第10章『犯人はいつも直ぐ近くにいる?』
第10章『犯人はいつも直ぐ近くにいる?』
1 ゴシップ
翌日、三上の半分冗談だった忠告が的中してしまった。ベッドサイドのナイトチェストに置かれた晃太郎のスマホが鳴り出した。三上からの連絡であった。
「姫居さん……大変っす!」
「……ん、何? ……今日休みだろ?」
「やられました……。Ailaちゃんとの記事……、出ちゃってます」
「はっ? ……えっ? ちょっと待って。何? どういうこと?」
「昨日の今日なんで先に言っときますけど、俺じゃないっすよ。結構前からのも載ってるんで、付き合う前から張られてたかもしれないっす。あのー、西野社長が呼んでるんですけど、どうします? 俺、迎え行きましょうか?」
「……あー、いいよ、タクシー呼ぶ。支度して直ぐ行くよ」
会話の途中で愛藍が起きた。心配そうに見つめていた愛藍に晃太郎は
「……ごめん、記事……出ちゃったらしい、俺たちの……」
「えっ?」
と、そこへ愛藍にも連絡が来た。冴木からであった。
「もしもし……」
「愛藍?……」
「はい……」
「姫居さん、そこにいるか?」
「えっ?」
「いるなら、ちょっと替わってくれないか? 緊急……」
そう言われて、愛藍がスマホを晃太郎に渡した。しばらく話し込み、晃太郎は“分かりました”と冴木に伝えて通話を終えた。
「まこさん、何て言ってた?」
「んーん、一度会って話さなきゃ……。冴木さん、今ここ向かってるって。ごめんな、本当に。俺ちょっと先に支度するわ」
「……うん」
晃太郎が事務所へ行く準備をしてる間に愛藍はネット記事を見てみた。
『爽やか系ベテラン俳優・姫居晃太郎、Ailaと熱愛の裏で二股疑惑!? Ailaショック……』
写真1……ある時は愛藍へ渡す花もあれば、別の女性へ渡すために買っていると思われる日もあったなどと書かれていたり、愛藍と付き合いながら別の女性の存在もあったとして、その疑惑を裏付けるかのような写真も添えられていたりした。実際には、ドラマの撮影ロケ現場で観ていたギャラリーの女性数名に写真撮影や握手などを求められた際に対応した時のものをトリミングされてツーショット写真として上手く使われていただけであった。
写真2……記事の出る前日に開催された主演ドラマの打ち上げ後に晃太郎が愛藍を追いかけて自宅まで押しかけ、無理矢理に抱きついたとも書かれていた。これも先程の写真や記事内容と同様に、実際には愛藍から抱きついているのだが、週刊誌に掲載されたものは『愛藍の腕』が見えないようにトリミングされていて晃太郎の腕だけが見える形での掲載となっていて全てがデタラメな記事であった。
写真3……ドラマの撮影前の顔合わせの日に、店の外で挨拶を終えた際の愛藍に対する晃太郎の態度がフレンドリー過ぎるという印象を与える写真になっていたが、実際はこの日、夜風の仕業で愛藍が肩に羽織っていただけの上着のカーディガンが飛ばされてしまい、それを晃太郎が拾い、愛藍の上半身にかけて着せてあげただけのことであった。
愛藍は一連の記事を見ても、疑う気持ちは微塵もなかった。晃太郎が支度を済ませ、愛藍の自宅を出ようとしていた。遅れて支度をしようとする愛藍だが、準備を中断して、出ていこうとする晃太郎に駆け寄り、抱きついた。
「なんか、怖い……」
「ん? 大丈夫だよ。俺は大丈夫。愛藍こそ、大変かもしれないよな。俺の注意が足りなかった、ごめんな。冴木さん来るから早く支度して。また連絡する」
「うん、待ってる。私も済んだら連絡入れるね」
「おう!」
と晃太郎は明るく返事をして、愛藍のおでこにkissをした後、心配そうに見つめる愛藍の左頬に右手を当てながら親指で少し頬をなでた。そして、愛藍の頭をポン撫でした後、Alessaをクシャクシャしてから背を向けて玄関から出ていった。
冴木が電話で話していた通り、報道陣が待ち構えていることはなかった。愛藍の事務所サイドが報道機関に圧力をかけ、愛藍の自宅から晃太郎が出て来る姿を撮らせぬよう配慮されていたのだった。一方で愛藍が自宅を出ようとすると、カメラマンや記者たちが待ち構えていた。そして、玄関を出た途端に報道陣が押し寄せた。冴木が直ぐに割って入り、愛藍を守りながら車に乗せた。ガラス越しにもまだ記者たちが次々と質問を投げかけてきた。
「Ailaさん、姫居さんとの件、一言お願いできませんか?」
「Ailaさーん、記事は見られましたか?」
「姫居さんの二股疑惑について、どう思われますか?」
「二股だと知って今どんなお気持ちですか? 一言コメントお願いしまーす」
冴木が安全確認をしつつ、車を急発進させた。そして、運転しながら愛藍へ話し始めた。
「記事……見たか?」
「うん……」
「姫居さんとは、いつから?」
「……撮影始まってから」
「口説かれたのか?」
「うんん、違う、私からなの……。色々不安で。お芝居なんて初めてだったし、相談に乗ってほしくて」
「……それで、いつの間にか……ってヤツか? 気付かなかったなぁ」
「ねぇ、どうして出ちゃったのかな? 凄く気を付けてたのに……。なんで、あんな酷いこと書かれてるの?」
「んーん、分かんねーんだよな。会社にも全く話も無くて、突然ってのがなぁ……」
「……ねぇ、まこさん分かるでしょ!? 晃太郎さん、そんなことする人じゃないって。二股なんてする暇も無いもん。空いた時間、全部、私に尽くしてくれてたの。疲れてても時間さえあれば、稽古してくれて。スケジュールだって共有してたし。お花だって……。私だけじゃなくて、お母さんにもお花買ってきてくれて……。初めて来てくれた日だって、私が何も言ってないのに母にお線香上げてくれたの。Alessaだってね、初めて逢った瞬間から凄く懐いて……。すれ違いになりそうな時も、私が忙しいと、Alessaのお世話してくれたりするし。ご飯だって一緒に作ってくれて。私が遅ければ、作って待っててくれたりするんだよ。そんな酷いことする人じゃないの。そんな時間あると思う?」
「ふーん……。姫居さんって、そんな感じの人なんだな!? っていうか、一緒に住んでたのか? ……にしても、……社長が凄い機嫌悪いんだよな」
「どうして? 私が黙ってたから?」
「んーん、……打ち上げの後の写真、気に入らなそうだったなぁ。家の前だしなぁ。詰めが甘かったのを怒ってんのか、二股疑惑で愛藍を傷つけたことなのか。もしくは会社のダメージか……。……分かんねぇ。まっ、とにかく覚悟しろよ」
「……」
それ以降の会話はなく、気が付けば事務所に到着していた。
2 狙われたカナリア
冴木が愛藍を連れて社長室に入ると、大野が言った。
「2人で話します。しばらく席を外してもらえますか?」
「あっ、はい、分かりました」
冴木が愛藍に視線を移して、心配そうに見つめながら部屋を出ていった。大野が愛藍にソファーへ座るようジェスチャーで促した。
「記事の件、聞いたか?」
「はい……。すみません」
「美彩希の件でまだ大変な時に、今度はAilaが……しかも、二股の被害に遭っていたという流れは痛いかな」
「……違います。姫居さんは、そんなことするような方じゃないです」
「うん……、ただ問題はそこではない。分かるかな? Ailaがデビュー当時からここまでの15年で築いてきたものは、決して自分一人の努力だけで成し得ることが出来るわけではない。支える側もいて初めて成立する軌跡だ。そして、その支える側の中にいて最も重要なのは……誰だと思う?」
「ファンの……」
「……ファンと株主だ。株主の中にもAilaを支持するファンがたくさんいる。記事の内容が事実か否かの話ではない。今回の記事が出てしまったこと自体が問題であって、社員たちの信用問題も浮き彫りになっている。姫居晃太郎の二股疑惑でAilaが今、世間でどんなイメージが出来上がっているか想像がつくか? この事務所が『災難続き』であり、そのトラブルメーカーである人間の二人目がAilaだということだ。Ailaのアーティストとしての魅力の1つには、歌とダンスへの情熱や芯の強さがある。楽曲で伝えている歌詞の内容でも恋愛においてのポジティブなイメージが出来上がっている。幸せならまだしも……弄ばれたとなれば、Ailaを支持してきてくれたファンと株主の方々は、とても残念に思ってるはずだ。一度ついてしまったイメージは、そう簡単には払拭出来ない。それは、彼も同じだろう」
「イメージって……彼もって、どういうことですか? ……だって、記事はデタラメで……」
「……極論、別れたほうがいいんじゃないか? と僕は思う。株主も含めて、Ailaのファンは男性が多い。ツアーのスポンサーもそう。意味は分かるだろう!? ……どちらにしろ、しばらく姫居さんと会うことは止めてくれないか。ここから予定しているツアーの協賛企業が降りたらマズいことになる。会議で話がまとまるまでは連絡も一切取り合わないで、騒動が収まるまでおとなしくしていてほしい。申し訳ないが、これは命令だ。これだけの騒ぎになってしまったことを理解する必要がある。我社の存続危機に直面しているということを肝に銘じてくれ。でなければ、最悪は社員たちが路頭に迷う。Ailaがここを支えている力の影響は大きい。そして、そのAilaを支えているスタッフ達を守ることが出来るのも、Aila次第だということだ」
大野は、少しシビアな条件を愛藍に突き付けた。そして、内線で冴木を呼び出した。
「しばらく自宅には戻らせないで、Ailaにホテルを確保してあげてください。あと、飼っている犬の世話はしばらくEMMAたちに協力してもらってください。あー、あとホテルに作曲用の機材も整えてあげてください。それから、Ailaのスケジュールを確認させてください。騒動の件で御詫びもありますから、しばらく私が現場へ同行します」
「あっ、はい」
愛藍は、大野によりプライベートを半強制的に自粛の生活へと追いやられてしまった。そして、晃太郎と連絡を取り合うために使っていたスマホも半ば強引に取り上げられてしまった。そして、月末に予定しているライブツアーのリハーサルのため、スタジオとホテルを行き来する日々となってしまった。
3 疑惑
一方、晃太郎の事務所では社長の西野圭佑と三上と記事の件を話し合っていた。
「圭さん、俺、全然二股とかないんだけど……どうなってんの、この記事? 誰のリーク?」
「分かんねぇーんだよ。Ailaちゃんは知ってたか?」
「いや、全然」
「っていうか、顔合わせからマークされてたってことっすよね!? だって、見てくださいよ! この写真のAilaちゃん、カーディガン飛んだ時のですよ。服が舞ったから覚えてるんですけど。この日、まだ逢って2回目ですよ。しかも仕事で。この段階で2人とも既に張られてたってことっすよね……。キャスティングも顔合わせも極秘だったはずなのに。滝本陸じゃなくて、こっち完全に狙ってきてますよね」
「……見えない敵、遠くないかもな。とりあえず、Delights 行ってくるよ。晃太郎、……お前ちょっと休め。三上、送ってやってくれ」
西野がアポを取り、愛藍の事務所に話をしに行くことになった。




