布団
結衣の部屋に上がると、結衣はお風呂を入れに行った。
梶原はすぐにでもベッドに行きたかったが、明日も仕事の結衣のことを考えれば、入浴は必要事項だ。なんなら、2人で入ればいいと思っていた。
ふと見ると、布団が1客用意してあるのが目に入った。
「結衣ちゃん、わざわざ布団用意してくれたの?」
「あっ、うん。いつも友達が泊っていく時用のだけど」
お風呂場から返ってきた返事に、梶原はふと想像してしまった。
この部屋に、男が泊ったことはあるのだろうか? いや、彼女だってもう32歳なんだから、元カレの1人や2人、いて当然だ。何を今更……。
頭では分かるのに、気持ちが揺さぶられる。
この布団で寝たのか、それとも、ベッドだったのか。風呂にも一緒に入ったのか、いや、そこで愛し合ったのか……。いきなり、心臓がギュッと縮こまる。
そんな目で見たら、全ての場所での想像が自分を苦しめた。キッチンでも、玄関でも、愛し合う事は……、どこでもできる。
「梶原さん、先に入りますか?」
戻ってきた結衣を見て、我に返った。
「いや、結衣ちゃん先に入って。疲れたでしょ」
「じゃ、遠慮なく。お先に失礼しますね」
背中を向けた結衣を、思わず抱き締めそうになったが、今このままの感情で触れてしまってはいけないと、何とか踏みとどまった。
フロアマットに腰を落ち着けて、TVを付ける。日常の音が流れてきて、少し気持ちが収まってきた。
ところがどうしたことか、今度は結衣が誰かと一緒にTVを見ている想像が、気持ちを占め始めた。
……TVを見ているうちに、お互いに指先が触れて、このフロアマットにそのまま倒れ込む。
そんな絵が頭の中に浮かんできて、さすがに堪らなくなった。
一体僕は、どうしてしまったのか……。
「シャー」と、風呂場からシャワーの音が聞こえてきて、これ以上は限界だと悟る。初めてこの部屋で結衣を抱いた日は、こんなこと、考えもしなかったのに……。
「結衣ちゃん……」
お風呂場のドア越しに、梶原の声がした。結衣は慌てて、シャワーを止めた。
「はい……。どうかしましたか?」
「一緒に、入ってもいい?」
「……」
「ダメ?」
いつもと違う甘えた様な声に、結衣は気持ちが溢れた。梶原さん、可愛い……。ふふっ……。
ガチャッとドアを開けて、梶原の前に立つ。その裸体を、梶原は抱き寄せた。
「梶原さん、服、濡れちゃう……」
「うん……」
梶原は、貪るように唇を求める。服を脱ぎながら、キスを続け、結衣もそれを手伝いながら、全て取り払って、やっと気兼ねなく抱きしめ合った。
結衣の肌の感触が腕の中に納まると、梶原の焦りに似た衝動が、更に抑え切れなくなった。
結衣の記憶の中の男を、全部自分に塗り替えたい……。
一緒に泡にまみれ、湯船に浸かり、結衣は何度も頂点に導かれる。それを見ながら、梶原は1つずつ、さっきの妄想を自分に置き変えていった。
キッチンへ結衣を運び、フロアマットの上に横たえ、結衣の体を愛撫し続ける。もう堪らず、結衣は梶原を求めた。
「梶原さんも、一緒に……」
その、せつなそうな顔を見て、梶原の思考が更に飛ぶ。やっとの思いでベッドにたどり着いた。
荒い息遣いが部屋に満ちる。2人が繋がっていることを、体だけではなく、心が求める。すべての妄想が現実の自分に置き換えられた時、初めて梶原も達することを自分に許した。
「梶原さん……。今日、どうしたの?」
2人の息が収まったころ、結衣に聞かれた。
「ん……」
タバコに手を伸ばす気力も、残っていない……。
「結衣を、誰にも取られたくない」
そう抱きしめたら、腕の中で、また結衣に鳴かれた。
「にゃーぉ」
その鳴き声は、飼い主にしか懐かないと言っている、気紛れな猫の様だった。
新しいラインで仕事を始めて1週間、梶原は所属の部長から呼び出された。
「梶原君、現場を経験してもらって、問題点は見つかっただろうか?」
「はい、何点か改善余地があると思います」
「そうか。では、それをまとめてくれないか。今日から、現場作業は外れてもらって構わない。もちろん必要なら、現場に戻って、確認してもらってもいい。ウチの生産技術の課長を紹介するから、一緒に動いて欲しい」
「分かりました。至急、取り掛かります」
やはり、という思いが強かった。
最初こそ、ペナルティの意味で現場に立たせているのかと考えたが、ラインで実際の作業をするうちに、設備面での不備がかなり目に付き始めたのだ。
あそこをああすれば、あの作業は随分簡潔にできるだとか、あの作業員の動きには、無駄が多すぎるだとか、目に付くようになっていった。
もちろん、こちらからそんな提案をするつもりはなかったが、ここを去る前に、1つくらいは報告書に記そうと考えていた。
そして先週、新たなラインの配属になると告げられてから、もしからしたら、と思うようになった。
「現場の作業から、解放されたよ」
早速、帰宅してから結衣にLINEで報告する。
「わぁ、良かったですね。本社での経験が、生かせるお仕事ですか?」
「うん。どうやら、最初からその狙いだったらしい」
「面目躍如ですね。梶原さんの実力、見せつけてやって下さい」
「煽るねぇ、結衣ちゃん」
「だって、悔しかったんだもん!」
結衣ちゃん……。LINEを返す手が、一瞬止まってしまった。
「うん。頑張るよ」
「フレー、フレー」と、猫が応援しているスタンプが飛んでくる。
「結衣ちゃん、顔見せて」
そう言って、LINEをカメラに切り替えた。
「もう、お風呂入っちゃったから、ノーメイクなのに~」
と文句を言いながら、切り替えてくれる。笑顔の結衣が、スマホに現れた。
「結衣ちゃん、たぶん予定通り1ヶ月で戻れると思うよ」
「そうなの!」
「うん。今日、新しい課長と打ち合わせてね、そんな話になった」
「良かったね~。あー、でも、1人暮らしも終わっちゃうか……」
「うん。でも、結衣ちゃんとすぐ会える方がいいから」
少し驚いた顔をした結衣は、画面の前で右手を丸めた。
「にぁーぉ」
「ははっ」
「じゃ、今度は、手料理をご馳走しちゃいましょう」
「おっ、そりゃ楽しみ」
「あんまり期待せずに、待っててね」
「うん……。あっ、もう11時か……。遅くなるから、切るね」
「はーい。おやすみなさい」
「おやすみ」
梶原は思い出す。
あの日の翌朝、目を覚ますと結衣が梶原の腕の中で、小さく丸まっていた。
シングルベッドではさすがに自由に動けなかったのに、朝まで目が覚めなかった。むしろ、抱き枕代わりに結衣を抱きしめる形になっていて、少し驚いた。
今まで梶原が付き合ってきた彼女は、大抵朝まで寝られずにいるか、背中合わせで寝ているかのどちらかで、こんな目覚めは初めてだった。
よく寝ている結衣の顔を見ている間に、朝という以外の反応が、体に起きた。それは、昨夜の妄想の続きが、そうさせたのかもしれない。
朝も、他の奴と……。
気が付いたら、結衣の胸が手の中に納まっていた。
「う……ん……」
結衣が目を覚ます。覚醒していないのに、体は反応してくれた。後はひたすらに、結衣の体を、1つになれる様に仕上げていく……。
「っ……」
やっと結衣の中に納まって、ただ欲望のままに体を動かした。そして、爆発させる。結衣も小さく声を上げたが、それはまだ眠そうな声で、それが更に征服感を増幅させた。
頭の中には、「コンプリート」という言葉が浮かんできて、我ながら子供な自分を自覚しつつ、体を離した。結衣は、そんな僕の頭を1度胸に抱えて、やっと「おはよう」と笑った。
「髭が、くすぐったいよ……」
その時の、独占欲が満たされる感と、その後の安堵感がハンパなかった……。これで結衣は、間違いなく自分のものだと、心が満たされた。
朝食を食べて髭もそり、結衣の部屋を一緒に出た。結衣は職場に、僕は名古屋に向かうために別れてから、自分の中の想いがどんどん膨れ上がっていった。昨夜の自分の言葉が、体中に再現される。
――結衣を、誰にも取られたくない。
その為には、どうしたらいいのか……。まだ結衣に受け入れてもらわなければならないことは、沢山ある。きっと、結衣について知らないことも、沢山あるはずだ。新幹線の中でずっと考えていた。
そしてさっき、結衣には言えなかった話が、更に胸をざわつかせる。新しい課長との会話の最後……。
「梶原君、こっちで一緒に頑張る気はないか」
「東京には、両親もおりますし……」
「そうだな。まぁ、その気があるなら、こっちはいつでも歓迎するよ」
「ありがとうございます」




