第9章『ロミオとジュリエットは公私で障害が必須科目』
第9章『ロミオとジュリエットは公私で障害が必須科目』
1 嫌な予感
あっと言う間に日は過ぎていき、晃太郎たちと一緒に愛藍がクランクアップの日となった。
愛藍の事務所では、伊原美彩希の不倫騒動の責任追及から社長退任の辞令が突然出た。そして、新社長大野和樹39歳が就任となった。大野は、実は愛藍にずっと興味を持っていた独裁者であった。事実上、愛藍の事務所を買収した形で入り込んできたが、深い事情を知る人間は限られていた。あまりにも急な展開に驚きながらも愛藍は、冴木と共に社長室に呼ばれて挨拶に行く。大野はタブレットを見たまま話し始めた。
「白崎愛藍(Aila)・初主演初回放送レビュー、初めての演技にしては違和感なく観れた・特番で共演者とも仲良く楽しそうだった・初回のパーティー会場で拘束術を使って犯人を取り押さえたシーンが洋画みたいだった・Ailaの首四の地固めとかマジやばっ、俺も首ロックされたい・Ailaに逮捕されたい・主題歌早くライブで聴きたいなぁ……等々、好評ですね。初めまして、大野です。突然のことで驚かれたと思いますが、よろしくお願いします」
と視聴者の反応を伝えながら愛藍に挨拶をしてきた。愛藍は、大野の挨拶が何となく苦手だと感じた。
「初めまして、白崎愛藍です。宜しくお願い致します」
と無難な挨拶だけを返した。そして、少し話をした後、大野は愛藍が引き続き順調に仕事をこなせるよう冴木にも念を押した。愛藍が、冴木と2人で社長室を出ていこうとした時、大野は冴木に声を掛けながら内線で別の関係者を呼び出し、現場に向かわなければならない愛藍の送迎を頼むと、冴木だけを部屋に残した。
大野は、冴木にここまでの“愛藍”について報告するよう話してきた。そして、今後についても“美彩希の作った損害の件”で会社が大変な時期だから、という理由で愛藍の動向を注視するよう命じた。その裏で既に愛藍の身辺調査を済ませていた大野は、晃太郎との関係を掴んでいた。
2 クランクアップ
関係者に付き添われ、愛藍が撮影現場に到着した。誕生日でもある9月12日に第11話の最終回放送が予定されている2日前。愛藍の最後の出演シーンのクランクアップの時間は着々と近づいていた。場合によっては、最終回ギリギリまで撮影と編集が続く予定である。
今日のシーンは、最後の事件を解決するために奮闘するストーリーで、設定としては愛藍が演じている愛美の父親(警察庁エリート)が狙われ続けてきた被疑者に拉致されていてチームで被疑者確保と愛美の父の救出のために格闘するというシーンである。
『主任の佳祐(晃太郎)とは別行動を取っていた間に被疑者と遭遇する愛美(愛藍)。
格闘の末、右大腿を刃物で被疑者に刺され損傷の上に左腕も殴打され負傷して重傷、父の救出が不可能となってしまう。
佳祐が愛美のところへ駆けつけて他にも損傷部位がないか?を確認しながらインカムで仲間に居場所を伝え救助を要請してる間に
愛美が苦しみながらも自分で足を止血しようとして佳祐の首から片手でネクタイを引き抜こうとする。
直ぐに佳祐が自分のハンカチを傷口に当てて愛美が引き抜こうとしているネクタイを外して右大腿に回し入れ、グッと縛る。
直ぐに救助が来るからと告げて愛美の父親を救うために被疑者のところへ行こうとする佳祐の服を掴んで体を引き寄せ、愛美が
「死なないで……」と今にも泣き出しそうな顔で苦しげに告げる。
そして、佳祐が「何言ってんだよ。来週、俺たち式挙げるんだぞ。絶対、お義父さん助けるから」
と安心させて行こうとした瞬間、被疑者が遠方からピストルで襲ってくる。
佳祐が動けない愛美を守るため、近づかれる前にあえて出て行って被疑者と格闘する。
横たわっている愛美の近くには自分の落としたピストルがあった。それを何とか右手で掴んで上半身だけ起こす。
何とか狙いを定め、佳祐をフォローするために被疑者を撃とうとするが、悟られてしまい、
互いに撃って同時被弾し、愛美は左胸やや上あたりから出血。
佳祐が駆け寄ると、そんな状況でも父を救ってほしいと言う愛美に対して佳祐は迷うが気持ちに応えることを決断した。
これ以上の出血を防ぐために愛美の右手を取り、負傷した左胸に当てさせて“頑張るんだぞ”と言い残し、
愛美の右手に重ねていた自分の手を辛そうに放して立ち上がった。
佳祐は、辛うじて這いつくばって逃げようとしている被疑者のもとに向かって行き、確保と同時に愛美の父親の居場所を
吐き出させる。 そこへ仲間と救助隊が到着し、佳祐は愛美と被疑者を仲間に頼んで、愛美の父親を助けに行く』
というシーンだった。愛藍は、止血のために2人で手を当てていた場面で、晃太郎の手が離れた後に本当に涙を流した。そして、そのシーンを含めて複数のカットをノーミスでこなして、OKが出てパーフェクトだった。現場にいたスタッフたちも愛藍の演技に驚いた。
『ヤバい!』『震えたー』と感動していた。監督の黒川は周りにいるスタッフ数名に向かって
「なっ、姫居くんで正解だったろ!? 陸だったら、あの涙は出なかっただろうなぁw」
と狙い通りだった結果を喜ぶように述べた。撮影したシーンを皆でチェックし終わると、スタッフの1人が
「はい、これで無事にAilaさんのシーン、クランクアップでーす。長い間、本当にお疲れ様でした」
と言って花束を持って来た。が、最終回放送日にパーティールームを貸し切って皆で放送を見ながらの盛大な打ち上げを予定していたため、この日は簡単な挨拶で終えた。そして、残りの撮影も日付は越えたものの、順調に進み、晃太郎たちもクランクアップとなった。
3 横行するわいせつ罪
2日後の9月12日、無事に打ち上げが開催された。
放送を観て感想を述べたり、主要メンバーたちと記念撮影を申し込むスタッフがいたり、食べ物を取り分けたり、グラスを持って移動したり、と皆それぞれに過ごしていた。また、ドラマの主題歌を担当している愛藍が楽曲配信スタートも重なっているということもあり、お世話になったお礼にと愛藍とダンサーで主題歌を含めて数曲ミニライブパフォーマンスを見せた。普段なかなかライブに行けないという過酷な現場の裏方スタッフたちは特に盛り上がった。晃太郎も、生でこんな至近距離で愛藍の歌とダンスを見たことは無かったので、キレのあるダンスや芯の有る歌声に魅了されていた。
歌が終わったところにスタッフの1人が花束を2つ持って来た。晃太郎と愛藍に前へ出るように促すと、今度は黒川監督のほうへ駆け寄り、順番に花束を手渡して黒川が代表して“ダブル主演”の2人に贈呈した。そして、黒川が
「編集間に合ったね! キャストもスタッフも本当みんな優秀、俺も! あと、もう大分時間経っちゃったけど、今日は愛藍の誕生日と祝15周年とこの作品の楽曲配信スタートもお祝いを兼ねてるんで……おーい、持って来て。お願い!」
と奥にいる別のスタッフに声を掛けた。
「……♪ happy birthday……to you……」
音楽と一緒に共演者やスタッフ数人が歌いながら、ケーキを運び込んできた。ケーキには『祝ドラマ初主演&クランクアップお疲れ様でした!』のアイシング・クッキープレートと『happy birthday!& 15th anniversary ・ Aila♡』の2つが乗っていた。ろうそくを愛藍が吹き消すと同時に、酔いが回っていた外野からは『おめでとう!』ではなく
「ケーキ入刀っ!」
「初めての共同作業!」
などと相次いで声が飛んだ。愛藍が
「そういうケーキじゃないんでw」
とかわしている間に会場のスタッフが手際よくケーキにナイフを入れてしまう。イジリ通りにケーキ入刀したがっていた晃太郎をよそにスタッフがサクサクとケーキを取り分けてジャンジャン配り出した。
BGMに合わせてダンサーたちと一緒に体でリズムを取りながら愛藍が小さな声で『ミニライブ打ち上げ、Fu――――!』と小さく可愛く右手のフォークを少し上げて、先程のライブでのパフォーマンスやサポートに感謝の意を愛藍なりに皆へ伝えた。仲間のダンサーたちも続いてフォークを持った手を愛藍の手に近づけてフォーク円陣を組んで『祝15周年 & ようこそ ミ・ソ・ジ、Fu――――!』と言って愛藍の30歳を祝い、ケーキを食べながら盛り上がっていた。
女子だけの空間になるとリラックスが全開になる愛藍。お行儀は悪いのだが、ケーキを一口大に刺したフォークをマイク代わりにしてBGMに合わせて歌う真似をしたり、腰を入れてしなやかにキレのある振りでリズムを取り、そのマイク代わりのフォークをメンバーたちに向けて“Sing it♪”とライブの時のように煽る愛藍。すると、愛藍のデビュー当時からずっと公私ともに仲良しで愛藍の“恋バナ”まで知っているバックダンサーのEMMAが掛け声を返しながらキレキレのダンスで愛藍に近づいていって腰をくねらせリズムを取りながら、セクシーに愛藍が持つフォークに刺さったままのケーキをパクっと頬張り、踊り続けた。一連の流れを見ていた晃太郎と古谷が笑いながら近づいていき、輪に加わった。楽しそうな雰囲気に飲まれて、林や他の女優やスタッフたちまでもが入ってきた。晃太郎は、当たり前のように愛藍の横をさり気なく陣取った。すると、二人の仲を知っていたEMMAが
「あっ、ちょっとタイム! 愛藍、ほら、突然ですが……クイズでーす! はーい、目つぶって “あーん”ってしてぇ~! はい、これが何だか当ててごらん!w」
と特番のネタを挿んできて、愛藍の口の横にわざわざクリームが付くようにケーキを一口運んだ。晃太郎が、“あー、俺のヤツ、来たーっ!”と言って張り切り出し、やる気満々で愛藍の口を指で拭こうとした瞬間、古谷が間髪入れずに
「はーい、ダメぇ~、今日、俺ぇ~!」
と晃太郎の手を振り切って愛藍の肩を掴みながら、おしぼりでササっとクリームを拭いてしまった。待ってましたー! といった感じで林が当たり前のように時刻を確認し、晃太郎の指揮のもと、古谷は『酒に酔って女を触った罪』で皆に取り押さえられ、愛藍の口を拭いたおしぼりも証拠品として押収された。
4 これぞ、本当の“離れ”業
茶番劇で盛り上がっていたところに黒川のリクエストで洋楽がかかった。そして、皆に“踊ろう!”と声を掛けて、またひと味違った盛り上がりを見せ、全員が楽しい時間を過ごした。お開きになったと同時に古谷がトップバッターでチームのメンバーたちによって用意された“パトカー”という名のタクシーに乗せられ、真っ先に署(自宅)へ連行された。
愛藍は冴木たちのタクシーで先に送ってもらったが、部屋には入らず、時間差で直ぐに駆けつけてくるであろう晃太郎の到着を自宅の玄関付近で隠れてコッソリ待っていた。すると、一台のタクシーが停まった。予想通り晃太郎だった。ひょっこり出てきた愛藍を見つけて、優しさの滲み出た笑顔で近づいてきた。愛藍は、嬉しくて抱きついてはにかみながら顔を見上げていると、晃太郎の後ろから
「姫居さん、スマホ………………あっ!」
………………三上が……忘れ物を届けに来た。
「あっっ!」
「はっ!」
「おぉ――――っと、お取り……込み中…………でしたね……。スミマセンw」
「あっ、いや、こちらこそスミマセン……」
「あのー、……撮られると……アレなんで、Ailaちゃん! そういうの、部屋でやったほうがいいっすよw」
「すみませんw」
「姫居さん、いいの戴きやしたぁ――! じゃ、お疲っす! ……れっす、……ぇ――っすw ……ぅっすw …………ちっすw」
と言って三上は、両手でフレームを作って激写した記者のように振舞い、今にもkissしそうだった2人を見てニヤニヤしながら、最高峰のいやらしさで2人を凝視した。そして、にやける口元を押さえながら、バリエーション豊富に“お疲れっす!”を繰り返し、背を向けずに2人を見続け、タクシーまでの約15mの距離をずっと後ろ向きで戻り、不敵な笑みを浮かべて去っていった。




