第3章 夢の続き
硬式野球クラブから高校野球へ
1.ライバルから仲間へ
進学先に選んだのは、M高校だった。
その選択には、小学生の頃からの幼馴染であり、ライバルでもあった彼の存在が大きく関係していた。
忘れられない試合がある。
県大会への出場を懸けた決勝戦。
僕たちは、それぞれ別のチームの選手として、勝利を目指して競い合っていた。
小学生の頃から、何度も対戦してきた相手だった。
試合では負けたくないライバル。それでも、グラウンドを離れれば、野球を通してつながっている友達だった。
お互いのプレーを知っているからこそ、負けたくないという気持ちも強かった。
そんな関係の中で、僕たちは少年野球の時間を過ごしてきた。
小学校を卒業してからは、それぞれ別のチームに進んだ。
中学では違うユニフォームを着て、違う仲間たちと野球を続けた。それでも、野球を通じたつながりは途切れることなく、ときどき連絡を取り合っていた。
そして、進路を考える時期がやってきた。
ある日、彼が僕に声をかけてくれた。
「一緒にM高校で野球をやろう」
その言葉を聞いたとき、僕はうれしかった。
小学生の頃から競い合ってきた相手と、今度は同じチームで野球ができる。
これまでは、相手チームの選手として勝つことを目指していた。けれど、これからは同じユニフォームを着て、一緒に勝利を目指すことになる。
そう考えると、高校野球への期待がさらに膨らんだ。
ちょうどそのタイミングで、M高校からスカウトの話ももらった。
迷う理由はなかった。
「ここで、もう一度彼と野球ができる」
その思いが、僕の背中を押した。
そして、M高校へ進学することを決めた。
さらに、うれしいことがあった。
同じ少年野球の地区から、僕を含めて4人がM高校へ進学することになったのだ。
僕たち4人は、小学生の頃から野球を通じてつながっていた。
同じチームでプレーしていたわけではなく、それぞれ別のチームに所属していたとしても、試合になればライバルだった。
大会で顔を合わせれば、互いに負けたくないと思っていた。
あいつには負けたくない。
あいつより上手くなりたい。
そんな気持ちで競い合ってきた。
けれど、ライバルだからといって、仲が悪かったわけではない。
野球を離れれば友達だった。
同じ地域で育ち、同じ少年野球の世界で汗を流し、それぞれのチームで努力してきた仲間たちだった。
その4人が、今度は同じ高校に進学する。
小学生の頃には想像もしなかったことだった。
これまで別々のチームで競い合ってきた僕たちが、同じ目標に向かって野球をする。
もちろん、高校では新しい競争が始まる。
同じチームになったからといって、レギュラーの座が約束されるわけではない。むしろ、同じチームの中で競い合うことになる。
それでも、知っている仲間がいることは心強かった。
小学生の頃から互いのプレーを見てきたからこそ、分かることもある。
あいつも頑張っている。
自分も負けてはいられない。
そんな気持ちが、これからの高校野球を支えてくれるような気がした。
ライバルであり、友達でもある仲間たち。
その存在は、僕にとって特別なものだった。
こうして僕は、幼馴染や少年野球で競い合ってきた仲間たちとともに、M高校で新しい野球人生を始めることになった。
高校生活が始まると、中学時代とは大きく変わったことが二つあった。
一つ目は、寮生活が始まったことだった。
家を離れ、野球中心の生活を送る。
朝起きて学校へ行き、授業が終われば練習に向かう。そして、練習が終われば寮に帰り、仲間たちと過ごす。
それまで当たり前のように家族と過ごしていた時間がなくなり、生活のすべてが大きく変わった。
初めての環境に、不安もあった。
この生活に慣れることができるのだろうか。厳しい高校野球についていけるのだろうか。
期待と不安が入り混じった気持ちだった。
しかし、同じように夢を追いかける同期の多くが寮生だったこともあり、仲間とはすぐに打ち解けることができた。
練習が終われば、寮で何気ない話をして笑い合う。
疲れていても、仲間と過ごす時間は楽しかった。
朝になれば互いに起こし合い、学校や練習へ向かう。
特別なことをしていたわけではない。
それでも、同じ場所で生活し、同じ目標を追いかける日々の中で、少しずつ仲間との距離が縮まっていった。
いつの間にか、同期の仲間たちは、家族のような存在になっていた。
そして、もう一つ大きく変わったことがあった。
自分の中学校からM高校へ進学したのは、僕一人だった。
これまでは、どんな環境に進んでも、知っている顔があった。少なくとも、これまでの自分を知っている人がいた。
しかし、高校では違った。
周りにいるのは、初めて出会う人ばかりだった。
自分のことを知っている人は誰もいない。
これまで積み重ねてきた経験も、実績も、ここでは改めて自分の力で示していかなければならなかった。
少しの戸惑いと、初めて味わう孤独。
その一方で、誰も自分を知らない環境だからこそ、新しい自分をつくっていけるのかもしれないとも感じていた。
練習を重ね、声を出し合い、一緒に汗を流す。
そうして過ごすうちに、少しずつ仲間の輪に入っていくことができた。
新しい環境、新しい仲間、そして新しい挑戦。
高校野球の始まりは、すべてが新鮮だった。
「ここからの3年間が、きっと自分を変えてくれる」
そんな期待を胸に、僕は高校野球の世界へ踏み出した。
しかし、野球に関しては、それなりの自信があったはずだった。
小学生の頃から野球を続け、中学では硬式野球のクラブチームで全国大会も経験した。
厳しい練習にも耐えてきた。自分なりに努力を重ねてきたという自負もあった。
けれど、その自信は、高校に入ってすぐに打ち砕かれることになる。
同じ1年生の選手たちのプレーを見て、心の底から驚かされたのだ。
打球音、スローイング、走る姿。
どれを取っても、自分の想像を超えていた。
同じ学年なのに、こんなにも違うのか。
自分よりも上手い選手が、こんなにたくさんいるのか。
中学時代に全国大会を経験したことで、ある程度の自信を持っていた僕にとって、それは大きな衝撃だった。
「これが高校野球か」
その瞬間、自分が今までいた世界と、これから勝負していく世界との違いを思い知らされた。
このままでは、試合に出られない。
ただ練習を頑張るだけでは、周りの選手に追いつけないかもしれない。
そう感じたからこそ、僕は考えた。
自分には何ができるのか。
どうすれば、このチームで生き残ることができるのか。
夢の続きは、ここからが本番だった。
2.レギュラーになるために
高校に入って初めて、僕は「試合に出るためには、ただ練習するだけでは足りない」という現実に直面した。
これまでは、思い切りバットを振り、思い切りボールを投げ、自分の力を発揮することを考えていた。
もちろん、それだけで野球ができるわけではないと分かっていたつもりだった。
しかし、高校では技術も体格も自分より優れた選手がたくさんいた。
同じように努力しているだけでは、簡単に差を埋めることはできない。
自分の長所は何なのか。
チームに必要とされる選手になるには、どうすればいいのか。
考えた末に、僕は一つの答えにたどり着いた。
それは、バントが上手い選手になることだった。
打撃で他の選手に勝てないのなら、違う形でチームに貢献すればいい。
誰もがホームランを打てるわけではない。誰もが強い打球を飛ばせるわけでもない。
それでも、自分にしかできない役割を見つけることはできる。
そう考えるようになった。
そこから、僕はバントの練習に打ち込んだ。
中学時代までは、バントのサインが出ると、「失敗したらどうしよう」という不安が先に立っていた。
バントを失敗すれば、チームに迷惑をかけてしまう。
そんな気持ちが強く、成功させることばかりを考えていた。
しかし、高校に入ってからは、考え方が変わった。
どうすれば成功するのか。
どうすればランナーを進められるのか。
相手の守備を見て、どこにボールを転がせばいいのか。
ただ失敗を恐れるのではなく、成功するために必要なことを考えるようになった。
アウトカウント、ランナーの位置、相手の守備陣形。
状況によって、選ぶべきプレーは変わる。
練習試合やシート打撃では、相手の守備位置を観察しながら、どこに転がせば効果的なのかを考えた。
一見すると、バントは地味なプレーかもしれない。
しかし、実際には奥が深い。
送りバントでランナーを進める。セーフティーバントで内野の前に転がす。スクイズで一点を奪う。ドラッグバントで走りながらボールを転がす。
そして、プッシュバント。
バントには、状況に応じたさまざまな選択肢がある。
特に、プッシュバントを覚えたことで、僕のプレーの幅は大きく広がった。
ただ弱い打球を転がすのではなく、相手の守備の隙を突き、狙った場所へボールを運ぶ。
相手の動きを見て、守備の間を狙う。
バントは、単にボールを転がす技術ではなかった。
相手の動きを読み、状況を判断し、次のプレーを考える。
そこには、頭を使う野球があった。
そして、バントの練習を重ねるうちに、思いがけない変化も生まれた。
ボールをよく見るようになったことで、打撃全体の精度も少しずつ上がっていったのだ。
バントを成功させるために身につけた集中力やボールを見る力が、通常の打撃にもつながっていった。
自分の弱点を補うために始めた練習が、結果的に自分の可能性を広げてくれた。
努力の方向を考えること。
自分の強みを見つけること。
それは、ただ量をこなすだけでは得られない、大切な学びだった。
そして、1年生の秋。
僕は2番バッターとして、レギュラーの座をつかむことができた。
高校に入った当初は、周りの選手たちのレベルの高さに圧倒され、自分が試合に出られるのか、不安を感じていた。
それでも、自分にできることを考え、バントという武器を磨き、練習を重ねてきた。
その努力が、ようやく一つの形になった。
レギュラーになれたことが、素直にうれしかった。
同時に、自分の中には確かな自信も生まれていた。
自分より上手い選手がいるからといって、何もできないわけではない。自分なりの強みを見つけ、磨き続ければ、チームの中で必要とされる選手になれる。
そう実感できたことが、大きかった。
うれしさと自信。その二つの気持ちが交わる中で、僕は初めて、自分の力で高校野球の居場所をつかめたと感じた。
もちろん、レギュラーになれたからといって、満足していたわけではない。
ここから、さらに上を目指さなければならない。
むしろ、レギュラーになれたからこそ、今度はその座を守り、さらに成長していかなければならない。
自分にもできる。
そう思えたことは、その後の野球人生において、大きな意味を持つ経験になった。
3.冬を乗り越えて
高校に入って初めて迎えた冬。
それは、これまでの野球人生の中でも、特に過酷な時間だった。
学校が終わると、すぐにグラウンドへ向かう。
走り込み、サーキットトレーニング、筋力トレーニング。
来る日も来る日も、体を追い込む練習が続いた。
ボールを触る機会はほとんどない。
バットを振ったり、守備練習をしたりする時間よりも、走り、鍛え、体力をつけることに多くの時間が使われた。
野球をしているはずなのに、野球らしい練習ができない。
そう感じる日もあった。
一日が、途方もなく長く感じられた。
練習が終わる頃には、体は疲れ切っていた。
それでも、翌日になれば、また同じように練習が始まる。
終わりが見えないように感じる日々だった。
今振り返っても、あれほど長く感じた冬は、後にも先にもなかった。
それでも、不思議と「辞めたい」とは思わなかった。
もちろん、体はきつかった。
楽な練習がしたいと思うこともあった。
それでも、厳しい日々を乗り越えられたのは、仲間の存在が大きかった。
自分一人だったら、気持ちが折れていたかもしれない。
しかし、周りには同じように苦しみながら、必死に頑張っている仲間がいた。
誰かが倒れそうになると、必ず誰かが声をかけた。
「あと少し!」
「いけるぞ!」
苦しいときに聞こえてくる仲間の声。
その言葉に背中を押され、今度は自分が仲間を励ます。
自分が苦しいときには助けてもらい、仲間が苦しいときには支える。
そんなことを繰り返しながら、僕たちは一緒に練習を乗り越えていった。
寮生活で生まれた仲間との絆は、練習の中でも強くなっていった。
同じ目標を持ち、同じ苦しさを味わい、同じ時間を過ごす。
その積み重ねが、言葉にしなくても通じ合える関係をつくっていたのだと思う。
そして、年末には恒例の30キロ走があった。
真冬の冷たい空気の中、ひたすら走り続ける。
走っても走っても、ゴールは遠く感じられる。
息は白くなり、体には疲れがたまっていく。
それでも、足を止めるわけにはいかなかった。
「ここを越えれば、強くなれる」
そう自分に言い聞かせながら、一歩ずつ前へ進んだ。
30キロという距離は、ただ走るだけでも簡単なものではない。
まして、日々の厳しい練習の中で走り切るのは、決して楽なことではなかった。
それでも、仲間とともに走り続けた。
自分だけが苦しいわけではない。
みんなも苦しい。
だからこそ、一緒に乗り越えたい。
そう思いながら、前へ進んだ。
やがて、長い冬も終わりを迎えた。
約3か月間、体を追い込み続けた日々。
思うようにボールを触れず、ただ体力と筋力を鍛えることに向き合った時間。
その冬を乗り越え、3月からは、いよいよ練習試合や実戦練習が始まる。
久しぶりにボールを使った練習が増えていく。
冬を迎える前と比べて、自分の体が少しずつ変わっていることを感じていた。
厳しい練習を乗り越えたという実感もあった。
もちろん、それだけで結果が約束されるわけではない。
本当に成長できたのかどうかは、試合の中で確かめていくしかない。
それでも、あの冬を乗り越えたことは、自分の中で確かな自信になっていた。
そして、僕は次の勝負へ向かっていく。
高校野球は、まだ始まったばかりだった。
夢の続きは、これからだった。




