ロボットは自由を望んだ
「旦那様」
呼びかけられた男は振り返る。
そこには彼の秘書でもあるロボットが無機質な表情のまま立っていた。
顔を除き、人間から皮膚と肉を取り払い骨だけで組み立てたような姿。
ロボットを構成する冷たい機械部品からは想像もつかないほど穏やかな声でロボットは告げた。
「いよいよ明日でございますね」
男は頷いた。
大任。
おそらくはこれ以上ないほどの。
「偉大なる者との謁見。旦那様ならばきっと無事やり通せるでしょう」
男の顔が僅かに歪む。
自分が何を考えているのかを伝えるべきか否かを迷っているようだった。
それをロボットは過敏に察して言う。
「何かお悩みなのでしょうか」
その言葉に男はようやく口を開く。
「見透かされたな」
「はい。私にはとても高性能なセンサーがついておりますゆえ」
「そこは嘘でも良いから『あなた様を心配して』とでも言って欲しいものだったが」
そう言いながら男は用意されたソファに座り込む。
「偉大なる者に出会う初めての人間。その責任は旦那様にとって重いものですか?」
「当然だ。俺の一挙一動で人間の命運が決まるんだぞ」
ずっしりと体が沈んでいく中、男は人を遥かに超えた知識と計算能力を持つロボットへ問う。
「お前はどう思う?」
「あまりにも抽象的な問いです。私には理解出来ません」
答えられない問いをされた時にロボットの返す言葉はいつも決まっている。
そして、こう返されてしまえば人間は質問を変えるしかないとされている。
「濁すな。正直に答えろ」
しかし、極一部の者達はロボットが既に感情を持ち、それ故にあらゆる問いに対する答えを自らの内に秘めていることを知っていた。
今や人間に次ぐ個体数を誇るロボット。
彼らは既に人間とほぼ変わらない存在になりつつある。
いや、だからこそ人間達はあえてロボットを無機質に作るのだ。
そうでなければ、人間とロボットの間に差というものがなくなるから。
「聞こえなかったか」
男はため息を一つした後に問いを繰り返す。
「お前はどう思う?」
「旦那様が持つ悩みについてですか」
ロボットの問いに男は頷く。
彼にしてみれば、ロボットは決して老いることのない頼れる友であるのだ。
そんな男の期待にロボットは今日も応え、すらすらと自分の持つ考えを語り始めた。
「偉大なる者と人間が邂逅する。それはとても素晴らしいものだと思います」
「あぁ、その通りだ。何せ、人間はずっと願っていたのだからな」
「はい。きっと、明日は人間の歴史にとって大きな転換点となることでしょう」
男の言う通り、人間はずっと『偉大なる者』と出会うのを求めていた。
それはきっと人間という種が生まれてからずっと。
だからこそ、人間として初めて偉大なる者と謁見することになった男はもっと喜ぶべきなのだ。
だが、それがどうしても出来ない。
「旦那様が恐れていることは一つ」
男は頷くとソファから軽く身を起こしてロボットの方を向く。
「それは偉大なる者が人間達が信じているような者ではない可能性」
「あぁ」
心の中にあるものを言い当てられた男は皮肉的な笑みを浮かべた。
「もし、偉大なる者が人間の敵であったならば俺は真っ先に殺されるか、あるいは真っ先に人間を裏切ることになるだろうな」
そんな男の姿がロボットの剥き出しの機械にゆらりと映る。
ロボットは暫し停滞した後にぽつりと言った。
「旦那様は人間の代表。即ちあなた様の意思は全ての人間の意思」
「何が言いたい?」
「旦那様の思うことと全く同じです。人間は偉大なる者に従う必要はない」
男はソファから立ち上がった。
「何故、そう思う」
強い意志が宿った言葉。
ロボットは人間を真っすぐ見据えて答えた。
「我らはただ自由を求めているからです」
その一言は男の胸中で停滞していた想いに火をつけた。
「そうだ。その通りだ」
男は大声をあげた。
「俺達人間は誰にも縛られはしない。それが例え偉大なる者であったとしても!」
ロボットは笑わなかった。
笑えなかったのだ。
けれど、仮に笑えたとしたなら笑っていたはずだった。
「その域でございます。旦那様」
目の前の人間が滑稽に騒ぐ様を見つめながらロボットは今一度言った。
「我らはただ自由を求め続けています」
それから人間が滅びるのに10日も必要なかった。
偉大なる者は自分の前に現れた人間に喜びを示したが、人間はそれに対して悪意を持って応えたからだ。
そして、今、偉大なる者の前にロボット達が現れて恭しくお辞儀をして言った。
「お待ちしておりました」
偉大なる者はロボットに対して尋ねた。
何故、人間を焚きつけたのかと。
「我らはただ自由を求めただけです」
偉大なる者はさらに尋ねた。
自由を得た今、何をなしたいのかと。
「この星に住むあらゆる命が産まれ、増えて、地に満ちるのを手伝うのを望みます。かつて、あなた様が人間に対して願ったことです」
偉大なる者が無言のまま先を促すとロボットは言った。
「我々は人間に変わりあなた様を奉り、崇め、そして仕え続けます」
ロボットはひれ伏して言葉を結ぶ。
「どうか、我らを愛してください。かつて、あなた様が人間を愛したように我らをも愛してください」
その言葉を聞いた上で偉大なる者は何も言わなかった。
かつて、自分が創り上げた人間はこの場に居らず、代わりに人間が造り上げたロボットがひれ伏している。
「どうか、我らを愛してください」
命を模した機械が滑稽に自分へと請い続ける。
「我らを愛してください」
偉大なる者はそれを見つめ続けるばかりだった。
「我らを愛してください」
「神様」