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3.洗脳魔法




「……」


(き、気まずい……)


トワル商人の屋敷から戻った俺は、自室にいるにも関わらず緊張していた。原因は扉の近くで待機している彼女―――ティエナである。

黒を基調としたメイド服に身を包むティエナは正に絵に描いたような美少女であり、そんな彼女と二人きりで緊張するなというのは前世社会人ヲタクの俺には難しいことこの上ない。


(こんなに綺麗なのにな……)


俺がティエナが良いと言った後、トワルさんから何度も問題ないかと聞かれつつも俺の意思が変わらないと悟るとあっさり契約成立となりティエナは正式に俺の専属メイドとなった。トワルさんの態度から恐らくティエナが『瞳違い』であるため契約出来るならしてしまおうという魂胆だったのではと考えると少しやるせなさを感じるが、貴族とはいえ10歳になったばかりの子供に出来ることはない。現状はこの世界の知識を蓄えることに専念しようと部屋にある本を読み進めていった。











「ヘイト様。夕食をお持ちしました」


「……あぁ、もうそんな時間か。ありがとう、ティエナ」


暫く本を読み進めている内に夕食の時間となっていたようで、ティエナが夕食を部屋に運んでくれていた。本当なら広間で食べるのだが、両親は俺を避けているので何かと理由をつけて食事を一緒にしない。それなら広間で食べるより自室で食べた方が落ち着くため、数日前から部屋で食べるようになったという訳だ。


「えっと、折角だから一緒に食べない?」


夕食を並び終えた後、俺を見続けているティエナにそう声を掛けるが首を横に振られ―――




「メイドが主人と同じテーブルに着くなど、あってはなりません。それに、小さい頃に()()()()()()()()私などにこのような豪華な食事は無用です」




そんな突然のカミングアウトに、俺は完全に固まってしまった。










私の主人であるヘイト・ダストールは、何を考えているかわからない人だ。

忌避の対象の『瞳違い』である私を見て、綺麗だなんて言って専属メイドとして契約するだなんて貴族も平民も絶対にしない。買った理由が暴力やほぼ無いとは思うが男の欲をぶつける先としてであれば簡単に納得出来たのだが、彼は私を多少盗み見る程度でどちらの意味でも手を出す素振りは今の所全くない。特に最近は何やら魔法について調べているようで会話も殆どなかった。


(それとも、いつ洗脳してくるか分からない恐怖に怯える私を見ていたいのか……)


ヘイト・ダストールが使用出来る闇属性魔法の異質な固有魔法である『洗脳』。現状私には使用されていないと私自身は思っているが、それすら洗脳で忘れるように命令されている可能性がある限り自分が正気であることは洗脳使用者のヘイト以外は証明出来ない。そんな危険人物には家族であっても誰も近付きたくないようで、そんな人物に専属メイドが付けばその相手の接触を全て押し付けられるのは道理だろう。そうしてヘイトと一緒にいる時間が長ければ、洗脳されるのも時間の問題と言える。


(別に洗脳されようが構わないから、その点だけは適任だったかな……)


一番古い記憶は、母が私に罵声を浴びせながら皿を投げつける光景だ。『瞳違い』である私にとって罵声と暴力は日常で初めの頃は泣くだけだったけれど、泣けばそれだけ苦痛が続くと分かってからは泣くことはなくなりそれと同時に味を感じなくなった。それから暫く暴力によって痛む身体を無理矢理動かし母の役に立つよう働いていたが、結局捨てるように商人に売られ此処にいる。


(考えても、私に自由意志なんてあるだけ無駄だけど)


夕食を持ちノックしてヘイトの自室に入る。今日の夕食はヘイトの希望により少し多めで、食後のデザートとして用意するように言われたクッキーをテーブルに並べる。


「ありがとう、ティエナ。それで、少しいいかな?」


「はい、なんでしょうか。ヘイト様」









「その……悪いんだけど、少しの間魔法をかけさせてもらってもいいかな?」








―――その言葉に、急速に心が冷めていくのと同時に遂に来たのかという諦観が私の中で渦巻いた。


「許可など必要ありません。元より私に拒否権など無いのですから、ヘイト様のお好きになさってください」


わざわざ私に許可を求めるのも、私自身に拒否権がないことを自覚させるための嫌がらせなのだろう。


「……そっか。じゃあ、いくよ」


少し悲しそうなヘイトの言葉と共に、私の中に何かが流れ込んでくる感覚を覚えた。これが恐らくヘイトの闇魔法の魔力だろうと認識し、私の意識がまだあることに疑問を持った所でヘイトは用意されたクッキーを手に取った。


「もし、何か違和感があったら教えてね」


「……?」


ヘイトの行動に更に疑問が増える中、ヘイトがそのクッキーを食べ―――







―――口の中に、甘みが広がった。






「……ぇ?」


突然の出来事に固まるが、その間も口の中はその幸せな味を伝え続けてくる。

 

「な、なんで……」


「その様子だと、味は上手く伝わってそうだね」


未だに戸惑う私にクッキーを食べ終え、ぎこちない笑みを浮かべるヘイトが目に映った。そうして、この現象の原因が彼の魔法であることを悟る。


「俺の洗脳魔法って自分が受けたものを洗脳相手に移し変えることが出来るんだけど、それなら味覚もいけるんじゃないかと思ってな」


そんな彼の言葉に私は絶句した。彼は移し変えるといった―――つまり、クッキーの味を私に移し変えたことで、彼自身は味覚を失ったのと同じ状況だった筈だ。それは私がいつも味わっている土でも食べているような感覚を彼は味わったということ。それが先程のぎこちない笑みの理由。





「……どうして、ですか」


―――口から、言葉が溢れてくる。



「洗脳すれば、そんなことよりも簡単に私を好きに出来ます!それに何より、貴方が苦渋を味わう必要も無いはずです!何故、貴方は……」


洪水のように溢れる言葉が止まらない。ずっと、彼のことが理解出来ない。いや、本当は理解しているのかもしれないが、それを私が認められないでいるだけなのかもしれない。


「確かにそうなんだろうけど、この魔法は俺の心も縛ると思うんだ。洗脳しなきゃ誰も信じられないような、そんな悪役にはなりたくないって俺は思うから」


そうして自嘲気味に笑いながら彼は言葉を続ける。


「それに、その……ティエナみたいな綺麗な子には笑っていて欲しいから。……って、これじゃただの自己満足かな」


少し照れたように顔を赤くし、視線を逸らす彼は―――いや、ヘイト様は優しさに満ち溢れていた。


「……これまでの非礼、心よりお詫び致します。ヘイト様」


「え!?いや、別に謝られることはされてないと思うけど……」


頭を深く下げ、謝罪をする私にあたふたするヘイト様の目をしっかりと見つめ私の本心を言葉にして伝える。


「専属メイドとして、そしてティエナ個人として、これから先ずっとヘイト様の支えになることを誓います」




―――こうして私は、本心からヘイト様の専属メイドになることを誓った。




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