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魔石が欲しかっただけなのに  作者: かに
魔石が欲しかっただけなのに
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そんな話、聞いてないよ?

僕が彼女を初めて見たのは、魔獣が跋扈ばっこする深い森の中でのことだった。


この異世界に来るようになって、三か月が経過した頃だろうか。


その少女は、美しく透き通る水色の長い髪をなびかせ、氷の魔法を次々と放っていた。


「アイスジャベリン!」


彼女は、小柄な体格と可憐な見かけからは想像できないほどに強かった。無数の氷の槍を操り、迫りくる魔獣をほふっていく。


右手には短槍を持ってはいるが、攻撃にはほとんど使っていない。時折、トドメを刺すためにふるう程度だ。


「貴様ら、お嬢様に遅れを取るな!」


「はっ!」


彼女の周りには、金属製の鎧をまとった屈強な男どもがいた。彼らも剣や槍で狼の魔獣と戦っている。しかし、十人がかりでも少女一人の戦力に及ばない。


彼女と他の人間たちの間には、大きな実力差があった。


ドガッ!


「ひいっ」


魔獣の一匹が氷の刃に貫かれ、その場に崩れ落ちる。


「前に出すぎです。下がってください」


少女はそう言いながらも、すぐに次の魔獣へと狙いを定めていた。


「・・・はい、お嬢様。申し訳ございません」


「ったく、どっちが守られてるんだか分かんねえな」


他の男どもより体格が良い、隊長らしきヒゲの男が頭を掻いている。


会話から推測すると、この少女は身分の高い人物なのだろう。彼女を取り巻く男どもは、おそらく護衛といったところだ。


だけど、隊長らしきヒゲ男が言うように、明らかに少女のほうが連中より強い。戦う様子を見る限り、できるのはヒゲ男くらいのもので、他の男たちは数人がかりで魔獣一匹を相手にするのがやっとだ。とても、少女の戦っている魔獣にまで手が回らない。


もっとも、彼らが手を出すまでもなく、少女はほとんど一撃で魔獣を倒してしまうのだけど。


「興味深いね」


僕は、自分の背後に迫ってきた狼の魔獣を瞬殺すると、彼女たちの後を追った。



氷魔法使いの少女は、このあたり一帯を領地にしている男爵家の娘だった。


彼女は、両親と妹、そして、たくさんの使用人のいる屋敷に住んでいた。彼女の家族はあと一人、どこかに嫁いだ姉がいるらしい。つまり、彼女は三姉妹のうちの一人ということだ。


「お姉ちゃーーーん!」


水色の髪の少女が馬から降りると、淡い萌黄色の髪の毛の小さな娘が、屋敷から転がるように飛び出してきた。彼女の妹だ。


「ただいま。いい子にしていた?」


「うん!たくさん、勉強してたよ!」


水色の髪の彼女は、その萌黄色の髪の小さな娘を抱きしめると、頭を優しくなでてやった。妹のほうは、満面の笑みを浮かべて姉を見上げている。


実に微笑ましい。


姉のほうは、僕より少し年下だと聞いている。彼女が僕の生まれた世界で生きていれば、高校生になった頃だろう。一方、妹のほうはずっと幼くて、小学校の低学年といったところだ。


屈託のない笑顔でおしゃべりをしている二人の背後に、ゆっくりと近づく影があった。


「無事戻ったか」


そう少女に声をかけたのは、銀髪を短く刈り上げた中年の男性だった。その頭髪には、僅かに萌黄色の筋が走っている。立派な服を着ていて、その場にいる誰よりも偉そうだ。


「・・・お父様」


振り向いた水色の髪の少女の表情は、明らかに固くなっていた。彼女はすぐに立ち上がると、丁寧に会釈をした。


「ただいま戻りました。わたしはこの通り怪我はございません。傭兵団の方は、何人か怪我をされましたが・・・」


「ふむ、すぐに治療をさせよ」


男爵は、すぐ後ろに控えている執事の男に命じる。


すると、彼女の護衛隊長であろうヒゲ男が前に出て、男爵の前にひざまづいた。


「それには及びません、男爵様。皆、お嬢様に治していただきました。」


男爵は、護衛の男たちに目を向ける。そこには、少女に治してもらった男たちが、バツが悪そうに頭を下げているのが見えた。


「そうか、ならば良い」


「面目ありません」


ヒゲ男は深々と頭を下げた。


男爵は、再び少女に目を向ける。


「無理はしておらぬだろうな?」


「はい、お父様の言いつけ通り、わたくしは後方から魔法で支援しております。護衛の方々に守っていただけるので、安全に魔法を使うことができます」


少女はそう言いながら、ヒゲの男たちに笑顔を向けた。しかし、その目は笑っていなかった。


「もちろんでございます!」


「お嬢様のおっしゃる通りで!」


男たちは、全力で首を縦に振り始める。


「そうか、ならば良い」


男爵は静かにうなずいた。


「くれぐれも、無理をしてはいかんぞ。おまえは嫁入り前の娘なのだからな。体に傷をつけるようなことがあってはならん。」


「はい、心得ております。お父様」


少女は頭を下げたままそう答えた。父親の言葉に、少しも動じる様子はない。一方、その背後では、ヒゲ男が額の汗を拭っているのが見えた。



場に、緊張の沈黙が流れる。


しかし、その沈黙はすぐに破られた。


「ねえ!お姉ちゃん!」


小さな娘が、水色の髪の少女の袖を引っ張った。


「お母さんがお菓子焼いてるの。一緒にたべようよ!」


「まあ、お母様が?では、お父様。わたくしはこれで失礼いたします」


「うむ」


「はやく、はやくー!」


少女は、男爵に振り返ることなく、妹の後を追って屋敷へと速足で向かっていった。そんな二人の様子を、男爵と厳つい男たちが遠くから眺めている。


彼女たちが屋敷の中に消えると、男爵はヒゲ男に再び向き直った。


「それで、本当はどうだったのだ?」


「も、申し訳ございません・・・」


男爵の視線を受けると、ヒゲ男はその場で縮こまった。彼の大きな体が、一回り小さくなったように見えた。


「倒した魔獣の数は?」


男爵は構わず続ける。


「ビーストウルフを30体ほどです」


「ふむ。その中で、あやつが倒したのは何体だ」


「ほとんど全てです」


「・・・ほとんど、だと?」


「はい、ほとんどです」


「・・・そうか」


場に沈黙が流れる。


いたたまれなくなったのか、厳つい男たちも全員、その場にうなだれている。


ヒゲ男が恐る恐るという様子で口を開いた。


「お、お嬢様は本当にお強いです。魔法の腕は、王宮の魔導士並、いえ、それ以上です」


「それは言い過ぎであろう」


「いえ、そんなことはございません。お嬢様は、その魔法の威力の高さだけでなく、正確さ、持続力、制御能力、どれをとっても一流です。そもそも、武器も杖も使わずに魔法を続けて使うことができる時点で、人並はずれております。そんなことができる魔法使いは、この国で長く傭兵稼業を続けている私でも、見たことはございません。正直、私たちは足手まといです。まったく、面目ないことです」


そこまで聞くと、男爵は静かに首を振った。


「そうか、あやつの魔法の腕はそこまで上がっておったのか」


「はい」


「ふむ、惜しいことだ。あやつが息子であったならばな」


男爵はそこで一瞬、空を見上げる仕草を見せた。しかし、すぐにヒゲ男たちに向き直る。


「まあよい。それはそれで使い道がある。高く売りつけられるというものだ。引き続きおぬしらには、あやつの護衛を依頼したい」


「よろしいのでしょうか。私どもでは護衛になりませんが」


ヒゲ男が顔を上げた。


「構わぬ。おぬしらが同行すれば、あやつもそうそう無茶はせぬ」


「・・・私どもは、お嬢様のお目付け役・・・と考えてよろしいのでしょうか」


その場にいる男たちも、男爵の言葉の意味を理解したようで、複雑な表情を見せている。


「その通りだ。報酬は約束通り出す。あやつの行動は、逐一報告せよ」


「承知いたしました」


ヒゲ男は、再び深々と頭を下げた。


この男爵家の領地は、王国の東の端に位置しており、魔獣が出現する森に面していた。森から王国内へと入り込み人間を襲う魔獣を退治することは、この領地を治める代々の男爵家の重要な義務なのだとか。


幸い、男爵家は強い魔法の力を受け継ぐ家系だそうだ。いや、だからこそ、魔獣に対する防波堤として、この地を任されているのだろう。


水色の髪の少女は、その男爵家の血を色濃く受け継いだようだ。そのことについては本人も自覚があるようで、幼少の頃から暇さえあれば魔法の鍛錬をしていたそうだ。


彼女につけられた魔法教師の実力もすぐに追い越してしまった。そして鍛錬相手のいなくなった彼女は、一人でこっそり山に入って魔獣を相手にするようになった。無論、男爵にはそのことはバレていたようで、彼女には密かに護衛が付けられていたのだが。


そうして魔獣を倒す間に、彼女の実力は順調に伸び、更に強い魔獣を求めて山の奥へと入り込むようになった。密かに護衛することも限界だと感じた男爵は、彼女に公式に「護衛」を付けることにしたのだ。


・・・ちなみに、このあたりの情報は、俺が変装魔法で出入りの商人やら職人やら、庭の木やら搬入される木箱やらに化けて、使用人連中から聞き出したものだ。だから、信憑性は間違いない。


「それにしても、ビーストウルフが30体も出没するとはな。魔獣の被害は減っていると思うておったが、増えているのか?」


「いえ、魔獣の数は減っております」


そのヒゲ男の言葉を聞いて、男爵は鋭い目線を彼に向けた。


「何を言うか。一日で30体も遭遇するなど、ここ30年の間でもそうはなかったぞ」


「実は、獲物を探している間に『黒の森』まで到達いたしまして・・・」


「なんだと!」


『黒の森』という言葉を聞いて、男爵の目の色が変わった。


「あの森には、ビーストウルフのような小物とはくらべものにならぬほど強い魔獣がいるのだ。絶対に入ってはならぬと、あれほど言ったではないか!」


「申し訳ございません!ですが、断じて『黒の森』へは入っておりません!」


男爵の剣幕に当てられて、ヒゲ男はあからさまに狼狽していた。


「お嬢様に思いとどまっていただくよう、必死で押しとどめました。お嬢様はどうにか聞き入れて下さり、『黒の森』との境に出没するビーストウルフを片っ端から倒して行かれました」


「・・・ふうむ、つまり『黒の森』近くまで行って、遭遇したビーストウルフが30体ということか」


「仰せの通りです」


「確かに、それならば30体でも少ないと言えるな。そもそも、その人数で一日で『黒の森』までの間を往復したということ自体が信じがたい。昔であれば、三日かかっても到達できぬほどに、魔獣が出現して邪魔をしたはずだ」


「はい、ですから魔獣の数は減っていると申し上げたのです。それに、出てくるのはビーストウルフのような小物ばかりで、大型の魔獣はおろか、中型の魔獣も全く見なくなりました」


「ふうむ」


ヒゲ男の言葉を聞いて、男爵は少し考え込む素振りを見せる。だが、すぐに元の表情に戻った。


「いずれにせよ、魔獣が減るのは良いことだ。増えるよりはな」


「お嬢様は物足りなさそうでしたが」


「あやつの不満など捨てておけ。怪我をされるより良い。だが・・・」


男爵は、再び鋭い視線をヒゲ男に向けた。


「断じて『黒の森』へは入ってはいかん。良いな」


「はっ、仰せのままに」


ヒゲ男は深々と頭を下げた。それと同時に、背後の男たちも頭を下げていた。


・・・なるほどねえ


僕は領内で一番高い山の上に座り、遠隔監視の魔法を使って彼らの会話の様子を眺め、ひとり頷いていた。


魔獣が減ったのは、僕が山の魔獣を狩りまくったせいなんだよね。


実は、魔獣は「魔石」という、特別な石を持っている。


僕は、そいつを効率よく集めるために、魔獣がたくさんいる場所を探し歩いていた。そうしているうちに、魔獣がたくさん出没する森、つまりこの領地の森にたどりついたというわけだ。


「こいつは大漁だ!」


僕は、喜び勇んで片っ端から魔獣を倒していった、


魔獣は、こちらの世界の人間にとっては、彼らの安全を脅かす厄介な存在でしかない。魔獣は、人間を見ると見境なく襲ってくる。そして、魔獣は大抵の人間よりもはるかに強い。戦闘訓練を受けていない人間が、ビーストウルフクラスの魔獣に遭遇したら、一瞬で殺されてしまうだろう。


つまり、魔獣はこの世界の人間にとっての天敵だ。


そして、この世界の人間は、魔獣の持っている魔石にまったく興味がなかった。「汚れた石ころ」くらいの認識のようだ。倒した魔獣から魔石が見つかっても、彼らがそれを回収するところを見たことが無い。


だから、僕が魔獣を倒して魔石を回収しても、誰にも文句は言われる筋合いはない。むしろ感謝されてもいいくらいだ。


嬉しいことに・・・いや、厄介なことに、魔獣は時間が経過すると森の中に沸いて出る。どれだけ倒しても、根絶やしにすることはできない。再出現リポップさえ待てば、魔石はいくらでも手に入るということだ。


これは、いわゆるあれだ。


持続可能性サステナビリティってやつだな。


・・・ちょっと違う気もするけど、多分あってる。


まあ、この世界の人たちは、魔獣に絶滅してほしいと思ってるのだろうけど。魔石が大量に欲しい僕にとっては、魔獣の無限出現は都合のいい仕組みだった。


そんなわけで、僕はいい気になって魔獣を倒し続けた。当然ながら、短期間のうちにずいぶんと森の中の魔獣の数が減った。ついには、出現してすぐ倒す、いわゆるリスキルを繰り返すまでになった。


すると、予期しないことが起きた。


魔獣が減って安全になったことで、人間たちが果物やら獣の肉やらを求めて、森の中に入ってくるようになったのだ。


諸事情により、人目を避けたい僕にとっては、狩場に見知らぬ人間がやってくるのは嬉しくない。


この世界の連中が苦戦する魔獣相手に、魔法を撃ちまくって乱獲している僕の姿を見られでもしたら、面倒なことになることは簡単に予想できる。


狩りを邪魔されないようにするためにも、人間が森に入ってくるのを阻止する必要があった。


・・・というわけで、僕は魔獣を倒す数を加減することにした。森の中を適度な魔獣に徘徊させることで、人間が無暗に森に入ってこなくなる。


こうして、僕は乱獲がよろしくないことを、身をもって学習したのだ。


持続可能性サステナビリティ、重要だな」


森には再び平和がもどった。


例の水色の髪の彼女のような、腕に自信のある人間以外は、以前のように森へ入ってくることはなくなった。


この後しばらく、僕は乱獲で魔獣が過度に減らないように注意しつつ、荒ぶる彼女とそれに振り回されるヒゲ男隊の奮闘を遠くから見守った。


彼女たちの先回りをして、連中の手に余る中型の魔獣を倒したりもした。


これまで一人で黙々と魔獣を倒していた僕にとって、彼女たちを密かに護衛することは、少しばかり楽しいイベントになっていた。



変化は突然訪れた。


ある日を境に、水色の髪の少女が森に来なくなった。


・・・病気だろうか?


それとも、事故にでもあったのか?


僕は、遠隔監視魔法で男爵家の様子を覗いた。


「お姉ちゃん、いつ帰ってくるの?」


「ごめんね。お姉ちゃんは、しばらく帰ってこれないの。」


「じゃあ、あたしもお姉ちゃんと一緒にいく!」


水色の髪の少女が、妹をぎゅっと抱きしめている。


見たところ、彼女は健康そうだ。少なくとも、病気や怪我が原因ではない。


でも、しばらく帰ってこれないってどういうこと?


長期の旅行にでも行くのかな。


「だめよ。あなたは、一緒に行けないの。」


「どうして、どうしてダメなの!!」


「お姉ちゃんは・・・伯爵様のお嫁さんになるの」


・・・え?


僕は山の頂上から、ころげ落ちそうになった。


そんな話、聞いてないよ!?



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― 新着の感想 ―
[良い点] 最高に面白かったです! [一言] これからも追ってまいりますので、執筆頑張って下さい!!!
2023/07/09 15:58 退会済み
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