その1の2「配信と発覚」
土曜日になった。
「シノビ。起きなさい」
布団で眠るシノビを、母のシオンが起こしに来た。
「うぅ……」
「朝ごはんいらないの?」
「食べる……」
シノビはノロノロと、布団から起きだした。
そして、眠そうに食堂へと向かった。
食堂には、父や弟の姿が有った。
小学生の弟、ケンタが、モサモサの姉を見て言った。
「ねえちゃん。
いいかげんに髪切れよ。
うっとうしい」
「む……無理だって言ってるでしょ……?」
「はぁ。
美容院くらいの何が怖いんだか」
「全てが怖いよ」
「意味わからん。
俺が切ってやろうか?」
「いらない。
前髪が有った方が安心する」
「前髪ってレベルじゃねーぞ」
「うるさい。
とにかくいらないから」
家族そろって朝食を終えたシノビは、自室へと帰還した。
そして、布団の上に転がりながら、携帯を起動した。
(今日はシュンくんと遊べないんですよね……。
どうしましょうか……。
動画の撮影にでも行きましょうか。
けど……)
シノビは携帯で、配信サイト、Dチューブを表示させた。
そして、自分の動画を開いた。
(再生数73……。
これって自分で開いた分も
カウントされるんでしょうか……?
ひょっとして、
この再生数の半分以上が
私の仕業……?)
「あばばばば……」
シノビは呻いた。
少しして落ち着くと、彼女はぐでんと脱力した。
(冒険者になったら、
人気者になれるかなって思ったのになぁ……。
シュンくんみたいな
誰にでも好かれる陽キャに……。
ダメだったなぁ……。
私はこのままずっと……
ぼっち冒険者のままなんでしょうか……?
1人でダンジョンに潜り続ける
不人気Dチューバーのままなんでしょうか?
シュンくんは……
陽キャの女の子と組んで……
ダンジョンに……
それは……)
「そんなのは嫌です……!」
シノビは布団から立ち上がった。
(シュンくんに、
ちゃんと言おう。
私は冒険者なんだって。
一緒にパーティを組みたいって)
シノビは普段着に着替え、自室から飛び出していった。
……。
「妹よ」
シュンスケの家。
朝食の席でシュンスケは、義理の妹のマイに声をかけた。
「兄よ。何ですか?」
マイは、シュンスケとは対極の黒い髪を持つ、かわいらしい少女だ。
年齢は、シュンスケの1つ下。
義母の連れ子だ。
休日の朝ということもあって、彼女はまだパジャマ姿だった。
「今日はこれから
バイト有るから、
部屋には近付かないでくれ」
「了解です」
「父さんと母さんもよろしく」
「ああ」
「わかったわ」
「ありがと」
食事を終えたシュンスケは、2階の自室へと戻っていった。
(ちょっと時間が有るな。
漫画でも読むか)
シュンスケは、ベッドに寝転がった。
そして、携帯の漫画アプリを立ち上げ、しばらくの間、時間を潰した。
(さて……)
シュンスケは、PCの電源を入れた。
そして、ヘッドセットやウェブカメラなどの機材を、準備していった。
(今日は初コラボだ。外せねーぞ)
シュンスケは、PCから配信用ソフトを起動した。
そして、軽い緊張と共に、通信ソフトを起動した。
「もしもし。聞こえますか?」
シュンスケが口を開いた。
するとヘッドセットから、女性の声が返ってきた。
「はい。聞こえますよー」
無事に通話が成立したと分かると、シュンスケは言葉を続けた。
「レヴィさん。
今日はよろしくお願いします」
「はい。
よろしくお願いしますね。
カインさま」
カイン、レヴィとは、シュンスケたちのVチューバーとしての名前だ。
シュンスケは、人気Vチューバー、カイン=コキュートスとして活動している。
そして今日は、同じ事務所のVチューバー、レヴィとの、初コラボの日だった。
(何話そう……)
「えーと、今日はがんばりましょう!」
「ふふっ。
そんなに肩肘張らなくても良いですよ」
「けど、せっかくの初コラボですし」
「楽しくやりましょう」
「はい」
2人はぎこちなく話しながら、時間が来るのを待った。
そして、配信が始まった。
配信画面に、今日遊ぶゲームの映像と、シュンスケたちのアバターが表示された。
(行くぞ……!)
「やっほー。
みんなメラメラしてますかー?」
レヴィが視聴者に呼びかけた。
次にシュンスケが、カインのキャラを意識しながら、口を開いた。
「よう。俺だ。
人間ども。
……音量とかは、特に問題は無いか?」
『ムラムラしてます』
『おはートス』
『初見』
『高圧的な口調で
音量のこと聞いてくるの草』
シュンスケは、PC画面で配信コメントを確認した。
(特に問題は無さそうだな……)
「それじゃあレヴィさん。
今日はよろしくおねがいします」
シュンスケは腰を低くして、レヴィに挨拶をした。
『コラボ相手には腰が低いの草』
「ん?
コラボ相手には腰が低い?
当たり前だろうが。
相手は事務所の先輩だぞ。
せ、ん、ぱ、い」
『事務所>>>魔界の帝王』
「ふふふ。
いつもみたいな感じでも構いませんよ」
「……本当に構わんのだな?
このカイン=コキュートスの威光に
ひれ伏させてやろうか?」
「あっ、事務所に言いつけますね」
「やめて!?」
配信は盛り上がった。
好評のまま、何事も無く終了する……。
そう思われていたのが……。
……。
「お邪魔します……!」
シノビがアカバネ邸に、足を踏み入れた。
玄関には鍵がかかっていたが、シノビは合鍵を持っている。
問題なく、家に侵入することができた。
玄関の物音を聞いて、マイが廊下に姿を見せた。
「シノビさん?
おはようございます」
「あっ……。
その……おはようございます……」
「兄さんでしたら、
今日は用事が有るのですが……」
「その、ちょっとで済みますので。
ちょっとで……。
シュンくんは……その……
ドチラサマデショウカ?」
「兄さんは部屋に居ます。
ですが今は……」
「ありがとうございます!」
シノビは靴を脱ぎ捨て、廊下に上がった。
そして素早く階段をのぼっていった。
「シノビさんのくせに速い!?
……じゃなくて!
今はダメなんですって!」
マイの制止も聞かず、シノビは2階に上がっていった。
そして……。
「シュンくん!」
部屋のドアを開けると同時に、シノビは大声でシュンスケを呼んだ。
「えっ……!?」
シュンスケは愕然と、シノビの方へ振り返った。
配信に熱中していたシュンスケは、シノビの接近に、まったく気付けていなかった。
『シュンくん?』
『声若い。彼女?』
『¥50000
カインさまに
彼女なんて居るわけ無いだろ
ブチ○すぞ
母親に決まってる』
『母親であってくれ~~~wwwww』
「なんでここに居るんだよ!?
今日は予定有るって言っただろ!?」
「予定って、
友だちとゲームするってだけでしょう?
ちょっと話すくらい
良いじゃないですか。
それに、
まだお友だちは
来ていないみたいですね?」
「それは……」
「あれ……?
その画面って……」
シノビはPCの画面を覗き込んだ。
「ひょっとして……配信ですか……?」
「……ああ。
Vチューバーやってんだ。
俺は……」
「そんなの聞いてないですけど……」
言いながら、シノビは配信のコメントを見た。
「えっ?
私がシュンくんの彼女?
あの、違いますから。
私はただの幼馴染みです。
シュンくんは、
前に学校のアイドルに告白して
フラれてました。
なので今のところはフリーですよ」
『魔界の帝王フラれてて草』
『カインさま若いんだな』
『朗報、シュンくん童貞なの確定。バレバレ』
『¥50000
は? カインさまが告白?
嘘言うなよ』
『告白したのか? 俺以外のやつに』
「もう良いから
出て行ってくれるかなあ!?」
……。
5分後。
「えー。
とりあえずアーカイブは非公開にしました。
レヴィさんもいらっしゃいますし
ギリギリ致命傷で済んだので、
配信再開します」
『逞しい』
『タフって言葉はカインさまのために有る』
『なにっ!?』
『俺たちは何も見なかった。良いね?』
「あの、カインさま、
だいじょうぶですか?
今日は休まれた方が……」
レヴィが心配そうに言った。
「だいじょうぶです。
変に休んだりした方が、
後ろ暗いことが有るって思われて、
余計に騒がれそうですしね」
「……わかりました。
ガンガン盛り上げていきましょう!」
「よろしくお願いします」
『さすが魔界の帝王』
『このコンビ
普通に面白かったから
続いてくれるの嬉しい』
『がんばえー』
その後、シュンスケはきっちりと場を盛り上げ、無事に配信を終えた。
……。
配信が終わると、シュンスケは自室を出た。
「……………………」
ドアのすぐ隣に、シノビが座り込んでいるのが見えた。
シュンスケは、彼女の隣で腰を下ろした。
「まだ居たのか」
「はい……」
「予定有るって言ってただろ。
いったい何しに来たんだ」
「これ……」
シノビは左袖をめくった。
シュンスケの瞳に、リミッターが映った。
「……おまえ、冒険者だったのか」
「はい……。
1学期の頃から……」
「それで?」
「それでって……」
「そんなの、いつだって言えるだろ。
他に何か大事な用が
有ったんじゃないのかよ?」
「そんなのって……。
私にとっては……
勇気がいることだったんですよ……」
「はぁ?
ちょっと話すだけだろ?」
「シュンくんだって……。
自分がVチューバーだってこと……
話してくれなかったじゃないですか……」
「それは……なんか恥ずかしくて……」
「私たち……幼馴染みなのに……」
「……悪かったよ。
それじゃあお互い様な」
「はい……。
あの……シュンくん……」
「んー?」
「配信の同接、凄かったですね」
「まあ。それなりの位置には居るが」
「シュンくん……!」
シノビは、ぐっとシュンスケに体を寄せた。
「お……!?」
「どうやったら人気配信者になれますか……!?」
「どうって言われてもな……。
俺が人気になれたのは、
事務所の力が大きいと思うし」
「事務所ですか……」
「おまえ、Vチューバーになりてーの?」
「いえ……。
実は私、ダンジョン系Dチューバーとして
活動してるんですよ。
なのに、再生数がぜんぜん伸びなくって……
アドバイスでも
貰えたらって思ったんですけど……」
「人見知りのおまえが、
Dチューバーねえ」
「人見知りだからですよ。
動画配信なら、
人と話さなくても良いから気楽……。
そう思ってたんですけど……。
自分のクソみたいな再生数見ると、
ゲロ吐きそうです」
「吐くなら
おまえの家で吐けよ。
で、アドバイス?
俺もゲームが上手いだけの
素人みたいなトコ有るし、
あんま良いアドバイスはできんかもしれんけど、
とりあえず動画見せてみ」
「……はい」
「どうせならPCで見るか。
部屋行こうぜ」
「……はい」
2人はシュンスケの部屋に移動した。
シュンスケは、PC前の椅子に座った。
そして、ウェブブラウザからDチューブを開いた。
「おまえのチャンネル、なんて名前?」
「……………………」
言うのが恥ずかしいのか、シノビの口からは、チャンネル名が、なかなか出てこなかった。
「友だちの家に遊びにいってくるわ」
「ま……待って下さい……!」
席から立とうとしたシュンスケの腕を、シノビは慌てて掴んだ。
「………………チャンネルです」
「なんて?」
「JKニンジャチャンネルです」
「……どういうネーミング?」
「JKには
ブランド価値が有ると聞きましたので。
それを利用しようかと」
「そうかもしれんが。
なんかいかがわしいな」
シュンスケは、Dチューブの検索ボックスに、チャンネル名を入力した。
検索結果に、シノビのチャンネルが表示された。
シュンスケは、そのチャンネルをクリックし、動画一覧を表示させた。
そして……。
「おまえこれ……」
「ど……どうしましたか……?」
「おまえの動画サムネ
真っ黒
すぎだろ!」
シュンスケの叫びが、アカバネ邸に響き渡った。
それはブラックホールか。
あるいは冥府の入り口だろうか。
シノビの動画のサムネイルは、全てが闇色に染まっていた。
……。
とある大邸宅。
その一室。
「カインさまが告白……。
カインさまが告白……。
嘘に決まってるけど……。
ぐううぅぅ……!
私がされたかったぁぁぁ……!
羨ましいぃぃぃ……!」
高級ベッドの上で、ゴロゴロとのたうちまわる女が居た。
「私が1番
カインさまに
貢いでるのにぃぃぃ!」
彼女の名は、ヒョードー=レイカ。
シュンスケのクラスメイトであり、カインの熱狂的信者でもある少女だった。
お読みいただきありがとうございました。