第14章『命懸けのディフェンス』
第14章『命懸けのディフェンス』
1 罠
晃太郎は事務所との数年前からの約束でイベント企画・プロデュース業にも参入していたが、決意した“一世一代の大逆転計画”を進めるために、俳優の傍ら今まで以上に映画や舞台制作・イベント企画などにも精力的に動き出していた。そこで繋がるスポンサー企業とも急激に人脈を作っていた。企業の中にかつて晃太郎と同期で元俳優・現在はリゾート・ビジネスホテル経営の友人大河内洋樹がいた。久しぶりの再会だった。
希望を持った晃太郎とは逆に授賞式での感情的な行動がアダとなり、徐々に社長の大野は評判を落としていった。不甲斐なさや焦りからも不安定だった。
数ヶ月に渡って予定が組まれている愛藍のニューアルバムを引っ提げてのライブツアー初日を終えた2月4日の夜。景気づけに、と大野が愛藍を食事に誘った。愛藍のファンでもあり、ツアーにも協賛の企業のホテル高層階でのディナーということもあり、愛藍も断れなかった。係りの者に連れられてついていくと、……インルームダイニングだった。
「待って、こんなの聞いてない…… インルームだなんて…… 一言も言わなかったじゃないですか」
「いや、人の目もあるから…… このほうが気にせず気楽に食事できるだろうと思って。そんな怒るなよ」
「人の目だなんて……、別に私……」
「もう用意してもらってるし、……せっかくだから食べよう。とりあえず座って」
そう言って大野が愛藍を説得した。愛藍もホテルのスタッフが困っている様子を見て仕方なく席に着いて座り、食事をすることにした。が、口数の少ない愛藍。取り繕うように大野が愛藍の機嫌を取ろうと間を埋めて会話を繋ごうとする。次々に料理が運ばれてくるが、晃太郎やAlessaのことで傷を負ったまま食欲も落ちている愛藍は、どの皿も食べ残しばかりで料理を運ぶホテルのスタッフの顔も何となく心配そうであった。全ての皿を下げてもらい、デザートも口にしなかった愛藍を見かねて大野は
「すまなかった……授賞式。……年末年始からもリハ続きだし、ここからツアーもしばらく続くから、もう少し何か食べて」
と言って立ち上がり、内線で係りの者を呼ぼうと電話に向かおうとしたところで愛藍が立ち上がって言った。
「いらない。帰って残りの仕事をしたいから……」
と言って部屋を出ていこうとした。それを見て慌てて大野が愛藍を追いかけて引き止めて無理に抱きしめた。愛藍は“やめて!”と言って嫌がって腕を振りほどいて避けようとする。大野が今まで見せたことのない様子で荒立った。
「どうしてなんだよ!? ……俺の気持ち……分かってるだろ? 愛藍のことを公私ともに支えたいんだ……」
と怒りをぶつけながら再び愛藍に迫って無理矢理kissをしようと少し力尽くで肩や腕を掴み、もみ合っていたその時……愛藍の口の中が真っ赤になっているのが見えた。愛藍は、舌を何度か噛んだのだった。そして、泣きながら……
「……もう嫌だ。……帰らせて、お願い……。近づくなら刺す……歌えなくなってもいい。お願い来ないで……もうやめて」
そう言って、テーブルにあったデザートナイフを掴んで喉に当てながら部屋の隅に逃げて壁にもたれ、ずり落ちるように泣き崩れて震え出し、過呼吸発作を起こした。口内の血が滴り出した愛藍を見て、大野は慌てふためき、救急車を呼ぼうとも思ったのだが、騒ぎになることを恐れ、パニックの中で何とか冴木に連絡をした。事情を伝えられた冴木が
「えっっ? ……分かりました、直ぐ向かいます。あの、社長、状況が状況なんで、ホテルの関係者に話をしてもらえませんか? とにかく愛藍の傷の処置をしないと。社長? ……聞いてます? 嚙んだ舌の止血……、社長? ……いやっ、俺、話します。ちょっと愛藍に替わってもらえますか? 電話の相手が俺だって伝えてください!」
そう冴木が告げて、大野が促されるがまま「冴木が……」と言って渡したスマホに何とか出た愛藍。
「愛藍、大丈夫か? 喋れるか?」
「……ま……まこさん…………帰りたい…………うぅぅ……」
「分かった、分かった、俺さぁ、すっごい近くにいるから。今そこ、向かってっからな。心配いらないからな。近くで仕事してて本当近いから直ぐ着くぞ。大丈夫だからな。愛藍、そこに綺麗なハンカチかおしぼりあるか? あったら舌に巻いて押さえて。喋れそうなら、部屋の内線で医務室あるか聞いてみろ、なければフロントにケガしたって伝えて。俺、数分で着くからな。これ以上、変なこと考えるなよ。電話切ったら直ぐホテルにも連絡して駆けつけてもらって保護してもらうよう話すから心配いらないからな。安心して待ってろよ」
そう言って、冴木は一度電話を切ると、今度は直ぐにホテルに連絡を取り、上の者に取り次いでもらって事情を説明して愛藍の舌の止血と医務室での保護や社長のことを頼んだ。
2 希望
話の通り、冴木の到着は早かった。ホテルの関係者には、ツアーの疲労で食事中に誤って強く舌を嚙んでしまったと説明をした。そして、愛藍の精神状態をこれ以上悪化させないためにという理由で大野には先に帰宅してもらい、ホテル側の伝で医師を紹介してもらい急患で愛藍を診てもらえるよう手配した。更に機転を利かせてEMMAに連絡を取って無理を言って来てもらった。
冴木は、愛藍が大野によって嫌な目に遭いそうになったのでは? と瞬時に察して、電話での会話であえて愛藍に“保護”という言葉を使って安心させようとしたのだった。
EMMAが到着した。診療台で横たわっている愛藍に駆け寄り
「……愛藍、大丈夫? 痛いね……。痛かったね」
と声を掛けて、後は何も言わずに愛藍の手を握って、もう一方の手で肩を優しくトントンと叩きながら安心させた。そして
「少し眠りな! ずっとそばに居るから」
と愛藍に休むように言って、眠りについたところで診療室から離れて冴木と話をした。命に関わる危険性までではなかったこともあり、入院の必要性もないとのことで、EMMAが愛藍を自宅に連れ帰って引き続き付き添うと言い出した。冴木もそれがいいと判断し、EMMAに頼んだ。そして、愛藍のホテルの部屋の荷物の一部を冴木が取りに行くことにした。
翌朝、社で緊急会議が開かれた。愛藍が舌を嚙んだ件は、ツアーに関わる者も含めて関係者たちへ偽りの内容で事情説明がされたものの、晃太郎との件や大野の独裁っぷりが浸透していたため“訳アリ”なことは誰もが分かった。そんな状態で、このまま舌を損傷しているだけでなく心身ともに疲弊したままの愛藍にツアー続行は難しいのでは? と判断する関係者も多く、今後予定しているツアーを延期にし、未発表曲のリリースや楽曲提供で繋ぎ、発声に支障のある数週間を静養させるという意見でまとまった。そして、舌を嚙んだことに箝口令が敷かれ、急性胃腸炎と喉の違和感が原因だと発表されることになった。
業界のトラブルを幾つも目にしてきたマスコミやスポンサー企業は、薄々勘付いていた。中には全てを掴んだ記者もいたが、圧力で揉み消されてはいたが、少しずつ態度を翻し始めたことからも今回の裏事情が親会社の(筆頭株主)ボスの耳にも入ってしまい、大野へ
「重要な仕事だけを済ませて時間が出来たら、一度こちらに顔を出すように」
と連絡が入り、滞在先のイギリスに呼び出された。なかなか煮え切らない大野だったが、数週間して残りの予定を部下たちに任せて引き継いでもらうことにして渡航の準備を始めた。
EMMAは、上層部からの指示を受けて仕事半分・友情半分で愛藍の自宅に引き続き泊まり込みで静養をサポートすることとなり、冴木には特に逐一報告を続けた。
大野が愛藍の事務所社長に就任してから初めて愛藍を抜きにして一人で日本を離れる予定となった。それを冴木が晃太郎に極秘で伝えるため、密かに連絡を取った。これがもし大野に悟られれば、自分の身も危ういことは承知の上であった。だが、晃太郎ともAlessaとも引き離されて籠の中の鳥のように生き、どんどん元気を失っていく愛藍を見ていられなかった。愛藍が自分の幸せよりも周りを優先して耐えている姿が痛々しく、申し訳ない気持ちになっていた。二人三脚で生きてきて久々に見る愛藍の疲弊や傷ついた姿をもうこれ以上は見ていられなかった。そう、最愛の母親が亡くなってしまい“天涯孤独”のように苦しんでいた昔の愛藍がダブって見えていたからであった。また同じ想いをさせるのが酷だったからだ。
EMMAの特製・流動食から段々と固形物を咀嚼で食べられるようになってきた愛藍。そのタイミングで大野は予定通り支度をして2週間ほど日本を離れることとなった。それを冴木から聞いていた晃太郎はそこに狙いを定めて愛藍との逢瀬を仕掛けるために事前に大河内に頼んで協力してもらっていた事があった。静養のためスケジュールに空きができた愛藍に一夜限りのディナーショーのオファーを仕掛けたのだ。冴木が気を利かせて愛藍の舌の件での裏事情を晃太郎サイドには内緒にした。ショーは愛藍の舌の傷や発声や体力に支障のないスローテンポのものやバラードをメインにした。そして、歌唱以外のトークが必要な時間はなるべく司会にサポートしてもらい、サイン入りのツアーグッズや私物のプレゼント企画で繋ぐ形での内容で事前打ち合わせが既に済まされていた。事務所も愛藍も承諾で無事にショーの契約が成立する。
特に愛藍は、元々のライブの延期をファンがガッカリしているのでは? と心配していて、どんな形でもいいからステージに立って皆に安心してもらいたいと思っていた。そして、大野から解放されている時間が何よりも貴重だった。また、前々からAlessaに逢いたいと切望していたことに対して冴木が課題を出していたのだ。『凄く信頼できる里親のところで一時保護してもらってるから安心しろ。ご飯も手作りで毎日完食してるそうだ。再会したら、きっとはしゃいで走り回るだろ。その時に愛藍が元気に対応出来るように、まずは心身を元に戻すことだな! そして、このディナーショーを無事にこなしたら逢わせてやるぞ!』と約束してくれていたのだ。この数ヶ月ずっと、“何のために生きればいいのか?”と生きる希望すら見出せなかった愛藍だったが、このディナーショーと冴木との約束が大きな希望になった。
ショーの後に、支配人から「当ホテルで愛藍様をおもてなし致します」という御褒美もあるとのことで、予定の無い愛藍は指定のスイートルームに泊まることにしていた。




