*修羅にあって
一端、間合いを離そうとした戒に水貴は素早く駆け寄った。
「!?」
「ざんねん」
驚く戒にニヤけた顔を近づけ、腰に両腕を回して持ち上げる。
「!? うあっ!」
ギリギリと締め上げる苦しみに歯を食いしばった。
「戒!」
「がっ……。あ──っ」
ミシミシと骨のきしむ音が全身に伝わる。
「もっと楽しめると思ったが拍子抜けだ。背骨をへし折ってやる」
「やめろぉー!」
必死に手を伸ばして翼は叫んだ。
「ぐっう」
戒は震える手でショルダーホルスターの右側からナイフを抜き、未だ締め上げてくる水貴の右腕に突き刺した。
「そんなもので俺がひるむとでも思っているのか」
水貴は鼻で笑い、さらに力を込める。
「……っ」
苦しみながら、突き刺したナイフの柄にある仕掛けに触れた。
「なんだ?」
柄からもう1枚の刃が飛び出し、水貴は目を丸くする。
それは糸切りばさみのような形状になり、戒は一気に力を込めて握りしめた。
バツン! という音がして肉が切り裂かれる。
「ぐぉっ!?」
さすがの水貴もその痛みに戒を投げ飛ばすように離した。
「げほっ、ごほっ」
咳き込みながら、水貴の腕から吹き出す血を見やる。
「何、あの武器……」
見た事の無いナイフに、翼はその光景を呆然と見つめた。
「き、きさま!」
水貴は傷口を押さえながら、まだ痛みで地面に転がっている戒を睨み付けた。
刃は動脈まで達したのだろう、流れる血の量と鮮やかな色からそれが見て取れた。
それでも水貴は戒を殺そうと少しずつ歩み寄る。
戒は立ち上がれないながらも、腰の背後からスローイングナイフ(投げ用ナイフ)を抜き水貴に放った。
「!? ぐあっ!」
男の右目にそれは深々と突き刺さったが、その足は止まらない。
これほどの執念と体力に戒は一瞬、体を強ばらせた。
「……。!」
水貴を見上げつつまだ痛みの治まらない体を引きずるように後ずさりすると、右手に硬いものが触れた。
先ほど投げ捨てたデザートイーグルだ。
「──っ」
それを拾い上げ、水貴に銃口を向けて引鉄を引いた。
「!? か……っ」
強烈な弾丸は水貴の眉間にめり込み、男はゆっくりと後ろに倒れていく。
動いてこないかと数秒ほど見つめていたが、死んだと確信して戒は立ち上がった。
「まったく」
溜息を吐き出し翼に足を向ける。