多めに買ってきてよかったな
僕が彼女に興味をもったのは、彼女が強いから・・・ではない。
この世界では、程度の差はあれど、誰でも魔法を使うことができる。
中でも貴族と呼ばれる連中は、基本的に魔法を使う能力が高い。いや、魔法を使いこなせる人間が、貴族の地位を与えられていると言ったほうがよいだろう。魔法力の高い貴族は、敬意をこめて人々から「魔法使い(ウィザード)」と呼ばれている。
一方の平民も、魔法を使うことはできる。
例えば、夜に灯りになる光の玉を出すとか、コップ一杯の水を出すといった程度のものなら、誰でも使うことができる。全く魔法が使えない人間というのは、僕が観測した限りでは、見たことがない。
おかげで、この世界には松明やランプといった明かりを取る道具はない。そして、喉が渇きすぎて死ぬといったことは、普通は起こらない。
そのくらいに、魔法はこの世界では普遍的なものだ。そういう意味では、彼女が魔法を使えること自体は、特別なことじゃない。
ただ、あれだけの威力の氷魔法を使える人間は、この国では彼女だけだ。それは、僕が半年かけて、ここの近辺の強そうな「魔法使い」をストーキング・・・いや、精密に調査したから間違いない。
でも、あの氷魔法使いの少女は、他の連中とは根本的に違う点があった。
そうでもなければ、この世界で隠居生活をしている僕が、わざわざ村や街に出てきて聞き取り調査をするわけがない。
・・・違いは何かって?
なんと彼女は、自分の意思で「ゲート」を制御することができるのだ。
すごくない?
ゲートを制御していたんだよ?
この世界では、僕にしかできないと思っていたのに。
彼女はそれができた。誰に教わるでもなく。
これが、どれだけ凄いことか。
ゲートを制御できるってことは、マナをエミッションするゲートのコントロールができるってことなんだよ。他の人間が漫然とマナをエミッションしているのに対して、意識的にマナのエミッションをゲートのアキュレイトなコントロールを行えるってことは、ヤングなガールのアビリティのキャパシティがグレイトにインプルーブするポシビリティが・・・
ビービービー!
「おおっと」
事前に仕掛けておいた警報魔法の音を止めた。
どうやら、少女の乗った馬車が伯爵の屋敷についたらしい。
僕は、伯爵の屋敷のある街の、一番高い聖堂の尖塔の上に陣取っていた。そこから遠隔監視魔法を、街で一番立派な屋敷へと向けて放つ。
目の前に、屋敷の前に到着した馬車の映像が映し出される。そして、馬車の扉が開くのが見えた。
彼女が降りてきた。
水色の髪が、さらさらとなびく。
その少女を出迎えたのは、がっちりとした体格のよい中年の男だった。その男は、男爵が着ていたよりもさらに上等そうな服を着ている。
その人物は、目の前に降り立った少女の姿に目を細めた。
「ようこそ我が花嫁よ。心より歓迎いたしますぞ」
伯爵と思しきその男は、胸に手を当ててそう言った。あれは、この世界での、目下の貴族に対する正式な挨拶らしい。
その立派な体格の割には、すっきりした顔立ちだ。十分にイケメンの部類に入る。
一方で、彼の頭髪はやや心もとない。帽子で隠しているつもりだろうが、僕の目は欺けない。
女子高生と結婚するには、さすがに年が行き過ぎているだろう。二人が並ぶと、端から見たら親子にしか見えない。
「伯爵様・・・いえ、失礼いたしました。旦那様。末永くよろしくお願いします。」
だが彼女は、一回り以上年の離れた花婿に対しても、少しも動じる様子はなかった。
相変わらず、大したものだ。
伯爵は満足げに頷くと、彼女を伴って屋敷の中へと入っていった。その背後では、たくさんの荷物・・・おそらくは嫁入り道具だろうが・・・が、次々と馬車から積み下ろされ始めた。
・・・うーむ、けしからん、けしからん!
僕は無性に腹がたってきた。
◆
「伯爵様は魔法使いとしても一流ですし、礼儀正しくて感じのよい方なんですけどね」
「気になることでも?」
「まあねえ」
彼女が伯爵領へ出発した翌日のことだ。
僕は旅の行商人に変装して、男爵家に入り込んでいた。
南の国の珍しい商品を扱う商人という設定で、男爵家に果物を売り込みにきた。今日の目玉商品は、僕の生まれた世界でいうところのメロンに似た果物だ。
身構えていたにもかかわらず、男爵はすんなりと屋敷に入れてくれた。
門前払いを避けるため、王都の大商会の一つの紋章が入った紹介状も用意したのに、それを使う必要もなかった。
男爵への挨拶は短時間で終わり、商談は料理担当の使用人と直接することになった。
ちなみに、メロンっぽい果物は、昨日のうちに全速力で南の隣国まで行って買ってきた。南の国には転送魔法陣を設置してなかったので、行きは全力ダッシュと短距離転位魔法を繰り返して行くことになった。
途中、大雨が降ったりして雨よけ(ワイパー)魔法を使ったり、ショートカットのために山に穴をあけて進んだりしたので、さすがにちょっと疲れた。
「これまでご結婚された二人の奥様は、どちらもお亡くなりになったんですよ」
「ご病気ですか?」
「伯爵様は、そうおっしゃっているんですけど」
「ほう、では病気ではないと」
「ある日、突然いなくなった、とか」
「・・・失踪ですか」
「あくまで噂ですよ」
僕の相手をしているのは、男爵家の厨房を任されている、やや年配の女性の使用人だ。男爵家に仕えて、今年で三十年になると自慢していた。使用人の中でも古株で、他の使用人では知らないようなことも、彼女は知っていそうだ。
・・・ということを、僕は前もって隠蔽魔法を使った潜入調査で調べ上げていた。
何事も、効率化のための準備が重要だよね。
「それにしても、このメロンって果物、本当に甘いわ。それに、とても冷えていておいしい!」
彼女は、切り分けたメロンにフォークを突き刺し、美味しそうに食べている。彼女が甘味に目がないことも、もちろん調査済みだ。ちゃんと、持ってくる直前に氷魔法で冷やしておいた。
僕の作戦に抜かりはない。
本当は焼き菓子を持って来たかった。それなら、この近辺で集められる材料だけでも作れたからね。でも、国中を探しても焼き菓子を見つけられなかった。多分、焼き菓子という文化自体が、この国には存在していない。
いや、ひょっとすると、この国だけでなく、世界中探しても焼き菓子は無いのかもしれない。誰も見たこともない焼き菓子を商品として持ち込めば、間違いなく目立ってしまう。
目立つことは、この世界で僕が一番避けたいことだ。ならば、存在することが確実な果物で・・・という感じで、僕は隣国までダッシュすることになったわけだ。
「こんなに美味しい果物があるなんて・・・ああ、これは教会にも寄進しなければ・・・」
「失踪の話はどちらで聞かれたんですか?」
僕はさりげなく話題を修正する。
「え、ええと、伯爵様の奥方のお話でしたっけ」
「はい、そうです」
「お二方とも、前日はご自分のお部屋で就寝されたんですよ。その様子は、わたくしの知り合いの使用人が見ていました」
彼女曰く、翌朝に使用人が夫人を起こしに行くと、ベッドが空だったそうだ。ベッドには寝た形跡もなく、着替えをした形跡もなかった。窓も扉も閉まっていた。館内の使用人や護衛の兵士たちも、夫人の姿を見ていない。
僕のいた、向こうの世界でなら「神隠し」とでも言われそうな事案だ。
だけど、この世界には魔法がある。
魔法を使えば、密室トリックは成り立たない。
「転移魔法とか、転送魔法で誘拐されたんじゃないですか?」
「転移に転送?そんな大魔法が使えるのは、伝説の勇者か大賢者様くらいでしょう」
え、そうなの?
「では、隠蔽魔法で姿を消したとか・・・」
「隠蔽・・・ってどんな魔法なんですか?」
「姿を消す魔法です」
彼女のフォークを口に運ぶ手が止まる。
そして、目を丸くして僕を見た。
「そんなすごい魔法、聞いたこともありません。姿を消すことができたら、盗み放題じゃないですか。とても、大変なことになりそうだわ。もしかして・・・」
不意に探るような視線を感じて、僕は姿勢を正す。
「あなた、その隠蔽って魔法を使えるんですか?」
「・・・そんなわけないですよ!」
「あらやだ。そうですよねえ」
「そうですよ!」
「そうですよねえ!」
彼女は、はははとおかしそうに笑った。そして、再びメロンを口に放り込む軽作業に従事しはじめたのだった。
・・・ふう。
僕は背中に冷や汗が流れるのを感じた。
そうかー。
転送魔法って、この世界じゃ伝説の魔法扱いなんだ。
ましてや、隠蔽魔法なんて、この世に存在しちゃいけないくらいの勢いなんだ。
これは、絶対にバレないようにしないと・・・
話題を変えよう。
「お嬢様はどうして伯爵家に嫁ぐことに?」
「伯爵様の出世を後押しするためです」
「出世?」
「旦那さまがお話しされていたのですが、宰相様の跡継ぎの地位を、三つの伯爵家が争っているんだそうです。隣の領地の伯爵様も、そのおひとりなんですよ」
「それと、お嬢様の輿入れと、どのようなご関係が?」
「この国では、使える魔法の強さで、貴族の地位が大きく変わるんです。伯爵様は国内でも有数の土魔法の使い手ですが、ライバルの伯爵様方も名の知れた方々で、出世争いはとても厳しいのだそうです。宰相候補の中では、辺境伯のべリト様が最有力だそうですよ。何でも、魔道具の作り手として名高いお方なのだとか」
彼女はそこで、メロンを一切れ、口の中に放り込んだ。
「そこで、伯爵様はお嬢様に目をつけられたんですよ」
「と、言いますと?」
「この国では、貴族の魔法使いとしての価値は、その家全体の力で評価されるんです。氷魔法の使い手として、国中に知られているお嬢様が伯爵家に嫁ぐとなれば、伯爵家の魔法使いとしての価値は、大きく上がります」
ははあ、なるほど。
「今の宰相様のご病気が悪くなられたとかで、急に慌ただしくなっているそうですよ。旦那様は、中央の政局には巻き込まれたくないとおっしゃって、頭を痛めておられたようですが・・・」
隣接する伯爵家とこの男爵家は、両家とも領地が魔獣の住む大森林に面していることもあり、互いに助け合ってきた歴史がある。
男爵家は伯爵家に比べると人口も少なく、経済的にも弱い。必然的に、伯爵家から援助を受けるほうが多くなる。
過去に何度か起こった魔獣大発生は、伯爵家の援軍なしでは乗り切れなかったそうだ。男爵家としては、伯爵家に足を向けて眠れない。
それに、男爵としても国内での地位は維持したい。楽ではない領地経営を少しでも改善するには、有力者の後押しを受けたいところだ。使えるコマは、何でも使っていきたい。
彼女の話の要点は、こんな感じかな。
「伯爵様が次の宰相様になられるのでしたら、男爵家としては良い縁談なんでしょうけどね。旦那様は乗り気ではなくて」
「奥様方の失踪を気にされているのでしょうか」
「勿論、それもあります」
「他にも理由が?」
「お嬢様はとても優秀な魔法使いです。旦那様は、お嬢様を男爵家の跡継ぎにするおつもりでした。あれだけ魔法が使えるのならば、他家から婿養子を取ることも可能だろうと、旦那様は考えておられたようです。ですから、お嬢様が十五歳になられたら、王立高等魔導学院へ入学できるよう、手配も進めておられましたのに」
王立高等魔導学院・・・そんなのがあるのか。
「お嬢様も、魔法を勉強できることを、楽しみにされていました」
そういえば、この世界の魔法使いの調査をして回っていたときに、どこかの大きな町のはずれに、妙に魔法使いが集まっている施設があったことを思い出した。
もしかして、あれが魔導学院かな?
調査に入った僕に気が付いて、不意打ちを仕掛けてきた奴がいた。
ちょっと油断してたのもあるけど、見つかったのはこの世界に来て初めてだったので、とても驚いた。だから、よく覚えている。
「それでは、お世継ぎがいなくなるのではないですか?」
「もうひとり、下にお嬢様がおられます」
ああ、そういえば小さい女の子がいたな。
あの萌黄色の髪の子が跡継ぎかぁ。
魔法使いの素質はありそうだけど、姉には到底及ばないだろう。
なにせ、姉のほうは特別だからな・・・
「それにしても商人さん、男爵様や伯爵様にずいぶんとご興味がおありなんですね。南の国から来られたと言ってましたけど、本当はどちらかの貴族様に関係ある方だったりします?」
予期しない質問を受け、僕は思わず姿勢を正す。
「ははは、ご冗談を。次は伯爵様のお屋敷に、商談にお伺いしようと思っておりまして、情報を集めたいなと思っているだけですよ」
答えながらも、額から落ちてきそうになる汗を、風魔法で強引に押し返す。目の前の使用人に気が付かれないように、慎重に風力をコントロールしながら。
「ですから、伯爵家にお知り合いがおられるようでしたら、是非紹介していただきたいです」
「ふうん、紹介、紹介、ね」
その時僕は、彼女の目線が空になった皿の上を彷徨っていることに気が付いた。
「・・・よろしければ、もうひとつ、果物を試食されますか?」
「本当に!?」
彼女の目が輝く。
「是非、伯爵家の方にご紹介を」
「もちろん、紹介しますわ!」
やれやれ。
メロン、多めに買ってきてよかったな。