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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
浪漫に突っ走ろう編
10/85

不思議な夢と少女の決意


 20ミリガトリング砲(バルカン)も久しい昼下がり。……ひどい冒頭だ。

 使用人の仕事も慣れ、最近では余力を充分残して村に遊びに降りることも多い。

 色々と制作予定が貯まっているとはいえ、俺の技術がそれに追従しない。故に今はアナスタシア様の下で知識・経験を充実させる時と割り切ったのだ。

 なのでどうしても暇を持て余してしまう。

 そんな時は大抵同年代の冒険者志望三人組と遊んだりしている。マリアとソフィーのお上品な遊戯は付き合っていられない。

 お裁縫とかお菓子作りとか何が楽しいの。作業だろそれ。

 と主張すれば、当然の如く


「君の物作りの方がよっぽど作業じゃない」


 とマリアに返される。そうだね。自覚してるよ。でも楽しいんだもの。

 ちなみにクッキーを分けてもらった。生地は同じでも形でマリアとソフィーの見分けが付く。生地作りはキャサリンさんも手助けしているそうで、地球の市販品より旨かった。

 ……とまあこんな具合に、屋敷に居場所がないことに気付いてしまった俺は、村に降りて冒険者志望三人組と戯れているわけである。

 ガイル? 知らん。自室に引きこもってるんじゃね?

 そして三人組の遊びというのは、つまるところ冒険者の訓練だったりする。所謂チャンバラだ。


「そんなことよりカバティやろうぜ」


 俺の主張の返答は、木刀の切っ先だった。

 つか子供のスタミナやばい。なにがやばいってスタミナやばい。


「げほっ、げほっ、おえぇええ」


 リバースしてないからな! 声だけだからな!


「……俺も歳だな」


「ほとんど同い年でしょ僕達」


 膝に手を当てて地面にえずいていると、上からエドウィンの声が聞こえた。

 今日も今日とてツッコミご苦労さん。


「あー疲れた。仕事の後にこれとか苦行だぞ」


「な、なにケロッとした、顔で言ってんのよ……」


 地面で這いつくばっているニールが睨んできた。


「…………。」


 隣ではマイケルが倒れている。金魚みたいな荒い呼吸音はしばらく止みそうにない。

 いや金魚の呼吸音なんて聞いたことないけど。


「凄いね。ニールって同年代で一番強いんだと思ってたよ」


 同年代っつったって、この三人にマリアとソフィーだけだろ。マリアはちょっと年上だし。ソフィーは空の上では天才だけど地面ではへっぽこだし。

 しかし、同年代で一番、か。


「勘や身のこなしは凄いぞ? 野生動物の域に達しているな」


 戦いに関して天賦の才がある。ニールに対して俺はそう結論付けていた。


「その私とマイケルを纏めて相手にして、呼吸一つ乱していない貴方は魔物かなにか?」


「なに言ってんだ、さっきげほげほしてたろ。あとマイケルはそろそろ復活しようぜ」


「……俺は?」


 ん?


「ニールが野生動物なら、俺は?」


 ……なんと答えよう?

 マイケルは体格もいいし筋も悪くないが、正直平凡だ。

 冒険者という仕事を知らない俺が判断出来ることではないが、戦士として見れば、きっと一流には至れない。

 普通。そう率直に伝えて、いいものだろうか?


「普通」


 悩むの面倒だから率直に伝えた。


「うわあああぁぁぁん!」


 泣き声を上げて走り去るマイケル。俺は彼の背中に叫ぶ。


「こらっ! 男が簡単に泣くな! つか余力あったなお前!」


「鬼だね、レーカ君……」


「男は鬼と向き合う時、強くなるのだ……」




 ―――今の俺、カッコいい―――!




「こんな馬鹿面に負けたのね、私って」


「腕っ節と顔は関係ないからね」


 酷いこと言われてた。


「でもさ、実際ニールは凄い。俺が勝てるのは対人戦技能があるからで、才能はお前が上だ」


 身体強化魔法を併用すれば身体能力でも負けないが、柔軟さは補えない。根本的な部分で桁違いなのだ。


「私だってガイルさんに教えられたこと、ちゃんと全部身につけているわ。青空教室でも誉めてもらえるんだから」


「教えられて、出来るようになって、ただそれだけだろ。技術ってのは知識じゃない」


 偉そうなことを言えばニールに睨まれた。反骨精神、結構結構。


「そもそもガイルが教えてるのはきっと対魔物用の剣術だ。だから対人戦は不利だよ」


「対人と対魔物でそんなに違うの?」


「全然違う。対人戦技能ってのは相手が人である前提だ」


「当たり前でしょ」


 当たり前だな。


「敵が人であると限定されていれば、選択肢が増える。人体の弱点を攻めるもよし、死角に入り込むもよし。間合いに入ったって行動が限られてるし予測出来るから充分対処可能だ」


 しかし対魔物戦は違う。


「魔物は種類も大きさも様々だ。だから信用出来る要素は間合いだけ、それ以外の技術・知識は全部無駄になる。言ったろう、ニールはまるで野生動物だって」


 偉そうに言っているが、俺も魔物との戦闘に詳しいわけではない。想像だ。

 ニールは決して弱くない。むしろエドウィンの「同年代で一番強い」発言は的を射ているだろう。

 定期的なガイルの指導だけでここまでやれるなら、結構凄いことだと思う。


(むむむ、この村は天才ばっかりだな)


 人型機(ストライカー)の操縦では負けないと思うが、それもチートあってこそ。地力では完全に劣っている。

 そもそも中身大人なのだから、ムキになって張り合うあたりが一番恥ずかしいのだが。

 そのうち凡才な俺など追い越して彼らはどこか遠くに行ってしまうのではなかろうか。

 それは寂しい。なんとか着いて行きたいものだ。


「……貴方は、ずっと遠くにいるのね」


「ん?」


「なんでよ。そんなの、ずるいじゃない」


 ニールに睨まれる。なぜ?


「私だって頑張ってきたのに、なんで貴方は生身でも人型機(ストライカー)でも強いのよ。おかしいわ、現役軍人に勝てるなんて無茶苦茶よ」


 瞳に苛立ちを浮かべ拳を握り締めるニール。


「そんなに悔しかったのか?」


「ふざけないでっ!」


「ふざけてないが」


 若干癇癪気味に喚き散らすニール。さてどうしたものか。

 能力に嫉妬していたのはお互い様だ。俺からすれば、彼女の素質の方が価値がある。そういう勘は鍛えようったってそうそう伸びるものではない。

 けどそれを伝えても彼女は納得するか? 「なんだそうなのか」と頷けるか?


「悔しかったら、勝てるようになればいいだろ?」


「……ッ!」


 ただそれだけだ、とキョトンとした風に告げてやる。

 やれやれ、損な役回りだぜ。

 しばらく俺を睨んでいたニールは、人差し指を俺に指し宣言した。


「これから貴方と私達はライバルよ!」


「えっと、私『たち』? 僕とマイケルも?」


 エドウィンが呟く。


「仲間でしょ!」


 一人離脱しているけどな!


「対人戦を習いたいならガイルを探したらどうだ? あいつは今無職だし」


「わかったわ、ありがとう!」


 素直に礼を告げるあたり、俺に対するわだかまりはないらしい。良かった。


「行くわよエドウィン!」


「ちょ、マイケルは!?」


「途中で拾うわ!」


 車かよ。






 再び独りぼっちになった俺。


「え? え? 俺って嫌われてる?」


 この小さなコミニティーではぶられるとか、割と致命的だぜ。


「いや、そんなことない。もう一人いるぞ、今現在独りぼっちな奴が」


 誰とは言わないが、お屋敷さん家の『力・・ 人 ノレ』さんとか。


「ククク、今頃一人で畳の目を数えているに違いない」


 ……いや、たった今、冒険者志望三人組がガイルに会いに行ったのだったな。俺は自分の手で話し相手を送ってしまったのか。

 自身の失策に意気消沈しつつ、とぼとぼと村の広場に移動。

 背負っていたガンブレードを抜き放つ。たまにはこいつの練習もしないと。

 地球ではほぼ架空の武器であったガンブレード。架空の武器に架空の武術など用意されているはずもなく、結果俺は戦いの理論を一から構築せねばならなくなった。


「素直に銃剣にすべきだったか? 銃剣道なら存在したわけだし」


 銃剣道、銃剣の剣道なんて一般には馴染みがないが、つまりは戦争中の竹槍訓練である。剣なのに槍とはこれいかに。

 いや駄目か。銃剣はあくまで弾が切れた際の非常手段、剣と銃を織り交ぜたコンビネーションは考慮されていない。つかそれなら撃った方が早い。

 俺がガンブレードにこだわったのは、セルファークでは身体強化と魔刃の魔法が近接武器の価値を引き上げているから。手持ちの銃が発達していないのはこの辺も理由だろう。

 あと格好いいから。


「とにかく振ってみよう。なにか見えるかもしれない」


 ガンブレードを正眼に構える。敵のイメージは……魔物的ななにか。


「なにかってなんだよ……」


 そう、あれだ。犬っぽいような、スライムっぽいような。

 結局頭に浮かんだのは水色の柴犬。水犬?


『クゥ~ン』


 や、やめろ! つぶらな瞳で俺を見ないでくれ!

 おのれ、俺のイメージの産物の癖に精神攻撃とは小癪な!

 貧弱に過ぎる自身の想像力に絶望しつつ、それでもガンブレードを振るう。

 スライムの動きなんて知らないので基本は犬だ。飛びかかってきたイメージの水犬を剣で受け止め、砕けたゼリー状の物が俺に降り注ぐ。


「そんな魔物いるか!?」


 いきなり死んだぞ!? あれか、触ったら溶けるのか? 俺負けたのか?


「……イメージに負けるのは、勝てる自信がないからだ。きっとそうだ」


 自信を持つんだ。俺は勝てる! どんな魔物だって一撃だ!

 水犬を想像する。性懲りもなく俺に突撃してくるソイツを、俺は鼻で笑った。


()ね」


 衝突直前で爆散する水犬。


「ククッ」


 俺にかかれば魔法すら必要ない。全ての敵は、須く我が(にえ)である―――!


「クク、クァ―――ッハッハッハ!」


 両手を左右に広げ高笑い。俗物には判るまい、その全能感!


「って、俺は魔王か!?」


 睨んだだけで敵が死ぬとか予想外だ。俺ツエー。


「巧く行かないもんだ、やっぱり実戦は経験しとくべきか」


 戦いなんて進んで行いたいと思えないが、根本的に俺が戦ったことのある動物とは人間だけなのだ。それも殺し合いではなく試合。

 改めて考えると俺とニールは真逆だ。対人戦が出来るか、対魔物戦が出来るかなんて差でしかない。やっぱり大差ないだろ俺と彼女。

 と考えていると、張本人達が目の前を横切った。






「離してくれー! 俺は普通なんだ、凡庸なんだー!」


「うっさい! エドウィン、そっちしっかり掴んでてよ!」


「うん、ほら観念してよマイケル。というか自分の足で歩いてよ」


 両腕を掴まれ引き擦られるマイケル。両脇を固めるニールとエドウィン。






 なんだあれ。連行? 拘束された宇宙人?

 呆然と彼らの奇行を見送る。なんか訓練どころじゃなくなった。


「あー、うん、屋敷に帰ろうかな」


 ガンブレードを鞘に納める。と、そこでようやく広場に男達が集まっていることに気が付いた。

 村の男達だ。彼らは普段から畑仕事や狩猟で鍛え上げられた膂力を存分に発揮し、丸太を何本も集め『井』の形に積み上げていく。


「あれは、ひょっとしてやぐらか?」


 キャンプファイヤーで燃やすアレだ。なぜあんな物を?

 訊くは一時の恥、訊かぬは知らないことがバレた時までの恥。

 ということでさっさと手近な人に尋ねる。


「レオさん、こんにちは」


「ん、おお。屋敷の坊主か」


 話しかけたのは白髪と白髭のお爺さん。

 時計台の管理人でありゼェーレスト村の村長的な役割を担うレオナルドさんである。

 白髪だが勿論アナスタシア様やソフィーとは無関係。ただ、ご高齢なだけだ。


「なんですか、このやぐら」


「こいつは収穫祭の準備じゃ。この村では夏の終わり頃にこいつに火を点けて、周りで踊って騒ぐのじゃよ」


 盆踊りか。でも収穫?


「夏の終わりって、収穫には早くないですか?」


 作物によりけりだろうが、収穫といえば秋だろ、たぶん。


「まぁな。収穫はもうちょい後じゃ。きっと最初は秋にやってたんだろうが、大陸横断レースの閉幕に合わせて前倒しされるようになったんだろ」


 大陸横断レース?


「クイズでもやるんですか?」


「はぁ?」


 横断といえばウルトラなクイズだろう。


「いや、レースと言っておるだろう。航空機で競う、国を跨いだ世界最大のレースじゃ」


「それは……豪快だな」


 地球にだってエアレース、飛行機レースはあるが、ごく限られた範囲のタイムを計測するだけである。

 それを国、大陸を跨いで行うとは。


「世界的に有名、というか常識だと思うのだがのう。坊主、山奥にでも住んでおったのか?」


「ここだって大概田舎じゃないですか……」


 そもそもセルファークでは町や村以外の土地は魔物の領域だ。人の住処に魔物が侵入することは滅多にないが、一歩でも彼らの領地に踏み込めば敵として認識される。


「ん? でもそれって、観客は試合ほとんど見れなくないですか?」


 一瞬通り過ぎる飛行機を見たって、あまり楽しくない。


「見せ場のポイント、セクションがあるのじゃよ。観客は近場のセクションに集まり、大会側が用意した障害を突破する参加機を応援する、それが大会横断レースの観戦方法じゃな」


「セクション?」


「うむ。恒例なのは谷の合間を飛んだり、海面五メートル以上飛行禁止だったり、そんな操縦技術と度胸を試される危険な物ばかりじゃな」


 ちょ、それ、結構な死者が出ないか?


「それも恒例じゃ」


「まじっすか」


 怖過ぎるだろ大陸横断レース。


「元より出場者は大半がシルバーウイングス、最高クラスの天使(エース)じゃからな。どれだけ過酷な難題も大半は突破する。セルファークの人間は皆、幼い頃から空の英雄である彼らに憧れ、そして敬意を抱くものじゃ」


 詳しいルールを聞いていくと、それがWRCワールドラリーチャンピオンシップに近い催し物だと判ってきた。

 開催主催地もレース開始もゴールも毎年バラバラ。参加者達は一斉にスタートし、長距離の高速飛行区間と危険なセクションをクリアして次の土地へと移動する。

 そして一晩の整備を終えた後、生き残った選手達は再び一斉に空へ旅立つ。次の土地を目指し、危険極まりない障害を突破していく。

 その繰り返しを、実に一ヶ月ぶっ通しで行う。聞いただけでも、パイロットも整備士も精魂尽き果てそうなほど過酷なレースだと判る。

 最後に各区間のタイムを合計し優勝者を決める。

 天士の、そして技術者達、ひいては国家が威信を賭けて名誉と名声を競い合う。それが大会横断レースなのだ。

 しかもワールドラリーチャンピオンシップとは違い、時間差でスタートするわけではない。参加者選手全員一斉に、だ。

 セクション内でデットヒートが発生した際は最高の見せ場、とはレオナルド爺さんの言。


「つまり、この村の近くにセクションがあるんですね? 収穫祭ではそれを肴に騒ぐ、と」


「いやいや、各地を移動するとはいえこんな辺鄙な村にまでは来んよ」


 来ないんだ、見たかったのに。


「祭りの当日は時計台のクリスタル共振設備をフル稼働させて、村中に放送するのじゃ」


 あー、あのラジオか。

 セルファークには電波による無線通信は存在しないが、クリスタルの共振を利用した音声通話は存在する。

 ようは周波数の概念のない無線であり、出力を上げれば通信半径を広げることも可能。

 だから低出力で仕事に利用する者もいれば、大出力でラジオ放送を行う団体もいる。周波数が一つしかないので規則や制限は厳しく定められているが。

 しかしラジオもどきとはいえ、各家庭に一台ずつ受信機が設置されているわけではない。

 町では数カ所、ゼェーレストのような小さな村では一カ所が普通だ。緊急通信もあるので〇カ所はさすがにほとんどないそうだが。

 そしてその受信機こそ、時計台に設置されているのである。

 見せてもらったけど、でかい。本当にでかい。昔のラジオだってあそこまで大きくなかった。今の人はそんなの知らないか? 鞄のような大きな電池とか。

 まあ時計台の受信機は村中に放送する設備だから大きい、というのもあるとは思う。


「大会の最後には、選手の最終セクション突入前にこれまでのレースの経過を放送する。そして最後のセクション実況を聞きながら祭りに興じるわけじゃな」


 なるほど、一番盛り上がるクライマックスが夏の終わりとなるわけか。


「ん? それじゃあ、レースってもう始まってるんですか?」


「うむ、まあスタートはその土地以外では盛り上がらんもんじゃよ。一ヶ月ずっと祭り気分というのも疲れるじゃろう」


 それもそうだ。

 頷いていると、背後で喧騒が聞こえてきた。






「な、なんなんだお前ら!? 着いて来るな!」


「ガイルさんが逃げたぞ、追えっ!」


「待ちなさいガイルさん!」


「ガイルさん、この二人は逃げたら追うよ、犬みたいに」


 冒険者志望三人組がガイルを追いかけ回していた。






 さっきも言ったが、再び呟くこととしよう。

 なんだよあれ。なんだあれ。


「話が逸れたが、とにかく収穫祭はこの村の数少ない賑わいじゃ。ゲーム大会をしたり、歌を歌ったり。あとは若者達も張り切り時じゃな」


「どうして?」


「村の異性にアピールする数少ない機会じゃからの。そりゃあもう、意中の相手がいる者の張り切り様は年寄りにとって絶好の肴じゃ」


 大人達に面白可笑しく見物にされる若者、頑張れ。


「お主にはおらんのか、意中の娘は?」


「いませんよ、周りにいるのがそもそもソフィーとマリアとニールだけじゃないですか」


「ふむ、どれもめんこい嬢さん方だと思うがのう」


「子供です」


 はっきりと切り捨てる。


「いや、お主も子供じゃろ」


「そうですが、そもそも人格形成の途中であるこの時期に一体なにを基準に惚れろと? 容姿だけで選ぶほど下半身で生きてもいませんし、その容姿だってこれから更に変わっていく。なんの目安にもなりません」


 いや、皆美人になると思うけどね。


「いや、うむ、可愛げのない子供じゃの」


「ふぇぇ。急に好きな子と言われても、僕困っちゃうよぉ」


 ご期待に応えてみた。


「可愛くなったと自分で思えるか?」


「いえ、こんな子供がいたらとりあえずぶん殴ります」


 まあ参考までに発表しとけば、俺の中の異性として意識しているランキングは一位マリア、二位ソフィー、三位ニールである。

 人妻であることを無視すればアナスタシア様がダントツだけど。あの人は時折眩暈がするほど色っぽい。

 マリアは一三歳、地球でいえば中学生というだけあって徐々に女の子から女性へと変貌する気配が垣間見える。時々、どきっとさせられることがあるのだ。

 対してニールは同年代である以上に男の子っぽい。普段から少女と念頭に置かず接しているのでぶっちぎりの最下位である。

 ソフィー? 彼女だってせいぜい妹分だ。異性云々の関係ではない。


「枯れとるのお」


 枯れてるんじゃなくて、芽生えてすらいないんです。


「とにかく、変化の少ないゼェーレストではこういう機会は貴重なのじゃ」


「ふーん」


 男衆のからかいの的になるのは嫌なので、話題を終わらせるべく興味ありませんアピールへと移行する。


「とくに祭りの踊りにはジンクスというか言い伝えがあっての」


「へー」


 適当に相槌を打っていると、また背後が騒がしいのに気付いた。


「予めダンスのパートナーに異性に誘い、最初で共に踊ったカップルは結ばれるというおまじないがあるのじゃ。ダンスの申し込みは即ち愛の告白なのじゃな」


「ほうほう」


 背後をちら見する。






「出してー!? なんで僕を閉じこめるの!?」

「うるさいっ! 貴方ちょこざいのよ!」

「そうだそうだ、ちょこざいエドウィン!」

「帰っていいか、俺?」

 エドウィンがやぐらの内側に監禁されていた。






 三度目であろうと言ってしまおう。

 なんだあれ。なんだあれ。なんだあれ。


「おい、聞いておるのか?」


「えっと、なんでしたっけ? ダンスでなにかするんですか?」


 ごめんあんまり聞いてなかった。


「ふん、知らんわい。せいぜい寂しく祭りの夜を過ごすんじゃな」


 ふてくされて仕事へと戻っていくレオナルド爺さん。蔑ろにしたことに謝意がないわけではないが、あちらも俺を祭りの肴にしようとしていたのでお互い様だろう。


「お話、ありがとうございましたっ」


 レオナルドさんの背中に叫んで、俺は屋敷へと戻ることにした。








 屋敷へ帰ると、とりあえず厨房を覗いてみた。マリアとソフィーがケーキ作りをすると出かける前に聞いたのだ。


「ただいまー……あれ?」


 厨房に入ると、予想外の人がいた。


「ああ、おかえり」


「おかえりなさい、レーカ君」


「おかえり、机の上のケーキは君の分よ」


「おかえり」


 キャサリンさん、アナスタシア様、マリア、ソフィーの順だ。


「アナスタシア様? なんで厨房に?」


「その、ね」


 恥ずかしげに頬を朱に染めるアナスタシア様。


「練習していたの。ゼェーレストの村のお祭りで作る料理。あ、お祭りのことは知っている? 収穫祭というのだけれど」


「レオナルドさんにさっき聞きました。アナスタシア様、料理を振る舞うんですか?」


「アナスタシア様だけじゃないよ。祭りの料理は各家庭の女が自慢料理を持ち寄って用意するんだ。それを立食パーティー形式で戴くのさ」


 立食パーティーというと格調高そうだけど、つまりバイキング形式だな。


「んー、なんだかいまいちなのよねぇ。キャサリン、これってなにが足りないのかしら?」


 アナスタシア様は小皿でスープを味見する。どうもお気に召さないようだ。


「足りないのではなく、野菜を炒める時に味付けを濃くし過ぎたのですね」


 キャサリンさんも味見をして問題点を指摘する。


「そうなの? 薄いよりはいいかなって確かに濃い目にしたのだけど」


「濃く作ってはあとから修正が利きませんよ。薄ければ完成した後に整えることも出来ます。というか変にアレンジしないでレシピ通り作って下さい」


 素人のアレンジは失敗フラグ!

 しかしなんとも赤いスープである。


「まさか、血の赤?」


「えっ? キャサリン、このスープの赤って血の色なの?」


「違います。この赤はテーブルビートという植物の色です。レーカ、お前も変なこと言うな」


 失敬失敬。つかアナスタシア様作っている本人なのになんで解らないの。


「…………!」


 一方、こちらは親の敵を見る目で玉ねぎを睨むソフィーである。

 包丁を片手に、まな板の上の玉ねぎを慎重に刻む。

 その隣ではマリアが落ち着かない様子でソフィーを見守っていた。

 ちなみにソフィーはガイルの用意したミスリルゴーグル装着している。彼女なりの玉ねぎ対策らしい。

 伝説の金属でゴーグル作る親父も親父だが、それを真っ先に料理で利用する娘も娘だ。

 しかし、そんなんしったことか、と言わんばかりにソフィーの目からは涙が溢れていた。

 それはそうだろう。俺の無駄知識によると、確か……


「涙が出る原因の物質って、鼻からも入るんだってさ」


「……そうなの?」


 頭を傾け、鼻を摘むソフィー。どうやって片手で包丁を扱うんだ。


「ちょっと包丁を見せてもらえるか?」


 切っ先を確認。おや、普通に綺麗に研がれている。

 包丁の切れ味が悪いと玉ねぎの細胞を潰してしまい涙が出る成分が拡散する。しかし今回はただ単に切り方が下手なだけのようだ。

 ここの備品はキャサリンさんが管理しているし、研がれていないはずこそないのだが。

 あるいは怪我しないように敢えて切れ味の悪い包丁を使わせているのかとも考えたが、かえって力んでしまい危ないだろう。

 そもそもソフィーに包丁を使わせてるのが早すぎる気もする。怪我したら危ないじゃないか。

 そうキャサリンさんに進言すると、返ってきた答えは以下の通りだった。


「料理は怪我をしながら覚えるものだよ」


 この屋敷の人間は基本スパルタである。


「きゃう!?」


 早速指切ってるし。


「隠し味さ」


「いや、治療して下さいよキャサリンさん」


 人の血液が隠し味とか嫌過ぎる。


「救急箱! 救急箱どこ!?」


 血相を変えたマリアが厨房を飛び出して行った。初めに準備しとけよ。

 ポロポロと泣き出したソフィーの指を確認。表面を切っただけか、男の子なら舐めて終わるレベルだ。

 圧迫して止血する。


「痛ぃ……」


 きゅっと目を瞑り、呻くソフィーの頭を撫でる。


「我慢」


「……うん」


 ちょっと待てば止まるだろ、と予想していると、アナスタシア様がソフィーの手を握り呪文を唱えた。


「命の詩篇よ、その綴りを反復せよ。『ライトエイド』」


 みるみるうちに指の切り傷が塞がる。RPGの必需要素、治癒魔法か。


「あー、だからソフィーか完全に目を離していたんですね」


 アナスタシア様は治癒魔法も達者なのだろう、ある程度の怪我や火傷なら痕も残さず消せるほどには。


「じゃあなんでマリアは心配そうにしてたの?」


 てっきりソフィーが怪我しないかと見守っているのかと。


「ソフィー、治療するわよ!」


 マリアが救急箱を抱いて駆け込んできた。


「食べ物のある場所で走るんじゃない!」


「たらぁぃ!?」


 キャサリンさんがマリアをぶん殴った。実娘であろうと容赦ない。

 ぐわんぐわんと鳴る金タライ、頭を抱えてうずくまるマリア。


「マリア! レーカ!」


「は、はい」


「え、俺も?」


「用事ないなら、出てけ」


 ぽいと廊下に放り出された俺とマリア。

 マリアは俺を見て、溜め息を吐き、一旦厨房へ戻り俺の取り分のケーキを載せた皿を回収して俺に手渡し、無言で立ち去って行った。


「え、オチなし?」


 この日常にオチがあるとすれば、精々晩飯が赤いスープ尽くしとなったことくらいだろう。

 旨かったけどさ。








 変わりない日常。

 ゆったりと流れるゼェーレストの日々の中、その事件は唐突に起きた。








 朝。

 今日もまた、レオナルドさんの打つ鐘が村に鳴り響く。

 就寝していた俺はその音で目を醒ます。

 慣れたもので、地球で使っていた目覚まし時計よりずっと小さく聞き取りにくいその音も、今では意識せずとも聞き逃さないようになっていた。

 最初の頃は鐘を聞き逃し寝過ごしてキャサリンさんに叱られたのも、今となってはいい思い出(トラウマ)である。

 意識が覚醒してゆく。

 慣れ親しんだ、自室である倉庫の匂い。

 そこに、いつもとは違う香りが混ざっていた。


(ん……?)


 暖かな温もりと、小さな呼吸音。

 誰か、俺の部屋にいる?

 目をこすり、瞼をしっかりと開く。


「う……ん……」


 寝息をたてるソフィーがいた。

 あー。

 うん、あれだ。

 なんで俺のベッドで寝てるの?


「え、えええぇえぇ?」


 困惑するしかない。ソフィーだ。何度見直してもソフィーだ。ソフィーである。結論、ソフィー。

 寝ぼけて俺のベッドに潜り込んだ? いや不自然だろ。屋敷から倉庫まで寝ぼけて歩いてくるとか、夢遊病(むゆうびょう)

 仮に夢遊病だとしても、ソフィーは両親と共に寝ているはず。二人ともソフィーが抜け出したことに気付かないとは考えにくい。

 いや、ここにいる理由は置いといて、これからどうする?

 ソフィーを見つめる。

 幼いながらに整った顔立ち。伏せた瞼と長いまつげ。小さな口。白に限りなく近い銀髪。

 よし、悪戯しよう。

 事態の解消より自身の欲望を優先することとした。

 後から考えるとやはり寝ぼけていたと思う。


(まずは、ほっぺた……!)


 指先でつつく。傷付けそうなので、人差し指の腹で。


「お、おぉ……ふにふに」


 ぷにぷにとしばしソフィーの頬を堪能する。

 よし、次は。


(ハ、ハグ行ってみましょう……!)


 何度も繰り返すが寝ぼけている。既に目は冴えているが寝ぼけているのだ。

 再度繰り返す! 寝ぼけているから犯罪じゃない!

 腕をそーっと伸ばす。

 心臓がバクバク煩い。思考が纏まりを失う。

 ソフィーの背中に手を回し、ぎゅっと抱き締める。

 柔らかい。温かい。いい匂い。

 この時期、年代は女性の方が平均身長も高く発育がいいと聞く。

 しかしソフィーは俺より小さく、壊れてしまいそうなほど華奢だ。


「ん」


 身じろぎしたソフィーに思わず背中から掌を離す。

 起きたのかと慌て、そっと胸に抱いていて見えなかったソフィーの顔を覗く。


「…………。」


 おめめパッチリ、完全に目覚めていた。


「ち、違うんだ! これは、その、出来心だ!」


 慌て離れて弁明する。


「ついやってしまったんだ、反省していない!」


 すっく、と上半身を起き上がらせ女の子座りでベッドに佇むソフィー。


「本当だ! 信じてくれ!」


 ん? なにかがおかしい。

 いや、俺の動言じゃなくてソフィーの様子が。


「…………?」


「あのー、ソフィーさん? ハロー?」


「……はろー」


 寝ぼけ眼の返事。体は動いているが、意識がしっかりしているとは言い難い。


(……あ。そういえば)


 そうだ、忘れていた。ソフィーは朝が弱いんだ。


「おとーさん?」


 ソフィーが俺の寝間着の裾をくいと引く。


「む、俺はガイルじゃないぞ?」


「んー」


 だめだこりゃ、彼女の心は完全に夢の世界だ。

 彼女の瞼がゆっくり落ちる。

 二度寝するのかと思いきや、次に続けられた言葉は予想外にもほどがあった。


「おはようの、ちゅー」


 な、なんですとー!?

 唇を突き出して待ちの姿勢のソフィー。

 つまりこれは、俺にキ、キ、キ、キチューを求めていると!?

 行かねばなるまい! ここで引いたら男が廃る!

 いいよね奪っちゃって! 据え膳食わねばナントヤラ!

 冷静に考えれば俺をガイルと間違えているだけだが、そんなの知っちゃこっちゃない。

 ソフィーの肩を掴む。頭をそっと近付ける。

 三〇センチ、二〇センチ、五センチ……

 心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。

 寸前でピタリと停止。

 本当にいいのか? こんな騙し討ちみたいなことで、彼女の唇を奪って?


(えぇい、覚悟を決めろ、俺!)


 躊躇うな、こうなったらむさぼり尽くすぐらいの勢いで―――






 倉庫の扉が突然開いた。






「おい、レーカ起きてるか? 突然だが出掛ける準備をし……ろ……?」


 硬直するガイル。

 寝ぼけたままお座りしているソフィー。

 その無防備な彼女の唇を奪おうとしている俺。






 異世界生活始まって以来の大ピンチだった。


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