04 失墜の王子と、穏やかな午後
・・・アッΣ(_´・ω・)_ |□、.。・:.。
項垂れる神殿関係者を放置したまま、ひとまず審議会は終了となった。
真摯に改善策を思案するもの、保身に走ろうとするもの、新たな策謀を巡らせるもの、様々な思惑を抱いて周囲を伺う参加者を一瞥して、最初に王家が退室する。
そのまま一言もなく執務室に向かう王を見送り、エリオスも自室に下がった。
常に人の気配の堪えぬ王宮ではあるが、奥深くにある王家の居住区画は警備以外に行きかう人は少ない。
今はエリオス以外王宮に詰めているため、殊更に静かだった。
誰とも共有することのない豪華なソファに一人深く座り、先ほどの光景を思い出す。
崩れ落ちるリディアを見ても哀れみは感じなかった。
ただ己の見る目のなさをまざまざと見せつけられているようで、居た堪れなさに息が詰まった。
自業自得の行いに同情する気はない。
けれども自分がしっかり情報を精査していたら、前神官長と前筆頭聖女は追い出されなかったのだろう。
リディアの罪も軽く済んだかもしれない。
そう考えると少しだけ申し訳なさが込み上げた。
今まで問題が浮上しなかったのは、懸命に決壊を食い止めていた優秀な者たちがいたからだ。
そんな二人を揃って追い出したことで神殿は崩壊した。
──何年も追い落とせなかったのであろう二人を、追い出す手助けをしたのは誰なのか、エリオスはもう気付いている。
父王の怒りは苛烈だった。
きっと、神殿の責任を追及しただけでは済まない。
不意に静かな部屋にノック音が響いた。
続けて扉の外で警備している騎士より来客を──弟である第二王子が訪ねてきていると声がかかる。
ほんの一瞬だけ喉が詰まり、しかしはっきりと入室の許可を出した。
失礼します、と空々しく挨拶をしながら入ってきた弟は、初めてエリオスの部屋の中を見たはずだが、チラリとも視線を向けなかった。
立ち上がって迎えたエリオスだけを、固い顔でまっすぐ見据えている。
「ようこそ、オルランド。残念だが今は出せる茶がないんだ。せめて座るか? 私と横並びで良ければだけどね」
「いいえ、結構。既にお分かりのようですが──前筆頭聖女殿の解任問題についての通達に来ただけですから」
予想通りの展開に、エリオスは自分の勘もまだまだ捨てたものじゃないのかもな、とぼんやり場違いに考えた。
最近何もかもがうまくいかず、すっかり己の才覚を疑うようになった。
絶対的な存在ではなくとも多才に恵まれていると考えていた自分は、もしかしなくとも凡人で。
幼少時を振り返るに、人一倍頑張れば秀才と呼んでもらえる程度の素質はあったと思う。
けれど今まで優秀と言われていたのは、恐らく──。
「兄上。貴方の思い上がりがこの事態を招いたのです。今までも疲れ知らずの恐れ知らずな猪突猛進ぶりに、どれだけ周囲が迷惑してきたことか。見合う成果があればこそ諫める程度で済ませてきましたが、さすがに許容範囲を超えています。その成果も前筆頭聖女殿のお陰だと、いい加減に気が付いたらどうですか?」
ああ、やはりな、と改めて突き付けられた事実が腑に落ちた。
自室休養中は政務も少なく、不調の始まりを思案する暇があった。
最初は政務のミスが出始めた頃ばかりを振り返っていた。
だが怪我の治療を受けるうち、身体能力の低下もまた同じ頃から始まっていたことに思い至った。
連鎖的に新しい婚約者について調べた時のことも思い出した。
──その頃に、前筆頭聖女が王都を出たのだ。
そこでようやく理解した。
自分が衰えたのではない──それまで当然のように与えられていた、何かを失ったのだ。
あとの想像は簡単だった。
審議会が開かれると聞いた時に、自分のこれからも察した。
今さら自己弁護のために口を開くつもりはない。
厳しい声で責められても、冷たい目で睨まれても、エリオスは仮面のような無表情を崩さなかった。
「そもそも貴方の場合、筆頭聖女が王太子の婚約者となる理由を正しく理解しているかも疑わしいですが」
腹立たし気に吐き捨てられた台詞に少し引っかかった。
自分が知らないままのことがあるのだろうか……そのせいで余計に判断を誤ったのだろうか。
「……筆頭聖女とは、本来何を担う存在なんだ。なぜあいつが去っただけで、私にまでこれほど影響が出る?」
反論ではなく、教えを乞うような言葉が返るとは思わなかったのか、オルランドがわずかに目を見開く。
今までのエリオスなら決して口にしない台詞だった。
二人は年の近い王子同士だ。
王位継承の思惑を抜きにしても、昔からどうにも馬が合わない。
兄は弟を神経質で嫌味だと疎んでいるし、弟は兄を愚直で盲目だと冷ややかに見ていた。
表立って争わずとも、互いに下手に出ることだけは避けてきた。
その均衡を崩したのが、今のエリオスの問いだった。
「今さら殊勝な態度を見せたところで遅いのですが……まあ、自分が何も知らなかったと自覚するのは無駄ではないでしょう」
オルランドは一瞬鼻で笑うと、面倒そうに手首の腕輪の模様を数か所押し込んだ。
たちまち二人を囲うように、簡易の遮音結界が張られる。
扉の外には警備の騎士がいる。
無造作に口にしてよい話ではないのだと、その仕草だけで分かった。
それでも説明する気になったらしいことに、エリオスはわずかに意外さを覚える。
「筆頭聖女が王太子の婚約者となるのは、貴方が思っているような単なる飾りでも権威付けでもありません。──王太子を支えるためです」
その剣が冴えるように。
疲れが残らないように。
傷の治りが早いように。
病気にならないように。
肝心な場面で、わずかに運が王太子へ傾くように。
「常にあなたを支える支援魔法を施し、貴方を凡庸以下に見せないよう支えていた。その事実すら知らぬまま――」
どこまでも冷ややかな声音で語るオルランドは、ふとそこで一度言葉を切った。
まっすぐエリオスを見据える目に浮かぶのは、強い苛立ちと蔑みだ。
「貴方はそれを切り捨てたのです」
胸の内を鋭く抉られたような感覚に、エリオスは歯を食いしばった。
反論も弁明も浮かんでこない。
けれど、自分が当然のように自分の力だと思っていたものは、やはり自分のものではなかったのだ。
薄々勘付いてはいても、足元が音もなく崩れ落ちていく心地は消せない。
「神殿の腐敗も、候補選定の歪みも、見逃されてきた理由はいくつもあります。ですが兄上が知らずに、いえ、知ろうともせずに切り捨てたものが何だったのか、それだけは理解しておくべきでしょう」
それだけ言うと、オルランドは遮音結界を解いた。
これ以上会話を繋げる気はないらしく、オルランドは淡々と国王の通達を告げた。
第一王子エリオスから王太子の位を剥奪し、詳細が決まるまで自室謹慎とする、と。
「──承知した。そのように伝えてくれ」
オルランドは苛立たしげに息を吐いたが、それ以上は何も言わず退室した。
扉が閉まったあとも、エリオスは薄暗い部屋でしばらく立ち尽くしていた。
失ったものの重さだけが、遅れて胸に沈んでいった。
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「これからどうなるのかなー、大丈夫なのかなー、って気持ちもあるんだけど、ぶっちゃけ身が軽いと気が楽だよね! て気持ちの方が強いってのが本音って言うか」
あっはっはーと笑うあたしに、ジルさまも眉をさげて笑ってた。
辺境の特産だという薬草茶の花の香りが広がって、午後の暖かな日差しが部屋を満たしてて、そんでもって向かいには優しいジルさま。
二月前までのあたしとジルさまは、王都の神官長室で頭を抱えてるか難しい顔で話し合いしてばっかりだったもの。
まさしく雲泥の差ってやつ。
平和だなー、幸せだなーって気持ちになるのは仕方ないよね!
「複雑な気持ちがなくはないが……まあ今さらどうにか出来るわけでもないからのう。それくらいでええんじゃろうの」
投げ出したあたしが言うのもなんだけど、思ったより達観したジルさまの様子にちょっとビックリ。
あれだけ頑張ってたから、愛国心とかめっちゃ高そうだなって勝手に思ってた。
実はそうでもない感じ?
不思議そうなあたしに気付いて説明してくれたのは、神殿でも上層部だけが知る”筆頭聖女”が婚約者となる慣習の、裏話。
なになに、紛争時代に王太子が婚約者だった聖女に支援されて活躍したのが発端で?
長引く紛争に対応している内に慣習化して?
え、筆頭聖女が婚約者になるんじゃなくて、婚約者の聖女が”筆頭聖女”って呼ばれるようになったの?!
……逆じゃん?!
で、紛争が終わって平和になったと、うん、いいことだよね。
そしたら時間とともに、対外的に”筆頭聖女=婚約者”の形式だけが残ってー?
あ、なんか先が読めたわ……。
あーうん、だよね、勘違いした連中が権力目当てになんちゃって聖女を送り込んでくることになったわけだね……。
「二、三十年に一度、貴族が送り込んでくるのは恒例になってきてのう、代を重ねるほど人数も能力の低さも酷くなっておった。まあ大抵は選定の儀で弾かれるんで無駄なんじゃがのう。そろそろ限界じゃろうなとは思っておった」
ひどく諦観の色がつよい声に、じわじわと不憫に思う気持ちが沸き上がる。
ジルさま実はめっちゃくちゃ疲れてたのね?
いやでもそうよね、あたしが三年で疲れたーって叫んでる仕事、その前からやってたんだもんね。
気が楽どころじゃないよね。
「ホントにホントに、おつかれさま……しばらくゆっくりしてね」
「そうじゃの。ここは食事も美味いし物価も安い。近くに魔森があるから平和とは言い難いがのう、王都よりも穏やかに過ごせるわい」
そう気が抜けたように笑ってるから、ちょっとだけほっとした。
精一杯挑んでも力が及ばないことなんてたくさんあって、取り戻せるものも取り返しのつかないこともたくさんある。
未来がどうなるかなんて、あたし程度じゃ想像もつかない。
でもあたしたちは、ちゃんと頑張った。
だから後悔ばっかりじゃなく今を受け入れて、でもってできれば幸せに過ごしたいよね!
「思ったよりセシルへの支払額がかさんでのう……正直、老後の資金に不安を抱いておったから今は平和そのものじゃ」
「ほえっ?! そうなの?!」
えっちょっと待って初耳!!
いっぱい稼いだなーとは思ってたけどそこまでだとは予想外!
本気であわあわしてるあたしにウケてるけど、あんま笑いごとじゃないよジルさま?!
せめてと願った一部返金は頑として拒否されたので、これからもありがたく、大切に使わせてもらうことにする。
……半分は家に渡してきたから『めちゃくちゃ大事に使え』って後で手紙送ろーっと。
ついでにこの薬草茶も送ってみようかな。
独特の風味だけどふつうに美味しいし、風邪の予防にもなるらしいし。
「ねえねえジルさま。あたしこのお茶すきなんだけどさー、ジルさまのおすすめとかもおしえてー」
「うん? そうじゃなあ……それなら西の通りにある季節の野菜と果物を売りにした店とか、セシルも好きそうじゃの。食堂やジャムの販売などもしとるよ」
なにそれ気になる!
神殿での食事はそもそも健康志向っていうか、まあ豪勢な感じではないんだけど。
最後の方は質素な詰め込み食事ばっかりだったからね。
別に豪華さはいらないけど、美味しいものはいっぱい食べたい!
「いいねー! 詳しい場所とか特徴おしえてー!」
「そうじゃなあ、西の第三広場からさらに西のな……おおそうじゃ、店主がイケメンで有名なパン屋があるんじゃよ。そこのひとつ隣の路地でな」
「あはは、目印がイケメン店主とかウケる~」
「わかりやすかろう。ああ、第二王子殿下にちょっと似とるの」
「第二王子ってアレでしょ。インテリぶってるけどなーんか詰めが甘い感じのオウジサマ。絶対アレ根っこは大雑把だよね!」
第二王子サマとも、もちろん何度か顔をあわせたことがある。
これでも筆頭聖女だったからね!
本人と話した回数は両手にたりるほどだけど、あたしの感想は今言ったとおり。
しっかり筋肉のついていた王太子サマよりひょろっこくて、インテリってゆーより頭でっかちそうで、無意識に周りを見下してるところがあるから詰めが甘い感じ。
「……っふ、いかん笑ってもうた。じゃがあまりアレとか言わんようにな」
「んふふー。ほらジルさまもそう思うんでしょー?」
キャッキャとのんきに王家をネタに盛り上がるあたしたちは、同じころに王城で起きていた審議会の様子など知るよしもない。
ふたりでのんびりとお茶を飲みながら、幸せな昼下がりを過ごしたのでしたとさ。
今回で序盤おわり~(*'▽')
最後まで読んでくれてありがとうございます(*'▽')
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