4.王都
ダストール家は伯爵家というのもあって屋敷もかなりの広さを誇り、それは庭に関しても同じである。そんな庭で俺―――ヘイト・ダストールは汗だくになりながら走っていた。
「ヘイト様、あと1往復になります」
ティエナの声を聞き、ラストスパートをかけノルマとして決めていた分を走り切りその場に倒れ込んだ。
「お疲れ様です、ヘイト様」
「あ、ありがとう。ティエナ」
ティエナからタオルと水を受け取り喉を潤し汗を拭き取る。
―――ティエナとの一件から2ヶ月。俺はこの世界の知識を知ることに加えて、身体作りと魔法の研鑽に没頭していた。
この世界が前世でやり込んでいたギャルゲー【クリエイト・フューチャー】の世界であるが故に、いざという時にゲームで出来たことがこの世界では出来ないなんて重大な齟齬が発生するのを防ぐために知識を吸収することは必須課題であったからだ。身体作りに関しては魔法だけに頼らずにある程度動ける身体にしておきたいという思いから始めたが、やはり主人公のような肉体的な才能はなさそうだ。そのかわりと言っては何だが、洗脳魔法についての研究はティエナのおかげでかなり進んでいた。
(味覚に関しての洗脳以外も試せて俺としてはありがたいんだけど、ティエナが嫌がらないのは意外だったな……)
最初に取り組んだのが味覚を共有化させることだ。正直に言うとあの無味無臭を朝昼晩と3食続けるのはキツイものがあったため、移し変えではなく共有化させることが出来れば無理なく続けられるというのが理由である。ティエナが協力してくれた結果、1ヶ月で味覚の共有化に成功し2ヶ月経った今では五感全てを共有することが出来るようになった。
「ヘイト様、グリド様より伝言を預かっております」
「父上から?」
息を整え立ち上がった俺に、ティエナが父上からの伝言を口にした。
「今度行われるソラーレ第2王女の10歳を祝うパーティに出席するようにとのことです」
◆
―――王都『スペランツァ』
大陸西に位置する大国―――レーヴ王国の王都であり、【クリエイト・フューチャー】の舞台であるアルバース魔法学園がある重要な場所だ。ダストール家はこのレーヴ王国の王族から伯爵の地位を賜っている貴族のため、自分で言うのも何だが城で行われるパーティにお呼ばれする位にはかなり良い身分である。
(まぁ、それもヘイトの固有魔法と行動で台無しなのだが……)
形式的な挨拶だけして足早に立ち去る俺より地位の低い貴族達に出来る限り優しく挨拶を返しつつ内心で溜息をつく。王女が主役のパーティならば他の貴族達と交流出来るかもと少しだけ期待したが、予想通りの結果に終わったため早々に今回のパーティに来た本当の目的を実行に移そうとした所でパーティ会場で一際賑わっている箇所が目に止まった。
金色の綺麗な長髪に菫色の瞳。その笑顔や雰囲気はまるで陽の光のようで、周りにいる人々を笑顔に変えていく。
それがソラーレ・レーヴ第2王女―――【クリエイト・フューチャー】のメインヒロインの1人である。
(流石メインヒロインの1人。あの可愛さならそりゃ男共が黙ってないわな)
現在進行系で公爵の地位でもかなり上澄みの貴族達が息子を連れて会話している事から、話の内容は大体予想出来る。それに対して少し天然が入っているとはいえ、嫌な顔どころか笑顔を向けるソラーレ王女のコミュニケーション能力の高さは凄まじい。
(……感心してる場合じゃなかった。時間も多くはないし、早く行かないと)
初めての主要キャラを見た感動を一旦しまい込み、静かにパーティ会場から抜け出して城の廊下を歩く。
「おや、こんな所でどうしたんだい?」
暫く歩いていると城に常駐していると巡回中の兵士と鉢合わせし、俺に気付いて声を掛けてくる。
「すみません―――第1王女の部屋が何処か教えてくれますか?」
「……それなら、突き当たりを左に曲がった所にある階段を上がって右奥の部屋だよ」
謝罪しつつ兵士に洗脳魔法を使用し、聞きたかったことを質問すると兵士は笑顔で答えてくれた。
「ありがとうございます。それと、この場で俺と会ったことは忘れて下さい。俺の姿が見えなくなったら元に戻って大丈夫です」
「……あぁ、了解した」
大人をあっさりと服従させれたことに改めて洗脳魔法の強さに驚きつつ見送る兵士と別れて教えて貰った場所へと向かい、特に何事もなく部屋の前に到着した。
(正直、部屋の前に警備兵とか居ると思ったけど、これも扱いの差か……)
そう思いながら扉をノックし返事を聞く前に部屋に入り込む。王族が住む城の1室とは思えない程に簡素な部屋の中、1人の少女が椅子に腰掛けていた。
夜を想起させる漆黒の短髪に、ソラーレ王女と同じ菫色の瞳。
―――ルーナリア・レーヴ第1王女。
【クリエイト・フューチャー】のラスボスであり、ヘイトを利用し殺したと言っていい相手である。