2.専属メイド
「分かってはいたけど、思った以上に堪えるな……」
―――前世の記憶を思い出してから1週間。俺は家にいるメイドや執事、他の貴族と交流しようと色々思いつくことを試しているのだが会話は相手側から早々に打ち切られ、社交界も所謂お断り手紙のみで参加すら出来ない始末だ。
(自分で社交界を開催すればある程度の人は集まるだろうけど、それだと自分達より地位の低い貴族を脅して参加させてるようで気分が悪い上に評判は良くならないよな……)
一向に好転しない現状にどうしようか考えていると部屋の扉がノックされ、扉の外から食事の準備が出来たことを伝えられた。
「……来たかヘイト。待っていたぞ」
「まさか父上がいるとは思わず、遅くなり申し訳ありません」
食事が準備された広間に入ると父親であるグリド・ダストールが席についていたことに驚きつつも言葉を選び返答する。何せ、父上と今この場にいない母親であるセレフ・ダストールも他の者達と同じく洗脳魔法を会得してから俺を敬遠していたのだから。
「今日はお前に話があってな」
「話……ですか?」
「お前も10歳になった。そろそろ専属メイドでも見繕ってやろうと思ってな」
随分急な話に眉を顰めつつ、紅茶に口をつける父の顔を伺うが俺が見ていることを悟ると父はすぐに目を逸らしてしまった。
(俺への警戒は解けていない。ならば、専属メイドというのは名ばかりで俺の監視役と言った具合か……)
実の父親からですらこの扱いということに深い溜息が出そうになるのを何とか堪える。
―――その日の食事は、いつにも増して美味しく感じなかった。
◆
「よくお越しくださいました、ヘイト坊ちゃま。私は商人のトワルと申します。」
―――父から話があった翌日。
馬車で父が指定した屋敷に着くと、メイド2人を従えた小太り体型の男はトワルと名乗り恭しく礼をして出迎えた。
「グリド伯爵様よりお話は伺っております。さぁ、中へどうぞ」
「ありがとうございます」
トワルの案内でそこそこ広い客間に通されると、何人ものメイドが横一列に並んで待っていた。
「専属メイドをお探しとお聞きしましたので、ご準備しておりました。こちらで何人か見繕ってはいますが、念のため今用意出来る者は全て並ばせております」
トワルの言葉を受けてざっと見回してみる。年齢は高くても二十代後半と言ったところで下は俺と同年齢位の子まで幅広く、ギャルゲーの世界であるからなのか綺麗な子が多い。
(まぁ、仮に全員に父親の手が回っているとなると正直誰を選んでも一緒な気も―――)
ふとそこで、一番端で目立たない様に立つ同年齢と思われるメイドが視界に入った。
「……」
綺麗な小麦色な褐色の肌に透き通るような銀の長髪。片側は髪で覆われ見えないが、開けている左目は海のような深い青さに満ちていた。
「ヘイト坊ちゃま、どうかなさいましたか?」
「……すみません、少し気になる子がいて」
「おお、そうですか!」
俺の言葉に喜色の声を上げるトワルさんだったが、俺が彼女の所へ向かうと誰のことか分かったのかバツが悪そうな顔に変わった。
「へ、ヘイト坊ちゃま?もしかして、気になる子というのは……」
「この子だけど、何かまずかったでしょうか?」
「いやぁ、不味いということはないんですが……この娘はその……」
何やら歯切れの悪いトワルさんを不思議に思っていると、目の前の彼女が口を開いた。
「私を選ぶのは、お止めになった方が宜しいかと思います」
そうして彼女は片目を覆っていた髪を搔き上げ、右目を露わにする。
「………私は、『瞳違い』ですから」
―――彼女の右目は、左目と違い金色の輝きを携えていた。
◆
―――『瞳違い』とは、【クリエイト・フューチャー】に出てくる蔑称だ。
文字通り左右の瞳で色が違う所謂オッドアイのことを指すのだが、これが不吉の象徴としてかなり根強い差別対象となっている。メインヒロインの1人である主人公の魔法の師匠キャラがこの『瞳違い』であり、主人公にそのことが露呈した際の話は作中の泣ける話TOP5に入るレベルだ。
「……綺麗」
だが、そんなこととは関係なく俺は彼女の瞳を見て自然と言葉が溢れていた。褐色の肌に銀の長髪、そして金と青のオッドアイ全てがそれぞれを引き立て合っている。
「……ぇ?」
彼女は自分が何を言われたのか理解出来なかったのか、俺を見て呆けた表情をしていたが俺の心は既に決まっていた。先程から『瞳違い』について語るトワルさんに向き直る。
(どうせなら、自分の心に素直に選びたいしな)
「トワルさん。俺、この子がいいです」