飢えた愛
大学生になってから親しくなった友達によく言われることがあった。
「由奈ってさ、高校生みたいな恋愛してるよね。」
正直、首を縦に振ることも横に振ることもできない自分がいた。私はいつも、そうかなと軽く愛想笑いして話を別のテーマに変えることしかできなかった。
そもそも”高校生みたいな恋愛”とは何なんだろう。大学生の私たちから見て、高校生はまだまだ子どもな気もするから、やはり”子どもみたいな恋愛”と言われているのだろうか。この言葉を口にしている友達の表情から決して褒められていないことだけは分かるから、きっと呆れられているのだろう。
自分でも分かっている部分もあった。ただ、納得したいかと言われるとプライドもあるからかよく分からないが、素直に「うん」とは言えなかった。たしかに恋人が息をするようにできてしまうのは事実であって、ころころ相手が変わっている私を昔からよく思われていないのも知っていた。でも、私は1人1人と真剣に向き合ってきた。偶然、別れてすぐに別の人が現れてしまうだけであって。偶然なはずだ、たぶん。
私の友達にも最近彼氏ができた。彼女はきっと私とは真逆の恋愛スタイルの人だった。2人で食事に行くと、彼女の口から流れるように出てくる言葉に私はいつも目を丸くしてしまうのだ。
「もう私たち、21とか22歳じゃん?結婚を前提に考えないと付き合っても意味ないよ。今までみたいに色んな人といっぱい恋愛してる場合じゃないんだから。」
「じゃあ…もうその彼氏さんと婚約してるもんなの?」
私が細々とした声で尋ねると、彼女は大きく肩をすくめた。とんでもないことを聞いてしまった気がして私は彼女から目を放す。
「婚約なんてしてないけど、お互い結婚を視野に考えてるのは事実。それぞれの家族にも会ったし。」
「そうなんだ。両家の挨拶みたいな。」
友達はジンジャーハイボールを勢いよく飲み干した。彼女は私と違って酒に強い。彼女と飲むと自分の飲むスピードも加速してしまう。
「由奈も結婚はしたいんでしょ?子供だってほしくないの?」
もう4杯もハイボールを飲んでいるのに、表情一つ変えずに彼女が尋ねた。私は言葉が喉に詰まって半分ほど飲み終えているビールに手を伸ばす。
「今付き合ってる人と結婚したくないの?」
追い打ちをかけるように問いかけてくる友達に少しイライラしてきた。ビールをちょびちょび飲みながら私は首を傾げた。
「知らない、そんなの。」
「そういうところだよ。そういうところが相手に真剣に向き合えてないところ。今が楽しければいい時代はもう終わったの。」
いつでもはっきり物を言える私の友達を羨ましいと思ったこともある。今でも思う時はある。でも、こんなにはっきり言葉にしなくても良いことだってあるのにと失望してしまうこともある。私は空になったジョッキを置いて、ビール頼むわと呟いた。
初めて彼氏ができたのは中学生だった頃。部活が一緒の同級生だった。私が副部長、彼が部長で、クラスも3年間同じだったから自然と距離が縮んだのだろう。高校生になってその彼とはすぐに別れ、今度は高校1年生で同じクラスになった男の子と付き合い始めた。その人は別の女の子が好きだったのに振られてしまい、私に流れ着いてきた人だった。私は高校生になってからずっと彼が気になっていて好意を抱いていたので、彼が私に振り向いてくれたのが嬉しかった。でも、彼が振られた女の子に長いこと好意を抱いているのは分かっていた。たとえ私と付き合った後でも、彼の気持ちはどこかその女の子に向いているようだった。薄々気付いてはいたけれど、あえて口には出さなかった。彼は毎日LINEで「大好きだよ」と言ってくれた。その言葉に嘘はなかっただろう。でも、それは私だけに向いた気持ちじゃなかった。彼は好きだった女の子にも同じ言葉を掛けられたはずだ。私が彼と付き合って1カ月もしないうちに、彼は病気になった。脊髄梗塞だった。幼い頃から一生懸命バスケをしていた彼は車椅子生活を送ることになった。私は家でも学校でも泣いて泣いて泣いた。彼が私以外の女の子に好意を持っていると分かっていても、悲しい気持ちに変わりはなかった。彼は留年することになって、私と学年が1つズレた。それからはもうなかなか会えなくなって、恋人らしいことはほとんどできなかった。まだ彼が立っていた頃、夜の教室で強くハグされたことだけが鮮明に記憶に残っているだけだった。高校3年生になってから、私はもう彼のことを好きではなくなっていた気がする。それでも彼に別れを切り出せないまま、他の男の子に好意を抱き始めていた。その子と一緒に帰り道を歩いたり、休み時間にたわいのない会話をしたり、クラスで「あなたたちは付き合ってるの?」と噂されるようにまでなった。私は喜んでいた。彼氏がいるのに、私は心底嬉しかった。大学1年生になるタイミングでようやく彼に別れを告げて、私は高3で出会った男の子を好きになっている自分を肯定できた。
私の友達の彼氏はバイト先で出会った人らしかった。1つ年上で今はアルバイトらしい。友達と一緒に社会人デビューをする予定なんだとか。私と友達は2人で夜の繁華街を歩きながら話を続けていた。ネオンライトの光で包まれた街が危なっかしくて綺麗だった。
「子どもは2人か3人欲しいな。私、兄弟多いから賑やかな方が楽しいなって思う。」
「いいね。楽しそう。」
心にもない言葉を発している自分に気付いて胸が苦しくなる。そんな私を気にもせず、友達は気持ちよさそうに口を開いた。
「結婚ってやっぱり憧れだよね。自分で自分の家庭を持って生きていくんだよ。」
私はもう何も言えなかった。彼女の考え方が一般的であることが理解できる分、私の頭の中が整理できないでいるのかもしれない。
「私の結婚式、由奈も絶対招待するからね。祝ってよ。」
「もちろんだよ!」
反射的に出た言葉だった。こう言わないと、彼女との友情に亀裂が入りそうで仕方がなかった。私は満面の笑みを浮かべて、しかも今日1番の声で叫んでいた。
「ちょっと!声でかいって!由奈ってほんとにおもろいよね。」
友達が嬉しそうな表情をした。彼女は笑うと目尻にシワができて可愛らしいんだ。彼氏さんも彼女のそういうところが好きになったのかな。それとも、彼女のはっきりした性格が好きになったのかな。いや、どっちもだろうか。私は隣で笑いながら、そんなことばかり考えていた。
大学1年生になっても、私は高3で同じクラスだった男の子のことを好きなままだった。彼は恋愛に全く興味がなさそうだったが、どうしても諦めきれなかった。卒業式の日にラブレターまで渡して「親友の中でも特別な存在なんだ」とよく分からないことを言われて振られたのに、それでもなぜか彼に執着していた。それくらい話しやすくて居心地が良かったんだろうか。彼はイケメンの顔立ちではなかった。背も低めで体格も良いほうだった。色白で瞳がキリっとして綺麗なところが好きだった。大学1年生の夏、一緒に水族館に行った。その後も電話を何回かしていたが、彼と結ばれることはなかった。私は1人で彼を本気で愛し、1人で彼を本気で愛することに疲れてしまった。全て自分が勝手にしたことだった。誰にも頼まれていないのに、叶わない想いに縋って、いつの間にか疲れ切ってしまった。私は彼を好きでいるのを止めた。それを彼にも伝えると、「俺は中2の頃から恋愛感情がなくなってたんだ」と言われた。衝撃のあまり言葉を失ったが、もうどうでも良かった。その頃には、私はもう別の人を見ていたのだから。今度は大学で同じクラスになった男の子だ。たぶん犯罪行為に引っかかるだろうが、その人のことを盗撮しまくっていた。その人はミステリアスで捉えどころのない人だった。何回か電話で話したこともあったが、彼は不思議すぎて、それでも話していると面白くて、私は彼に好意を抱いていた。そうこうしているうちに、大学1年生の秋には同じ部活の先輩と付き合っていた。同じクラスの男の子への好きな気持ちよりも上回ってしまったのだ。でも、その先輩とは2か月で終わった。「好きって言ったことなかったよね」「君と付き合ったのは俺の判断ミスだった」と一方的に別れを切り出された。その日心に負った傷が今でも痛むことがある。完治しようとすればするほど、その傷は悪化していった。大やけどを負った私は憎悪に心を支配され、心療内科に通い始めた。あの時の自分にナイフを持たせたら相当危なかっただろう。
「俺、絶対に由奈と結婚するから。」
夜に電話していると、酒が大好物の彼氏は酔いが回ると必ずこの言葉を発する。私が、あっそーと軽く流そうとすると、彼は決まって怒り出すのだ。
「俺は本気で言ってんだよ。死ぬまで、いや、死んでも由奈と一緒にいるからね。」
「はいはい、もう分かったから。そろそろ眠いんじゃない?」
話を反らそうとすると、彼は「由奈」と甘い声で私の名前を呼んでくる。私はあくびが出るのをバレないようにして「なーに?」と聞き返した。どうせいつも彼氏が寝落ちして私が1人取り残されるんだ。話なんて、適当に流せばそれでいい。
「俺のこと好き?」
私はクスクス笑ってから「好きだよ」と答えた。そうすると、彼はますます怒りを露にする。
「笑うな。本気で聞いてんだよ。俺のことバカにしやがって。」
「バカになんてしてないよーん。ていうか、いつバカにしたんだよ。」
「ふん!もういいもん。おやすみ。」
ショッピングセンターで駄々をこねて床で腕と足をバタバタさせている子供みたいだ。私は笑いを堪えながら、おやすみとボソッと呟く。
「由奈、大好きだよ。可愛いんだから。」
「私も大好き。ありがとう。切るね。」
「え、切らないでよ。他の男と話すの?」
この流れもほぼ毎日やってることだ。私はもう慣れっこで、呆れを通り越して無心になる。
「そんなことしないから。おやすみなさい。」
「由奈、切らないで繋いでて。他の男と話してほしくない。」
「嫌だね、切ります。おやすみ。」
私は強引に電話を終わらせる。それからすぐに別の男に連絡を入れた。すぐに返信が来て、電話が掛かってきた。もしもし、と可愛い声を出すと、その人は何だよその声、と笑った。
彼氏の勘は正しい。私は彼氏の電話の後、他の男と話すことが習慣化している。でも、その人は彼氏と違って大学生じゃない。私より8歳上の社会人だ。しかも、私が住んでいるところから離れた場所にいる独身男で、SNSで知り合っただけの人なのだ。
「彼氏にさ、俺のこと好き?って聞かれたの。ウケるよね。」
「そっか。彼氏さん、自信ないんじゃない?由奈に好かれてる自信。」
彼は私に彼氏がいることも知っていた。それに、私が高3の時から知り合っているからもう4年ほどの付き合いになる。
「まあね。実際こうやって、他の男とも話してるし。」
「そうだよな。俺だったら浮気するような女とは付き合えないよ。」
「えーじゃあさ、なんで私みたいなのとほぼ毎晩話してるの?こんな女、嫌なんでしょ?」
私がいたずらっぽく聞くと、彼は少し黙ってすぐに口を開いた。
「それは…話したいからだよ。」
「何それー意味わかんない。」
私は彼をいじるのが大好きだった。8歳も離れているのに、タメ口で話しやすかった。いつの間にかどんなことでも彼とは話せる関係になっていたのだから。
彼には結婚願望があって、来週初めて合コンパーティーに行くらしい。対象年齢は上が3つ、下が5つだって。子どもは1人で十分だ、もしできなかったらそれでもいいと言い張っていた。私は8歳年下だから彼の恋愛対象には入っていないはずだ。それでも、心のどこかで自分も彼に女として好かれる可能性があることを信じたかった。
「こっち来たら?俺ら、一回も会ったことないし。」
彼はたまにこういうことを言ってくる。私はその度に言葉を濁していた。時間とお金が枯渇している、と嘘ではない言葉で受け流していた。好かれたいと思っているのに、彼に会ってはいけない気がしてならなかったのだ。それは自分に彼氏がいるからだろうか。それとも何か他の理由なのだろうか。よく分からなかった。
大学2年生になって、またすぐに新しい出会いがあった。同じゼミに入っていた1つ上の先輩だった。1週間のボランティア活動で偶然一緒のチームになり、あっという間に仲良くなった。最終日、私は彼と2人きりでカラオケに行った。どちらも別れを惜しむように駅まで脚を動かしていると、彼が「また会おう」と誘ってくれた。それから2人でデートに行き、早いうちに付き合い始めた。彼はよく食べる人で色んなことを上手くこなせるタイプだった。彼といると楽しかった。「可愛いね」「大好きだよ」と言葉で愛を伝えるのも、車内で抱き合ったりラブホテルで一緒に寝たりして愛を感じるのも、私は幸せだった。でも、大学3年生になる少し前に私から別れを切り出した。何も悪いことをされていないはずなのに、彼といると苦しくなっている自分を感じてしまった。最後のデートの時、彼と一緒に行ったカフェの入口で私は嘔吐した。私はすぐに店員さんに伝えて、それから彼にもそのことを伝えた。その時に彼に言われた言葉を私は今でも忘れない。「そういうこともあるよ」
その瞬間、全てを終わらせたくなった。だからきっと別れたんだ。私の恋愛に倦怠期という三文字は存在しないのだから。
でも、実はその彼と別れた時には、私の瞳の中には別の人が映っていたのだ。彼に愛想をつかしていた頃には、成人式の同窓会で久しぶりに出会った初恋の男の子に心を持って行かれていた。彼と別れてすぐ、私はその人に「会いたい」とLINEをした。彼は離れた場所で一人暮らしをしていた。私は高速バスで彼に会いに行き、それから電話も毎日するようになって、付き合い始めた。初恋の人と付き合えるなんて夢のようだった。幼い頃に叶わないままだった恋が今になって叶うとは。私は今までで一番幸せだっただろう。背は低いが、目が切れ目で昔からかっこいい彼とようやく恋仲になれたんだ。私の恋愛はもうここで終わるのだろう。彼と結婚するんだろう。明るい未来が見えていたはずだ。
でも、やっぱり私から別れを切り出したのはなんでだろう。いや、私はその答えを知っている。理由は単純だった。彼との恋愛に飽きたからだ。今思えば彼の嫌な部分を我慢し続けてきた自分が爆発してしまったようにも思える。まあ、とにかく別れたくなったんだ。
別れて1カ月も経たないうちに、私は今の彼氏と2人きりで会いに行った。彼とは同じ大学で、大学3年生の実習で同じチームだった。その時からずっとLINEは続いていて、ほぼ毎日彼と話していた。彼は酒に酔うと「由奈が好きだ」と何度も言ってきたり、電話をかけてきたり、でも朝になれば「昨日のことは忘れてね」と無かったことにする人だった。この男変人だな、と思いながらも、自分も人のことは言えないと思い直していた。2人きりで会った日の夜、LINEで「今度飲みに行こうね」と誘われた。私はこのメッセージを読んだ時、心の中でガッツポーズをした。飲みに行って、それから1週間も経たないうちに私たちは付き合い始めて今に至るのだ。
ウエディングドレスを着てみたい。ただ漠然とそんな憧れだけはあった。
「白は絶対に着てみたい!あとはピンクとかも素敵じゃない?和服ももちろん着たいし、デザインも色々あって迷うんだろうな。」
高校生の頃の私が興奮しながら話すのを姉が横目で見つめている。姉にも遠距離の彼氏がいるのに、あんまり乗り気じゃない様子だ。ウエディングドレスが飾られたショーウィンドウの前で対照的な女2人が突っ立っていると思うと、何だか面白い。
「お姉ちゃんもこういうの着れたら嬉しいでしょ?そもそもだけど、今付き合ってる彼と結婚式挙げたいって思うんでしょ?」
「それは思うけど、ぶっちゃけ結婚式とかウエディングドレスとかはどうでもいいかも。」
姉とは2つ歳が離れている。でも、友達みたいに何でも話せる関係性でお互いのことをよく知っている。姉がぶっきらぼうに呟くのを見て、私はすぐに納得した。
「まあね、お姉ちゃんはファッションに一切興味ないもんね。」
「うん。服ばっかり買ってる誰かさんとは違って。」
皮肉を言われても私は嫌な気がしなかった。軽く彼女を睨んで、それから声を出して笑った。姉も一緒になって笑い始める。
「ていうかさ、由奈は結婚したい訳じゃないんじゃない?」
私とは似つかない丸くてぱっちり二重な目が私を真っ直ぐ見た。私はキョトンとしたが、彼女が何を言いたいのかは理解できていた。
「ウエディングドレスを着れたら、それで満足なんじゃないの?」
「うーん…どうだろうね。」
こんな曖昧な返答をしたものの、私は内心大きく頷いていた。姉には見抜かれていたかもしれないが、私はあえて眉間にシワを寄せた。それから私たち姉妹はショーウィンドウを離れて、全く違う話題の話で盛り上がった。
結婚したい。子供がほしい。それを望んでいる訳ではない。それでも、ウエディングドレスは着てみたい。着ることに憧れがある。
矛盾しているこの気持ちが私は何だか気持ち悪かった。でも、どっちの気持ちも嘘じゃない。たぶん、私の本心なんだと思う。
結婚すれば幸せなのだろうか。子供ができれば幸せなのだろうか。独身でいれば幸せなのだろうか。私にとって、幸せになるってどういうことを指してるんだろう。
とにかく自分が狙った男を落としたかった。必ず自分に振り向いてもらいたかった。恋が始まる時の期待と不安が交互に入り混じる感覚。私はそれが好きでたまらないんだ。だから、狙った男と付き合えたら、いつでも私の目標は達成できた。いつからか、付き合うこと自体がゴールになっていた。永遠なんて信じてもいないし、信じたいとも思えない。いや、そうなってしまったんだと思う。大やけどを負ったあの大失恋で。
永遠の愛を信じていたあの頃の少女はもういない。
「結局、人は自分自身のことだけで精一杯なんだよな。」
久しぶりに会った高校の友達。彼とは同じ部活でほとんど毎日一緒に活動していた。彼は酒が飲めない人だから、夜だと言うのに居酒屋でなく普通のイタリアンレストランで話している。
「結婚したらパートナーや子供の方が大切な存在になるってよく言うけど、あんなの綺麗事だよ。自分にとって、自分が1番可愛いんだから。結局そうなんだから。」
酔ってもないのに自論を力説する彼に私は大爆笑してしまう。彼は顔をしかめて、俺はまじで話してるんだぞ、と言いたげな表情をした。
「由奈もこっち側の人間だろ?そんなに笑ってるけど。」
「まあね。でも、1年前に会った時は結婚したいってめちゃくちゃ言ってた人がここまで変わると思わなかったからさ。」
私が嫌味っぽく言うと、彼は意外にも反論してこなかった。
「俺も思わなかったな。でも、色々経験して考えが変わったんだよ。」
「色々ね、色々。根掘り葉掘り聞いていきますか。」
いたずらっぽく笑う私を彼はいやらしい目つきで見つめてきた。さっきまでとは目の色が変わって下心丸出しの顔だ。私は彼から目を離さずにニコッと微笑みかけた。
「何その顔。今日も去年みたいな展開にするの?酒飲んでもないのにね。」
「酒なんて必要ないよ。俺には由奈がいればそれで十分。今日も由奈に癒してもらわないと。1年分の苦労を…。」
高校生の頃は黒縁のメガネをかけて天然パーマだった彼は、大学生になってコンタクトレンズをつけて髪の毛もストパをかけて別人みたいになった。大学生デビューを体言化した人って感じだ。顔はそこそこ整っていて成績も優秀だったのに、なんであんなにモテなかったんだろう。そもそも、今まで彼女ができたことはあるのだろうか。このルックスなら流石にありそうだけど。過去も今も彼の付き合ったあるいは付き合っている人なんて誰一人分からない。私も彼に自分の恋愛事情を全く話したことはなかった。
「食べるのはここら辺にしてもう行っちゃおう。俺、ちょっと我慢できないわ。」
彼のスケベな表情に私はまた腹を抱えて笑った。私は何度も頷いて、いいよ別に、と即答した。彼は嬉しそうに席を立ち上がってお会計を済ませてくれた。彼は去年も当たり前のように奢ってくれたっけ。
周りの人たちは私と彼をどう見ているのだろう。兄弟に見る人は流石にいないだろうな。見た目が全然似つかないし、どちらも年齢相応の顔立ちをしているから。やはり、カップルだろうか。もしカップルなら、付き合いたてホヤホヤに見えてるのかもしれない。私たちはあまりにも顔をニヤつかせながら夜の街を歩いていた。煌びやかなネオンサインを横目に見ながら、何の躊躇いもなく、古く錆びたラブホテルへ入っていく。
求められているのであれば、それで十分心が満たされる。たとえそれがどんな形であろうとも、たとえそれが認められないことだとしても。
自分はここにいていいんだ。自分は誰かに必要とされているんだ。そう思えるのなら、私はきっと幸せなんだ。ばかばかしい背徳感と高揚感で心が勝手に満たされていくのだから。
一途な恋も、刹那な恋も、私は結局どっちを手に入れたって自分の欲を満たせずにいる。誰かに求められれば求められるほど、別の誰かに求められたくてたまらなくなって走り続けている。終わりのない鬼ごっこをずーっと繰り返しているみたいだ。
幸せになりたい。本当にそうだろうか。本心は違うのではないか。そうだ、私はきっと違うはず。
高校の男友達と会った日の夜、彼氏が聞いてきた。
「由奈、浮気してないよね?」
「してないよ。する訳ないじゃん。」
「ダメだからね。他の男と寝たりしちゃ。」
彼氏の勘はいつも正しい。私は必死に笑いを堪えながら肩をすくめる。
「他の男って誰がいるの?知ってるなら教えてよ。」
「知ってるわけないじゃん。でも、由奈にはいると思うんだよ。」
浮気したらすぐに別れる。これが彼氏の口癖だ。私は、いないからね、と適当に流しながらいつも思う。浮気しそうな女と分かりながらも彼は私と別れようとしない。それはきっと彼も浮気をしてるからだろうって。
「由奈、大好きだよ。」
さっきとは全く違う甘い声色で彼が囁いた。私は満面の笑みを浮かべて答える。
「私も大好きだよ。」
こうしてまた新たな欲が私の中に芽生えていくのだ。
完
ご一読ありがとうございました❀




