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今日あたしは筆頭聖女を辞めました。  作者: そらのたまご


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03 怠惰の代償

( ´,,•ω•,,)_旦~~ソチャデスガ


 王太子エリオスには自信があった。

 自分であればどんな困難にも打ち勝つことが出来ると。


 冴えた剣は熟練の騎士に勝らずとも劣らず、疲れにくく治りも早く、病も記憶に遠い。

 なにより、ここぞという時の勝負運に強いのは長所と自負している。

 たしかに頭脳面は恵まれたとは言えないかもしれないが、これまで学業や政務に支障をきたしたことはない。

 家族や周囲にも恵まれている。

 ゆえに己ならば、よりよい国を築くことができるだろうと思っていた。


 ──それが崩れたのはいつからだっただろう。

 坂を転がり落ちるように全ての事柄に支障をきたすようになったのは。


 最初は身体面だったと思う。

 まず政務の合間に行っていた気晴らしの鍛錬の動きに精彩を欠くようになった。

 さらに疲れが溜まってきているのか、徐々に体が重く感じるようになった。

 ついでに言うと夜の眠りも浅い。

 二日前にできた腕の痣はいまだに痛むし、演習試合のここ一番では読みを外した。


 立場的にも矜持的にも弱音を吐くことが出来ず、エリオスは違和感を振り切ろうと一人であがくこととなった。

 ある日、こんな時に助けを求められる相手がいないことにも気付いてしまった。

 途端に周りの目が気になった。

 いつしか自分と周囲の温度差も気になるようになっていった。


 次に目についたのは婚約者の様子だった。

 筆頭聖女の座を継いですぐは忙しそうにしていたが、数日で落ち着いた後は頻繁にまとわりついてきた。

 政務の邪魔となることなど考えもしない姿に、鬱陶しいと思う日もあったほどだ。


 筆頭聖女とはそんなに時間に余裕があるのかと訝しみ始めた頃、今度はまったく顔を見せなくなった。

 ちょうど体の不調に悩んでいた頃だったので、楽になったと正直安堵した。

 とは言え毎日毎日からんできた人物が数日経っても静かなままなので疑問に思い、神殿に顔を出してみれば何やら神殿中が慌ただしい気配ではないか。


 問題でも起きたのかと通りすがりの下級神官に訊いても要領を得ない。

 一度引いて王宮の方で調べてみると、なんと仕事が回らなくなって溜まってきているので、神殿総出で処理しているのだとか。


 さっぱり意味がわからなかった。

 詳しく再調査してみると、リディアが筆頭聖女を引き継いだ後から仕事の負担が下位聖女と下級神官に偏っていたようだ。

 時間経過とともに徐々に疲労が重なり何人もが倒れ、しかしその穴埋めはされないまま放置していたとか。

 仕事が溜まって当然だった。

 王族の自覚を持ち、完璧とは言えないまでも真面目に政務をこなしているエリオスからすれば、ありえないとしか感じなかった。


 そもそもがおかしかった。

 先代筆頭聖女のセシルは怠惰だったのだろう?

 元筆頭とはいえ、全然仕事をしないと言われていた人物が一人抜けただけだ。

 彼女以外の全員神殿に残っているのだ。

 何故回らなくなる?


 その頃から新しい婚約者に対する不信感が募っていった。

 周りを気にするようになったため、疲れ切った顔の下位聖女や神官たちが礼を取りつつも、自分に疎まし気な視線をしていることにも気が付いてしまった。

 嫌な予感に背中が泡立つような時間が日課に追加された。


 前筆頭聖女と婚約を解消しておよそ二か月。

 エリオスはついに政務にも支障をきたすようになっていた。


 きっかけは不調を誤魔化して無理をしていたせいで、ついに体調を崩したことだった。

 そのことを見ないふりして以前と同じように過ごそうとした結果、注意不足から些細なミスを重ねるようになった。

 挽回しようと無理をするほどにさらに失敗する悪循環に陥ってからは、信用が失墜するのは早かった。


 どんどんエリオスに従順な態度をとる者が減っていく。

 もともと空気が読めない、間が悪い、といった悪癖で遠巻きにされていた面が拍車をかけ、王族の権威と能力の高さゆえに見逃されていた性格面でも嫌厭されるようになっていった。

 けれど相談できる人はいない。

 国王夫婦たる両親は政務に忙しく、親子の情にも薄い。

 二歳年下の弟とはどうにもそりが合わず、いつ頃からかお互い不干渉を貫いている。


 居心地の悪さに一人もがきながら必死に仕事をしていると、ついに現筆頭聖女のリディアが大失態を侵した。


 王都周辺の守護結界が薄くなりすぎ、穴が開いた場所から魔獣が侵入してきたのだ。

 幸い日中かつ発見が早く、王都の城壁から離れていたため住民に被害はなかった。

 しかし──そもそも結界が緩むこと自体、見過ごせるものではない。


 加えて、小型魔獣とはいえ群れで侵入してきたため、迎撃に出た騎士団にも負傷者が出た。

 その中に王太子エリオスが含まれていることは、誰の目にも明らかだった。

 左目を含む顔面から頭部にかけて包帯を巻いた姿では、隠しようもない。


 王宮医療士が治癒魔法をかけたが、特殊な神経毒が混ざっていたらしく効きが悪い。

 おそらく傷が深い部分は、幾ばくかの障害と傷跡が残るだろうと言われた。

 ますます周囲の失望の目が強くなった気配がした。


 治療のため自室で数日休養した後、審議会が開かれることになった。

 議題は勿論──現筆頭聖女の責任問題について。


 王家、神殿関係者、有力貴族に騎士団上層部が揃う大広間は、審議会とは名ばかりの裁定の場の様相を呈していた。

 この場合の被告人は筆頭聖女リディア、あるいは神殿全体──そして、エリオスだ。


 神殿関係者は一纏めに集まされているため、婚約者とは言え王太子であるエリオスは傍にはいない。

 だが周囲から向けられる目の厳しさは双方変わりはなかった。


「王都の結界の維持は筆頭聖女の最重要責務である。それを怠り、あまつさえ魔物の侵入を許したことは、非常に許しがたい怠慢との意見が今日までに多く出ておる。筆頭聖女リディアよ、申し開きはあるか」


 国王の厳しい声に、神殿側は皆顔色悪く俯いていた。

 先頭に立つリディアもまた目元の疲れが隠しきれておらず、少し前の麗しい佇まいの貴人の姿とは別人のようだった。


「……恐れながら申し上げます。此度の失態、我々も重く受け止めております。ですがこれは謀略にはまってしまったのです。防ぎきれなかったことは我々の落ち度でございますが、真に罰するべきは奸計を用いた人物でありまして……」

「その相手とは、まさか前筆頭聖女様のことではないでしょうね」


 勢いよくまくし立てていたリディアは、差し込まれた疑問に続く言葉を詰まらせた。

 若い男の声は冷たく、そしてここにいる者達ならば誰もが知っている。

 冷静で俊才と名高い第二王子オルランドは、侮蔑を隠さず神殿関係者を見回した。


「責務を押し付けていた前筆頭聖女が退職後から神殿の業務が滞っていること、現筆頭聖女および序列上位、さらには神官含む上層部の能力が揃って平均より劣ること、以前から業務を投げ出してばかりなこと──どれもあり得ない愚行ですね」

「ち、ちがいます、わたくしは眠る暇もないほど働いています……!」

「ここ数日はそのようですね。ですが、すでに裏取りは終えています」


 並びたてられる事実に神殿関係者の顔色はますます悪くなる。

 今まで内情を知らなかった周囲の半数は怒気を高め、先に知っていた残り半数は侮蔑を濃くしていく。

 エリオスは仮面のような無表情で目の前のやり取りを見つめていた。

 議題の行きつく先は、すでに予感していた。


「前筆頭聖女は怠惰だという理由で解雇されたようですが、あの方は正しく責務を理解し励んでおられました。怠惰はどちらでしょうね。それと知らないでしょうが、前筆頭聖女殿を慕う者はあなた方が思うより多いのです。ですので不当な理由で解雇し、挨拶もなく退任させるような行いに憤る者も多いのですよ。その場しのぎの擦り付けを、我々が納得すると思わないでくださいね。現筆頭聖女殿も──聖女としての誇りがなくとも、ご自分の責任の有無くらいはお分かりになるはずです」


 言葉遣いこそ丁寧だが、そこには一切の容赦がない。

 絶対に逃がさないし許さないという強い意志が読み取れて、神殿側は完全に言葉をなくした。


「改めて聞きます。──何か申し開きはありますか?」

「…………お、王都の結界が揺らぎ、魔物の侵入を許した件。筆頭聖女である、わ、わたくしの、不徳の致すところです」

「ということです、陛下」


 国王はしばらく何も言わなかったが、伏せられたリディアの顔を見下ろすその目は酷く冷たかった。

 やがて、深く息を吐くようにして口を開いた。


「リディア・リュエール侯爵令嬢よ。余は幼き頃の其方を覚えている」


 その声は静かに落とされたようなのに、怒鳴り声とは違う重さがあった。

 名指しで呼ばれたリディアの肩がびくりと震える。


「お披露目時の其方は魔力に優れ、才に恵まれ、周囲の期待を一身に受けて愛情深く育てられているとわかった。余もまた其方ならばいずれ王都を支える聖女へ、民を守る柱へ成るだろうと思い描いたものだ」


 どこか懐かし気に言葉を紡ぐ王の目は変わらず冷たいままだった。

 内に潜むのは温情ではない。

 過去に強く期待していたからこそ滲む、痛烈な失望だった。


「だからこそ、分からぬ。何故あの頃の其方が持っていたはずの矜持を失った。何故その力を責務のためではなく私欲のために費やした。何故──民の命と王都の安寧よりも、自らの体面と怠惰を優先した」

「へ、陛下……わたくしは……」

「余は発言を許しておらぬ」


 何かを言いかけたリディアのか細い震え声は、厳しい叱責に遮られる。

 もともと結論はあらかじめ決まっていたのだろうとエリオスは考えていた。

 結界の揺らぎは民の不安、ひいては庇護者たる権力者──王家や貴族に対する不満に直結する。

 もし明確な理由がなかったとしても誰かが責任を取り、民の不信や怒りをそらす必要があった。


 しかし今の国王の態度は、決してそれだけではなかった。

 王は静かに座っているだけに見える。

 だが確かに、怒っていた。


「言い訳はいらぬ。余が腹を立てているのは結界の責任問題だけが理由ではないと、今の其方には分からぬのだな」


 わずかに強まった語尾に、大広間にいた誰もが背筋を正した。


「王都の結界が揺らいだことで魔物の侵入を許した。民は脅え、騎士は傷つき、皆が不安を抱えておると言うのに、何ら後悔も反省もない。さらに先代の筆頭聖女を妬み、その功績と献身を認めないばかりでなく、地位への執着から陰で貶めた。己が果たせぬ責務を果たした者への敬意すら持てぬとは、何たる浅ましさよ。その上で差し出せるものが、責任を真正面から負う覚悟でもなければ、己を省みる真摯さでもなく、ただ形ばかりの謝罪だけとは……」


 国王の顔には、怒りよりもなお厳しい表情が浮かんでいる。

 そこに慈悲が入る隙間はなかった。


「見損なったぞ、リュエール侯爵令嬢」


 その短い一言は、何より鋭く彼女を刺したのだろう。

 不意に力が抜けたように膝から崩れ落ちたが、誰もそれを支えない。


「能力不足であることが罪なのではない。力が及ばぬことなど誰にでもある。だが己の責務の重さから目を背け、失態の意味すら正しく受け止めぬその在り方は、まったくもって筆頭聖女に相応しくない。よって聖女リディア・リュエールの筆頭位からの退任を命じる」


 恐らくこうなることは分かっていただろう。

 それでも信じられないとばかりに目を見開いたリディアは、地に座り込んだまま呆然と国王を見上げていた。

 血の気の引いた顔を見返しながら、王は冷然と告げた。


「ただ退任しただけでは罪を償うことにはならぬ。今後は最下位の聖女からやり直せ。己の責務を理解し、その罪と失態を真に償うまで、聖女としての退任は許さぬ。其方は逃げることも、投げ出すことも許されぬ立場にある。その身で責任の重さを学べ」


 それは神殿から逃げ出して楽になることを許さない、という宣言だ。

 リディアはこれから怒りを不満を軽蔑を、時に罵倒をも向けられながら民の為に尽くす日々となるのだろう。

 今の彼女の能力の低さならば、なお苦労は多いだろう。


 けれど誰も庇わないし慰めない。

 それほどまでに国王の怒りが深いと、誰もが察しているからだ。


 王は最後に再び静かに、しかし決定的に言い放った。


「その他の関係者の処分、後継、人事については、後ほど別に協議の場を設ける。……そのつもりでいろ」


次の話はエリオス((꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラ


最後まで読んでくれてありがとうございます(*'▽')

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