公共交通機関でマナー違反をすると……
朝、電車通勤中の私はある光景を目にした。ガバッと脚を開きやたらと幅を取って座る中年男性。そしてそれを迷惑そうにしている女性。不幸にも、女性の両隣は脚を開きやたらと幅を取ってくる中年男性だった。
ーーああいう男いるよね。物凄く迷惑。
私は呆れながらため息をついた。
その時、異常な光景に気付く。
「うわぁぁぁぁ!」
「ぐぁぁぁぁぁ!」
女性の両隣に座っていた中年男性が苦しそうに叫び出した。
何と、中年男性の両方の脚がスパッと切断されていたのだ。しかも2人共。
真ん中に座っていた女性も周囲の客も何が起こったのか分からず混乱と恐怖でいっぱいだった。
そして奇妙なことに、大量に出血していてもシートや周囲は汚れていなかった。
周囲は非常ボタンを押したり駅員や警察や病院に連絡するものの、間に合わず脚を開いて座っていた中年男性2人は苦しんだ末に息を引き取っていた。
その時、私はふと視線を感じた。
黒ずくめの服装をした、前髪の長い女がいた。年は若くも見えるし老いても見える、異様な雰囲気の女だった。女は亡くなった中年男性2人を見て、ニヤリと口角を上げた。
ーーこの女は一体……?
ゾクリと背筋が凍った。
そして次の瞬間、女の姿は消えていた。
結局この騒動は警察の捜査により事件性は皆無ということで事故と処理された。
あの女は一体何だったのか、この件に関係あるのか、私はずっとそれを考えていた。
通勤中のある朝、私は再び電車に乗る。
電車に乗ろうとする客がいるのにも関わらず、ドアの前を陣取って退こうとしない中年男性がいた。
ーー迷惑だよなあ、こういうの。
私は内心ため息をつきながら電車に乗る。
「あの、退いてください」
私の後から乗ろうとした女性が中年男性に注意をした。
「は? お前が邪魔なんだよ!」
中年男性は舌打ちをして女性にそう暴言を吐いた。女性は迷惑そうにため息をつき、仕方なく中年男性を避けて乗る。
ーーいや、分かるよその気持ち。私も注意出来たらよかったんだけどね。
私は中年男性を注意した女性に少し尊敬の念を向けた。
そしてドアが閉まったその時、事は起こった。
ドアの前を陣取って退かなかった中年男性の首がドアに挟まったのだ。通常は何か挟まったら電車のドアは開くはずだが、今回は開く気配がない。それどころか、中年男性の首はスパッと切断された。まるでギロチンで処刑されたように。
「きゃーーーっ!」
「な、何だこれは!?」
周囲にいた客は恐怖と混乱に陥った。
異様なことに、大量出血しているものの周囲が全く汚れていない。
ーーあの時と同じじゃないか!?
私は先日脚を開いて座っていた2人の中年男性に起こったことを思い出した。
そして再び視線を感じた。
ーーまさか……。
私は恐る恐る視線を感じる方向を見ると、やはり黒ずくめの女がいた。
女は倒れている首から上がなくなった中年男性を見て、ニヤリと口角を上げた。
ーーこの女は何者なんだ……!?
私の体は震えていた。
またある日の昼間。
私は仕事の外回りの為バスに乗っていた。
すると、ベビーカーに乗っている赤ちゃんが泣き出した。
ーーおむつかな? それともお腹すいたのかな?
私はそれを微笑みながら眺めていた。
その時だ。
「おい、煩いぞ! 子供泣き止ませろ!」
「すみません」
老人に怒鳴られ、申し訳なさそうにする母親。
ーー別に赤ちゃんは泣くのが仕事なんだから仕方ないじゃん。
私は内心老人に毒付いた。
「ベビーカーも邪魔なんだよ!」
あろうことか、老人はベビーカーを蹴り出した。
流石にこれは止めなければと思った。しかし、私の中にある考えが浮かんだ。
ーーもしかして……。
私は少しの間、老人を放置することにした。すると、やはり私が予想した通りのことが起こった。
老人の首と肢体がスパッと胴体から切り離されたのだ。
突然のことに、母親は呆然としていた。
周囲も何が起こったか理解できていなかった。しかし次第にバスの乗客は老人の救護に向かう。救護と言っても、首と肢体が切り離された段階でもう亡くなっていた。
この時も、大量出血だったが周囲は全く汚れていなかった。
ーーやっぱりあの女だ!
私は確信した。
そして予想通りバスの中にはあの黒ずくめの女がいて、首と肢体が切り離されて亡くなった老人を見てニヤリと口角を上げていた。
電車、バス、飛行機、そして船。公共交通機関での不審死の件数がかなり目立ってきた。それも死亡したのは脚を広げて座っていた、ドア付近を陣取って退かないなど、全員何らかのマナー違反をしていた。最近起きた不審死は、酒で酔った若い男女が大声で話していたら首を絞められたように苦しみ亡くなったそうだ。
SNSでは、『マナー違反者への天罰だ!』などといった意見が数多く書かれていた。
ーーきっとあの女もその場にいたんだろうな。すぐに姿が見えなくなるけれど。
私はあの黒ずくめの女のことを思い出した。確実にあの女が関わっている。
ーーまあでも、あの女のお陰で電車とか公共交通機関でマナー違反者の迷惑被ることはなくなったし……。
私はそう思いながら電車に乗り、空いている席に座りスマートフォンを操作していた。
その時、ふと視線を感じた。
やはりあの黒ずくめの女がいた。女は私を見て怒っているような表情であった。
嫌な予感がした。
脚は閉じて座っている、ドア付近も陣取っていないし荷物だってまとめている。スマートフォンからの音漏れもない。
知らず知らずのうちに私は何かマナー違反をしているように思えたので、必死に確認した。
ふと正面を見ると、マタニティマークを付けた妊婦がいた。
ーーそういうことか!
黒ずくめの女が怒っていた理由が分かり、私は席を立つ。
「どうぞ」
「すみません、ありがとうございます」
妊婦が座ったことを確認し、私は黒ずくめの女の方を見た。すると女は先程の怒りの表情から一変し、満足そうに口角を上げて姿を消した。
ーーよかった……。
私は心底ホッとした。恐らく妊婦の女性に気付かなかったら私は今まで亡くなった人のようになっていたのだろう。
きっと今日もまたどこかであの黒ずくめの女が暗躍しているのだろう。
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