*素晴らしきもの
それから一度、深呼吸をして水の入ったグラスに手を伸ばす。
ひと口含んで続けた。
「お金もあるし、力も持ってるボクにその企業は喜んで手を出してきた」
戸籍を調べてもどこにも不備はない。
「ボクのコードは特別なチップだから、特別なプログラムじゃないと表示されない」
デスクに置かれたヘッドセットを手にして発する。
「……」
戒は真仁をじっと見下ろした。
今までの違和感と不自然さが、あたかもジグソーパズルが組み合わさっていくにようにつながった。
「ボクの本当の名前はね、真の人と書いて真人」
でも、ボクは完璧じゃない。
「そもそも完璧って何さ。そんなのあるはずがない」
無い物ねだりだよね、真仁は戒を見上げて笑う。
「完璧なものに何の魅力があるんだろう」
世の中は完璧じゃないからこそ、素晴らしいんじゃないか。
──そんな真仁の言葉は、初めて感情を表しているように戒には思えた。
「言わなくても君は訊かなかっただろうけどね」
「!」
「1人くらい知ってて欲しいじゃない。ボクのこと」
小さく笑んだ表情には、少しの愁いが窺えた。
「満足したかい?」
いつもの顔に戻った真仁に戒は口の端を吊り上げ、後ろに視線を投げて応える。
「だ、そうだ。翼」
「!?」
翼はビクッと体を強ばらせ、立ち上がってバツの悪そうに頭をかいた。
「2人のおかげで戸塚も倒せたし。ご苦労さんだったね」
「ホントだよ、あんなのはもうこりごり」
溜息を吐きつつ肩をすくめる。
「なかなかの演技だったな」
戒が皮肉混じりに発すると翼は、「うげぇ~」と舌を出した。
「男とのキスや添い寝なんて金輪際、嫌だからな」
「! 戒と?」
真仁は羨ましげに翼と戒を交互に見やる。
「何がいいのかわかんないよ」
「戒だからいいんじゃないか」
「それがよく分かんない」
げんなりして言い放った翼に真仁は小さく笑う。
そして、話を戻した。
「戸塚が死んだあと筒井があとを引き継いだけど、長くは続かないだろうね」
「なんで?」
翼は首をかしげた。
戸塚という男と数日接したが、何故あの男がリーダーとして務まっていたのか不思議で仕方がない。
「戸塚は確かに人として最低だったけど、人を集める能力にかけては優秀だったんだ」
筒井は人を動かす能力に長けてはいるけど、集める能力には欠けている。
「スペアのなくなった敵が定数のまま戦うボクに勝てると思う?」
真仁は無表情に言い放ち、口の端を吊り上げた。
「……」
戒と翼は互いに顔を見合わせ、真仁に肩をすくめる。
「解ればよろしい」
青年は得意げに薄笑いを浮かべて、ヘッドセットを分解した。