第13章『悲恋の傷口を必死に止血する右手のサイン』
第13章『悲恋の傷口を必死に止血する右手のサイン』
1 舞踏会の思い出
晃太郎と愛藍が15年ぶりの再会を果たして恋に落ちた年が終わろうとしている暮れのこと。授賞式が開催された。アーティストや女優俳優の他、多くの著名人・関係者が招待されていた。海外でのレコーディングやMVの撮影が続いていた愛藍も音楽部門でノミネートし、連絡を受けた。だけでなく、夏に晃太郎とW主演で起用されたドラマでも女優賞が候補に上がってしまっていた。でっち上げのスキャンダルによって注目の的になってしまった愛藍は出たくなかったが、利益を優先した考えの大野が辞退を許さなかったため仕方なく出ることになった。ただ、大野が愛藍を晃太郎と絡ませたくないということでドラマのメンバーの席には絶対に同席させないことと、晃太郎がらみの質問は一切NGという条件での出演で授賞式関係者との打ち合わせを済ませていた。
授賞式・当日。
黒川監督や晃太郎たちが先に出番を済ませた。そのドラマの主題歌と女優部門でのW受賞ということで愛藍は期待通り賞を獲得し、出番の手前で会場に姿を現した。そして、授与式と歌唱の為にステージへ向かった。晃太郎との破局を誰もが知っていることと、お世話になった共演仲間とその関係者がいるという状況が愛藍の心を苦しめてはいたが、何とか堪えて愛藍は挑んだ。司会者が
「ドラマ、初で大変だったでしょ? どうでした?」
と事務所側の要求通り無難な質問をしてきた。愛藍も
「あっ、はい、でも監督とは元々面識があって。他の共演者の方々やスタッフの皆さんも凄く気さくで撮影の合間にも本当に仲良くして頂いて、アドバイスもたくさん戴けたので……そのおかげで賞を取れたのだと思います」
と答えた。すると、カンペでスタッフが司会者に『もう一個、質問! 攻めて!』と指示が出たため、司会者が
「……このドラマの撮影で一番印象に残っているシーンとか何か思い出みたいなこととかありますか?」
と聞いた。少し考える愛藍。一点を見つめ黙り始めた。そして、今度は目を少しきょろきょろさせて記憶の中の何かをたどるように考える様子を見せて“んーん……”と小さく声を出して間を繋いでる顔がスクリーンやモニターに映し出される。会場のほとんどの人が息を飲んで見守っている。そして、映し出された愛藍の目が潤み出したのが分かった。愛藍が数回瞬きをしながら
「……打ち上げで誕生日と15周年のお祝いのケーキを戴いて皆さんと食べたり、あと……カラオケがあって、監督のリクエストした曲で……皆……で……踊ったのが…………凄く楽しかったです。……ドラマのシーンと全然関係なかったです、ごめんなさい」
と言って歌のスタンバイに入った。席で聞いていたドラマのメンバー全員が感慨深げに見つめた。
2 洞察
愛藍が何とか無事ステージでの歌唱を済ませた。大野や関係者と共に席で番組が終わるのを見届ける愛藍だったが、彼女の視線の先には……
……晃太郎がいた。
この配置が制作側の思惑であることを愛藍は察したが、分かってはいても、やはり気まずかった。だけではなく、3ヶ月ぶりに見かけた晃太郎に対して何とも言えない複雑な気持ちも抱いていた。心の中で『社長の説得に流されて本当に別れることしか私には道がなかったのだろうか?』と思う日もあれば、どんどん忘れていってしまう晃太郎の顔を思い出したいと苦しむ日もあり、近くに座る大野を気にしながらも“どんな顔をしてただろうか?”と時々ちらっと晃太郎を見ていた。晃太郎は愛藍の視線には気づいてないが、彼女の様子とAlessaの件で“やはり政略破局なのでは?”と感じていた。先程の司会者の最後の質問に答えた愛藍のエピソードが更にその疑惑を強くしていた。
……そう、あの打ち上げで黒川がリクエストした曲は“Unchained Melody”だった。踊ってくれと頼まれて愛藍が手を引かれて黒川と踊ったのだが、2コーラス目に入ろうとしていたところで黒川が晃太郎に向かって『おい、佳祐。愛美とファーストダンス! みんなも踊ろう!』と言ってドラマの設定を挿んできて、まるで最終回の続きの時間を主人公の2人に過ごさせてあげるかのような演出で粋な計らいをしたのだ。愛藍の関係者がどうしようか? という表情をしたのを見た女優の長谷川が気を利かせてその関係者の手を取ってダンスに巻き込んだり、他のメンバーたちも晃太郎と愛藍をガードして囲うように踊ったりなどして、作品への愛とチームワークが役を超えて発動した共演メンバーたちと最後の最後まで楽しく過ごしたあの打ち上げの日のことを愛藍がわざわざ口にしたからだった。しかも、目に涙を滲ませていたように見えたことも強い要因だった。晃太朗が同席する俳優仲間たちに
「なぁ、俺って本当にフラれたのかなぁ? ……どう思う? ……本当に俺のこと嫌いになったと思う? 自分で言うのもなんだけど、俺やっぱシックリ来ないんだよなぁ」
と語り出した。共演した仲間たちは口々に
「アップテンポなのにねぇ~、……元気ないっていうか、鬱っぽいというか……魂、抜けてたよねー。破局報道からずっと、あんな感じらしいよ。まぁ、まず火遊びする子には見えんわ!」
「んーん、最後の質問への答え、あれ……、姫居さんに言ってたんじゃないですかね!? 踊った話……。ねっ、由璃ちゃん」
「うん、私もそう思った! 曖昧に話してたけどさー。あれって、皆っていうか、2人がメインの演出で踊った話だし。あれがAilaちゃんにとって一番の思い出だったってことだよ、絶対そうだって! っていうか、2人が出来てたこと、結構初期から、私……知ってたからね」
「えっ、本当? えっ、初期って、いつ?」
「やー、台本に付箋貼って見つめ合っちゃってさぁ、その辺りから怪しいなぁって。Ailaちゃん、受け答えとか見てても噓つけない子だなぁってw 姫居さんが番宣でAilaちゃんの口拭いた時にゃ、あー、こいつ、やりよったな! ってw あたしさ、嗅覚鋭いからね」
「マジで? すげぇな、女って! あっ、でもね、番宣の時はね……まだそんな…………」
「姫居さんっ!! さっきから何度かこっち(晃太郎のこと)見てますよ!」
と林が口にした。晃太郎が「えっ、本当?」と驚き、愛藍を見てみることにした。すると、大野を気にしながら愛藍が隙を見て、再び晃太郎を見てきた。
――目が合った――
やっと、目が合ったのだった……。けれど、愛藍は驚いて視線をそらした。が、少ししてもう一度、晃太郎を見た。晃太郎は、ずっと愛藍を見たままだった。
今度はどちらも目をそらすことなく、2人で見つめ合う時間が暫く続いた。愛藍の顔が切なげで泣き出しそうな表情に変わった。
すると、大野が愛藍の様子に気がつき、授賞式の最中だというのに愛藍の腕を勢い良くグッと掴んだ。その弾みで近くにあったグラスが倒れて大きな音を立てたことで周りが注目した。しばらく無言で見つめた後に“出るぞ”と言って、大野は愛藍を席から立たせて引っ張って会場から出ていこうとする。愛藍の背中に回した大野の手が無理矢理に愛藍を押しているようにも見えて、晃太郎だけでなく仲間の俳優や他の出席者たちもが2人の破局について改めて疑惑の念を抱いていた。
そして、報道の記事にあった『格差破局・歳の差破局・火遊び・愛藍のタイプではなかった』など散々だった話の裏に、何か事情があるのでは? と誰もが感じ取っていた。
3 捨てられたくない石と捨てたくない意志
授賞式が終わり、年末年始で少しだけ休暇が取れた晃太郎。正月休みだというのに大した予定もなくのんびりしているところにタイミング良く同級生の宝石店オーナー富田から連絡が入った。Alessaがいるので宅飲みを誘うと、富田がやってきた。妻が用意してくれたという正月料理を持参してくれた。それを2人で食べながら話し始めたのだが、開始早々、富田が居ても立っても居られない様子で
「すまん、晃太郎。実はさぁ、愛藍ちゃんが……指輪受け取りに来たって前に話したんだけど……ごめんな、噓ついた。実は愛藍ちゃん、受取日に……来たには来たんだけど……。指輪を“どうしても受け取れない”って。でな、“処分せずに保管しておいてもらえないか?”って。お金も用意されて高額で口座に送金もあって。無期限で可能な限り、って指輪の保管を頼まれたんだよ、髪留めも一緒に。ほら、あの破局報道が出た少し後。で、お前にも誰にも言わずに黙ってて欲しいとも頼まれて。何か余程の事情があるんだろうなぁって。そっちの業界の事情もよく分かんないしさ。だから、仕方なく秋からずっと預かってたんだよ」
と打ち明けてきた。晃太郎は
「何だよ、それ。どうして、その時……連絡……、はぁー。で? 愛藍は? 愛藍はどんな様子だった? 他に何か言ってたか?」
「んーん、まぁ……とにかく深刻そうだったよな。困り顔で、どうかお願いします! って。で、今にも泣き出しそうだった。時間も無さそうで焦ってもいる感じで。とにかく、全く訳を話したがらないっていうか、話せないって感じかなぁ。ほら、お前も全然連絡くれなかったし、あんな報道されてたから落ち込んでるかなぁとか、声もかけ辛くて気も引けて……。そう……、でな、うちの妻がさぁ、先日の授賞式見て『あれは異様だったね。あれはダメ! やだ、分かんないの? 見りゃ分かるじゃない』って。何回かカメラでお前たち抜かれてたらしいんだけどさ、愛藍ちゃんがお前のこと見ながら、何か左胸に手を当ててた時があったらしいんだよ。それをさ、うちのが『最終回の愛美みたいだった』って。左胸っていうよりもっと上の肩に近いとこを片手でグッ! って押さえてたらしい。妻が『普通ね、胸が苦しかったら、鎖骨の辺りなのよ。私は、だけど』って。『でも、肩だったの、しっかり肩! 肩と腕、ここなの、ここ』って。で『きっと最終回のあのシーンに思い入れがあったのよ。死にそうな瞬間に好きな人の手が離れるってシーン、VTRも流れたじゃない。それ見て、きっと思い出して苦しかったんじゃない? ……っていうか、見てたこっちが苦しかったわぁ。もう、どうなってんの、あの2人』ってさ。で、晃太郎に話して来い! って。どうも……女の勘だそうだ……」
と晃太郎に告げた富田。それを聞いて晃太郎はグラスに入っていた酒を飲み干した。
富田が帰ってから晃太郎は、ネットに上がっている授賞式の動画を見つけてチェックした。すると……、晃太郎がいる位置から視線を移し、左肩に近い部分に右手を当て、少し息を乱しながら何か言いたげな愛藍を見つけた。晃太郎は、これが愛藍の無意識の“サイン”だと感じた。独りで心の傷口を塞ごうとして必死に耐えてるように見えた。この姿を見て、愛藍の愛が消えていないことを晃太郎は強く確信し、一世一代の大勝負をすると決めた。へそ天で横たわるAlessaの腹を撫でながら……。




