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鬼灯【ホオズキ】

作者: 木鷺


昨年、衝動的に会社を辞めた。

プライベートでちょっと嫌なことがあって鬱々としていた時期に本当に些細な事で上司に叱られたことがきっかけだった。


高卒で入社して4年。これからは社会人だと意気込んでいた頃の気持ちは慣れと共にすっかり萎んで、ただ何となくいつも通りの仕事をする日々で、緩みが出ていたと言われれば言い訳のしようも無い時期だったと思う。


初めは転職なんていつでも出来ると高を括って、長期休暇でも取ったつもりで家に引きこもって自堕落に過ごした。


夜中まで好きな映画や動画をみて、日の出と共にベッドに入って、昼過ぎに起きる。お腹がすいたら宅配サービスで食事を頼み玄関前に置き配してもらう。どうせ外には出ないし人にも会わないからお風呂だって1日2日入らずにパジャマのまま過ごしたりなんかもした。


ふと洗面所の鏡に映った自分に、もしかしたらやばいかも、なんて思ったのは無職になってひと月ほど経った辺りだ。


目の下にはクマができて肌もボロボロ、唇はかさついて一気に10歳くらいは老け込んだように見えた。日も浴びず偏った食生活に運動不足。当然の結果だろう。


でも、私はそれを見て見ぬふりした。


ちょうどその頃はSNSで見つけたばかりの配信サイトにどっぷりハマっていて、そこで知り合った配信者やリスナーの子達と話したりするのが楽しかったから、もう少しくらい良いだろうなんて考えた。


元々物欲も無かったし、4年間の会社勤めと学生時代のバイトの貯金で生活にはまだしばらく余裕がある。結婚願望はあるにはあるけど今どき30歳くらいで結婚するのも珍しくないから20半ばを過ぎてから相手を探すくらいでちょうどいい。


それにネットの世界ではなりたい自分になれる。

私の理想は余裕があって綺麗で友達が多くて情報通な人だった。


そう見て貰えるように装うのはネットでは案外簡単だ。時間だけならたっぷりあるからいつだって通話したりチャットのやり取りも出来る。トレンドを追うのだって難しくない。加工で綺麗にした自撮りを褒められるのも気分がいいし、顔が良いと声も良いんだね、なんて言われたりもする。


そんなふうに作り上げたキャラクターは居心地が良かった。いや、良すぎたのかもしれない。

ネットでの人間関係ばかりを優先したせいで、リアルの人間関係はいつの間にかぱったりと途絶えていた。




ある日、ネットで出来た友人達と通話を繋いで話していたら少し年下の大学生の子が就活大変...と言うのを聞いてふいに思い出したのだ。


このままだといずれお金が底をつく。私だって働かなければいけない。


そう考えると見ないふりをしていた事柄が次々に湧き出てきた。


長いこと理由もなく転職しないでいたなんて普通の会社ならどう思うだろうか。ぐちゃぐちゃになった生活リズムを直せるだろうか。加工の無い自分じゃ外になんて出られない。かといって作り上げたキャラクターを崩してまでこんな相談を出来るような相手はいないし、退社したての頃に心配してくれていた家族やリアルでの友達をおざなりにあしらったのは私だ。今更連絡したところで呆れられるだろうし、恥ずかしくてしかたない。


なんだか不安になってきて、用事が出来た、なんて言って通話を切った。


けれど、そうすると今しがた出たばかりの通話の内容が気になった。ネットでの時間はリアルよりも数倍速い。少し離れただけで次から次に新しい事が流行ったり廃れたりする。でもすぐ戻るのもおかしい。


急に自分がひとりぼっちになったような気がして、ふらりとベッドに潜って丸くなった。


頭の片隅、それなりに冷静な部分ではそんなに恐れる必要もない事だとは分かるのに、楽しいことばかりに甘えてだらけていた私にはどうしようもなく怖かった。


「…寝て起きたら、考えよう。」


ぽつんと呟いてまぶたを閉じる。


きっと寝不足だから不安定な気持ちになっているだけだ。

昨日からネットの友達とゲームや通話を長くしてたから気づいてないだけで疲れているんだろう。


思った通り眠気はすぐにやってきた。

とろとろと睡魔に身を委ねるとさっきまでの不安もほんの少し減った気がする。

起きたら頭もすっきりしてるに違いない。


おやすみなさい。また明日。


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