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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

空時の神力 異世界編

作者: 巴空王

【プロローグ】


僕は目を覚ました。気を失っていたようだ。異世界に転移する前、気を失うとは思ってもいなかった。今、僕の周りに敵はいない。もし気を失った状態で敵に遭遇していたら、僕は確実に死んでいただろう。ただ、こんな幸運が続くはずがない。

「しっかりしろ、自分!」

誰にも聞こえないよう小声で自分を叱咤する。

僕にはこの異世界でやらなければならない使命がある。ぼんやりなんかしていられない。戦闘状態に思考を切り替えろ。

素早く起き上がり、周囲の人の気配を探る。

周りを見渡し状況を確認する。窓もなく、ただ、がらんとした円形の場所だった。空は見えない。ドーム状の天井が見える。屋外ではない。部屋の中だ。天井に続くは壁の上の方にアーチ状の窓から外の光が差し込み、部屋は明るかった。

僕は自分の心を引き締めながら、準備してきた目標を心の中で再確認する。

目標は3点。


 ミナミちゃんを追跡、見付けて保護する。

 可能な限り早急にミナミちゃんを現世に帰還させる。

 僕もミナミちゃんと同時に現世に帰還する。


さあ、僕の全てをかけて挑むミッションの開始だ。


【異世界】 十王様


まず、僕の自己紹介をしよう。名前は戸田優斗、14歳、中学2年生だ。

そしてミナミちゃんとは僕のイトコで同じ中学に通う1年生、名前は山科美南、年齢は13歳、僕の唯一の友達、そして僕の宝物だ。

僕は自分でも自覚するほど、頭が悪かった。だからか、よく忘れ物をした。

(ちょっと自己弁護させて。頭が悪いは過去形だよ。今は少しマシになってるかな。ー優斗談)

家族、特に姉さんはそんな僕を心配し、いつも気にかけてくれていた。

今日は体育の授業があるので、授業で着る体操服は学生服の下に着て家を出た。いつもは学校で着替えるのだが、先日、クラスの奴らに体操服を窓から捨てられてしまった。体操服はぬかるみの泥の上に落ち汚れてしまった。僕はその体操服を着て授業を受けることになり、いやな思いをした。その対策として、今日は学生服の下に体操服を着こんで登校したのだ。しかし、家族にはその話しをしていなかった。訳があって言えなかったんだけどね。

授業が始まる前、ミナミちゃんが僕の教室に来た。教室の入り口で僕を呼び、体操服の入った袋を渡してくれた。ミナミちゃんの話では、姉さんが体操服を届けるよう頼んだという。僕がミナミちゃんから袋を受け取ったその時、最悪なタイミングで、召喚が始まってしまった。ラノベではおなじみのクラスの集団召喚、異世界への召喚というやつが始まったのだ。

床が光ったかと思うと、視界が暗転した。何も見えなくなる。同時に床が消失し、体は浮遊感に包まれる。何処かに落ちているのだろうか。視界だけでなく音も聞こえない。五感が遮断されたことで、浮遊感は恐怖心へとエスカレートする。とっさに手や足をバタバタさせたが、何処にも当たらなかった。あがいても体を安定させられない。体が不安定なことで、僕の不安感はどんどん増し、極限に至っていた。

そんな異世界召喚の最中に不思議なことが起こったんだ。まあ、異世界召喚も不思議だけど、それに匹敵するような不思議なことが起った。

いきなり浮遊感が止んだと同時に、僕の視界が戻った。僕の目が捉えたのは十王堂だった。十王堂は白く霞んでいた。霞んでいるせいで、地面も空も白く見え境目が分からない。ただ、地面はあるようで、しっかり立つことができた。

なぜ、その建物が十王堂と分かったかって?。僕は毎日欠かさず十王堂にお参りしている。簡単だがそれが理由だよ。ちょうど家から小学校や中学校への通学路の途中、家から歩いて3分と掛からない所に十王堂はあった。市の特別指定遺跡か何かに指定されていた。通学途中に十王堂に立ち寄り、必ずお参りしていた。たまに家から持ってきた仏花なども十王様にお供えした。だから建物が十王堂だとすぐにわかったんだ。

十王堂には10体の王の立像が(まつ)られている。十王堂の扉に鍵は無く、誰でも開けられ、十王様にお参りできる。

いきなり異世界にクラス召喚され、僕は不安だったんだと思う。

いつもお参りする十王様に助けてほしかったんじゃないかな。

だからいきなり現れた十王堂だったが、無意識に、いつもの様に十王堂に近づき、僕はお参りするため扉を開けた。そして十王様の立像を見て驚いてしまった。僕の知っている十王様ではなかった。いつも見慣れた十王様の立像は江戸時代に作られたもので、一目で人形と分かるほど作りは幼稚であった。それに古びて表面は禿げ、色はくすんでいた。雑な作りの人形であるが、ちょっとコミカルで独特な味わいがある。

しかし、ここでお会いした十王様の立像は荘厳で精緻な作りであった。服装もきらびやかで質感もしっかりしていて人形とはとても思えない。お顔の血色も良く、肌は透明感があり、精気を感じさせる。

どの十王様もまるで生きているようで、今にも動き出しそうであった。

僕が十王様たちを見つめていると、突然、十王様たちと目が合った。

あれ、目が合うの?

「上々。上々」

「上手くいった。上々」

十王様が喋った。そして僕を見て微笑んだ。

このころの僕は頭脳の容量がとぼしいため、驚いたりするとすぐパニックになってしまう。僕はパニックになると人の話を聞けなくなる。聞いた言葉に反射的に反応して、突飛な言葉が口から出てしまうからだ。それに他人の言葉だけじゃなく、自分の喋った突飛な言葉にも反応しちゃう。だから僕のパニックは最後は支離滅裂な状態までエスカレートしてしまう。

僕「え、え、え・・・ だれ?十王様?」

「しかり」「しかり」・・・

僕「十王様、十王様、十王様」

十王「おちつけ」

僕「今、何?どうして?」

十王「お主に伝えることがある」

僕「あの、誰に伝言?、僕にですか?」

十王「聞け、おちつけ」

僕「ごめんなさい。すみません、僕どうしたらいいですか」

十王「おちつけ。気を静めよ」

僕「何を沈める?、何?」

十王「しゃべるな!」

支離滅裂な言葉を吐く僕に十王様が命令した。僕は反射的に口をつぐむが、考えもなしに何か喋ろうとしてしまった。しかし声が出せなかった。

十王「すまぬがお主の口を閉ざした。まづ我の話を聞け」

そう言うと僕を落ち着かせるため、十王様は暫く時間をあけて下さった。

声が出せないことで、僕のパニックは人の話を聞ける程度まで静まってきた。

僕「はい。お聞きします」

泰広王「われは泰広王。お主は愚鈍の呪いを受けておる。その呪い故に常人より知力体力が低い。我らの要件を伝えようにも、今のお主では我らの話を理解できまい。そこで、まずはお主の呪いを解く」

僕「のろい?何?」

泰広王「覚えておらぬか。まあ、呪いを解けば思い出すであろう。なに、悪いようにはせぬ。我の言うことを聞け。良いか」

十王様は僕が理解できるよう、ゆっくり語りかけて下さった。安心した僕は素直な気持ちになっていく。

僕「はい」

泰広王「ひざを折り、座れ」

僕「はい」

泰広王「それでよい。目は閉じよ」

僕「はい」

泰広王「我が良いと言うまでそのままでいよ」

僕「はい」

僕は率直に十王様の指示に従う。

十王「*‘@ー$#HHw3(’’・・・」

十王様がお喋りなっているが、僕には何を言っているか分からなかった。いや、リズムと音程が変化する。歌であることに気づく。十王様の歌を聞いているうちに体が暖かくなってきた。僕の体から何かが吸い取られていくことがわかる。同時に不安や恐れといった感情も吸い取られて行く。なぜだかわかるんだ。それに、周りの空気からすがすがしい匂いがする。そして僕の頭の中のもやもやが消えていく。


【異世界】 愚鈍の呪い


僕には小学4年生の冬休みより前の記憶がない。それ以前を思い出そうとすると後ちょっとで思い出せそうなのだが、絶対に思い出せない。無理に思い出そうとすると、もどかしい気持ちがどんどん膨らみ、いてもたってもいられない状態になる。その気持ちを解消するため、僕は大声で叫んでしまう。他人から見ると、危ない奴に見えるだろう。

医者に掛かったが、僕の記憶が戻ることは無かった。治療は1年ほど続いたが、医者から治療の見込みは薄いと告げられ、僕も家族も治療を諦めた。

記憶喪失に加え、なにか考えようとしても考えがまとまらず、考えること自体が嫌いになってしまった。

小学5年、6年の成績は全ての教科で「頑張りましょう」であった。同級生からはかなり残念な子と思われていた。

中学からは全ての教科で5段階評価の1である。

それに加え、小学5年生から体の成長がぴたりと止まってしまった。ちなみに中学2年生の今でも身長は147cmで体重は40kgしかない。成長が止まったせいかわからないが2次性徴が始まっていない。

今年の春に行った修学旅行で、そのことがクラスの皆にバレた。女子からはさらにキモがられるようになった。

中学2年の学級に小学4年生が居る様なもので、チビで体力が無く、しかも頭の弱い奴が群れに混じればどうなるか。そんな奴はクラスカーストの最下層に沈む。さらに理不尽ないじめの対象になる。

中学に入るとクラスの一部からイジメられ始めた。中には友達のふりをしてイジメてくる奴もいる。まあクラスの大多数からはイジメられないが、そいつらは僕を徹底的に無視する。

肉体も精神も知能も脆弱な僕ではイジメを跳ね返すどころか、逃げることもできなかった。だからイジメを甘受した。僕の唯一の抵抗はイジメを受けていることを家族や幼馴染のミナミちゃんに隠すことだった。僕がイジメられていることがわかれば、心配をされてしまう。僕は心配をされたくなかった。

もちろん先生に助けを求めたよ。でも対応してくれない。逆に「遊んでくれる友達を大切にしろ」とか、「お前にも悪い所があるから、自分を変えろ」とか、いかにも迷惑そうな態度で、正論めいたことを言われた。先生は守ってなどくれない。先生にはイジメが遊びに見えるらしい。イジメてくるやつなど友達ではない。僕を無視する者も友達とは呼びたくない。


十王「お主の愚鈍の呪いは払った」


頭がすっきりし、すがすがしい気分だった。こんな気分は何時ぶりだろうか。同時に、思い出すことが難しかった昔の記憶が思い出せるようになっていた。小学4年生、3年生、2年生、1年生、保育園、物心ついた時まで、全ての記憶が戻ったようだ。

それに泰広王様がおっしゃった愚鈍の呪いを受けた時の記憶も思い出すことができる。


僕「ありがとうございます。頭がすっきりしました。今なら十王様のお話、お聞きできます」

泰広王「うむ、お主は現世より異界に連れ去られようとしておる。まず、そのことを理解せよ」

僕「はい、異世界召喚ですね。ラノベではわりとポピュラーで、僕も知っています。だから理解できます」

泰広王「次にこの度の異世界召喚であるが、現世に現れた悪神と異界の術師が結託して執り行った。異界でお主がどのように扱われるか、我らには分からぬ。だが悪神が絡むこと故、お主が異界で楽しく過ごせるとは思えぬ」

僕「そうですか。分かりました。一つ質問してもいいですか。山科美南という女の子ですが、その子も召喚されていますか」


泰広王「お主の記憶を読むぞ。ああ、山科美南も召喚されておる」


悪神って、召喚された後、奴隷にされるコースかな。勇者召喚に悪神は出演しない。そんなとんでもないことに、僕はミナミちゃんまで巻き込んでしまった。ミナミちゃんはイトコだが、僕のことをバカにしない唯一の友達でもある。ミナミちゃんを失うと僕には友達が一人もいなくなってしまう。なんとしても助けたい。


僕「あの、僕は異世界に行きたくありません。それと山科美南も行かせたくありません。十王様、この召喚を止めていただけないでしょうか?」


泰広王「お主の願いはわかった。しかし、既に異界から送られたマナは悪神が取り込んでしまった。送られたマナに見合うのがお主達である。お主達を異界に送らねば、等価交換の均衡が崩れる。よってお主の召喚を止めることはできない。ただ、我ら十王とて、お主の不幸を見過ごすことはできぬ。そこでだ。お主は自分の力で現世に戻ってまいれ。ただ、今のお主は異界から現世に戻る力はない。我ら十王はお主に力を与えよう。現世に戻る力を。そのために、召喚術に割り込み、お主をここに呼んだ」

僕「では僕以外に山科美南も現世に連れて戻りたいのですが。よろしいでしょうか」

泰広王「お主が望むのであれば、好きにせよ」

僕「ありがとうございます。山科美南もつれ帰ります」


よし! 僕はミスを挽回するチャンスをもらった。

ミナミちゃんは絶対に連れ帰る。クラスメイトには僕をイジメたり無視する奴しかいない。

だからクラスメイトはどうでも良い。

泰広王様は1歩後ろに下がった。次の十王様が前に進まれた


「我は変成王。お主に教導(キョウドウ)の宝珠を与えよう」

「我は宗帝王。お主に知恵の宝珠を与えよう」

「我は五官王。お主に知識の宝珠を与えよう」

「我は太山王。お主に計能の神力を与えよう」

「我は都市王。お主に顕精(ケンセイ)の宝珠を与えよう」

「我は閻魔王。お主に魂魄(コンパク)の神力を与えよう」

「我は平等王。お主に空影(クウエイ)の神力を与えよう」

「我は初江王。お主に空色(クウシキ)の神力を与えよう」

「我は五道転輪王。お主に広目(コウモク)の神力を与えよう」

最後の十王様が力を授けてくれた後、泰広王様が再びお話になる。

泰広王「各王から授けた宝珠と神力の機能と使い方はお主の記憶に埋め込んでおく。

宝珠と神力を授けたが、慣れぬと使えぬであろう。異世界に赴く前に、まず、使い方を吟味せよ。初めに教導の宝珠から始めよ」

僕「わかりました」


【異世界】 宝珠と神力


僕は十王様に見守られるなか、宝珠と神力を使い、慣れることにした。

十王様のお言葉通り、まず「教導の宝珠」から使っていこう。

記憶では「教導の宝珠」は呼びかければ返事をくれるようだ。

僕「教導の宝珠、返事して」

「主様」

僕「宝珠と神力の使い方に慣れたい。どうしたら良い?」

「主様は直接宝珠と神力を使うことができます。しかし慣れぬうちは上手く使えないでしょう。しばらくは主様に代わり、我が宝珠と神力を使いましょう。主様はワレに命じるか、我に願いをお話いただければ、我が宝珠と神力の差配をいたします」

僕「じゃあ、教導の宝珠さんに言えば、宝珠と神力が使えるでいいのかな」

「はい、その認識で合っております。ワレの呼びかけにさん(・・)付けは不要に願います」

僕「うん。でも、いつも教導の宝珠って呼びかけるのも、長くて大変。教導の宝珠はアダ名とかないの。僕の世界ではシ〇とかグーグ〇とかアレク〇とかが有名かな」

「我にアダ名はございません。主様が名付けて頂けませんか?」

僕「そっか。希望とか無いの?」

「では『ナビ』を希望します。我の機能に沿ったアダ名かと思います」

僕「ナビか。オーケー。良いセンスだね」

ナビ「我の案ではありません。知恵の宝珠の推挙です」

僕「あと、僕のことは主様じゃなくて優斗と呼んで」

ナビ「では優斗様とお呼びします」

僕「優斗様じゃなくて優斗で良いよ。様つけなくて良いからね。お互い敬語とか面倒じゃん。ナビも敬語は使わないで良いよ」

ナビ「わかりました。では次に進みます。優斗は宝珠と神力については理解していますか?」


いつ教えてもらったかは記憶は無いのだが、宝珠と神力の機能と使い方や制限は思い出せる。

教導の宝珠はナビのことで、記憶の通りであった。話してみると、ますます頼りにできそうだ。僕はどちらかというとコミュ障ぎみで、社交的でないので、ナビがいてくれて助かった。

次は知恵の宝珠。困った事や迷っていることがあれば、知恵の宝珠に相談できる。宝珠はその時点で最高のアイデアや方法などを示唆してくれる。愚鈍の呪いを解いてもらったが、僕は考えることに自信がないのでありがたい。

知識の宝珠は現世の一般的な知識をまとめたものだった。それに加え、僕の見聞きしたことを宝珠に蓄えることができる。僕は勉強が苦手なので、知識などほとんど持っていない。加えて記憶力も悪い。勉強は苦手だ。

計能の神力とは自分の能力を数値化し確認する力であった。ラノベでおなじみのステータスというやつ。

ステータスの項目は僕が遊んだことのあるRPGをモデルとしたものだという。

以下が僕の現在のステータスだ。


優斗のステータス

  レベル      0

  HP       9/9

  EP   24000/24000

  エナ力   1000/1000

  攻撃力      2

  守備力      5

  持久力      3

  精神力      3

  知力       7

  体力       3

  俊敏       3

  器用       3

  顕精の宝珠 100億


EPはエナポイントと読む。EPを消費することで宝珠や神力が使える。宝珠や神力を使うとEPは減る。EPが減って0になると宝珠や神力は使えなくなる。ラノベの魔力切れのように気持ちが悪くなったり、気絶するとかは無い。EPは減っても顕精の宝珠から補充される。1時間あたりの補充量を示す項目がエナ力である。もし、EPが24000より減っている場合、1時間あたり1000が顕精の宝珠から補充される。仮にEPが0となっても1日たてばEPは満量の24000に復活する。

EP関係の数値を除くと、全て1桁台、僕のザコ感が半端ない。ステータスの各値は努力すれば増えるようだ。将来に期待したいが、はたして僕は努力を続けられるのか、学校の勉強やスポーツなどで継続して努力した経験はない。というか、サボった経験しかない。自分のことながら心配だ。


顕精の宝珠はエネルギーの備蓄倉庫である。備蓄しているエネルギーはエナに変換され、僕のEPに補充される。あらかじめ、十王様は顕精の宝珠に十分なエネルギーを込めて渡してくれた。

魂魄の神力は魂を捉えエネルギーに分解し、顕精の宝珠に蓄積する。昇天しない魂を見つけた場合、魂魄の神力は自動的に働くそうだ。僕は魂など見たこともないので、一度、見てみたい。


空影の神力は自分や自分が触れているものを影空間に隠す。空影を使うと相手からは見えなくなるし、触れなくなる。空影を発動中は壁とかドアもすり抜けられる。それに加え、歩いたり走ったりして移動することができる。影空間とその外界の間では音も伝わらないため、隠密性が高い。とても有能な神力なのだが、燃費は悪い。1分あたり200のEPを消費する。使用は1日あたり2時間までが限界だ。

空影の神力はまさしくチートだった。もし敵と戦うとすれば攻撃能力や魔法を使えない僕の切り札となるはずだ。戦闘にあたって空影の神力をどのように使うか、ナビとじっくり話し合い、できれば練習しておきたい。


空色の神力は異世界から現世へ帰る能力だ。神力を発動するには大量のEPが必要で僕の持つEPでは発動できない。人ひとり異界から現世に返すために必要なEPは30億。神力を発動するには触媒が必要となる。触媒は文字と図形で書いた十王曼荼羅(ジュウオウマンダラ)だ。書いた十王曼荼羅に僕が持っている少量のEPを流すと、十王曼荼羅が顕精の宝珠からEPを直接に空色の神力に流し、神力を発動してくれる。

もちろん十王曼荼羅の書き方は知識の宝珠の中にある。

十王曼荼羅は十王様を円形に配置した漢字と円と直線の絵で、知らない漢字があるので間違わないよう慎重に書く必要がある。現世に帰るためには僕とミナミちゃんでEPが60億必要だ。2人が現世に帰る分を除いた異世界で使えるEPとしては、100億ー60億で40億EP。十分過ぎるEPをもらっている。ありがとう十王様。出し惜しみなどしない。モードは始めから「がんがんいこう」でしょ。


広目の神力はいわゆる千里眼である。込めるEPにもよるが、1度に半径1kmくらいの範囲を見ることができる。非常に有能な神力なのだが、1回でEPを5千も使う。今の僕では日に4回までしか使えない。広目の神力を使うと大量のデータが一度に頭に流れ込む。このような大量のデータを普通の人間ではさばききれないが、僕には知識の宝珠がある。大量のデータでも記憶できる。知恵の宝珠を使えば、記憶した大量のデータから、欲しいデータを抽出したり、集計や計算、さらには加工や統合をして、僕でも分かるように情報化できる。とっても賢いAIが味方してくれるようなものだ。


僕「十王様に教えてもらったことを、今ちょっと思い出してみた。全部、覚えているよ」


【異世界】 勇者優斗の覚悟


ナビ「わかりました。では次です。異世界での優斗の目的を決めましょう」


異世界に行くことは決まっているが、僕は別に行きたいわけではない。誰かに連れていかれる異世界に興味はない。僕の望みはミナミちゃんと一緒に現世に帰ること。それもできるだけ早く。


僕「目的はもう決まってる。ミナミちゃんと一緒に現世に帰ること。それもできるだけ早く」


ナビ「わかりました。では、

 目的は(1)山科美南さんを追跡、見付けて保護する。

    (2)可能な限り早急に優斗と山科美南さんの2人で現世に帰還する

 の2点で、よろしいでしょうか」

僕「う~ん、ニュアンスがちょっと違うかな。修正してほしい。ミナミちゃんを現世に返すことは最優先事項。僕が帰還できなくてもミナミちゃんだけは帰還させる。ミナミちゃんの帰還は絶対だからね」

ナビ「わかりました。では、

 目的は(1)山科美南さんを追跡、見付けて保護する。

    (2)可能な限り早急に山科美南さんを現世に帰還させる。

    (3)優斗も同時に現世に帰還する。

 の3点で、よろしいでしょうか」

僕「そう。ピッタリ。それでOK」

ナビ「はい。目的は決まりました。次に異世界での心得を決めましょう」

僕「心得か、抽象的だからもう少し具体的に話してくれる?」

ナビ「わかりました。異世界人はなぜ優斗たちを召喚したのでしょうか。理由はわかりませんが、現世の人間が必要だったのは確かです。召喚によって捉えた人間が現世に帰ろうとした場合、それを許してくれるでしょうか。優斗が交渉による解決を求めたとしても、異世界人と言葉が通じることは無いでしょうし、言葉が通じない相手と交渉は不可能でしょう。優斗の望みは現世に帰還すること。これは異世界人の意図に反するものです。優斗と異世界人の間で武力を伴う争いが起こる可能性が高いのです。この争いに勝たなければ優斗の目的を実現することはできません。武力を伴う争いとなれば、優斗も異世界人も傷つくことがあるでしょう。

しかし、それを恐れてはいけません。正義は優斗にあります。考えてみてください。優斗の目的は異世界人の拉致から逃れることです。拉致しようとする異世界人と優斗のどちらに正当性があるかを。

優斗は勇気を持って、戦いをする覚悟を決めてください。山科美南さんの命は優斗が背負っているのですよ。生半可な気持ちではダメです」


ナビの話は重かった。覚悟か。僕はナビに即答できなかった。

僕の目的は現世にミナミちゃんと共に帰ること、異世界人と妥協などできるはずがない。妥協する選択肢はない。とすると戦うしかない。はたして僕は戦うことができるだろうか。僕はイジメられても戦いもせずイジメを甘受してきた。ただただ家族やミナミちゃんにイジメられていることがばれないように祈るしかできなかった。クズのヘタレ野郎なのだ。

ナビに返事をしなきゃ。でもどう返事をすればいいのだろう。下手な返事ではナビに見捨てられてしまいそうで怖い。僕は意を決してナビに返答した。

僕「戦わなきゃいけないことは分かった。けど僕は戦い方を知らない。それに戦えるかわからない。考えると怖い。ごめんね、ヘタレで。僕はどうしたら良い、教えてナビ」

ナビ「はい。優斗が戦ったことが無いことを承知しています。ヘタレなことも存じています。誰も傷つけたくない、そんな優しさにあふれていることも存じています。ナビは優斗の一部なのですから当然でしょう。宝珠や神力は力はありますが、戦う意思を持ちません。意思を持たない純粋な力なのです。戦う意思は優斗、貴方が我らに注いでください。優斗、これは貴方の責務です。優斗が戦う意思を持つ限り、宝珠や神力は全力でサポートします。絶対に諦めません。どうか戦う覚悟を決めてください」


僕「うん。戦う。覚悟を決めた。僕は絶対、ミナミちゃんと現世に帰る。ナビ。僕を導いて」

ナビ「はい。戦う覚悟を決めた戦士優斗。いや勇者優斗。我ら宝珠神力の本気を優斗にお見せします」


ナビは大げさだなあ。でも嬉しくて涙があふれてくる。でもちょっと恥ずかしい。

久々に嬉しくて泣いてしまった。


僕「ナビ、ありがとう」

ナビ「では、異世界に乗り込みましょう。異世界での危険を回避するため、召喚に戻ると同時に空影の神力を発動します」

僕「ナビ、ちょっと待って。僕、戦うんでしょ。訓練とかやるんじゃないの。何もしないで異世界は怖すぎるんだけど。少しで良いから訓練してほしい」

ナビ「優斗は人間なので、水や食料が必要です。ここにはトイレがありません。十王様の空間には生活に必要なものが無いのです。少しの時間であれば、訓練は可能ですが、訓練の疲れを癒す時間も必要となります。総合的に考えると今すぐ召喚に戻ることをお勧めします」


ナビの話を聞いて、なんだかトイレに行きたいような気持になった。始業前にトイレに行ったので、もう2時間くらいは大丈夫なはずだけど。それに、喉がひりつく。水が飲みたい。不安だけど仕方がないのか。覚悟を決めよう。


僕「了解。行く前に十王様にお礼とお別れの挨拶がしたい」

ナビ「了解です」


僕は胡坐から、正座に座りなおし、十王様にお辞儀をした。

僕「十王様、今から異世界に行きます。いただいた力で必ず現世に戻ります。現世に戻ったら、十王堂にお参りに行きます。ありがとうございました」


十王「武運を祈ろう」


十王様の言葉を聞いた瞬間視界が暗転した。同時にナビは空影の神力を発動した。止めどない浮遊感にさらされ、優斗の思考力は散漫になっていく。優斗は抵抗するが意識が保てない。


【異世界】 ミナミちゃん奪還


僕は目を覚ました。気を失っていたようだ。異世界に転移する前、気を失うとは思ってもいなかった。今、僕の周りに敵はいない。もし気を失った状態で敵に遭遇していたら、僕は確実に死んでいただろう。ただ、こんな幸運が続くはずがない。

「しっかりしろ、自分!」

誰にも聞こえないよう小声で自分を叱咤する。

僕にはこの異世界でやらなければならない使命がある。ぼんやりなんかしていられない。戦闘状態に思考を切り替えろ。

素早く起き上がり、周囲の人の気配を探る。

周りを見渡し状況を確認する。窓もなく、ただ、がらんとした円形の場所だった。空は見えない。ドーム状の天井が見える。屋外ではない。部屋の中だ。天井に続くは壁の上の方にアーチ状の窓から外の光が差し込み、部屋は明るかった。

僕は自分の心を引き締めながら、準備してきた目標を心の中で再確認する。

目標は3点。


 ミナミちゃんを追跡、見付けて保護する。

 可能な限り早急にミナミちゃんを現世に帰還させる。

 僕もミナミちゃんと同時に現世に帰還する。


さあ、僕の全てをかけて挑むミッションの開始だ。


僕「ナビ、どれくらい気を失っていた」

ナビ「1時間ほどです」

僕「ミナミちゃんは?」

ナビ「優斗と山科美南さんは同時に異世界に到着しました。優斗が影空間にいたため、異世界人は優斗の存在に気づきませんでした。今から30分前、山科美南さんは部屋の外に運ばれて行きました」

僕「ミナミちゃんを探して」

ナビ「広目の神力を発動、距離は半径1Km」

ナビが広目の神力を発動した瞬間、一瞬だが僕の頭が燃えるかと思うほどの熱気を感じる。

ナビ「山科美南さんを検索し発見しました。西300mの建物内にいます。地図を優斗の目の前に投影します。ミナミさんは緑三角です。地図は見えますか?」

僕「うん。見える。ミナミちゃんの所まで、敵に会わない道順を教えて」

ナビ「白矢印が現在地、赤三角が敵、黄色の線が道順です。敵は移動します。リアルタイムの位置ではないので注意してください」

ナビの示してくれた道順はミナミちゃんの所まで一直線だった。空影の神力を発動しているので、壁や敵は障害にならないのだろう。体の向きを変え、地図の矢印の方向と黄色い直線の方向を合わせる。そして線とずれないように進む。壁が眼前に迫るが、近づくと、壁は何かにえぐられたように消える。壁を通り過ぎた後、後ろを振り返り、見返すと壁は元通りにふさがっていく。最初の壁を通過した後、柱2本と壁を通過したところで、屋外に出た。

ミナミちゃんがいる建物が遠目に見える。四角い建物で窓が無い、灰色の豆腐のような建物であった。右手30m程の所で男が2人で話をしていた。一瞬、どきりとしたが、僕には気づかず話を続けている。空影の神力の力を信じ、敵には構わず、ジョギング程度の小走りで進む。

ミナミちゃんの所まで障害となる建物はない。3分ほどで建物に到着する。地図を頼りにミナミちゃんのいる場所から一番近い壁まで進み、そこから建物の中に侵入した。

狭く細長い場所に出た。高さは150cmほどで、僕の頭が天井につきそうであった。幅は1.3mくらい、前方向は2mくらいか、前は壁ではなく鉄格子であった。床にはわらのような草が敷いてあった。その床に女の子が顔を膝に埋め、体育座りしていた。顔が見えないので彼女がミナミちゃんか確信がもてないが、雰囲気はミナミちゃんであった。泣いているように見える。僕は彼女を影空間に引き込むことに躊躇した。

彼女は服を着ていなかった。本当に何も着ていない。ただ、首には首輪が見える。奴隷の首輪だろうか。鈍い銅色で継ぎ目が見えない。彼女の白い素肌の数カ所、背中と腕、顔の周りに赤いあざが見える。暴力と凌辱、すっ裸に首輪、この禁断の状況に僕は声をかける勇気がでなかった。

でも、ミナミちゃんを連れ出すには影空間に引き込むしかない。勇気を振り絞り、彼女の手をそっと握った。

キャーと悲鳴をあげ、ミナミちゃんが泣きながら暴れた。その時、顔が見えた。間違いなくミナミちゃんであった。

僕「ナビ、ミナミちゃんを影空間に」

ナビ「了解」

僕が握った手を振り払おうと暴れるミナミちゃんを素早く影空間に引き込んだ。

これでミナミちゃんと話せる。

僕「ミナミちゃん、助けに来た。優斗だよ。助けに来た」

もし手を振り払われるとミナミちゃんは影空間から出てしまう。心の中で謝りながらミナミちゃんに抱きついた。ミナミちゃんは目をつむって暴れているので、僕だと分からないのだろう。

僕「ミナミちゃん、目を開けて、僕を見て、優斗だよ。助けに来た」

ミナミちゃんは泣きながら薄目を開けて、僕を確認した。

僕が優斗だと気が付いたようだ。しかし、「ゆうちゃん」と涙声で話した後、安心したのか、暴れる代わりに、大泣きし始めた。

ミナミちゃんを抱き、僕は優しく話しかけた。

僕「ミナミちゃん、ここから逃げよう。大丈夫、僕が守るから。今は泣いていても構わない。泣きながらでも良いから話を聞いて」

ミナミちゃんは泣いていて上手く声が出せない。声の代わりに、首をコクコクしてくれる。僕は口をミナミちゃんの耳に近づけ、優しく小声で話しかける。

僕「一番重要なことを話すよ。ミナミちゃんは僕と触れているかぎり、ここの奴らには見えなくなる。捕まることはない。もし僕と離れると奴らに見つかっちゃう。手とか足とか体でも、どこか一部でも触れていたら良い。これ絶対守ってね」

ミナミちゃんはまた、首をコクコクしてくれる。わかってくれたようだ。

僕は左手に握る運動服の袋をミナミちゃんの胸の前にさしだす。

僕「これ、僕の運動服。今から着てくれる?」

袋の中にはジャージの短パンと半袖の丸首シャツそして運動靴が入っていた。

ミナミ「着て良いの」

僕「うん。ミナミちゃんと背も同じくらいなんで、着れるはず」

ミナミちゃんは無言で服を着ていく。最初は丸首のシャツに袖を通した。僕はミナミちゃんが影空間から出ないよう彼女の肌に触れ続けた。短パンをはきおえた所で、やっとまともにミナミちゃんを見れるようになった。最後にミナミちゃんは靴をはきおえた。これでミナミちゃんを連れ出す準備が完了した。

僕「着れたね。次はここから逃げるよ。逃げる場所は決めてあるから。付いて来てね」

ミナミ「ここ、前の扉、開かないよ」

僕「大丈夫、こっち」

僕はミナミちゃんの腰に腕を添え、扉とは反対側に体を向ける。少し進むと壁に穴が開いていく。ミナミちゃんがキャっと声を上げ驚いていたが、ミナミちゃんの背を押し歩ませる。ミナミちゃんも空影の効果を理解してくれたようだ。2人は直ぐに建物の外に出られた。

逃げ出す場所、向かう先はもう決めていた。この建物に来る前に、ナビと相談し、倉庫と思われる場所を見つけておいた。扉には頑丈な南京錠が付けられている。部屋の広さや空も十分で、しかもここから近い。200mしか離れていない。倉庫の中で現世に帰るための準備をする。十王曼荼羅を書く予定だ。倉庫に向け、歩き出すと、ここの奴らの姿が目に入る。ミナミちゃんが緊張し、体をこわばらせたことが肌から伝わる。ミナミちゃんを落ち着かせよう。

僕「大丈夫、奴らには僕たちは見えない。こうして話をしても奴らには聞こえない。だから安心して」

ミナミ「うん。わかった。あの建物に向かっているの」

僕「そう、あのこげ茶色の建物、中は倉庫みたい。中に入って、元の世界に帰る準備をする。準備はたぶん2時間くらい。そしたら2人で帰ろ」

ミナミ「帰るの私達だけ?他の人たちは?」

僕「2人分しか帰る力がないんだ」

ミナミ「そっか。ゆうちゃんとミナミの分だけなだ」

僕「うん。僕にはどうしようもない」

ミナミ「そっか。そうだよね」

ミナミちゃんは察してくれたようだ。たとえクラス全員分のEPをもらっていたとしても、僕はクラスメイトと関わる気が無い。そのことをミナミちゃんに言わずにすみ、ホッとした。

後10m、倉庫は目前であった。

後は目指す倉庫に入り、そこで十王曼荼羅を書く。次に空色の神力で現世に帰還する。優斗にはどれも簡単なことに思えた。だからミッションは終わったような気になっていた。


ビィー、ビィー、ビィー・・・

突然、けたたましい警告音が鳴り響いた。耳をふさぎたくなるような不快な音で、頭にガンガン響く。

僕「ナビ、この音は?」

ナビ「ここは影空間、外の音は聞こえません。影空間の中から聞こえます。見つけました。山科美南さんの首輪から音が出ています」

僕は振り向いてミナミちゃんを見た。ミナミちゃんは顔をしかめ、苦しそうな表情になっていた。首輪が縮んでいる。首輪がミナミちゃんの首を締めていた。

とっさに首輪を掴むが、首輪が縮むのを止められなかった。首輪は徐々に首にめり込んでいく。もうミナミちゃんは立つことができず、膝から崩れて倒れこんだ。僕はミナミちゃんを抱え、地面に寝かせた。

僕「ミナミちゃんが死んじゃう。ナビ、助けて!」

ナビ「了解」


ナビは優斗の目を通し山科美南を観察する。首輪はかなり縮んでいる。まだまだ縮むだろう。彼女の気道は首輪により塞がれ、息が出来ていない。血管も塞がりかけている。血流は普段の十分の一ほどか。あと3秒以内に処置しないと彼女は脳に障害を負うだろう。さらに10秒後には死亡する。

山科美南を助けるには知恵の宝珠の提案を実施すれば可能なのだが、ナビは悩んでいた。

知恵の宝珠の提案は山科美南を十王様の元に転移させるというものだった。十王様は山科美南を見捨てることはない。十王空間は十王様の世界、どんな奇跡も思いのまま。こんな首輪など問題なく解除する。

しかし、この方法には大きな問題があった。この転移は十王曼荼羅を使わない。顕精の宝珠を優斗のEPで暴走させ、顕精の宝珠が吐き出すエナを空色の神力に送り込み、転移を強制的に発動させる。十王曼荼羅の制御が効かないため、顕精の宝珠の持つ全てのエナと優斗のEPが空色の神力に使われてしまう。山科美南を転移させた後、優斗はEPが0となる。顕精の宝珠もカラで、EPが補充できない。優斗は宝珠と神力を使えなくなる。

ナビは優斗に有効な示唆を与えたかったが、山科美南の安全を考えれば、2秒後には転移を発動する必要がある。この2秒で優斗に何を伝えるか、ナビは伝えるべき要点を3点に絞った。

 1 山科美南が無事であること

 2 優斗に生きのびて欲しいこと

 3 魂魄の神力を使うこと

まだまだ優斗に伝えたいことはあるが、2秒では、他の事柄は切り捨てるしかなかった。

いきなり山科美南が転移してしまうと、優斗には山科美南が消えたように見えるだろう。山科美南の無事を伝えないと、優斗は山科美南の状況を探ることにとらわれ、自身の生存に向けるリソースをおろそかにする。

ナビは優斗の生存を一番にしたかったが、優斗の精神状況を鑑み、2番に妥協した。

魂魄の神力はEPが0でも使える唯一の神力で、この神力を使えばEPを溜めることができる。

このことは必ず優斗に伝える必要があった。


ナビ「美南は無事、優斗は生きのびよ、魂魄の神力を使え!」


ナビは優斗に伝える。強く強く伝えた。絶対忘れないように。聞き流さないように。

次にナビは山科美南の強制転移を発動する。うまく転移できた。同時に優斗のEPはすべて失われた。ナビを含む宝珠神力は静かに機能を停止した。


僕「え!」

僕の前からミナミちゃんが消えた。ミナミちゃんの首を絞めつけていた首輪が地面に落ち、少し転がって倒れる。地面の小石に当たり、カンと鈍い音が聞こえた。

僕の頭の中では、まだナビの言葉が鳴り響いていた。「ミナミは無事…」

僕「ナビ、ミナミちゃんの状況を教えて」

ナビが返事をしてくれない。もう一度話しかける。

僕「ナビ、ミナミちゃんの状況を教えて」

少し待ったが、やはり返事が無かった。

それに変だ。遠くから何かの作業音が聞こえる。鳥の鳴き声の様なものも聞こえる。思い出すと先ほど、首輪が倒れた時、音をきいた。影空間から出てしまっているのか?

僕は急いで、倉庫の壁まで走った。しかし、倉庫の壁に穴は開かない。空影の神力が使えなくなっている。それにナビも返事をしてくれない。心細さで、心がめげそう。どうしたら良いか。どうしたら良いだろうか。答えの出ない思いが堂々巡りする。

ナビがいればどうにかなるのに、そう考えた時、ナビの最後の言葉を思い出した。

『ミナミは無事、優斗は生きのびよ…』

ミナミちゃんは無事なんだ。取りあえずミナミちゃんの心配は止めよう。生きのびよ、ナビは僕に生きのびろといった。生きのびるにはどうしたら良い?

僕はここの連中に見つかっていない。見つかってはだめだ。見つからないようここから逃げよう。

僕はそう決めると、立っていた倉庫の壁の前で地面に伏せた。そして周りを見回す。今いる倉庫の右手には木が茂って林のようになっていた。林まで100mほどある。林の方向には敵は見えない。

僕はミナミちゃんを苦しめた首輪の所まで戻る。そして首輪をつかむと、林とは反対方向の草むらに向かって投げる。これで首輪が見つかっても、逃げた方向を推測しにくいはずだ。おまじない程度だろうが。

僕は再び、地面に伏せ林に向かってほふく前進する。30mほど進むと、そこから草丈が高くなっていた。ほふく前進では跡が残るので、追跡される。そう思い、そこからは姿勢を低くして小走りする。

僕は林にたどり着けた。ここの連中に気づかれていない。後はひたすらこの場所から離れる方向に進んだ。


【異世界】 警備側の状況


異世界家畜の捕縛はこれで5回目だが、今回も問題なく終えることができた。私はそのことに満足しながら、家畜捕獲報告書を書いていた。執務室の外が騒がしい。何かあったのだろか、そう思っていると、ドアがノックされた。私は「入れ」と入室許可をだした。

警備員「警備長、緊急報告です。家畜が1匹逃げました。5分前です」

警備長「犬を用意しろ、3匹だ。私は家畜小屋に向かう。お前は犬を家畜小屋に連れてこい」

まずい。家畜は1匹たりとも貴重だ。早く捕まえなければ、俺の首が飛ぶかもしれん。せっかく見つけた警備長という美味しい仕事だ。まあ、遠くには逃げ出せまい。家畜には囚人の首輪をハメた。この首輪には小屋から遠くに離れると警戒音が鳴る仕組みがある。警戒音がしたとの報告はなかった。だとしたら近場に隠れているはずだ。しかし、騒ぎが広まると上にバレる。使用人たちには騒がないように命令しないとな。それに明日には工芸師たちが家畜を引き取りに来る。それまでに探し出さないと。急ごう。


私が向かった先は家畜小屋と呼ばれる建物であった。そこには既に警備員5名が私を待っていた。

私は最初に逃げ出した家畜の入れられていた檻を調査する。檻に壊れたようなところはない。不思議だ、どうやって逃げたのだ?、私はスキルの覚醒を疑ったが、まだ拉致して3時間しかたっていない。スキルの覚醒にしては早すぎるのだ。最悪、スキルの覚醒が原因であれば、上にあげる言い逃れの理由になるが、これは最後の手段だ。

警備長「飼育員、(おり)の鍵は閉まっていたか」

飼育員「はい、閉まっておりました」

警備長「檻は壊れていたか」

飼育員「いいえ、壊れておりません」

警備長「いつ気が付いた」

飼育員「30分ほど前、水桶を与えようとしたところ、いませんでした」

警備長「お前とお前、家畜小屋を閉鎖しろ。人間も家畜も出入りを禁じる。2名で家畜小屋の中を捜索しろ。人手が足りなければ飼育員を全員動員して良いぞ。家畜小屋の中を徹底的に探せ」

指定された2名の警備員が走り去っていく。

警備長「あとの奴は俺に付いてこい。外を捜索する。犬を使う。檻に敷いてあった藁を1束持って、俺に付いてこい」


私が家畜小屋の外に出たときには、既に犬の用意を命じた警備員が待っていた。

私は敷き藁の匂いを犬に嗅がせ、犬を放した。犬は匂いを追い歩き始める。私と警備員4名が犬の後を追う。

警備長「お前達、横に間隔を開けろ。間隔は5m。家畜の痕跡が無いか探せ、見逃すな」

私達が50mほど追いかけた時、左端の警備員が何かを見つけた。

警備員「警備長、報告です。首輪を見付けました。囚人の首輪です」

警備長「触るな、犬を連れてこい」

家畜を檻に入れたのは2時間前、敷き藁では匂いが薄い。この首輪であれば、家畜の肌に直接ふれている。匂いはしっかり残っているはずだ。私は犬に首輪の匂いを嗅がせたが、犬はその場から動かなかった。

警備長「まずいな」

私は外での追跡を断念した。

警備員に家畜小屋の捜索状況を確認したが、見つからないとの報告であった。家畜は逃げてしまった。もう捜索隊を組む気にもなれなかった。問題なのは家畜が覚醒したスキルだ。状況から考え、覚醒したスキルは転移系で間違いないだろう。

転移系のスキル持ちを捕まえることは非常に難しい。私が町の警備士であった時、転移スキル持ちの泥棒を捕まえる苦労話を聞いたことがあった。

その泥棒を大人数で追い詰めるも、最後は転移により逃げられる。そのたびに捕縛責任者の首が飛んだ。

その泥棒も最後には捕まえたのだが、その方法は以下の方法であった。

まず一緒に暮らす女の親を人質に取る。人質で女を脅し、スパイに仕立て上げる。

スパイとなった女を使い、泥棒の酒に薬をまぜる。泥棒が薬入りの酒で意識もうろうとしている所に踏み込み、泥棒の足の腱を切り歩けなくする。捕まっても泥棒は何度か転移して逃げたが、歩けないのですぐに捕まってしまう。最後は泥棒も諦めたようで、逃げ出すことなく死刑になった。

逃げた家畜のスキルが転移系であるとわかった時点で、私には打つ手がなかった。

家畜のスキルがショボいものであれば、逃げられたとしても自分は職に留まれたと思う。だが転移系ではダメだ。転移系はスキルの中でも軍事的に最上位であり、貴重で高価であった。

上司にバレれば私の首が飛ぶ。仕方なしに私は隠ぺいを決断する。逃げた家畜などいない。そういうことにする。幸いまだ今回の家畜捕獲報告書は明日提出予定で、まだ私の手元にある。報告書の捕獲数を書き換えれば隠ぺいすることができる。隠ぺいには密告者を出さないことが重要だ。

警備員や飼育員の口を封じることは簡単だ。この失態がバレれば、奴らも私に連座する。間違いなく協力してくれる。問題は家畜を召喚した召喚員だろう。奴らは魔術師だけあって頭が回る。こざかしい奴らだ。家畜逃亡の隠ぺいに間違いなく気づく。口を封じるため、金貨20枚、1人金貨1枚で交渉しよう。なに、奴らには貸しがある。嫌がるようなら、以前の失態の件を持ち出して脅そう。この際、奴らの弱みを有効に使おう。


【異世界】 逃亡する優斗


一方、優斗は林の中を全力で逃げていた。自分への追手がかかっているかもしれない、その恐怖心に急き立てられ、時間を忘れ逃げ回った。疲れ切り、行動不能の直前で、やっと冷静になり自分の行動を分析できるようになった。体感時間で3時間ほど逃げたようだ。全力を出し大汗をかいてしまい、水が飲みたくてたまらなくなっていた。脱水症状が出ている。水を確保しないと生死に関わる。逃げることに加え水探しを目的に加えた。

水を探し、さまよっていると整備された庭に出た。庭は西洋風で、道を少し進んだ所に噴水が見えた。

噴水に走りたかったが、優斗は噴水の周りの気配を探る。運が良かったのだろう。噴水付近に人の気配はなかった。安全だと分ったので、噴水まで走り、水を腹がいっぱい、もう飲めなくなるまで飲んだ。

優斗は水を飲み終わると、急いで林まで逃げ帰った。そして林に隠れて庭園を観察した。

庭園の奥、かなり遠くに白く大きな建物が見える。庭園の端に小さな小屋を見つけた。小屋は窓はなく、人が生活する建物ではない、物置か。かなり大きな庭園だが、人は見かけなかった。

脱水になりかけた優斗は水がどんなに大事か思い知った。だから水が手に入るこの庭園付近は拠点に最適に思える。疲れ切って、このまま寝てしまいたい誘惑にかられたが、ミナミちゃんの顔を思い浮かべることで誘惑に打ち勝つことができた。夕暮れが近かったので、林の中に、葉の付いた小枝で屋根を拭き1人がやっと隠れる小さな拠点を作った。

夜が過ぎ、もうじき夜が明けようとする頃に雨が降り出した。優斗の作った拠点は雨対策などしていない。そのため雨漏りが酷かった。雫が雨のように滴り、外と変わらない。優斗は濡れながら寒さを我慢していた。暫く耐えたが、このままでは寒さで死んでしまう。何とかしようと思案していたとき、庭園の端にあった小屋を思い出す。今の自分で、あの小屋までたどり着けるだろうか。不安だったが、このままここにいては確実に死ぬ。二択ではない一択なのだ。自分で作った拠点を放棄し、その小屋に向かった。小屋には鍵が無かったため、入ることができた。中にはツボに入った灰やスキやクワ、バケツといった農具が置かれていた。真ん中に通路があり、通路は優斗が横になるには都合がよかった。

前日からの疲れと空腹、精神的な衰弱が重なり、優斗は熱を出し、動けなくなった。

外は雨、周りに人の気配が無い。最初は気を張っていたが、いつしか優斗は眠ってしまった。


「とうちゃん、おいらが作業小屋へ1番のりだ。このこと必ず報告してね」

「ロタ、(スキ)は10本、(クワ)も10本、あとバケツは5個、小屋の外に並べとけ」

ロタ「わかった」

そう言うとロタは元気に作業小屋に向け走り去っていく。

ロタと父は雨季前の神殿奉仕に来ていた。奉仕といっても日当と食事がでる。神殿は子供でも1人前の日当や食事をだすので、子を持つ者は親子で参加する。特に頑張った子供には菓子の褒章がでる。ロタはこの褒章を狙っている。妹に甘い菓子を食べさせてやりたいのだ。

小屋に走り扉を開けたロタはしばらく中をのぞいていたが、扉を閉めると作業もせず、こちらに走ってくる。

父「どうしたロタ」

ロタ「小屋に変な奴が寝てる」

父「変な奴?どんな奴だ」

ロタ「俺より、ちょっと上の男の子。寝てた」

父「武器は持っていたか」

ロタ「武器? どうかな。寝てたよ」

この国は腐り始めていた。町では窃盗や暴力がはびこり、役人は賄賂なしには動かない。税金を滞納すれば、即、軍隊に入れられる。2年まえから帝国が王領東部3郡に侵攻して、戦争が始まった。戦費を賄うため、税率が上がった。商家や職人で破産者がでた。戦争や破産で孤児が増えた。孤児は浮浪児となる。町中では増えた浮浪児が徒党を組みギャングとなり、さらに町の治安を悪くする。とうとう神殿まで浮浪児が現れたのか。

父「ロタ、神殿兵の詰め所はわかるな。走れ、『浮浪児を見つけたので対処してください』と言ってこい」


優斗の熱はまだ続いていた。朝方、突然小屋の扉が開けられる。扉の向こうには子供が1人立っていた。子供は「アッ」と言ったまま固まっている。優斗も扉が開く音で目覚め、体を起こす。

優斗は意識が朦朧としていて、対処できない。5秒ほど無言のにらみ合いが続いた。子供は扉を閉め、去っていった。

優斗はにらみ合いの間に覚醒していた。子供が去ると、素早く扉を少し開け、小屋の外を確認した。大人と子供合わせて50人程が遠巻きに小屋を囲んでいた。


優斗は素早く服と下着を全て脱ぐ。靴も靴下も脱いだ。服、下着、靴を体操服を入れていた袋に入れ、棚と床の隙間に押し込み隠した。上手く隠せた。棚を移動させない限り見つかることはないだろう。次に優斗はカメから灰をすくい、頭から体にまぶした。髪の毛や肌に灰を念入りにこすり付ける。灰の入ったカメのふたに使われている布を腰に巻き、縄で固定する。即席のスカートだが、ちょっと歩けば落ちてしまうだろう。でも構わない。

優斗は自分が異世界から来た人間であることを隠すことに決めていた。服や靴を見られれば、間違いなく異世界人だとバレてしまう。だから、服と靴を隠した。

次に喋らないこと。喋れば言葉が違うことでバレてしまう。

小屋の外で取り囲んでいる連中に気づかれることなく隠ぺいが終わり、優斗はホッとした。

もう捕まることを静かに待つ以外、優斗にできることはなかった。


俺の名はジンガ、神殿兵をしている。今、俺は神殿兵長に捕まえた浮浪児の報告をしている。

ジンガ「本日の早朝、奉仕活動に来た信者より、浮浪児が作業小屋で寝ている旨の連絡があり、私と部下2名でその浮浪児を捕縛しました。浮浪児は10歳前後、まだ毛が生えていないガキでした。名前と出生、年齢は分りませんでした。浮浪児は言葉が喋れません。また、こちらの言葉も理解できないようです。この浮浪児、不審な点がありました。浮浪児にしては痩せこけていません。栄養状態が良いです。奴の足ですが、靴を履いていないにも関わらず、傷がありません。足の皮も厚くなっていません」

神殿兵長「10歳のガキか、ベルマ商会に売れ。代金は金貨10枚だ」

ジンガ「あそこは拳闘奴隷しか扱いませんが?よろしいのでしょうか」

神殿兵長「お前が口を出すことではない。分をわきまえろ」

ジンガ「は! 失礼しました。ベルマ商会に連絡します」

神殿兵長「自分の分を守れない奴はどうなるか、これは忠告だ」

ジンガ「ご忠告、感謝します」

神殿兵長「もういい。下がれ」


神殿兵長、俺の報告した不審点を無視しやがった。まあ、あの浮浪児が何か隠しているのは確かだが、俺はその隠し事が金に成るとも思えなかった。神殿兵長なら金に変えられるかもと期待したが、ダメだった。しかし、よりによってベルマ商会に売るのか。俺はベルマ商会にまったくツテが無い。ベルマ商会以外であれば、多少はマージンが抜けたのに。神殿兵長の取り分は金貨5枚だろう。神殿兵長の取り分のため、拳闘奴隷にされる浮浪児は哀れだ。魔物と戦わされ、見世物にされる。まあ、1カ月も生きられまい。

だが拳闘奴隷の件は話すべきじゃなかった。ジンガは神殿兵長との会話を振り返り、反省した。

逆らったと神殿兵長に思われている。神殿兵は美味しい仕事だ。俺はこの仕事を失いたくない。

実際、神殿兵は圧倒的に人気の働き口だ。神殿は侵入した浮浪者を捕まえ、奴隷として売る権利を神殿から認められている。代金は神殿に入るのだが、実際の仕事は全て神殿兵に任されている。奴隷は高額商品であり、売るとき、マージンを乗せやすい。マージンは神殿兵の懐に入る。給料とは別にボーナスが入るのだ。穢れ仕事である奴隷売却に神官は口を出さない。

神殿兵長に睨まれると、兵士に格下げされ、戦線送りになる。自分が東部戦線に送られないか、心配するのは御免だ。

帝国と争う東部戦線は過酷な戦場と噂されている。ジンガの親戚や知人が何人も東部戦線で戦死していた。東部戦線送りになるのはまっぴら御免だ、妻と5歳の娘と2歳の跡継ぎを路頭に迷わすようなことは避けたい。

そういえば最近、連戦連敗の東部戦線が持ち直していると神官が言っていた。なんでも2年前からスキル持ちの軍人が200人ほど戦線に投入されたそうだ。彼らの活躍で、最近、王国は攻勢に出ているという。

スキル持ちなど万人に1人しかいない。だから王国でスキル持ちの軍人を200人も集めることは不可能だ。これにはカラクリがあった。

ジュード公爵のお抱え工芸師がスキルオーブなるものを発明した。このスキルオーブを使えばスキルの無い人間でもスキルを使えるという。ただ、スキルオーブには倫理的な問題があった。スキルオーブの原料は異世界人なのだ。異世界人は世界を渡り現世に転移したとき、強力なスキルが与えられる。この強力なスキルを持った異世界人の頭から脳幹だけを切り出し、切り出した脳幹をライフポーションに漬け、オーブの中に閉じ込める。脳幹のみをオーブの中で生かすことでスキルオーブができる。スキルオーブ自体は10年前に発明されていたが、王国では作成が禁止されていた。しかし2年前に状況が変わった。神殿が「異世界人は人間ではなく家畜である」との神託を発表したのだ。神のお告げでは「異世界人は王国の言葉が話せない。よって人間ではなく家畜である」であった。王国では神すら腐ってしまったのだろう。東部戦線は王国の生命線で、これに勝たねば王国は帝国の属国となってしまう。王国民は属国化は受け入れられない。当然、王国は神託を受け入れた。まあ、倫理より自分たちの生活が優先されるのは当然であろう。


ジンガ「そういえば神殿の北西にはジュード公爵の農工荘園があったな。例の浮浪児、ひょっとして異世界人かも。いかん、いかん。金にならないことだ。家族のために、次の儲け話を探そう」


【異世界】 奴隷商


ここはベルマ商会、私は店長をしている。私が朝の事務仕事を片付け、まったりとお茶を飲んでいるところに、店員の1人が憂鬱な話を持ち込んできた。

店員「店長、週末までにコロシアムに売る奴隷、7匹しか手配できていません。神殿から買った黒頭を回してくれませんか」

店長「明日、グンドが来るだろう。浮浪児狩りの結果を見てから決めろ」

店員「そのグンドから使いが来たんです。うちには2匹しか下せないと言ってきました。あと1匹、たりません。助けてください」

確かに神殿から浮浪児の黒頭を買った。浮浪児の奴隷は通常金貨20枚だが、神殿からは金貨10枚で卸された。ただ、神殿兵長へのキックバックで金貨5枚が必要なので儲けは金貨5枚となる。黒頭を買ったあと、調教師から黒頭の状態を聞き途方に暮れてしまった。言葉を話せないばかりか理解もできていないと言われたのだ。こんな奴隷に売り先などない。不良在庫となる1カ月を過ぎれば、鉱山奴隷として売るしか手がなくなる。その場合、売値は金貨5枚だろう。金貨10枚の損が出る。そればかりか1カ月の飼育費として銀貨1枚も損となる。顧客を騙して売り抜けることはできるだろうが、顧客から店主にクレームが上る。それを思うと、いつも奴隷を買ってくれる優良顧客には絶対に売れない。

店長「コロシアムから文句がくるぞ。あの黒頭、言葉が理解できない阿呆だぞ。前回も支配人からもっとましな奴隷を寄こせと文句がでた。次は店主に話すと脅されている。ベルマ様の怖さはお前もしっているだろう」

店員「10匹揃えないと、俺、確実に首です。俺が首になるとコロシアムの担当は店長に回りますよ」

強烈な脅し文句だった。コロシアムはいつも奴隷を買ってくれる優良顧客なのだが、コロシアムの支配人と私は犬猿の仲なのだ。私が店長に昇進したのを機に、店主のベルマ様にお願いし、コロシアム担当を交代していた。


店長「あ〜、わかった。あの黒頭をお前に回す。上手く立ち回ってくれ」

店員「了解です。店長、恩にきます」


私は不良在庫となりそうな黒頭が片付いたことに安堵したが、同時に来週にはコロシアムの支配人から、黒頭に対するクレームが来ることも決まったようなものだ。対策が必要だ。クレームがきたからでは不味い。奴隷を売ってくれそうな傭兵団に当たりを付けておこう。黒頭が役にたたない場合は傭兵団から奴隷を買って代役に立てれば、支配人も機嫌をなおすだろう。


【異世界】 魔物と戦わされて


小屋で捕まるのを待っていた僕は予定通り、兵士に捕まった。かなり乱暴に扱われたが殺されることは無かった。小屋から引き出された僕は牢屋に入れられた。牢屋では兵士に怒鳴られっぱなしであった。言葉が分からないので推測なのだが、たぶんだが尋問を受けたんだと思う。次の日には別の場所に連れて行かれた。そこでは牢屋に入れられる前、着ていたスカートもどきは剥ぎ取られ素っ裸で牢屋に入れられた。牢屋には7人程先客がいたが、みな男で年齢は15歳くらいだろうか。僕と同じように裸であった。牢獄では会話すると看守にムチを入れられる。しかし、僕にとっては先客と会話しなくて済むので有難かった。5日ほどその牢屋で過ごしたので、牢屋での過ごし方が分った。6日目には馬車に乗せられ、新たな場所に移された。新たな場所と言っても牢屋なのだが、今はそこにいる。この牢屋に入る前、服と靴をもらった。服や靴は古着なのだが、裸より安心感があり、嬉しかった。食事は夕食のみ、水も桶でその時配られる。そしてここの牢屋は個室であった。まあ、個室と言っても四方が鉄格子で、しかも隣の牢屋とは鉄格子で仕切られている。それでも個室は有難かった。牢屋では、トイレは壺の中に大小をする。集団で牢屋に入れられていた時は恥ずかしく、トイレはできるだけ我慢していた。


今日は朝から騒がしかった。どこからともなく人のざわめきが聞こえてくる。僕はこの場所に連れて来られて3日目だが、人のざわめきなど初めて聞いた。今日は檻の外で働く看守の声も大きく、怒気を含んでいる。何かとんでもないことが起こる予感がする。そんな不安な想いは現実となった。ゴリラの様な看守に引き立てられ、僕は馬車の檻に押し込められた。

同じ檻に子供が次々と押し込まれる。僕も含め10人の子供が檻に押し込められた。看守が水を柄杓で渡してきた。僕は喉が渇いていたので飲もうと口を付けたが、苦い味がする。薬?毒?まずい飲んじゃダメだ。僕は自分の勘を信じ、飲んだふりをしながら、水を吐いて捨てた。扉の外でラッパが鳴った。ラッパが鳴り終わると檻は馬車に引かれ動き出した。馬車が扉を潜ると視界が広がる。馬車は広場に出た。広場の周りは階段状の人垣で埋め尽くされていた。みんなも一度はローマのコロシアムを写真で見たことがあるだろう。僕のいた場所は正しくコロシアムの闘技場の中だった。

数千人の観客が発する歓声に頭が痺れる。心臓の鼓動は小太鼓のように早打ちしている。

次に広場の中央には武器立てが運びこまれてくる。武器立てには剣と槍、ナイフが刺さっていた。武器立をはさんで反対側の扉が開き、馬車が檻を引いてきた。その檻には緑色の人間が沢山詰め込まれていた。人数を数えると10人。こちらと同人数だ。広場の両端に置かれた檻と檻の距離は30m。檻と檻の中央には武器立て。何をさせたいか、僕でもわかった。あの緑の人間と僕らを戦わせたいのだろう。コロシアムに集まった人間は僕らの戦いを見て楽しむのか。

用意された武器は竹刀などではない。人を殺せる本物の武器だ。殺し合いに勝たなければ生き残れない。負ければ殺されるのだ。僕は生き延びたい。生きて現世に帰りたい。それが他の命を殺すことであっても。僕は迷わない。

突然、ファンファーレが鳴り響いた。会場のざわめきが止まり、静寂が訪れる。看守が檻の扉をあけた。子供たちは中央に据えられた武器立て目掛けて走る。右の武器立てには剣が3本、中央の武器立てには槍が4本、左の武器立てにはナイフが3本。僕は左の武器立てに走りナイフを確保する。人間も緑人も剣と槍に殺到し、ナイフに走る者はいなかった。僕は3本のナイフを独占した。右を見ると、人間と緑人が1本の槍を奪い合い争っていた。緑人は無防備な背を僕に向けている。僕は右手に持ったナイフを胸の位置に掲げ、緑人の背に飛び込んだ。ナイフは緑人の背に深々と刺さる。緑人の背に抱きついたまま周りを確認する。槍を奪いあうもう1組を見つけた。刺さったナイフは放棄する。左手のナイフの1本を右手に渡し、次の緑人の背中に飛び込んだ。ナイフが刺さり2人目の緑人が倒れる。

殺した緑人を盾にとり、現在の戦況を確認した。緑人は1人が剣を、1人が槍を持っていた。人間2人が槍を、2人が剣を持って、緑人と対峙していた。緑人は既に5人が倒れている。人間3人が倒れていた。僕は武器を持たない人間に余ったナイフを投げ渡した。戦況は膠着していた。

勢力は人間が槍2、剣2、ナイフ3。緑人は槍1、剣1、武器無し3。緑人は不利を悟ったのか、後退している。次に奴らは人間に背を向け逃げ始めた。人間側は追いかけ、槍持ちが槍を突き、緑人を転ばせると剣とナイフ持ちが緑人を殺す。この繰り返しで、人間側の勝利となった。

最後の緑人を殺すとファンファーレが鳴り響き、大きな歓声が上がる。戦いは終了のようだ。僕はホッとした。緑人を全員殺した後、人間同士でも戦わせるのではないかと身構えていた。この心配は杞憂であった。

看守が出てきて、僕達に何かを命令した。皆が武器立に進み、武器を返却している。ここで逆らっても仕方ない。僕もナイフを武器立てに戻した。

看守「%あ6$3戻れ(・・)+@11!…」

僕も皆に続いて檻に戻って、大人しくした。

例のゴリラのような看守が緑人の胸をナイフで切り裂き、何かを集めていた。

集め終わったのか、ゴリラ看守は檻の前まで来て何か命令した。

ゴリラ看守「黒頭(・・)、16%4))!”来い(・・)+:・・」

黒頭(・・)と来い(・・)だけが聞き取れる。たぶん僕を呼んでいるのだろう。

僕はゴリラ看守の元に歩いて行く。そしてゴリラ看守の前に立つ。後ろから別の看守に羽交い絞めにされた。ゴリラ看守は僕の口を横掴みし上下の歯の間を指で押し、口を開かせた。そして緑人の胸から取り出した何かを口の中に押し込んできた。僕は吐き出そうとするが、今度は鼻の下と顎を儂掴みにされ、口を開けない。さらに指で鼻を押さえ息ができない様にされてしまった。

30秒位ほど耐えたが、息がしたくて、口に入れられた何かを飲み込んでしまった。ゴリラ看守は僕の喉が鳴るのを確認すると手を放した。鉄くぎを何本も舐めたような金属の味が舌に残った。別段、生臭いとか、不味いとか無いのだが、なぜこんな物を食わせるのか理由が知りたかった。

ゴリラ看守「=1#&’&%%$””5’’64))・・」

せっかく理由を説明してくれたと思うのだが、まったく理解できる単語が無かった。

ゴリラ看守は笑いながら去っていく。その言動からは僕への嫌悪とか敵意は感じられなかった。

クラスでイジメにあっていた僕にすれば敵意や嫌悪感をぶつけられることには慣れているが、ゴリラ看守の行動はそれがない分、不気味であった。僕は何をされているのだろう。

僕は戦いが終わり放心状態であった。退場を待つ間、ぼんやり檻の中から、死んだ緑人や人間を見つめていた時、死体から黄色の薄いモヤのようなものが沸き立っているのが見えた。次の瞬間、僕の体から白い槍のようなものが飛び出し、その黄色いモヤを包み僕の体に取り込んでいく。死体は13体あったが、一瞬で全てのモヤを吸い取った。驚いた僕は周りを見渡したが、看守も観客も僕の白い槍に全く反応していない。なんか見えていないっぽいのだ。

僕は十王様から貰った魂魄の神力を思い出した。ナビが最後に使えと言った神力だ。

ひょっとしてEPが回復するかもしれないことに思い当たる。魂魄の神力が発動したとすると顕精の宝珠にエネルギーが溜まっているはずだ。EPは顕精の宝珠から1時間で1000が供給される。よし!、1時間待ったらナビに呼びかけよう。僕はまたナビに会えると思うと、嬉しくてたまらない。

あれ、何だろう。いきなり体が燃えるように熱くなってきた。それに、動悸もする。心臓の鼓動はどんどん大きく聞こえる。そして限界まで鼓動が大きくなった時、周りの景色が縮んで狭くなっていく。目の前が暗くなる。僕の意識が飛んだ。


【異世界】 ナビとの再会


僕は目が覚めた。見回すと自分の牢獄で寝ていた。動悸がして、それがひどくなり気絶してしまった。僕は牢獄まで運ばれたようだ。しかし腹が減ったなあ、そう思って牢獄の前を見ると、そこには食事と水桶が置かれていた。食事はいつものお粥だが、横に焼いた何かが添えられていた。僕は食事に飛びついた。腹が減ったどころではなかった。飢餓感に追い立てられるようにむさぼり食った。お粥も添えられたものも美味かった。今まで食べた何よりも旨い。ただ量が少ない。全然足りなかったが仕方ない。明日の夕食を待すしかない。

食事が終わって僕は自分の食欲に驚いた。お粥はいつもの量であった。昨日までの僕であれば椀1杯で十分であった。今日は緑人と殺し合いをさせられた。殺し合いとはこうも腹がすくのか。

食べ終わった時点で、いつも配膳をしてくれる男が食器を片付けてくれた。今日はもう見回りの守衛以外は明日の朝までここには誰も来ないだろう。

僕はワクワクしながら声に出さないようにナビに話しかけた。

僕「ナビ、返事して」

ナビ「優斗、生きていてくれて嬉しいです。そして今まで優斗を守れなかったこと、お詫びします」

涙が出てくる。油断すると声に出して泣きそうになってしまった。またナビと会えて本当に良かった。嬉しくてたまらない。ナビに話そうとするが、感情が高ぶっていて、叫びそうになる。

僕「また、ナビに会えてうれしい」と言うのがやっとだった。

僕の高ぶった気が静まった所で、あの時、何があったかナビに問いかける。

僕「ミナミちゃんはどうなったか教えて」

ナビ「美南さんは十王様の元に送り届けました。間違いなく助かっています」

僕「そうか。ありがとう、ナビ。あの時のこと話して」

ナビ「そうですね。あの時、美南さんを救うための時間は3秒しかありませんでした」

ナビはあの時の状況、そうしなければならない理由など事細かに説明してくれた。

ナビの話に、僕はいちいち納得する。当たり前であるがナビも含めて宝珠や神力は優秀だった。

お互いに情報交換が必要と思ったから、次に僕からはあの後の行動を、時間順に覚えている限り事細かにナビに話した。久々に話しをしたので、僕の話は止まらなかった。2時間くらい、一気に話した。

ナビ「もう深夜です。戦いに寝不足は禁物です。優斗は寝てください。続きは明日話しましょう」

僕「分かった。もう寝るよ。その前に1つだけ。僕のステータスを教えて」


優斗のステータス

  レベル        1

  HP        13

  EP      5200/24000

  MP        10/10

  エナ力        0/1000

  マナ力        0/1

  攻撃力        5

  守備力        8

  持久力        5

  精神力        6

  知力        10

  体力         7

  俊敏         7

  器用         5

  顕精の宝珠   7800

  ???       ??


なんか前と違う。何か増えている。でも眠い。もう寝よう。


夜も明けぬ時刻に看守が来て、檻から連れ出された。僕も含め、10名が集められ、腰に鉄でできたベルトを付けられる。ベルトには鍵があり、鍵を掛けられたので、ベルトは外せなくなった。ベルトの前後には1m程の鎖がついていて、前の奴のベルトとつながっている。後ろの鎖も後ろの奴のベルトとつながっていた。10人がベルトと鎖でつながれ、蛇のようにされてしまった。

そんな状態で看守に先導され1時間ほど歩かされる。たどり着いた所で看守は赤い腕輪を掲げ、周囲を指さしながら何かを説明した。最初は何を言っているか分からなかったが、周りの奴らが皆、首にハメられた首輪を触っていたのを見た時、何を説明しているか分かった。

看守は首輪の有効範囲を話しているのだろう。あの赤い腕輪を起点に看守が指し示す範囲であれば、首輪は発動しない。そう考えると看守の動作はいちいち納得できた。

その日、僕はレンガを担いで運ぶ仕事をさせられた。レンガを20個ほど背負い、梯子を上って高い所まで運ぶのだ。レンガの山は見るからに重そうで、とても背負えるとは思えなかった。実際背負ってみると、背負えるが立てなかった。何回かチャレンジし、どうにか立つことができた。ふらふらしながらレンガを運んだが、途中からコツを掴み、夕方には人なみに運べるようになっていた。

作業を終え、帰った後に出された食事はいつものお粥であったが、量がいつもより多かった。それに美味かった。ただ、量が少ない。もっと食べたい。

食事が終われば待ちに待ったナビとのお話タイムだ。

僕「ナビ。僕はこの異世界の言葉が知りたい。話せなくても聞いて理解できるようになりたい」

ナビ「はい。私も異世界の言語を理解する必要があると考えています。今日も情報を収集していました。夜のこの時間に言語の学習会を開くのはどうでしょうか」

僕「賛成。今日から始めよう」

僕は今まで覚えた単語を思いつく限りナビに教えた。ナビからも数語であるが、僕に教えてくれた。僕が覚えた単語で意味を取り違えている単語も教えてくれた。ナビのお陰で言葉を覚える方法が定まった。

今日話したいのはもう1点。僕のステータスについてだ。

僕「ナビ。僕のステータスだけど、前はレベルが0だった。今はレベルが1になってる。レベルとは何なの」

ナビ「戦いにおける強さの目安です。自分と他者の強さを比較する場合に使います」

僕「レベルが大きい程強いわけか」

ナビ「そうなります」

僕「項目でMPとマナ力が増えている。何なんだろう」

ナビ「MPはマナポイントです。マナですが色付きのエネルギーです。エナも色付きのエネルギーです。ただ、エナとマナでは色が違います。マナは宝珠と神力には使えません」

僕「どうして僕のステータスにMPが生まれたのかな」

ナビ「優斗がMPを使えるようになったためです。ただ、MPの使い方は分かりません」

僕「??はどんな効果があるの?どうやって使うの」

ナビ「不明です。『??』と表示されるのは知識の宝珠に該当する情報が無いからです。ステータスに表示される以上、計能の神力は優斗が使える能力だと判断しています。使えば能力の効果は判明します」

僕「使って効果を確かめるのか」

ナビ「はい。もし危険と判断した場合、私が止めます」

僕「じゃあ使ってみるね」

ナビ「はい」

僕「どうなった?」

ナビ「はい。MPは1分で2減りました。機能しています」

僕「まだ続けるの」

ナビ「はい。思いっきり早く手の指を開いて、閉じてを繰り返してください」

僕はナビに言われるままグーパーを繰り返した。

ナビ「判明しました」

僕「え〜、ほんと?」

こんなことで??は本当に分かるのだろうか。つい疑問符が言葉に出てしまった。

ナビ「ホントです。能力名を知識の宝珠に登録しました。もう一度、ステータスをお見せします」


優斗のステータス

  レベル        1

  HP        13

  EP      5198/24000

  MP         4/10

  エナ力        0/1000

  マナ力        1/1

  攻撃力        5

  守備力        8

  持久力        5

  精神力        6

  知力        10

  体力         7

  俊敏         7

  器用         5

  顕精の宝珠   7800

  スキル       瞬動(1.5)


ナビ「優斗のスキルは瞬動です。普段より1.5倍の速さで動作できます。

動作だけでなく思考も1.5倍になります。瞬動は1分でMPを2使用します」


【異世界】 ことばと文字


僕がコロシアムに来てから3カ月が過ぎた。コロシアムでは5日毎に魔物との試合に参加させられた。試合の無い日はレンガ運びや瓦礫の運搬など力仕事をやらされた。

戦う魔物も最初はゴブリン(緑人)、次はビィービ(類人猿)、最後はウルフ(狼)と変わっていった。

戦う仲間も最初は30人ほどいたが、戦死で人数が減り今では僕を含め7人になってしまった。人数が減ったので、名前は知らないが、お互いを個人として識別できるようになった。能力や戦闘スタイル、戦い方の好みなども理解できるようになった。おのずと戦いに際しての各自の役割が自然に決まり、魔物と安定して戦える。ここ2回の戦いでは戦死者や負傷者は出ていない。

今までに僕が参加した戦闘は18回、魂魄の神力で吸収した人間の魂は23、魔物の魂は108。僕の現在のステータスはこんな感じ。


優斗のステータス

  レベル        3

  HP        21

  EP     24000/24000

  MP        21/21

  エナ力      100/1000

  マナ力        1/5

  攻撃力       12

  守備力       15

  持久力        9

  精神力        9

  知力        11

  体力        10

  俊敏        12

  器用         7

  顕精の宝珠     8万

  スキル       瞬動(2.1)


EP、MPは満タンにすることができた。加えて顕精の宝珠の中にも8万ほど溜めることができた。もう宝珠や神力、スキルを普段に使う分には困らない。ただ、現世への帰還となるとまったく足りていない。どうやってエネルギーを溜めるか、方法をナビと協議を続けている。

朗報が三つある。

1つ目の朗報は言葉だ。

こちらの言葉が理解できるようになってきた。僕は話してはいないが、たぶん話せる。次の目標はこちらの文字と一般常識を学ぶことだ。今は文字を学んでいる。

2つ目の朗報はクビに着けられた首輪を解除できるようになったことだ。

1つ目の朗報にも関連するのだが、牢獄の中に居ては文字を学ぶ方法がない。文字を学ぶための教科書が必要で、それを探すには町中で行動する必要があった。首輪はコロシアムを離れると起動するので、町中の探索には首輪の解除は必須なのだ。

方法は簡単であった。まず首輪を指でつまみ、首に触れないように支える。指を放すと同時に空影の神力を発動する。首輪は僕の体をすり抜け、敷き藁の上に落下する。これで首輪を外すことができる。町の探索が終われば、再度、首輪を首にハメる必要がある。首輪をハメるには頭の上に首輪を乗せ、空影の神力を発動する。首輪が首の付近まで落ちたところで空影の神力を解除する。空影の神力の発動と解除はナビに任せている。僕の運動神経ではとてもできない芸当だ。

3つ目の朗報は異世界の図書館を手に入れたことだ。

手に入れたとは比喩なのだが、8万冊の本の情報を知識の宝珠に取り込むことができた。

まづ、夜中、僕はコロシアムを抜け出し、1Kmくらい離れる。そこで広目の神力を発動し、半径1Km内の情報を知識の宝珠に取り込む。取り込んだ情報から本の場所を全て取り出す。次に再度広目の神力を発動し本のページに書かれた情報を知識の宝珠に取り込む。

同じことを別方向で2回行った。遠く離れた所にある本を開くことなく読み取る広目の神力の能力はまさに奇跡だ。

こうして8万冊の本は何時でも読むことができるようになった。ただ、僕にはどの本も難しすぎる。だから僕は幼児に字を教える絵本でナビから文字を教わっている。

もうナビたち宝珠や神力は異世界文字を理解できるようで、8万冊の本を解析し、内容を理解しようとしているという。ちょっと離された感があり、情けない。理解したら教えてくれると言うし、まあ、僕に時間があればだが、今僕は忙しいのだ。


【異世界】 コロシアムの管理者


戦争をしているというのにこの国はどうなっているのだろう。王国中枢部は帝国との戦争の不満を緩和するため、コロシアムでの魔物と拳闘士との殺し合いを興行として許可している。拳闘士となった奴隷の命は軽い。興行が行われる度に散っていく。

支配人「看守長、今回残った集団戦用の拳闘奴隷7匹をガス傭兵団に売る手筈が整った。来週の始めに引き取りに来る。その時、傭兵団からトリプル戦用の拳闘奴隷を1匹仕入れる。戦場の戦闘で2年を生き残った戦奴だそうだ。取り柄は気が粗いことだそうだ。笑える奴だろう。コロシアムが誇る看守長の調教を受けた後でもそう言っていられるか楽しみだ」

看守長「私はここのシキタリを教えているだけです。7日もあればどんな奴でもおとなしくできますがね」

支配人「次の話だ。入れ替わりの集団戦用の拳闘奴隷をベルマ商会、奴隷ギルド、捕虜販団からそれぞれ10匹ずつ仕入れた。収監用の檻の手配は頼んだぞ」

看守長「はい。しかし今回は集団戦は順当でしたね」

支配人「何が順当だ。ここのところ、2回連続で集団戦の公演で死んだ拳闘奴隷がいない。観客からブーイングが起きるところだった。観客はコロシアムに拳闘士の死ぬところを見に来るんだぞ。もう集団戦は入れ替えの潮時だ。黒頭人気がなかったらどうなっていたか」

看守長「黒頭は当たりでしたね。マナ玉を食わせた甲斐があります。レベルが上がって化けました」

支配人「おいおい、黒頭のレベル1以上だったらどうする。マナ玉は食うだけでレベルが1つ上がるが、レベルが1以上だと食うと死ぬ代物だ。マナ玉を食わせて殺したら大損だ」

看守長「黒頭は誰がどう見てもレベル0でしょう。俺の目は確かですよ。ベルマ商会の店員は黒頭を言葉すら理解できないバカと言ってきましたが、たぶん黒頭は外国人。だから言葉が分からなかった。黒頭、わずか3カ月で、こっちの話すことが分かってます。たた話すことはしませんがね」

支配人「1匹金貨20枚だからな、奴隷は公演以外で殺すな」

看守長「はい。承知しています。黒頭は傭兵団で鍛えれば、質のいいトリプル戦用の拳闘奴隷になります。考えといてください」

支配人「傭兵団で死ななければな。まあ考えておく。次回の集団戦用の拳闘奴隷も上手く育てろ。頼むぞ」

看守長「はい、任せてください」


【異世界】 傭兵の戦奴


今、僕は東部戦線という戦場に来ている。東部戦線は平原と湿地、それれが入り混じっていて、所々林もある、そんな場所だった。吹く風に乗る匂いには不快な何かが混ざっている。たぶん、死臭なのかな。遠くに丸太でできた壁に囲まれた建物が見える。僕らの乗る馬車はその建物に向かって進んでいた。


コロシアムでの生活は突然終わった。その日はいつもの様に作業に駆り出されたと思っていたが違っていた。コロシアムから連れ出された僕らが向かったのは町の外だった。そこからいきなり待っていた馬車に乗せられ、馬車の旅が始まった。目的地である東部戦線に着いたのはコロシアムを出て1カ月後であった。


馬車旅が始まって最初の川にさしかかった時、服を脱がされ、川で体を洗わされた。約100日ぶりのお風呂は冷水でも気持ちよかった。今まで着ていた服は川に捨てられた。代わりの傭兵の装具一式が渡された。装具の服は、僕には全てが大きかったが、服の要所を折りつめ、何とか着ることができた。

次に首にハメられた首輪が交換された。新しい首輪は戦奴の首輪といい、今までの奴隷の首輪とは機能が違う。戦奴の首輪には爆薬が仕掛けられていて、奴隷主は起爆装置を使い遠隔で、その爆薬を起動できる。起爆装置を持つ奴隷主が死ぬことでも、戦奴の首輪は爆発する。

僕にとってはとんでもない首輪だった。僕は生きて現世に帰ることが目的だ。それを脅かす戦奴の首輪は容赦できない。その日から戦奴の首輪が爆発しないようにする方法をナビと探った。異世界の図書館には戦奴の首輪の記載もあり、爆発しないよう細工する方法を知恵の宝珠が教えてくれた。次の日の朝には戦奴の首輪は、ただの首飾りとなっていた。

馬車旅の途中、僕らは傭兵稼業に必要な訓練を受けた。僕が話せないことを傭兵達は承知していた。傭兵の訓練では命令や報告のためのハンドサインを教わった。ハンドサインは300種にも及び、傭兵間で意思を伝達できる。名詞、数詞、動詞、疑問詞などがあり、傭兵業務は言葉を必要としない。

一番辛い訓練は行軍であった。3日毎に1日、馬車に乗らず、装備を担いで行軍する。日に6時間なのだが、6時間速足で馬車を追う。最初、行軍の後は疲れすぎていて、夕食を食べる気力がわかず水だけ飲んで寝た。人間は慣れるもので、最後の頃には、行軍があった日でも、たとえ夕食がカビが生えたパンであったとしても、美味しくいただけるようになっていた。


馬車は丸太の塀で囲われた砦の一角に進む。そこには傭兵団の本部テントがあり、馬車の終着点だった。馬車から下ろされた僕達は傭兵から団長による検閲があると伝えられ、テントの前に整列させられた。

団長がテントから出てきた。顔に大きな切り傷があり、いかにも傭兵という雰囲気をまとっていた。

団長「新入り、良く来た。ここがお前たちの職場だ。ここでお前達には2年間働いてもらう。俺からの命令は1つのみ。2年間生き抜け、だ。言っておくが、ここでは油断すると簡単に死ぬ。油断しなくても、まあ死ぬ奴は死ぬ。2年間生き抜けたら褒美をやろう。戦奴の首輪を外してやろう。仕事については追って指示する。以上だ」

そういうと団長はさっさと本部テントに引き上げていった。整列した戦奴の中から微かな歓声が上がった。戦奴という最底辺の身分から解放される可能性への正直な気持ちが現れたのだろう。しかし、僕には関係無かった。2年も戦奴として異世界にいるつもりはない。僕の目的は一刻も早く現世に帰還することだ。そのために何をすべきか考えよう。


傭兵「団長、奴隷の奴ら、2年生き残れば自由にしてやるんですか」

団長「するわけないだろう」

傭兵「でも、さっき団長ははっきり戦奴の首輪を外すと言いやしたぜ」

団長「ああ、戦奴の首輪は外すが、奴隷の首輪を付ける」

傭兵「はぁ、俺、勘違いしてました」

団長「奴らも勘違いしてるだろうよ。嘘でも、希望があれば、奴らも頑張って生きるだろう。奴隷は生きれば生きるほど、儲けが増える」


僕らに割り振られた仕事は護衛業務だった。王国の軍は諸侯軍の混成であるため、諸侯毎に貴族が軍務を担っている。諸侯軍の中には貴族と言うだけで隊長となる人間がいる。戦場に出すには敵だけでなく味方からも守る必要があった。信頼できる人間を護衛に付けられれば良いが、命がけの戦場では、大抵の人間は主の命より自分の命を守ってしまう。これには解決策がある。傭兵団から護衛を金で雇うのだ。戦奴の首輪を付けた傭兵は起爆装置を付けた人間が死ぬと自分も死んでしまう。起爆装置を身に着けていれば、護衛は死なないよう守ってくれる。貴族は忠義などというあやふやな物より、命を掛けざるを得ない傭兵を信用する。


傭兵「奴隷共、並べ、今から客を呼ぶ。客は5人だ。客がお前達を選ぶ。仕事にあぶれる奴はいないから安心しろ。俺からのとっておきの情報だ。死にたくない奴は耳をかっぽじって聞け。客は上客の順に呼ぶ。客の順は重要だ。上客ほど戦線の後ろに陣取る。馬鹿なお前達に分かるように言うとだな、先の客ほど、安全な場所で戦うと言うことだ。客が危険であればお前達も危険だ。客が安全であれば、お前達も安全だ。上客に選んでもらえるよう、せいぜい媚びろ」

護衛に求められるのは1つ目は体格、2つ目は経験なのだろう。客は体格順、経験順に自分の護衛を選んでいった。僕はこちらに来た時より、身長、体重共に増えたと思うが、いまでも12歳くらいの体格だった。僕を選らんだのは5人目、最後の客だった。というか、客は1人残った僕を雇うしか選択肢がなかった。


【異世界】 護衛業務


僕を雇ったのは王国中部6郡の1つ、北カルバ群を納めるミュラー公爵の次男、ケインであった。年齢は高校生2年生くらいだろう。領軍500を引き連れて、東部戦線に参戦していた。

僕はミューラー軍の駐屯地に連れていかれ、同僚となる護衛2名に預けられた。1人は壮年の男性でガリバと名のった。ガリバは傭兵の首輪をしていない。もう1人は僕と同じ傭兵で戦奴の首輪をハメていた。


ガリバ「俺はミューラー家に雇われた護衛だ。命令は俺から出す。名前はガリバだ。あとケイン様には直接話しかけるな。話があれば俺を通せ。ケイン様は貴族だ。お前達奴隷とは身分が違う。貴族は身分にうるさい。お咎めを受けたくなかったら、しっかり守れ」

僕は一瞬ためらったが「分かりました。ガリバ」と声に出して答えた。

同時に、ハンドサインで了解の合図も送った。

ガリバは続けて「ギンダ、自己紹介しろ」

ギンダ「俺はダイロン傭兵団のギンダだ。1カ月前から此処にいる」

会話は何処かで練習する必要がある。僕はここで会話の練習を始めることにした。今は傭兵団から離れているので、僕が喋れることを知られることはない。会話の練習を始めるには好都合である。

僕「名前は黒頭と呼ばれています。ガス傭兵団で。俺。話。その、下手です。だから許してください」

ガリバ「なんだ。喋れるのか。傭兵団からは喋れんと聞いたがな。まあ、喋れる方が都合がいい。ちょっと話し方が変だが、何を言いたいか分かる。

一番重要なことを言う。俺達、護衛は守り専門だ。守るのはケイン様だけだ。他の連中はどうでも良い。俺達護衛は帝国軍に襲われても戦わない。逃げるだけだ。味方の兵が帝国軍に襲われても助けるな、見殺しで良い。敵だろうと味方だろうとケイン様を襲ってくるようなら殺せ。これが俺達の仕事だ。間違えるなよ」

僕は会話デビューに成功したようだ。会話できることで得られる異世界の情報は格段に多くなるだろう。


ミュラー軍は他の領軍と合同で、東部3郡の中央部から帝国軍を追い出すため、帝国軍の駐屯軍に決戦を挑もうとしていた。3郡の中央部に集められた兵は王国軍1万1千、敵である帝国軍1万、平原では両軍が東西に別れ、陣取っていた。

ただ、両軍はにらみ合ったまま、お互いに手を出さない。2カ月ほどにらみ合いが続いたため、その時間を利用して、両軍ともに防衛拠点を作った。戦争は防衛側の方が被害が小さい。防衛拠点があると攻める側が不利になる。王国軍は攻められなくなった。こうして戦況は膠着状態が続くことになる。


護衛組は兵士に課せられた義務や仕事が無い。だから僕たちは暇だった。異世界に来て初めて、自由時間が生まれた。暇つぶしが必要であった。僕ら護衛はお互いと会話することで暇を潰した。僕にとっては会話の練習になるうえ、知らない異世界の一般常識を得るチャンスであった。通貨はあるのか。通貨の単位は、物価は、仕事は、町の出入りは、地理は、治安は、宗教は、政治は、交通は、知りたいことが無限に湧いてくる。会話の題材には困らなかった。

会話するうちに判ったことがある。ガリバとギンダ両名とも生国は王国ではなく、今は帝国の属国となった国の出身であった。帝国との戦争から逃れるため、国を捨て流民となった。ガリバとギンダは王国に逃れてきた。ガリバは幸運にもミュラー公爵家に拾われ護衛となった。一方、ギンダは騙されて傭兵団に売られてしまい、戦奴になった。生国でガリバは商家の番頭であった。ギンダは大工であったという。

早晩、僕は現世への帰還のためのエネルギーを確保するための行動を開始しなければならない。どうなるかわからないが、ガリバやギンダから得られる情報は僕の安全にとって貴重だ。


両軍がにらみ合いを始めて2カ月が過ぎたころ、機が熟したのか、しびれを切らしたのか分からないが、帝国軍が動いた。当然のように王国軍も動く。両者は互いの防衛拠点を出て、前方に陣を敷いた。両者の距離は1Kmほどで、日の出前から陣を展開したので10時頃には布陣は完成した。

後方から響くラッパの音とともに戦争が始まった。隊長であるケインの赴くまま、僕ら護衛はケインと共に移動した。ケインは乗馬をしている。移動速度が早いため、付いていくのがやっとだった。ここは平地、遠くを見渡せないため、僕には音でしか戦闘の状況は確認できない。音の情報だけだが前方で激しい戦いが行われていることが感じられた。

2時間ほどは互角の戦いだったが、伝達兵がケインに前方を指揮する部隊長の戦死を知らせたころから、戦況は徐々に悪化した。ケインは何回か増援を求める狼煙を上げさせた。しかし増援を求めて2時間がすぎたが、今だ援軍は来ない。

交戦する怒声や剣戟の音が随分近くから聞こえるようになった。帝国兵も目視できるまで、前線が近づいてきた。

突然、王国兵がこちらに向かって走って来る。最初、何が起きたか分からなかった。突然ケインが鞭で僕の手をはたいたので、僕は馬のクツワを落としてしまった。自由になった馬を反転させると、ケインは馬に鞭を入れながら、走り去っていく。


僕「ガリバ、どうしよう」

ガリバ「ケイン様を追う。ギンダ、黒頭走れ」


ガリバは走りながら彼の状況分析を教えてくれる。王国軍の戦線が崩壊し、王国軍の遁走が始まった。防衛拠点まで逃げ帰れば生きるチャンスはあるが、逃げられなければ、帝国軍に殺される。防衛拠点までは走れば1時間ほどだが、もう体力は残っていない。

それでも僕ら護衛はケインが走り去った方角に走った。ガリバを先頭にギンダと僕が追う。追いかけてくる帝国兵から逃げ、飛び出してくる帝国兵を避けながら進む。10分位走ったところで、ボンという鈍い音と共に、僕の横を走っていたギンダの首が飛んだ。


ガリバ「止まれ、黒頭」

ガリバは立ち止まってそう言うと、首の無くなったギンダを見つめる。

ガリバ「ケイン様が起爆装置を起動させたのか、それとも死んだのか。どちらだろう。まあ、どちらにしても最悪だな。ところで黒頭、お前、なぜ爆発しない?」

僕「そう言われても。この首輪、壊れたのかな」

ガリバ「そうか、そうか。壊れたのか。運のいい奴だ」

何かおかしかったのだろう。ガリバは暫く笑っていた。

ガリバ「このまま逃げ帰ってもなぁ。ケイン様が死んだとすると公爵家は俺を許さんだろう。もし生きていたとすると、俺が逃げ帰ってはケイン様の立場が無くなる。どちらにしても俺は殺される。帝国軍に投降するしか生きる道がない。まあ奴隷落ちだろうが、殺される心配はない。黒頭、お前はどうする」

正直、傭兵団に戻されるとめんどくさい。傭兵の首輪を壊しているから、言い訳しないといけないし。ここは面倒がない方を選んだ。

僕「俺もガリバに付き合うよ」

意見のまとまった俺達は両手を上げ、投降の姿勢をとり、帝国軍の方向に歩き出した。ついでとばかりに、僕の魂魄の神力はギンダの浮遊霊を吸収してしまった。ギンダごめん。


【異世界】 捕虜


僕「ナビ、今日は大漁だったよ。浮遊霊を300は吸収したよ」

ナビ「そうですね。顕精の宝珠もお腹いっぱいだと思います」

僕「でも現世に帰る分にはぜんぜん届かないな。このペースで溜めたとして帰る分を溜めるのにどれだけかかるだろう」

ナビ「このペースだと30年くらいでしょうか」

僕「戦争なんて、いつもあるわけじゃないから戦死者の浮遊霊では無理だなあ」


ガリバと共に帝国軍に投降した僕は、予定通り捕まり、奴隷にされた。ガリバと僕は捕まった時に別れたため、その時を最後に会えていない。今回の戦いで投降し、奴隷となった王国軍人は300人くらいいた。帝国が用意していた奴隷の首輪の数が足りなかったようで、僕にまで回ってこなかった。奴隷の首輪を付けられた者は馬車でどこかに運ばれていった。僕も含め奴隷の首輪を付けられなかった者、100名ほどは戦場で働かされている。

今日から僕を含め30名は戦場で武器や防具を回収させられている。死体から武器と身に着けていた防具、あと隠し持っている金貨、銀貨、銅貨を剥ぎ取り、帝国軍の用意した荷馬車に運んだ。

残りの70名は大きな穴を掘り、そこに遺体を運び、埋める作業を割り当てられていた。

僕は今日だけで300名ほどの遺体から剥ぎ取りをした。一昨日の戦闘で死んだ者たちなので、浮遊霊は遺体の周りに漂っている。僕が近づいた遺体の浮遊霊は、魂魄の神力が取り込んでエネルギーとして蓄えてしまう。今日だけでだいぶ溜まった。もう普段使いのエナが枯渇する心配は無くなった。ちなみに、今の僕のステータスはこんな値だ。


優斗のステータス

  レベル        4

  HP        21

  EP     24000/24000

  MP        52/52

  エナ力     1000/1000

  マナ力       20/20

  攻撃力       19

  守備力       22

  持久力       18

  精神力       12

  知力        21

  体力        20

  俊敏        16

  器用        10

  顕精の宝珠    52万

  スキル       瞬動(2.9)


僕「1日に300のペースでも30年かかるのか。浮遊霊で帰還のエナを溜めるのは無理ということだね。他の方法を探さないとだめだな」

ナビ「現世へ帰還するエナの確保に関しては知恵の宝珠から提案がありました。検討する時間は取れますか」

僕「ありがとうナビ。じゃあ今から話を聞かせて」

ナビ「わかりました。まづ、最初に知恵の宝珠からの提案をお話しします。優斗は最初に召喚された時のことを覚えていますか」

僕「うん。覚えてる。クラス召喚のことだよね」

ナビ「はい。あの召喚では莫大なマナが使われました。推計100億マナが召喚に、優斗たち現世の人間と等価交換で500億マナが現世に送られました。知恵の宝珠の提案は端的に言うと『召喚のために用意されたマナを召喚に使用される前に顕精の宝珠に取り込む』というものです」

僕「盗むの?」

ナビ「違います。彼らに気づかれぬよう、顕精の宝珠に取り込むだけです」


召喚には膨大なマナが魔法陣に注がれるのだが、そのマナを横取りする。そして横取りしたマナをエネルギーに逆変換する。最後にそのエネルギーを顕精の宝珠に取り込んでしまう。

このアイデアは宝珠神力達が異世界の図書館にある蔵書を解析し得られたものだそうだ。さらに資料を調べ、僕らが召喚された場所がジュード公爵の農工荘園であることも突き止めていた。


僕「質問なんだけど、彼らは何処からマナをあの場所に持ってくるんだよね。溜めてあるマナの方を取れば、良いんじゃないかな。わざわざ召喚を待たなくてもね」


ナビ「ジュード公爵領の北部にエドランという町があります。そのエドランの神殿に巨大なマナ石があり、そこに召喚用のマナを溜めています。このマナ石と召喚魔法陣は直結魔法陣で結ばれています。直接マナを確保するにはエドランに行かなくてはなりません。ただ、ここからエドランは2000Km離れた町ですので、行くのが大変です。ジュード公爵の農工荘園はここより800Kmです。エドランまで行くには3カ月掛かります。彼らは8カ月毎に定期的に召喚を行っています。次は2カ月後に召喚されるはずです。エドランでマナを確保する場合、次回の召喚に間に合いません」

僕「そうか。僕も早く現世に戻りたい。2カ月後に帰れるのであれば、この機会は逃したくない。しかし、それで1カ月の旅か。どうやって行くかだよな。

異世界では僕ぐらいの年齢の子供が1人で旅をすることは常識外れなんだ。1人で旅をすれば怪しまれるし、悪いやつの餌食になる。街道で人に会うたびに隠れていては時間が掛かりすぎる。それに子供の僕では宿も泊まれない、雨露を凌げない。水の確保や町で食べ物を買うことも難しい」

ナビ「知恵の宝珠は野宿で行くことを提案しています」

僕「野宿だとすると、水、食料、テント、生活道具が要る。それに1カ月分の水、食料をどうやって確保するかが問題だ。あと、確保でできたとしても量が多いし、重いので、僕では持ち運べないよ」

ナビ「水と食料、生活用具は帝国軍の兵糧をもらいましょう。短剣、テント、衣服、背嚢、お金などは死んだ兵士からもらいます。それらは空影の神力で保存してください。量も重さも問題になりません」

僕「空影の神力で保存?」

保存という単語をきっかけに、僕は十王様からいただいた空影の神力に保存機能があることを思い出した。空影の神力には確かに保存機能がある。どうすれば保存したり、取り出したりできるか思い出した。神力には時が来なければ明かされない能力がまだあるのだろう。そんな気がする。

僕「ごめん、そうだよね。空影の神力で保存すれば問題なかった」

ナビ「明日も浮遊霊を沢山取り込みましょう。旅に必要な物資を拾ったら保存しましょう。夜明け前から仕事が始まります。今日はもうお休みください」

戦死した兵士には申し訳ないが、旅に必要な物資があれば利用させてもらおう。旅にでるのかと思うと心が浮き立ってくる。なんだか明日が待ち遠しい。


【異世界】 帝国の諜報


俺は帝国の諜報部に所属する工作小隊の隊長でリーマン少尉という。対王国戦線で帝国は予想外の反撃を受け、王国攻略がここ1年、足踏みしている状況だ。原因は王国が秘密兵器を開発したことにある。秘密兵器はスキルオーブと言い、スキルを持たない人間でもスキルを使えるという代物だ。諜報部からはスキルオーブの製造方法の奪取、製造経験者の亡命、製造場所の破壊を命じられている。今、俺は部下から作戦の報告を受けている最中だ。この会議では皆、工作小隊での機能イニシャルを名前の代わりに呼ぶ。スパイや部外者に聞かれた場合の情報漏洩を防ぐためだ。

K1「ジュード第1農工荘園への攻略作戦の現状を報告します。先日、S24を警備員として送り込みました。S24には召喚所の召喚魔法陣および破壊工作適用範囲の調査を命じています。

また、以前召喚師から取得た召喚魔法陣とマナ転移魔法陣の情報の信憑性を確認するため、別の召喚師を篭絡中でしたが篭絡に難色を示したため、その召喚師の家族を人質に取って脅しました。結果、情報の引き渡しに同意しました。情報を取得完了後、該当の召喚師と家族は共に火事を装い処分する予定です。

スキルオーブ作成にあたる工芸師調達の件ですが、現在3名が内応してきました。1名は学術士のため、帝国への亡命を進めています。工芸師の調達人数は2名ですので、工芸師の能力を比較しています。選に漏れた工芸師は病死を装い処分する予定です」

少尉「ご苦労、K1。次はK2、先回の召喚で作成されたスキルオーブに関する調査を報告せよ」

K2「前回の異世界召喚では40匹の異世界人が召喚されました。工芸師が発注したスキルカプセルは39個でした。異世界人の数と一致しませんが、逃走した者のスキルカプセルと思われます。王国軍に先週スキルオーブ39個が納品されました。スキルの内訳ですが、戦闘系6、攻撃魔法4、治癒魔法2、工芸系5、特殊系3、不明19個でした。スキル内訳には王国経理のS13の裏付けがあります。スキルの判明した20個は東部戦線に送られました。不明19個は王国の研究部隊に送られました」

少尉「召喚数が40というのは間違いないか?」

K2「異世界人の服は王国では珍重されています。警備員は異世界人から剥ぎ取った服を王都の古着屋に横流ししています。横流しされた服の数が40でした」

少尉「ご苦労、K2。次は逃走異世界人に関する報告を頼む」

K5「内応召喚師から判明した逃走した異世界人の消息ですが、逃走後、神殿で見つかりました。神殿兵の一部は浮浪児が異世界人ではないかと疑ったのですが、神殿兵長の判断で一般の浮浪児として処理され、拳闘奴隷としてコロシアムに売られました。集団戦闘用の奴隷としては優秀で3カ月生き残りました。コロシアムで異世界人は『黒頭』と命名されています。集団戦闘用の奴隷としての賞味期限が切れた黒頭はガス傭兵団に戦奴として売られました。ガス傭兵団は黒頭を対王国戦線に連れて行きました。黒頭は対王国戦線にいます。黒頭の発現したスキルは転移系ではと推測しましたが、コロシアム、傭兵団から逃走していません。転移系のスキル持ちであれば簡単に逃走できるため、黒頭の発現スキルは転移系以外と推測します」

少尉「ご苦労、K5。ジュード第1農工荘園で行われる召喚だが、あと3カ月に迫ってきた。作戦は順調だが、気を引き締めてかかれ。特に末端には気の緩んだと思われる行動が散見された。必要なら見せしめに末端を処分しても構わん。以上だ」


俺の担当しているジュード第1農工荘園攻略作戦は順調だ。あと3か月で作戦は完了する。作戦の目標である召喚魔法陣とマナ転移魔法陣の図面情報の取得は成功し、補足として2名の召喚師の取得も目途がついている。スキルオーブ作成技能の取得も実務経験のある工芸師2名を篭絡した状態だ。残る召喚魔法陣の破壊工作も警備員として工作員の送りこみに成功した。

部下たち工作員は優秀なベテランだ。王国の警備はこちらに気づいていない。もう流れに任せれば自然と成功する。

あと俺にできる加点要素に頭を巡らした。生きた異世界人を確保できれば、本作戦は完璧だ。あの『黒頭』を捕まえよう。とは言っても黒頭は対王国戦線にいる。俺は軍学校で同級生の憲兵少尉が対王国戦線にいることを思い出す。

彼に情報を流そう。実績は奴との折半だろうが、直接手をかけるのが難しい現状では最善策だ。早速、軍報を憲兵少尉に送ろう。上手く捕まればいいがな。


【異世界】 帝国の追跡


朝、憲兵本部に出勤すると、軍務員から軍報を渡された。名前を確認するが知らない名前だった。事務室に向かって歩いている時、名前の主を思い出した。軍学校の将校過程の同級生であった。友と言う訳ではない。顔も思い出せない。たしか陰気で偏屈な奴だった。それに正義感などかけらもない実務主義者だった。そんな奴から軍報? 読んだら今日は嫌な思いを抱えて仕事をする羽目になりそうだ。しかし、手紙ではなく軍報だ。読みたくないは通用しない。仕方がない。俺は軍報を読んだ。


宛て:対王国戦線作戦本部 憲兵部 シナド憲兵少尉

発信:帝国軍諜報部 第8作戦小隊  リーマン少尉

捕獲依頼:異世界人1匹の捕縛

戦闘スキルを発現した異世界人が対王国戦線に送られた。名は黒頭、年齢は10歳、男、身分は傭兵団の戦奴。特記:会話不能、ハンドサインは可。スキルは転移系の可能性あり。捕獲には綿密な仕掛けを要す。


こいつも軍の将校だろう。対王国戦線にどれだけの人員が投入されているか知っているはずなのに、よくもまあこんなことを連絡するよな。帝国軍と軍属を合わせると30万名、王国軍も同数くらいになる。ひょっとして俺を罠にハメる仕掛けなのかと疑いたくなる。罠避けのため、調べるだけはすることにした。


先日の第四中央平原防衛戦で、捕虜とした捉えた軍人軍属名簿が対王国戦線作戦本部に届いたという連絡がきた。部下を差し向け、名簿を調べたところ、名前が黒頭に該当する捕虜がいた。


 059 黒頭 11歳 戦奴 傭兵所属不明 自主投降 現地使役中


捕虜名簿には記載があった。普通、追われていて本名を名乗るのか。バカなのかこいつは。違う、これは俺をハメる罠だ。間違いない。この罠を仕掛けたやつは許さない。俺が必ず潰してやる。そのためにはこの罠を無傷で乗り切る必要がある。

さあ、ゲームの始まりだ。俺は自分で培ってきたゲームの成功原理を、声に出して唱え自分に言い聞かす。

「慎重に、綿密に、しかし大胆に、ミスを防げ、命令違反はするな、連絡ミスはするな、報告ミスはするな」

俺は黒頭を捕まえ、この罠を回避する。


僕が帝国の捕虜となり、奴隷として戦場での武器回収を始めてから4日が経った。2日目からは回収作業と同時にジュード公爵の農工荘園への旅に必要な物資を集め影倉庫に保存している。帝国軍も僕が物資を隠し持つ能力があるとは思っていないせいか、戦場での監視は逃亡阻止に力点が置かれている。帝国兵に疑われることなく、僕は物資を回収できた。成果は上々であった。上等なショートソード2本、ロングナイフ2本、万能ナイフ2本、ポンチョ5枚、背嚢4袋、水筒5本、地図5枚、靴3足、火打石3個、カップ2個、お腕、フォーク、スプーン、お金、塩2袋、石鹸、手拭、鉛筆、紙5枚、防水紙3枚・・・。

物資の探索途中で、願掛けのネックレスを発見した。ナビによると、このネックレスの先はマナ石が付いていて、マナ石は宝石ではないがマナを溜められると教わった。石の質によるが良いものだと8くらい。普通はで2から5ほどである。スキル発動にはマナが必要であるため、利用価値があると思い、見つけた願掛けのネックレスは全て回収した。全部で12個回収できた。

3日目に奇妙なものを拾った。いつもの様に死体に近づき、魂魄の神力で浮遊霊を吸収していたが、その死体の場合は違った。浮遊霊は吸収したのだが、小さい浮遊霊は吸収されずに残ってしまった。不思議に思いその死体を調べると、もやもやした小さい浮遊霊は胸のペンダントから沸き立っていた。ペンダントの本体は大きさ2cmくらいのガラス玉で、中には何か分からない物が緑色の液体と共に詰まっている。それが銀の鎖でつながれていた。死体から剥ぎ取って確かめたが、やはりもやもやはペンダントのガラス球からもれていた。何なのかとナビに聞いたが、ナビも知らなかった。金目の物かと思い、回収荷馬車に持って行き、帝国兵に見せた。


帝国兵「これは金貨、これは銀貨か。よし、貨幣ツボに入れろ。

これは飾りナイフか。宝石付きだな。これは貴重品籠に入れろ。

これはネックレスか。金製か。これも貴重品籠に入れろ。

これはなんだ。材質が銀か。おい、ペンダントの先に気持ち悪いものが付いてるじゃないか。バカ野郎。こんなもの拾うな。捨ててこい」


ペンダントは投げ返されてしまった。捨てようと思っていたが、なぜか捨てる気になれず、影倉庫にしまった。旅に出るための準備もほぼ整った。最後に水や食料を確保し、旅立つ予定だ。水や食料を確保する食料庫と炊事場の位置は調査済みだ。広目の神力を発動して、東部戦線から召喚場所までの地図も記憶の宝珠に入れてある。もういつでも旅立てる状態だ。

浮遊霊の吸収は、この4日で1300ほどになった。レベルもいつの間にか上がり、5になっていた。エナポイントは2倍、エナ力も倍の2千になっている。その他の能力値も上がり、もう雑魚感はない。ちなみに今の僕のステータスはこんな感じ。


優斗のステータス

  レベル        5

  HP        25

  EP     48000/48000

  MP        90/90

  エナ力     2000/2000

  マナ力       30/30

  攻撃力       23

  守備力       28

  持久力       22

  精神力       15

  知力        26

  体力        25

  俊敏        20

  器用        13

  顕精の宝珠   255万

  スキル       瞬動(3.2)


1日の労働を終えた俺達は奴隷置き場に戻された。奴隷置き場は高さ3m程の木の柵で囲まれた場所で、天井はない。柵には油が塗られ、滑って登れない様にしてある。まあ、あたり一帯に帝国兵がうようよいる。それに、ここの奴隷は生きるために投降を選んだのだ。そんな奴は逃げ出すことなど考えない。

食事はいつも水とパン1個なのだが、今日はスープが添えられていた。

味を確かめようと、スープを口に入れたが、味がおかしい。何か薬が混じっている。とっさに口に含んだスープは地面に吐き出した。水瓶にいき、水で口をすすいだ。椀に残るスープは飲まなかった。隣の奴隷仲間が欲しいと言うのでやった。パンと水の味を確かめたが、こちらは普通の味だった。今日はパンと水でお腹を満たした。


僕「今日のスープ、薬入りだった。帝国軍は何がしたいんだろう」

ナビ「さあ、奴隷が不要になったので殺すつもりでしょうか。もう移動の準備は整いました。ここにいては時間を無駄にするだけです」

僕「同感、今夜決行しよう」

ナビ「わかりました。まずは保留していた水、食料等の物資調達です。皆が寝静まったら行動開始です」


今夜、出発を決めた僕とナビは旅に必要な物品で忘れものはないか、チェックしていた。

そこに守衛と大勢の帝国兵が柵を開け踏み込んできた。守衛は指令台の壇上に上がると大声で命令した。


守衛「特別臨検だ。番号順に並べ」


僕ら奴隷は奴隷番号を付けられている。毎日朝晩の2回、その番号順に並んで点呼を受けている。並び終わると、点呼が始まる。自分の番が来たら自分の奴隷番号を大声で叫ぶ。点呼が完了し、逃亡者がいないことが確認されると、守衛とは別の兵士が壇上に上り、話し出した。

兵士「諸君、今日のスープは憲兵部から諸君へのプレゼントだ。堪能してもらえたかな。スープには特殊な薬を混ぜた。目まいと吐き気で暫く動けなくなる。安心したまえ。死にはしない。薬はもう効果を表しているはずだ。諸君は今は立っているのがやっとだろう」

僕の回りの奴隷が立っていられず、1人、2人と崩れ落ちていく。

兵士「守衛、番号59番の奴隷を連れてこい。用があるのはこいつだけだ。他の諸君には回復薬を飲ませてやる」

この茶番は僕が目的だったのか。僕は自分の番号が呼ばれたと分かった瞬間、空影の神力を発動し、影に隠れた。僕は素早く奴隷置き場から逃げ出した。もうここに用はない。旅の準備の仕上げだ。やり残してあった食料調達に走る。いろいろナビと話したいが、今は行動が優先だ。まだ、帝国兵は起きていたが、気づかれても構わない。食糧庫に着くと僕は水樽8タル、パンの梱包1箱、塩漬け肉1タル、乾燥野菜1籠、調理器具1セット、薪30束を影倉庫にしまった。


【異世界】 召喚場所へ


僕「食料調達は完了。ナビ、この後の予定を教えて」

ナビ「まずは地図をご覧ください。地図には現在位置と今日の目的地、そして目的地へのルートを示しています。赤色で塗った部分に人間がいます。赤色が濃い程人間が密集しています。ルートの黄色線は影空間で移動を想定しています、白色線は通常移動です。しばくは黄色線ですので影空間で移動してください」

僕「了解。ところで帝国軍はどうして僕を探しているんだろう。ナビの意見を聞かせて」

ナビ「申し訳ありませんが分かりません。目的地のジュード農工荘園は王国領ですが、帝国の手の者がいる可能性があります。絶対油断しないでください」

僕「うん。油断しない。でももし、僕が油断しそおになったら注意してね」

ナビ「はい。承知しました」


帝国軍の奴隷置き場から逃げ出して7日が経った。帝国軍の支配地域、東部戦線、王国軍の展開地域を抜け、王国中部地帯に入った。周りにはもう兵隊はいない。警察組織である衛士がいる大きな町には近づかないルートを選択し、旅をしている。現在の敵は村人や商人などだ。奴隷制が日常の世界だ。僕のような子供が1人でいれば、奴らは良からぬことを考える。全行程を影空間で移動できない以上、偶然人に出会うことはあった。その場合は即、影空間に入り、30分くらい小走りする。この世界の人間でも、戦場でない限り、いきなり殺しにくることはないので、人に出会っても影空間に隠れれば安全であった。

日中だけ移動する。夜は野営する。傭兵や奴隷時代と同様、食事は夜1回のみとしている。食事の準備は大仕事で、最低でも1時間は掛かる。その間行動が制限される。朝や昼に1時間もの行動制限はリスクが大きすぎる。

食事はまず、準備で火を起こす。次に鍋に水、塩漬け肉少々、干し野菜少々、パン半分を入れ、10分程煮ればお粥が完成する。肉や野菜が入っている分、奴隷時代より豪華な食事であった。食事など作ったことはなかったが、結構おいしいものが作れるようになってきた。

食事が終わった後は6時間ほど十王曼荼羅の書き方を練習している。転移魔法陣からエネルギーを横取りするための十王曼荼羅は全部で8つの十王曼荼羅を統合した大作だ。1つの十王曼荼羅を書くだけでも初めてだと2時間ほど掛かる。それを8つ、計16時間掛かる。ちょっとでも間違えると機能しない。さらに十王曼荼羅は書いてから1日経つと、書いた十王曼荼羅は機能しなくなる。召喚が行われる現場で作業できる時間は前日夜から未明にかけての8時間ほどしかない。つまり、最低でも1つの十王曼荼羅を1時間で書けるようにならなければエネルギーの横取りは成功しない。1日に3種類の十王曼荼羅を練習する。1つ書くのに2時間かかるので、練習初日は6時間掛った。今日は3日目なのだが、早くは書けるようになっていない。しかし、初日よりは正確に書けるようになってきている。


僕「ナビ、次の十王曼荼羅の最初の輪郭線を出して」

ナビは何もない空中に十王曼荼羅の輪郭線を投影してくれる。僕は指先に少量のエナを流しながら、空中に書かれた輪郭線をなぞるように指を走らせる。輪郭線には3段階の太さがある。太さは込めるエナの量で決まる。そして色は7色、指に流すエナを指先で変質させることで色を決められる。ナビによれば、考えてはダメだという。輪郭線を見ながら意識せず線を書けるようにならないといけないそうだ。

僕「ナビ、次の輪郭線を出して」

ナビが投影する輪郭線はガイドである。十王曼荼羅の全ての輪郭線を一度に投影すると、どのように書いたらいいか、混乱する。だから漢字の書順のように全体を幾つかのパートに分けて、そのパートを順番に書くことで、全体を書き上げるよう工夫がされている。検査もパートごとにすれば書き間違いも修正できる。

僕は6時間かけ、今日のノルマである3つの十王曼荼羅を書き上げた。

僕「きつかった。時間は短縮できたかな」

ナビ「残念ながら時間は短縮できていません。しかし、今日は太さと色間違いが15回でした。昨日の60回より大幅に減少しています。それに線の歪みがかなり少なくなってきました。今は時間よりも、輪郭線を無意識になぞることができるようにしましょう。優斗は日に日に上達しています。自信を持ってください」


【異世界】 旅の終わり


僕は1か月の長旅を終えようとしていた。王都を通るため、空影の神力を発動した状態で歩く。ここは拳闘奴隷時代に工事に駆り出された場所に見覚えがあったりと、懐かしい気持ちにさせられる。王城を左に見ながら、繁華街に建てられたコロシアム方面の街道を進む。コロシアムが見えた時には涙が出てきた。コロシアムを出たのはたった4カ月前のことだが、もう何年も昔のことに感じられた。

僕「ナビ、召喚場所に行く前に寄りたいところがあるんだけど、いいかな」

ナビ「はい、影空間に潜む時間はまだ十分残っています。どこでしょうか』

僕「召喚場所を逃げた後、小屋で捕まったことは話したよね。その小屋で、現世で着ていた服を隠したんだ。その服を回収したい」

ナビ「ここからの道順はわかりますか」

僕「ぜんぜんわかんない。大きな白い建物、そして大きな公園みたいな所があった」

ナビ「召喚場所の東南6kmに該当箇所がありました。中央ラド神殿ですね」

僕「神殿だったのか。服がまだあるといいな」

王都を出て、半日ほどで中央ラド神殿に着いた。前の記憶を頼りに小屋を探した。以前と同じように神殿付きの庭園には人の気配はなかった。小屋を見つけ、中に入る。棚の下に手を入れて服を入れた袋を探した。すぐに袋が見つかった。中を確認したが、学生服、シャツ、下着、靴、みなあった。ただ、少しカビっぽい匂いがする。明日晴れならば、日に干しておこうか。下着や靴下は洗濯が必要かな。見つけた服を影倉庫にしまい、今日の野営地を決めるため森に入った。

最初の候補は以前に木の枝で屋根を作った場所だった。そこは枝数本が残っていたが、前に作った拠点の面影は無かった。ここは周りから確認しにくい場所のため、本格的な拠点をみつけるまでの仮の拠点を設営することにした。まだ日暮れには時間があったが、拠点を作り、食事の準備を始める。早めの食事を終えた僕は日課である十王曼荼羅を書く練習を始めた。

最初は1個書くのに2時間もかかっていたが、今では20分で書けるようになっていた。エナを見れない人間には十王曼荼羅は見えない。優斗は空中に素早く腕や手を振る。素早く書くためには腕や手だけでなく、足さばきも必要となる。リズミカルに十王曼荼羅を書く姿は遠目に見れば踊っているように見える。

ナビ「今日、十王曼荼羅を書くのに要した時間ですが、平均19分、全体時間は2時間33分です。書き間違いは0件、線の歪みもありません。完璧でした。いや、それ以上です。線にキレがあり、十王曼荼羅に躍動感が生まれています。十王様が見れば、きっとおほめくださいます」

僕「ありがとう。ナビがテンポ良くリードしてくれるからだよ。ガイドの投影タイミングがとっても良いから、書いていて気持ちいし、それに楽しい。ぜんぜん疲れない。もう1回書きたいくらいだよ」

明日から召喚場所の調査を始める。いつ召喚を行おうとしているのか知る必要がある。次に必要なことは召喚場所の魔法陣の確認だ。マナ石と結ばれた直結魔法陣と召喚魔法陣の連結を確認し、そこに十王曼荼羅を差し込むのだが、現物を見て差し込み方を調整する必要がある。後は本格拠点の準備か。明日から頑張ろう。今日は早めに寝ることにした。


【異世界】 召喚場所の調査


僕はジュード農工荘園に潜入し建物を調べた。召喚所を中心に4棟の建物が立っていた。それぞれを区別するため名前を付けた。召喚所、兵舎、監獄、倉庫、病院、学校である。

もちろん召喚所は僕らが召喚された場所だ。兵舎は衛兵の詰め所であろう。今は15人くらいの兵士がいる。監獄はミナミちゃんが捕まっていた建物で、倉庫は僕とミナミちゃんが隠れる予定であった建物だ。病院は匂いから名付けた。まるで病院のような匂いがするのと、床がタイルのようにつるつるしていた。学校には黒板があったからそう名付けた。室内には黒板が設えてあった。まるで教室のような雰囲気だった。

兵舎以外、召喚所も含め4棟の建物には人がいなかった。召喚された時の記憶を探ると、60名ほどの人間がいたが、今は兵士が15名しかいない。

監獄に誰も囚われていなかったことにはホッとした。もしクラスメイトがいたら、助ける、助けないのジレンマに悩まされていただろう。ここへの旅の間、ずっと彼らのことが心に引っ掛かっていた。もうこれ以上考えるのは止めることにした。

僕がここで調べなければならないことは2点ある。

1点目は次回、いつ召喚がおこなわれるか。2点目はエネルギーを横取りする十王曼荼羅の設置方法だ。


1点目の次回召喚日は簡単にわかった。本日より18日後である。僕が兵舎を調べた折に、兵舎の交代日程を組んだ連絡板が目に入った。そこには「召喚日:あと19日」と書かれていた。次の日に兵舎に行くと連絡板は「召喚日:あと18日」と更新されていた。連絡板を読んでいて気づいたが、ここにいるのは兵士ではなく警備員であった。建物は兵舎ではなく警備本部と呼ぶことにする。

2点目の十王曼荼羅の設置方法は僕の想像よりずっと大変だった。

僕「天井に直結魔法陣が書かれていたとは思わなかったな。召喚された時に見たはずだけど、まったく記憶に無い」

ナビ「マナは天井の直結魔法陣から垂直、真下に落とされ、床の召喚魔法陣がそれを受け止めるのですね。良くできた仕組みです」

僕「十王曼荼羅はどの位置に配置するのかな」

ナビ「知恵の宝珠の考えた図面を空中に投影します」

僕はナビの投影図を見て驚いた。昨日まで僕が練習していた十王曼荼羅は地面に垂直に書いていた。だって、ナビが投影してくれたガイドがそうなんだもん。それに大きさは直径1mに収まるサイズであった。ところが今ナビが投影した十王曼荼羅は地面に平行であったり、地面に対して斜め45度に傾けられたものもある。それに大きさが違う。ナビが投影した十王曼荼羅は大きいものは10m、小さいものでも2mもあった。

僕「嘘だろう、ナビ。向きも大きさも違う。それに、あんなに高い所には書けないよ」

ナビ「十王曼荼羅自体は優斗が毎日練習で書いていたものと同じです。大きさと向きが違うだけです。空色の神力で空間を操作してください」

ええ! 空色の神力で空間を操作するの? 僕はそう思った瞬間、空間操作を思い出した。どうすれば、いつも練習で書いた1mの十王曼荼羅をナビの投影するような状態にするか、空色の神力で空間を操作する手順が分かる。できそうな気がだんだんしてきた。

僕「ごめん、ナビ。思い出したみたい。空色の神力を使うんだよね。まだ使い方を試してないから、練習の時間がいると思う」

ナビ「そういえばまだ十王曼荼羅の設置の練習はしていませんね。今夜から早速始めましょう」

僕「もう1ついい? あの天井窓に近い場所に優斗(・・)と漢字があるけど、ひょっとして僕があそこで待機するとか、かな?」

ナビ「よく気が付きました。その通りです。当日、優斗はあの位置で待機し、十王曼荼羅から放射されるエネルギーを受け取る予定です」

僕「よく見てくれる。あそこ、下に何もないよね。足場が無いし、高いし、空中だし、空中だよ」

ナビ「空影の神力で登っていき、立っていてください」

まじか、空影の神力で登れるのか。それに立っていられるのか。影倉庫といい、僕はだんだん人間離れしてきた。

僕「ナビ、試してないんで練習が必要かな」

ナビ「はい、がん張りましょう」


【異世界】 マナの奪取


僕がジュード農工荘園に着いて半月が経った。練習しなければならないことは山ほどあり、半月はあっという間に過ぎた。今日は召喚日の前々日である。夜中、練習の総仕上げとして本番環境でのリハーサルを行うことになっていた。夜9時、僕は召喚所に忍び込んでいる。

十王曼荼羅8個を書き、それを設置するまでの通し練習を始める準備をしていると、召喚所に警備員が見回りに来た。いつもは夕方6時ごろ最終の見回りが入り、翌日の朝8時に朝の見回りが入る。召喚日が近くなったので、警備が強化されたのだろうか。僕は空影の神力を発動し、影に隠れて警備員が立ち去るのを待った。しかし、警備員はなかなか立ち去らない。それどころか、召喚所の床にカンテラを置き何か作業を始める。

僕は早くリハーサルを始めたくてイライラしてしまう。たまらず僕は警備員に近寄り何をしているか確認しようと近づいた。警備員は床に書かれた召喚魔法陣の一部をヘラのようなもので(こす)っていた。

僕「召喚魔法陣をヘラで擦って何がしたいんだろう」

ナビ「どうやら召喚魔法陣を壊しているようですね」

僕「まずくない? 明後日は召喚日だよ。召喚魔法陣が壊れたら召喚が中止になる」

ナビ「もう少し監視して、召喚が取りやめになるくらい壊されるようなら止めましょう」

僕「この警備員はどうして召喚魔法陣を壊すのかな。警備員だったら壊す奴から召喚魔法陣を守ると思うんだけど」

ナビ「この警備員は偽物かスパイのたぐいだと思います」

僕がナビと話していると、警備員はヘラで擦る作業を止め、筆と塗料を取り出し、擦った所に塗料を塗り始めた。

僕「なんか、擦った所にペンキを塗ってるみたいだけど、そこだけ召喚魔法陣が光ってないからバレバレだよ」

ナビ「優斗は広目の神力があるので、マナ入りの塗料で書かれた魔法陣は光って見えますが、一般の人間はマナが見えません。ここの人間には召喚魔法陣が壊されたことは見破れないでしょう」

僕「じゃあ何とかしないと不味くない?」

ナビ「天井の直結魔法陣さえ壊されなければ、召喚魔法陣は壊れていてもマナの奪取には問題ありません」

ナビとそんなやり取りをしていると、警備員は作業を終え、床を暫く確認していたが、召喚所をでていった。警備員が壊した召喚魔法陣を確認したが、光らない以外は見分けがつかないほど丁寧に塗られていた。

ナビ「丁寧な仕事です。マナが見える力を持つ人間などいませんから壊れていることはバレないでしょう」

僕は1時間遅れで今日の予定、本番環境でのリハーサルを行った。かかった時間は3時間であった。ナビに問題ないか確認してもらったが、何も問題なかった。

ナビ「明日は夜9時から本番が始まります。明日の日中は体を休め、集中力を高めてください。今日は引き上げ眠ってください」


翌日の夜9時に再び召喚所に入り、十王曼荼羅を(しつら)えた。午前0時には問題なく設置が完了した。広目の神力で確認すると、召喚所周辺の建物には人が増えていた。今夜は60名ほどがいる。明日、いつ召喚が行われるか時間が分からないので、今夜は倉庫で過ごすことにした。夜中の内は1時間毎に召喚所への人間の配置を確認したが、召喚の兆しは無かった。夜が明けてからは倉庫から目視で召喚所に人が集まらないか監視した。9時を過ぎたころ召喚所に人が集まりだしたので、僕も召喚所に入った。

僕は召喚所の天井に近い窓の付近に上り、召喚魔法陣を眺めていた。同じデザインの黒いローブを着た17名の人間が召喚魔法陣の周りを取り囲んだ。さらにその外側を警備員が取り囲む。黒ローブは懐から香炉を取り出し胸の前に掲げた。香炉からマナの煙が立ち上る。マナの煙がドームに充満し窓から差し込む光が煙に射し空間に明るい造形を浮かび上がらせる。同時に天井の直結魔法陣が徐々に光りだす。

ナビ「優斗、直結魔法陣が起動します。影から出てください」

僕「了解」

天井の直結魔法陣の光は魔法陣の中心に集まりだす。同時に魔法陣の中心から赤い光が滝のように流れ、下に落ちる。だが、召喚魔法陣の上に設置した十王曼荼羅が赤い光を全て受け止めたため、召喚魔法陣にはとどかない。十王曼荼羅は赤い光を緑の光と変えて僕に反射する。僕の中の顕精の宝珠が緑の光を吸収する。明るすぎて目を開けていられないほどなのだが、黒ローブや警備員は平然と召喚魔法陣を眺めていた。10秒ほどで直結魔法陣から流れ落ちる赤い光が途絶える。

ナビ「マナの放出が終わりました。影に隠れてください」

僕は空影の神力を発動し、影空間に隠れた。眼下の黒ローブや警備員が混乱し、騒ぎだしている。


警備長「召喚長殿、異世界人は?」

召喚長「召喚が起きない。なぜだ。何が起こった。分らぬ。分らぬ」

警備長「召喚は失敗ですか?」

召喚長「うるさい。今忙しい。喋りかけるな」

警備長「警備員、召喚堂の扉を閉めろ。誰も堂から出すな。召喚師は全員拘束せよ。異世界人用の捕獲器を使え。言うことを聞かないようなら痛めつけても構わん」

警備員が召喚師を捕獲器で次々と拘束する。これまで5回の召喚は全て成功してきた。失敗は今回が初めてだった。警備長はマニュアル通り、召喚師を拘束した。荘園長に報告が必要だ。貴族である荘園長が召喚失敗の後始末をするだろう。だが、スキルオーブが作れないとなると大ごとだな。まあ、大ごと言っても召喚が無くなることはない。つまり俺が職を失うこともない。王国にとって異世界人の召喚は国の大事なのだ。


【異世界】 現世へ帰還


召喚所でのマナの奪取は成功した。もうここには用が無い。僕は召喚所から拠点に引き上げてきた。最初は僕のステータスの確認だ。現世に帰るエナが顕精の宝珠に溜まっているか確認したかった。


優斗のステータス

  レベル        6

  HP        30

  EP     48000/48000

  MP       110/110

  エナ力     2000/2000

  マナ力       38/38

  攻撃力       29

  守備力       34

  持久力       27

  精神力       19

  知力        30

  体力        31

  俊敏        24

  器用        16

  顕精の宝珠   600億

  スキル       瞬動(4.0)


僕「600億も溜まっている。これで現世に帰れる」

ナビ「そうですね。十分です」

僕「確か30億で現世に戻れるんだったよね。ナビ、十王様の所に寄り道できないかな。お礼が言いたいんだ」

ナビ「転移座標は記憶の宝珠にあります。十王様もお喜びになります」

僕「今すぐ行きたいところなんだけど、体を洗いたい。こんな臭い体じゃ十王様に失礼だしね。それに服も回収した学生服に着替えたい。良いかな」

ナビ「差し迫った危険もありません。後は現世に帰還するだけです。何時帰還するかは優斗が好きにしてください」

僕は近くの小川に行き、傭兵の服を脱ぎ、川に入った。水に浸かり全身を石鹸で洗う。今まで一度も髪の毛を洗わなかったのと櫛を掛けていなかったので、梳かすのに苦労した。髪も切っていなかったのでかなり伸びていた。ナイフで切りそろえて整えた。2時間ほどかけ念入りに体の垢を落とした。水浴びが終わると、南中する太陽で、暫く体を乾かした。太陽の光で体が温まる。一仕事終えた満足感と、体が綺麗になったことが重なり、とても気分が良かった。体が完全に乾いたところで学生服に着替えた。

8カ月ぶりに着た学生服は少し小さかったが、まだ着られた。白シャツは袖が短く、襟首のボタンは掛けられない。自分の成長を実感した。異世界にきて身長、体重は確かに増えた。現世に帰ったら正確に計って見よう。4年も成長が止まっていたので、もう成長しないのかと不安であったが、不安が解消し、心が軽くなった。

一旦、拠点に帰り、いつものパン粥を作りお腹を満たした。もうこの拠点も必要ない。僕は拠点の痕跡を消すため、設置してある品々を影倉庫にしまった。もうこの異世界ですることはない。

僕「十王様の世界に転移する十王曼荼羅のガイドをだして」

ナビは転移用の十王曼荼羅のガイドを投影してくれる。僕はエナを指先に込め十王曼荼羅を書いていく。10分ほどで十王曼荼羅は完成した。

僕「この十王曼荼羅、どうやって使うのかな。教えて」

ナビ「はい、手にエナを込め、十王曼荼羅に触ってください。後は十王曼荼羅がやってくれます」

僕はナビの言うように手にエナを込め、書いた十王曼荼羅にその手を伸ばす。手が十王曼荼羅にとどいた瞬間、視界が切り替わった。目の前には十王堂が見えたので成功したことが分った。僕は急いで十王堂に向かい扉を開け中に入る。十王様と目が合った。十王様は微笑んでいた。

僕「十王様、戻ってきました。いただいた神力と宝珠、とっても役に立ちました。ありがとうございます」

十王「無事の帰還、嬉しいぞ」

僕「ありがとうございます。十王様のお陰です。あの、山科美南がこちらに来たはずですが」

十王「お主がこちらに寄こしたおなご(・・・)はそこにおる」

泰広王様が指さす方向を見ると、ミナミちゃんが空中に浮いて、そして白く淡い光に包まれ横たわっていた。ミナミちゃんはまったく動かない。息もしていない様に見える。ミナミちゃんに走り寄り、触ろうとするが、触れない。何かに阻まれてしまう。僕の頭に不吉な考えがよぎる。ミナミちゃんが死んでしまったのではないか。途端に僕は悲しくなり、涙がこぼれてしまう。

僕「山科美南は死んでしまったのですか?」

十王「心配はいらぬ。そのおなご(・・・)の時を止めた。時の歩みを戻せば目を覚ます。体も心も健康だ」

僕「そうですか。ナビからミナミちゃんは大丈夫だと聞いていたんですけど。動かないミナミちゃんを見て、死んでしまったかと思ったもので、ごめんなさい」

十王「よい。よい。分けあっておなご(・・・)の時を止めた。許せよ」

僕「こちらこそ、早とちりで御免なさい」

十王「お主の見聞きした異世界のことを聞かせよ」

僕は自分の経験した異世界の出来事を召喚された時から順に、途中あいまいな部分はナビに助けてもらいながら話した。

冒険譚は8カ月に及ぶため、手短に話したが、3時間くらいは時間がかかった。

十王「お主、不思議なものを持っておるな、見せてくれぬか」

僕「どれをお見せしましょうか」

僕は影倉庫の中を見回した。すると、ガラス球に何かが入っていたペンダントが目にとまった。確か戦場で兵士から剥ぎ取ったものだ。浮遊霊がいたが、魂魄の神力では吸収できなかった。捨てろと命じられたが、影倉庫にしまっていたものだ。

僕はそのペンダントを影倉庫から出し、十王様に差し出した。

十王「これは命器か。魂の台座のみ生かされて、魂魄をつなぎ止めたのか。お主、これを我らにくれぬか」

僕「はい。差し上げます」

十王「良きかな、良きかな」

僕「十王様には僕の命ばかりでなく、山科美南の命を救っていただきました。僕の一生を捧げます」

十王「お主は縛らぬ。好きに生きよ。ただ、少し願いを聞いてもらうかも知れぬ。その時は頼むぞ」

僕「はい。喜んで」

十王「命器の礼に、お主に天聞の宝珠授けよう。受け取れ」

天聞の宝珠の機能を思うと、使い方を思い出すことができる。僕は知性あるものとならだれとでも思いや考えを伝え合うことができるようになった。距離は関係ない。電話をかけるように簡単だ。心と心で直接やり取りするので言語も関係ない。だから、嘘もつけない。

僕「ありがとうございます。あの、前にいただいた宝珠と神力ですが返さなくてよいのですか」

十王「持っていよ」

僕「ありがとうございます」

そろそろ僕は現世に帰りたくなっていた。十王様にそのことを伝えた。

僕「僕とミナミは現世に戻ろうと思います。よろしいでしょうか」

十王「異世界の面白き話を聞かせてもらった礼に、現世へは我らが送ろう。場所と時刻を述べよ」

僕「時刻と言いますと日付とかですか」

十王「お主らが召喚された後であれば好きな時刻に送ろう。1秒後でも、100年後であろうと選ばせてやろう」

僕「ありがとうございます。ほんの少し考える時間をください」

十王「うむ。許そう」

僕はナビと相談した。僕は現世に帰還した時の面倒を減らしたかった。召喚直後に帰るのが一番いい。クラスメイトのことは聞かれるだろうが、真実を話しても信じてはくれないだろう。

僕「僕も、ミナミちゃんも一時的に記憶を消すとかできないかな。そうすれば面倒を避けられる」

ナビ「十王様に頼めば可能だと思います」

僕「召喚直後から帰るまでの記憶を2カ月くらい封印してもらおう。そうすれば何を聞かれても知らないで通せる。嘘もつかなくて済む。それと記憶はミナミちゃんと一緒に解除したい。突然記憶を取り戻すと、ミナミちゃんが泣いちゃう」

ナビ「私に命じておいてください。優斗を誘導致しましょう」

僕はナビに「2カ月後、僕はミナミちゃんと2人で十王堂にお参りに行く。その時2人は同時に記憶を取り戻す」よう誘導してもらうことにした。

僕は十王様に記憶の封印をお願いした。帰る時刻は召喚の直後、場所も教室の外、ミナミちゃんから体操服を受け取った場所だ。ミナミちゃんも同時に返してもらえる。

僕「ではお願いします」

そう言うと、十王様は歌を歌われた。何回聞いても内容は分からない。聞くうちに眠気が襲ってきた。


空時の神力 現世編 に続きます

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