*確たる夢
その夜──ノートパソコンを見つめている真仁に、戒がゆっくり近づく。
「早く寝なよ。明日も忙しいよ」
戒に視線を向けず応えた。
「物資もばかにならんな」
寝入っているハンターとクローンたちを見回しつぶやいた。
「まあね。牧場にいた頃のスポンサーが何人か物資を流してくれてるけど、受け取るのにひと苦労だよ」
発して戒に小瓶を手渡す。
「君の分。ウォッカだけど」
「有り難い」
笑みを浮かべてその透明の小瓶を受け取った。
「!」
琥珀色の液体が入った小瓶を見下ろすと、どこから聞こえてくるかすれた声……戒はそれに眉をひそめる。
「聞かなかった事にしてあげてね。張り詰めた空気に癒しが欲しいものなんだよ。ハンターもクローンも」
それは、女の喘ぎ声──どこかの部屋か通路かで必死に声を殺しているようだが時折、漏れてくる声は艶のあるなまめかしいものだ。
「節度を持ってくれとは言ってある。ある程度は許してるよ」
しれっとディスプレイから目を外さずに真仁は言い放った。
「お前は?」
「ん?」
意地悪っぽく問いかける男に文句を言うのかと思いきや、同じようにいたずらな笑みを浮かべた。
「ボクの癒しは君だよ」
「!」
戒は驚いて切れ長の目を丸くする。
「変な意味でじゃないよ」
一度、目を閉じて暗闇の先を見つめた。
「君はこの世界に溶け込んでいるように見えてその実、ボクにはとても鮮やかに映るんだよ」
現実的であるハズなのに、何故か夢見心地にさせられる。
「……?」
いぶかしげに見下ろす戒に青年は薄く笑みを浮かべた。
「まあ気にしないで」
肩をすくめて再びディスプレイに視線を移した。
朝──いつものようにハンターたちは真仁の元に集まる。
「今日はカメラの設置をよろしく」
真仁は手にある小さな機械を示した。
プロジェクターで壁に映し出されているカメラの位置を教鞭で差しながら、カメラ表示の無い場所を差す。
「この付近にお願いしたい。数は5つほどでいいから」
それから一端、話し合いは終了し戒と翼にカメラが渡された。
「これが太陽パネル、少しの光でも稼働する効率の良いものだから多少、暗い場所でも大丈夫。特殊な電波で街のあちこちにアンテナを張り巡らせてある」
真仁は付いている部品を指で差して説明し、裏側を見せて続ける。
「このシートはまずフィルムをはがして置いてね、しばらくすると接着されるから。あと解ってるとは思うけど、出来るだけ見つからない場所にね」
どうせすぐに見つかるけど、念頭には入れておいて……と付け加えて遠ざかる。
外に出る時はかならず2人ひと組で行動するようにハンターたちに徹底させてから、カメラ設置に向かわせた。
戒たちは以前、クローンの死体を見つけた付近に設置する事になった。
「……」
ピリピリと痺れる肌、閑散とした風景の中に似つかわしい気配が戒の神経を刺激している。
肌に伝わる感覚に眉をひそめた──これは、激しい殺気だ。
「翼」
「何?」
カメラを設置し終え、翼に険しい目を向けた。
「俺が合図したら何も考えずに走れ」
「え?」
「考えるのは戻ってからだ。いいな」
真剣な面持ちの戒に翼は無言で頷く。
数歩、脚を進めて「走れ!」
戒の声を合図にアスファルトを蹴った。
「!」
駆け抜ける翼の視界に、大きな人影が横切った。
水貴だ──その表情は少し驚いているようにも見えたが、足を止めずに遠ざかった。
「はぁ、はぁ……水貴がいたから?」
立ち止まった戒に荒い息で問いかける。
「今はまだ奴とやり合うのは避けたい」
落ち着いた声に鋭さを宿し、周囲の気配を探りながら発した。