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異世界転生パン職人の美味しい開拓記~最高の食パンを焼いたら没落令嬢ともふもふが家族になりました~  作者: 黒崎隼人


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第10話「崩壊する闇と新たな夜明け」

 白亜の王城から放たれた威光は、王都の暗部を照らし出す強烈な光となる。

 晩餐会での熱狂的な成功から一夜が明け、朝の冷たい空気が街を包み込む頃。

 王都の中心部にそびえる巨大な商業ギルドの館を、銀色の鎧に身を包んだ近衛騎士団が完全に包囲している。

 石畳を打ち鳴らす重厚な軍靴の音が、静かな朝の空気を鋭く引き裂く。

 騎士たちが掲げる王家の紋章旗が、風を受けてバタバタとはためいている。

 分厚い樫の木の扉が乱暴に開かれ、武装した騎士たちが雪崩れ込む。

 彼らの手には、ギルドの不正を暴き出す王家の押印が押された令状が握られている。

 館の奥深く、窓のない豪勢な部屋に隠れていた幹部たちの顔は、血の気を失い、真っ青に染まっていた。

 食パン商会に対する執拗な嫌がらせや、粗悪な偽物の流通による市場の混乱。

 さらには、嘆きの荒野に生息する魔獣を意図的に誘導して小麦畑を襲わせようとした悪辣な計画までもが、すべて王家の諜報部によって白日の下に晒されている。

 顔に古い傷跡を持つ男が、両手を縛られて力なく館から引きずり出される。

 その背中はかつての威厳を完全に失い、ただ震えるだけの惨めな姿を晒している。

 ギルドによる恐怖の支配が、音を立てて崩れ去っていく。

 王都の市場を長年にわたって牛耳ってきた巨大な闇が、一つの商会が生み出した純白のパンによって完全に打ち砕かれる。




 同じ頃、王都の裏路地にひっそりと佇む食パン商会の本店。

 木製の扉が軽やかな音を立てて開き、王城から戻ってきたばかりのセリアが店内に足を踏み入れる。

 彼女の身を包む深い青色のドレスはわずかに乱れているが、その表情はこれまでにないほど晴れやかだ。

 厨房の奥から粉だらけの手を拭いながら出てきたトールを見つけると、彼女の唇が柔らかくほころぶ。


「終わったわ、トール」


 セリアの声が、静かな店内に響き渡る。


「ギルドの幹部たちは全員捕縛されたわ。私たちの商会に対する妨害は、これで完全に消え去ったのよ」


 トールは手に持っていた布巾を台に置き、静かに息を吐き出す。

 肩にのしかかっていた重い岩が取り除かれたような、深い安堵が胸の奥に広がる。


「これで、王都中の人に安心して美味しいパンを届けることができるんですね」


 トールが微笑みかけると、セリアは目を潤ませて力強く頷く。

 足元で丸くなっていたアルルが立ち上がり、嬉しそうに尻尾を振りながらセリアのドレスの裾にすり寄る。

 ふさふさの毛並みが擦れる音が、温かな空気をさらに優しく包み込む。


「ええ、そうよ。でも、休んでいる暇はないわ」


 セリアの瞳に、再び経営者としての鋭い光が宿る。


「ギルドが解体されたことで、私たちの食パンに対する需要はさらに跳ね上がるはずよ。王都の胃袋を満たすためには、今の生産量では全く足りないわ」

「嘆きの荒野の開拓を、急ぐ必要がありますね」


 トールの言葉に、セリアは真っ直ぐに視線を合わせる。

 二人の間に言葉以上の深い意志が交わされ、次なる目標への情熱が静かに燃え上がる。

 数日後、二人の姿は王都から遠く離れた嘆きの荒野にある。

 赤茶色にひび割れた死の大地を、容赦のない日差しが照りつけている。

 乾いた風が吹き抜け、土埃が視界を黄色く染め上げる。

 トールは額の汗を手の甲で拭い、使い込まれた鉄製のスキを大地に突き立てる。

 体重を乗せて刃を深く沈め、硬い土の塊を力強く掘り起こす。

 刃が岩を砕く鈍い音が、荒野に規則正しく響き渡る。

 掘り返された土の奥底から、地下水脈の湿り気を帯びた黒々とした土が姿を現す。

 トールは指先に魔力を込め、土壌の温度と水分量を最適に調整していく。

 魔法の光が土に染み込むと、死に絶えていた大地が生命力を取り戻すように微かに脈打つ。


「私にも手伝わせて」


 背後から声が聞こえ、トールが振り返る。

 そこには、豪華なドレスを脱ぎ捨て、動きやすい簡素な麻の作業着に着替えたセリアが立っている。

 彼女の手には、種を入れた木製の籠がしっかりと握られている。


「セリアさん、泥だらけになりますよ」


 トールが心配そうに声をかけるが、セリアは悪戯っぽく笑って籠を振る。


「私の商会の未来を創る仕事よ。泥の一つや二つ、勲章みたいなものだわ」


 そう言って、彼女はトールが耕したばかりの柔らかな土の上に立ち、黄金色の小麦の種を丁寧に蒔き始める。

 細く白い指先が黒い土に触れ、生命の種が次々と大地に委ねられていく。

 令嬢としての優雅な身のこなしはそのままに、土にまみれることを厭わない彼女の姿に、トールは目を奪われる。

 日差しに照らされた金色の髪が風に揺れ、汗ばんだ白い首筋が眩しく光る。

 胸の奥がじんわりと温かくなり、心地よい鼓動が全身を駆け巡る。


『この人と一緒に、どこまでも歩いていきたい』


 トールは再びスキを握り直し、未知の大地を開拓する作業に没頭する。

 少し離れた岩の上では、アルルが黄金の光を微かに帯びながら、周囲の安全を確保するために鋭い視線を巡らせている。

 吹き抜ける風が土の豊かな匂いを運び、荒野は少しずつ、しかし確実に黄金の海へと姿を変える準備を整えていく。

 二人と一匹の絆が、ひび割れた大地に新たな命の息吹を吹き込んでいく。

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