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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

作られたミサンドリ~もしも男と女が殺し合いを始めたら~ (ツイフェミ女たちがレイプ魔の男たちと戦う)

作者: 変態風

昨今、ツイフェミとアンチツイフェミによる戦いが激化したように感じられます。このお話は、もしもそれが実際に戦争として起こってしまったらという仮定のもと、書いております。


特定の性別に関する誹謗中傷などは一切受け付けておりません。


また、文章内では、客観的文章と主観的文章が交互に入り乱れます。<>内は客観的文章、それ以外は主人公の主観的文章であることにご留意ください。

<21世紀に突入したこの世界では、男性による女性への差別が横行しており、男性は女性たちを自分たちとは違う下等な存在と見なしていた。また、国連憲章において女子差別撤廃条約の文言は未だ記載されてはいなかった。>


<2028年、世界初の人工精子が開発された。この技術には莫大な投資が充てられ、各国がこの技術を巡る開発競争が、この年から端を発した。>


<2030年3月8日15:43のことであった。アメリカ特殊技術管理官として潜伏していた女性エージェント、マリア・フェリーぺは人工精子に関するあらゆる情報を掴み、それらを誰もが簡単に使用することのできる汎用さを兼ね備えた製品を秘密裏に開発した。>


<その後彼女は、女性だけの軍隊を発足し、アフリカ東部の、現在はフェミニタール市にあたる旧スーダンや旧南スーダンおよび、旧エリトリアの大部分を占領した。ここに、世界初の女性だけの国家「ウーマニア」が誕生したのだ。>


<こうした情勢を受け、世界各国がウーマニアもといマリア・フェリーぺに対し、猛抗議と猛批判が展開され、国連軍の派遣が決定されたのだが、世界フェミニズム連合はこれに対し、ウーマニアを支援するといった声明を発表し、様々な紛争や女性差別に対して何の解決策も見出せていない国連のこの決定は断固として認められることはないとして、紛糾した。>


<ウーマニアは占領から一か月も経たないうちに、大陸間弾道ミサイルを開発し、周辺国家そして世界中に対して牽制を行った。それと同時に、周辺国家に対して宣戦を布告し、占領地域の拡大を図ることとなった。世界中でフェミニズム運動が激化し、急速に波及した。当時としてはアフリカの辺境に位置していただけのウーマニアに、国籍を変更して移住を選択した女性も決して少なくはなかった。>


<しかし2031年、男性の研究者による、世界初の人工卵子が開発された。世界中の男性たちはこれを機に、ウーマニアに対抗する男性国家連合軍を結成した。そして、世界中の男性たちは道端の女性たちに対する性的暴行を働くこととなった。レイプの被害者や女性に対する殺人事件は日を追うごとに上昇することとなり、その不安感からかウーマニア人となる女性たちの数はさらに増大し、大勢の人間による国家間移動が昼夜問わず発生し、世界中はさらなる混乱の時代に突入した。>


<その後、アフガニスタン、コンゴ、韓国、ミャンマー、イラン、サウジアラビア、エジプトで発生した、連合軍の各国政府による女性に対する大虐殺を皮切りに、ウーマニアによる全ての男性中心国家に対する宣戦布告が行われ、女性と男性による、お互いがお互いを憎しみ合い、殺し合う地獄の大戦争が繰り広げられた。>


第一章 「アカ要塞攻略戦」


「もし、妊娠弾に当たったら、その忌み子を産む?それとも、自殺を選ぶ?」

「――私なら、自殺を選ぶ。」


それが、彼女と交わした最後の会話だった。


<ウーマニア軍日本支部の現在の目標は、巨大な壁が背後に佇む北横浜地区の戦いの最後の砦である、男性連合軍の重要拠点「アカ要塞」の制圧であった。そこには、合計1万の男性兵が待ち構えており、世界最重要軍事都市の一つである「トーキョー」へのウーマニア軍の侵入を徹底的に妨げる役割を果たしていた。そんな要塞が、現在旧川崎地区及びその奥のトーキョーと、北横浜地区の間に連なる巨大な壁がある方面を除く、三方からなるウーマニア軍の包囲作戦によって陥落間近となっている。>


<冴羽ユリは高田少尉率いる日本支部第三特別小隊に所属しており、その現在位置は包囲されたアカ要塞の端から約300メートルの激戦区の真っ只中であった。>


この戦争はただの戦争ではない。私たちの生き残りを賭けた戦争だ。過去発生した人類の二度の大戦の最前線は、そこら中が死体で覆いつくされていた惨たらしい場所だった。だがそれはまだ良い方であった。この戦争の最前線には、死体だけがあるわけではない。


妊娠弾の餌食となり、兵士として重要な機動力を奪われ、想像を絶する痛みを伴いながら連合軍と言う悪魔の子を孕んでしまった屈辱に苦しめられている腹ボテ達が横たわっているのだ。


彼女らは生き残る者もいるが、大抵は一般の狙撃銃に撃たれ命を落とすか、自殺を選択する。例え生き残ったとしても、悪魔の子を産み落とした「母」はその子供を例外なく最優先に愛してしまうという特性が備わってしまうため、悪魔の子を捨てる勇気や覚悟など毛頭なくなり、ここウーマニアでは生涯にわたって差別され続ける運命にある。生き残って敵に捕まった者は、それ以上の地獄を経験する。


私たちは、この悪魔の兵器を許さない。この戦争を許さない。すべての男性を許さない。


<第三特別小隊が一斉攻撃を始めてからはや5分が経過する。周りの女性兵たちが次々と倒れていく中、高田少尉の四年に渡る地獄の猛特訓を掻い潜り抜けてきた冴羽は、アカ要塞まで残り50メートルの地点に到達する。>


<しかし彼女が気が付かぬうちに、要塞の壁に隠れていた一人の男性兵がひそかにスコープで彼女の全体像を捉える。銃口を向けられた彼女は、たちまちスナイパーライフルの狙撃の的になってしまう。>


<しかし狙撃兵と彼女までの距離はわずか50メートル。妊娠弾に切り替えても十分届く長さだ。男性兵はまだ妊娠弾による狙撃を行っていなかったため、弾倉の入れ替えを行おうか一瞬迷いを見せる。

そしてその隙を見逃さなかった、後方200メートルの高田少尉が男性兵を狙撃し返し、その弾丸が男性兵の頭上に命中した。冴羽はそのままアカ要塞内部への侵入に成功する。>


そこら中からは男たちによる怒号が飛び交う。難攻不落の要塞に侵入したたった一人の女性兵士を仕留めるのに、どのくらいの人的資源を用意するのかの激しい言い争いが行われているらしい。現在出動可能な兵士の人数にも余裕がないように感じられる。

しかしこちらにとっても、見つかってしまうまで時間の問題だ。アカ要塞の内部構造に関しては、高田少尉に頭が割れてしまうほど徹底的に叩き込まれたから隅々までよく理解しており、かつものすごく広大な空間ではあるものの、少なくない監視カメラもあり、いずれは1万の兵のうちの一人には必ず見つかってしまうだろう。

私たちのアカ要塞の作戦としては、要塞に侵入後軽量の毒ガス発生装置を要塞内に散布するというものだ。だが、毒ガスは使用に際しての規制が厳しく、このガスは曝露者を殺さず気絶させるのみで、かつただ散布させるだけでは空気中ですぐさま分解してしまい、この広い要塞ではあまり効果がない。大人数の作戦における使用を想定しているからだ。


そこで、プランBである。まず監視カメラの死角で休憩中の男性兵のすぐそばでガスを発生、気絶させたところでその衣服を奪う。裸の男の体やその衣服の臭いが不快であるだとか、そんなことを前提に置いてしまえばこの作戦は実行すらできないと私は腹を括った。


次に、この広い要塞内で換気を効率的に行うための専用管理室があるはずなので、そこに向かう。この管理室に毒ガスを散布することで、要塞内の各地に備え付けられている換気扇を通して、全体に行き渡らせることがプランBの概要である。


「クソ…俺も壁を通りてぇよ…」

「まぁま、この作戦を生き延びたら、女でも抱いて殺そうや、な。」

そこには当然のごとく、こちらの作戦を既に見抜いている数人の男性兵らが待ち構えており、周囲を警戒しながら見張っていた。だが私は何食わぬ顔でそこへと向かい、あらかじめ訓練された男声の出し方の質を高めるため、軽く咳払いをして言う。


「コホン、君たちは確か…換気扇の管理を任されているそうだね。外部における兵士の人員不足が嘆かれている。ここの担当は俺一人に回されたから、君たちは一旦指令室に戻って指揮系統の指示を待て。」

「いや、俺らはここの護衛を担当するように言われたぜ?佐藤中尉からよ。」

「狙撃兵が各個撃破されているのだ。このような場所に人的リソースを割く余裕がないとの命令だ。これは田代大尉から緊急で下されたものだ。」

この要塞の人員数の多さに賭け、運試しに架空の人物の名前を口にする。

「田代なんて名前の大尉いたかな…?ここ人多すぎてあんまり名前覚えてねぇし…。仕方がねぇ、お前らずらかるぞ。」

大当たりだ。今日はすこぶる運が良い。しかし、ピンチは思いもよらぬ形で訪れる。

「に、二等兵のおっちゃん。こいつ何か女っぽくねぇか?」

若い呆けた面をした男性兵に容姿がバレ始めた。少しまずい状況だ。

「何言ってんだ青二才。上からの命令だぞ。」

「だ、だってよぉ。胸とケツが少しでけぇんだぜ。それに、男くせぇけど、そん中にかすかにお、女の匂いがする。」

「てめぇ童貞のくせによくそんなことが分かるなぁ。確かに言われてみたら…お前ら、こいつに銃を構えろ。」

最大のピンチが到来する。私は必死に考えを巡らせた。そしてふとあの重苦しい過去を思い出す。


母が殺された______


その知らせが私のところに舞い込んできたのは、まだ10歳にも満たない頃だった。母はそれほど位の高い職には就けておらず、私たちの毎日の生活に余裕のある日はなかった。それでも当時の私は、そんな母が好きだった。母は私を愛してくれていた。


だがもう、母を愛せない。何故なら、奴にレイプされたから。


ただレイプされただけではない。洗脳されたのだ。自ら求めるように、喜ぶように脳を改造されたのだ。だから、見つかった母の死体はもう母ではない。彼女のせいではない____と周囲の人たちは言う。でも私は母に似た何かを、もう愛することなどできない。


奴の名前は、「柊彰人」。別名「強姦王」と呼ばれている。これまでに約1000人以上の女性たちを戦地にて強姦・殺害を繰り返している第一級戦争犯罪者だ。


母が殺されたあの日から、奴に対する途方もない怒りを植え付けられた。そして、高田早苗少尉の下で特別強化訓練を受け、私は一般的な男性の筋力を圧倒的に上回る一人前の兵卒へと成りあがったのだ。


ふと、高田少尉が常日頃言っていたことを思い出す。「男たちは己の快楽の追求のためには、どんな手段をするのにも容赦がない。だからこそ我々も、どんなに下劣で名誉なき作戦であろうと、チャンスがあれば手段を選ばず実行すべきだ。」


アカ要塞は包囲されてから少なくとも2日は経っている。男性兵らはその間、要塞の周囲を徹底抗戦してはいるものの、侵攻してウーマニア軍の捕虜を捕らえたわけではない。相当の性的欲求が溜まっているはずなのだ。私はそれを利用することにした。


バチュッ


思い切り衣服を引き裂き、裸の上半身を顕わにする。きつく抑えていた自身のモノが解放されるのを肌で感じる。


全員が唖然とし、私の上半身に釘付けになる。

「うわっ、おっぱいだぁ!!やっぱりおん___」


今だ。


私はこのチャンスを見逃すことなく、毒ガス発生装置を管理室のガラス窓に向かって思い切り投げた。パリンとガラスが割れ、装置が管理室内部で作動する。

男兵士が銃を発射したと同時に、タイミングよく私は上体を倒してうつ伏せになり、銃弾を躱した。やがて割れた窓ガラスの穴からガスが漏れ出て、彼らの意識を一気に奪っていく。

私は背後に隠したガスマスクをうつ伏せになりながら手繰り寄せるが、間に合わず男たちとともに気絶することになってしまった。


<その後、全ての換気扇から高濃度の毒ガスがアカ要塞一帯を全体にわたって包み込み、内部にいた男性兵たちは一気に倒れていった。屋外の狙撃兵以外の戦力が、これにより一気に削がれたため、多くの女性兵が一斉に要塞内に雪崩れこみ、アカ要塞はウーマニア軍によってあっという間に制圧された。>


私が目覚めると、そこには最前線にいるはずのない天野大佐が私の戦果を絶賛している光景が初めに映り込んだ。

「いやはや、第三特別小隊の作戦には天晴だよ。この作戦は多くの犠牲も出たし、かなり奇を衒ったものだから、多分順調にはいかなかっただろう。今回うまくいった秘訣を教えてくれ。」

「男たちがあまりに単純で、愚かだったからです。」


外に行くと、高田少尉がいた。すぐさま駆け寄ったが、その傍には死体があった。一斉攻撃を開始するまで、共に話し合っていた仲間だったものだ。その腹は大きく膨れており、頭には弾痕がはっきり見える。

「彼女は選択し、そして私が殺した。」

高田少尉はそう言った。私は目に涙を貯める。

「最後の会話で、きちんと言葉を選んでいれば…」

「お前はよく頑張った。あの天野大佐から絶賛されたんだってな。」

「…まだ私の戦争は終わっていません。」

「あぁ…そうか。そうだな。」


戦場が一通り落ち着いてきた頃、私は高田少尉から要塞のとある場所へと案内される。そこには、特殊なベッドのような機械に特徴的な黒い軍服を着用している上級士官の男が横たわっていた。高田少尉は言う。

「冴羽。こいつはアカ要塞で唯一、奴の情報を握る、「上杉大尉」とか呼ばれているクソ野郎だ。今からコイツの口からお前の仇に関する情報を吐き出させる。」

高田少尉は機械を一通り動かす。その間、上杉という男は戯言を口にする。

「何の情報が欲しいんだ、女ども。拷問具にしちゃあ、随分可愛い見た目をしてるよなぁ。いかにも女らしい。」

高田少尉は尋問を始めた。

「お前は強姦王「柊彰人」と親しいらしいが…。奴の居場所はどこだ。奴の常日頃訪れている場所など、全て言え。」

「この俺がそんなことをゲロすると思ったのか、哀れな雌犬が。お前らは俺の尊大なるイチモツをぶち込んだら必ず潮を吹いて泣きわめく。俺が出会ったマ〇コは皆怯えがががぎゃああぁぁぁあああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあ!!!」

上杉は突然、耳を劈くほどの大きな金切り声を上げた。

「はぁ…はぁ…な、何だ…この痛みは…今まで経験したことがね…うがぎゃあああぁぁあっぁぁぁぁああああっぁああぁぁやめれええぇええぇえぇあああぁああぁぁぁぁぁ!!!!!」

「この機械は、出産の苦痛をそのままお届けする。お前らが経験することのない、我らの痛みを思い知らせるためのな。これ以上苦痛を味わいたくないのなら、そのへらず口はただ奴の居場所を言う時のみ動かせ。」

「あぁクソ…いい加減にしやがれ!!!この…ひぎゃああああああああぁぁあぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁあああああああああ!!!」

「奴の居場所だけを…言うんだ。」

上杉の目には涙がこぼれ始める。

「はぁ…はぁ…うわぁ!もうやめてくれ!!言う!!言うから!!」

「早くしろ。」

「はぁ…ふぅぅぅ…。正直言うとだな、あいつはいつもどこに行ってるのか、わからねぇんだ。」

「…」

「ほ、本当だ!あいつは世界中を又にかけて現地の女どもを抱いてやがる!どこに行くのかなんて完全にあいつの気分次第だ。」

「つまり、お前に聞いたのが間違いだったと。」

「…あぁ、違う!教える!代わりに、あいつがこれからどこに行って何をするのかをよ!ちょうど一週間後の午前9:00、あいつはあの場所を占領しようとする。」

「どこだ。」

「…繁栄の塔だ。」

「繁栄の塔?まさか平和の象徴たるあの場所に、奴が来るのか?あれが戦地になれば、この戦争は激化どころの騒ぎではない。核ミサイルが飛び交うことになる。そんなことをわざわざするなんて馬鹿げてる。」

「だが俺たちはあいつに加担していない。あいつ自身が独断でやるそうだ。」

「何?」

「あいつは常日頃からあそこに通おうとしてるのさ。だが戦犯になっちまってるから、入れねぇだろ?だから無理やり自分の私有地にしようとしてるんだ。」

「そこまでして奴はなぜあの場所に執着するんだ?」

「…あいつの考え方そのものに通ずるからだ。あいつは、愛を…欲してるんだ。」

「は?1000人以上もの同胞を死に追いやった奴が…か?」

「あぁ…そうだ。俺もよぉ、本当は…お前らのこと、ただの穴だと思ってた。自分の快楽のために利用するだけの、使い捨ての玩具だとな。…だが、あいつと出会ってから、考え方が変わったんだ。」

「何だと…」

「あいつは、世の女どもには俺たちと同じ心があると言ったんだ。俺たちをレイプ魔とか抜かして、被害者面してるだけの、ただのめんどくせぇオ〇ホなんかじゃなく、俺たちと同じ人間なんだとな。でも俺は反論した。女なんぞに共感できるもんなのか?女に人間の心があったのなら、正気に奴らを犯すことなんか無理じゃねぇのか?と。」

「…言葉を選べ。」

「だがあいつは断言した。だから良いんじゃないかと!女には、人間の心があるという前提のもと、ぶち犯してやることで、その心を破壊する!その過程が良いんじゃないかと、そう言った!同じ人間というものに、理不尽を押し付け、その形が保てなくなるまで徹底的に壊す!これほどまでに興奮するものなどない!俺はそこから新しい扉に目覚めた!そして今までよりも女をハメることにやりがいをがんんんんんじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい!!!!」

高田少尉は奴の遺言を聞き終わる前に、機械を動かした。

「もうお前は用済みだ。(振り返って)お前たち、あとでこいつを焼き払っておいてくれ。」

「了解、少尉。」

周りの女性兵士たちが、彼女に付いていくようにしてこの部屋を立ち去る準備を行う。私はこの一連の流れを見て、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「あああああああぁぁああぁぁあぁぁあ!!!!びいらぎばぁ!!がならずヴぉまえだぢぜんいんヴぉがんぜんなものにじだであげる!!ヴぉればぞれがだのじみだぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁああああああぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃああああああぁぁぁぁっぁああああぁああぁああああぁあああああ!!!!!!」

上杉はその後数時間に渡って叫び声を響き渡らせる。その声はだんだんと小さくなっていき、ついに聞こえなくなる。気が付くとそこには、白目を剥きながら、恐怖や憎悪、興奮、快楽といった様々な感情が入り混じったおどろおどろしい表情をした男の死体があった。


第二章 強姦王暗殺作戦


<冴羽ユリは、アカ要塞の巨大な壁を背にして、丸まってしゃがんでおり、今後の戦闘に際して不安を募らせていた。壁の向こう側には、旧川崎地区があり、さらに奥にはトーキョーがある。敵はすぐ後ろに存在し、お互いが睨み合いを続けている。>


私が奴を殺すことが出来るのか。それは分からない。第三特別小隊の皆は、その半数以上が死んだ。今回の作戦はうまく生き延びたのかもしれないが、次はこのようにはいかない。毎日身に付けているロケットペンダントを服から出して母の写真を覗く。そこには、満面の笑みを浮かべた母がいる。

彼女はもうどこにも存在しない。天国ではどんな表情をして、どんな感情で私を見つめているのだろうか。そこにいるのは私と暮らしたあの日の母なのだろうか、それとも奴のレイプを求め続ける未だ洗脳された状態の母なのだろうか。分からない、分からないよ。

「…ぅぅ…はぁ…グス。」

「誰か…泣いてるの?」

突然声がした。しかし、私の周りには誰もいない。空耳などではない、はっきりと聞こえたのだ。まさか…壁の向こう側からしたものなのか?

「…誰?」

「もしかして、君の声は壁の反対側からなの!?…どうして、泣いてるの?」

私は即座に警戒した。

「まず名を名乗れ。卑劣な男の分際で話しかけてくるんじゃない。」

「あ…ご、ごめん。僕の名前はユート。卑劣な男で申し訳ないけど、でも君が泣いてるのなら相談に乗るよ。」

心底不思議なものだった。敵でありながら私をさも友達であるかのように話しかけてくる。少し気味が悪かったものの、しかし私はユートと名乗るその人物への警戒を一時的に解くことにした。

「私の名は、冴羽ユリ。あなたもどうしてここにいるの。」

「僕は…そうだな。ずっとここで自然を見てたんだ。最近はすぐ近くが戦場になってて危険だったから行かなかったんだけれど、終わったからまたここに。」

「戦争は決して終わらない。あなたたちがいる限りは。」

「君はちょっと血の気が多いね。兵士出身なのかな。でも僕は戦争は嫌いだよ。男と女がお互い争わず、世界が平和になればいいのにって思ってる。君はどうして兵士になったんだい?」

「何でって、憎むべき敵に母が殺されたから。私は自分の人生の因縁に終止符を打ちたいから。私は奴を殺す、そのために兵士になった。」

「…そうだったんだ。もしその敵を殺した後は、君は何をするの?」

「あなたには残念だけれども、その後は世界中の男どもを皆殺しにする。そう決めているから。」

ユートと名乗る彼は、その後10秒くらい黙ってしまう。

「君は…どうして男性がそんなに嫌いなの?殺すのは、君のお母さんの仇だけでいいはずだよ。」

「女性が弱いから。母は弱いから殺されたんだ。だから自分たちの身を守るために戦わなければならない。私たちが戦わなければ、女性たちはみんなあなたたちにレイプされて殺される。私は…私だけは強くなければならない。」

「…弱いからか。僕の周りの大人たちは、女は男を殺したいと願ってるだけのただの下等な生物だって言ってた。でも、そうじゃないんじゃないかって、ずっと疑問に思ってたよ。」

「あなたはほんとに変わってる人なんだね。あなたは私とは違う方向で強くなろうとしている。」

「僕だって弱いさ。結局、人間は皆弱いだけなのかもしれない。だから、こんなことになってるのかもね。」

私は、彼の言っていることに少しばかり共感を覚えた。


<第三特別小隊はアカ要塞戦で大規模に人員を喪失してしまったものの、それを糧に少人数の精鋭部隊となったことを活かし、「強姦王暗殺作戦」の主要任務に駆り出されることとなった。目的地は旧甲府地区に聳え立つ「繁栄の塔」であり、この周囲20キロメートルの範囲内はウーマニアにとっても男性連合軍にとっても治外法権で、男女中立が保たれており、お互いの政治家たちはここで戦争の行く末に関する会談を行っている。>


<実際に柊彰人が当該建造物付近をたびたび周回しているという情報の元が取れ、上杉の言葉の信憑性が確実なものとなり、第三特別小隊は秘密裏に作戦を開始した。>


午前8:50、私たちは繁栄の塔エリアの領空内に侵入した大型戦闘機から順々に落下し、塔付近の地上50メートルでパラシュートを開いた。前列十数名が塔に潜入し、私もそれに続き正面の入口から入場した。内部では現地の職員たちはアサルトライフルを突き付けられ、両手を挙げていた。

既に放送管理局を占拠した仲間による、スピーカー越しの高田少尉のアナウンス声が聞こえてくる。

「繁栄の塔のすべての人員に伝えます。これから、「強姦王」の名を冠する柊彰人という連合軍の第一級戦争犯罪者がこの塔を占拠しにやってきます。我々ウーマニア軍第三特別小隊は平和のために職務を全うするあなた方を殺害しようなどとは少したりとも思っていません。ですので、速やかに我々の指示に従い、避難を開始してください。」

午前8:55  彼女のアナウンス通り、塔の職員たちを事前に確保された避難経路に沿って脱出口まで誘導する。

午前9:00 ちょうど時間通りに一通りの任務作業を完了し、私たちは塔のエントランスで奴の到着を今か今かと待ち構えていた。塔内部の入り口の隅に隠れながら、入り口からは完全に死角となるところに待機し、奴の入場の瞬間に銃撃をとことんお見舞いするつもりだ。


___奴が来ない。


奴が時間通りに来ない。この作戦は、ウーマニア国内においても軍事上層部の一部にしか伝えられていない。また、領空内に侵入した大型戦闘機とそこから降下するパラシュート群に気付いて、撤退したのだとしても、エリア内における徹底的な監視体制の目を掻い潜って逃げられるわけがない。このエリアは、アカ要塞のずさんな内部監視体制とはわけが違う。


そのまま3分が経過したのち、スピーカーではなく専用無線機から命令が伝えられる。

「第三特別小隊の総員に告ぐ。たった今入手した情報だ。午前三時に小型のキャリーケースを持った男が、裏ルートを介して塔内部に既に侵入していたことが発覚した。うち3名は塔の1,2階を徹底的に探索せよ。残り14名は2つの非常階段を登り、残りの19階を一人一階ずつ2分以内に制圧を完了し、非常階段の入り口で左右交互に待機せよ。男に気付かれぬよう、決して音を立てるな。」

1階に待機していた12名は10秒以内に役割を決める必要に迫られた。私は、最初の2秒で無線機に発言する。

「マークY 6階と7階を担当します。」

6階はサーバ室、7階は倉庫になっており、内部構造は他の階よりも複雑だ。職員が訪れる頻度は月に一度あるかないかで、奴がいる可能性が最も高い。奴を殺すのは私だ。

第三特別小隊は一人一人が次々と別の階を指名し、緊急の作戦に手早く対応した。私は慎重に階段を上がり、作戦開始から1分を少し過ぎたあたりで6階の制圧を完了した。

「マークY 6階の制圧を完了」

誰よりも速いタイムで、サーバ室の全てを回りきったことに自信を得て、すぐに来た方の反対側の非常階段の入口へと向かった。そのまま階段を静かに登っている中、6-7階の踊り場付近に到着した時点で無線機から連絡が来る。

「マークZ 8階を制圧完了。続いて7階を担当します。」

どうやら8階の担当者が下りてくるようであった。誤伝達が起きてしまったのだろうか。だが私は、6階のついでに7階の制圧もしっかり無線機越しで伝えた自覚がある。確認のため、私はそのまま上り続けることにした。

エレベーター近くの段ボールだらけの廊下で同じ黒の迷彩服を着た仲間を発見する。私よりも随分早く到着していたみたいだった。この距離なら、無線機越しよりも直接話した方が早いだろう。私は彼女の方へと、無音のまましかし足早に向かった。彼女が振り返った。


グチャチャアアアアアァァァァ!!(半固体が飛び散る不快な音)


突然、左耳に聞き慣れたあの不快な音が横切る。左腕には分厚い布越しに、少しばかりの生暖かさが感じられる。ギリギリ肌には触れていないものの、服に付いた白い液体が滴っているのがわかった。背後を確認すると、その液体が飛び散っており、きれいに一本道が出来ていた。


妊娠弾だ。しかも普通のものではない。大量でかつ、拡散型の。


振り返って、自分に向けられた奇妙な形状の銃口と、もう一方の片手にある楕円っぽい形状をした全体的に黒くて青白く光る何か、そして奴の顔を確認する。男だ。そして、奴の正体に気付くのに1秒もかからなかった。8階を担当していた仲間は既に衣服を剥ぎ取られていたらしい。奴は、私がアカ要塞で行ったことと同じことをしていた。奴は目出し帽を下げ、口元をさらす。髭の生えた中年の、強張った顔の形をしている。この顔、このいで立ち、これが「強姦王」なのか。


2秒目には携帯していたはずのARと無線機を取り出そうと試みた。だが、既に手元からなくなっていた。何故かどこにもない。いくら手繰っても見つからないのだ。

「お前が今探しているのは…コレか?」

柊は口を開き、足元に転がっている2つを軽く足で小突く。ここでようやく、いつの間にかそれらが奴に奪われていたことに気付く。どのようにして取ったのだ。

「…返せ。」

「返せ…?これらは君が私に渡したものだろう。」

「は?」

「一度洗脳された者は、自分が洗脳されたことにすら気づいていないものなのさ。私の子を孕んで腹が膨れていることに未だ気付いていない、上の階にいるマークZとか言う裸の女と、そしてたった今の君みたいにな。あの上杉によるリークであると、さっき君は言ってた。君たちは俺が繁栄の塔を占領しにやって来たと思い込んでるようだが、実際は違う。データを回収するためだ。」

「…」

「そう、睨むんじゃない。少しはお互いに話し合おうじゃないか。」

私は、奴を目の前にして冷静さを保とうと試みる。そして口を開く。

「…やはり裏取引が絡んでいるわけか。リーク元は、繁栄の塔の侵入の理由として、お前が私たちを同じ人間として見ていて、「愛」と「平和」に関心があるなんて抜かしてたそうだが、あれはデマだったってことか?」

「いいや、本当に思っていることさ。繁栄の塔の平和思想は非常に興味深く思っている。しかも良いネーミングセンス。「繁栄」か。まさに人類を体現した言葉だ。現にあらゆる淑女の者たちに、私の子を産んでほしいと願ってる。」

「お前の「愛」や「平和」なんぞ紛い物でしかない。私は真の平和主義者を知っている。私たちはお互いを語り合ったんだ。本来憎むべき者同士が。」

「…ほぉ。その話は非常に興味深い。是非、聞かせてくれ。」

柊はしばらく目を細めながら神妙な顔をしてそう言い、その後私に思い切り近付き始めた。片手に持った黒い物体は、青白い光をより一層帯びて、輝き始めた。




「なるほど、そうか。やはりな。君たちには本当に驚かされるよ。じゃあもう、こんな中身のないただでかいだけの建物は要らないみたいだな。」


カチッ(スイッチが入る音)

<(巨大な爆発音)>


<塔が内部から大爆発を起こし、塔壁の主要な構成要素であるガラスがそこら中に散らばっていった。塔の真ん中の大部分が大破したため、特別展望室より上部の先端部が傾き、やがて塔本体と分離して落下してしまうこととなる。>


<鉄とケイ酸塩の焦げた臭いがする粉塵が辺りに撒き散らされることとなり、残り火は1日をかけても鎮火し尽くす気配が感じられなくなるほどに燃え盛った。上階のほとんどの兵はこの大爆発に巻き込まれ、ある者は体中が焼け焦げ、ある者はその肢体がバラバラに砕け散った。>


キイイイイイィィィィィィィ――――――ンンンン―――――――(耳鳴り)


耳鳴りがひどい…それに、ひどく咳き込む。火のパチパチとした音が聞こえ始める。

「ゴホッゴホッ…一体何が―――」

周囲が一瞬にして、割れたガラスと塔の壁の破片と、燃え広がる炎と大量の煙に包まれているのが分かった。そして、薄暗かったはずの廊下が妙に明るかったため、私は不意に上を見上げた。


天井は既に消失していた。というより何かしらの大爆発によって、跡形もなく崩壊していたという表現の方が近い。8階以上の仲間たちのほとんどが、もう生きているはずがないことを一瞬にして理解した。今頃塔は、伐採された原木の切り株のような姿に変わり果てているのだろう。爆発音に驚いた鳥たちの鳴き声と羽音がそこら中から響き渡る。


正面を向くと、奴がいた。ついさっきまでガラス窓が貼られていた場所の縁に立っている。そこから朝の光が、眩しく照り付けている。奴は背中に、最新の小型ジェットスーツのようなものを装着していた。手はずはもう整っており、すぐに脱出できる状態なのだろう。


「君の話を聞かせてもらったよ。それに比べれば、この塔の主張する「平和」などというものは、たかが知れてるのだなぁと感じたんだ。」

「…何をしたんだ。」

「もう用はないから、起爆させておいただけだ。念のため仕掛けておいたやつをね。」

「違う、どうやって私と、母親を洗脳したのだと聞いている!!」

「母親…?」

「冴羽朋美だ、10年も前の事だからもう覚えてないんだろうな!」

「あぁ…あの子か。勿論、私が犯した淑女たちの名前は全て記憶しているよ、安心してくれ。」

「…その手に持っている黒い物体だろ、それは何なんだ!」

「洗脳兵器V3。あぁ…ウーマニアにはまだ行き届いてない情報だったか。」

「どこでそれを見つけたんだ!誰が開発した!」

「この世界の誰かさ。もういいだろう、時間がない。そろそろ下の階の奴らがここに向かってくる頃だ。」

「…教えろ。」

「君とはまだお預けだなぁ。この時間内でやりきるのは、さすがにプロでも無理だ。仕方がない。でも…楽しみにしているよ、小さい兎ちゃん。ではさらばだ。」

奴はその瞬間、そこから飛び立った。最新式のジェットスーツは俊敏で、突風を防ぐために私が目を瞑っていた間で、奴はそこから消え去った。


「クソッ…」

仲間たちが駆け付け、私はその後回収された。3時間後、一部始終を高田少尉らに説明した。


「…そこで奴を取り逃がしました。私と、一対一の状況であったのにも関わらず…私は…。」

「大丈夫だ、そんなに思い詰めるほどのものでもない。だが、そのまま奴に対する怒りを膨らませておけ。次で奴を完全に仕留めよう。」

「…しかし。」

「監視カメラが奴の姿を捉えたんだ。これで我が軍は、連合軍側に口実を押し付けることが出来る。それに、洗脳兵器V3という存在も明らかになった。それらだけじゃない、何よりお前のいた階よりも下が無事だったのだからな。」

「どういうことですか?」

「6階のサーバ室だ。あそこにもC-4が見つかった。本来なら奴はそこも爆破しようと企んでいたらしいが、お前が7階にいたのだからうまく食い止められたんだ。」

「塔のサーバ室は、塔とその周辺のエリアの管理のみの独立したものです。世界全体のネットワークに関与しているほど重要な場所ではないはず。」

「奴はここに来る前にも、職員に賄賂を渡して裏ルートを利用していたんだ。それで自身の情報に関するデータをここに隠していた。奴はここに来たはいいものの、とある致命的な過ちを犯していたことに気付かぬまま去っていたんだ。…データの削除を忘れていたんだ。」

「まさか、削除されずにそのまま残っているということですか!?」

「あぁ、連合軍の最重要機密やらいたるところまでな。もう既に50%以上の解析が進んでいるらしい。奴らの暗号解読が進めば、ウーマニアは一気に形勢を逆転できる。」

「…本当なんですか。」

「あぁ、お前の成果だ。」

私たちは目を輝かせながらお互いを抱き寄せ、喜びを誓い合った。あんなに厳しかった高田少尉が子供みたいにはしゃいで、笑顔を見せてくれたのは、生まれて初めてだった。


私たちは喜び勇んだものの、心の中から不安が消え去ったわけではない。奴が私から何の情報を得たのかは、未だに謎のままだ。ユートが心配で仕方が無くなった。敵兵士と会話を試みてしまったことで、最悪彼は摘発を受けて、処刑されているのかもしれない。胸が張り裂けそうな思いで、頭の中にはアカ要塞の壁のことでいっぱいになっていた。


だが、高田少尉は私をあの場所に返すことを許可しなかった。というより、第三特別小隊らによる、繁栄の塔エリアの領域に関して、連合軍も介しての正当な手続きや証言尋問などがまだ終わっていないからだ。これには最低でも1か月はかかり、それまでは私たちの任務は未だ続行中なのである。


数日後、ようやくエリア内はウーマニア軍のものでも連合軍のものでもない、独立した領域であることの再確認がなされた。これにより、武装解除された敵兵士同士が誰でも手続きを介してエリア内に入場することが許可された。だが、強姦王を含む戦争犯罪者らによる再度の侵入を防止するための対策として、裏ルートの制圧とエリア内の監視がより一層強められた。


「強姦王の侵入はお前ら男どもが招いたことだろぉ!」

「お前らこそ、推測だけで許可なくこの領域に侵入しやがったんだろうが!クソ女!」

エリアの中心で、私服姿の男女同士が数十人でお互いに口論をしている様子が見られる。辺りには警察が配置されているため、それだけで済んではいるものの、いつ暴動が起きてもおかしくない状態だった。

私もあの中に加勢しようか数分迷っていたそんな時だった。


「かなりいざこざが起きているね。」

聞き慣れた声を耳にする。それは、アカ要塞の壁の向こう側から発せられた声のトーンと全く同じものであった。声がした方向を振り返る。


少年だ、私より3つぐらい年下の。彼の顔と服装を見て、思わず私は目を丸くして顔を赤らめて言った。

「あなたは――――まさか。」

「ユートだよ。どうしても君に会いたくて、ここまで来ちゃった。」

「そんな、私のためにわざわざ甲府まで…どうして。」

「あの後、君の名前を調べてみたんだ。そしたら、ほんとに驚いた。ものすごい戦果を挙げていたんだってね。」

「…敵兵士の活躍なんて目を瞑りたくなったでしょ?私は、あなたたちを殺すかもしれない。私はそれが怖いの。」

「僕は怖くない。何故なら、僕たちはお互いの目標に向かって、強くなろうとしているからだ。皆が弱いこんな世界でも、僕たちだけでも強くあろうとしているって思えば、自然と勇気が出てくる。」

私は、彼の言葉にほんの少し自分の心の中が慰められたような気がして、出したくない涙が出そうになる。私は顔を下に向けて目を抑え、必死にこらえる。

「あぁ…ごめんなさい。その…あなたが私と話したから…その…殺されるんじゃないかって…。実は誰にもそのこと、話してなかったんだけれど…無理やり…。」

「その敵の兵士に自白を強要されたんだね。でも、僕なら大丈夫。まだ周りの大人たちにはバレてないからさ。」

「よかった…」

「…ちょっとここ、色んな人が見てるし、色々と面倒なことになりそうだから…向こういこっか。」

「うん…そうだね。」

そのまま私たちは人気のない場所まで行き、両方ともベンチに腰掛けた。そして、お互いが知らない、ごくありふれたどうでもいいような話題を語り合った。私は彼の話を聞いて、ますます魅入ってしまった。


「うん、僕には兄がいたんだ。でも、戦争に駆り出されて…それで死んでしまったってのを聞いた。」

「あなたも身内を失くしてしまったんだね。でも、私みたいに復讐に囚われた悪魔になるんじゃなくて…平和を目指そうとするだなんて。信じられないよ。」

「強制的に駆り出されたってことだからね、それはおかしいんじゃないかって思ったんだ。それで、連合軍もウーマニア軍もどっちも人間だったってことが分かった。」

「そういうことだったんだ…あなたは本当に強い。私は、戦場ではうまくいってるのかもしれないけれど、まだ暴漢たちを許せるほどの器はない。」

「でも、兄が死んだ時はさすがに僕も、一晩中泣き明かした。1か月はそのことを引きずっててさ、それで毎日涙と鼻水で枕がびしょ濡れになったのは今でも忘れられなくって…ふふっ、アハッハッ。」

「ふふふ。」

私たちは笑い合った。その時はお互いが違う性別であることを完全に忘れられたのだ。私は、この時が人生で一番幸せなのかもしれないことを実感した。

「ねぇ、君は…僕と一緒に、世界平和を見てくれるかい?」

「…うーん、どうしよう。今すっごく迷ってて…」

「もちろん、僕は君の母の仇を討つことには賛成だ。でも、君の第二の目標…これを目指すのを…止めてほしい。君がそれを目指してしまったら…君自身が誰かの仇になってしまう。」

「うーん…」

「僕は…そんな君が見てられない。…約束、してくれるかな。」

「…分かった、約束ね。」

「…ありがとう。」


第三章 日本列島陽動作戦


<繁栄の塔のサーバ室から判明した暗号解読方法により、ウーマニア軍は連戦連勝を重ね、膠着していた戦線を追い上げ、連合軍の数人の幹部の暗殺にも成功し、戦況を確実に有利に進める結果となった。また、あれから二か月後で、捕虜約1000万人が秘密裏に東シナ海の地下2000メートルに横断しているトンネルを通って、中国大陸から沖縄諸島経由で九州に輸送されるという機密情報を傍受した。>


<これを受け、ウーマニア軍日本支部は海軍及び陸軍の全兵力を以て、史上最大の救出作戦を敢行することを決定した。>


「なぜ私たちを前線に連れて行かないのですか!!少尉!!」

高田少尉からアカ要塞での待機の旨の知らせを受けた私は、彼女に直接会いに行き、声を強く張り詰めた。

「もう少尉ではない。中尉だ。第三特別小隊はアカ要塞と繁栄の塔の戦いにおいて、57名いた人数が8名にまで大幅に減ってしまったのだ。それにより、我々は多大な戦果を挙げることが出来たが…私はもう君たちを殺せるほど、悪魔にはなりきれない。」

「私はウーマニアという国に忠誠をささげた一人の兵士!この世界の全ての女性のためならば、私の命がどうなろうと構いません!」

「…確かにこの作戦は、我々ウーマニアの運命を決する重要な戦いであり、これまでの戦いを鑑みれば史上最大規模になるのだろうが、それはこの戦争全体を通してではない。あくまでも始まりに過ぎないのだ。」

「え?」

「君たちが戦うのは、ウーマニアが1000万の捕虜を奪還した後だ。君たちはその兵力で、最重要目標のトーキョーを占領し、連合軍を日本列島から追い出すのだ。君たちは精鋭なのだ、数多くの戦場を乗り越えてきた者たちだ。だから、この作戦だけで君たちを失うわけにはいかない。若い人材をこれ以上減らすわけにはいかないんだ。分かったかな?」

「…はい。」

「それに、あれほど君たちに愛着を持つなと、上から指示されたのだが…やはりどうも難しいようだからね。」

「…分かりましたよ、少尉。あなたのお気配りに感謝いたします。」

「お前のためじゃない、ウーマニアのためだよ。それに何度も言うが…中尉だ。」

「ただ、一ついいですか?」

「何だ?」

「奴はそこに来ると思いますか?」

「分からない。塔のGPSによると、奴は今ベネズエラにいるらしい。ここ数週間はずっとあそこから日本に帰ってきていない。もし作戦が開始されれば、那覇地区は勿論、シャンハイやタイペイ、博多地区までもの空港が封鎖される。奴がわざわざ戦地に赴くとは思えん。安心したまえ。」

「…きっととんでもない過ちを犯したから、左遷されているんでしょうかね。」

「フフッ、だろうな。」


<ウーマニア軍日本支部は、数量二桁を超える、巡洋艦駆逐艦航空母艦及び強襲揚陸艦などに大型戦車を大量に詰め込み、相模港を発った。一方、地下トンネルを発見した陸軍の別動隊が九州の入り口付近を制圧し、待機中である。目標は、沖縄諸島那覇地区とその周囲500kmに及ぶ範囲である。ウーマニア軍は既に台北地区に軍事拠点を構えており、相模港発の艦艇群と合流して、防衛網を構築した。東シナ海に駐在していた男性連合軍の潜水艦はこの情報をキャッチし、中国大陸並びに日本列島の本部に緊急連絡を受け流し、即座に対応、さらに多くの戦艦・航空機を出動させることで、戦闘が開始された。>


<ウーマニア軍は強襲揚陸艦を沖縄本島に向かわせ、妨害する砲撃を次々と撃ち落としていった。そこで待機していた高田中尉は、第三特別小隊に思いを馳せる。>


<一方、冴羽ユリは高田中尉の言いつけをきちんと守り、アカ要塞に待機していた。休日は、少年と会話を交わしてお互いの近況を報告するというルーティーンを行っている。今日もいつもと同じように壁へと向かっているところであった。>


何かがおかしい。


私はその違和感をすぐに感じ取った。壁の前に立つと、何やら向こう側の騒がしい声と軍靴の音が絶え間なく聞こえてくる。監視塔などにも人がいる気配がない。壁の向こう側では、何が始まっているのだろうか。ユートは無事なのだろうか。


そして、この違和感は私の中で最悪の想定へと形を変え、そしてそれがついに体現されることとなった。


「撃てええええぇぇぇぇ!!!」

(爆発音と砲撃音と壁の瓦礫音)

壁越しからでも大きく聞こえてきたその声を合図に、巨大な轟音と砲撃音が連続で響き渡り、壁が一瞬で崩壊し、目の前で焼けつくような熱さと黄色い火の粉が舞った。


吹き飛ばされた私が次に目を開けた時には、壁に空いた穴から、巨大な戦車や多数の男性兵を載せたトラックが続々と入場してくる光景であった。空には、壁を越えてやって来た数十の地対空ミサイルが発射されており、その弾道はアカ要塞に向けられたものであった。

何が起こったのか全く分からず、私は唖然としていた。敵はなぜ南方へと向かわず、トーキョーから横浜に侵入するに至ったのか。1000万の女性兵士が解放されて、ウーマニア軍の形勢逆転に繋がってもよいと考えているのだろうか。


戦車群の砲身は一瞬私に対して向けられたものの、元の位置に戻って私を無視しながら前進した。その後、一つの戦車からそれを取り囲むように陣形を組んだ多くの男性兵らが出てきて、私の周囲を覆った。私服姿の私は、何の抵抗もできずに体を抑えつけられた。そしてそこから出てきた、黒服を身にまとった既視感のある顔をした男「柊彰人」はこう言った。


「久しぶりだね、小さい兎ちゃん。偶然ここにいたとは。」

「何故お前がここにいる。」

「君は、私がベネズエラなんぞに左遷されてると思っているんだろう?私が行った限りでは、あそこの淑女たちは、締まりはいいが…臭いがきつかったな。すべからく、好みではなかった。」

「そんなはずはない、それに何なんだこれは。何故今ここに来た。…まぁだが、今侵攻してきたところで無駄だったようだな。お前らは急に消えた我が軍の残存兵力を鑑みたんだろうがもう遅い。1000万の捕虜が解放され、もうじきお前らをあの世に迎えることになる!」

「捕虜…?なんのことだろうな…?彼女らは全員、捕虜ではなく私の淑女たちなのだがね…」

「何をとぼけてやがる…」

「あれは、嘘だ。」

「は?」

「1000万の捕虜など連れてくるわけがないだろう、馬鹿を言う。」

「何…?」

「嘘の暗号解読方法を塔に書き込んでおいたのさ。ちょっと数字を盛りすぎたが…まぁ、見事に引っかかってくれてよかった。」

「何だと!?だがウーマニア軍はその後連戦連勝を重ね、お前らの幹部も6人暗殺した。連合軍の指揮系統は不安定になり、日本列島の西半分を占領するに至った。どういうことだ!」

「君はうまい嘘の付き方を知ってるか?」

「…」

「…そう、嘘の中に真実を混ぜることだ。この壮大すぎるドッキリを事前にネタバレさせずに成功させるには、何人か犠牲になってもらう必要があった。あの上杉大尉にもね。」

「まさか、あの段階から既に企んでいたということか!?私たちを騙すためだけに。」

「あぁ…そのためには、君たちだけじゃなく多くの人々を洗脳する必要があった。なかなか苦労したものだ。だが今宵、ついにそれが報われる時がやって来た。(向き直って)さ、君たち連れていけ。」


私は、周囲の男性兵らに後ろ手に手錠をはめられ、そのまま戦車の中へと引きずられた。内部に入れられ、強制的に奴の隣に座らされる。戦車は、アカ要塞へと向かっており、その窓越しからは砲弾が応戦している仲間の女性兵たちを撃ち抜いている様子が見えた。V3を使わずにこのようなことを私にわざと見せびらかしている奴に対して、心底腹が立った。

「…なぜ洗脳しない?」

「君が素直に従うようじゃ、面白くないからな。君の…その反応が見たくて。だからまだ君はお預けだ。まぁま、すぐに犯してやる、そう焦るんじゃない。」

「クソやろ――」

私は手足をジタバタさせ、暴れようとする。だが、男性兵ががっちりと私の四肢をがっちりと掴んで離さず、逃れることなどできなかった。


<連合軍の戦車部隊・歩兵部隊は、応戦してきたアカ要塞に駐在している少人数の女性兵らを次々と各個撃破し、あっという間に二か月半前に陥落したはずのアカ要塞の奪還に成功した。その後、北横浜地区のみならず、全国規模で一斉に電撃侵攻を行い、ウーマニア軍のあらゆる軍事拠点を包囲・制圧した。偽の情報に踊らされていたウーマニア軍の艦艇群が、侵攻の知らせを受けて帰還を開始し始めた時には、既に連合軍が相模港の南端に到着していた頃であった。>


数時間かけて戦車がアカ要塞に到着後、そのまま降ろされた私は、男性兵らが走り回っている廊下を歩かされ、地下室へと連行させられた。

「…何をするつもりだ?」

「そうだな、楽しい宴といったところか。」

「は?」

「彼らの求める…まぁくだらない報酬みたいなものさ。本番はこれじゃない。」


地下室の様相を見て、私はギョッとした。そしてとてつもない恐怖感が心を締め付け、感情を支配した。中世ヨーロッパに存在するような、様々な錆びた鉄の拷問具がズラズラと並んでいたのだ。その部屋は、十分に掃除が行き届いておらず、血とその他の様々な人間の体液が腐ったような、強烈な刺激臭が鼻を襲い、著しい吐き気を催した。

要塞を占領していた時は、上層部からわざとこの部屋の存在を聞かされていなかっただけで、それを知りもせずに暮らしていた自分を振り返る。

「さっ、君の価値観を変える時が来たようだ。早速始めよう。」

奴が他の男性兵に何かしらの確認を取り、例の黒い物体V3を取り出す。そしてそこから後の内容が記憶から消え失せることとなった。


気が付いたころには、目の前に裸にされて突っ立っていた7人の第三特別小隊の仲間たちがいた。彼女らは後ろ手に縛られているでも、抵抗しているでもなく、ただそこに無表情で突っ立っていたのだ。私は、既に彼女らが洗脳されていることを理解した。

「皆…嘘だ。」

「パート1、まずは君を絶望させるところから。」

奴はそう言って、パンッと手を叩いた。その合図とともに、周囲の男性兵たちがベルトを外してズボンを脱ぎ、汚らしい下半身を見せつけた。すると、裸の仲間たちは揺蕩った表情に変化し、男性兵らに近付いて地面にしゃがみこんだ。そして片手でそれを握る。

「おい、やめろ!!やめさせろぉ!!」

私は半分泣きながら今まで出したことのない叫び声で必死にもがいたが、彼女らはためらいなく勢いよく口にくわえ始めた。言葉にできない気持ちの悪い音が部屋中に響き渡る。吐き気が止まらない。ダメだ。

「ううっ…ああああああああ!!!アヴォッ…ウロロロ…」

「大丈夫か?この程度で気分を悪くしてちゃあ、あとが大変だぞぉ。さ、喉まで試そう。最悪窒息してもいい。」

ただでさえ気持ちの悪い音がさらに激しくなる。実際に動いてこの音を鳴らしているのが男性兵ではなく、かつての仲間たちだった者であるという、目の前の光景が不快感をさらに加速させていく。仲間たちの口元からは、血が溢れ始め、歯が折れて体外に飛び出した者もいた。私は、涙と鼻水をこらえきれずにいた。

「はぁっ…あがぁ…ぐぅぅぅ…」


やがて男性兵らの半透明の液体が彼女らの口内から溢れ出てきた。彼女らはその瞬間に、ゴクリと飲み干す大きな音を喉越しから発する。その不快感も強烈で、耳が悶えて震えてしまう。しかし、中には飲み切れずに窒息しそうになり、吐き出す者もいた。

「まぁ…たとえ洗脳したとしても、生理現象としてそうなるもんか…。でも個人差によるだろう。」

奴はそう言って、吐き出した者にすかさず妊娠弾を直接当てた。半透明の液体がグチャと音を鳴らして飛び散ったと同時に、彼女の腹はみるみる膨れ、下半身から溢れ出た血が周りの床を覆う。だが彼女は笑っていた。まるで幸せに満ちているかのように。

そして奴はとんでもないことを口にした。

「中から赤ん坊を取り出せ。」

男性兵がすかさず自身の携帯していたナイフを取り出し、彼女に近付いた。

「やめろ…いやだ!な、何でそんなことするんだよ!」

「妊娠弾を当てた淑女は必ず血を流す。それでは、我が子は窒息してしまうだろう。だから、こうやって帝王切開をして取り出すのだ。」

「嘘…いやだ。やめて。お願い。お願い、彼女の命だけは。」

「安心してくれ、これは彼女の望んだことだから。男に孕まされ、殺されることがね。ほら、その証拠に、あんなにも笑っているじゃないか。」

「洗脳したくせに!!」

「彼女は自らの願いを叶えて死ぬんだ。」

「ふざけるな!!」

「これが真の「愛」だ。」

「いやああああああああぁぁあぁあああぁあああぁぁあぁあぁあああ!!!!!!」


肉が切れるような鈍い音とグチャグチャとした内臓が飛び出すような音が頭の中で反復している。私の心が、体が、暗闇に落ちていく。私はそこから後の記憶が朧げではあるものの、完全な形を保つことが出来なくなっていった。だが、終わりの見えない薄暗いトンネルの中で、遠くから奴の声と、かつて仲間たちだった者の不快な喘ぎ声が響き渡っていることだけはわかる。


「…あーあ、ついにマグロになってしまったか。君のメンタルを高く見積もりすぎて、少し絶望させすぎたのかもしれない。これじゃ、V3を使ったとしても、全く変わらないじゃあないか。まぁいい、とりあえず…せっかくここに来たし。一発確かめてみようか。」





目覚めると、電気はすでに消えており、辺りが真っ暗な状態であった。重い瞼を擦り、ゆっくりと上体を起こして、辺りの光景を見渡そうとするが、何も見えない。立ち上がろうとして震える腰を上げた途端、ふと下半身に強烈な痛みが走った。左手で触ると、ドロドロの液体で濡れていることがわかる。


左手は、鉄の臭いと腐った海の臭いがした。


その腐った海の臭いは、嗅ぎたくもなかった奴の臭いが混ざっている様に感じられた。


薄明りを頼りにだんだんと目が慣れ始めてきた頃、ようやく私の周りに仲間たちの死体が横たわっていたことに気が付いた。一人は縛られたまま足もろとも下半身をグチャグチャにされており、一人は体中に引きずり跡が浮き出たまま首を吊っており、一人は両胸を切り取られており、それに使われたであろうナイフが心臓に突き刺さったまま、壁に背を向けていた。

「ううぅ…スス…ううぁ…」

私は絶望した。うめき声を上げて、すすり泣いた。そして私の心は再び暗闇の中に落ち、薄暗い、終わりの見えないトンネルの中へと入りこんだ。


第四章 冴羽ユリVS柊彰人


「ユリ…」

声がした。ような気がした。


「ど…にい…の」

声がした。でもほとんど聞こえない。


「だ…も…ない…から…んじ…て」

声がした。小さく連続で。


「こ…をだ…て」

声がした。だんだん大きくなる。


「こえをだして」

声がした。ようやくはっきりと聞こえ始める。


「こえをだして!!」

あの声がした。週に一回は聞いたあの声がした。いつも安心できるあの声がした。応えなければ、私は、この声に応えなければならない。


「わだじは…ごご…たずげで!!」

「ユリ!!」

活発な足音が聞こえ、それが大きくなる。ほんの少しして、目の前には懐中電灯を手に取った、若い少年が立っていた。

「ユリ!そこにいるの!?」

「うぅ…」

ユートは懐中電灯を私の方に照らした。その光はあまりに眩しくて、私は目を瞑る。その光の中に何が見えたのか悟った彼は、驚きで大声を上げる。

「うわぁ!!嘘だ…こんな。こんなの、あんまりだ…」

私は目を抑えたまま、彼に説明する。

「あいつが…でも…私は何も…できなくて…。私のせいで…。グスッ、うぐっ、スッ…」

私は彼が目の前にいるのにもかかわらず、弱弱しく泣き始める。私は彼と会うたびに泣いてばかりだ。まだ薄暗いトンネルの中でまださまよい続けている、弱い女だ。私は。

「もう私は何もできない…もう強くなんてない。あいつを倒すことなんて…無理だ。もう。死にたい、死にたいよ。…子供を産んでしまう前に。」

私が絶え絶えに口を動かしている間で、いくつかの足音が近づいてきて、体が抱きしめられたのを感じた。懐中電灯の光と涙でまだ前が何も見えなかったが、それが彼の匂いと暖かさをより一層感じられた。

「…ユリ、死んじゃだめだ。僕たちは約束しただろ。世界平和を一緒に見るんだって。それまでは死ねないだろ。僕たちは、強くなくちゃならない。」

「見れない…まだ私は…男に希望を抱けない…」

「少しずつでいいさ。」

「私は、奴だから…奴の子だから…産みたくないわけじゃない。それもあるけど…でも…こんな世界に…子供なんて産むことなんてできないよ。こんな残酷な世界で…私は…」

「だが君は…まだ妊娠しているわけじゃない。君の仇の子供を妊娠したのかなんてまだ分からないじゃないか。」

「え…」

私は自身の腹に手を当ててみる。妊娠弾による膨らみは感じられない。いつも通りの上半身だ。

「もし妊娠していたのだとしても…だ。子を産まないという選択をするのなら…それでいい。君の産んだ悪魔の子を、悪魔にしないために…その選択も必要だ。僕たちは、世界平和を実現するためには、それも少なからず必要だと思う。」

「…」

「もし子供を産みたいというのなら…僕たちが精一杯甘やかして育てなきゃならないだろ?」

「ユート…」

私は、薄暗いトンネルの出口の光を見つけ、そこへと向かった。そして、瞼を開き、目と鼻の先にいる彼の顔を見た。彼の目は、ほんの少しうるうると涙ぐんでいた。彼に見えている私の顔は、もっと酷く涙を垂れ流しているのだろう。


私は口づけをした。生まれてから初めて一切感じたことのなかった感情が溢れ出た。この戦争で抑えつけられていたそれが、ようやく形になって解放されたように感じた。


それは「愛」だった。それは人類がこの時代で最も忘れていたものだった。お互いに殺し合い、罵り合い、残酷になれるこの時代で。




「どうすれば奴を殺せるんだろ…」

私は深く思案する。洗脳兵器V3が柊彰人の手の中にある限り、奴を殺すことなどできない。ユートは洗脳されないのではないかとも思ったが、奴の発言を振り返ってみると、どうやら女性だけでなく男性すらも奴は洗脳できるから、その作戦は無意味だ。

「ユリ。少し疑問に思ったんだけれど…」

「何?」

「僕がここに来た時、誰も見かけなかったんだけど…これって普通のことなのかな?」

「え…嘘?男性兵も…女性兵も…?」

「うん。ほんとに誰もいなかった…。今もほら、全く足音聞こえないでしょ?」

「確かに…。」

私は耳を澄ませる。そして、思い出したくもない数時間前の記憶を、無理やり掘り返してみることにした。すると確かに、ここが地下室だとしても、ついさっきはドタバタと足音が聞こえていたのだということに気付く。だが今はシーンと静まり返っている。


「実は…君の所に駆けつけてきたのも、外に多くの兵士たちがいて、そこで君がどこにいるのか聞いたからなんだ。」

「じゃあ、男性兵はこの要塞から全員出ていて、外で待機してるってこと?」

「うん、そうだね。」

「ウーマニア軍の皆は!?今どうなっているの!」

「ごめん、分からないんだ。僕は彼女らを見てなくて…」

「…そう。でも、この要塞で何かが起ころうとしているってことね。分かった。」

「とりあえず、ここから出よう。…立てる?」

「うん、大丈夫。…あっ!」

足が痺れて立とうとしても、膝が崩れて咄嗟に手を付いてしまう。


「慎重に…ゆっくり…」

ユートの手を借り、とりあえず壁にもたれかかりながらも、足を立たせるよう必死にもがいた。そして私たちはそのまま二人三脚で、地下室の階段を一段一段丁寧に登っていく。私たちは、一歩ずつ暗闇から這い上がる。


地下室から抜け出た時には、もう足を動かすのにすっかり慣れ始め、彼の力を借りなくても歩ける状態になった。左右に連なる廊下はまだ薄暗くはあったものの、LEDの白い光がぽつりぽつりと照らされていたため、十分、中の様子が見れる明るさだ。

「…どっち行く?」

「僕が来たのは左から。だから、要塞の奥に行くんだとしたら、右に行くべきだと思う。」

私たちはその方向へと足を向け、歩き始めた。そして突き当りの角を曲がって、そこにあったものを目の当たりにして声を上げる。

「「うわっ!!」」


死体だった。頭部はグチャグチャにされており、男なのか女なのか判別が付かなかった。それは見たこともない迷彩柄の服と、防弾アーマ―を身に付けており、傍には弾倉を装填済みのアサルトライフルと無線機があった。

「これ…私が繁栄の塔で奴に取られたもの…」

「え?どういうこと?」

「まさか…!」


私が今どういう状況に陥っているのかを何となく察した瞬間、無線機のスピーカーから大音量で声が発せられた。その声の主は言うまでもない。

「やぁ…少年少女たち。おめでとう、パート2を抜け出せたようだね。いよいよ、パート3、真実の時間へと足を踏み入れることになる。」

「やはりお前か…柊彰人!!」

私はその無線機に向かって叫んだ。その叫びもむなしく、奴はそれに応えるでもなく続けた。

「さ、少女はその死体から、必要な装備を取り、先へ進んでくれ。少年はそこで待機してく―――」

絶望感で消え失せていた奴に対する怒りが再び噴出し、私は無線機を踏みつぶし、奴の音声をぶつ切りにした。

「奴は私を弄んでる。奴自身の歪な愛が正しいことを、証明しようとしているんだ。危険かもしれないけれど…でも、一緒に行こう。どうせ洗脳されたら好き勝手されるんだ。だったら奴の心を折ってやらなきゃ…どうしたの?」

ユートは無表情のまま、視線を床に向けて顔を下に向けていた。その手は震えていて、体中から冷や汗が出ている。様子が変だ。

「行ってくれ。」

「え?」

「僕を置いて行ってくれ。頼む。」

「…分かった。」

私は少し彼のことを不安に思ったが、それでも一旦忘れて彼の言う通りにすることにした。死体の腐敗臭を我慢して必死に鼻を抑えながら、上半身にアーマ―を、下半身にズボンと動きやすい軍靴の紐を結び、アサルトライフルを携えて彼に別れを告げる。


私はさっきまでの足の痺れをものともせず、ひたすらに奴に対する怒りのエネルギーを足に集中させ、走り続ける。2か月前にはそれほどなかったであろう監視カメラが、そこら中に張り巡らされているのを見かける。奴は私の様子を覗き見て、一体何をしようとしているのだろうか。


やがて、複数の誰もいない廊下と曲がり角を走り抜けて、ついに黒服の男を見つけた。片手には例の物体を持ち合わせている。奴だ。

「やぁ…来たね。」

「死ね!!」

アサルトライフルの銃口を向け、トリガーを引いて十数発を発射する。しかし、気付いたら奴は消えており、壁と床に弾痕だけが見える。奴はあの瞬間に、どのようにして消え失せたのだ。


「君に真実を伝えようと…」

後ろからまた奴の声がしたので、またさらに数発ほど奴に撃ったが、また姿を消してしまった。

「クソ…」

「その銃の弾の数はたった30発しかない。有効に使った方が良いぞ。」

また奴の声が響く。その方向に銃口を向けるも、トリガーを引かずに奴の姿を追う。やはり奴はこの場から、ふっと煙のように一瞬で消えている。洗脳兵器V3を使っているのだろうか。そしてまた違う方向から声が聞こえてくる。

「…さっきみたいに、もう君に何かするわけじゃない。ただ、私がV3を使うよりも早く、君がその銃で私を撃ち抜いたのなら、君の勝ちということだけだ。」

「…ぶっ殺す。」

「あぁ、君ならできる。私は時を止めるわけではない。そのトリガーを引く前に、君を洗脳状態にすることで銃弾を躱すだけだ。大事なのはタイミングだ。君が洗脳されても、その前にトリガーを引いていたら…弾は嘘を付かない。」

「…クソ野郎。」

「まぁ、考えて使うことだ…なんて台詞を言おうとしたものの、君があの無線機を破壊しちゃったからね。」

「…」

隠れてマガジンを外し、残りの弾数を確認する。もう十発程度しか残っていない。だが私は念のため、そこから一発を取り出してポケットにしまった。


「あの絶望からよく這い上がって来たものだ。やはり君は強い。」

「…」

「ところで、なぜ私がこんなことをしているのか分かるかな?…分からないだろう。」

「…知るか。」

「君に世界の真実を教えたくてね。」

「…くだらない。」

「まず一つ質問だ。君はウーマニアで何を学んだんだ?男性という生物がどういう存在であるかを教え込まれた?」

「…」

「自分をレイプしようとしてくる残虐な悪魔…なんだろ。」

「…今はそうは、思ってない。」

「そうか。どうして今はそう思っていないんだ?」

「お前ももう分かっているだろうが。…彼と出会ったからだ。」

「そうか…ここでようやく一つ結論が出てくるよな。それは、君の言う「彼」が正しくて…この世界がおかしいんじゃないかと君が思い始めているということさ。」

「どういうことだ。」

「君は彼を愛し、彼は君を愛した。そしてさっき君は彼と熱いキスを交わした。…そうだろう?」

「な、いつ撮ってやがった!」

「今の世界じゃありえないことだ。だが、これこそが本来の世界の形だったのだ。この世界は元々、男女同士の愛によって成り立っていたのだ。」

私は数秒沈黙した。その後口を開いた。


「…いいや!21世紀になっても、男性による女性への差別は変わることがなかった。だから、マリア・フェリーペはウーマニアを作ったんだ。」

「なぜ「21世紀になっても」という文言を使う。まるで21世紀が特別なものみたいじゃないか。じゃあ、他の世紀ではどうなんだ?なぜ「18世紀になっても」という言葉がないのだ。」

「…何を言ってる。」

「実は女性差別自体は20世紀からもう陰りを見せはじめている。」

「何?」

「1979年に女子差別撤廃条約が国連によって採択された。君たちの憎き連合軍の前身にあたる者たちだ。」

「な…」

「この日本でも、1985年には男女雇用機会均等法、1999年に男女共同参画社会基本法が成立している。我々はお互いに殺し合う存在ではなく、お互いに社会を築き上げていく存在だったのだ。」


奴は続けた。

「2034年、私たち連合軍はウーマニア軍を退け、旧南スーダンを占領した。君たちが…フェミニタール市と呼んでいるところだ。私たちはそこでウーマニア軍でさえ知らなかった、巨大な地下施設を発見したのだ。そこで、今までずっと封印されていた、とあるとんでもない技術力を有した機械を発見した。」

「…」

「それが、洗脳兵器V1・V2、そしていま私の持っているV3だ。」


奴は少し間を置いた。

「私はその地下施設を見て回っていただけの一人の兵士だった。V1が一番巨大で、V2は高さが2メートルほどのもので、V3はこれが一つだけ置かれていた。そして私はその時、不慮の事故であったものの、そのうちの一つであったV2を稼働させてしまったのだ。そして私が次に目覚めた時、私が今まで行っていた行為と、そしてこの世界の現状を憂いた。私はこの時初めて、女性が我々と同じ人間であることを知ったのだ。そしてそれと同時に、なぜ世界がこのようなことになってしまったのか、悟った。」

「…まさか。」

「…私は、洗脳兵器V1が世界中の男女の脳の構造を変え、お互いを殺し合わせるように洗脳したのだということが分かったのだ。だが、もう既にV1は壊れており、もう二度と動くことはなかった。もう平和を取り戻すことなど、できない。」

「…嘘だ、そんなことはありえない。」

「君はさっき、男性のことを憎むべきレイプ魔だと言っていた。今はその通りかもしれない。だが、元々そうであったわけではない。無理やりそうさせられてしまったのだ。」

「…バカな。」

「勿論、男性ではない。女性も、男性に対する殺意を増幅させられた。君はただそう教え込まれたのではない、遺伝子レベルで改変されたのだ。君のその思考も、その考え方も、全て『作られた』ものだったのだ。これが世界の真実だ。」

「…」


私は奴の話を聞いて唖然とした。だが、奴がどんなことを口にしようとも、簡単に信用できないことは明白だった。

「…お前の話が本当だったとして…なぜお前は…お前たちはあんな残虐なことができたんだ…。私はただ、男が悪魔であると教えられたから、洗脳されたから、戦っているわけじゃない。実際、お前に…母と仲間たちを殺された…。お前に何の権利があって…私に世界の真実を教えようって言うんだ。」

「…」

「また、どうせ彼女らはあの時喜んでいたなんて言うんだろ?実際はそれも、お前に作られたものでしかない。まやかしだ。」


奴は沈黙する。そしてようやく、自分自身の行いを認めた。

「あぁ…そうだ。確かに、私は大勢の淑女たちをこの手で殺した、大悪党だ。」

「お前は自分で何を分かっておいて…なぜこんなことをした?」

「端的に言えば…私は、女性に対して絶望したからだ。」

「…お前の言うことは、全くもって信じられることではない。大勢の人間を死に至らしめた、お前が。あの時代を、平和な時代を知っておきながら。」

「…説明を続けようか。」

「…」


「その後私はウーマニア軍も、連合軍でさえも怖くなり、まだ壊れていなかったV2とV3を持ち運んでその場から逃げ出した。そしてその道中で、ウーマニア軍の捕虜を発見し、連れて行って共にアフリカの僻地で隠居をし始めた。勿論彼女にもV2を稼働させた。彼女は洗脳を解いた後、私に明るくて笑いの絶えない表情を見せ続けていた。そして、私たちは家族になり、二人の男子を授かった。その頃の生活は…全く裕福ではなかったが…本当に幸せだったと今でも心の底から感じている。」

私は、奴の話を聞いて、生前の母との思い出が頭に浮かび始める。奴に対して、思いたくもない雀の涙ほどの同情心が芽生え始める。私は必死にそれをかき消そうとする。


「だが悲劇は突然にして始まった。帰ってみたら、長男が血を流して倒れていたんだ。傍には、血の付いたナイフを持った彼女がいた。私はその時何が起こったのか全く変わらず、ただ呆然と立っていた。その時に、彼女が言ったことは今でも覚えてる。


「あなたがあの憎き、「男」であると知りながら、ずっと今まで生活していたんだと思ったら、気が狂いそうになる」と彼女は言っていたんだ。」

「…」

「それで彼女は私の方ではなく、寝室で横になっていた次男の方へと向かっていった。私はそこで彼女の体をがっしりと掴み、腕を噛んで獣のように抵抗する彼女を必死に抑えつけた。そこで彼女の持っていたナイフを奪い、めった刺しにした。私は全身に何度も刃を振り上げ、彼女はようやく動かなくなった。」

「…」

「彼女はV2を動かしていなかった。だのに…なぜこんなことになったのか。その後、他の女性たちを試してみてようやく分かった。時間制限があったんだ。それは、別に大しておかしいことではない、ただの生化学反応だった。」

「生化学反応だと?…何だそれは。」

「ただの物理法則さ。それで、私はこの手であの忌々しきV2を破壊した。その後、女性の生物的作用そのものに絶望したのか、それとも男性である私にもその時間制限が来たのか…分からないが、君の母親を含めて様々な女性たちを犯し、その反応を検証した。気づいたら…「強姦王」と君たちから呼ばれ始めた。」


「話は済んだか…?」私は奴に問う。

「あぁ…もうすべて話し終えた。どうかな、君の感想は。」

「そうか…じゃあもう用済みだな。」

「何?」

私は左足を後ろに出し、話に夢中になっていた奴に対し、銃口を突き付ける。勿論、これが不意打ちになるとは微塵も思ってなどいない。さっき、奴は銃口を突き付けた瞬間、無条件でそのすぐ後に消えることがわかった。大事なのはタイミングだ。これは、奴の無駄話を聞いているうちに思いついた策だ。


奴が消えたか消えていないかを確認する間もなく、右足を軸にして左足の軍靴を引き摺りながら上半身を素早く回転させ、周囲360度全方向に銃口を向けてトリガーを引き続けた。このアサルトライフルの射撃速度は驚異の580発/分だ。1秒間で1回転すれば、残り弾数十発は全方向に均等に拡散する。これで奴がどの方向に移動しようとも、確実に銃弾を当てられるはずだ。


ARを全て発射しきった後、首を曲げ、奴の姿を確認する。奴は背中を曲げて、少しうずくまっていた。弱った奴に、V3を使わさせる前に直接鉄の銃身をお見舞いするため、走り向かった。奴と1メートルの距離まで近づいた瞬間、奴に飛び掛かり、弾のなくなったアサルトライフルを振り上げる。これで終わらせてやる。

「うおおおぉぉぉ!!」


しかし、奴は再び消え、私は気が付けば地面に倒れ伏せていた。チャンスをみすみす取り逃がしてしまったのだ。一度消えた奴は、私の目の前に再び現れた。

「お見事だ。だが、残念だったな。」

奴はそう言って、右手を見せつける。そこからは、血が止めどなく滴っていた。だが、致命傷ではない。今の策でせいぜい当てられたダメージは、その程度でしかなかったことを理解した。

「クソッ!」

私は起き上がり、奴に再び銃身を振り回す。当然、奴には当たらない。

「惜しかったな。本当に君にやられるところだった。だが、君の銃口が横に傾いていたのを見逃さなかったからね。だから私は、少し遠くで隠れて様子を見ることにしたんだ。そしたら案の定、期待通りの動きを見せてくれた。」

「クソ…!クソ…!クソ…!」

奴が無駄に口を動かし続けている間、私は奴の方へと向かい、弾のなくなったARを振り続ける。だが奴は、その度に姿をくらまし、別の場所に再び現れる。

「もう無駄だ。その銃の弾が切れた時点で、君の敗北は確定している。」


「はぁ…はぁ…」

奴を追い、腕を振り、足を動かし続けて、ついに体力に限界が現れ始めてしまう。息が切れ、体中が汗ばんでいく。奴は顔色一つ変えず、まるでお構いなしであった。

「さて、君の負けはもう確定したわけだし、私も真実を話し終えた。宴は終わりだ。」

奴はそう言って、首以外の全身を横に向け、左足を私と反対側の方向に向けて、振り返ろうとした。


だがまだ終わっていない。さっきマガジンを取り外した時、奴に見えない位置で一発だけ弾を出してポケットにしまったんだ。これが、正真正銘最後のチャンスだ。奴が後ろを振り向いた瞬間、素早くそれを装填して脳天にぶち込んでやる。


…奴の様子がおかしい。


私を見ながら、目を丸くしている。なぜ後ろに振り返らない。ずっと首だけを私の方に向け、ずっとそのままの状態で固まっている。

「―――何をしている。」

今度は横に向いていた上体を再び前に戻した。奴は一向に振り返らず、私を見続けている。そこから1秒して、私はようやく察し始めた。奴は私の方を見ていない。


私の背後にある何かを見ている。


その瞬間、奴が声を発した。

「やめ――――」


<柊彰人はその瞬間、V3を起動させた。彼の目線にいた、冴羽ユリの後ろの奥にいた何者かの正体は、どこかから拾ってきた銃を額に向けて、今にも自殺を企てようとしていたあの少年であった。>


<「やめろ!雄人(ゆうと)!」>


<彰人は冴羽ユリを通り過ぎて、洗脳させて動けなくした彼に近寄り、その腕から、拳銃を奪い取る。その後、彼の洗脳のみを解除させる。>


<「雄人!何をやっているんだ!」

「やっぱり父さんだったのか!あんなに残酷なこと…惨たらしいことを、平気で僕に隠していた!仕事でしばらく帰らないって、僕を放っておきながら!その裏では1000人以上の罪のない女性たちを殺していたそうじゃないか!」

「お前だけが、家族の唯一の生き残りなんだぞ!何をバカなことをしている!」

「どっちがバカだ。僕を利用して!彼女を弄んで!…宴だと!ふざけるな!」

「これも検証のうちだ。洗脳兵器の仕組みを解明するためなんだ。お前が目指している世界平和をもたらすための…必要な犠牲だ。」

「こんなんで、平和が訪れるわけないだろ!ただ遊んでるだけだ!」

「お前は何もわかっちゃいない。お前は、この世界で唯一洗脳を解かれた偉大な父と母の息子だ。だから、お前だけはこの世界で唯一清廉潔白で、そして異常者でもある。…兄は戦争で死んだんじゃない。実の母によって殺されたんだ。」

「そんな…嘘だ。そんなこと。」

「女性という存在は元々こうなんだ。一回洗脳を解いたところで、三年もすれば…元に戻ってしまう。だから父さんがそうさせないために、色々検証しているんだ。」

「悪魔だ、父さんは。…どうして僕は…」

「これからお前の記憶を消して、要塞の外にほっぽり出す。その後はもう二度と仕事の邪魔をするんじゃない。」

「消すって…ユリと過ごしたあの日々もか!」

「ああ…そうだ。」

「やめろ!それだけはやめろ!」

「…暴れるな。」>


<柊彰人と柊雄人が、お互いに揉み合っているうちに、彰人の片手からV3が滑り落ちる。そのまま落下して、地面と衝突したV3は、バラバラに砕けてしまった。それと同時に、この物体を起動された世界中の全ての人間の、洗脳状態がこの瞬間に解かれた。>


奴が消えた。それと同時に、後ろから声がした。


この瞬間を見逃さない。私は素早く弾丸を装填し、背後に振り向いた。


(一発の銃弾が発射される音)


<その弾丸は、柊雄人の胸を貫いた。>


<「カハッ…」>

<彼は血を吐いて倒れた。>


「雄人―――――!!!」

奴の叫び声が耳を劈いた。目の前には、ここにいるはずもない彼がいた。私は、今何が起きているのか全く理解できなかった。

「え…な、え…」


「V3が壊れたのか!クソ!」

「何が…何で…」

私は重い足取りで、二人の方へと歩き始める。


「…君は動くんじゃない!冴羽ユリ!」

奴は、隠していた拳銃を私に向けた。私は頭が混乱して、持っていたアサルトライフルを手放してしまった。

「な…何でこんなことに!」

「君が撃ったのだ。私の…大切な息子に。」

「何を…言ってる…」


「父…さん…ユリを…」

かすかに声がした。ユートが絶え絶えになって言葉を発していたのだ。

「雄人、もう喋るんじゃない。息が続かなくなる。」

「ユ…リに…会わせ…て…」

「…もう喋るなといっただろうが!」

「ユリに…会わせて!!」

「チッ…」

奴は銃口を下ろす。それと同時に、私はすぐに彼の元に駆け寄った。


「ユート…そんな。私のせいで。」

「僕も…バカだった…自分の…父親が…君の仇だったなんて…気が付かながっグフッ!」

「ユート!…本当に…本当にごめんなさい。」

「僕なら…大丈夫。僕は…君によって…当然の報いを…受けたんだ。」

「何言ってるの!これは…私が…」

「僕は…父親が…悪魔だと…知らなかった…ぁ…悪魔の子だから。だから…僕は…世界平和を…見ちゃいけない。」

「…うわぁ、そんな。お願い、死なないで。あの時約束したじゃないかって…あなたの台詞だったのに。」

「僕は…愚かで…未熟で…弱かった。何も知らず…父親に洗脳されて…のほほんと暮らしていただけの…ただの…少年…」

ユートの声がか細くなり、瞼を閉じ始める。

「そんなことない!あなたは強いから!あなただけがこの世界で!私みたいな悪魔に!平和を教えてくれだがら!!だのむがら!!じなないで!!」

「今ま…で…ご…め…」

彼の声が完全に途絶えた。私は涙で見えなくなった彼の顔のうっすらと見える輪郭だけに、焦点を合わせていた。先ほどよりももっと深い暗闇の中に落ちていき、薄暗いトンネルの中を彷徨った。体が何も動かない。


<「終わりだ…何もかも。」>

<柊彰人は拳銃を再び、冴羽ユリの頭に向け、発射しようとした。>


(銃弾の発射音)


<「グッ…」>

<銃弾は、柊彰人の手を貫いた。彼の持っていた拳銃が、空中に投げ出される。射撃を行ったのは、廊下の向こうに佇んでいた、高田中尉であった。>


<「強姦王を発見したぞおおお!!冴羽ユリも一緒だあああ!!」>

<「うおおおお!!!」>


<大量の女性兵が突き当りからやってきて、彰人を取り囲み、彼に対し銃口を向ける。>


<「な…なぜ君たちが。馬鹿な。相模港は封鎖されたはず!」>


<彼の言葉に高田中尉は応えた。>

<「相模港ではない。東京湾を渡ってきたんだ!」

「何だと…!私たちの管轄だぞ!相模港なんぞ比べ物にならないくらい、突破することは不可能だ!君たちの数少ない艦艇群ではな!」

「あぁ…だから、1000万の捕虜を解放したんだよ。」

「はぁ?あれは偽情報だ。何を言っている!」

「お前たちが偽の暗号を私たちに送り、それをわざと解読させて騙そうとしていたんだろう?違う、私たちがお前たちに暗号を送ったんだよ!」

「何…!?」

「1000万の捕虜なんて、日本列島に送り付けてくるわけがないと私たちも思っていた。だが、あの暗号解読方法から私たちは解読のみならず作成方法すらも逆算したのだ。それでな、中国大陸のお前らのお仲間にそいつを送り付けたら、本当に1000万の捕虜を持ってきてくれたのさ。」

「バカな。そんなこと…そんなことなど…」

「かつて女性は弱い存在だった。私たちが結束したところで勝てるわけがないと。だが、私たちをやり遂げたんだ。お前たちは女性たちの兵力、技術力、戦力を甘く見ていた。これより、我々ウーマニア軍は、トーキョーを制圧し、お前たちを日本列島から追い出す!」

「…あり得ん!!」

高田中尉は、女性兵たちの方に向き直った。

「第三特別部隊の者ども!この第一級戦争犯罪者を連れていけ!」

「「「「はっ、中尉!」」」」>

<周囲の女性兵たちは、ドタバタと軍靴の音を鳴らしながら、アカ要塞を再び奪還するための作戦に躍り出た。>


<高田中尉は、地面に座って動かなくなっている冴羽ユリに話しかける。

「やったな、ユリ。お前が奴を食い止めてくれてい―――どうした?大丈夫か?」

何も反応がない。ただし、彼女がまだ生きていることだけは分かった。

「とりあえず、そのよく分からんガキは燃やすから、手伝ってくれないか?」>




その後、私は精神病院に入れられた。ウーマニアはその兵力で連合軍を次々と打ち負かしていった。高田中尉とはもう何年も会っていない。彼女から送られてくる手紙は、悉く破り捨てた。


数年ぶりに外出許可が出された。私は、柊家のお墓へと向かった。「先祖代々~」と墓石に書かれてはいるものの、あの男の遺骨は別の場所に保管されているため、安心してお参りできそうだ。私はそこに着いた途端、激しく嗚咽して、泣き出した。


何故だろう。どうしてだろう。世界平和を願ったはずなのに。私の心臓は、悪魔たる男たちを殺せ殺せと、メラメラ燃え盛っているのだ。


これも、「作られた」ものであるはずなのに。


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