色っぽい。


「まだ怒ってますか?」


「朝のこと?」


 頷いて肯定。

 一見、一件落着したかのような雰囲気だったが、俺のロープはまだ解かれる気配はない。

 もしかしてアナスタシア様、内心憤怒しているのでなかろうか。


「確かにね。あの時は許嫁(仮)で済ましたけれど、改めて考えると少しどうかと思ったわ」


 ごめんなさい。やっぱり怒ってた。


「ソフィーを幸せにすると誓えるなら、解いてあげるわよ」


 なんて仰るし。


「それは……無理です。誓えません」


 その誓いは、語数の割にあまりにも重い。

 普通の夫婦でも付きまとう性格の相性や経済的な問題に加え、どう考えてもソフィーは『普通じゃない』。

 お嬢様かご貴族様か。

 田舎にあれだけの屋敷があって、メイド二人に家族三人で暮らしていたこと自体があまりにも不自然なのだ。

 俺はソフィーについてなにも知らない。素性どころか、本人の嗜好や性格すらちゃんと把握しているわけじゃない。人見知りだし。


「誓えないのなら、気の迷いなんておこさないことね。女の子は簡単に傷ついちゃうんだから」


「……はい」


「正直もういいかなって思っているのだけれど、せっかくだもの。ツヴェーまではこのままにしときましょうか」


 なにがせっかくなのかさっぱりだった。

 溜め息混じりに天体観測へと戻る。


「……ん?」


 天球の隅に、光の帯が浮かび上がっている。

 オーロラか? 違う、連続的な光ではなく光源の集まった、不思議な雲だ。


「なんだあれ? 天の川?」


「えっ?」


 アナスタシア様が俺の呟きに、やおら立ち上がりその場でターン。

 すぐに不思議な雲を見つけ、「まぁ」と感嘆の声を零した。


「天使の雲ね。珍しいわ」


 天使の雲、か。天の川ではないらしい。

 その正体は判らないが、幻想的な光景であることには違いない。

 感慨に耽って目に焼き付けていると、解析魔法が発動した。

 雲ならば解析魔法の射程内だからそれはいいのだが、様子がおかしい。

 低い。

 雲だけではなく、他の星々も同じ程度の高さに浮かんでいる。ガイルのいる空より数百メートル上だ。

 これはどういうことだ。

 それの正体を探ろうと、解析魔法を星に向ける。


「が、岩石?」


 岩だ。大小様々な岩が、無数に空に浮かんでいる。

 それが地上の光を反射して光点に見えているのだ。

 なんとも不可解な現象だが、なら天使の雲の正体も空飛ぶ岩なのかと再び解析する。

 その川を形成する物体がなんなのか、それを認識した俺は一瞬呼吸を忘れた。


「なっ、なっ、なんじゃありゃあぁ!?」


「な、なに? 魔物!?」


 アナスタシア様を驚かせてしまったが、俺はそれどころではなかった。

 空に帯状に浮かぶ、それは―――


「航空機、だと!?」


 朽ち果てた飛宙船。原形を留めていない飛宙艇。真っ二つに折れた飛行機。

 古今東西、古いものから真新しいものまで。

 数え切れないほどの航空機の亡骸が、空高く跳び続けていた。


「んー、なんだよぉ」


「うるさい」


 子供達が起きてしまった。


「あ、天使の雲だ。久しぶりにみたなぁ」


 エドウィンの様子から、どうやら驚いているのは俺だけらしい。


「なんですか、あれ」


「なにって、天使の雲……あぁ、レーカ君には馴染みがないのかしら」


 すげーすげーと騒いでいるニールとマイケルの傍ら、アナスタシア様の真夜中の授業が始まった。


「重力境界って知っている?」


 判りません。


「重力境界とは地上三〇〇〇メートルの空に存在する、無重力空間のことよ」


「無重力、だから岩が浮かんでいるんですか」


「そう。そして重力境界を超えて上昇していくと、今度は重力が上下反転する。上が下になるの」


 上層と下層に逆方向の重力が働き、その中間の重力を打ち消しあっている領域が『重力境界』だそうだ。


「なら重力境界の先を上昇……下降し続けると、どうなるんですか?」


「月面にたどり着くわね」


「月!?」


 あったのかよ、月。


「常識過ぎて教えていなかったけれど……この世界、セルファークは二つの大地が向かい合っているの。私達が住んでいる地上と、空の向こうにある月」


「てっきり月はないものかと」


「食事前のお祈りにあるじゃない。『母なるセルファークの意思よ。父なる蒼月の祈りよ。今日もまた、我らが旅路をお見守り 下さい』って」


 聞き流してました。


「蒼月ってなんですか?」


「空の青は月の蒼よ?」


 太陽の光から青の波長のみが強く地上に届いて、なんて地球的理屈は無視ですか。さすがファンタジー。


「月にも色々とあるのだけれど、それは一旦置いといて。重力境界は天士にとって最も身近な難所なのよ。無重力という特殊な環境故に、大型飛行系魔物の住処となっているの」


「大型飛行系魔物?」


「ドラゴンやワイバーンよ」


 定番ですな。


「レーカ君なら解ると思うけれど、戦闘機同士の戦いは最初に上を取った方が有利でしょ? だから少しでも高度を上げようとして、重力境界に突入しちゃうの」


「あー、それで魔物の餌食となると」


「そう。そうやって重力境界で犠牲となった航空機は、上空の気流に乗って永遠に空を飛び続けることとなる。そうして生まれたのが天使の雲よ」 


 地上に舞い戻ることもなく、永遠のフライトか。

 天士にとってそれは不幸か幸福か、栄誉か悲劇か。


「頻繁に見られるものなんですか?」


「どこかの空に常にあるけれど、気流は不規則に変化し続けるから見れるかどうかは運ね」


 珍しいのか。しっかり見ておこう。

 考えようによってはこれほど多種多様な機体を観察出来る機会はそうそうない。例え破棄されたものであっても、参考になる部分は多そうだ。


「さぁ、みんなも寝なさい。明日も大変よ」


『はーい』


 国も時代も関係なく寄り添い合う飛行機達は、戦いによって生まれた情景にも関わらず空には国境など存在しないと訴えているように思えた。








 翌日。

 トラブルもなく船はツヴェーへと出発する。

 いや、トラブルというほどでなくても、ちょっとした騒動はあった。

 アナスタシア様とニールが近くの泉で水浴びをしている最中、マイケルがコソコソと挙動不審に草むらへ入っていったのだ。


「おい」


 なんて解りやすい奴だ。せめて「お花を摘んでくる」とか誤魔化して行けよ。


「お花を摘みに行ったのかな?」


「エドウィン、なぜ数ある表現法の中からそれを選んだ」


 純粋な彼にはマイケルの煩悩は思慮の外にあるようだ。


「ま、すぐ戻ってくるだろ」


 空を仰ぐ。

 真っ逆様に落下してくるパン。

 それはマイケルの消えた草むらに突っ込み、鈍い音と間抜けな断末魔を生じさせた。

 無論ガイルの朝食である。

 例え東京タワーの天辺からコッペパンを落としても大した衝撃にはならなかろうが、保存用のパンはなかなかに固い。あの速度でぶつかればたんこぶにはなりそう。


「なぜパンが空から?」


「パンの神様だろ」


 適当に誤魔化す。ガイルに見守られていると知れば、子供達は自分が信用されていなかったと感じてしまうかもしれない。

 草の向こうから傷だらけのマイケルが現れた。


「どうしたの?」


「……転んだ」


 ニールにふるぼっこにされたか。


「フン、餓鬼が」


 お前如きがエロスを語るなんざ片腹痛いわ。


「なんだと!」


「興味本位で覗きをしようとするからそうなるんだ。どうせ女の体がどうなってるか知りたいとか、その程度だろ」


「悪いのかよ」


「最悪だ。そんな心意気で覗いては女性にも失礼だろう。覗くなら確固たるエロ目的で覗け」


「レーカ君、君の方が最悪だよ……」


 いい子ぶるなよエドウィン、お前みたいな奴が案外むっつりだったりするんだ。


「よーし、俺がお前達に女体の神秘ってのを教えてやる!」


「へぇ……」


「ほぉ……」


 女性陣がご帰還していらっしゃっていた。


「…………。」


「…………。」


「……教えてくれってマイケルが!」


「ちょ、おい!」


 てんやわんやで出発した俺達。

 昨日と違い魔物の襲撃もなく、順調に旅路は進む。

 そして昼頃に、遂に目的地へと到着した。








 岩場の多い土地に、絶壁のような崖。

 その崖を切り裂いたかのように谷間が伸びている。

 谷の底辺は決して狭くなく、人型機が充分にすれ違えるほどだ。

 頻繁に谷に出入りする飛宙船や飛行機。谷の両側面には幾つも店舗が開き、それは奥方向のみならず上方向、つまり谷の壁面にも存在する。

 人力であれば梯子や階段が必要そうな場所にも店が存在するのは奇妙な光景だが、どうやら岩盤をくり抜いて町全体に地下トンネル網まで張られているらしい。

 谷の左右に沢山のロープが渡されている。滑車を使って行き来するのか?

 工業の町だけあって常に金属音や怒号が響いている。油の匂いと、ゼェーレストでは有り得ない雑踏と喧騒。


「すげ……」


 それ以外の感想がなかった。

 地球とはあまりに異なる生活形式。驚いているのは俺だけではなく、冒険者志望三人組も似たようなものだ。


「驚いた? ここがフリーパイロット御用達の町、ツヴェー渓谷よ」


 慣れた様子で船を預けて戻ってきたアナスタシア様。


「色々見て回りたいでしょうけど、まずは宿を取りましょう。荷物を預けないと」


「あ、はい」


 アナスタシア様を先頭に宿を目指す四人。

 俺は彼らの背中を見つめ、そっと息を吐いた。


「アナスタシア様―――いい加減ロープ解いて下さい」


 慌てて戻ってきたアナスタシア様だった。



 なかなかロボットの出てこないロボット小説です。

 しかし次回からは工業の町、ツヴェー渓谷メイン。

 きっと沢山の兵器や新キャラが登場するはず。


 ところで、このペースでは主人公機製作は3章になりそうです……

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