表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔石が欲しかっただけなのに  作者: かに
魔石が欲しかっただけなのに
6/39

それが、君の新しい名だよ

結界にぶつかる小石の音が止んだところで、わたしはゆっくりと顔を上げた。


光が消えた後には、大きく抉れた爆発のあとだけが残っていた。城壁も、石柱も、立っているものは何もない。ただ、わたしの隠れていた城壁を除けば。


伯爵様の姿はおろか、「彼」の姿もどこにもない。


まさか、彼もあの爆発に巻き込まれて・・・?


「やりすぎた。調整が必要だな」


「!?」


すぐ後ろでぼそぼそと話す声が聞こえた。


慌てて後ろを振り返る。


そこには、腕を組んで直立している、黒いフードを羽織った少年が立っていた。


よかった!


「・・・無事、だったんですね」


混乱しているわたしには、ただそれしか言うことができなかった。


「まあね」


わたしの心配などよそに、彼はこともなげにそう答えた。でも、彼のその冷静な態度が、わたしの頭を少しだけ冷やしてくれた。


「伯爵様は、どうなったのですか!?」


「消滅したよ。跡形もなく」


彼はそう言うと、わたしに向かって手をかざす。すると、わたしの周囲を覆っていた、青白く光る膜のようなものが消えた。


「ありがとうございます、守ってくださって」


「どういたしまして」


彼の返答はそっけないものだった。しかし、これまで感じていた威圧感のようなものはなくなっていた。ほんの少し前まで、あれほどの激闘を繰り広げていた人物とは思えない。


再び、彼はわたしに手のひらを向ける。そのまま、しばらく彼は動かなくなった。


「何をして・・・」


「やっぱり」


「え?」


またしても彼は、わたしの質問を遮った。


「君はもう魔法を使えない」


わたしは唖然として彼を見上げる。


「・・・それは、どういうことですか?」


「ゲートが壊れたんだ」


ゲート。


彼はさっきもそう言った。


「何のことですか?」


「何って?」


「ゲートのことです」


すると、彼は考える素振りを見せた。


「そうか、自覚はないんだな」


やっぱり分からない。


でも、ここまで話してきて、わたしは彼と話すコツが少し分かってきた。彼には、回りくどい言い方は通じないのだ。


「・・・わたしは、魔法を使えなくなったのですか?」


「そうだよ」


彼の答えはそっけない。


しかし、初めてまともに会話が通じた気がした。


「二度と魔法が使えないというのは、本当なのでしょうか」


「ゲートが治らなければ」


「その、ゲートというものを治す方法はありますか?」


「ある・・いや、ない」


彼の体が揺れるのが見えた。


すぐに、わたしの質問の仕方がよくないことを悟った。


彼の言葉は断片的ではあったけど、決してそれは拒絶ではない。うまく質問しさえすれば、彼はわたしの欲しい情報を教えてくれる。少なくとも、彼にはその意志があるように感じられた。


でも、そのためには、わたしのほうが適切に質問をする必要がある。


いったい、どう聞いたらいいのか・・・


「・・・それは?」


思案している間に、目の前の石床に青白く光る円形の模様が描かれていた。細かな模様が、整然と配置されている。規則正しく並んだ模様の配列は、神秘的な美しさを感じさせるものがあった。


「転送魔法陣だ」


「転送魔法!?」


転送魔法といえば、伝説の魔法のひとつだ。賢者様が、遠く離れた街の間を移動するときに使ったと言われている。


しかし、あくまで伝説の魔法であって、本当にそんな魔法があるなどとは、今の王国では信じられていない。


「試してみるか?」


彼が、すっとわたしに向かって手を差し出す。ほとんど無意識のうちに、わたしはその手を取っていた。


彼は、おぼつかない足取りのわたしを、ゆっくりと魔法陣の中へといざなった。


解放リリース


パチンと指を鳴らす音が聞こえた。


「!?」


一瞬で視界が切り替わる。


「うそ・・・」


わたしのはるか眼下には、月明かりに照らされる男爵家の屋敷・・・わたしの住んでいた家が見えていた。


「・・・」


頭がくらくらした。


今の今まで、伯爵領にいたはずなのに、一瞬で男爵領に戻るなんて。


本当に転送魔法なの?


それとも、あの屋敷が幻覚??


・・・ああ、意味わかんない!!


わたしのこれまでの魔法の常識は、粉々になって吹き飛んでしまった。


「・・・え?」


そのとき、ふわりと体の上に柔らかなものが降ってくるのを感じた。


反射的にそれを掴む。


「あげるよ」


それは、大きな黒い毛皮のマントだった。手触りからだけでも、それがとても上等な毛皮であることは分かる。


「あっ!」


同時に、今の自分が、肌が透ける薄いレースの寝衣しか身につけていないことに気がつくいた。


慌てて両手でマントを掴む。


しかし、彼はわたしを見てはいなかった。彼の視線は、空の彼方にあるようだった。


「日の出まで休めば、歩いて帰れるだろう」


「・・・帰る?」


わたしは空を見上げた。すでに東の空は、うっすらと赤みがかっていた。そう遠くなく夜が明けるのは間違いない。


それに、あの屋敷が幻覚でないのなら、この場所はわたしもよく知っている場所だ。魔獣を倒しにいく時に、よく通る道のひとつだった。


ここから屋敷までの間には、魔獣が出ることはほとんどない。彼の言うように、ここから歩いて帰ることは、わたしにとって造作もないことだ。


「これもあげるよ」


彼はさらに、どこからともなく革の靴を出してきた。わたしは、促されるままにその靴を履く。


「ぴったり・・・!どうして、こんな・・・」


「僕にできるのは、ここまでだ」


またしても彼は、わたしの言葉を遮った。それどころか、そのままこの場を立ち去ろうとしていた。


彼はわたしの横を通り過ぎると、そのまま森の中へと進んでいく。


「待ってください!」


わたしの声に、彼は足をとめた。


「命を助けていただき、ありがとうございました。それに、こんな立派な毛皮や靴まで・・・」


彼は振り向かなかった。


「あなたは命の恩人です。どうか、お礼をさせてください。わたしのできることなら、何でも・・・」


「礼には及ばない。ただの気まぐれだから」


「でも、私の気持ちが収まりません。是非、お礼をさせてください」


すると、彼はゆっくりと振り返った。


黒いフードが、風でふわりとなびく。


「・・・」


彼は答えない。


それは僅かな時間だった。


しかし、わたしは額に汗がにじむのを感じた。


彼はただそこに立っているだけなのに、威圧感が途方もない。伯爵様との戦闘中に感じていた、あの強烈な覇気が復活している。


彼を怒らせるようなことは、言っていないはずなのに・・


ピリピリとした空気が流れる。


耐えきれず、視線を逸らせようとしたその時、彼は口をひらいた。


「じゃあ、今日のことは忘れてくれないかな」


「・・・そんなことで、いいのですか?」


「君は何も見なかった」


「でも・・・」


そこまで言って、わたしは慌てて口を閉じる。


彼の表情は、帽子の鍔に隠れてほとんど見えない。だから、彼が何を考えているのかは全く分からない。でも、ただひとつ、分かっていることがある。


彼に逆らってはいけない。


自分の本能がそう言っている。


「承知しました。今日のことは誰にも申しません。ただ・・・」


わたしは大きく息を吸う。


「・・・許されるのでしたら、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか」


声を絞り出すようにして、そう言い切った。


「いいよ」


拍子抜けするほどに、彼の言葉は端的なものだった。


「わたしはもう、前のように魔法を使うことはできないのですか?」


わたしは、それだけ言うと目を伏せた。


森の静けさが体に染み入る。自然と握る手に力が入った。


今のわたしは魔法が使えない。それは間違いない。


彼が戦っている間にも、何度か魔法を使ってみようとした。しかし、わずかな氷の破片すら、出現させることができなかった。


彼は、それが魔封じの魔道具のせいだと言った。でも、魔道具を外しても魔法は使えない。


なぜか?


わたしは、どうしてもそれが知りたかった。


「できないね」


「なぜ、それがお分かりになるのでしょうか」


「ゲートが自然には治らないから」


質問と答えがかみ合っていない。


・・・そうか、こういう聞き方ではダメなんだ。


わたしは質問の方法を変えた。


「ゲートというのは、魔法と関係あるものですか?」


「あるよ」


「ゲートが壊れると魔法が使えないのですね?」


「そうだね」


ああ、やっぱり。


少しだけ、彼と会話するコツが分かった気がする。


「治す方法はあるのでしょうか」


「うん」


「本当ですか!それを教えていただくことはできますか!?」


すると、彼は突然わたしに背を向けた。その直後、彼の威圧感が途方もなく増加するのを感じた。


「質問、ひとつじゃないね?」


「も、申し訳ありません!」


・・・しまった!


今度こそ、彼を怒らせた。


彼を本気で怒らせてしまった。


わたしは、全力で頭を地面に擦りつける。


体の震えが止まらない。


確かにわたしは、ひとつ伺いたいと言った。だというのに、つい調子にのっていくつも質問してしまった。きっと、彼はわたしのことを許さない。


彼の影が、遺跡の石畳の上で、わずかに動くのが見えた。


「・・・っ!!」


固く目を閉じる。


額から落ちる汗が、石畳に広がっていく。


彼の威圧感は、あの伯爵様とはくらべものにならない。


伯爵様のそれが「威圧」だったとすれば、彼のそれは「絶望」だ。


圧倒的な力の差。


絶対的な死。


わたしは、全ての終わりを覚悟した。


「治す方法はあるよ」


「・・・え?」


それは、あまりにも予想外の反応だった。


わたしは、思わず顔を上げる。すると、どういうわけか彼の威圧感はすっかり消え去っていた。


頭を押さえつけていた、抗うことのできない強大な力が、一瞬でなくなったように感じた。


わたしは、どうにか気力を取り戻すことができた。


「お、教えてください!治す方法を!」


再び、額を地面に擦りつける。


「わたしには魔法しかないんです!魔法が使えないわたしには、何の価値もありません。その、ゲートというものを治す方法があるのでしたら、どうかわたしに教えてください!」


不意に、涙が溢れだした。


「わたしは貴族として魔法の腕を磨くことに身をささげてきました。魔法の探求は、貴族として生まれた者の義務であり、存在価値そのものです。嫁ぎ先の伯爵家でも、探求は続けて良い・・・むしろ、続けるべきだと言われました。魔法の腕を磨くことは、伯爵家の利益になる。だから、大いに歓迎されるはずだと、お父様もおっしゃっていました。魔法をもっと勉強して、魔法使いと、貴族として・・・いえ、一人の人間として認められたかった」


体が震える。


「わたしの魔法の腕が上がると、お父様はいつも褒めてくださいました。わたしは、それが嬉しくて・・・。でも、それはわたしの思い込みだったんです。わたしは、お父様にとっても、伯爵様にとっても、ただの『魔力』としての価値しかなかったのです。わたしは、わたしは・・・」


「そんなこと、言われてもね・・・」


突き放すように彼がいう。


・・・当然だ。


彼から見たわたしは、虫ケラのようなものだろう。彼はすでにわたしを救ってくれた。これ以上、彼がわたしの話を聞く義理などない。


でも、これは最後のチャンスだ。


ここで引き下がれば、わたしの人生は本当に終わってしまう。


「何でもいたします!どんなことでも、たとえ・・・」


・・・死を命じられたとしても。


わたしはその言葉を飲み込んだ。


ゆがむ視界の中で、彼の首がわずかに動く。


「辛い修行が続くよ?」


「どんな修行にでも耐えて見せます!」


「二度と家に帰れないよ?」


「・・・覚悟の上です」


すると、彼は袖の中から、何かを取り出した。


それは、黒光りする革でできた物だった。銀色の小さなメダルがついているが、それ以外に目立った装飾はない。一見すると、ただの質素なアクセサリーに見える。


しかし、その首輪には紫色の靄がまとわりついていた。そして紫色の靄は、わたしを震撼させるに十分なほどの、おぞましい邪気を放っていたのだ。


そんなものが、ただの装飾品であるはずがない。


「それは・・・」


「隷属の首輪だよ」


彼はそれを、わたしの目の前に差し出した。


「付ける覚悟があるかい?」


コグリ


自分が息を飲む音が聞こえた。


・・・隷属の首輪。


それを付けた者は、主人の命令に逆らうことができない。


逆らおうとすると首輪が閉まって死ぬ。犯罪を侵した者が、罰として奴隷の身分に落とされるときに、その首輪を付けさせられる。


男爵領でも、強盗や放火といった、重い罪を侵した人間が付けさせられる場面を見たことがある。彼らがその後、どうなったのか。耳を覆いたくなるような後日談を、わたしはいくつも聞いていた。


つまり彼は、言葉だけではなく、身をもってわたしの覚悟を示せと言っているのだ。わたしが、彼に身も心も捧げる覚悟があるのかと。


「・・・」


ゆっくりと首輪へと手を伸ばす。


「・・・っ!」


禍々しい靄が、指先から腕へと登ってこようとするのを見て、わたしは反射的に身を引いた。


「おとなしく帰るんだな」


彼が立ち去ろうとする。


「待ってください!」


ふたたび隷属の首輪に腕を伸ばす。そして、今度はそれを拾い上げた。


全身から耐え難い嫌悪感が沸き出す。わたしは、歯を食いしばった。


そのまま首輪を自分の首へと押し当てる。


「あ、あああ、ああああっ!!」


首輪から紫色の靄が吹き出し、全身を包み込んでいく。隷属魔法の禍々しい衝動に体が痙攣する。


「・・・」


突如として、衝動が収まった。


不思議と心が落ち着いている。


自然と、わたしは頭を下げていた。


「君の覚悟、見せてもらったよ」


そのとき初めて、彼は深くかぶっていたフードを跳ね上げた。


若い男の人だった。もしかすると、わたしと年齢はほとんど変わらないかもしれない。


彼の黒い瞳に、月明かりが映り込んでいるのが見えた。


「僕の名は久慈桐寿玄くじきり・しゅげんだ」


「・・・クジキリ・シュゲン様」


「君の名は?」


その問いに、わたしは一瞬、口を開きかける。しかし、すぐにあることを思い出した。隷属魔法を受けた者が答えるべき言葉を。


「・・・わたしの名はございません」


「・・・」


彼は答えなかった。


いや、彼は知っているからこそ、わたしの言葉を待っているのだ。


「隷属魔法を受けた者は、ご主人様より新たな名を授かり、その名によってのみ、隷属者に命令を下すことができる。そう聞いております」


わたしは彼を見上げる。


「ご主人様、わたしに新しい名前をお与えください」


風が吹いた。


彼の真っ黒な美しい髪の毛が夜空になびく。


「・・・ふうん、流石だね」


そのとき、彼が少し笑ったように見えた。


「リン」


リン。


「それが、君の新しい名だよ」


「良き名前を、ありがとうございます。ご主人様」


「ご主人様はやめてくれ」


「承知しました。では、シュゲン様」


すると、シュゲン様は一瞬わたしの顔を見つめたが、すぐにくるりと振り返って、森の中へと進み始めた。


わたしは、無言のまま彼の後を追う。


彼が向かう先がどこなのか、わたしには分からない。


しかし、彼のいる場所こそが、わたしのいるべき場所なのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ