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異世界転生パン職人の美味しい開拓記~最高の食パンを焼いたら没落令嬢ともふもふが家族になりました~  作者: 黒崎隼人


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第13話「黄金の連なりと終わらない夢」

 澄み切った秋の青空が、王都の街並みを高く包み込んでいる。

 大通りの両側には色鮮やかな旗がはためき、祝祭の熱気が朝の冷気を少しずつ溶かしていった。

 嘆きの荒野で得られたかつてない大豊作を祝う、王国を挙げての収穫祭の日だ。

 王都の中央広場には、建物の2階に届こうかというほどの巨大な特設石窯が組み上げられていた。


「火の入り具合は完璧です」


 トールは額ににじんだ汗を手の甲で拭い、窯の中から吹き出す熱風に目を細める。

 彼の目の前には、広場を埋め尽くすほどの群衆が押し寄せていた。

 食パン商会の赤い紋章が描かれたエプロンを身につけた各区のフランチャイズ店主たちが、トールの指示を待って整然と並んでいる。


「トール、生地の最終発酵が完了したわ」


 背後から歩み寄ってきたセリアが、透き通るような声で告げる。

 彼女は深い青色のドレスの上に清潔な白いエプロンを身につけ、その顔には揺るぎない自信が満ちていた。

 トールが静かに頷くと、店主たちが次々と巨大な木箱を運び込んでくる。

 蓋を開けると、蜂蜜と新鮮な乳をたっぷりと練り込んだ純白の生地が、豊かな生命力を孕んでふっくらと膨らんでいた。

 それは通常の食パンの100倍以上の大きさを誇る、祝祭のための特注生地だった。

 トールは粉を振った巨大な作業台の上に生地を移し、両手のひらで優しく包み込むように空気を抜いていく。

 周囲の喧騒が遠のき、彼の中の時間は生地の呼吸と完全に同期する。


『これだけ大きな生地でも、熱を均等に伝えることはできる』


 トールは指先から魔力を放ち、巨大な生地の内部構造にまで微細な温度調整を施していく。

 酵母が活発に動き出し、甘酸っぱい香りが広場の空気を微かに震わせた。

 数十人の店主たちが協力し、巨大な鉄板に乗せられた生地がゆっくりと石窯の中へと押し込まれる。

 分厚い鉄の扉が重々しい音を立てて閉ざされると、広場全体が息を呑んで静まり返った。

 薪が爆ぜる音が、静寂に包まれた空間に規則正しく響き渡る。

 トールは窯の前に立ち尽くし、五感のすべてを炎の揺らぎと石の振動に集中させる。

 焦がしバターの濃厚な匂いが隙間から漏れ出し、空へ向かって白い煙となって立ち上る。

 花の蜜の上品な甘さと、極上の小麦が焼ける香ばしさが混ざり合い、広場を厚い香りの雲で覆い尽くしていく。

 群衆の中から、たまらず喉を鳴らす音がいくつも聞こえてきた。

 足元ではアルルが鼻先を高く上げ、尻尾をちぎれんばかりに振っている。


「焼き上がりました」


 トールの静かな声が響いた瞬間、店主たちが一斉に窯の扉を開け放つ。

 凄まじい熱波とともに広場へ溢れ出したのは、王冠のように円形に連なって膨らんだ、巨大な黄金色の食パンだった。

 表面には均等に美しい焼き色がつき、自らの内包する熱と水分で微かに震えている。


「おおおおっ」


 群衆から地鳴りのような歓声が沸き起こる。

 そこへ、近衛騎士団に守られた豪華な馬車が静かに広場へと滑り込んできた。

 王国の頂点に立つ国王が、自らこの収穫祭の視察に訪れたのだ。

 セリアが優雅な足取りで前に進み出ると、広場の歓声が潮を引くように静まっていく。


「国王陛下。食パン商会と、この王都に生きるすべての人々の絆を象徴するパンです。どうか、最初の一口をお召し上がりください」


 セリアの言葉に応え、国王が馬車から降り立つ。

 トールがナイフを入れずに自らの手で巨大なパンの一部を引きちぎると、薄い皮が弾ける音とともに、雪のように真っ白な断面が空気を甘く染め上げた。

 閉じ込められていた熱い蒸気が一気に解放され、周囲の人々の顔を優しく撫でていく。

 国王は差し出された温かい塊を受け取り、ゆっくりと口に運ぶ。


「……素晴らしい」


 国王の口から漏れた深い感嘆の吐息が、風に乗って広場中に届いた。

 噛むたびに豊かな甘みが広がり、柔らかな生地が舌の上で溶けていく。

 国王が満足げに頷いた瞬間、再び広場が割れんばかりの歓声に包まれた。


「さあ、皆さんも食べてください」


 トールの合図とともに、店主たちが巨大なパンを次々と切り分け、群衆へと配り始める。

 硬いパンをかじる生活から抜け出し、温かな食パンの味を知った人々の顔に、次々と満面の笑顔が咲き誇っていく。

 その光景を見渡しながら、トールは深く息を吐き出してエプロンの紐を解いた。


「あなたの夢が、こうして王都中を満たしているわ」


 隣に並んだセリアが、嬉し涙をにじませながら微笑みかける。


「僕一人の力じゃありません。セリアさんが、皆を繋いでくれたからです」


 トールは真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ返す。

 青い宝石のような双眸に、秋の高く澄んだ空が映り込んでいる。

 言葉の代わりに、トールはそっと彼女の手に自分の手を重ねた。

 セリアの指先から伝わる柔らかな体温が、全身の疲れを優しく洗い流していく。

 二人の足元で、アルルが特別に切り分けられた巨大なパンの耳を無我夢中で頬張っている。

 香ばしい匂いと、人々の笑い声。

 トールが異世界で思い描いたささやかな願いは、今や王国中を包み込む大きな光となって、いつまでも温かく輝き続けていた。

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