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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
浪漫に突っ走ろう編
11/85

旅立ちと妖怪逆さ男 1

 前回のあらすじ



        俺→(´・ω・` )ω― )←ソフィー


 ガイル→( °Д°)




 緊急事態だ。

 ソフィーにちゅーしようとする俺。

 それを目撃したガイル。

 まずい。まずいまずい。

 開き直って自分の正当性を主張する? 却下だ、ガイルの怒りに油を注ぐだけだし、それ以前に俺自身がそれは許せない。

 俺が欲望に屈しソフィーに悪戯しようとしたのは事実。

 ならば、俺はそれを潔く認めるだけだ。


「ガイル!」


「……なんだ」


 うわ、すげぇドスの効いた声だ。威圧感が半端じゃない。

 それでも殺気ではなく威圧に留まっているのは、俺に弁明の機会を与えているのだろうか?

 まあいい。俺は、自分の意志を、言葉を伝えるだけ!






「ありがとう!」






 謝罪より感謝を。

 だって、その方が素敵じゃないか。

 俺はマジで拳が顔面に突き刺さる五秒前くらいに、そんなことを想った。








 簀巻き(すまき)。縄で人をぐるぐる巻いて、芋虫状態にすることである。

 それを上下逆さまに木から吊せば、さながら蓑虫状態と呼ぶべきだろうか。

 今の俺のことなんだけどさ。


「……で? 朝起きたらソフィーが目の前にいて、つい手を出したと?」


「未遂だ。ほっぺた触ったり、えっと、ほっぺ触っただけだ」


「絶対それ以外にもしたでしょ君」


 余計なことをいわないでマリア!

 ほっぺたツンツンまではともかく、抱き締めは有罪だろう。口が裂けても言えない。

 屋敷の側。ここに集まっているのは三人。俺を木に吊したガイルと、何事かとやってきたキャサリン、マリア母娘だ。

 ソフィーは眠ったままガイルが寝室に運んだ。性犯罪者と一緒にいさせるわけにはいかないとのことだ。一体誰のことだろう。俺のことですね判ってます。


「レーカ。怒らないから正直に答えろ。ソフィーの体を触ったなぁア゛ァ゛!?」


 台詞の最後は忍耐力が切れてチンピラと化していた。


「違う、その、触ったといえば触ったが性的な意味はない!」


 抱き締めたり肩掴んだり、そういうのは同性でもやる時はやる。

 やるったら、やる。

 問題は異性間でしか触り得ない場所に触れたか、だ。


「ガイルは知っているだろう、俺が巨乳派だって! この前も巨乳について熱く語り合ったじゃないか!」


「あ、こら、人前でそういうのバラすな! 俺のイメージが!」


 知ったことかそんなもん。


「だからソフィーに、その、えっちなことをしようなんて一切考えていなかった! 信じてくれ!」


「ならなぜソフィーの顔に涙の跡があった?」


「マジっすか!?」


 知らんよ本当に!


「俺じゃない! 俺はそりゃ普段はエロいこと考えたり、女の子と仲良くなりたいとか、そんな煩悩だらけのこと考えているさ!」


 マリアの前でさらけ出すのは気が引けるが、ここで引いては俺という存在が誤解されてしまう。


「えー……そういうの、さらけ出さないで胸にしまっておいてほしかったわ……」


 マリアがドン引いていた。

 つーかね、男なんてそんなもんだよ。いつだっておんにゃの子のこと考えているもんだ。

 とかく、良きにしろ悪しきにしろ、ここで面倒な誤解は生じさせるのはよろしくない。きっちりしておくべきだ。


「けれど、絶対に、女性を傷付けるような真似はしないっ!」


 ソフィーにキスしようとしたのは彼女が子供で、寝起きのことなどすぐ忘却してしまうだろうという打算もあった。うん最低。

 付け加えれば、なんだかんだいってやっぱり俺も寝ぼけていたのだろう。


「マリアにセクハラでからかったりもするが、それだってちゃんと冗談の域で収まるように留意している! それになにより、俺は女性を悲しませるようなことはしないっ!」


 フェミニストと呼ばれようと構わない。女性の笑顔を守る、それは俺のルールだ。


「その笑顔を壊すような真似、俺は絶対にしないっ」


 まあこの前マリア怒らせちゃったんだが、それは一旦脇に置いとこう。


「……本当だな?」


「ああ、当然だ!」


 逆さまで力強く頷いてみせる。


「まだソフィーに手を出すつもりはない!」


 竹箒で顔面フルスイングされた。






 そして俺に対する暴虐と屈辱の体罰が始まった。

 ガイルに箒の筆の方で何度も叩かれた。(チクチク)

 キャサリンさんに「丁度いいから」と逆さまのまま散髪された。(ハラハラ)

 マリアに高速で回転させられた。(グルグル)

 どれも中途半端にやめて欲しいレベルの罰である。

 でも悪いの俺だし。


「ところで、なんでマリアまで参加してるの?」


「女の敵を懲らしめているの」


 それは大切なことだ。


「いっそ罵りながらやってくれないか? (ムチ)とか持ってさ」


 うん、案外いいかもしれない。

 慣れない未知の感覚に高揚し、我を忘れて口汚い言葉を並べ叫び、ひたすらに俺に鞭を振るうメイド少女。

 なんか興奮する。


「ガイル様、馬鞭(ばべん)をお持ちしました」


「うむ」


 鞭をしならせ頷くガイル。


「お前じゃねぇよ! 『うむ』じゃねぇよ!」


 ムチって痛いだけじゃなくて、実は死人がでるくらい危ないものなんだぞ。


「あ? あ? てめ調子にのんなよ? 人の娘にちょっかい出しといてそれかアァ?」


「ごめんなさい俺が悪かったですだから鞭はやめて」


 ぺちぺちと頬に当てられる鞭先。ほとんど力を入れていないのに、これでもちょっと痛い。

 チンピラガイルに凄まれる俺に救いの手を伸ばしてくれたのは、意外な人物であった。


「いい加減にしなさい」


「ナスチヤ?」


 どこか気怠い雰囲気を纏う人妻枠、アナスタシア様だった。


「レーカ君を責めてどうするのよ。彼に非はないわ」


「寝ぼけたソフィーに手を出そうとしたんだぞ」


「それは有罪ね」


 味方じゃなかった。


「その前に、だ」


 ガイルはアナスタシア様を軽く睨む。


「昨晩はどこにいたんだナスチヤ」


「どこだっていいじゃない。一人で過ごしたい夜もあるわ」


 数瞬睨み合う夫婦。なにこれ、夫婦喧嘩?


「……屋敷の外には出ていないわ」


「俺と一緒に寝るのが嫌だったのか?」


「そんなこと、一言も言っていないじゃない」


「なら書き置きや言伝があってもいいだろう。心配したんだぞ」


「貴方だってこの前、私に断らずに荒鷹(あらだか)を乗り回して一晩姿を眩ませていたわ。貴方はよくて私はいけないというの?」


「らしくない。君は気の回る女性なのに、俺が心配することを予想出来なかったのか?」


「酷い人。理由があるとは考えないのね」


「相当泣きはらしたな」


 アナスタシア様の肩が震える。


「化粧で誤魔化したって俺には判るぞ。一晩中、泣いてただろ。なんで俺の側に来なかった。俺は、そんなに頼りないか」


「……一人で泣きたかったの。これは、私の問題」


「夫婦だろ」


「大切だからよ」


 き、気まずい……

 喧嘩していたのに、急にしんみりした空気になった。

 アナスタシア様は昨日、姿を眩ませて、一晩泣きはらしたらしい。なぜ?

 だんまりを決め込むガイル。


「おいっ、そこは『俺を頼れよ』とか言え!」


 それが甲斐性だろと訴えるも、ガイルは気色悪い、薄い笑みを浮かべるだけ。


「……そんな言葉で無理につなぎ止めなければならないほど、脆い絆じゃないさ」


 なーにいってんだこいつは。ばっかじゃねぇ。


「そうやって油断してると、手遅れになって後悔するぞ。今日出来ることは今日やれ、ちゃんと言葉にしろ!」


「……そう、だな」


 ガイルは妻に歩み寄る。

 抱き締めた。

 逞しいガイルの腕が、華奢なアナスタシア様を包み込む。


「その、な。……愛してる」


 不器用な夫の言葉に、彼女は口元を綻ばせた。


「……当然よ。独りにしたら、許さないんだから」


 そしていちゃつきだした。まったく、今日の俺はキューピットだぜ。

 しばしの間ちちくり合う二人。興味深げに、それでも少し恥ずかしげに観察するマリア。

 俺とキャサリンさん? 俺達がそんな初心(ウブ)な反応をするとでも?

 ガン見でした。ガンガンジロジロ見ました。

 屋敷の住人の視線に気付いた彼らは、はっと我に返りコホンと咳払い。


「結局、レーカとソフィーが一緒に寝ていたことと、ナスチヤが一晩姿を眩ませていたことは関連しているのか?」


 話題を変えた。賢明だな、俺の嫉妬レベル的にも。


「そうね。たぶん、関係あるわ」


 ほら無実だった。


「そもそも、レーカ君もソフィーも昨晩からの記憶がないんじゃないかしら?」


「え? ……あれ、本当だ」


 昨日いつ寝たのか、記憶が曖昧だ。


「昨日の晩か。そういえばナスチヤもそうだが、ソフィーもどこかおかしかったな。妙なことを訊いてきた」


 思い出し笑いならぬ思い出しデレデレしだしたガイル。気持ち悪い。


「ともかく、この話はこれでお終い」


「ちょっと待て、理由が解らないし、今朝コイツがソフィーに悪戯しようとしたことはどうする」


「理由に関して話す気はないわ。私が泣いた理由も、レーカ君とソフィーがなにをしていたのかも」


 切り捨てるアナスタシア様。これで、この事件の顛末は迷宮入りと相成った。


「レーカの狼藉(ろうぜき)も許すのか?」


「うーん、無罪放免というのもなんだし……そうね」


 アナスタシア様は今朝一番のいい笑顔で、こう宣言した。


「レーカ君には責任をとってもらうわ」


 責任?


「レーカ君を、ソフィーの許嫁(仮)とします」






 アナスタシア様の決定はあまりに酷かった。

 許嫁(仮)。

 (仮)が付いているとはいえ、あまりに唐突過ぎた。

 なぜ? ここでの生活で信頼を得たのだとしても、ちょっと展開が早過ぎる。

 ……まあ、アナスタシア様の思惑は置いといて。

 今は俺を高速スピンさせまくっているマリアと、箒の筆で顔を引っ掻きまくっているガイルについて考えよう。


「二人とも、やめてくれないか?」


「やーだよーだ」


「ばーかばーか」


 あらやだなにこの二人、退行してる。


「冷静に考えて見ろよ。この決定が不服として、責めるべきはアナスタシア様じゃないか?」


「ほう、つまりお前は女性に責任を押し付けるのか?」


「なわけないだろ! 悪いのは俺だ!」


 つい叫んでしまうのが俺である。

 でもなんでマリアまで参加してる?

 俺とソフィーが許嫁(仮)となるのが嫌なのか。そりゃ嫌か。こんな不審人物が妹分の許嫁(仮)なんて。

 でも無表情でひたすら俺を回すのはやめて欲しい。光を失った瞳からは既に狂気すら感じる。

 マリアの腕が止まった。当然回転も停止する。


「どうした?」


「……魔力切れ」


 身体強化魔法まで使っていたようだ。

 この短時間かつ小効力で終わるとは、本来は使い勝手が悪いという話も頷ける。道理で力仕事でも使っていないわけだな。 


「ナスチヤ! ソフィーの許嫁なんて、なにを考えているんだ!」


 一応ガイルも妻の決定に異議を唱えるらしい。

 まず最初に訴えろ、なぜとりあえず俺を痛めつけた。


「あら、でも(仮)よ? それとも(暫定)にすべきかしら?」


 同じです。


「ソフィーは誰にもやらん!」


「行き遅れっていうのもねぇ」


 この世界では地球、ないし日本より結婚適齢期がちょっとだけ早い。


「こいつには精々、許嫁(笑)がいいところだ!」


「許嫁であること自体は構わないの?」


「構う! ソフィーは俺と結婚するんだ!」


 ガイルが問題発言しだした。


「娘と結婚するとか……」


「それはないわ……」


「ひくわー……ん?」


 視点が再び回り始める。どうした?


「お? おお? おおぉぉぉぉ」


 捻れたロープが元に戻ろうと、模型飛行機の輪ゴムの如く俺を回す。

 マリアの腕力に依存していた先程より早い。みるみる加速し、俺の視界は横線にしか知覚出来ないまでになった。


「とにかく話を纏めましょう」


「回り始めた俺は無視ですか」


「昨晩ちょっとした出来事があって、私が寝室へ戻らなかったのもソフィーとレーカ君が一緒に寝ていたのもそれ関連。これに関してはレーカ君に非はないからいいとして、今朝ソフィーに悪戯しようとしたのは許嫁(仮)として責任を取る。こんなところでいいわね貴方?」


「よくない! 全く解らんし、なんでコイツなんぞに可愛い一人娘を……」


「いいわね」


「いや、だから……」


「いいわね」


「その、あの」




『い い わ ね ?』




「はい、いいです……」


「よろしい」


 弱い! ガイル弱い!


「でも(仮)だからなっ。ソフィーの為にも、それ以上は認めんぞ!」


「解っているわ。レーカ君?」


「はい」


「不純異性交遊、ばっちこいよ」


「まじっすか!?」


「節度と常識は弁えてね」


「うっす!」


 冷め切った目のマリアにロープをナイフで切られた。

 地面に落ち、ヘッドスピン(ブレイクダンスのアレ)の要領で回転する俺。


「一段落ついたのだしソフィーを起こしましょうか」


「ソフィー……ああ、ソフィーぃぃ……」


「時間が遅くなっちまったね。マリア、朝食の準備を手伝いな」


「はい、わかりました」


 それぞれ日常へと戻っていく四人。

 スピンする俺。


「おーい、誰かー、助けてー」


 回転は徐々に収まり、ジャイロ効果を喪失した肉体は地面に叩き付けられる。


「え、マジ? 本気で置いて行かれた?」


 この時俺の脳裏に過ぎっていたのは、薄情な彼らに対する呪詛ではなく、地球で学んだ一つの単語であった。


「放置プレイ!」


 未知の興奮にときめきつつも、どこか頭に引っかかるものがあるのも事実。

 なぜ、アナスタシア様は夜通し涙したのか。

 なぜ、俺とソフィーは添い寝していたのか。

 なぜ、アナスタシア様は俺と娘を許嫁(仮)にしたのか。

 なぜ、こうも俺はイケメンのナイスガイなのだろうか。

 様々な疑問が解氷するのは、この出来事からずっとずっと先のことである。








 朝食として運ばれてきたスープ皿と、それに放り込まれたスープ漬けのパン。

 簀巻きのままガツガツ犬食い。絶対マリア怒ってる。

 そして小型級飛宙船(エアシップ)の後部にロープを繋がれ、宙吊りで広場まで運ばれた。


「あの、アナスタシア様?」


「なにかしら、レーカ君?」


 なにかしら、じゃなくて。


「どこか連れて行かれるんですか、俺」


 もしかしてアナスタシア様は微塵も俺を許しておらず、どこか遠い国に捨てられてしまうのだろうか。

 漠然とした不安が冷気となって背筋に抜けた。

 異世界で放逐。それがどれだけ絶望的な状況か、考えるまでもない。


「せめて縄はほどいて! あとサバイバルキットも! あと少々の路銀もお願いします! 更に言えば愛をプリーズ!」


「大丈夫、ロープは解かないけどサバイバルキットと路銀はあげるわ。愛はソフィーに頼んで頂戴」


 いやあぁぁぁ……捨てられるぅぅ―――

 ドナドナ気分で売られる子牛のビジョンを幻視していると、冒険者志望三人組がやってきた。


『おはようございます』


 三人揃ってお行儀良くご挨拶。

 明らかにガイルに対する態度と違う。


「はい、おはようございます。準備はしてきたかしら?」


『はいっ!』


 準備?

 冒険者志望三人組は軽装ながら、普段は身に付けないような物々しいアイテムを幾らか所持していた。腰の短剣や、背中のマント。


「お前ら、冒険にでも出る気か?」


 ファンファーレが聞こえてきそうな、見事なちびっ子パーティである。


「そうだよ?」


「そうなの?」


 エドウィンに肯定された。


「そうか、皆も遂に夢を叶えるんだな」


 考えていたよりずっと早い旅立ちだが、ここは笑顔で送り出すべき場面だ。


「頑張れよ。俺も応援してるぜ」


「貴方も行くのよ」


 なにいってんですかニールさん。


「俺は冒険者志望じゃないんだけど」


 興味がないといえば嘘になるが。


「そんなことより早く出発しようぜ」


 マイケルが急かし、ぞろぞろと小型級飛宙船に乗り込む三人。

 アナスタシア様は運転席だ。


「それじゃ、行きましょうか」


『はーい』


 あれ、俺の意見は?


「ちょ、おおまた宙吊りかよぉおぅ」


 飛宙船が飛翔し、後部に繋がれた俺は上下逆さまに浮き上がる。


「アナスタシア様、ほんとにどこ行くの!?」


「大丈夫、レーカ君のガンブレードは荷物に入れといたわ」


 会話が成立していない!

 船は俺に構わず村の出入り口まで進む。


「…………ん?」


 物影に白い人影がちらちらと見えた。


「アナスタシア様、ソフィーが見送りに来ているみたいですよー」


「あら、見つけちゃったわね。私はなにもしていないけれど、レーカ君が自分で見つけちゃったわね」


 あれ? (はか)られた?

 どうやらソフィーがここにいるのはアナスタシア様の采配らしい。

 そして俺はまんまと罠に引っかかったのだ。どんなトラップかは判らないが。

 おずおずと姿を表すソフィー。今朝の寝間着姿ではなく、妙に気合いの入ったフリルたっぷりの洋服である。


「おはよ」


「……おはよ」


「可愛い服だな。ソフィーもどこかにお出掛けか?」


「うんん、おかーさんが『しょうぶふくよ』って着せてくれたの」


 上を見下げると(くどいようだが上下逆さまである)ニマニマ顔のアナスタシア様。

 貴女なんで今朝から急にアグレッシブなんですか。キャラちょっと失ってますよ。


「その、レーカ……」


 もじもじと指を絡ませるソフィー。

 大変可愛らしいと思うのだが、残念ながら相手は妖怪逆さま男である。 


「あのね、その」


「うん」


 焦らせてはいけない。本人に任せて、ゆっくり聞いてあげよう。


「一緒に、踊って欲しいの」


「踊り?」


 この村で踊りといえば……


「収穫祭か?」


 頷くソフィー。

 収穫祭の踊り、即ちキャンプファイヤーを囲む盆踊りだ。

 ペアだからむしろフォークダンス?

 どうしよ、俺は盆踊りもフォークダンスも判らない。


「おいっ! レーカがソフィーにダンスのお誘いを受けたぞっ」


「へぇーやるわね。よ、この色男ッ」


「レーカ君、女の子に恥かかせちゃ駄目だよ?」


 三人組が好き勝手言っている。

 ソフィーは二、三度大きく呼吸し、真っ直ぐ俺を見据えた。




 風がざわりと震えるのを感じた。




「どうか、僅かばかりの時を私の為に割いて下さい」


 いつものソフィーと違う。

 清廉楚々(せいれん そそ)とした気配に思わず息を止めてしまう。


(わたくし)と踊って頂けませんか、紳士殿(ジェントルマン)


 しなやかに差し出される手の甲。

 女王の如く侵しがたい気配を纏ったソフィー。

 しかしそこに演技臭さなど微塵もなく。

 彼女は、ソフィーでありながらにして他を圧倒するなにかを放っていた。

 たまらず視線を落とせば陶器のように白い手が目に映る。

 見慣れたはずのソフィーの手。だが今だけは、この世界に実在することが不可解な矛盾をはらんでいるようにすら錯覚してしまう。

 人造でなければ至れない繊細さと精巧さに、生身でなければ有り得ない温かさと意志。

 それに触れてもいいものか?

 新品のキャンパスに絵の具を垂らせば後戻りが効かないように、目の前にいる少女は決して触れてはいけない存在ではないか?

 ま、さっきハグしたけど。


(……あれ、なにびびってんだ俺)


 触れるどころではないボディータッチを既に行っていたことに気付き、気が抜けた。

 なに子供相手に気圧されてるんだ。自然に、普通に返せばいいことじゃないか。


「あー、うん。ダンスのお誘いだよな? いやー照れるな」


 むしろ反動で緩みまくっていた。


「…………。」


 なぜかソフィー固まってる。


「えっと、ね。その」


 口調が戻った。さっきの漢字を多用した長文は奇跡かなにかだったようだ。


「あああぁぁぁぁぁ」


 終いには頭を抱えてうずくまってしまった。


「……どうした?」


「忘れて、忘れて! 私は忘れるから!」


 草陰から飛宙艇(エアボート)を取り出し、手早くセイルを展開。

 止める間もなく、ソフィーは飛び去っていった。

 追いかけるのがドラマ的な礼儀(マナー)かもしれないが、それすら許さない早業。

 あっという間に彼方まで飛んで行った彼女に、俺は手を空に伸ばすしかなかった。


「惜しいっ」


 なにがですかアナスタシア様。




 ちなみにこの時点で俺はダンスのお誘いの意味するところを知らないわけで。

 友達のいない娘にアナスタシア様が俺をあてがった、程度に考えていた。


 中途半端な長さなので前後編に分けました。

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