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しょうにんじ

作者: 水無月 宇宙

こんにちは。水無月 宇宙です。

本作品を選んでくださり、ありがとうございます。

この作品を読んでくださる人が、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


この物語は、僕が小学生の頃書いた作品です。

今よりも下手ですが、それでも読んでいただける方は、どうぞ!

波奈は親友の香奈とドライブをしていた。

朝に出発して、夕方には帰るつもりだったが色んな所に行っているうちに道に迷ってしまった。

いつの間にか二人を乗せた車は知らない山道を走っていた。

車を運転している香奈は困ったが進まないわけにもいかず適当に運転している。

進めば進むほど山奥に入って行っている気がする。

波奈は不安になって声を掛けた。

「本当にこっちであってるの?」

「知らない。けど進むしかないでしょ。あー、こんなことになるくらいならカーナビつけとけば良かった。」

香奈は頭を抱えている。

「どこかに家か何かがあればいいんだけど…。」

きょろきょろと周りを見渡す。

「あ!」

香奈が急に声を上げる。

「どうしたの?何かあった?」

「あ、あれ見て!あれ、建物っぽくない?」

香奈が指している所を見ると、明かりが見えた。

「あれ、絶対建物だよ!一軒家かな?」

波奈が興奮気味に言うと、

「もうちょっと近寄ってみる。待ってね…。あ、これでどう?何かわかった?」

香奈が車を寄せてくれた。

波奈は車の窓を開けて身を乗り出す。

その建物は寺のように見えた。

「多分、お寺だと思う。行ってみよう。助けてくれるかもしれないし。」

波奈が言うと

「で、でも…。ちょっと怖いんだけど…。怖いおじいさんとかいたらどうするの?」

香奈は行きたくなさそうだ。

「そんなこと言ったって、道分かんないから聞くしかないじゃん。これ逃したらもう帰れないかもなんだよ!?それでも行かないの?香奈?」

波奈に言われて、香奈はしぶしぶ頷いた。

「分かったわよ。行けばいいんでしょ。」

二人は車を降りて寺に向かって歩いていった。

寺の前に着くと、波奈は

「すいませーん。誰かいませんかー?」

寺に向かって叫んだ。

香奈は波奈の後ろにそっと隠れた。

少し待つと、小柄なおじいさんが出てきた。

「こんな遅くに誰じゃ?どうしたんじゃ?」

「あ、すいません。その、私達、実は道に迷っちゃって。道を教えて頂けないでしょうか。」

波奈が言うとおじいさんはにっこり笑って、

「もう遅いし、今夜は泊まって行きなさい。今道を教えたところで暗くてまた迷ってしまうかもしれん。道は明日また教えるから。」

そう言った。

波奈はしばらく考えていたが頷くと、

「では、ご迷惑をおかけしますが、泊まらさせて下さい。お願いします。」

深々と頭を下げた。そして、

「香奈、いいよね?今日はここに泊めてもらうってことで。」

香奈の方を見た。

「うん…。もうしょうがないし…。おじいさん、よろしくお願いします。」

香奈もおじいさんに頭を下げた。

「いいから。気にせんでゆっくりしていきなさい。寒いだろう?ほら入って入って。」

おじいさんは波奈達を快く迎えてくれた。

波奈達はそれに感謝しながら寺に入って行った。

「ところでおじいさん。この寺の名前は何て言うんですか?」

波奈は前を歩くおじいさんに声をかけた。

おじいさんはクックッと不気味に笑うと答えた。

「この寺はね、しょうにんじって言うんだよ。」

「しょうにんじ?名前の由来は何ですか?漢字はどう書くんですか?」

波奈がまた聞くとまたクックッと笑って言った。

「何でか、考えてみたらどうだい?どっちかが分かれば両方分かるはずだから。」

波奈がどういうことかと聞こうとしたとき、おじいさんが立ち止まった。

そして、近くの部屋のふすまを開けた。

「この部屋を使ったらいい。何か必要であれば呼んでくれ。ではわしはこれで失礼するよ。」

と言ってすたすたと歩き始めた。

波奈はその後ろ姿に頭を下げた。

香奈も慌てて頭を下げた。

それから波奈と香奈はその部屋に入り、中を見渡した。

普通に生活できるくらいには家具が揃っていた。

ふすまには紅葉の柄が入っていて綺麗だった。

壁にも絵が掛けられていた。

少女の絵だった。

なんとなく目が合った気がして、香奈は身震いした。

「ねえ、あの絵、ちょっと不気味じゃない?」

香奈は共感を求めるように波奈に問いかける。

しかし、波奈は、

「え~?別に~?普通の女の子の絵じゃん。あ、それよりさ、見てこれ。この湯飲み、めっちゃ可愛くない?」

興味がなさそうに別の話を始めた。

香奈はこっそりため息をついた。


「香奈、ちょっとそっち側持ってくれない?」

波奈が布団をしこうとしている。

「…うん。分かった。」

二人は協力して、布団をしき終わった。

「ふう。これで今日は寝れるね。」

「そうだね。今日はもう寝よっか。疲れちゃったし。」

二人は布団に入り、目を閉じた。


次に二人が目を覚ました時、辺りは真っ暗だった。

真っ暗で何も見えない。

「波奈、いる?」

「うん、いるよ。大丈夫?」

香奈が小声で尋ねると、波奈も小声で返事をした。

「う、ん。だ、大丈夫。」

怖くて声が震えてしまったけれど、香奈は返事をする事ができた。

「ここ、何処か分かる?暗すぎて何も見えないんだけど。」

波奈に言われて香奈は考えた。

しかし、

「ごめん。私も分かんない。」

「そっか。しょうがないよね。とりあえず、状況確認しよっか。」

波奈が冷静に声をかけてくれた。

「う、うん。」

「えっと、ここはお寺だったよね。」

「うん、確か「しょうにんじ」って言うんだよね。」

「そうだったね。他にわかることある?どんな些細な事でもいいから。」

「そうだなあ。そういえばお借りしたお部屋になんか絵があったよね。女の子の絵で、なんか目が合った気がして怖かった。」

思い出すだけで香奈は身震いした。

「ああ、なんかあったね。そこまで怖くなかったけどな。」

「あ、あのさ、さっきから気になってたんだけど…。」

香奈が言いずらそうに声をひそめる。

「ん、どしたの。何か分かった事あった?」

「あのさ、私達、寝てたんだよね…?」

「うん、そうだよ?それがどしたの?」

波奈は不思議そうに首をかしげる。

反対に香奈は顔がひきっつている。

「だ、だったら…わ、私達、どうして…?」

「香奈、どうしたの?ねえ、ちゃんと説明してよ。」

「は、波奈。あ、あのね、あのね私達、誰かにここに…つ、連れてこられた、と、思うの。」

香奈はぶるぶると震えている。

「香奈。それ、どういうこと?」

波奈が真剣な表情で尋ねる。

「だって、寝てたって事は、ふ、布団に入っているってことなのに…。なのに、私達、い、今…。」

「あ…。ほ、本当だ…。私達、なんもない床に座ってる…。ふ、布団が無い…。どういうこと?」

波奈もやっと理解して、震え始める。

「分かんない。波奈、怖いよ…。どうするの?」

香奈が泣きそうな顔で波奈にしがみつく。

「どうするったって…なんもできないし。とりあえず、ここが何処か調べるしかないよ。」

波奈が立ち上がる。

「ええ?私、動きたくないよ。怖いもん。」

香奈はしきりに首を横に振っている。

「だーめ。調べないと何もわかんないじゃん。それとも香奈はずっとここに居たいの?」

「う…そういうわけじゃ、ないけど。でも、何かあったら嫌なんだもん。波奈は、怖くないわけ?」

「そりゃ、私だって怖いよ。知らない人に知らない場所に連れてこられたんだよ?怖くない訳がないじゃない。」

「でも、そんなに怖そうじゃない。普通に動けてるし。」

波奈は怖いと言いながらそんな素振りを見せない。

それが香奈をより不安にさせた。

「いや、私はさ、怖くないんじゃなくて、この部屋が怖いんだ。だから、早く出たくて。急かしちゃってごめんね?」

「ああ、そういうことだったのね。こっちこそ我儘言って、ごめんなさい。」

それを聞いて波奈はにっこり笑った。

「じゃあ、今からここを調べるってことでいい?」

「うん。」

二人はうなずきあって、立ち上がった。

「別行動にする?そっちのほうが効率いいよね。」

波奈が提案すると、

「はあ!?一緒に行動するに決まってるでしょ!?一人でなんて、怖すぎるよ。」

香奈が即座に否定する。

「ふふ、私も同意ね。」

波奈が言うと、

「え?じゃあ、さっきのなんだったの?」

「元々別行動するつもりは無かったの。香奈は嫌がるだろうと思って、からかってみただけ。」

波奈がうふふ、とウインクをする。

「もう!ふざけないでよ!」

二人が騒いでいると、こつこつと誰かの足音が聞こえてきた。

「え、え、は、波奈?波奈が足音立ててる?そ、そうでしょう?」

「え、違うわ。香奈じゃないの?」

「私じゃ、ないわ…。私でも波奈でもない。じゃあ、誰の足音なの…?嫌っ!何か音が近づいてきた!来ないで…。」

足音は近づいてきた。

二人は息を止めて足音が通り過ぎるのを待った。

足音は二人のすぐ近くに来ると、止まった。

二人は強く目を閉じて、早く足音が通り過ぎるのを待った。

「今日捕まえた小娘達はどこかな?生きが良かったが、逃げたりはしてないよな?」

誰かの声がする。

しゃがれた男の人の声だ。

どこかで聞いたことがある気がする。

香奈は耳をふさいでいて聞いていない。

波奈はこの言葉の意味を理解するのに20秒ほどかかった。

今日捕まえた小娘、それは波奈と香奈の事だろう。

逃げたりはしてないだろうなとは、波奈と香奈はやはり何者かに捕獲された、という事で間違いないだろう。

その時、何かが波奈の腕を掴んだ。

「…っ。」

声が出そうになったが直感的にまずいと思い、口をふさいだ。

「ああ、ちゃんと居た。殺すのはまだ先だが、いなくなられちゃ困るからな。」

その人はクックッと笑うと去っていった。

波奈は息を吐きだすと、小さく

「香奈、いる?」

尋ねた。

「…」

返事がない。

波奈は不安になって暗闇の中に手を伸ばす。

何かに当たった。

「っ!」

「ひっ!」

波奈が息を吞むのと同時に小さい悲鳴が聞こえた。

「香奈…?」

おそるおそる声を掛けると、

「波奈!?」

何かが飛びついてきた。

波奈にはすぐにそれが香奈だと分かった。

「香奈、いたんだ。良かったあ。とりあえず、ここから出る方法を探さないと。」

「波奈っ!あの、さっきの人、この寺の住職さんだよ。やっぱりこの寺、普通じゃないのよ。近づくんじゃなかった。どうしてくれるの!?」

香奈が一気にまくし立てる。

「香奈、今はそんなこと言ってる場合じゃないの。早くここから出ないといけないんだから。」

波奈が諭すように言うと香奈が頷いた。

「そうだね。ごめんね。」

「ううん、いいから。早くここから出よう。」

二人は手を繋いで立ち上がった。

「それにしても、暗いなあ。香奈、懐中電灯とか持ってない?」

「え、ちょっと待って。えーと確かポケットに…。ああ、あったあった。はい、一個しかないけど。」

香奈がポケットから小さな懐中電灯を取り出した。

「ありがとう!」

波奈は感謝して明かりをつけた。

周りを見渡すと、小さな部屋だということが分かった。

正面にふすまがある。

「香奈、行こうか。」

波奈が固まっている香奈を引っ張った。

「え、あ、うん。そう、だね。行こう。」

波奈はそうっとふすまを開けた。

左右を見ると両方ずっと奥まで廊下が続いているようだった。

「香奈、どっちに行きたい?右か左か。」

「どっちでもいいよ…。」

「じゃあ、右で。歩いていく?走っていく?」

「どっちでもいいってば。それより、早く行こうよ。」

香奈が後ろから押している。

「じゃあ、小走りで行こうか。ほら、行くよ!」

波奈が廊下に出て、続いて香奈も出る。

足音を忍ばせ、小走りで進む。

走り続けること十分ほど。

「はあ、波奈、私達、ずっと同じ場所、走ってない?はあ。」

「だ、大丈夫だよ、香奈。終わりのない、道なんて、はあ、あるわけ、ないもん。」

波奈は明るく笑うけど、顔がひきっつているのが分かる。

「ほら、ぶつぶつ言ってないで、進むよ。」

波奈が香奈の腕を引っ張る。

「あっ、待ってよ!」

その時だった。

コツコツコツ・・・。

「どこだあ…、何処へ逃げたあ…。」

足音と共に、声が聞こえた。

「ひっ!」

「嫌っ!」

波奈と香奈は、駆け出した。

すくむ足を必死に動かして走った。

転びかけながら走った。

その足音に気が付いて、さっきの声の主、この寺の住職が追いかけてくる。

「待ちなさい、何処に行くのかね。ちょっと渡したいものがあるんだ。ちょっとこっちに来てくれないかね。」

これがいわゆる猫撫で声というやつだ。

「嫌よっ!私達を殺そうとしてるくせにっ!」

波奈が走りながら言い返すと、住職の声が変わった。

「分かっているなら、しょうがない。力尽くでも捕まえてやる。」

「っ!」

香奈が後ろを向いたとき、何かにつまずいて転んだ。

「香奈っ、大丈夫!?ほら、立って、走るよ!」

「うう、痛い…。」

「走れる!?走れないなら、私が負ぶってく!」

友達思いの波奈なら、やりかねない。

香奈は足がじんじんしたけれど、

「大丈夫!走れる!」

強がってそう言った。

波奈は頷いて、香奈の手を取ってスピードをあげた。

「待てえ!!小娘ごときが逃げ切れると思うなよ!」

後ろから怒鳴り声がきこえてくる。

怪我をしている香奈は段々スピードが落ちてきた。

波奈が手を引っ張ってくれていたが、それでも段々走れなくなってきた。

「香奈、大丈夫?」

「は、波奈、もう、私を置いていって。波奈だけでも、逃げて。」

香奈は波奈と繋いだ手をほどこうとした。

「何言ってるの?」

すぐ後ろに住職が迫ってきている。

「何って…。逃げてって言ったのよ!早く逃げないと波奈も捕まっちゃうから」

「そんなことできるわけないでしょう⁉」

波奈は香奈の言葉を遮って言った。

「一緒に逃げるのよ!」

波奈が大きな声ではっきりと言う。

「だ、だって私もう走れない…。」

香奈が俯き気味に言う。

「だったら、私が負ぶってくよ!」

波奈は真剣な表情で言う。

「でも、そしたら、スピード落ちちゃうから、あいつに捕まっちゃう。」

香奈はまた手をほどこうとした。

しかし、波奈はその手を力強く握った。

「行こう。香奈。香奈が本当に走れなくなったら、私がどうにかする。だから、今は走ろう。あいつから逃げないと。」

「でも…。」

「今捕まったら大学行けないよ?大学の友達はどうするの?」

「だけど…。」

香奈は諦める理由を探している。

「大丈夫。」

波奈は香奈の目を見て言った。

「がんばれ、香奈。」

香奈は親友の顔を見つめた。

「待ちやがれ!二人まとめて喰ってやる!!」

後ろでは、怪物のように豹変した、住職が吠えている。

「うん。」

香奈はようやく頷くと、波奈の手を握り返した。

二人がスピードを上げると、後ろの怪物(これからは住職を怪物と書くことにします)と距離ができた。

「やった!このまま逃げ切るよ!」

波奈が言ったときだった。

「波奈、前見て!!」

香奈が叫んだ。

目の前は分かれ道になっていた。

「どっちに行けばいいの!?」

怪物と距離があるにはあるが、向こうも走っている。

今止まると、間違いなく捕まるだろう。

波奈と香奈が周りを見渡した時。

―こっちよ。

どこかから声が聞こえてきた。

二人が顔を見合わせると、また声がした。

―こっち、右よ。

二人が右を見ると、宙に何かが浮かんでいるのが分かった。

「どうする?」

「どうするったって行くしかないよね。」

「そうだね。」

二人は頷きあうと、右に曲がった。

そこには、何かが浮いていた。

「あなたは誰なの?」

波奈が近くにあった押し入れに隠れてから、宙に浮いている「何か」に聞く。

―私はこの寺の住職さんに殺されたの。それから私はずっとここにいるわ。

「え…。」

波奈と香奈は、言葉を失った。

あの怪物は本当に人殺しをしていたのか。

今更ながら、二人はとんでもない所に迷い込んだようだ。

―私のこと、見たことあるでしょう?

「何か」に言われて二人は「何か」をまじまじと見る。

「あっ!絵だ!」

香奈が驚いて言う。

―そう、私は殺されてから、絵にされたの。そして、あなた達が泊まった部屋に飾られた。

「嘘…。」

波奈が目を見開く。

「もしかして、私が目が合った気がしたのって…。」

―そうよ。私があなた達のこと見てたの。

「そうだったんだ…。」

香奈が納得の表情を浮かべる。

それでも波奈は警戒の表情を崩さない。

「それで、あなたは何が言いたいわけ?」

波奈が少しきつめに睨むと、その幽霊は肩をすくめた。

―随分攻撃的なのね。

「当たり前じゃない。あなたが何をしようとしているのか、分からないもの。」

波奈がなおも睨みつけると、香奈が横から口をはさんだ。

「そんなに言わなくても良くない?この人も被害者なんだからさ。」

拍子抜けするほど穏やかな声。

今、自分達が命の危機にさらされているという自覚が無いのだろうか、と波奈が思うほどだ。

「そうは言っても…。」

「ねね、幽霊さん。あなた、名前は?」

香奈は波奈の話など聞いていない。

―私は自分の名前を知らないの。ごめんね。

幽霊がしおらしい表情でそう言った。

「そうなの…。じゃあ、あなたのこと、何て呼べばいいかな?」

香奈が身を乗り出して聞く。

押し入れに入ってから、なんだか香奈は元気になったようだ。

それは良いのだが、香奈はこうなったら、波奈が何と言おうと、幽霊と仲良くするだろう。

香奈は怖がりのくせに妙なところで頑固なのだ。

「はあ。」

波奈はため息をついて、幽霊の話を聞くことにした。

幽霊も被害者なのは事実だし、と波奈は思った。

―私のことは好きに呼んでくれたらいいわ。

「うーん。どうしよう?好きな色は何色?」

―そうね。青色かしら。

「じゃあ、あなたは、あおちゃんね。」

香奈がなんだか嬉しそうに幽霊に名前を付けた。

―あお?

幽霊は首をかしげた。

「そうだよ。あなたは今からあお。」

―まあ、いいわ。それより、そろそろ行かないと見つかるんじゃないかしら。

幽霊のあおが急に恐ろしいことを言い出した。

「嘘でしょ!?そういうことはもっと早く言ってよ!」

波奈があおに向かって怒鳴る。

そして、押し入れから飛び出していこうとする。

「待って待って!慎重に行かないと。」

―待って!そこにあいつがいたらどうするのよ!?

香奈とあおが慌てて波奈を止めようとする。

押し入れのふすまを少し開けたところで波奈の動きを止めることができた。

「ごめん。焦っちゃって。次からは気を付ける。」

波奈が素直に謝る様子を見て、香奈とあおは苦笑した。

「でも、そろそろ行かないとまずいんじゃないの?」

波奈が深刻そうに言う。

―まあ、その通りね。でも、むやみに突っ走るのはやめたほうがいいわ。何かあるかもしれないから。

あおが冷静な声で言うと、波奈がすぐさま嚙みついた。

「何それ、嫌味?確かにさっきは悪かったと思ってる。でも、もういいでしょ?そんなことより、私は早く逃げたいのよ!」

そう怒鳴る波奈を、あおは冷めた目で見ていた。

―うるさいわね。ちょっとからかっただけじゃない。

あおは鬱陶しそうにあくびをした。

この時、幽霊もあくびをするのね、と場違いなことを香奈は考えていた。

「うるさいとは何よ!」

波奈が吠える。

―はいはい、私が悪かったわよ。

またもやあおが面倒くさそうに返事をする。

「ふふっ。二人共、すっかり仲良しね!」

香奈が満面の笑みで二人に話しかける。

が、

「は!?ありえないんだけど!?」

―冗談じゃないわ!

二人から罵声をあびさせられる。

「あれ?」

香奈がきょとんとする。

香奈は所々天然なのである。

そんな香奈にまた、

「あれ?じゃないでしょ!?どこをどう見たら、仲良しに見えるわけ!?」

波奈の怒鳴り声がかかる。

「波奈、そんなに怒鳴ると、声枯れちゃうよ?」

波奈がどんなに怒鳴ろうと、香奈はのほほんとしている。

―私も教えてほしいわ。誰と誰が仲良しですって?

あおも、冷淡な声で香奈に詰め寄る。

「だからぁ、波奈とあおちゃんが仲良しだって言ったの!」

しかし、それさえも、香奈はかわした。

「はあ、香奈を見ていると、闘志が薄れるわ。」

―全く、その通りね。

波奈とあおが、ため息をついて、静かになる。

「そろそろ、行こうよぅ。」

香奈が退屈そうに足をばたつかせている。

「一体誰のせいで行くのが長引いたと思ってんの。」

―何も気づいてないのかしら。

波奈とあおはもう一度大きなため息をついて、立ち上がった(立ち上がると言っても、あおは幽霊なので、もともと浮いているのだが)。

「じゃあ、行きますか!」

波奈が元気よく言った。

そうっとふすまを開けて外の様子を見る。

「大丈夫、誰もいないよ。」

香奈が小声で言う。

「じゃあ、今のうちに行こう。」

波奈も小声で答える。

―そうね。足音立てないように気を付けるのよ。

「分かった。」

香奈が静かに廊下に出ていき、それに、波奈とあおがつづく。

「どっちに進めばいいんだっけ?」

香奈が首をかしげると、あおの声が聞こえた。

―こっちよ。全く、しっかりしてちょうだい。

見ると、廊下の先であおがふわふわ浮いている。

「あっ、あおちゃん。ごめーん。」

香奈が舌を出して、あおに謝る。

「今はあいついないから、歩いて行こう。無駄な体力使いたくない。」

波奈が真剣な顔で二人に言う。

「そうだね。」

―そうね、良いと思うわ。

三人の意見が一致したので、歩いて行くことになった。

「あお、ここを真っ直ぐ行けばいいの?」

―そうよ。

「そういえば、このお寺には他にも幽霊はいるの?」

ふと気になって波奈があおに聞いた。

―いるわ。5,6人いるかしら。でも、みんなも他の部屋の絵や、ふすま、湯飲みなどに封印されたから、私みたいに封印された物から出てきている子はあまりいないと思うわ。

「嘘!そんなにいるの!?」

香奈がこれでもかというくらいびっくりする。

―でも、良い幽霊ばっかりじゃないわ。迷っている人間にいたずらしたり、騙して道に迷わせる幽霊もいるの。

「そうなの…。でも、あおちゃんみたいに優しい幽霊もいるんでしょう?」

その言葉にあおはふわりと微笑んだ。


―もうすぐよ。

随分歩くと、あおが言った。

「本当!?」

「やったー!」

波奈と香奈が飛び跳ねて喜ぶ。

―ちょっと、静かにして。足音が聞こえるわ。

「え?嘘でしょ。」

「は?まさか…。」

二人が真っ青になった時、三人の後ろに怪物が現れた。

「「ひいいいい!!」」

波奈と香奈が同時に悲鳴を上げて走り出す。

「やっと見つけたぞお。待ちやがれえ。」

「待てって言われて待つと思った?私達だってそこまで馬鹿じゃないのよ!」

波奈の怪物へのささやかなお返しだ。

「いいぞ、波奈!もっと言ってやれ!」

香奈がはやし立てる。

その光景をあおが呆れたように眺めている。

「こっちには力強い味方がいるんだぞ!ね、あお!」

波奈が元気良くあおを見る。

さっきまで喧嘩していたくせに…、と香奈は思った。

あおは、波奈の言葉を聞いて、息をのんだ。

「あおちゃん、どうしたの?」

香奈が心配そうに声をかける。

「あ?味方ぁ?」

怪物があおの方を見る。

「ああ、お前こんなところにいたのか。」

「え?なんでこいつがあおちゃんのこと知っているわけ?」

ぽかんとしている香奈に波奈は耳打ちした。

「あおを殺したのはこいつだからでしょ。」

「それにしては砕けた話し方じゃない?普通、殺した人が殺そうとしている人の味方に付いたら怒るでしょ?」

「まあ、確かに…。さっきのあおの反応も気になるよね。ていうか、今のうちに逃げた方が良くない?」

「でも、あおちゃんが心配だよ…。」

二人がこそこそ話していると、同じくこそこそ話していたあおと怪物の方から突然高笑いが聞こえてきた。

見ると、怪物があおの頭を撫でながら笑っていた。

その様子は、人の良いおじいちゃんが孫を可愛がっているようだ。

とても、殺人犯には見えない。

「ちょっと、あんた何してんのよ!?あおちゃんに危害加えていないでしょうね!?」

香奈が怪物に掴みかかろうとする。

「ああ、お前ら、この子が味方だと言ったか?はっはっは。」

何がそんなに面白いのか怪物はずっと笑っている。

しかし、次の瞬間声を低くして、こう言った。

「それはこっちの台詞だ。」

「え?え、ど、どういうこと?」

香奈が困惑している。

その横で波奈が声も出せずにいる。

「じょ、冗談はやめなさいよっ!」

「冗談じゃない。これは本当のことだ。まあ、お前らに話す気は無かったが、冥土の土産に話してやってもいいか。なあ。」

怪物があおの肩に腕を置いて、あおに笑いかける。

不吉な笑みだ、と波奈は思った。

―…。

あおは口を開かない。

しかし、あおも同じ笑みを浮かべている。

「ねえ、あおちゃん。黙ってないで何か言ってよ!」

香奈が泣きそうな顔で悲痛の声を上げる。

―何かって何を言えばいいのかしら?

あおが挑戦的な瞳で波奈達を見つめる。

「あおちゃんは私達の味方だよね!?」

香奈がすがる想いであおを見つめ返す。

すると、あおは突然話し出した。

―私は生まれてすぐ、死んじゃったの。ただ、私は健康体だったのに、死ぬはずがないって言われていたから、死んでからも何故か成長する私を育ててくれていた、ここの住職さんに聞いたのよ。そしたら、自分が殺したって言うじゃない。確かに当時は腹が立ったわ。でも、幽霊の私を受け入れてくれる人は、ここの住職さんだけだったの。だから、私はこの人に協力することにしたの。

あおは少し得意げに話す。

波奈と香奈は信じられないものを見るような目であおを見つめた。

怪物はそれを嘲笑うように見ている。

「あお、私達に嘘ついていたの?」

波奈が肩を震わせながら、あおを睨む。

でも、その瞳からは、涙が溢れていた。

―嘘なんかついて無いわ。

あおは堂々と答えた。

「嘘ついていないわけ無い!私達の味方みたいなふりしていたくせに!」

―確かに、あなた達の敵だとは、言わなかったわ。

「ほら、やっぱり、嘘ついているじゃない!」

波奈があおに食ってかかると、あおが即座に言い返した。

―でも、あなた達の味方だとも、言わなかったわ。

「っ!そ、そんなの屁理屈よっ!」

波奈が、苦し紛れに言い返す。

―それに私は、こっちが出口だとは言わなかったし、この寺にいる、幽霊の話の時も、「良い幽霊」と言われた時、頷いてないわ。それどころか、騙して道に迷わせる幽霊がいると、教えてあげたじゃない。これだけ言っても、まだ私が嘘をついたと言うの?

あおはそう言い切ると鼻で笑った。

「っ!ひどい…。」

―何とでも言いなさい。あなた達の負けは確定しているんだから。残念だったわね。

「さっきからお前ら、わしらと距離を開けているな、怖気付いたか。今なら苦しまないように殺してやるよ。さあ、早くこっちに来い。」

怪物は薄く笑いながら、手招きする。

「い、いや!行くわけないでしょ!」

波奈が首を振りながら後ずさる。

「来ないでよっ!誰が好んで殺されに行くのよ!?」

香奈が金切り声に近い声を上げる。

「お前らは最期まで生きが良いな。」

「だ、誰が最期よ!私達はまだ死なないからっ!」

そう言って波奈は周りに逃げ道がないか目だけで確認する。

見た感じ、今通ってきた道しか通り道はないみたいだ。

「ほう、この危機をどうやって潜り抜けるのかな?」

怪物が馬鹿にしたように波奈の顔を覗き込む。

―ねえねえ、住職さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど。

その時、あおが住職に話しかけた。

「お?どうしたんだ?」

住職は自分の真後ろにいる、あおの方を向いた。

あおは、住職に気付かれないように口パクで波奈に伝えた。

(早く逃げて)

それを見て波奈は震えている香奈の腕を掴んで音を立てずに走り出した。

「っ!?」

突然のことで香奈が目を見開く。

波奈は香奈が置いて行かれないようにさらに強く腕を掴んだ。

「なんで、あおは、協力、してくれたのかな?」

息を切らしながら、波奈は呟く。

―嬉しかったの。

頭に直接あおの声が聞こえた気がした。

波奈がおもむろに後ろを振り返る。

怪物は追いかけて来ていない。

「ねえ、今、あおちゃんの、声、しなかった?」

香奈はもう、息があがっている。

「香奈にも、聞こえたんだ。」

―殺す相手だと、分かっていたけど、それでも、名前を付けてもらえて、呼んでもらえて、嬉しかった。全部、初めてだったから。

また、頭の中であおの声がする。

「…あお?」

波奈が小さく呟くように問いかけると、頭の中で返事があった。

―そうよ、私の名前は、「あお」。本当の名前は知らないけど、今の私の名前は「あお」よ。私、この名前、大好きなの。

「…そっか。良かった、気に入ってもらえて。」

―…いつか殺すと、分かっていたはずなの。だけど…私にだって感情があるの。最初はあなた達のことだってどうでもよかった。最後までその気持ちでいるつもりだった。けど…、あなた達が私のことを「味方」だなんて言うから…。

「あおちゃん…。」

―だから、これはただ、名前をくれたお礼だから。ここから出られるかどうかはあなた達次第よ。

「うん。あお、…ありがとう。」

波奈は一歩に力を入れた。

―………ありがとう……。

「…あおちゃん…。だいすきだよ…。」

香奈は瞳に溜まった涙を拭って前を見据えた。


そして、二人は光を目指して走り続けた。

元の生活に戻るために。



「ねえねえ、知ってる?しょうにんじって言う怪談。」

「え、なにそれ?」

騒がしい大学のランチルームで昼食をとっていた波奈と香奈は、聞こえてきた声に顔を見合わせる。

「なんかね、山の中にあるお寺の名前でね、そこに入ったら一生出てこれないんだって。」

「ふーん。何か結構ありそうな話だね。」

「ねえ、波奈?あれって…。」

「うん、間違いないよ。あのお寺はしょうにんじって言うって住職…怪物が言ってたもん。」

波奈は頷いて、聞き耳を立てる。

「しょうにんじっていう名前は、人が消える寺だからなんだってー。」

生徒たちは話しながらランチルームを出ていく。

「人が消える寺…。」

「消人寺…。」

―消人寺―

最後までお読みいただきありがとうございました。

楽しんでいただけたでしょうか。

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できる限り、早急に直します!!


小学生の頃は、ホラーばっかり書いていました。

五ミリ方眼のノートに、ひたすら書いていた気がします(笑)

あの頃の作品は、一体どこに行ってしまったのでしょうか…?

ホラーですね(笑)


それではまた!!他の作品も読んでくださると嬉しいです!

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